閑話 カーイチのお休みの日
カーイチ達、カラスの朝は早い。
日が顔を出すのと同時に起き出すと、まずは他のカラス達を起こす。
大抵は同時ぐらいに目を覚ますのだが、中には寝坊するものも居るのだ。
カラス達の寝床は、猟師であるギンの家の上に作られている。
止まり木と仕切りで作られたそれは、学校の靴箱のようなつくりになっていた。
集団で木に止まり暮らすのが好きなカラス達にとっては、この寝床は快適なのだ。
朝起きると、カラス達はまずお互いの身体を確認し合う。
怪我がないか、毛にムシやゴミが絡んでいないか等をチェックし合うのだ。
そうすることで、お互いの友好を確かめ合う意味もあったりする。
最近人間の形に成ったカーイチは、他のカラスに良くチェックを頼まれるようになっていた。
両手が器用に使えるので、ムシやゴミを器用に取ってくれるからだ。
何羽かのカラス達を見てあげながら、カーイチ自身も他のカラスに確認をしてもらう。
背中の羽を広げ、羽の間をつついてもらったりするのだ。
他のカラスたちはカーイチの濡れ羽色の髪の毛が珍しいらしく、盛んに突っついてくる。
くすぐったくて思わず首をすくめるカーイチだが、振り払ったりはしない。
カラス達が好奇心旺盛なのは、良く知っているからだ。
遊びたいだけ遊ばせてやるのが、年上のカラスの甲斐性でもある。
みんな、大きなケガも病気の兆候も無いことを確認すると、カラス達は一斉に飛び立つ。
向かうのは、アグコッコの小屋だ。
アグコッコの小屋の出入り口の開閉は、カラス達の仕事なのだ。
出入り口が開く音に、アグコッコ達が目を覚ます。
ばたばたと外に出て行くアグコッコを眺めながら、カラス達はその健康状態などをチェックする。
アグコッコ達はあちこち走り回り、怪我をしてしまったりすることがあるからだ。
全てのアグコッコが小屋から出たのを確認すると、カラス達はお互いに顔を見合わせ声を掛け合う。
自分が確認したアグコッコに異常が無いか、全部で何匹居たか等を確認する為だ。
どうやら問題が無いことを確認すると、ここでカラス達は何組かのグループに分かれる。
そのままアグコッコ達の世話をし続けるものと、周りを偵察してついでに餌を探すもの、そして、ギンと狩りにいくものだ。
皆それぞれクチバシを合わせたり鳴きあったりして挨拶をすると、自分の持ち場へと向かって飛び立っていく。
この役割は当番制で、何日か事にローテーションすることに成っていた。
この日のカーイチの役割は、ギンとの狩りのはずだった。
だが、今日はギンは狩りに出ない日であった。
体力も気力も使う狩りは、毎日出来るものではない。
定期的に休息も入れないと、大きな事故に繋がってしまうのだ。
アグニー達がきちんと休んでいるか確認するのも、カーイチの仕事であった。
最近人の形に成ったカーイチは、元々よかった頭がますます回るようになっていた。
そのお陰で、休息の大切さも良くわかるようになっている。
休めるときに休むことも、また狩りに必要なことなのだ。
カーイチは深呼吸をして気合を入れると、大きく羽をうって宙へと舞い上がった。
目指すのは、ギンの家だ。
カーイチがギンの家の窓に泊まると、ギンはまだぐっすりと眠っていた。
ゆっくりと寝て身体を癒すのも、休息には必要なことだ。
カーイチは満足げに頷くが、ふとあることに気が付いた。
ギンが布団を被って、くるっと丸まっているのだ。
普段足を伸ばして寝ているギンだが、寒いときは丸まって寝ることを、カーイチは良く知っていた。
カーイチは大いに慌てた。
このままでは、ギンが身体を休めることが出来ない。
何より、パートナーであるギンが寒そうにしているのを見て、カーイチは居たたまれなくなっていたのだ。
ギンを起こしてしまわない様に無言で慌てながら、カーイチは解決策を考えた。
そして、すぐにある方法を思いつく。
カーイチは音を立てないようにゆっくりと部屋の中に入ると、ギンの布団のすぐ近くまでやってくる。
アグニー達の寝床は床に直接布団を引くタイプなので、振動でおこさないように注意を払わなければ成らない。
忍び足でギンの布団に接近すると、カーイチはほっとため息を吐き出す。
どうやらギンは起きなかったようだ。
だが、問題はここからなのだ。
カーイチはそっと翼を広げ、ギンの布団の上から覆いかぶさるように乗ろうとする。
そう。
カーイチのアイディアとは、卵を温める要領で、自分の身体を使って暖めるというものだったのだ。
細心の注意を払って、カーイチはギンの上に移動して行った。
その表情は、真剣そのものだ。
集中力をふんだんに使い、カーイチは何とかギンの横に寄り添う事に成功した。
思わずほっとため息を付きながらも、カーイチは翼をギンに覆い被せる様に動かす。
カーイチの羽は大きいので、問題なく布団ごと覆うことが出来た。
昔は同じように布団の上に乗っても、殆ど暖めることが出来なかった。
カラスであるカーイチの身体は、それほど大きくなかったからだ。
だが、人間の形に近い今の体の羽は、とても大きい。
ギンを暖められるようになっただけでも、カーイチは人間の形になってよかったと思っていた。
カーイチは体重をかけないように気をつけながら、ギンにそっと寄り添う。
こうして近くにいると、ギンの匂いやぬくもりをすぐ近くに感じることができた。
村が襲われ、散り散りになったときは、もう会えないかもしれないと思っていた。
それでも何とか気力を振り絞り、アグコッコ達を探し集め、仲間達を叱咤してアグニー達を探し回った。
お陰で今、こうして一緒に居ることができる。
カーイチは自分の顔が、笑顔になっていることに気が付いた。
鳥の形をしていた頃は、表情というのは顔に出るものではなかった。
だけど、今はこうしてはっきりと表に出てしまう。
良いのか悪いのか、カーイチにはいまいち判断は付かない。
ただ、なんとなく恥ずかしくなり、カーイチはぐしぐしと顔を布団にこすり付けた。
すると、ふわりと覚えのある匂いが溢れてくる。
ギンに抱っこされたときなどに感じる、ギンの匂いだ。
カーイチは布団から顔を上げられなくなり、そのまま撃沈してしまう。
何でだか良く分からないが、最近カーイチはギンの近くにいるとおかしくなることが多かった。
人間の形に成ってからなのだが、理由はカーイチには良く分からない。
兎に角、今はギンを暖めるのが先決だ。
そう思いなおし、カーイチは顔を上げた。
ギンの寝顔を見ると、気持ちよさそうに寝息を立てているのが分かった。
身体もいつの間にか伸ばされていて、寒さを示す丸まり状態から脱出している。
カーイチはなんとなく表情が緩むのを感じながら、暫くギンの寝顔を見守っていた。
ごそごそとギンが動き出す気配を感じて、カーイチは身体を起こした。
すぐにギンは目を覚まし、ぐっと身体を伸ばす。
眠たそうに目を開けながら身体を起こしたギンは、すぐ横に座っているカーイチに気が付いた。
「ああ、カーイチか。おはよう」
カーイチがギンの部屋に勝手に入ってくるのは、今に始まったことではない。
村が襲われる前から、何度もあることなのだ。
「ん? ああ、上に乗っかっててくれたのか。道理であったかかった訳だ。ありがとうな」
ギンは手を伸ばし、カーイチの頭をわしゃわしゃと撫でた。
カーイチはくすぐったそうに首をすくめるが、逃げたりはしない。
やはり撫でられるのはうれしいのだ。
「んー。今日は休みの日か。なにするかなぁ」
ごそごそと起き出し布団をたたむのを手伝うと、ギンとカーイチは外へと出た。
ギンが顔を洗う為だ。
アグニーの建築物は殆どが高床式なので、水場は外に行かないと無い。
顔を洗う為にも、態々水場までいかないといけないのだ。
この集落では、少し離れた川から水車を使って水をくみ上げ、それを木製水路を使って引き込んでいた。
それなりに技術が必要な作業なのだが、アグニー達はその技術を習得していたのだ。
アグニー達がそういった技を持っているのは、カラス達にとって自慢の一つでもあった。
魔法万能の世の中で、こんな技術を持っているのはすごいことなのだ。
魔法を使えないだけという考え方も出来るかもしれないが、そんなものはあえて考えない。
カラス達がアグニー達を見る目は、どちらかというと保護者目線なのだ。
カーイチがアグニー達が作った水路を見ながら自慢げな顔をしている間に、ギンは顔を洗い終えたらしい。
家に戻るギンの後を慌てて着いていくと、その様子に気が付いたギンがおかしそうに笑う。
そのギンの視線が、カーイチの頭に向けられた。
「ぼさぼさではないけど、少しとかしたほうがいいかもなぁ」
そういわれて、カーイチは首を傾げた。
元々カラスであるカーイチは、髪の毛をとかしたことなど一度も無かった。
言われてみれば今の自分には髪の毛があることを思い出し、カーイチは自分の頭を触ってみた。
他のカラス達に突っつかれて、少しはねてしまってる。
最近は水彦が物資を入手してくれたお陰で、アグニー達も身だしなみに気を使えるようになっていた。
おしゃれになってきたアグニー達の中にあって、たしかにカーイチの髪は少し乱れ気味かもしれない。
だが、時々行水などもしているし、汚れているということは無いはずだ。
カーイチが指で自分の髪をつついていると、それを見ていたギンが笑った。
「カーイチ用にクシをもらったんだ。家でとかしてやろうな」
ギンの言葉に、カーイチは大きく目を見開いた。
アグニー達が髪をとかしているのは見たことは有ったが、まさか自分がされることになるとは思わなかったのだ。
鳥の羽にブラシなどかけたら、引っかかって取れてしまうかもしれない。
精々が、胴体を柔らかいブラシでなでるぐらいだろうか。
ブラシで髪の毛をとかされるというのは、どんなものなのだろう。
身体をなでられるのとは、また違うのだろうか。
あれこれと想像しながら、カーイチはギンの後ろについて歩いた。
鳥の身体であったころは、ギンの頭の上に乗って移動することもよくあった。
今そんなことをしたら、ギンは倒れてしまうだろう。
少しさびしくもあるが、カーイチはこうやってギンを後ろから眺めるのも悪くないと思っていた。
ギンの背中は、大きくて立派だ。
アグニーの中で一番の狩人の背中なのだから、当然ではあるのだが。
そんなことを考えているうちに、ギンの家についてしまった。
ギンははしごを上り、カーイチは飛んで窓から家へ入る。
カーイチが窓際に腰をかけていると、ギンは思いついたように手を叩いた。
「そうだ。椅子がないから、そのまま外のほう向いてくれな。今クシ持ってくるから」
カーイチはギンに言われるまま、外を向いて座る。
顔だけは室内に向け、ギンが何をしているのかを見ていた。
その表情は、何処か不安そうでもあり、楽しそうでもある。
少し楽しみで、少しだけ緊張しているのだ。
ギンが持ってきたのは、黒く塗られたクシであった。
人間が使う用のそれは、カーイチが見たことも無いような立派なつくりだ。
恐らく何かを重ね塗りしているのだろうが、つやつやとしていてとても綺麗だった。
「ほら。外のほう向いて」
促されて、カーイチは外に顔を向けた。
そこから見えるのは、アグニー達が仕事をしている姿だ。
クワを背負って歩いているのは、スパン達畑担当のアグニー達。
マークは、木材の乾燥具合を確認しているらしい。
長老とトロルのハナコは、荷物を運んでいるようだ。
そんな様子を見ていると、髪の間を何かが通っていくのを感じた。
初めての感覚で、少しくすぐったいのか、カーイチは僅かに首をすくめる。
でも、嫌な感覚ではない。
くすぐったいような、気持ちいいような。
うれしいような、恥ずかしいような。
なんだか不思議な感じだった。
上から下へ何度も髪の間を通るクシの感覚は、なんとなく撫でられているのにも似ている。
ギンはカーイチの髪を持ち上げたり、頭を押さえたりしながら、丁寧に髪をとかしていく。
優しく、大切なものを扱うようなその手の動きに、カーイチは何故だかうれしくなってしまう。
アグニー達が楽しそうにしているのを眺めながら、ギンに髪をとかしてもらう。
自分だけ働いていないようで、カーイチは少しだけ申し訳なくも感じた。
でも、今日はギンはお休みの日で、それに付き合わなければいけないカーイチもお休みの日なのだ。
今日だけは、許してもらおう。
そんな風に心の中で決めて、カーイチはギンにされるがまま、にこにこと景色を眺めていた。
されるがままになっているだけなのに、カーイチはどんどん楽しい気分になっていた。
気持ちいいし、ギンに沢山触ってもらえるし、なにより、ギンを独り占めに出来る。
楽しくて足をパタパタしているカーイチに、ギンが声をかけた。
「なんだ。ご機嫌だな」
「かー」
鳴き声で返事をして、カーイチは再びパタパタと足を動かす。
だが、不意にその足の動きが止まった。
髪の毛をとかすクシの感触がなくなったからだ。
カーイチが後ろを振り向くと、ギンはぽんぽんとその頭を撫でた。
「よし。きれいになったな」
綺麗になったということは、髪をとかすのはおしまいということだ。
もう、おしまい。
カーイチは、すこし心が沈むのを感じた。
どうやら、髪をとかすのが気に入ってしまったらしい。
「また今度、とかしてやるからな」
そういって、ギンはカーイチの頭をぽんぽんと撫でる。
カーイチの顔が、ぱっと輝くような笑顔になった。
また今度、髪をとかしてもらえる。
それが、とても楽しみで、とてもうれしかったのだ。
カーイチは目をつむり、ぽふりとギンの胸に顔を押し当てた。
ぐりぐりと擦りつけ、うれしいのを伝える。
鳥の姿だったころから、変らない愛情表現だ。
勿論、ギンもそれを知っている。
「おい、くすぐったいぞ?」
だから、そんなことをいいながら離そうとしたりはしない。
少し困った顔をしながらも、ギンはカーイチの頭を優しく撫でた。
村が襲われ。
死に掛け、人の姿になり。
こうして、森の中でアグニー達と暮らしている。
最初はどうなることかと思ったが、案外、これも悪くないかもしれない。
そう思う、カーイチだった。
唐突にカーイチさんとギンの話が書きたかったから書いた。
後悔はしていない。
そんな訳でギンとカーイチの話です。
別にこれと言って何があるわけではありませんが、なんか二人がだべってる感じでしょうか。
ラブい。
本編もがんばって書いてます。
でも最近暑くて死にそうになってきました。
熱いの苦手なんすよ・・・。
マジ勘弁して欲しい・・・。