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五話 「緑はリラックスの色ってテレビでもやってましたし」

 地面に座り込み、まるで鍋でも混ぜているかのような動作で鞘を動かす。

 何も無い中空で真っ赤な鞘を回すその姿は、とても奇妙だ。

 とはいえ、作業をしている当の本人はいたってまじめな表情をしている。

 本人、というには、語弊があるかもしれない。

 なにせ人ではなく、神なのだから。




 地面に座り込み、鞘でナニカを混ぜるような動作をする。

 赤鞘がコレをはじめて、かれこれ三日ほどが経っていた。

 不眠不休での作業だったが、神様なので別に肉体的な疲労はない。

 もっとも、元人間である赤鞘の精神は、ほかの神と違って疲れやすく出来ている。

 体は疲れていなくても、心はごっそり疲れているのだ。

「あー。もうイヤだ。せめてお茶とか持って来ればよかったんですよねこれ。ああいうのあるだけで大分こう、心にゆとりが出来るんですよね」

 ぶつぶつと一人で愚痴り続ける赤鞘。

 心なしか目の下に隈とかが出来ている気がするが、肉体的には疲れていないので恐らくそう見えているだけだろう。

 精神というモノは、ビジュアルにも影響を及ぼすものらしい。


 赤鞘が行っている作業。

 それは、依り代であり神器である「鞘」を使って、地下にある魔力の塊を散すというモノだった。

 力のある神であれば奇跡一発でどうにでもなるのだろうが、如何せん赤鞘は妖怪に毛の生えた程度の力しかない。

 地道な努力で何とかするしかないのだ。

 まずは、鞘の力場を延ばし、魔力の塊の端っこを掴む。

 きちんとつかめたのを確認したら、あとは鞘で鍋をかき回す要領で魔力の塊を回転させていく。

 いきなりぶん回すほど赤鞘には力が無いので、最初はゆっくりと影響を与えていくことになる。

 モノがモノなので、一度動き出してしまえば摩擦抵抗などは無く回転し始めるのだが、如何せんでかいのでなかなか思うように回転速度は上がらない。

 何日も何日も、休まず地道に努力と根気を傾けて、ようやく目標速度まであと少し、といったところだろうか。


 魔力の塊が勢いを増し、回転数が上がってきたら、いよいよ本番である。

 赤鞘の神器の一つである「刀」を押し付け、一気に削るのだ。

 カキ氷や、大根のカツラ剥きに近いだろう。

 削り取られた魔力は、遠心力で遠くへ散っていく事になる。

 放って置けばまた魔力の塊に吸収されることになるのだろうが、集まってくる前に塊を削りきってしまえば集まりようが無い。

 元々が一箇所に集まらない性質のものなのだ。

 うまく散らせさえすれば、もうこんなことは起こらないだろう。

 成功すれば、いよいよ赤鞘が収めるこの土地が生物の住める環境になる訳だ。


 魔力の塊の回転速度はどんどん上がり、もう少しで作業開始予定速度にまで乗りかけていた。

 赤鞘が三日間不眠不休でがんばった成果だ。

 そんななか、赤鞘の心的疲労と苛立ちはピークに達していた。

 人間というのは不思議なもので、辛くてやりたくないことは、八割がた終わりに差し掛かったときが一番辛く感じるのだという。

 今の赤鞘は、まさにその状態だった。


 帰りたい。

 疲れた。

 アイス喰いたい。

 暑い。

 インターネットしたい。


 そんな不満がぼろぼろと口から漏れ出す。

 人に見られたら一瞬で信者が0になりそうな光景だが、今は周囲十数キロ内に知的生命体が存在していないので問題ないだろう。

 この殺風景な光景を延々見ているというのも、精神衛生上よろしくないのかもしれない。

 何せ周りには木一本、草も精々ぺんぺん草モドキが数本しか生えていない有様なのだ。

「やっぱり緑色がないって言うのがいけないんですかね。緑はリラックスの色ってテレビでもやってましたし」

 ゆううつになるだけと分かっていながらも、ぐるりとあたりを見回す赤鞘。

 勿論、植物の緑など望むべくもない。

 かわりに眼に入ったのは、上空に動く白いものだった。

「鳥? な、訳ないし。まさかオスプレイ?」

 そんなわけがあるはずもない。

 よく眼を凝らせば、その正体はすぐに分かった。

 大きな白い翼を広げた、天使エルトヴァエルだ。




 手に持ったカゴを落とさないように気をつけながら、エルトヴァエルは慎重に羽を動かしていた。

 カゴの中には、赤鞘から集めてくるようにと頼まれたモノが入っている。

 植物の球根や種。

 そして、いくつかの鉢植えだ。

 今現在、赤鞘の土地には生物らしい生物はほとんど存在していない。

 魔力が戻れば、周りから徐々に動植物が入ってくるだろう。

 しかし、それを指を咥えて待っているのはあまりに惜しい。

 せっかく何もない土地が目の前にあるのだ。

 少しは自分の手を入れてみたい。

 そう、赤鞘は考えた。


 周りの環境を破壊しない範囲で、好きな植物や動物を周りから持って来よう。

 そんなことを、赤鞘は考えていたのだ。

 とはいえ、この辺りにどんな植物や動物がいるかを赤鞘はまったく知らなかった。

 天界で勉強した筈だったのだが、辞書を開いただけで寝てしまう体質の赤鞘の頭にはまったく情報が入っていなかったのだ。

 知らなければ、環境を壊さないだろう植物を持ってくることなど出来ない。

 そこで役に立ったのが、エルトヴァエルの知識だった。

 天使仲間の間でも情報収集オタクとして有名な彼女は、周囲一帯ほぼ全ての動植物について把握していた。

 そんな彼女にかかれば、赤鞘の要望を叶える植物を割り出すなど簡単なことだ。

 赤鞘が望んだのは、家を建てるのに最適そうな大きな木。

 そして、食用に適した育てやすい穀物だ。

 この世界にも知的生命体は存在しているということだったので、今のうちからそういうものを用意して悪いことはないだろう。

 そう、赤鞘は判断したのだ。

 ついでに、今のうちから大きい木を育てておけば、将来すこしは自分の待遇もよくなるのではないかという打算もあったりした。

 媚び諂われるよりも、どっちかと言うと信者に媚び諂っていく。

 赤鞘はそんな腰の低い神なのである。

 

 そんな赤鞘の低い志を、エルトヴァエルは大きく勘違いをして受け取った。

 家を建てるのに適した木というのは、往々にして大きく立派な木のことを指す。

 天使などの神様に近い人(?)たちの間で、立派な木とはイコール神木のことである。

 エルトヴァエルは、「自分は将来神木となるであろう木の選定を任された」と解釈したのだ。

 周囲でもっとも大きく、丈夫に育つ木を選び出し、種と、苗も鉢植えにして確保した。

 念のために、ほかの候補に挙がった木の種も収集してある。

 コレだけ用意すれば大丈夫だろう、と、彼女が納得する頃には、その総重量は十数キロになっていた。


 勿論、集めたのは木だけではない。

 収集した穀物種の総量は数種類、十数キロになっていた。

 何せモノは神が信者達に与える穀物だ。

 半端な物であってはいけないと、念には念を入れて選び出した。

 赤鞘のイメージとしては、「人が農業とかで生計立てられるまえに、食いつなぐための物あったほうがいいよね」ぐらいの物だった。

 だが、エルトヴァエルは「神が信者達に与える最初の植物」とか、そのぐらいの重さで受け止めていた。

 そんな重要なモノに、手を抜く天使は存在しない。


 結果、エルトヴァエルのカゴには、総計三十数キロの荷物が載ることになった。

 普通に運ぶには、かなり重い部類に入る重量だろう。

 実際、天使でも持って飛ぶにはキツイ重さだ。

 とはいえ、天使の中でも飛行能力に秀でた彼女にとって見れば、決して持って飛べない重さではない。

 荷物を落とさないように、上下動が成るべく少なくなるよう細心の注意を払って翼を動かす。

 静かに、水平に飛ぶのは、エルトヴァエルの得意とするところだ。

 目的地である赤鞘が居る場所上空へと差し掛かる。

 地面へ腰を下ろし、鞘を回す赤鞘を発見し、エルトヴァエルはほっと胸をなでおろした。

 簡単なお使いとはいえ、これから仕える神に仰せつかった初めての仕事だ。

 もう少しで無事に終えられるとなれば、安心もするだろう。

 植物を集め、それを運ぶ空の旅は、ここまで何の問題もなく進んでいた。

 そう。

 ここまでは。

 エルトヴァエルは諜報活動や情報収集を得意とする天使であり、飛行を得意とする天使の中でも特に航続可能距離と隠密性を売りにしていた。

 飛び続けることにかけては超一流の彼女だったが、飛行に関して一つだけ苦手としていることがあった。

 着地である。

 その苦手っぷりは、空を飛ぶものとしての資質を疑われるレベルだ。

 どのぐらいかといえば、荷物を気にするあまり地面との距離感を見誤り、顔面から着地する羽目になるほどあった。

 とはいえ、彼女もバカではない。

 自分が苦手としているモノはきちんとわかっていて、二度とそんなことが起こらないように注意もしている。

 が。

 今日彼女が感じているプレッシャーは、彼女の天使生活の中でも最大級の物だった。

 そこから来る精神的ストレスはかなりの物だ。

 そう。ちょうど、自分が着地を苦手としているという事実を見失わせるほどに。




 荷物を持って空を飛ぶエルトヴァエルを眺めながら、赤鞘は手に持った鞘を動かす。

 エルトヴァエルに見られることを気にしてか、口から垂れ流しになっていた愚痴も止まっている。

 待ちに待ったエルトヴァエルの到着に、表情を緩ませる赤鞘。

 やはり、話し相手が居るというのはありがたい物なのだ。

 赤鞘のほうへ近づいてくるにしたがって、段々とエルトヴァエルの姿が大きくなってくる。

 ぶら下げている大きなカゴも視認できるようになったところで、ふと、赤鞘は妙な違和感を覚えた。

「なんか。降下角度急すぎないか?」

 天使というのは、鳥と違って飛ぶために特化した形状をしていない。

 人間に無理やり翼をつけて、神の奇跡的なものの補助を受けて空を飛んでいることがほとんどだ。

 急激な下降や上昇は、そういった力の消費が著しく激しくなる。

 上昇するときは揚力を生まねばならないし、下降するときはそのまま地面にぶつからないように制動をかけねばならない。

 長距離を飛んだ後だったので、急降下に耐えるだけの力が残っていませんでした。

 というのは、実はちょくちょくある話だったりする。

 とはいえ、そういうのは見習い天使や飛行が苦手な天使の失敗だ。

 飛行が得意だと豪語していたエルトヴァエルに限って、落下速度を落としきれなかった、などという失敗はないだろう。

 赤鞘はそう考えながらも、どこか不安げに空を飛ぶ姿を見守る。

 そう、赤鞘はエルトヴァエルが着地が苦手としていることを知らないのだ。

「あんな角度と落下速度で入ってくるって。やっぱり自信があるのかな。飛行」

 そんなことをつぶやく赤鞘。


 そうこう考えているうちに、どんどんエルトヴァエルは赤鞘へと近づいてくる。

 かなり高い位置を飛んでいただろうエルトヴァエルの降下角度は、かなり急だ。

「…これって危ないんじゃ…」

 段々と心配になってくる赤鞘。

 手の動きは止めないものの、いつの間にか立ち上がってエルトヴァエルのほうを見ていた。

 そんな赤鞘の耳に、妙な音が聞こえてきた。

 最初は勘違いかと思うほど小さく、かすかだったそれは、段々とはっきり聞き取れる物へとなっていく。

 音の正体は、声。

 正確に言えば、悲鳴だった。

「いやぁぁぁぁあああ!! 止まれません!! 思ったよりも疲れてっ! 減速がっ! き、ききききかなっ…!」

「え?」

 赤鞘の表情が凍りついた。

 普通の声であれば、風圧やらなにやらに負けて聞こえないだろう。

 だが、神やそれに類する物は、「一定の範囲内に居れば声が届く」という力を持っている者もいる。

 神託や予言などの関係で、かなり一般的な力の一つだ。

 恐らくエルトヴァエルはそれを使っているのだろう。

 使っているのか、混乱して勝手に発動しているのかは定かではないが。

 どうしよう。

 そんな言葉が赤鞘の頭の中に駆け巡る。

 だが、言葉通り減速が出来ていないらしいエルトヴァエルがやってくるのは、予想よりもずっと早かった。

 大きく翼を広げて減速しようと試みるエルトヴァエル。

 だが、無駄な抵抗だった。

 手に持ったカゴだけでもなんとか庇おうとしたのだろう。

 両手を挙げ頭上にかごを掲げたまま、顔面から地面へと激突していった。

 それでも翼を大きく広げたためか、落下速度は幾分か弱まっている。

 その分、前に進む力へと変わっていたのだが。

 前へ前へと進もうとする力は、落下の衝撃だけでは殺しきれなかった。

 つまり、顔面を地面にこすりつけるようにして滑っていく。ということだ。


 ゴガガガガガガガ!!


 すさまじい音と土煙を上げて、顔面で地面を滑りぬけていくエルトヴァエル。

 赤鞘の横、数mの位置を通り抜け、それでもまだ止まらず地面を削っていく。

 そのすれ違い様、赤鞘の耳にはある言葉が届いていた。


「たすけて!」


 だが、あまりの一瞬の出来事に、赤鞘はまったくリアクションが出来なかった。

 数十mほと進んだところで、ようやく勢いが止まって地面に転がるエルトヴァエル。

 しかし、その両手は高く頭上に掲げられ、植物の入ったカゴを持ち上げていた。

 地面を削るほどの落下衝撃の中、彼女はそれを守りぬいたのだ。

 赤鞘は眉間に皺を寄せて、口を半開きになったまま凍りついていた。

 あまりの出来事に、思考とか体とかが停止してしまったのだ。

 それでも、鞘を動かす手が止まっていないのは、流石神様といったところだろうか。

 そういう意味では、カゴを守り通したエルトヴァエルも、流石天使、なのかも知れないが。

やっとこさ投稿できました。

別に進展もないのに無駄に長いきがするのは何なんだが。

次回はやっとこさこの世界の生き物が出て来る予定です。

荒れた大地だった土地の封印がとかれて、周りの生き物が入ってくるわけですが。

アンバレンス曰「キモイ生き物」ばかりな世界なので、可愛さはモトメナイデクダサイ。

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[一言] 何回読み返してもこの時のエルちゃんが可愛くて大好き
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