六十一話 「森の中を適当に歩いて、見つけた魔獣に襲い掛かるなんて……こんなの冒険者の仕事じゃないよ」
キャリンの武器は、「自動機械弓」と呼ばれるタイプのクロスボウだ。
ギルド製であるそれは、ギルドの持つ「結晶魔法」の技術をふんだんにつぎ込まれた一品である。
まず、弦を手で引く必要がない。
本体のした部分、手を添えるあたりに付いたクリスタルに魔力を流すだけで、クロスボウに仕込まれた動力機関が稼動して弦を引いてくれるのだ。
また、射出した矢に回転をかけるなどの効果を与えるようにも設計されており、その命中率は魔法を使わないクロスボウより数段高い。
撃ち出す瞬間に矢に強化魔法をかけ、貫通性を向上させるなどの機能もあり、撃ち出すときに設定を変更することも出来る。
魔力が高まるのは弦を引くときとトリガーを引いた瞬間だけであり、魔力感知にも引っかかりにくいというのも大きな特徴のひとつであった。
その静音性、静魔力性は、特に隠密状態からの狙撃を好む冒険者や狩人に高く評価されている。
キャリンが使っているのはその中でも、三十年以上前にリリースされて以来、戦争傭兵などの間で広く愛用され続けているものだった。
水の中でも、砂や泥にまみれても問題なく撃つことができ、人を殴った程度の衝撃ではびくともしない。
多少サイズが違う矢であれば撃つことができ、爆薬などを括り付けた矢も撃つことも可能だ。
他のクロスボウパーツの流用も効き、特殊な部品を使っていないことから多少壊れても現地での修復も出来る。
尖った破壊力や特殊な機能はないが、その圧倒的な安定性と信頼性から、現場主義の者の間では絶大な支持を受けていた。
名称は、「結晶魔法式自動機械弓 MC-21」。
MCとは、マジッククロスボウの略で、「ギルドが開発、販売した21番目のマジッククロスボウ」という意味がある。
現在MCシリーズは56までがリリース、市販されており、若い冒険者には最新であるMC-56を好むことが多かった。
しかし、キャリンはMC-21を愛用していた。
彼にとって武器の最低条件は、安定した性能を常に発揮し続けることにあったからだ。
ドラゴンを十分の一の確率で真っ二つに出来るかもしれない剣とか、心理状態で威力が変わる魔法の杖とか、そんな不確かなものを使うなんてごめんだ。
それならば、鉄製のナイフ一本のほうがずっと武器として信頼できる。
そう。
キャリンはそんな、若者にはあるまじき超安定志向の持ち主だったのだ。
何千何万というテストの末に販売が決定され、何十年もの間前線で戦うプロフェッショナルが使用してきた武器。
信頼できる武器ほど、手にして安心できるものは無い。
それが実戦闘場であればなおさらだ。
だから、キャリンはためた金でMC-21買って以来、ずっとそれを使い続けていた。
激しい戦闘で壊れることがあっても、また同じものを買い求めて使っている。
堅実で安定した性能。
そういったものを、キャリンはとても好んでいるのだ。
そんな考え方は、キャリンの仕事ぶりにも大きく影響していた。
獲物である魔獣や魔物の選定に始まり、その行動範囲の把握、食事のときのクセ、敵と出会ったときの対応。
そういったものを全てチェックしてからでないと、キャリンは狩りをしなかった。
徹底的に安全と確実性を追求したそのやり方は、ギルドに「新人はあれを見習え」と言わしめるほどだ。
けっして無理をせず、危険を冒さない。
それでありながら、常に成果を出し続ける。
キャリンという冒険者としての性質は、そのまま彼の得物にも反映されているのだった。
「なのに……なのになんで俺はあんな奴を撃たないといけないんだろう……」
げっそりとした顔で呟きながら、キャリンは手にしたクロスボウにセットする矢の選定に入っていた。
彼は今、森の中にいた。
もっと正確に言えば、森の中の、木の上にいた。
眼下には巨大なクマのような姿の魔獣、「イチジ」が歩いている。
この全身を金属質の鎧のようなもので覆った魔獣は、そのタフさと攻撃力で有名であった。
全長3mを超えるその巨体を維持するのは肉であり、その肉は自身が狩りをすることで得られている。
その体からは想像もつかない俊足で獲物を追い、強靭な前足と顎を使って繰り出された攻撃で持って死に追いやるのだ。
基本的に体表は黒い毛に覆われているのだが、背中には一本の白い線が走っている。
それが島国である「野真兎」の文字で数字の1を表す字に似ていることから、「イチジ」と名づけられた。
冒険初心者がよくこれに襲われることから、「一の字を見たらすぐ逃げろ」という標語がギルドに張り出されるほど、厄介な相手である。
そう、本来イチジは、毛皮を着ている魔獣なのだ。
それが何故、キャリンが見下ろしているイチジは、ガチガチの見た目にも金属質だと思えるようなニビ色の姿をしているのだろうか。
それは、このイチジが一種の寄生生物に寄生されているからだった。
寄生生物、とはいっても、意識を乗っ取られているとか、一方的に搾取されているとか、そういったことはない。
寧ろお互いが助け合い、共生状態にあるといっていい。
このイチジに寄生しているのは、「コウセキスライム」と呼ばれるものだった。
その性質はとても特殊で、とても奇妙なものだ。
まず、このコウセキスライムは自身で狩をすることがない。
他の動物の身体に取り付き、その動物が取った獲物を分けてもらって生活をしているのだ。
そのかわり、コウセキスライムはその「鉱石」という名に似つかわしい「防御力」を宿主に提供する。
コウセキスライムの身体は、まるで意識を持った水銀の様になっている。
うねうねと自在に動きまわるのだ。
しかし、一度固まれば、その身体は鋼の鎧や剣の様に強く、硬く成る。
しかも強い衝撃を受けたときなどはわざと液化して、衝撃を吸収することすらやってのけるのだ。
また、熱や冷気にも強く、特殊な魔法を使うことで宿主に殆どそれらを通さない。
その為魔法攻撃にもめっぽう強く、矢や剣、槍に爆発物。
おおよそあらゆる攻撃にしたいしての耐久性があるのだ。
そんなコウセキスライムが、ただでさえタフで力自慢のイチジと共生している状態。
これはもう、ある種悪夢と言っていい。
たしかにコルテセッカには及ばないが、普段のキャリンなら見かけただけではだしで逃げ出すような相手である。
それが何故、今もこうして近くに留まっているのか。
あまつさえ、何故攻撃する為の矢を選んでいるのか。
普段のキャリンを知っているものがその姿を見たら、幻影による精神攻撃を受けていることを疑うだろう。
もしくは、自分が夢でも見ているのだと思うかもしれない。
だが、愛器であるMC-21を抱えてため息を付くキャリンは、幻でもなければ夢でもない、現実の本人であった。
何故彼がこんな所で、らしくもないことをしているのか。
それは、十分ほど前の事である。
水彦の買い物ミッションを無事終えたキャリンは、なぜか水彦に気に入られていた。
キャリンは顔が広く、面倒見もいい。
その為、彼が居ればアインファーブルでは全く不自由なく生活が出来るのだ。
野生の直感でそのことにいち早く気が付いた水彦は、アインファーブルにいる間キャリンにくっついて行動をすることにした。
正確には、「キャリンを引きずって」行動することにしたのだ。
水彦はまずアンバホンでエルトヴァエルに連絡を取り、キャリンの事を調べてもらった。
察しのいいエルトヴァエルは、「ああ、水彦はキャリンに寄生して生活するつもりなんだな」と感づき、さっさと普段の行動やスケジュールなどを纏めて水彦に渡した。
水彦が大人しく暮らすことは、エルトヴァエルにとって願ったり叶ったりだったからだ。
かわいそうなのはキャリンである。
いつもの様に仕事に出かけようとしたキャリンは水彦にとっ捕まり、一緒に仕事をすることにされた。
「一緒に仕事をしようと提案された」などという甘っちょろいものではない。
「なにしてるんだ。はやくかりにいくぞ」
ただそれだけを告げられる、超一方的且つ身勝手な相棒宣言だった。
しかし、元々面倒見もよく、ギルドにくれぐれもヨロシクと念押しされているキャリンは、強く拒否することが出来なかった。
それに、「この人はすごく強いから、一緒にいたら死ななくて済むかもしれない」という打算もあった。
いろいろ考えた末OKを出したキャリンだったが、その後すぐに後悔することになる。
水彦はキャリンを小脇に抱えると、風の様に走り出したのだ。
あっという間に魔獣が徘徊する森に付くと、水彦は一匹の魔獣に目をつけた。
件のコウセキスライムを纏った、イチジである。
速攻で逃げようと提案しようとしたキャリンの思いもむなしく、水彦は速攻でそいつを倒そうと言い出したのだ。
キャリンは一瞬、頭が真っ白になった。
キャリンはいつも、イチジを見たら逃げることにしていた。
それはコウセキスライムを纏っていない、普通のイチジでもだ。
イチジはやたらタフで、相当ピンポイントに矢を撃ち込まないといけない。
なおかつ毛皮が丈夫で、場合によっては矢をはじくことすらある。
攻撃方法を遠距離攻撃であるクロスボウに限定しているキャリンにとっては、相性が悪い相手なのだ。
慌てて「すぐに逃げよう」と言ったキャリンだったが、その提案が聞き入れられることはなかった。
というか、聞いて貰えすらしなかった。
水彦は一方的に「ちょっとでいいから、あのくまこうをたたせろ」とだけ告げると、森の中に消えていったのだ。
あまりにすばやい動きで、キャリンには水彦をとめることが出来なかった。
思わず大声を出してしまいそうに成るのを、ギリギリのところでこらえる。
そんなことをすれば、イチジに見つかってしまうかもしれないと思ったからだ。
キャリンは背中に括り付けていた得物をおろしながら、どうすべきか考えた。
このまま帰ってしまおうかとも一瞬思ったが、それは愚策だろう。
水彦に抱えられていたせいで、ここが森のどの辺りなのかも分からない。
それに、勝手に帰ったらあの水彦に何をされるか分からない。
相手はレッドワイバーンを叩き切るほどの使い手だ。
敵には回したくない。
数秒の間いろいろな考えがキャリンの頭の中を渦巻いたが、結局彼は水彦の言うことに従うことにした。
世の中には、理不尽な奴というのがいるものだ。
恐らく水彦であれば、あのイチジにも勝てるのだろう。
言うとおりにイチジを立たせさえすれば、恐らく一瞬で蹴りは付く。
キャリンさえミスをしなければ、問題はないのだ。
この世は諸行無常だ。
強い奴はべらぼうに強い。
それこそ、一般的な冒険者であるキャリンには想像も付かないレベルで、だ。
水彦がそういうものの一人であることは、ギルド長“慧眼の”ボーガーが認めていることからも、狩って来た獲物から見ても明らかだ。
キャリンに出来ることは、精々ケガをしないようにすることぐらいだろう。
「もう……なんで俺がこんな刹那的な仕事しなくちゃいけないんだよ……森の中を適当に歩いて、見つけた魔獣に襲い掛かるなんて……こんなの冒険者の仕事じゃないよ。もっときちんと下調べして、相手の動きを調べてさ。罠とかをきちんと使って、確実に……」
ぶつくさと文句を言いながら、キャリンはイチジが数分後に通るであろう獣道を探し出し、近くの木の上へとよじ登った。
キャリンが朝ごはんを食べ終え家から一歩外に出てから、木の上でクロスボウを構えるまでに掛かった時間は、たったの十分だ。
普通ならば呆然と立ち尽くし、わけが分からないと混乱するところだろう。
ちゃっかり順応しているあたり、キャリンは意外と適応力が高いのかもしれない。
多くの魔獣は、人間の匂いなどあまり警戒しない。
人間を警戒するぐらいであれば、他の魔獣の事を警戒したほうが有益だからだ。
しかし、中には冒険者などに追い回され、人間を嫌っているものも居る。
そういう魔獣は、人間の匂いを嗅いだだけで逃げ回ったり、問答無用で襲い掛かってきたりする。
気取らせず相手を攻撃したいキャリンとしては、大変迷惑な話だ。
人間なんぞ、その九割九分が魔獣の敵ではないのだから、無視してくれないだろうかと切に思う。
もっとも、武器を持った人間は脅威になりうるので、そういうわけにも行かないのだろうが。
イチジが通り過ぎるのを木の裏側に張り付き待ってから、キャリンはクロスボウの弦を引いた。
集中して、弦を引く機能を動かすのに必要最低限の魔力だけを注ぎ込む。
少なすぎるとビクともせず、多すぎると周りに魔力が拡散して、目立つことになる。
キャリンは狩りの時でも私生活でも、兎に角目立つことを極端に嫌った。
森では常に消音性の高い靴と、どんなに暑くても熱遮断効果と消臭効果のある魔法を発動できる森林迷彩服を着込んでいる。
呼気をもらすことすら嫌い、時には呼吸ボンベすら使う始末だ。
わざと大きな音を出すことで、魔獣を呼び寄せようとしたり、弱い獣を追い払おうとするものが多い若い冒険者の中では異質であるといっていいだろう。
だが、その注意深さこそが、彼が今まで狩りの最中傷一つ負っていない秘訣でもあった。
クロスボウに装填する矢は、通常の先端が鋭くなったタイプを選んだ。
薄い鉄板程度ならば貫通する能力があるが、コウセキスライムで覆われたイチジの身体には傷一つつけることは出来ないだろう。
だが、この場合はそれこそが目的であるので、全く問題はない。
すばやく射撃体勢を取ると、大きく深呼吸をし、呼吸を止める。
狙うのは、イチジの背中だ。
広く狙いやすくはあるが、硬く丈夫で、通常は狙うような場所ではない。
それでもキャリンは注意深く狙いを定めると、引き金を引いた。
「そっと赤子の手を引くように」
引き金を引くときは力を入れず、やさしく引けという意味の冒険者の間で言われていることわざだ。
それを忠実に守ったキャリンの矢は、吸い込まれるようにイチジの背中にあたった。
しかし、飛来物を感知したコウセキスライムが硬化し、その矢を簡単に弾く。
キャリンはそんなことに一切頓着せず、すぐに次の矢をセットする。
今度はすばやさが命だ。
大雑把に魔力を流し込み、用意していた矢をセットして、引き金を引く。
あたりさえすればいいので、じっくり狙いをつける必要はない。
照準器を覗き込み狙いをつけ、撃つ。
狙い違わず、矢は再びイチジの背中を叩いた。
やはり矢が通ることはなく、あっさりと弾き返される。
ここで、イチジの足がぴたりと止まった。
その様子を見て、キャリンはすばやく木の裏に身を隠す。
イチジは煩わしそうに背中のほうに顔を向けると、周りを見回すように顔をめぐらせ始めた。
コウセキスライムは、イチジと神経が繋がっているわけではない。
自身で勝手に敵や脅威を感知し、勝手に対処するのだ。
であるから、たとえイチジにとっての死角で感知できない攻撃であったとしても、体表全てが感覚器官であるコウセキスライムには関係ない。
矢のような高速のものであろうが、小石程度の小さなものだろうが、脅威であると判断すればすぐさま防御してしまうのだ。
だが、それゆえの弊害もある。
今キャリンが放った矢のような死角からの、小さすぎるダメージはイチジが一切気が付かなくなってしまうのだ。
それでよい場面もあれば、悪い場面もある。
そこで多くの場合、コウセキスライムはこのような小さなダメージを連続で受けると、宿の主に敵対者がいるかもしれないと知らせる習性があるのだ。
人間が肩を叩くような、その程度の衝撃ではあるが、気がつかせるには十分だろう。
もっともそれは本当に肩を叩く程度の行為であり、細かく「どこからどんな攻撃を受けた」というような情報は伝えられない。
であるから、攻撃されたかもしれないと知らされたイチジは、その攻撃したかもしれない相手を探す必要がある。
もっとも、それはあくまで念のためだ。
相手はイチジが気にするほどでもない攻撃をしてくるような小物であるか、落ちてきた木の実などにコウセキスライムが過剰反応した場合などが多い。
きょろきょろと周りを見回すイチジを警戒しながら、キャリンはズボンのポケットに手を突っ込む。
取り出したのは、固形の携帯食だ。
包み紙もそのままに、なるべく離れた場所に投げ捨てる。
かさりという小さな音が上がり、イチジがすばやくそちらに顔を向けた。
うかがうように首をめぐらせると、その位置をよく見るためだろう、ゆっくりと前足を持ち上げ、後ろ足だけで立ち上がる。
その、瞬間だった。
ドンッ、という軽い爆発音のような音が周囲に響き渡り、イチジに向かってなにかが飛んで行った。
その何かはイチジにあたることもなく、近くを通り過ぎる。
イチジはそれに驚いたのか、その何かが飛んで行った方向にぐるりと首をめぐらせた。
そして、イチジの首はそのままぐるりと背中のほうまで回り、ゴトリ、と落下した。
首から上がなくなったイチジのからだは、ゆっくりと前のめりに傾いていき、最後にはドサリと地面に横たわる。
それから、思い出した様に、切断面から血が吹き出し始めた。
木の陰から少しだけ顔を覗かせ一部始終を目にすることが出来たキャリンは、引きつった笑いを浮かべることしか出来なかった。
やったものがわかっている以上、別に恐れる必要はない。
「世の中って理不尽だよなぁ……」
ため息交じりにそうつぶやくと、キャリンは木から下りる準備を始めた。
キャリンがイチジの倒れている場所にやってくると、既に水彦が来ていた。
首のないイチジの横に座り、なにやら両手を合わせている。
「水彦さん。やりましたね」
「おお、きゃりんか」
振り返った水彦に頷いて見せ、キャリンもその横に片膝を着いた。
目を閉じて額に指を近づけると、小さく円を描く。
太陽神アンバレンスに、感謝を示す礼のとり方だ。
獲物の魂が、無事天に上れるように祈る意味もある。
冒険者が魔獣や魔物を倒したときにする礼の中で、最も多いのがこれだった。
「なあ、このぎんいろのうねうね、なんとかならないのか」
水彦が言っているのは、イチジの身体に張り付いているコウセキスライムのことだ。
どうやら水彦もこれがイチジとは違う生物であることを察しているらしく、ひっぺがえそうとつまんで見たりしている。
だが、相手はゲル状のスライムだ。
叩こうが引っ張ろうが掴もうが、文字通り指の間をすり抜けてイチジの身体に戻ってしまう。
このまま運ぶには不気味この上ないし、何よりコウセキスライムが張り付いたままでは解体すら間々ならない。
「ああ。えーっとですね。コイツは煙を嫌いますし、宿主はもう死んでますからね。普通なら効かないでしょうけど、獣避けの煙で引き剥がせると思いますよ。丁度持ってきてるんで、焚き火でもして燻しましょう」
「おお、わかった」
水彦は素直に、こくこくと頷いた。
場所が森であるだけに、まきはすぐに集まった。
木をすり合わせて火をつけようとする水彦に、キャリンは苦笑しながら懐から小さな金属製の箱を取り出してみせる。
「これで火をつけられます。ギルド製の着火器ですよ」
タバコをすうときなどに使われるそれは、地球で言うところのライターのようなものだった。
違うのは、燃料が魔力なので、補充の必要がないところだろう。
着火器でまきに火をつけるところを見た水彦は、心底感心したようにこくこくと頷いた。
「すごいな。まほうみたいだ」
「一応魔法ですけど……」
苦笑いしながらも、キャリンは幾つもあるズボンのポケットに手をいれ、一本の棒の様な物を取り出す。
中央に穴が開いているそれは、見た目的には「火吹き竹」のようだ。
水彦は眉間に皺を寄せて、キャリンの手にあるそれをじーっと見つめる。
「ええと。これは送風機です。魔力を流し込むタイプの、ギルドの売店で売ってる奴ですよ。意外と用途多いんですよね、これ」
焚き火やバーベキューで火の番をしたことがある人ならば分かると思うが、送風というのは意外と労力がいる作業だ。
森の中で休憩をとるのに焚き火をして、逆に疲れました、では話に成らない。
こういうベンリグッズは需要が多く、ギルドの収入源としてかなりのウェイトを締めている。
集めたまきの上に、袋に入った小さな丸薬を一掴み投げ入れる。
これに火をつけると、人間のような鼻が敏感でない生物にはどういうことはないが、魔獣のような生物にとっては顔をしかめたくなる匂いが放たれるのだ。
人間にとっては紅茶や緑茶などの茶葉系の匂いにしか感じないが、魔獣や魔物、鼻が敏感な動物にしてみれば、一週間はき続けた靴下のような匂いなのだという。
水彦にとっても本来はきついはずなのだが、臭いにおいがしそうだと察し、感知能力を下げていた。
意外とそういうところは調整が効くようだ。
まきに火がつくと、かなりの勢いで白い煙が上がり始めた。
どうやらその煙自体も魔獣や魔物が嫌うものであるらしく、煙が触れたコウセキスライムはざわざわと波打っていた。
ビジュアル的にはかなりキモイ。
キャリンはズボンのポケットから引っ張り出したレジャーシートを地面に敷くと、送風機を焚き火に向けたまま腰を下ろした。
長丁場になると判断したからだ。
水彦も、その横に腰掛ける。
それと同時に、水彦の腹から「ぐぅー」という音が響いた。
「む」
「あはは! 携帯食であれば持ってきてますけど。食べますか?」
「おお。ありがたいな」
キャリンに渡された携帯食は、焼き菓子のような外見だった。
長方形のクッキーかクラッカーといった所だろうか。
水分を飛ばして焼いているのだろう、かなり硬くはあったが、チョコレート味でかなりいける味だ。
「あ、飲み物もどうぞ」
やはりズボンのポケットから取り出されたのは、ギルドの売店で売っている清涼飲料水だった。
容器は植物由来なので、森の中で捨ててもすぐに土にかえる。
荷物を少なくするのに便利なので、キャリンは森や洞窟にもぐるときは常にこれを持ち歩いていた。
中に入っているのは、紅茶のような発酵茶だ。
少し渋みがあり、食事にもよく合う。
飲み易く、何よりも吸収率がいいので水分補給がすばやく出来るのが利点だ。
「これ、うまいな」
水彦は満足そうに頷きながら、携帯食をかじっていた。
かなり硬いので、水彦でも何度も噛む必要がある。
「それ、硬いんですよね。俺は割りと好きな味なんですけど」
「おお。そうだな。うまいぞ」
そんなとりとめもない会話をしながら、水彦はキャリンのほうに目を向けた。
魔獣魔物への対処、応用力、全てが申し分ない。
自分ではしない戦う前の準備については、十点満点をつけていいだろう。
頼りにするとすれば、こんなに頼もしい男はいない。
そう、水彦はキャリンを評価した。
思いつきでクマっぽい魔獣を襲うことにしたが、まさかこんな風に相手の実力を測れることになるとは思ってもいなかったのである。
そして、水彦はこう結論付けた。
コイツにくっついて仕事をしていれば、ドジを踏んでエルトヴァエルに殴られることはない。
水彦にとって今のところ大事なことは、エルトヴァエルを怒らせないことだった。
魔獣を狩るという仕事は、水彦にとって未知の領域だ。
何が失敗なのか分からない。
この間も狼と羽のついたトカゲを叩き切って運んだが、それについても殴られる寸前だったと水彦は判断していた。
実際、もう少し目立つことをしていたら、確実にその件について殴られていただろう。
実に恐ろしい事だ。
もし殴られていたら。
そう思うと背筋が凍った。
基本的に本能に忠実で後先を考えない水彦であったが、エルトヴァエルの拳にだけは弱かったのである。
このキャリンという男についていけば、きっと殴られずに済む。
そんな確信を、水彦は抱いてきた。
もっともそれが他人の目から見れば、「携帯する」とか「持ち運ぶ」とか、なんかそんな感じな状態であることは、本人だけが気が付かないことなわけだが。
進みが遅いと指摘されてるそばから、この話を投げ込む!
さっすが私! 私に思いも突かない事を平然とやってのける!
そこにしびれるあこがれるぅーう!
なんかかいてたらそうなっちゃったんだから仕方ないんじゃないかな、と思いました。
はい。
元々カメ足だからいいか。
次回も水彦のターン。
兎のお侍さんと、アインファーブルであうことになります。
二人が出会ったらどんな会話が繰り広げられるのか。
そして、キャリンさんはどうなってしまうのか。
次回「うさぎとみずとキャリンさん」こうごきたい