六十三話 「っつーわけで、プライアン・ブルー。お前、アインファーブル行ってこいや」
ステングレアやメテルマギトと違う大陸にある国であっても、見放された土地の事は無視できることではなかった。
戦争などというのはどこにでもあり、何時もどこかが戦争をしているものだ。
それが発端で下された神罰が「見放された土地」であったのであれば、それは一部の国にだけではなく、存在する全ての国にとっての問題であった。
なにせ戦争というのは、外交の一手段なのだ。
脅し、力を見せつけ、自分の側に有利な要求を通す。
実際、相手憎しでやっている戦争などそうそうあるものではない。
どちらかに、あるいは両方に何かしらの利点があって、初めて戦線というのは開かれるのだ。
正義の鉄槌などという理由だけで戦争が開始されることは、一切無いといっていいだろう。
戦争や国というのは、そうやって成り立っているのだ。
戦争はなければならず、その為に戦力は持ち続けなければならない。
戦力の無い国など、ただの餌場だ。
他国に食い尽くされて、残るのは飢えた国民だけになる。
そうならないための戦力、そうならないための外交、そうならないための戦争。
良かれ悪しかれ、国というのは結局そうしなければ立ち行かないように出来ているのだ。
であるから、どの国にとっても戦争が絡む物事は他人事ではなかった。
できるだけ詳しく、正確な情報。
それは、喉から手が出るほど欲しいものだった。
一見戦争とは無縁に見える、輸送を生業とした国の一つ、「スケイスラー」も、情報を欲する一国家であった。
スケイスラーは、「海原と中原」において高速船や空中船の運行を国全体で行っている、一般的な「輸送国家」だ。
貴族がそれぞれに船を持ち、その運行を国が管理する。
この世界において大掛かりな輸送運搬は会社などの個人が行う事業ではなく、国そのものが全体で行うのが一般的なのだ。
実は見放された土地が封印されたとき、一番割を食ったのがスケイスラーであった。
見放された土地の前身である街、「キノセトル」はいわゆる軍の駐屯地であった。
住む者のほとんどは軍事関係者である。
というより、一般人の立ち入りは殆ど禁止されている状態であった。
何しろ当時は戦争真っ只中であり、「キノセトル」は船や兵器を作るのに非常に都合のいい場所にあったのだ。
まず近くに鉱山があり、森があり、海がある。
つまり、材料があって、熱する為の燃料があって、冷やす為の水があるのだ。
文句の付け所が無い生産拠点である。
だが敵国からすれば、攻撃するにも格好の標的であった。
当時敵国であったステングレアが、そんなところを見逃すはずも無い。
攻撃する機会が出来るや否や、件の大魔法でその土地を吹き飛ばしたのだ。
空中要塞などを使用した、とてつもなく大掛かりで大規模な破壊魔法である。
その発動と同時に「キノセトル」は消し飛び、周囲の魔力は一気に枯渇した。
そして、あの魔力の塊が生まれることになったのだ。
実は、この手の大魔法の発動や、魔力の枯渇、収縮は、今回に限ったことではなかった。
禁じ手ではあるが、過去に何度も例のあることであったのだ。
「海原と中原」の歴史は、とてつもなく長い。
文字が残っているというだけであれば、一万年以上前の文献も残っている。
映像ですら、優に八千年前のものが残っていた。
それらは過去の遺物や失われたはずの歴史ではなく、国営の図書館や博物館に残り、教科書に載っている当たり前の歴史であった。
それだけ長い歴史があれば、当然の様に様々な出来事があった。
実験で、戦争で、またはまったく別の理由で、魔力の塊は生まれたことがあったのである。
そのたびに繰り返されてきたことは、しっかりと歴史に刻まれていた。
神々のうち力のある誰かが地上に舞い降り、魔力の塊を打ち砕き周囲に平穏をもたらす。
そして、加害者、戦争の場合はかかわった国々に天使がやって来て、厳重に注意をして帰っていくのだ。
そう。
注意である。
そのことで罰を下すことは、一度も無かったのだ。
殺しすぎたとか大罪であるとか、そんなことを言い出したことは一度もなかったのだ。
それこそ、「キノセトル」でのことがあるまでは。
正直なところ、当時の「海原と中原」の神々にとっては、人間たちが戦争しようが滅ぼうが地上を焼き払おうが、どうでも良かったのだ。
人間が滅んだところで、暫くすれば代わりの生物が発生する。
むしろ、地上に何も無くなれば、海から地上へと新たな生物が進出する枠も出来るだろうと、期待する神までいたのだ。
さらにいえば、魔力の塊を砕くというのは、神々にとってその威光を示すまたとない機会でもあった。
人間の信仰を集めたい神にとっては、最高のアピールの場であったのだ。
人間たちの過ちにより生まれた恐怖の権化を、颯爽と現れ破壊する。
自分たちの危機を救ってくれた神に対する信仰は、鰻登りだ。
実際、魔力の塊を砕く為に地上に現れた神への信仰は、その直後は極端に高くなっていた。
勿論そんな事情は、一般市民の知るところではない。
だが、国の上層部の間ではある種暗黙の了解として認識されていたのだ。
例え国一つ消し飛ばしたところで、神の怒りを買うことはない。
魔力を枯渇させ、魔力の塊が生まれるようなことが起きたとしても、「煩わしい事をさせるな」と表向きのお叱りは受けても、罰が与えられるようなことはけっしてない。
それが常識であったのだ。
だが、その常識が「キノセトル」、見放された土地では通用しなかったのだ。
神々は魔力の塊を砕かず、土地を封印した。
滅多に人前に出ない上位神太陽神アンバレンスが世界中にその姿を現し、人類を叱責した。
そして極め付けに、世界を創造した母神が別の世界へと姿を消した。
完全に想定外の異常事態だ。
各国は血相を変えて、情報収集に走った。
一体今までの出来事と何が違ったのか。
何が神々の怒りに触れたのか。
だが、理由は皆目見当もつかなかった。
それぞれそれなりの理由付けはしたものの、どれもしっくりと来るものではなかった。
それもそのはずだ。
別に神々は人間に対して怒りなど感じてはいなかったのだから。
とはいえ、そんな事情は人間たちの知るところではない。
なぜ、どうして。
疑問は膨らむばかりであり、疑心暗鬼が世界を包んだ。
もはや戦争をしている場合ではなくなり、国々は内部の混乱を抑えるのに手一杯に成ってしまった。
割を食ったのは、「キノセトル」が所属していた国と、加害者国のステングレアだけではなかった。
当時「キノセトル」への物資輸送を請け負っていたスケイスラーもまた、大きな被害をこうむったのだ。
各々の国がある程度の輸送力を持っているとはいえ、やはり超大型輸送船の建造運用技術は特殊であり、国の機密技術だ。
輸送国家が保有する大型船は、全長一kmを超える物まである。
その輸送力は、人や物の大量輸送が必要になる戦時下では必須と言ってもいい。
だが、同じ輸送国家の船を戦争をしている両国が使うわけにも行かない。
輸送機を落とすというのは、どこの世界でも有効な攻撃手段の一つだ。
自分の国の物資を積んでいる船と敵国の物資を運んでいる船が同じ、というのは、いかにも都合が悪い。
そこで、戦時中はそれぞれの国がそれぞれに輸送国家と専属契約を結ぶのが通例と成っている。
「キノセトル」が所属している国が契約していたのが、スケイスラーだったのだ。
「キノセトル」が大魔法で消し飛ばされた時、そこにはスケイスラーの大型輸送船が停泊していた。
全長が一kmを超える超ド級輸送船二隻に、数百m級の大型輸送船が八隻。
それらは完成したばかりの兵器の輸送のために派遣されたもので、今にも出発する寸前であったのだ。
ステングレアはそれも見越した上で、「キノセトル」に攻撃を仕掛けたのだ。
幾ら輸送国家とはいえ、km級の輸送船は何隻もあるものではない。
新造兵器もろとも製造拠点を吹き飛ばし、さらに輸送力へ打撃を与えるという作戦を取ったのだ。
これ自体は、なんら珍しいことではない。
それに、その行為にもスケイスラーが大きな打撃を受けるほどの影響は無いはずだったのだ。
戦争が終われば、負けた国が賠償として何らかの形で損失を補填してくれるはずだったからだ。
しかし、そうはならなかった。
戦争はアンバレンスが現れたことと母神が別の世界に行ったことにより有耶無耶の内に収束し、戦後処理は殆ど行われないうちに終わってしまったのだ。
そのため、スケイスラーに賠償が行われることは無かった。
それだけではない。
神の怒りに触れた戦争にかかわっていたとして、スケイスラーに輸送を頼むのを敬遠する動きが世界各国に見られるようになったのだ。
もっとも痛手だったのは、「キノセトル」近くの空域と海域を使えなくなった事であった。
地球と同じように、「海原と中原」にも空路、海路と言うものがある。
魔獣や魔物などに脅かされず、安全に航行できる見えない道だ。
それを使うのはそれぞれの国の権利であり、生命線でもある。
「キノセトル」周辺は、スケイスラーの主要空路、海路が集中している、いわば交通拠点であったのだ。
他の場所を通ろうにも、既に他の輸送国家が権利を有しているところばかり。
通る為には、金を払うしかない。
最大級の船を失い、主要交通路を失い、その補填も出来ない。
一歩間違えなくても、経済破綻する所だっただろう。
しかし幸いなことに、スケイスラーは持ち直すことが出来たのだ。
それは他国から支援があったからでも、神々が何かをしてくれたわけでもない。
ひとえに、スケイスラー貴族の努力があったればこそであった。
輸送国家の貴族は、その国家のあり方の性格上、他国と違い広大な土地から税をとって成り立っているものではなかった。
輸送船をもち、それを運用して利益を上げるのだ。
そして、その輸送船のために働く民に利益を分配するのである。
いわば民間会社の社長のような立場ではあるが、その権限は遥かに大きく、それだけに要求される能力も高い。
スケイスラー貴族たちは、「輸送国家の貴族は優秀である」というこの世界の常識の通り、実に優秀だったのだ。
時に強かに、大胆に、必死の思いで利益をひねり出し、国を支えたのであった。
そのお陰で今現在では、スケイスラーは再び世界に恥じない輸送国家として世界中の海路、空路に船を送り出している。
そんな経験をしたからこそ、スケイスラーは良く知っていたのだ。
土地が使えなくなるというのは、首を絞められるのと同じだ、と。
前回はたまたま振り解くことができたから良かった。
だが、もう一度同じことが出来るとは限らない。
二の轍を踏まない為には、どうすればいいのか。
戦争をなくすことなどできるわけも無く、戦争がある以上大魔法が使われる恐れはいつでも付きまとうのだ。
であれば、どうして「キノセトル」が封じられたのか知る必要があるだろう。
それさえ分かれば、危険な場所からすぐさま撤退することが出来るのだ。
それどころか、混乱に乗じてシェアを伸ばすことすら出来るかもしれない。
渦中の只中にいたからこそ、その当時の混乱は嫌というほど理解していた。
その上で、それすら利用しようというのだ。
輸送国家の貴族王族とは、そのぐらい図太くなければ勤まらないものなのである。
スケイスラーの王城にある一室に、一人の少年と、一人の女性がいた。
少年は執務机に座り、神経質そうに貧乏揺すりをしている。
女性のほうは、半笑いでソファに腰掛けていた。
少年の様子をうかがいながら、女性はゆっくりとした動作で両手を広げ、口を開いた。
「それで、ね? ほら、あたしももう二十六じゃないですかぁ。もう結婚適齢期過ぎてるわけですよ。ほら、何せこの国ガテン系多いでしょ? そういう人ってなんかこー、結婚早いじゃないっすか。マジで。なんか。で、ほら、知り合いとかももう皆十六とかで結婚してるわけですよ。たまたま道であったりすると、あれ、子供さん今年で何歳だっけ? とか、素で言われちゃったりして。もう、嫌味とかじゃなくて素で。そりゃそうも思いますよ。聞きますよ。普通遅くても結婚て二十じゃないですか、この国。速いから。マジでもう超速で。で、あたしも考えたんですよ。あれ? なんであたし結婚してないんだろう? って。 あれ、なんで彼氏すらいないんだろう? って。もうそしたら、あれかなって。もうこの仕事のせいかな? って。いや、最初は違うかなーと思ったんですよ? でもほら、やっぱりこの仕事って危ないしあっちこっち動き回るじゃないですか。そりゃ男も出来ませんよ。港港に男作るって手もあるでしょうけどほら、そういうのってアレじゃないですか。船乗りの男のアレじゃないですか。男女平等って言ってもほら、女子がそういうのってほら、いろいろ社会的に抵抗があるじゃないですか。それやっちゃったらますます結婚遠退くんじゃね? っていうのがほら、あたしのなかにこう広がってましてね? で、もう、これはあれかな? 仕事やめちゃうしかないかな? 婚活しちゃうしかないかな? って、思いましてね? うん。ほら、たしかに女の幸せって結婚だけじゃないですよ? でもほら、結婚して主婦になることで得られる幸せって言うのも間違いなく世界には存在するじゃないですか。あたしってほら、そういうのに憧れちゃう系女子じゃないですか。だからもう、ほら。ね! 思い切って、引退しちゃおうかなぁー、って! ほら、もうやめちゃってもいいかなーって! ほら、あたしもう十分国に尽くしたじゃないですか。すげぇ一杯仕事したじゃないっすか。お金とか貯金とかも出来てるあれだし。そろそろ普通の幸せを求める女子に戻ってもいいかなーって。普通の幸せをエンジョイして、旦那といちゃついて、まだ子供は早いよ、まだラブラブしたいし、でもあなたがほしいって言うなら子作り、しちゃおうっか? みたいな! もう、そんなにがっつかないで赤ちゃんできちゃうっ! みたいな! そんな普通の一般的なノーマルの幸せを受給したいなって思うんですよ! 超ガッツリ! だからほら、もう引退しようかな? しちゃおうかな? いや、しよう! 引退! するべき! しなきゃだめだろうJKって! ね、ほら! そんなわけで引退したいと思うんですよ!」
そこまで言い切り、女性はぜぇぜぇと肩で息をした。
オールバックにして後ろで一本に束ねられた髪はいくらか止め具からはずれ、垂れ下がっている。
熱弁で頭を振ったのが原因だろう。
額に流れた汗で張り付き、何か鬼気迫る風情に見えていた。
少年はそんな女性を一瞥すると、ゆっくりとした動作で机に頬杖をついた。
そして、口を開いた。
「っつーわけで、プライアン・ブルー。お前、アインファーブル行ってこいや」
「話し聞いてました?! あたしいまやめるって言いましたよね?! この仕事引退するって言いましたよね?!」
立ち上がって抗議する女性をみて、少年はうるさそうに手を振る。
「うるせぇ、黙れ。今俺ぁそれどころじゃねぇんだよ」
「それどころって! 一生の問題ですよ?! 結婚は!」
「こっちは国家の問題だ」
「国家よりもあたしはあたしの幸せが大事です!」
「すがすがしいアホだなお前は」
力強く拳を握って断言する女性に、少年は口さがなく言う。
「いいか。お前も知ってのとおり見放された土地の辺りが最近騒がしくなってる。何か有りそうな雰囲気だ。情報飛び交いすぎてて何が起こってるのか正確につかめてねぇのが現状だけどな。だから密偵を使おうと思うが、あのあたりはステングレアの縄張りだ。下手な奴を送っても死体を増やすだけになる。だから“複数の”プライアン・ブルー。お前が行って様子を確かめて来い」
女性、プライアン・ブルーは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
彼女の耳にも、見放された土地で何かが有ったらしいと言う情報が入っていたからだ。
“複数の”とあだ名される彼女は、スケイスラーが誇る最大戦力の一人であった。
殆ど戦争らしい戦争をしない国であるとはいえ、自衛手段は必要だ。
とはいえ、露骨な戦闘兵器を持つことは、商売の邪魔になることが多い。
そこで輸送国家の多くがとる手段が、一騎当千の強化兵を生み出すことであった。
極少人数であっても十二分に戦える兵を作るというのは、手間も金も掛かることである。
だが、多くの輸送国家がそれを行っていた。
そうするだけの意味があるからだ。
輸送国家の船は、常に他国や盗賊強盗の類に狙われている。
人だろうが物だろうが、奪って役に立たないものなどというのは殆どない。
無防備に浮かんでいる船など、ただの獲物だ。
では、護衛艦をつければいいだろうか。
それなりの装備のある船というのは用意するのも維持するのも大変だ。
まして輸送国家は、自国だけで移動をしているわけではない。
他国の土地を通り、他国の港に停泊するのだ。
大型にしても小型にしても、武装した船を連れて行くのは差しさわりがある。
かといって、輸送船を過度に武装化するわけにもいかない。
それではただの軍船と変わらなくなってしまう。
そんな船を快く受け入れてくれる国は、まず無いだろう。
故に、多くの輸送国家が取り入れている防衛策が、強化兵による少数精鋭での護衛だったのだ。
物理的に、魔法的に強化した数名の兵士を持って、輸送船を守るのだ。
この強化兵には、通常の兵士を育成する為の数十倍の資金が投入される。
訓練だけではなく、強化改造も施される為だ。
そして、専用の武装も施される。
強化兵一人の戦力は、低く見積もって他国の一小隊と同じかそれ以上だ。
そんなスケイスラーの兵士の中にあって、プライアン・ブルーの戦闘能力は抜きん出ていた。
当人の持つ特殊能力を抜きにしても、その剣技などがずば抜けているのだ。
そのプライアン・ブルーが態々密偵代わりに状況を見に行かねばならないほど、今のアインファーブルは危険だ。
と、少年は考えていると言うことだろう。
プライアン・ブルーは顔をしかめ、がりがりと頭をかいた。
「それって。あたしが行かないといかんのですか」
「いかんなぁ。状況が状況だ。情報をあつめにゃぁならん」
少年は頬杖を外し、テーブルに両手をつき身を乗り出した。
まるで親の敵の話でもするように憎憎しげに顔を歪め、ギリギリと歯噛みをする。
「見放された土地、キノセトルは元々俺たちの航路だったんだ。あそこの上と近海を通る為にどれだけ俺達が苦労したと思ってんだよ。賄賂だ近くに出る魔獣の討伐だなんだ、さんざやってたんだ畜生。全部アインファーブルっつーギルド都市ができるからっつぅーのと、近くにある鉱山の鉱石輸送の権利を得るためだったんだぞ。今だって見てみろ。アインファーブルは態々陸路で魔石を運んで、そっから加工場まで動かしてんだ。それをうちが一手に担えばどれだけの利益になるか! ましてアレだ! あの近くの鉱山! 今開発頓挫してるけどな、アレをまた掘り返し始めたらどこが鉄鉱石輸送すると思ってんだ! あそこら一帯の輸送は全部うちのもんだ! 誰にもわたさねぇ!!」
血でも吐き出しそうな壮絶な形相で叫ぶ少年。
美少年と言って差し支えの無い見た目なだけに、凄みがあった。
この少年は、見た目は少年では有ったが、実際は二千年以上を生きていた。
いや、生きていたというのは支障があるかもしれない。
彼は死霊術師であり、肉体はとっくに朽ち果てているのだ。
今ここにある体は、ただの人形に過ぎない。
そこに無理矢理、幽体である本体をつなぎとめているのだ。
ちなみに彼がこの世に残っている理由は一つ。
スケイスラーを発展させる為だ。
建国当初から魔術師団の一人としてずっと国を支えてきた彼は、“スケイスラーの亡霊”とあだ名されている。
実際既に肉体を失っている彼は、文字通り亡霊に違いないわけだが。
その“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクーは、視線で射殺さんばかりの勢いでプライアン・ブルーにメンチを切る。
「いいか。お前行って、偵察して来い。情報を集めろ。見放された土地の上を飛べそうで、近くの海を進めそうなら絶対に見逃すな」
「いや、でもあたい結婚が」
「今回の件を上手く片付けたら貴族の子息連中との合コンをセッティングしてやる」
「バインケルト宰相閣下。全てこの“複数の”プライアン・ブルーに御任せ下さい」
それまでの様子からは考えられないほど真剣な表情と、最高敬礼を持って応えるプライアン・ブルー。
どうやら貴族の子息との合コンというのは、相当においしいイベントであるようだ。
バインケルトはその様子に満足げに頷くと、思い出したように付け加えた。
「そうそう。あの土地には“鋼鉄の”と“紙屑の”が来ていたという未確認情報も受けている。十分にきぃつけてな」
「え、なにそれ。どっちもビッグネーム過ぎて怖いんですけど」
一瞬で素に戻るプライアン・ブルー。
そんな彼女を見て、バインケルトは満足そうに頷く。
「知ってるのか」
「知ってるっていうか、見かけたことがあるって言うか。どっちもあたしが束になってもかなわない人間の形をした災害じゃないっすか」
「そうだな。あいつらは俺が長年見てきた中でもピカイチだ。今代の紙雪斎は歴代の中でも指折りの実力者だ。で、シェルブレンなぁ。ありゃ完全に化け物だ。俺でもはだしで逃げ出す」
死霊であるバインケルトに化け物呼ばわりされたくは無いだろうが、プライアン・ブルーも同意見であるらしい。
その顔から、さーっと血の気が引いていく。
「いや、いやいやいやいや。ないないない。ないないないない! やだ! やっぱやだ! 命のほうが大事じゃん?! 死にたくないしまだ!」
「ああ、俺この後用事があるから。人形放棄していくけど、お前きっちり仕事しろな」
「ちょ、ふざけっ」
プライアン・ブルーが慌ててバインケルトに近付くが、時既に遅しだ。
バインケルトの体が、突然糸の切れた操り人形の様に突っ伏した。
どうやら人形の中から、幽体を抜け出させたらしい。
恐らく中身は既にこの場には居ないだろう。
プライアン・ブルーはカタカタと細かく震えながら、抜け殻になったバインケルトの身体を掴み上げる。
「マジか。うそ。え、やだ。あたしまだ結婚もしてないし。まだ幸せになってないんだけど。ちょっとまじか。 まじかぁああああああ?!」
スケイスラーの王城には、その後暫くの間プライアン・ブルーのむなしい叫びが響き渡った。
いくつかの国の事情を説明しようとしたら、一国でイッパイイッパイになったという。
しかも初登場の第三国です。
まあ仕方ないか・・・。
出さないと話し進まんのだし・・・。
あと、入れる予定だったものが入れらんなかったのでもう一話似たようなのを書く予定です。
今回の分に入れるつもりだったから、早く書き上げたい。(願望)
それが終わったら、水彦と門土さんが出会う流れになります。
そして、見直された土地の事を少しやって、ちょっと嵐が来る展開になる予定です。
最近書いておかないと物事を忘れるようになりました。
モウダメナノカモシレナイ。
次回「それぞれの事情」どうぞおたのしみに