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五十九話 「なんか、悪いことするなぁと思いまして」

 赤鞘にとって土地に住む者というのは、何とかして守りたいものであった。

 とはいえ、病気を払うとか、瀕死の重傷を治すとかいった事には、直接関与することはない。

 神と言うのはそこまで慈悲深いものではないし、誰かが死なないと誰かが生きていけないことを知っている。

 それに、人間ばかりを贔屓している訳でもない。

 あるときは狩られそうな鹿を助ける為に、猟師を殺すこともある。

 摘まれそうな一輪の花を助ける為に、小さな少女を殺すこともある。

 全ての命にとって分け隔てのない存在が、神なのだ。

 赤鞘はそういう意味では、良くも悪くも神であった。

 ただ、彼は元々が人間の神である。

 人間贔屓であるのは、ある種当然だろう。

 誰だって身内や同じ立場のものには甘くなるものだ。

 赤鞘もご他聞に漏れず、人型をしたものに比較的甘い傾向にあった。

 病気にかかっていたら治してやりたいと思うし、困っていたら助けたいと思う。

 元々が村を襲おうとした野武士を斬って死んだ、お人よしだ。

 人間への贔屓は、他の元人間の神に比べても強い傾向にあった。

 しかし、万人に対して赤鞘が優しいのかといえば、そうでもない。

 そうであれば、野武士を斬ったりしないのだ。

 赤鞘の好意は、専ら目の前の農民へと向けられる。

 それは、彼が元々侍であったことが理由だ。

 子供の頃から作物への感謝や農民を守ることをよくよく教え込まれてきた赤鞘にとっては、寧ろそういった物事は当然の事として頭に刷り込まれている。

 困っている農民と王族が居れば、迷わず農民を助ける。

 例えそれが、王族のほうが深刻な状況だったとしても。

 それが、赤鞘という神である。

 しかし。

 赤鞘は、よくよく自分の分というものを心得た神でもあった。

 日本の土地神として過ごしてきた赤鞘にとって、守るべきは自分の土地の中なのだ。

 極端な話、外がどうなっていようと知ったことではないのだ。

 気にはなるが、自分が如何こうできる領域の話ではないと思っているのだ。

 赤鞘がまだ日本で神をしていた頃、隣村が戦に巻き込まれて、住民が何人も死んだという話を聞いた。

 そのとき真っ先に頭に浮かんだのは、「こっちのほうには来ないで欲しい」であった。

 隣村で死んだ住人の事を気にかけたのは、暫く経った後のことだ。

 それも、「まあ、そんなこと自分が気にしてもしょうがない」と、さっさと考えるのを止めたほどであった。


 人間であった頃から、赤鞘は目の前の事にだけ集中するようにと心がけていた。

 目の前に居る誰かを助けることだけに、全力を注ぐのだ。

 それを聞いた誰かに、「では目の前に居ない誰かを助けなくていいのか」といわれた事があった。

 それに人間であった赤鞘はこう応えた。

「俺はそんな大した器じゃないんだよ。目の前の事で一杯なんだ。そんな政がどうのいうのは出来んし気にもならん」

 対岸の火事、という言葉がある。

 川の向こう側の火事だから、気にしないという以来のコトワザだ。

 本当に優しい人間なら、その火事を心配して川を突っ切るはずだ、と、赤鞘は思っている。

 こっちにはこないなんて安心しないはずだ。

 ほっと胸をなでおろすようなことではないはずであって、人間とはつまりそういう結局は自分がよければよい生き物なのだ、と、赤鞘は思っていた。

 それが悪いことだとは思わない。

 寧ろ好ましいことであると思っていた。

 盗賊に襲われて、「ああ、この人はこうしないと生きていけないのか」と全財産を差し上げるような奴は居ないだろう。

 何とかして自分が生き残ろうと、武器を取ることもあるはずだ。

 少しでも自分が有利に生き残ろうとするのは、生物として当然であり、それが当たり前だと赤鞘は思っている。

 神は自らを助けるものを助ける。

 そんな言葉があるように、赤鞘も自分で何かしらの努力をしないものを助けるつもりはさらさらないし、その発想もないのだ。

 だから、目の前で困っていて、何とかしようとあがいているものが居れば、何とかして助けたいと思う。

 どんなに必死になっていて、酷い状況で、可哀想なものが居たとしても、それが遠くに居る自分の土地と直接関係のないものなら特に気にしない。

 それが、赤鞘の神としてのスタンスなのだ。


 だから、最初赤鞘は自分の土地に居るアグニー以外は、助けるつもりなんぞさらさらなかった。

 アグニーを捕まえたメテルマギトの言い分は理解できるし、随分丁寧に扱うものだなぁと感心すらしていた。

 研究対象を慮るその姿勢に、ある種驚きすらしていた。

 日本人は鯨を食べる。

 中国では犬も猫も食べる。

 それを野蛮だなんだというものも居るし、文化だというものもいる。

 薬になるからと、象を殺して牙を切り取るものも居れば、鮫の脳から痴呆症の特効薬が作れるかもしれないと培養している研究施設もある。

 赤鞘やアンバレンスに言わせれば、そのどれもこれもがどうでもいいことであった。

 人間は別の動物や植物を育てて食べているではないか。

 健康のためにお茶の木を育てて摘み取っているのと、アグニーを育てて老化を抑制しようとしているのは、神視点で言えばどっちも変わらない。

 何せ最高神であるアンバレンスからいわせれば、ミジンコもウィルスも人間もドラゴンもみんなおんなじ様なものなのだ。

 ぶっちゃけた話、アンバレンスも赤鞘も、メテルマギトが「向こう百年アグニーを傷つけない」と宣言したとき、心底驚いていた。

 一人残らず解体されたり、実験台にされると思っていたからだ。

 それが思いのほか好待遇で、今後もやたらと殺しつくされないだろうことがわかり、ほっと胸をなでおろしていた。

 このままメテルマギトに任せておけばいいか、と、思っていた。

 人間は自分達のために牛や馬を飼う。

 エルフが自分達の利益のためにアグニーを飼うことの、どこに咎めるべき要素があるのだろう。

 日本に猿を飼っている動物園があるから、そんなとんでもないことをしている人類を滅ぼせとでもいうのだろうか。

 絶滅危惧動物を保護しているのを、奢り高ぶりだと天罰でも与えろというのだろうか。

 アンバレンスも赤鞘も、そんなことは一切気にしない。

 寧ろのんびり暮らせていいんじゃないか、と、すら思っている。

 これでエルフが若さを保つ方法を手に入れれば、エルフはまた勢力を増すだろう。

 その彼らに保護されているアグニー達は、ますます手厚く保護されることになる。

 実に良いことだ、と、赤鞘は思っていた。

 自らを助けるものを助ける。

 まさにその通りだ。

 自分達の病を治そうと日々努力する医者も、健康に生きるための研究をするものも、赤鞘にとっては等しく生きるための努力をするものだ。

 例えば。

 チンパンジーを殺すことで地球人類にとってすこぶる有益なものが手に入るとしたら、地球人類は間違いなくチンパンジーを殺すだろう。

 殺して殺して殺しまくり、数が減ってきてようやくなんのかんのと理由をつけて保護をするはずだ。

 当然、その理由は有益なものが手に入らなくなると困るから、である。

 蚊を滅ぼしたら表彰されるというが、蚊とチンパンジーにいかほどの違いがあるというのだろう。

 ミジンコもドラゴンも同じだと思っている神から言わせれば、その間に差をつける事自体が意味不明なのだ。

 例えばそれを見たとしても、赤鞘は特にこれといった感想を抱かないだろう。

「へー、チンパンジーすげぇー」

 とか、そのぐらいは思うかもしれない。

 だからアグニーが捕まっても、赤鞘は「へー、アグニーってすごいんだー」ぐらいにしか思わないし、実際思って居なかった。

 チンパンジーと知性種を同じにするな、と思うものが居るかもしれない。

 人類からすればそう思って当然だろう。

 だが、相手は神である。

 人間の考えも価値観も等しく無意味になる相手に、そんなことを言っても意味はない。

 実際アンバレンスがメテルマギトの行動で最も問題視していたのは、アグニーを絶滅させるかもしれないということだ。

 殺しつくさないのであれば、特に問題はないのだ。

 アグニーだって、アグコッコを飼って食べている。

 エルフがアグニーを飼ってどこに問題があるのか。

 その程度にしか考えていないのだ。


 だから、赤鞘が捕まっているアグニーを見直された土地につれてこようと思ったのは、「可哀想」だとか、「どうにかしてあげたい」などといった、外に居るアグニーに対して如何こう思ったからではなかった。

 自分の土地に住むアグニー達が、彼らを仲間として心配し、どうにかして助け出したいと悩んでいたから。

 ただ、それだけなのだ。

 世界への干渉に制限がない今、赤鞘は地球時代では「何とかしてあげたいなぁ」と漠然と思うしかなかったその思いを、かなえることが出来た。

 とはいえ、赤鞘は雑魚神だ。

 自分では殆ど何も出来ないといっていい。

 そこで、周りを動かすことでそれを解決しようと考えたのだ。

 たとえば、アグニー達がアグニー奪還に足る戦力と接触する機会を作るとか。

 水彦を動かし、攫って来させるとか。

 エルトヴァエルに仕込みを頼んでいたそういった物事は、そろそろ成就しようとしていた。

 もっとも、作戦立案も全部エルトヴァエルであり、赤鞘はただ彼女に「どうにかなんないですかねぇー」と言っただけなのだが。


 エルトヴァエルの報告を聞きながら、赤鞘は実に不思議な心境に陥っていた。

 正直最初、赤鞘は自分の土地の外のアグニーの事など本当にどうでもいいと思っていた。

 しかし、アグニー達が心配するのを見て、その状況を聞き、いろいろあって夢の世界などで会っているうち、自分の土地に招くことが出来たらな、と言う思いに駆られていた。

 その考えは、メテルマギトのエルフ達の、生きる努力を無駄にすることになりかねない。

 神々は生物の、生存繁栄を尊ぶ。

 自分たちが少しでも有利に、便利に、快適に生きようとする姿を見て、素晴らしいと思うのだ。

 そうした工夫こそが、今居る生物が繁栄した理由であるからだ。

 時に助け、時に殺し、時に利用する。

 実に生物らしく、素晴らしい姿だ。

 赤鞘も心底そう思う。

 しかし、しかしである。

 行為を肯定し、頭では分かっていても、感情としてアグニー達を自分の土地に招けたらなぁ、と、思ってしまうのだ。

 実に奇妙な話である。

 だが、それも仕方ないだろう。

 何せ赤鞘は元々人間で、侍と言う人種だったのだ。

 会って話せば情が移り、頭で分かっていても体が動く。

 良くも悪くも赤鞘は、そういう半端な神なのだ。




「ですので、件の傭兵団とクォーターは、そろそろ浜に到着すると思われます。一週間は掛からないのではないでしょうか」

「なるほどなるほど。分かりました。ありがとう御座います」

 エルトヴァエルの報告を聞いて、赤鞘は難しい顔で腕を組んだ。

 真剣なその表情に、エルトヴァエルは首を傾げた。

 最近現実逃避が多くなってきた赤鞘が、土地の管理の事以外で真顔になるのが珍しかったからだ。

「どうか、なさったんですか?」

「へ?」

 エルトヴァエルの言葉に、赤鞘は間抜けな声を出す。

 すぐに声をかけられた理由に思い至り、苦笑をしながら手を振った。

「いえ。めてる……まぎと? でしたっけ? なんか、悪いことするなぁと思いまして」

「はぁ」

「せめて研究が終わるまで、待ってあげたいんですげどねぇ。向こうも深刻でしょうから。でもねぇ。それだと今の代のアグニーさん同士、会えないんですよねぇ……」

 難しい問題だ、そう赤鞘は思っていた。

 エルフ達の状況を知るに連れ、彼らにとっての老化の認識は、地球人類にとってのガン、エイズ、エボラ出血熱、身体欠損、心臓病などなど、そういった病をひっくるめた全てと同じ様なものであると理解することが出来ていた。

 成人病や腫瘍等と同じく、克服可能なものとして認識しているのだと。

 そしてそれは、エルフ達の技術を以ってすれば、何かしらのきっかけでたしかに克服できるものであるとも。

 だからエルフがアグニーを捕まえその方法を得ようとする行為を、赤鞘は一切悪いと思わない。

 寧ろ地球人類であれば片っ端から解剖してすり潰して実験台にするであろうところを、態々保護しているその状況を、好ましくさえ思っていた。

 好感度でいえば。


 自分の土地の住人>>>[越えられない壁]>>>アグニー>>>>>>エルフ≧地球人類


 と言ったところだろうか。

 それだけに、赤鞘はそんなエルフ達からアグニーを取り上げるのを、非常に心苦しく思っていた。

 だが、それでも自分の土地へアグニーを招きたい。

 そんな思いが強く胸にあった。

 なんとも矛盾した想いだ。

 実に自分勝手なものである。

 自分の中に渦巻くそんな感情に、赤鞘は不快なものを感じていた。

 神として行動するならば、ここはメテルマギトに任せるべき場面だ。

 彼はそれ相応に努力してきたし、生物として正しい行動も取ってきている。

 すなわち、「増えよ栄えよ地に満ちよ」。

 生存競争をその豪腕を持ってのし上がることである。

 その努力を、その覇権を、神である赤鞘の思い一つで破壊する。

 赤鞘の感覚からいえばそれは傲慢以外の何者でもない。

 しかし。

 だけど。

 そう思って、なお。

 実に奇妙な話だ。

 夢の中で会話をした。

 それだけで情が移り、自分の土地に招くことが出来たなら、そう思ってしまう。

 半端で駄目な、実に使い物にならない神だ。

 大きくため息を吐き、赤鞘は苦笑を浮かべながらエルトヴァエルに向き直った。

「いえ、まあ、いいんです。ええ」

 そんな風に言う赤鞘を見て、エルトヴァエルは心配そうな顔をすることしか出来なかった。

 神の葛藤に、天使が口を挟むなどもってのほかだ。

 それに、今何か言ったとしても、ますます赤鞘を悩ませるだけだろうとも思えた。

 事実その通りだろう。

 結局悩みを解決するなどと言うのは、解決への手助けは出来てもそれそのものを解消することなど不可能なのだ。

 自分で結論を出すしかないのだから。

 ふと、エルトヴァエルは昔まとめた、メテルマギトの資料があったことを思い出した。

 昔と言っても、一週間前の事である。

 エルトヴァエルにとって取れたての情報以外は、皆古い情報なのだ。

 そういえばもう一度、メテルマギトの情報を洗い出さないと。

 エルトヴァエルがそんなことを考えていると、後方から声をかけられた。

「赤鞘様、エルトヴァエルさん! アグニーさんたちの村はご覧になりましたか?」

 にこにことした笑顔を貼り付けた、土彦だった。

 いつも以上に笑顔が深いことが少し気になりつつも、エルトヴァエルは答えを返す。

「いえ。少し大気圏外で活動していましたから。どうかなさったんですか?」

「ああ、そうでしたか! では、今日コレから顔を出してみると宜しいですよ。道具もそろい、いろいろ面白いことなっていますから」

「はぁ?」

 なんとも微妙な返事をするエルトヴァエルに、心底楽しそうに笑顔を作っている土彦。

 その後アグニー達の元へ行ったエルトヴァエルが、内臓系のダメージを負うことになるのだが、それはもう少し後の話である。

神様にとっては動物も人類も細菌もおんなし、という話しです。

まあ、赤鞘は元が人間なので、その辺は微妙なようですが。

いくら元が人間とはいえ、既に赤鞘は神様です。

感覚は人間のものとは違います。

ですが、元は人間です。

完全な神様ともその感覚は異なります。

日本では珍しくない、元人間の神様である赤鞘。

その感覚は人間とも違いますが、純粋な神様とも違います。

半端で弱くて、ぼへーっとしたあほな神様として、今後どうやって「海原と中原」で暮らしていくのか。

なんか今回は自分で書いてて赤鞘めんどくさいやつだなぁ、と思いました。


神様達がどんなスタンスなのかを出す為に、今回はこんなのを入れてみました。

次回は予定通りコウガクおじいちゃんです。

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