五十四話 「ああ。これですか。いえ。ただ下準備をしているだけですよ」
魔力枯渇状態であるというのは、「海原と中原」の生物にとって真空状態であると言うのと同義だ。
長い間その状態にさらされていた「見放された土地」あらため、「見直された土地」は、荒地と呼ぶにも生ぬるい状況だった。
地球に居た頃、火星の写真を見たことがあった赤鞘だったが、目の前に広がっているのはまさにそんな状態であった。
元々は無魔力状態に強い特殊な植物がほんの僅かではあったが生えていたのだが、それも魔力が流入してきたことにより死滅している。
地中に昔あった植物の種等が残っていそうなものだが、どうやら魔力が無かった時に全て死滅したらしい。
まさにぺんぺん草一本生えていない状況だ。
森のほうから少しずつ植物や動物は入ってきてはいるのだが、如何せん地面が硬くなっているせいか、根が生やし辛いらしい。
赤鞘も力の流れを弄ったりして荒地に植物が生えるように促しては居るのだが、なかなかうまくはいかなかった。
まずは一年草や多年草を呼び込み、それから樹木が育てる環境を整えてやらねばならない。
土が軟らかくないと、大きな木は成長がしづらいものだ。
兎に角今は草やミミズなどの動物を呼び込み、土を耕す必要がある。
今この土地に必要なのは、荒地に強く踏まれてもへっちゃらな位生命力の強い、所謂雑草という奴なのだ。
たかが雑草。
されど雑草。
草って偉大だなぁ。
そんなことを考えながら、赤鞘は荒地のど真ん中を、遠くに見える八本の樹木目指して歩いていた。
隣で一緒に歩いているのは、バスケットを下げたエルトヴァエルだ。
一柱と一位は、今土地の真ん中付近のいつもの場所へと戻っている最中だった。
「アグニーさんたちの村で土地の力の流れを少し弄ったんですが、やっぱり土地の真ん中のほうがやり易いですねぇ。全体が見渡せて、分かりやすい。っていうんですかねぇ。まあ、単に私が馴れてるだけなのかも知れませんが」
赤鞘が身振り手振りでエルトヴァエルに説明しているのは、土地の管理についてだった。
今まで情報収集や国同士の折衝などを行っていたエルトヴァエルは、赤鞘の仕事について深くは知らないで居たのだ。
一応一通り調べてはいるものの、流石に何百年とその仕事をしてきた赤鞘には知識も経験も敵わない。
そこで、こうしてレクチャーをしてもらっているのだ。
今は、何故土地の真ん中で力の流れを管理する仕事をするのか、についての話だった。
「畑とかの部分とか、森とかを少し変えたいな、と思うじゃないですか。でも、そこだけ変えると全体の流れがおかしくなるんですよ。川を一部せき止めた、見たいな感じで。ですからちょっとだけ動かしたいってだけでも、最低でもその周囲、普通は全体を弄らないといけなくなるんですよねぇー」
「複雑なものなんですね」
エルトヴァエルはそういうと、小さくため息をついた。
関心と呆れが入り混じった、そんなため息だ。
どうしても隠し切れなかったそれは、赤鞘の仕事に対してのものだった。
こうして話をしながらも、赤鞘はずっと仕事を続けているのだ。
元々、エルトヴァエルの目には完成した素晴らしい状態に見えていた土地は、今現在もっと整った状態へと変化し続けている。
特にそれが顕著なのは、森の辺りだろうか。
植物や動物が生息しやすい状態へとどんどん改良されていっている。
ほんの僅かの間森を歩いただけで、生えている木の状態などを把握したらしい。
「今も随分手を加えていらっしゃるようですが。すごい手際ですね」
エルトヴァエルの言葉に、赤鞘は不思議そうに首を傾げる。
それから、困ったように苦笑した。
「ああ。これですか。いえ。ただ下準備をしているだけですよ」
赤鞘にとって見れば、この言葉は謙遜でもなんでもなかった。
地球の、特に日本の神と「海原と中原」の神の間には、土地管理に関して大きな意識の隔たりがある。
力の流れと言うのは、水の流れと似たところがあった。
大きな流れをズドンと一本作ってしまえば、実はそれで事足りたりする。
流れから離れていても、その流れ自体が大きければ多少恩恵を受けることが出来るのだ。
もっとも、近ければ近いほど恩恵にあずかり易く、遠いほど恩恵を受けにくいというのは否めない。
それに対して、日本の神が好むのは網の目の様に力の流れを張り巡らせるやり方だ。
まるで一家庭ごとに水道と電気を通すように、徹底的に事細かに、血管の様に力を張り巡らせるのだ。
全ての場所に均等に力の恩恵を与えられるこの方法だが、大きな欠点も有る。
管理がしこたま面倒臭いのだ。
少しでも状況が変われば配置しなおさなければならないし、一部が詰まるとそれ以降の全てに力が流れなくなったりしてしまう。
暇な神であればこまめにメンテナンスも出来るだろうが、殆どの神は多忙だ。
四六時中集中していなければならないような管理のしかたを、態々することは無い。
そちらにかかりきりになってしまえば、ほかの事がおろそかになってしまうからだ。
つまり、こういった土地の管理の仕方は、他にすることが無い死ぬほど暇な神以外やることはまず持ってありえない。
土地だけにかかりっきりになる専門の神ですら発狂しそうになるほど、面倒でどこまでも手間のかかるやり方なのだ。
もちろん、その分土地は非常に落ち着いた、良い地に成るのだが。
赤鞘が管理していた土地周辺の土地神は、日本の中でもとりわけ土地の管理にこだわる神が多かった。
それだけ暇で、他にやることの無い神が多かったのだ。
そんな赤鞘の感覚で言うところの「ただの下準備」である。
この世界「海原と中原」の常識で物事を考えるエルトヴァエルの目から見れば、異様に整った状態に見えても仕方がないところだろう。
「戻ってから本格的にやるつもりなんで。まあ、片手間ですかねぇー」
へらへらと笑いながらそんなことを言う赤鞘。
あっけらかんとしたその笑顔を、エルトヴァエルは恐ろしいものでも見るような思いで見ていた。
これほど土地を整えておきながら、まだ下準備の段階だという。
やはり赤鞘は、とてつもない力を秘めた神であるに違いない。
そんな神に仕えるのだ。
自分ももっとがんばらなければ。
こうして、エルトヴァエルはどんどん赤鞘を過大評価していくのだった。
土地の中央付近に着いた赤鞘とエルトヴァエルを出迎えたのは、樹木の精霊達と、属性を司る高位精霊達だった。
「赤鞘様、おかえりなさーい!」
「エルトヴァエル様も、おかえりなさーい!」
「いいこにおるすばんしてたよー!」
「してたよー!」
口々にそんなことをいいながら、赤鞘に飛び掛る樹木の精霊達。
赤鞘はそんな姿に苦笑しながらも、両手を広げて受け止めた。
「はいはい。えらいですねぇー。って、あれ?」
抱きとめたところで、赤鞘は違和感に首をかしげた。
「あの。なんかまた姿が変わってません?」
朝出て行ったときから、さらに精霊達の姿が変わっていたのだ。
アグニー達よりも小さなサイズだったはずの精霊達が、今は高校生ぐらいのサイズになっていた。
明らかに急成長しすぎだ。
「あと、何か木もでかくなってませんん?」
2~3mしかなかったはずの樹木は、既に5mを超えるサイズになっていた。
こうなると、もういっぱしの木だ。
眉間に皺を寄せる赤鞘に、エルトヴァエルはけろっとした顔で説明する。
「精霊樹、世界樹、調停者は、いずれも樹木というよりも精霊に近しいものですから。これだけ力の流れが整っていれば、成長も早くなると思います」
「それにしても、何か急すぎません? 朝、まだ小さかったですよね? 目を放した隙に過ぎますよね?!」
赤鞘の言うことももっともだろう。
抱えられるぐらいのサイズだった精霊が突然高校生ぐらいのお兄さんのお姉さんになっていたり、若木が成木になっていたら赤鞘でなくてもビビルはずだ。
赤鞘の言葉に、流石にエルトヴァエルも多少違和感を覚えたらしい。
軽く首をかしげながら、樹木、樹木の精霊達、その後ろに控える属性精霊達と視線を動かしていく。
そして、ぽんっ、と、手を叩いた。
「ああ。精霊達が樹木に馴染んだからですね」
「精霊達が?」
「はい。この三種類の樹木は、以前お話させて頂いたとおり精霊を集め、自分を守らせています。彼らの葉や幹は栄養価に富、魔力も豊富です。食べてよし、素材に使ってよし、狙うものは動物にしても人間にしても後を絶ちません。大きくなればその分目立ちますから、危険は高まります。ですから彼らは、自分を守ることが出来る精霊が増え、自分の魔力を分け与え強くしてからでないと大きくならないんです」
「つまり逆説的に、樹木の精霊さんたちが育てた属性精霊が沢山になって、強く育ったらでっかくなる。と?」
「そうなります」
赤鞘はおもむろに、周りに居る属性の精霊達を見回した。
朝方には確か下位、中位の精霊が大半だったはずの属性精霊が、九割がた上位精霊になっていた。
精霊のランク分けは簡単だ。
力が強い奴が上位なのである。
改めて自分の今置かれた状況を見て、赤鞘はドン引きしていた。
上位精霊と言うのは、日本の感覚で言えばもう神様だ。
それも、元人間で雑魚神な赤鞘の百倍神格が上になる。
ただ、それはあくまで地球での話しだ。
この世界「海原と中原」においては、神は神、精霊は精霊。
精霊が神格化することはけしてない。
たとえ赤鞘より力が強かろうが、知識があろうが、影響力が大きかろうが、神である赤鞘のほうが一応格上なのだ。
そんなわけで、精霊達は赤鞘がやってきて以降、ずっと頭を下げたかしこまった姿で控えている。
精霊達にとって見れば、それは当然だろう。
何せ相手は神であり、自分達に力を与えてくれた大元の存在なのだから。
「赤鞘様が整えたこの土地は、神力にしても力の流れにしても、とても良い状態になっています。樹木達はその恩恵を受けて、それを精霊に還元しているのです。精霊達は大体知識も経験も豊富ですから、樹木達からもらった力をそのまま自分のものに出来ます。赤鞘様が土地を整え、そのお陰で樹木達は力を蓄えることができた。その力を受けて、精霊が強くなった。精霊が強くなったから、樹木達は大きくなることが出来た。と、そんなところでしょうか」
実際、エルトヴァエルの言うとおりだった。
あまり土地の条件が宜しくない場所が多いこの世界では、条件がいいうちに大きくなってしまおうとする植物が多く存在する。
育つのに力を多く必要とする、世界樹、精霊樹、調整者はその筆頭だ。
赤鞘による土地の改良、そして、神である赤鞘が近くにいるというその好条件が重なったことで、この急成長に繋がったらしい。
それでも、赤鞘は未だに納得いかないようで、顔をものすごくしかめていた。
「それにしたって。今朝方から急にって……」
「急に大きくなれたのには、きちんと訳があるのです!」
「あるのです!」
ズシャーっと言うなぞの擬音が鳴り響く。
そこに立っていたのは、なぜかメガネを装備した調停者の精霊コンビだ。
性別もよく分からないお子様な形状だったのが、今は男子と女子のメガネコンビになっている。
どこと無く「委員長」という単語を思い浮かべた赤鞘は間違っていないはずだ。
「赤鞘様が植物達専用に調整した力の流れを見て、勉強したのです!」
「お手本さえあれば、調停者が二本もある以上植物の育成は簡単!」
「「あっという間に大きくなれるのです!!」」
ビシーッ! と、ポーズを決める調停者コンビ。
それを見たほかの樹木の精霊たちが、キャッキャと騒いでいる。
どうやら彼らの中では相当カッコイイものであるようだ。
ちなみにそれを見ていたエルトヴァエルは、空想の敵と戦う幼稚園児を見るような笑顔を浮かべている。
「いや、それもあれなんですが……私としてはこの、上位精霊とか高位精霊とか呼ばれるような人たちのほうがですね」
恐る恐るといった様子で、周りを見渡す赤鞘。
居並ぶのは、どれもRPGとかの召還魔法ですごい破壊力を発揮しそうなあからさまに強そうな精霊ばかりだ。
そんな精霊たちが、赤鞘に視線を向けられると一様に緊張に身をこわばらせていた。
彼らにしてみれば、赤鞘はまさに神と崇めるべき存在だ。
守るべき樹木達を短期間にこれほど大きく育て。
土地の管理など専門外の精霊達にすら分かるほど整った、素晴らしい土地を作り上げた神なのだから。
下位や中位の精霊だった彼らが上位精霊に成れたのも、元を正せば赤鞘のお陰になるのだ。
まさに、雲の上の存在と言っても過言ではない。
ちなみに、赤鞘がやった土地を整える行為は、赤鞘が住んでいた周辺にいた土地神なら誰でも出来るレベルであったりする。
日本神恐るべしといわざるを得まい。
それだけ「海原と中原」の管理がずさんすぎたともいえるのだが。
精霊達から尊敬と畏怖の念の入り混じった視線を送られ、赤鞘はなんともいえない気持ちで一杯になっていた。
皆どう見ても自分よりも何倍も立派な感じの方々なのだ。
中学生の野球少年が、プロ野球の選手や大リーガーに「尊敬してます!」とかガチで言われたらこんな気分になるかもしれない。
赤鞘はぽりぽりと頭をかくとため息を一つ付き、いつもの様に口にした。
「ま、いいか。見なかったことにしよう」
異世界に来てから、めっきり見なかったことにする機会が増えた赤鞘だった。
早くやれる予定が、いそがしくなって押せ押せになってしまったでござるの巻 orz
モウシワケナイデス
次回はもっとはやく、はやく投稿したいという希望。
相変わらず土地管理についてのお話です。
エルトヴァエルさんがオトナのお姉さん紛争をしたときの事にも触れるよていです。