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六十五話 「うん、いいと思いますよ。私の精神安定的な意味でもすごく」

「一番、見直された土地からきました、土地神の赤鞘です」

 赤鞘がおもむろに歌い始めたのは、こんな歌だった。




何がどうなっているのか

バカな私にはわからない

アナタがあの日言ったように

私は賢くないもの


目の前にあるはずなのに

まるで理解が出来ない

一体どうなっているのか

どんな構造なのか


(☆サビ)

乳袋 一体どういう構造なの

乳袋 何がどうなってるの

乳袋 目の前にあるはずなのに

構造が理解できない


乳袋 妙な立体感

乳袋 なんであんなに盛り上がってるの

乳袋 何が詰まってるの

もうついていけない




ベッドにおくと普通の服だし

ハンガーにかけても普通の服

妙にふっくらしている様子も見えない

極々一般的な服なのに


妙な繊維を使っているわけでも

特殊な構造をしているわけでもない

だけど着ると一瞬にして

それが現れるの


(サビ♪)

乳袋 乳袋 気が狂いそう

乳袋 乳袋 立体裁断

乳袋 乳袋 それじゃあ説明つかない

圧倒的存在感と違和感


(☆サビ)


ひゃっはー もうがまんできねぇ

こうなったら全面戦争だ

この地球上から抹消してやる

ただの一つも残さねぇ


乳袋 乳袋 片っ端から

乳袋 乳袋 どんな事をしても

乳袋 乳袋 必ずもぎ取ってやる

もうけっして迷わない




 作詞作曲は太陽神アンバレンスだった。

 いつもの様に見直された土地で酒を呑んでいるときに思いつきで作り、ヘビーローテイションで唄いまくっていたのだ。

 流石最高神というべきだろうか。

 その作曲のセンスと歌の上手さはまさに神といわざるを得ないほど素晴らしいものであった。

 ただ非常に残念なことに、作詞の才能はお亡くなりになられていたようである。

 存在していたかどうかも怪しいところだ。

 まあ、別の意味での才能ならば豊富にあったようではあるわけだが。

 歌というのは、かっこよかったり感動的だと印象に残るものなのだ。

 逆に、あまりに理解不能な内容であったりすると、これがまた強く印象に残ったりするものだったりする。

 例えば今赤鞘が唄っている、乳袋に何らかの恨みを抱いているとしか思えないような内容の歌とかがそうだといえるだろう。

 何故赤鞘は、こんな奇怪な歌を歌っているのか。

 それは、何か強烈なもので目の前の現実を打ち砕きたかったからだった。

 そう。

 いつもの現実逃避である。


 何日か前の事だった。

 樹木の精霊達が、赤鞘にある相談を持ちかけてきたのだ。

 皆外見年齢も上がり、言葉遣いやものの考え方も随分しっかりしてきている。

 そんな彼等が一様に真剣な表情でやってきたので、赤鞘は何事かと首を捻った。

「で、どうかしたんです?」

「あのね、精霊達のおうちを作ってもいいかなって!」

「ずっとそこらへんを飛ばさせておくのもかわいそーだから、お住まいをつくらせてあげたいの!」

「あーあー。なるほど。それはいい考えかもしれませんねぇー」

 いいながら、赤鞘はぐるりと周りを見回した。

 赤鞘の土地改良が上手くいっているせいか、樹木たちはすっかり大きくなっている。

 大きさでいうと、10m級だ。

 もうすっかり立派な樹木に成っているように見えるのだが、エルトヴァエルに言わせるとまだまだ小さいのだという。

 最終的には100m級の樹木になるのだというが、赤鞘はとりあえず聞かなかったことにした。

 何かそういう伝説とかになってそうな植物などは、地球では明らかに赤鞘よりも格上の神だ。

 そんな位の高そうなものに周囲を囲まれて居るという状況は、小神民しょうしんみんである赤鞘にはとても心臓に悪かったからである。

 まあ、それは兎も角。

 樹木の周りには、様々な属性を司る精霊達が飛び回っていた。

 赤いプラズマで形作られた大男のような姿をした炎の精霊や、日本や中国の龍のような姿の水の精霊。

 薄い衣を纏ったような女性の姿の風の精霊に、地面に浮き上がる巨大な岩の顔の姿をした大地の精霊。

 そのほかにも、いろいろな精霊が無数に飛び回っている。

 皆共通して言えることは、どれもこれも地球で言えば赤鞘よりも完全に格上の神であるということだ。

 その辺の精霊なりなんなりがちらちら視界に入る今の情況は、赤鞘に凄まじいストレスを与えていた。

 樹木達も精霊達も赤鞘を敬い、文字通り信仰しているのだが、それがなお更赤鞘の胃にダメージを与えまくっていたのだ。

 赤鞘は良く訓練された小物だ。

 ゲームとかのチュートリアルで倒されるモンスターとどっこい位だと、赤鞘は自分を評価していた。

 だが、周りはどうだろう。

 ボスクラスモンスターをデコピンでしとめる裏ダンジョンのレギュラーモンスター級のものばかりである。

 裏ダンジョンに誤って迷い込み、何故か敬われるスライム。

 居心地がいいはずが無い。

 もう、廃村に帰りたい。

 崩れかけてる廃神社に戻って、隅っこに生えているきのことかに話しかけて完全に忘れ去られて消滅するのを待つ生活のほうが、何千倍も自分にはお似合いだったはずなのに。

 ぐるんぐるんと渦巻くそんな思いと目の前の攻撃から、赤鞘はゆっくりと視線を外した。

 これこそが赤鞘が手に入れたスキル「現実逃避」である。

 どんな現実だって見なかったことにすれば怖くない。

 この境地に至った今の赤鞘は、悟りを開いたにも等しい状態であったのだ。

 まあ、悟り云々以前に神ではあるのだが。

「うん、いいと思いますよ。私の精神安定的な意味でもすごく」

 おうちが出来れば、きっと精霊達はそのおうちの中に居てくれるはずだ。

 そうすれば、少なくとも精霊がちらっちら視界に入ってくるような状況は改善されるだろう。

「うわぁーい! やったー!」

「でも、どのぐらいの大きさのおうちならつくっていいのー?」

「赤鞘様のお仕事の、邪魔にならないようにしないと!」

「あー。そうですねー」

 ここでようやく、赤鞘は樹木達が赤鞘に家の建築を打診してきた意図を理解した。

 大きな建物を作ったりすると、それに阻害されて力の流れが滞ったりすることがある。

 精霊達はそれを気にしていたのだ。

 自分の仕事を気にしてくれたことがうれしくて、赤鞘は思わず笑顔になってしまう。

 基本的には簡単に幸せに成れる体質なのだ。

「まあ、何かしら住処を作るとしたらこの近くですよね? それなら、あまりそういうのは気にしなくていいですよ。どうせ直近くに建てるでしょうから、調整もしやすいでしょうしね」

 精霊達に、赤鞘は軽い感じで応えた。

 実際、目の前にそれがあるのであれば、調整にはさほど労力は掛からない。

 それに、そういった労働から来る疲労より、精霊達がふとした弾みで視界に入るダメージのほうが大きいと思ったのだ。

「うわぁーい! やっぱり赤鞘様はすごいやー!」

「早速精霊達に、自分達の居場所を作るようにいいますねっ!」

 そういって走っていく樹木の精霊達の背中を、赤鞘は笑顔で見送った。


 それが、何日か前の出来事であった。

 赤鞘は恐る恐るといった様子で、視界を横にスライドさせていく。

 元々は荒地だった場所にも草が生え始めており、草原の様になってきている。

 実に喜ばしいことだ。

 更にスライドさせていくと、妙なものが目に入ってくる。

 数日前までそこには無かったはずの、水辺のようなものが出来ているのだ。

 そのまま視線を動かしていくと、それが何なのかがすぐに分かる。

 それは、湖なのだ。

 途轍もなく大きいわけではないが、小さいわけでもない。

 サイズ的にいえば、ちょっと小さめのダム湖くらいの大きさだろう。

 土地に突然現れたそれは、当然自然現象で現れたものではない。

 属性精霊達が作った、彼等の住処なのだ。

 湖だから、水の精霊だけが住んでいるのか、といえば、そうではない。

 水と大気の温度差で風が生まれ、湖にはその上を鬼火が走ることがあり、湖自体が大地を穿ち作られている。

 湖面は光を反射して輝き、湖底は漆黒の闇に包まれている。

 そう、そこは全ての精霊達が住まうことが出来る、全ての精霊達の住処だったのだ。

 ただ、大量の上位精霊と呼ばれる力のある精霊が住んでいるせいか、普通の湖と違う点も多々あった。

 例えば土の精霊達が自分達に住みやすいように作った、複数種類の宝石が交合した数m級の塊が、風の精霊の力で湖上空を漂っているとか。

 水の精霊や風の精霊、火の精霊が遊んでいるのか、火柱や水柱が至る所に立ち上っているとか。

 光の柱が時折上空に向かってそそり立っていたり、逆に突然あたりの光を吸収する穴のようなものが出現したりとか。

 なんかいろいろ酷い状況になっていた。

 そんな湖を、赤鞘はぼんやりと魂の抜けたっぽい表情で見つめていた。

 横に座っているエルトヴァエルは、赤鞘に心配そうに声をかける。

「どうかなさいましたか?」

「いや。あの。なんていうか。この状況って良くあることなんですか?」

 そういって赤鞘が指差すのは、当然湖のほうだ。

 エルトヴァエルはちらりと湖のほうに目を向け、再び赤鞘へと視線を戻した。

「ええ。まあ」

 精霊というのは、基本的に他の属性精霊とは仲が悪かった。

 しかし、近くに上位の神がいる場合などは、その効果からなのか仲良くすごすこともあった。

 例えばコウガクが居たシャルシェリス教の本拠地である「山」には、ここと同じような湖が存在している。

 慈愛神とも呼ばれた森の女神シャルシェリスの威光の下、精霊達が仲良く手を携えて暮らしていた証拠であるともされている場所だ。

 非常に残念なことに、ここ見直された土地の精霊達は、エルトヴァエルの拳と恐怖によって統一されたわけだが。

「あ、はい。そうなんですか」

「大丈夫ですか、赤鞘様。なんだか顔色が悪いようですが。それに、今の質問は今日十六回目ですよ?」

「あ、いや、大丈夫です。すごく大丈夫です。はい。なんかこう、飛行機でパラシュート脱出する時ぐらい大丈夫です」

「それは大丈夫じゃない気がするんですが……」

 心配そうな顔をするエルトヴァエルを笑って誤魔化し、赤鞘はため息をつきながら湖のほうから顔をそらして。

「さて。仕事しよう……」

 赤鞘は改めて現実逃避をすると、力の流れを整える仕事へと戻った。

 ぶつぶつと歌っているのは、アンバレンスが作曲したさっきの良く分からない歌だ。

 何とか気を紛らわせようとしているらしい。

 ただ、「乳袋 乳袋」と連呼しながらもくもくと作業し続けるその姿は、軽く精神的な病を患っているように見えた。

 そんな赤鞘をエルトヴァエルが物凄く心配そうな引きつった顔で見て居たのだが、それを「神に対して不敬だ」と責められるものは、まず居ないだろう。




 アグニー達の集落は、水彦が手に入れた物資のお陰で随分と様子が変っていた。

 地面は叩いて固められ、沢山の家が建っている。

 アグニー達の住居は独特な形をしていて、基本的に全て高床式だ。

 箱の四隅に棒をつけて立たせたようなデザインの住居で、大型の獣などが侵入しにくい作りになっている。

 代わりに家に入るのが大変だという欠点もあるのだが、その価値は十分にあるらしい。

 また、足腰が不自由なアグニーも居るのだが、そういうものの家の出入りは仲間のアグニーが手伝うので、不自由することは少ないようだった。

 元々アグニーは、恐ろしく強い助け合いの精神を持った生物だ。

 それは、一般的な成人男性より弱いゴブリンより更に弱いという、最弱人型生物の名をほしいままにする彼等の生存戦略に由来していると言われている。

 彼等アグニーは敵と戦うのではなく、徹底的に逃げ隠れすることで生き抜いてきた生物なのだ。

 危険だと思ったら逃げ、おかしいと思ったら逃げ、不自然だと思ったら逃げ、お腹がすいたら逃げ、別に何も無くてもとりあえず逃げる。

 徹底的に逃げることに特化した彼等ではあったが、散り散りに逃げると子孫を残すことが出来ない。

 その為、仲間を助け一緒に逃げようとするものが子孫を増やしていったのだ。

 兎に角逃げ隠れすることが好きな彼らは、高いところや身を隠せる狭いところに居ると安心する傾向にある。

 逃げ隠れするのに都合が良く、また、敵の接近をいち早く知ることが出来る変形高床式住居は、そんな彼等にとても良くあった住居だといえるだろう。

 ちなみにどのぐらい高床なのかといえば、家を支える柱の高さはアグニー達の平均身長の二倍強、おおよそ3mもあった。

 アグニー達のサイズでは立てるのにも苦労しそうなものではあるが、そこで登場するのがハナコなどのトロル達だ。

 彼等の怪力を持ってすれば、柱を立てることなど朝飯前なのである。

 建てられているのは、アグニー達の住居だけではなった。

 アグニー達の住居と同じく高床式のアグコッコ小屋に、やっぱり高床式のカラス達の小屋。

 そして、高床式のトロル小屋だ。

 カラスは鳥なので兎も角として、トロルの小屋を高床式にする利点はあまり無い。

 そもそも、トロルは地上で生きる生物だ。

 木登りなどは得意ではなく、トロルを襲う生物は殆どいないので高床式の小屋に住む必要も本当は無い。

 トロルが生活できるだけの大きなものを作るのは大変だし手間もかかるのに、あんまり意味が無いのだ。

 本来は平屋や、地面に屋根をつけるだけで十分なトロルの小屋なのだが、先入観とは実に恐ろしいものである。

 小屋=高床式 高床式=小屋 という妙な考えの下、アグニーに育てられているトロルたちの小屋も、何故か高床式なのだった。

 そんなアグニー達に育てられたせいか、トロルまで明らかに不便そうであるにも拘らず高床式の小屋で寝泊りするのに慣れていた。

 どう見ても狭そうだったり落ちそうだったりするのだが、慣れと言うのは人類の予想を超えた恐ろしいものであるらしい。


 建物のほかにも、様々なものが作られていた。

 焼き物小屋に、会議をする為の広場。

 料理をする為の調理場と、それに併設した水場。

 水場は、遠くにある水場から水車を使って水を運んできていた。

 力自慢のトロルと、手先が器用な職人さえ居れば、作るのは比較的簡単だ。

 鉄などを加工することが出来る、炉を作ることが出来たのも大きいだろう。

 自分たちの好きな金属器を作れるようになるというのは、意外と便利なものなのだ。

 例えば、粘土細工に使うヘラ。

 アグニー達は手先が器用で焼き物などを加工するのが得意なのだが、こういったものにはやはり特殊な形状の道具が必要だ。

 市販のもので代用する事も出来るのだが、やはり一番は一点物を作ってしまうことだろう。

 土彦に頼まれた陶器の弾丸、砲弾の製作もあるので、尚更に精密な作業が要求されている。

 ある程度の物でさえあれば土彦は満足するのだろうが、そこはやはりより良いものを作りたくなるのが職人だ。

 粘土を弄る為のヘラや器具が揃えば、品質の向上だけではなく作業効率も勿論上昇する。

 焼き物を作るのは専ら老人達の仕事なのだが、年齢を一切感じさせない仕事ぶりで、ライン製造もびっくりな速度で焼物の弾丸を製造していた。

 焼物小屋はさすがに地面に設置しているのだが、粘土を加工する小屋はやっぱり高床式であった。

 上り下りや荷物の運搬が恐ろしく大変そうではあるのだが、そこは器用なアグニー達だ。

 手動の昇降機を取り付けることで解決していた。

 老人アグニー達にそんな力の必要なものが使えるものなのだろうか、と思うかもしれないが、アグニーは基本的には不老だ。

 長く生きていることで、身体に傷跡や欠損は多くなってくる。

 とはいえ、筋力などは殆ど変ることがない。

 寧ろゴブリン顔になる魔法の熟練度があがり、パワー自体はアップしていることさえある。

 歳を経たアグニーのほうが腕力はあるので、手動の昇降機は便利ではあるが不便さは無いのだ。

 さて、水車が出来たことで、畑にも新しい設備が作られていた。

 水車がくみ上げた水を散水する、散水風車だ。

 垂直型のそれは、かなり洗練された形状をしている。

 当然、アグニー達が設計したものではない。

 元々は何処かのゴブリン族から伝えられた形状なのだが、作るのが比較的簡単で性能もいい。

 風車が回ると水をあちこちに水を飛ばすように作られたそれは、水をやる手間を省いてくれるのでとても便利なのだ。

 アグニー達が切り開いた畑の面積は、本来であればそこまで大掛かりな装置が必要なものではない。

 だが、赤鞘のお陰、というか、せいというか。

 植物の成長速度が異様に速いせいで、水遣りが追いつかないのだ。

 キャベツや大根、にんじんなどが三日ほどで収穫できるようになったり、果樹が一週間ほどで収穫可能になったり。

 兎に角恐ろしい勢いで植物が成長しているのだ。

 言わずもがな、これは赤鞘が畑に力を注いでいる為であったりする。

 他の土地よりも多少多く、力の流れを畑に寄せているのだ。

 地球であれば、病気や害虫がつきにくくなるといったちょっとした効果が出る程度であったのだろうが、ここは異世界「海原と中原」である。

 力の流れが占めるウェイトは非常に大きく、そのお陰でこんなぶっ飛んだ状態になっているのだ。

 ちなみに赤鞘はこの状況に気が付いていなかった。

 目の前にある湖や、土地全体の管理に忙しくてそれどころではなかったのだ。

 最初は喜んで収穫していたアグニー達だったが、最初に悲鳴をあげたのは農業班アグニー達の腰だった。

 大量の野菜とポンクテを毎日運び、雑草等の処理もしなければならない。

 特に大変だったのが、水遣りだった。

 植物は成長に合わせ、大量の水を消費する。

 ほうっておくと、畑はあっという間にからっからになってしまうのだ。

 一生懸命水を運んでいた農業担当のアグニー達だったが、まず最初にダウンしたのは中年アグニーのスパンだった。

 必死になって水を運びすぎたせいで、腰をいわせてしまったのである。

 俗に言う、ぎっくり腰という奴だ。

 奥さんの献身的な介護で何とか回復はしたものの、どうにかしなければ怪我人が増えるのは明らかだったのだ。

 ちなみにどうでもいい話だが、スパンの奥さんは二歳、人間で言うと四歳年下の幼な妻であった。

 久しぶりに奥さんと二人きりでイチャイチャできて、スパンはまんざらでもなさそうだったという。

 まあ、それは兎も角。

 集落の周りには、取り囲むように柵も作られていた。

 柵とはいっても、さほど立派なものではない。

 精々アグニー達の腰の位置ぐらいの高さのもので、防御として役に立つようには見えない。

 実際、この柵には防衛的な機能は殆どなく、期待もされていなかった。

 何しろアグニー達は、守る暇があったら逃げる生き物なのだ。

 柵は守るためのものではなく、「大体この辺からこっちが住むところ」という区切りをつけるためのものでしかない。

 ただ、そんな柵でも一つだけ、とても役に立つことがあった。

 座るのに丁度いいのだ。

 お昼時になると、柵に腰掛けてごはんを食べるアグニー達が良く見かけられたりする。

 柵というものの存在意味を考えさせられる光景だった。

 ここまででお気づきの様に、アグニーの集落の外観はとても独特だ。

 やたらのっぽな高床式住居に対し、周りを囲う柵は妙に貧相。

 建物を作る技術が無いのかと思いきや、トロルが暮らすのに不自由の無い大きさの建物まで作っている。

 それも、何故か高床式で。

 外から見れば、実に奇妙な光景だろう。

 しかし、この妙にのっぽな不安定っぽい場所こそが、アグニー達が最も安らげる、彼等の安息の場所なのだ。


 落ち着ける場所が出来たことで、アグニー達の生活は安定に向かっていた。

 生きるうえで一番の問題である食料は、赤鞘のうっかりミスで多すぎるぐらいに貯まっている。

 基本的に働き者で生真面目なアグニー達は、食べ物を溜め込む習性があった。

 直に逃げるくせに貯め込むというのはかなり矛盾しているのだが、そこはもうアグニーだからということでご理解いただきたい。

 生活が安定したところで、アグニー達はいよいよ当面先送りしていた問題の解決を考え始めていた。

 そう、赤鞘の神社の建設だ。

 赤鞘のために作っていたお酒も完成間近だったことと、生活が安定してきたこと。

 そして、やっとのこぎりなどの大工道具が揃ったことで、話が持ち上がってきたのだ。

 主要なアグニー達が長老の家に集まり、緊急会議が開始された。

「では、早速はじめようかのう」

 全員が集まったところで、長老が重々しく声を発した。

 彼が身にまとっているのは、ブルマーであった。

 そう。

 あの、体操着のブルマーだ。

 それも、マニアックカラーの赤である。

 ただでさえマニアックな服装なのにもかかわらず、その中で更にレアリティーの高いカラーをチョイスしていたのだ。

 長老がこんな格好をしているのには、理由があった。

 水彦が持ってきた服が、女物か男物か迷った挙句、とりあえず交互に着て見るという行動に出た大人アグニー達に、ある子供アグニーがこういったのだ。


「つくったひとは、気に入ったのをきてもらうほうがうれしいとおもうよー!」


 作った人は、その服を本当に気に入ってきてもらうほうが、うれしいはずだ。

 そんな意味の言葉だった。

 それを聞いたアグニー達は、雷の直撃を受けたような衝撃を受けた。

 そうだ。

 作った人はきっと、喜んで気に入ってもらいたいに違いない。

 何故そんな基本的な事に気が付かなかったのか。

 アグニー達は深く後悔した。

 そして、自分たちの気に入った服を選び、着る様になった。

 その結果が、長老がブルマーという有様である。

 実際、ブルマーは本来動きやすさを重視して作られた物品であるわけで、良く動き回る長老が着るのはある意味ベストチョイスだろう。

 性別や地球での常識を無視すれば、ではあるが。

 ちなみに、中年アグニーのスパンはセーラー服を着ていた。

 水兵の服装ではなく、女子学生が着ているようなスカートのものである。

 何でも、収穫をするとき、スカートを使うと非常に楽なのだそうだ。

 まあ、スカートにはそういう使い方が無くもない。

 やはり常識さえ気にしなければ、いい選択ではなかろうか。

 その横に居る若手のリーダーマークは、スモックを着ていた。

 あの幼稚園児が着ている、青一色の奴だ。

 彼は様々なものを作ったりする関係上、釘等を入れておく大きなポケットのある、汚れても構わない服を好む傾向があった。

 その結果選択されたのが、スモックと短パン、黄色い肩掛けのカバンだったのだ。

 これもまた、常識さえ邪魔しなければ納得のいく選択ではないだろうか。

 他のアグニー達も似たようなもので、長老の家にある集会場はなかなか見ごたえのある状態になっていた。

 しかし、皆表情は一様に真剣だ。

 コレから神様がお住まいになる場所を作る相談をするのだから、仕方がないことだろう。

 だが、ある一定の知識を持つ、一定の層の方にとってはかなり打撃力のある光景であった。

「今日は参考意見を聞くために、特別にエルトヴァエル様に来ていただいておる!!」

 長老の言葉に、アグニー達がどよめいた。

「たしかに、神様のお社を作るのなら天使様のお話はうかがわないとな」

「流石長老、いろいろ考えてるな」

「結界ー」

「きちんといろいろ聞かないとな!」

「というわけで、エルトヴァエル様、どうぞこちらに」

 ドアのほうに顔を向けた長老にあわせ、アグニー達の視線が一斉にそちらに向いた。

 そこにあったのは、ドアに寄りかかるエルトヴァエルの姿だった。

 全身を小刻みに震わせながら、両手でお腹を押さえてうずくまっている。

 その姿は、少し前の土彦に通じるものがあった。

 ぷるぷる震えているエルトヴァエルを前に、アグニー達はどうしていいのか分からず硬直していた。

 それは、正しい選択だっただろう。

 もし不用意に近付いたりすれば、エルトヴァエルは更なるダメージを受けたに違いない。

 ただただエルトヴァエルを見守るアグニー達の中で、村長だけがぼそりと呟いた。

「エルトヴァエル様も、内臓系の病なのじゃろうか……」

 ある意味間違っても居ない認識であった。

次回は予定を変更して、アグニー達のお話にしようと思います。

水彦の出番はまたその次ですね・・・。

ちっと流れを速めるというか、赤鞘の出番を増やしてやろうと思います。

そしてまた減らしてやろうと思います。

まさに外道。


そんな訳で次回はアグニー達が赤鞘をお祭する為に色々がんばる話です。

でもがんばるのはアグニーなのでお察しです。

あと、エルトヴァエルさんがどうしてダメージを受けていたのかは、永遠の謎です。

一部彼女の嗜好にがっちしたとか、そういうことではありません。

きっとそうです。


次回「小さな記憶」どうぞお楽しみに

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 17話で木の苗を半径20mの円周上に植えたと思われる記述があるのですが10mサイズの木6本って枝が干渉しませんかね? 動かしたという文章は無かったと思うのですが
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