五十八話 「内臓系の病じゃろうか」
水彦が購入した物資は、一旦ギルドを通して借りられた倉庫へと収められた。
かなりの量になったものの、ギルド長であるボーガーの機転で借りられた倉庫は相当に大きく、問題なく全て入れることが出来た。
それをアグニー達の元へ運んだのは、エルトヴァエルだ。
土彦が製作した大量の物資を入れられるが、重さもサイズも変わらない便利アイテム「ゴイ・スー・バスケット」を使い、物資を運ぶのである。
ちなみに命名は土彦ではなく、赤鞘である。
その時、土彦は笑いながら喜んでいたが、エルトヴァエルの顔は引きつっていた。
理由はお察しである。
紙雪斎には見破られたものの、エルトヴァエルは天使の中でも五本の指に入る隠業の使い手だ。
ステングレアの隠密に見つかることも無く、物資は無事ピックアップされ、アグニー達の元へ届けられた。
そんなわけで、ようやく道具が一式そろったアグニー達は、自分達の生活改善へと動き出したのである。
が、しかし。
その前に、アグニー達はとてつもなく大きな壁に直面していた。
それが目の前にあるモノホンの壁であれば迷わずタックルしているところであるが、残念ながらそれは比喩表現であり本物ではないのである。
彼らの目の前には、何種類ものダンボールが置かれていた。
それらには衣服が入っていて、何日も着たきりスズメだったアグニー達にとっては嬉しい物資である。
しかし、そんな嬉しい物資を前に、アグニー達は全員難しい顔のまま固まっていた。
誰も目の前の問題を解決できずにいたからだ。
この世界、「海原と中原」には様々な知的生物が存在している。
知的生命体が一種類しかいないとされている地球とは違い、「雄」「雌」をどう表記するかはすごく難しい問題だ。
知能がある生物は大体雄の事を「男」、雌の事を「女」というのだが、なんにでも例外はある。
ゴブリンは知性種であるにもかかわらず「雄」「雌」というし、兎人や一部コボルトなども「雄」「雌」と表現する。
このことで問題になるのが、男女間で違いがあるもの。
たとえばトイレである。
文字で「男性用トイレ」などと書いておくと、「じゃあ雄用はどこよ」というような問題が起こるのである。
些細なことだと思われるかもしれないが、当事者達にとってはとても大きな問題だ。
差別などに繋がりかねない問題として、かなり真剣に議論されてきた。
そして今、一応の解決案として使用されているのが、記号による性別の表記であった。
地球でもトイレなどの表記に丸と三角を組み合わせた物を使うように、似たような感じのものが「海原と中原」にもあるのだ。
アグニー達の前にある衣服の入った箱にも、やはり男女のような文字による表記ではなく、記号による表記がされていた。
ぱっと見ればそれが男向けか女向けか分かるようにする為の配慮なのだが、これがアグニー達にとっては仇となった。
そう。
どっちがどっちだか分かんないのだ。
中身を見れば分かりそうなものでもあるが、アグニー達は良くも悪くも超ド田舎で生まれ育ったものばかりだった。
普段着ているものは男物も女物も無く、皆同じような木綿布を縫い合わせたシャツとズボンのようなものなのだ。
そもそも、スカートとかスーツとかを見たことが無いというアグニーもいた。
身につけるものだろうことは予測できても、どうやって着るかもわからない。
そんな状態では、当然どっちが男物なのか女物なのか分かるわけもなかった。
とはいえ、どっちかが男物で、どっちかが女物なのは分かる。
そんなことも分からなければいっそ好き好きで着てしまえたのだが、なまじどっちかがどっちか用だと分かるだけに、きちんとどっちかを着なければならないという心理が働いていた。
だがやっぱりどっちがどっちだかは分からない。
分からないから着れない。
でも、着替えたい。
そんな揺れ動く心理のハザマにはまり込み、アグニー達は機能停止状態になっていたのだ。
「なんだろう、このヒラヒラ」
「わかんない。なんかかわいい気がする」
「じゃあ、女の子向けなのかなぁ?」
「いや、でもこれ子供服だろう?」
忘れられがちだが、アグニー達は多くの人間種で言うところの、子供の状態のまま成長が止まる種族である。
街で売っている服を着ようとすると、サイズはどうしても子供服になってしまうのだ。
「子供服なら、男がかわいいの着ることもあるんじゃないか?」
「そうかー。お前頭いいな」
「でもそうすると余計にどっちがどっちだかわかんないぞ」
「この布なに? タオル?」
「それはあれじゃろ。すかーととかいう服じゃ」
「すかーと? それ男が着るものなの? 女が着るものなの?」
「どっちじゃったっけ」
「どうしようもないなぁ」
エルトヴァエルが居ればすぐに教えてくれそうなものなのだが、残念なことに彼女はいま仕事で別の場所に出かけていた。
ならば土彦が教えればいいのだろうが、残念ながら彼女はエンシェントドラゴンの洞窟に仕込む仕掛けの製作とマッドアイネットワークの構築で、非常に忙しかった。
他にアグニー以外のものといえば、カラス達とアグコッコとトロルのハナコしか居ない。
絶望的状況である。
「どうしよう。折角もらったのに着ないわけにもいかないし」
「それより、新しい服に着替えたいもん」
「でもどっちがどっちだか分からないと、着れないぞ」
「なあ、ちょっと考えてたんだけど」
あるアグニーが、実に真剣な顔で手を上げた。
その場に居た全員の視線が、そのアグニーに集まる。
「とりあえず試しに着てみて、一日置きに取り替えてみるっていうのはどうだ? どっちかがどっちかのなんだから、着て動いてみればどっちが動きやすいとか、違和感があるとか分かると思うんだ」
その提案に、アグニー達は戦慄した。
「お前……天才だな」
と、いうわけで。
アグニー達はとりあえず服を着てみることにしたのだった。
服を着たアグニー達は、早速それぞれ道具を持って仕事に取り掛かることにした。
スパンをはじめとした畑担当のアグニー達は、鉄やオリハルコン製のクワやカマを持ち、喜び勇んで畑へと繰り出した。
赤鞘が力の調整をし急成長した作物を取り入れる為である。
アグニーの主食であるポンクテは芋の蔓に成るムカゴであるため、取り入れにクワやカマは必要ない。
それでも、畑の土を柔らかくしてやったほうが育成がよくなるので、耕す作業は必要なのだ。
森の中で見つけてきた、野生の香草などの畑もある。
何より、水彦が手に入れてきた物資の中に、植物の種も入っていたことが大きかった。
それらを植えるためには、もっと畑を広げる必要もあるのだ。
マークを中心とした建築担当のアグニー達も、のこぎりや斧といった大工道具を手に入れ、大いに張り切っていた。
今までは石製の斧で代用していただけに、作業効率は雲泥の差だ。
切り倒すだけ切り倒して乾燥させていた木を板や柱に加工し、建築物へと変えていく。
土台を固める作業や柱を立てる作業は、トロルのハナコが居るので安心だ。
凄まじいペースで作業は進み、半日で一軒の仮設住宅が建っていった。
住んでいる周りの環境も急速に整っていき、今までただ暮らしている場所だったそこが、村と呼んでも差し支えない状態へと整備されていく。
柵や壁を立て、看板も立てられ、すっかり体裁も整えられていた。
ギン達狩人にも、きちんとした武器が配布された。
皆それぞれ得意なものを選び、狩へと出かけていく。
ようやく本来の得物である短槍が手に入り、ギンもすこぶる嬉しそうだ。
そんなギンを見て、カラスのカーイチも実に嬉しそうに笑っている。
最近へんな物体を装着させられ、へんなかっこうをさせられたりして散々だったが、相棒であるギンが嬉しそうにしているだけでそんなものは吹き飛んでしまっていた。
ギンもカーイチも、暫くはアグコッコの世話を他のアグニーやカラスに任せ狩りに集中することになっていた。
罪人の森での狩りをする目的は、食料調達だけではない。
周りにどんな動物が居て、どんな植物がいるかを調べることも重要な仕事だ。
それだけに危険も多く、アグニー族の中では実力者であるギンがもっとも適任だとされている。
そこにカーイチも加われば、まさに最高のパーティーといえるだろう。
全体の仕事を指示する長老も、大忙しだった。
皆がこなす仕事の量が増えれば、当然長老の元へ上がってくる報告の数も増えていく。
それでなくても、土彦から頼まれている「魔法の焼き物弾丸」も、マッドアイネットワークの完成へ向けて増産しなければならないのだ。
ものづくりに長けたお年寄りアグニー達は、昼も夜も無い大忙しっぷりである。
根が真面目で、いっつも一生懸命なのがアグニー族の特徴なのだ。
土彦は「無理はしなくて良い」と言っているのだが、それでも張り切って必死に弾丸を作っていた。
神様の眷属であり、自分達を見守ってくれている土彦のお願いだ。
アグニー達が張り切らない訳が無い。
ヘラや棒などの粘土を細工する道具も揃い、製品の品質もうなぎ登りだ。
そんなこんなで、アグニー達は兎に角忙しく動き回っていた。
基本的に職人気質なアグニー達は、今までろくな仕事が出来なかった鬱憤を晴らすように仕事に躍起になっていたのだ。
外見上人間の子供のようである彼らが一生懸命がんばっている姿は、実にほほえましい。
なるべく邪魔をしないようにと、土彦も極力顔を出さないようにしていた。
とはいえ、全く顔を出さないわけにも行かない。
なにせ土彦がアグニー達に製作を頼んでいるのは「魔法陣が組み込まれた焼き物の弾丸」であり、曲がりなりにも魔法兵器なのだ。
魔力が少ない上に、ただでさえ魔法が扱えないアグニー達にとっては毒にもクスリにもならないアイテムではあるが、万が一が無いとは限らない。
土彦は数日振りに地下研究施設を出て、アグニー達のところへとやってきていた。
焼き物用の窯がある辺りにやってくると、様子の変化に驚く。
窯の上にはいつの間にか屋根が作られていて、近くには焼きあがったものを置いておく小屋まで出来ている。
ドアの無い完成品の置いてある小屋の中を覗くと、そこにはハンコで押したように全く同じ形状の焼き物弾丸が並んでいた。
焼き物と言うのは、同じものを量産するというのが恐ろしく難しいものだ。
たとえば地球の陶器のトイレですら、一つ一つ微妙に形状が違う。
工場生産の皿ですら、同じ形状というわけには行かない。
しかし、土彦の目の前に並んでいるものは、どれもこれも全く同じ形状と言って差し支えないほど精密に作られていた。
人間とは違い、機械の様に正確な映像処理が可能な土彦が見ても、それらの形の違いは誤差の範囲だ。
恐らく鋳造された金属弾丸と遜色ないレベルだろう。
まじまじとそれを見ながら、土彦は思わずため息を吐いた。
「いやいや。驚きましたねぇ。幾ら道具が手に入ったとはいえ、これほどとは」
にこにことした笑顔で呟きながら、土彦はその一つを手に取った。
量産を依頼したダガー型の焼き物に、「遅滞爆破」の魔法がしっかりと組み込まれている。
そのまま砲弾のような形状のようなものもある。
どれもこれも、実に見事な仕上がりだ。
「おお! これは土彦様!」
後ろからかけられた聞き覚えのある声に、土彦はゆっくりと後ろを振り返った。
近付いてくる気配は感じていたので、驚くことはない。
声からすぐに長老と分かったのも、驚かなかったことに一役買っていた。
が、しかし。
「ぶふっ!?」
普段何があっても笑顔を絶やさない土彦が、長老の姿を目に納めた瞬間、思わずといった様子で吹き出した。
その土彦の反応は、正しい反応だっただろう。
なにせ振り返ったときに目に入ったのが、長老のメイド服姿だったのだから。
そう、メイド服である。
あのマニアックなアイテムが沢山手に入る某電気街で喫茶店とかの従業員が着ている、あのメイド服である。
アグニーとは、一生を人間の子供のような姿で過ごす生物だ。
しかもその見た目は、人型を取る生物の中では最高峰と言われる、エルフと見紛うばかりに美しい。
一言で言えば、長老のメイド服姿は実に様になっていた。
まさにリアルメイド美少女といった風情だった。
さらさらの金髪に、潤んだ大きな目。
いつも土に触れ、力仕事をしているとは信じられないほど白く輝く肌。
その表情はあくまで穏やかで、穢れを知らないかのように澄んでいる。
実に可愛らしく、実に似合っていて、実に美しかった。
が、それだけに、土彦の笑いのツボを直撃していた。
「ぶっ……ぶふっ……! ごほっ! えっほっ! ぐふっ! げふごほっ!」
あまりの笑撃に耐えられず、むせながらえっつく土彦。
その声に反応したのか、「どうしたどうした」と他のアグニー達も集まってきた。
スパンは、なぜかブルマを履いていた。
今でこそ特殊な趣味の方々に大人気のブルマだが、元々は運動しやすいようにと開発されたものだ。
別に「海原と中原」にあって悪いものではない。
ちなみに中年アグニーのスパンは短髪黒髪で、活発な印象を受ける外見をしている。
女の子の服装を着ていると、活発でボーイッシュな少女に見えるのだ。
マークは、白いワンピースを着ていた。
その外見を一言で言えば、儚げな美少女。
長いまつげに、ほんのりと紅く染まった頬。
きょとんとしたその表情は、純粋さを際立たせるようでいて、ある種の妖艶さすら感じさせる。
「ぼっぶっふぅっ!! くっ! ぐぶごほっ!!」
身体を痙攣させる土彦の姿に、アグニー達はあわあわと慌てふためいた。
その姿が、さらに土彦にダメージを与えているのは言わずもがな。
「ちょっ、ちょっと、しつれぶふっ! しつ、しつれいしまぶぅごほっ!!」
ガクガクと体を振るわせつつ、お腹を抱えて小屋から出る。
土彦が地面の上で三回かかとを鳴らすと、突然そこに穴が出現した。
地面に影響を与える魔法の一種だ。
下準備もなく地面に穴を開けるというのは、かなり凶悪だ。
それだけに高位の魔法であるのだが、訳も無く使いこなすのは流石といわざるを得ない。
土彦はその穴の中に飛び込むと、そっとふたを閉めた。
目的は簡単だ。
思いっきり笑う為である。
「あぁぁぁあああああっはっはっはっはっはっはっは! ひぃ、ひぃぶふぅぅううう!! あっはっはっはっはっはっは!! あぁーっはっはっはっは!!!」
穴の中で思いっきり笑い転げる土彦。
防音魔法が張り巡らせてあるので、遠慮なく笑うことが出来る。
だが、音が全くしないだけに中の様子が分からず、アグニー達はとても心配そうにしている。
「土彦様、どうしたんだろう」
「お腹押さえてたよな」
「ううむ」
長老は難しい顔で腕を組むと、こてりと首を傾げた。
その様子を土彦が見ていたら更なるダメージを受けていただろうが、幸い彼女は今地面の下である。
長老は神妙な顔を作ると、ぼそりと呟いた。
「内臓系の病じゃろうか」
美少女でじじぃ言葉の男の娘メイド。
そんな恐ろしい状態にある長老は、実に神妙な面持ちで土彦の心配をするのだった。
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ステングレアの王城。
その一角にある部屋に、国王を含む高官が数名集まっていた。
まず、国務全般に強い影響力を持つ、宰相。
直接的な軍事力を司る、国軍の陸軍将軍。
同じく、空軍将軍。
ステングレアは海に面した国ではないので、海軍は無い。
そして、情報収集や工作活動を担当する王立魔道院筆頭。
そのほかにも、数名。
全員が全員、ステングレアの国務を担うものばかりだ。
彼らが態々集まったのは、他でもない。
アインファーブルにおいて“紙屑の”紙雪斎が集めてきた情報を精査する為だ。
彼らの「神々を怒らせることを未然に防ぐ」という国務にとって、見過ごせない案件がもたらされていた。
見放された土地に最も近い街「アインファーブル」に、“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソが現れたこと。
そのアインファーブルに、“罪を暴く天使”エルトヴァエルが現れたこと。
はっきりいって、どちらか一方だけでも見過ごせるものではない。
早急に対応を打たねばならない事態だ。
それが、両方が同時期に起きた。
これは国家全体に最も高い戦闘体勢を発令するに足る事態だ。
実際、この集まりが解散し次第、発令される予定になっている。
部屋に居るものは、紙雪斎が集めてきた情報ファイルに目を通していた。
今現在も、確認の為に何人もがそれに目を落としている。
自分の部下に指示をする高官の声などが静かに響く中、国王ギノンベイル・ステングレアはよく響く声で言葉を発した。
「紙雪斎。まずは、よくやってくれた。“鋼鉄の”への対処、エルトヴァエル様の発見。どれもお前で無ければ成しえぬことだっただろう」
「お褒めの言葉、有難く」
「しかし、参りましたな。メテルマギトめら、捕らえたアグニーゴブリンだけでは満足せんのですな」
アグニーゴブリンとは、アグニー達の事だ。
ゴブリン顔になる特徴から、彼らはゴブリンの亜種であるともいわれている。
アグニー達にとってゴブリンは力強さの象徴でもあるので、これは侮蔑ではなくむしろ褒め言葉であった。
「サンプルは多いに越したことは無いでしょうからね」
「集落を襲った際に捕らえた数でも十分ではないのか?」
「研究者とは常により多く研究素材を求めるもので御座いますよ」
「全く学者の考えることは分からん」
「わからんはわからんで良いとしても、放っておく訳にも行きますまい」
「件のこと、急ぎますか」
「ああ。他国の貴族や王族、金持ちが抱えて居るというアグニーを始末するという話ですか」
「それです。見放された土地に近付き、それで得たもので目的を達したでは神々のお怒りを買うきっかけになりかねない」
「研究材料が多いほうが良いならば、少なくしてしまえばいい。ですか」
「御意の如く。現に配下が集めた情報に寄れば、既にアグニーを所有しているものにメテルマギトが接触を始めているとの事」
「その全てを殺すか。しかし、腑分けをする口実になるのではないか? 連中自分達が所有しているアグニーに関しては暫く殺さんといっておるのだろう?」
「その通りに御座います。然しながら、それであるならば腑分けも出来ぬ様にしてしまえば良いだけの事に御座いますれば。王立魔道院の得意とするところに御座います」
「早急に各国へ人員を割く必要があるな」
「それに関してなのですが、一つ宜しいでしょうか」
本来であればこの場で発言を許されるのは、各部署のトップのみだ。
しかし、それを押して発言を許されているものが一人だけ居た。
王立魔動院の次席であり、紙雪斎の妹弟子である少女だ。
「どうした?」
「アグニーについてなのですが。殺してしまうのは早計かと」
「ほう。何か懸念があるか」
「はっ。遠方から罪人の森を監視している隠密に寄ると、やはりアグニー達は彼の森に入ったように御座いまして」
「なんと。あそこへか」
「ええ、複数で。正気の沙汰とは思えませんな。しかし、それにしては森が静かだというのです。彼らが喰われるにしても、森がざわつくものです。ですが、それが一向に無い。まるで森の中に溶け込んでいるように静かなのだ、と」
「まさか。あそこは神々によって……まさか住む事を認められたと? あの場所は神域にも近い土地だぞ」
「馬鹿な。であればアグニーゴブリンは神域を守る種族になるはず。それであれば既によくてメテルマギトは消し飛んで居るぞ」
神々が収める土地に住むことが許されるのは、限られたものだけであるというのが常識だ。
その許可を得られる種族は特別であり、加護を得ることになる。
もしアグニーがそうであったとしたら、既に神の怒りに触れていることになってしまう。
であるならば、メテルマギトは既に消し飛んでいてもおかしくない。
いや、寧ろそうであってしかるべきだ。
そう、この場に居る誰もが考えていた。
「いや……いや、そうかなるほど。メテルマギトは絶対にアグニーゴブリン達を虐殺するようなことはしない。彼らにとって種族的念願の成就へ繋がる貴重な種族だ。寧ろ繁栄を助けるだろう」
「なるほど。もし加護を受ける種族になっていた場合でも、それだけが理由で神々が直接手を下す理由にはならんか」
「以前にも似た例があった。人型の生物ではないが、病の特効薬になる生物を保護した国が天使様にお褒めの言葉を頂いた例があるはずだ」
「そうか、そうか……。であればメテルマギトの邪魔をするというだけでアグニーを殺すのは寧ろ愚策か」
「あくまでそういう恐れもある、という話ではあるが。捨て置けるものでもないか」
「そのように思われます。ここは殺すよりも、捕縛、保護をするのも一手かと」
「しかし、人員が足りんだろう。紙雪斎、可能か?」
「はっ。某とこれなる“蛍火の”マイン・ボマーが精鋭を率いて掛かれば可能かと。されど、殺すより時を労するのは止むなしかと」
「よい。恐れは取り除く必要がある。されど一刻を争うことでもある。強硬手段でかまわん。他国への干渉になっても気にせん。アグニー族を捕縛し、保護しろ。これは国王勅命である」
「万事全て御意の如く」
数時間後、ステングレアは国内に緊急事態宣言を発令した。
内容は、メテルマギトが神々の怒りに触れるやもしれない事態を引き起こした、というものだ。
他国であればいざ知らず、ステングレアにとってはそれだけで宣戦布告をするのに十分な理由となる。
いまだ、開戦はされていない。
しかし、今後のメテルマギトとの交渉次第ではそうなるかもしれない。
そのことが、「海原と中原」中へと伝わることになるのである。
事実上この世界において大きな影響力を持つ大国二つが、戦争へと向かう恐れが出てきた。
それは、全世界を緊張状態へと叩き込むに十分なニュースだった。
モリアガッテマイリマシター。
ひとまず皆殺しルートは回避したようです。
色々考えてるひとって大変ですよね。
次回はコウガクおじいちゃんのターンです。
果たして見放された土地に近付く方法を思いつけるんでしょうか。
新キャラも登場予定。
でも番外編を先に書いちゃいたいので少し時間が空くかもです。
そんな訳で、次回「ウサミミのお侍さん」に、ご期待ください!