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六十話 「いかにも! サムライにござる!」

 シャルシェルス教の治療術は、魔法や薬を使ったものだけでは無い。

 マッサージやツボ押しのようなものも存在する。

 外部的な刺激で持って、骨の矯正をしたり筋肉のコリを解したりするのだ。

 コウガクが旅して回っている辺境には農村が多く、身体を酷使しているものも多い。

 そのためこういった技術は需要が多く、コウガクもいつの間にかそれこそが専門、というほどになっていた。

 ココ村に滞在しているコウガクは、そのお礼にと家々をマッサージして回っていた。

 多くの農村の住民は、長年の農作業で骨が曲がったり、関節が歪んだりしていることが多い。

 ココ村の住民達もご他聞に漏れず、皆体のどこかに具合の悪い場所を抱えていた。

 コウガクは一人ひとり丁寧にマッサージなどを施しながら、体に悪いところが無いかと尋ねる。

 農民というのは皆我慢強く、遠慮深い。

 そして、病気になったのが分かると仕事が出来なくなると思っているものもいる。

 コウガクが村に来ているとわかっていても、自分は病状が大したことないからと尋ねてこないことが多いのだ。

 そこでコウガクは、こういった農村に来たときは一軒一軒尋ねて回ることにしている。

 マッサージのついでの話として、家族の体調や、具合が悪い人のうわさなどを聞くのだ。

 こうすることの効果はなかなかに高く、あるときは早期に伝染病の患者を発見、流行する前に治療することが出来たこともあった。

 それ以来、コウガクはこうして尋ねた村の家々を回るようにしているのだ。


 さて。

 ココ村でも同じように家々を回るコウガクだが、今回はマッサージと病人の発見以外にも、もうひとつ目的があった。

 見放された土地へ近付く方法を探す事だ。

 周りをステングレアの隠密が取り囲んでいる以上、早々簡単には近付くことすらできない。

 しかし、コウガクの今回の旅の目的は、見放された土地に降臨された神様に挨拶をすることだ。

 簡単ではないからと、諦めるわけにもいかない。

 そこで、地元の人間ならば何か分かるかもしれないと、それとなく話を聞いているのだ。

 だが、返ってくる答えはどうも芳しくない。

 見放された土地に一番近いといわれているこの村では、そもそもそちら方面へは行かないというのだ。

 ステングレアの隠密がうろついていて怖いし、何よりも神様が立ち入りを禁止した土地だからと、忌避しているらしい。

 何があるか分からない危険な土地である以上、近付かないことに越したことは無い。

 だが、今回に限っては困った事になってしまった。

 これでは近付くヒントにもならない。

 それどころか、その周辺の情報すら得ることは出来ない。

 どうしたものかと頭を悩ませているうちに、とうとう村中の家を回り終えてしまった。

 幸いなことに大きな病気のものや、困った事態になっているものは居なかった。

 それは良いことなのだが、逆にコウガクは困ってしまった。

 あまり長居をしても、村のものに迷惑が掛かる。

 かといって出立しようにも、目的地へ近付く方法が分からない。

 コウガクは農民達に疲れにくい体の動かし方や、仕事をする前の準備体操などを教えて回っていた。

 こういったものは意外と重要で、知っているのと居ないのとでは雲泥の差が有ったりする。

 コウガクのマッサージと教えで、どんどん村人が健康になっていく、そんなある日の出来事だった。




 コウガクがいつもの様に村の老人達をマッサージし、一緒にお茶を飲んでいるときだった。

 最近の若い者は、昔はもっとよかったなどなど、決まり文句のようなことを言いながら寛いでいると、切羽詰ったような叫び声が響いた。

「コウガク様ー! たいへんだぁー! 村の外で、人さたおれとるー!」

「おや。ケガ人かね?」

「いんや、それがケガはねぇ見たいなんだとも、泡さ吹いてぶっ倒れてぇ! 兎に角、ついてきてくだっせ!」

 言われるまま、コウガクは連れに来た村人のあとを追った。

 着いた先は、村長の家だ。

 村の中で一番大きな家なので、連れてこられたのだろう。

 家の前のほうに回ると、何人かの人間が集まって右往左往していた。

 地面に寝ている人の姿も見えるので、恐らくそこで間違いないだろう。

 近付いてみると、案の定板の上に乗せられた人の姿が見受けられた。

 恐らくこの板に載せて運んできたのだろう。

 倒れている人物を見て、コウガクは感心したように声を上げる。

「おお。これは。兎人とじんだね。この辺ではあまり見かけないけれど」

 倒れていたのは、獣人に分類される兎人の男であった。

 大きな耳に毛皮の肌。

 その見た目は、ウサギをそのまま二足歩行にしたような姿だ。

 身長は160cm程度であるが、それで平均的な大人の男のサイズである。

 コウガクは一見して倒れた理由を見抜くと、安心した様子で「ふむ」と声を漏らす。

「すまないが、なにか野菜を用意してあげてくれないかな。そうだね、葉物か、根菜類がいいんじゃないかな」

「と、いいますと?」

「お腹がすいて倒れたようだね」

「はぁ?」

 コウガクの言葉に、呆気に取られる村人達。

 しかし、すぐにコウガクの言葉を肯定するような音が響いた。


 ぐぅ~


 紛れもない、腹の虫がなる音である。

 続けて、倒れている兎人は苦しそうに、うわごとの様に呟いた。

「腹が……腹がへった……!」

 沈黙する村人達。

 コウガクだけが、何事か楽しそうに笑っている。

「……おら、にんじんさ持ってくるだ」

「だば、おらはキャベツさ持って来るだかのぉ」

 脱力しながらも持ってきてくれるあたり、ココ村の農民は実に善良であった。




 目の前ににんじんを差し出された兎人は、文字通り跳ねるように飛び起きると、怒涛の勢いでそれを齧り始めた。

 そのままにんじん五本、キャベツ丸ごと二個を、目を血走らせながら食べつくす。

 その勢いたるや、まるで胡桃を割るリスのようであった。

 同じ前歯仲間として、多少近いものがあるのかもしれないが。

 にんじんとキャベツを食べ終わった兎人は、満足げに息をついて腹を叩く。

「いやぁ! 実に美味い! 良い野菜でござるなぁ! 危うく餓死するところでござった! あっはっはっは!」

 妙に明るいその声に、村人達は苦笑を漏らす。

 見た目は可愛らしいウサギであるのに、その声は妙に低くて男らしい。

 どうやら男であるらしいその兎人の外見は、日本で言う鳥獣戯画の兎そっくりであった。

 まず、毛並みは白く眼は赤く。

 ヒゲはピンと伸び、同じく耳も大きくまっすぐに伸びている。

 服装は、灰色の着流しに、灰色の袴。

 腰には黒い湾曲した鞘を下げている。

 その太さや曲がり具合を見るに、まず刀で間違いないだろう。

 コウガクは顎に手をやりながら、マジマジと兎人を見据えた。

「君は、サムライかな?」

 コウガクの質問に、一瞬だけ兎人の目が細くなる。

 しかし、すぐににっかりと口角を上げ、笑い声を響かせた。

「いかにも! サムライにござる! それがしの名は門土もんど! 門土・常久もんど・つねひさでござる!」

 サムライと名乗った兎人、門土はひとしきり笑うと、胡坐をかいたまま両方の拳を地面につけた。

 コウガクに向かって軽く頭を下げると、先ほどとは打って変わった真面目そうな様子で口を開く。

「わが故郷から遠く離れたこの地でサムライという言葉を知るその知識。シャルシェルス教の法衣を着たコボルト族にして、その物腰その技量。何より、溢れんばかりの魔力の流れ。“強力無双”コウガク殿とお見受けいたす」

 門土の言葉に、コウガクは驚いたように目を見開いた。

 しかし、すぐに表情は苦笑に変わる。

「いやいや、随分古い二つ名が出てきたね。私はそんな大仰なものではなかったし、今ではもうただのよぼよぼのじじぃだよ」

「おお!! やはりコウガク殿でしたか!!」

 手を振りながら言うコウガクだったが、門土はそれが聞こえないとばかりに表情を輝かせる。

「寝物語に活躍を聞いた、物語の御仁にお会いできるとは! 世の中全く何があるか! 行き倒れにもなってみるものですなぁ! あっはっはっはっは!」

 大声で笑う門土を見て、村人達も面白そうに笑う。

 さっきまで死にそうだった人間が、ここまで元気になるとは思って居なかったし、なによりコウガクの事を知っていて、会えたことに喜んでいるからだ。

 こんなすごい人物が、おらさ村に居てくれるんだぞ。

 そんな思いも有ったのだろう。

 自慢できるものを素直に褒められれば、悪い気になる人間は居ないだろう。




 門土が何故行き倒れていたのか。

 おおよその内容を纏めると、このようなことだった。

 武芸者である門土は、特に地図も持たず当てのない旅をしている。

 各地でであったつわものと立ち会うことが目的なので、本当にふらふらと歩き回る旅なのだそうだ。

 いつもの様に歩き回っていると、森から突然開けた場所に出た。

 草原に囲まれた、切り離された森が見える。

 そこに行ってみようかと考えたとき、ふと数日前逗留した村で聞いた話を思い出した。

 この近くには、話に聞いた「見放された土地」があるという。

 門土はこの大陸から遠く離れた、「野真兎やまと」という国の出身で、このあたりの地理には全く明るくない。

 見放された土地という言葉は聞いたこともあり、神が封印された場所だと知ってもいたが、まさか自分が行き着くことに成るとは微塵も思って居なかった。

 早々に立ち去らなければと踵を帰すも、周りを取り囲まれている気配を感じ取る。

 ステングレアの隠密が見放された土地を守っているという話は、遠く離れた野真兎にも伝わっていて、これがそうかと気が付いたときには後の祭り。

 門土を捕縛しようと隠密が襲い掛かってくるのだが、捕まれば何をされるか分からない。

 必死になって逃げたのだが、相手は地形を熟知した複数の密偵であり、こちらはたった一人だ。

 相手の事情も分かるので、まさか斬りかかる訳にも行かない。

 何とか彼らが守っている範囲から外れるまで逃げ切ったのは良いものの、散々追いかけっこをしていたので腹もすけば喉も渇く。

 何処かの村で食べればいいと思っていたので、弁当など持っていないし、水筒はとっくに空になっていた。

 見つけた道を必死にはいつくばって進んでいたのだが、このココ村の前でついに力尽きてしまったのだと言う。


「しかしそれがしも運が良い! このまましかばねを晒すことになるかと思ったのでござるが! まさかまさか村の衆に飯を食わせてもらえたばかりか、コウガク殿にまでめぐり合えるとは!! あっはっはっはっは!!」

 そういって笑うと、門土は杯を満たしていた濁り酒を一気にあおった。

 その対面に座るコウガクの手にも、杯が握られている。

 行き倒れになっていたから、無一文なのかと思いきや、門土は多数の魔石を持っていた。

 飯のお礼にと差し出された魔石は、数十万には成る代物だった。

 さすがにそんなには受け取れないと首を振る村長に、門土はしばし思案してから思いついたというように口を開いた。

「では、これを近くの街で換金して、酒と食い物を用意して下さらぬか! 死に損ねたそれがしからの振る舞い酒でござる! いやいや、嫌とは言わせませぬぞ! 命を助けて頂いたのでござるからな! 酒と飯だけで済むとは思わぬが、まずは宴! それがしが死に損なった祝いにござる!」

 魔石の換金は、ギルドに登録さえしていれば誰にでもできるものだった。

 幸いこの村には、アインファーブルが近いこともあり登録している人間が何人もいる。

 長老は門土に押し切られる形で彼らを使いに出した。

 数時間後戻ってきたのは、馬のひいた台車に満載の酒と肉だったというわけだ。

「しっかし、おさむれぇさま。おめさま、兎なのに肉くうだか?」

「おお! 兎人は雑食でござってな! 肉も喰らえば、魚も食らうのでござるよ! されどそれがしは、やはりにんじんが好物でござるな! この村のにんじんは実に美味い! まさに逸品でござるな!」

「あっはっは! まぁ、うれしい言葉だこって! ささ、おさむれぇさま! どんぞめしあがってくだっせ!」

「おお、かたじけない! さぁさぁ、そなたも呑まれよ! 命を拾った振る舞い酒でござるゆえな! 縁起物でござるぞ! あっはっはっは!!」

 終始そんな様子で、門土は農民達と酒を酌み交わしている。

 そんな様子を見て、コウガクも実に気分がよくなった。

 面白い男が居るものだと、自身も門土に勧められた酒をあおる。

 彼らが飲んでいる濁り酒は、この村で作られたものだった。

 ポンクテという植物を使って造られたという酒はクセが強く、アルコール度数もなかなかに強い。

 しかし、地の野菜と肉によく合い、するすると飲めてしまうのだ。

 シャルシェルス教は肉も魚も酒もタバコも禁止されていないので、コウガクも門土の振る舞い酒を存分に楽しめた。

 村人も門土もコウガクも、みな酒をあおり野菜と肉を食べた。

 散々に騒ぎ、歌い、踊り、また飲む。

 日も暮れ、すっかり深夜になったころには、起きているのはコウガクと門土だけになっていた。

 村人達は皆酔いつぶれ、あるものは家に帰り、あるものは地べたに転がっていた。

 ココ村では、暫くの間ずっと緊張状態が続いていた。

 近くにコルテセッカが現れたからだ。

 それも退治され、今はコウガクのお陰で皆健康になっていた。

 そこに来ての酒盛りで、羽目を外して騒いだのだ。

 酔いつぶれるのも仕方ないだろう。


 村人が寝静まった後、コウガクと門土は村はずれの丘の上に来ていた。

 そこは景色がいいからと、コウガクが門土を誘ったのだ。

 夜空には雲も無く、月が煌々と照っていた。

「いやいや! しかしまっこと世とは不思議なものでござるな! 当ても無い旅の途中、行き倒れたかと思えばコウガク殿のような物語の御仁と出会うとは! まっこと愉快愉快! 死に損なうのもたまには悪くないものでござる!」

「何度も言うけれど、私はそんな大したものではないよ。ただの旅の坊主だからね」

「またご謙遜を! 実はそれがし等兎人は魔力を見る目に長けてござってな! それで、一目でコウガク殿の事が分かったのでござる! シャルシェルス教の僧であり、尋常のものとは一線を引く体裁き! そして、常人ならざる魔力の量! まさにまさに、音にも聞いた“強力無双”そのものにござるな!!」

 強力無双。

 それは、コウガクに付けられた数ある二つ名の一つだ。

 シャルシェルス教は医学に長けるため、人体を扱うことにも長けている。

 その技術を持って自身の身体を強化するのが、シャルシェルス教の僧の得意な戦い方だ。

 中でもコウガクは、「一握で竜をも絞め殺す」と言われるほどの強化の使い手だった。

 向かってくるものを拳の一振りで叩き潰すその姿はまさに強力。

 矢を射られようが魔法を喰らおうがびくともせずに進むその様はまさに無双。

 コウガクが若かりし頃に付けられた、若気の至りのひとつであった。

「いや、全く若気の至りでしてな、お恥ずかしい。そうそう。そんなことよりも門土殿。見放された土地の近くに行ったのだそうですな。どのような様子でしたかな?」

「ほう。どのような、でござるか……」

 門土は腕を組むと、難しい顔をして唸った。

 暫く悩むような様子を見せた後、杯に手を伸ばし、唇をぬらす程度に口を付ける。

「先ほども申しましたように、それがし等兎人は魔力を見るのに長けた種族でしてな。大地に流れる魔力や、空を流れる魔力も見ることが出来るのでござる。その目にて件の見放された土地を見たのでござるが……確か彼の地は、魔力が枯渇した土地でござったな?」

「その通りだね。以前の大戦で使われた兵器の影響で魔力が枯渇し、太陽神アンバレンス様に封印された土地だよ」

「それが、でござるな。それがしの目から見て、あの土地にはたしかに魔力が通っていたのでござるよ」

「ほぉ」

 門土の言葉に、コウガクの表情が驚きに変わる。

「それゆえ、一瞬それは見放された土地ではないのではと思ったのでござるが、教えられた地理地形、以前見た地図ともあまりにも合致してござってな。まして周りには音に聞くステングレアの隠密が居ると来てござる。これは何かあると思ったのでござるが。いや、ここでコウガク殿とお会いして謎が解けもうした!」

「解けた? というと?」

「いやいや。これはそれがしのような食い詰め浪人がかかわるようなことではない、と分かったのでござるよ! あっはっはっは!」

 その答えに、コウガクは思わず門土のほうを見直してしまった。

 呆気にとられたようなその表情を見て、門土は再び笑い声を上げる。

「あっはっはっは! いや、それがしは寄るところもないただの旅のものでござるからな! コウガク殿のような方が動いておられるのであればこれはよくよくの事! それがしのようなものがしゃしゃり出て何かすることではないと思ったのでござるよ! いや、それがしのようなものが関わる事で余計な波風を立ててはいけませんからな! まして事が事! 御出でに成られておるのもコウガク殿でござるからな! いやまったくそれがしが如何こうできる事ではござらん! ここはひとつ見放された土地で見た物については口を噤み、コウガク殿のお邪魔に成らぬがよいと思う次第!」

 されど、と断ると、門土は腰に差していた刀を鞘ごと抜く。

 片手に持ったそれをで地面を着くと、にっかりとした笑顔を見せた。

「それがしの僅かな力、入用になりましたらいつでも声をかけてくだされ! 彼の土地を見たのも、ここでコウガク殿と見えたのもきっと縁有っての事! 必要と有らばこの門土常久! 必ずや駆けつけてこの腕振るうてごらんに入れましょうぞ!」

 その言葉を聴いて、コウガクは思わず笑ってしまった。

 この門土という男は、コウガクが見放された土地に用があることを察して、迷惑にならないように口を噤むといっているのだ。

 そしてその上で、自分の力が入用であれば、力を貸すというのだ。

 捉えるものにも依るだろうが、コウガクにはこれが実にうれしかった。

 なんとも気持ちの良い男だ、と、そう思えたのだ。

「はっはっは! いやいや、これは実に、実に心強い!」

 コウガクは楽しそうに膝を叩くと、酒の入った杯を一気にあおった。

「じつはですな、門土殿。 私は訳あって彼の土地にいかねばならなくてね。 いや、ひとまずは穏便に済むのが一番だから、何とかステングレアの隠密に見つからずに土地に入りたくてね。 勿論無理な注文だとは思うんだが、何か知恵は無いかな?」

「ほう。土地に入る手段、ですな?」

 門土は思案顔で顎をなでると、しばしの間唸り声を上げる。

 杯の中身を一気にあおり空にすると、パンと膝を打った。

「実はそれがし、船でこの近くまで来てござってな。 暗い夜の海、雨などで荒れておるときであれば、あの辺りには浅瀬もありますゆえ大きな船では迂闊には近付くことも出来ぬようでござってな。まず尋常の方法では近づけぬと思いますが、夜闇と嵐に紛れて離れた場所から浅瀬をたどれば、あるいは」

「ほぉ! なるほど海とは。そういう手もあるんだね」

 コウガクは感心したように膝を叩いた。

 たしかに言われてみれば、海を通るというのは良い手なのだ。

 ステングレアは紙陣魔法と呼ばれる、紙を使った魔法を使う国である。

 ただでさえ雨風には弱く、まして海の上ともなればなおさらだ。

 勿論ステングレアには水に強い紙もあるし、水対策の装備もある。

 しかし、所詮紙は紙。

 軽装備で雨の中まともに紙陣魔法を使うには、尋常ならざる腕が必要だ。

 水対策用の装備は、小船に乗せられるようなものでもない。

 となれば当然求められるのは腕のほうに成るのだろうが、嵐の海の上で紙陣魔法をまともに扱うことなど、“紙屑の”紙雪斎でもなければ不可能だ。

 そもそもそんな状況では、近付くものもいないだろうと見て、監視もしないのが常だろう。

 とはいえ、そこはしけた海の上だ。

 監視も無いが、尋常の手段では進むことすら出来ないだろう。

 まかり間違えなくても、普通ならばただの自殺になってしまう。

「まあ、普通ならばありえぬと笑うところでござるがな! 普通では出来ぬ事をやってのけるのがコウガク殿でござるゆえに! あっはっはっは!」

「あまり年寄りを虐めないでほしいんだけれどね」

 苦笑しながらも、コウガクはすっかりその手で行く気になっていた。

 勿論、門土もそれとわかって笑っているのだ。

 そこで、ふとコウガクは思い出したように声を上げる。

「そうそう、思い出した。アインファーブルで、門土殿と同じサムライを見たよ」

「おお! サムライにござるか! 兎人はこの辺りでは珍しいはずなのでござるがな!」

「いやいや。それが、人族の少年でね。名前は、水彦といったね。まあ、人族なのかは怪しいけれど」

 コウガクは一目で、水彦が人間でないことは見抜いていた。

 だが、何であるのかははっきりと掴めずに居た。

 それもそうだろう。

 何せ水彦のような存在は、「海原と中原」では前例が少なすぎるのだ。

 コウガクの言葉に興味を覚えたのか、門土がぐっと身を乗り出した。

「ほぉ! 人族のサムライにござるか! これは良い事をききもうした! ぜひにも会って見たい物でござるなぁ! アインファーブルといえばギルド都市でござるか!」

「そうだね。見放された土地にも近いし、もしものときにも門土殿の力を借り易い。どうかな、行って見られては」

「あっはっはっは! コウガク殿の勧めとあれば、是非もありませぬな! 早速、明日の朝にでも行くことにするでござる! ささ、そうと決まればまずは一献一献! ぐぐいと空けて下され!」

 いいながら、門土はコウガクの杯に酒を注ぐ。

 二人の酒盛りは、この後も暫く続くのだった。

なんか知らないけど五十話だったんですってね、奥様。

誰だろう奥様って。

いや、皆様のお陰でここまでこれました。

ストーリーとしてはあんまり進んでる気がしませんが。

本当にありがたい限りです。


さて、次回は。

ついに競技が始まった第一回WAC高飛び込み・ペア。

一体どんな演技が飛び出すのか。

スーパーアンバレンスさん人形は、誰の手に!

あと、とっても最高神 がんばれアンバレンスさん! ほか

どうぞお楽しみに。

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