五十三話 「あれ? そうか。カーイチさん、おへそあるんでしたっけ?」
カーイチがつれてこられたのは、土彦が作ったという地下実験施設だった。
入り口近くはマッドアイ達が多数徘徊し、厳重に守られている。
入り口そのものも、発見されにくいようにカモフラージュがされていた。
見た目にはただの大きな岩なのだが、呪文を唱えると中央から真っ二つに割れ、昇降機が現れるのだ。
まるで漫画かアニメのような入り口だが、残念なことに突っ込んでくれる人はその場には居なかった。
昇降機は屋根の無いタイプになっていて、丁度、舞台装置のせり上がりの様になっていた。
暫く暗闇の中を降下していくと、急に明るい空間に出る。
天井はかなり高く、10mほどあるだろうか。
床面積もかなり広く、何十体ものマッドアイネットワークのゴーレム、人サイズゴーレムのマッドマンや中型ゴーレムマッドトロルが並んでいた。
呆気にとられるカーイチに、土彦はにこにこしながら説明する。
「赤鞘様に特別に許可を頂いて作った地下実験施設です。今は主にマッドアイネットワークが中心ですが、それが安定すれば他のものにも手を出す予定なんですよ。そんなわけで、ここにおいてあるゴーレムは全て実験機なんです。マッドアイが作るための量産型研究機と、性能テスト用の実験機なので、外見に統一感が無いでしょう?」
そういわれても、カーイチには全く理解できなかった。
精々が、トロルのハナコとどっこいかそれ以上の巨大なものが沢山あって物凄く怖い、と思う程度だ。
恐怖で硬直しているカーイチを脇に抱えると、土彦はにこにこしながら奥へと歩き始めた。
「マッドアイネットワークが完成したら、次は草原に放つ動植物の強化について考えているんですよ。何でもなかなかに知能が高い蟻が居るとのことでして。それらを少し弄ってやれば、なかなか面白いことが出来そうなんですよ。森や見直された土地はマッドアイネットワーク、その外はモンスターで固めればかなり強靭な守りとして成り立つと思いませんか?」
そういわれても、カーイチには何のことだか欠片も理解できなかった。
精々が、蟻は食べるとおいしいのに、と思った程度だ。
相変わらず、思考はカラスのままなカーイチだった。
「蟻となると外骨格ですよね? 以前赤鞘様とアンバレンス様が外骨格の話をされているときに、ぴんときたのですよ。強力な魔道外骨格を持つ生物を作れないか、と! その前実験段階として、魔法で強化された鎧を作ってみようと思いまして。いろいろ作っているときに、ふと思い出したのですよ。カーイチさんの衣服は、兄者が作ったものだという話を」
カーイチの着ている服は、たしかに水彦が作ったものだった。
自分の着ていた上着を変化させて、カーイチに着せたのだ。
「ご存知とは思いますが、兄者は赤鞘様が世界にあるあらゆる力を水に込め、そこに自らの血を混ぜて創り上げられたものです。兄者は水を取り込むことで自らの体積を大きくすることが出来ます。ですが、その力が薄まることはありませんし、神の血の力が薄まることもありません。それは重要なのが「兄者が神の血を受けた」という事実、現象そのものであり、血そのものの占める割合などは殆ど関係がないからです。さて、カーイチさん。貴女が着ているその服ですが、兄者が作ったものでしたね? 兄者は自らの服を、自らの体で作りました。それはつまり、兄者の服は兄者自身の身体でできているということに他なりません。服という役割を与えられているのでその姿をしていますが、それは兄者と同じく紛れも無い神の血を受けたものなのです。ということは。ということはつまり、カーイチさん、貴女がお召しになっている服。それは兄者の一部であったものであり、神の血を受けたものなのですよ!」
興奮気味にまくし立てながらも、カーイチに気を使っているのか抱えているその手はあくまで優しい土彦。
だが、声は段々と大きくなってくるし、表情はどんどん笑顔が強くなっていくしで、カーイチはとてつもない恐怖感を覚えていた。
土彦の言葉だが、実際それは正しい。
今カーイチが着ているのは、「神の血を受けた力の込められた水が衣服の形を取ったもの」に他ならない。
「勿論そんなものがただの衣服であるはずがありません。凄まじい力を持っています。並の人間であれば、着ているだけで魔力に当てられ発狂するでしょう。ですが、カーイチさんにそんな様子は見られません。何故でしょう? それは、カーイチさんが一度死に掛け、兄者の手によって、兄者の身体を移植させて蘇ったからです! それは奇跡と言って良い! それは伝説と言って良い! カーイチさん、貴方は恐らくこの世界の神話にも登場しないような力を得た存在になったのです! まあ、もっとも。それでもそれを上回る連中がこの世界に居るわけですが。レグラスの“一本角”辺りを筆頭に」
ようやく目的の場所に着いたのか、土彦はカーイチを降ろす。
ずっと身をこわばらせていたのでカーイチは気が付いていなかったが、いつの間にか何処かの部屋へと移っていたようだった。
部屋の中は得体の知れない道具などで散乱していて、まさに実験室といった風情だ。
不安げに周りを見回すカーイチ。
転がっている道具に見知ったものは無く、よく見れば並んでいる机や椅子なども不思議な素材で出来ていて、彼女が知っているそれらとは似ても似つかないようなものに思えた。
壁や床、天井も、見たことが無い素材で作られている。
それらは実は土彦が土や石を圧縮して作った素材なのだが、カーイチにそんなことが分かるはずもない。
見知らぬもの、使い方の分からぬものに囲まれると言うのは、予想外に精神にクるものがあるものだ。
そして此処に来るまで、散々カーイチにとってはよく分からないことを聞かされている。
言葉は理解できるのだが、内容がいまいち分からなかった。
自分が水彦に身体を直してもらったことがどうのと言っていた気がするが、内容が難しい上に早口だったので理解できなかったのだ。
カーイチは頭の良いカラスだが、カラスはカラスだ。
人間に近い姿になってますます頭もよくなり、理解力も上がったとはいえ、限度がある。
ましてカーイチが普段一緒に居るのは、あのアグニー達だ。
専門的っぽい難しい言葉に馴れているわけもない。
言葉で翻弄され、見慣れない場所につれてこられれば、そのストレスは計り知れない。
全く理解が追いつかず、めまいを起こすカーイチ。
しかし、どういうわけか身体は硬直したままで、直立したまま微動だにしていなかった。
それはこの世界のカラスの「身の危険を感じると身体を硬くして動かなくなる」という習性に由来するものだった。
つまり、カーイチは今現在かなりの身の危険を感じているということだ。
「さて。今は服の形をとっているカーイチさんのお召し物ですが、別の指示を出してやれば別の形にすることも出来ます。兄者の手を離れている以上、私もその気になればその服を変化させることが可能なのですよ。同じ赤鞘様の血を頂いた兄妹ですから。たとえばほら、こんな風に」
そういうと、土彦はカーイチの後ろに回りその肩に手を置いた。
その瞬間、カーイチの着ていた服の色が変化を起こす。
黒かったはずのそれが、土彦が触れた場所から染みが広がるように白く変色して行ったのだ。
すっかり真っ白になった衣装を見て、カーイチは驚き目を大きく開く。
「色を変える程度ならこの通り。ですがもっと大掛かりに形を変えようとすると、もっと複雑な手順を踏まなければなりません。事前にそれを何かに記録して置けば別ですが」
土彦はカーイチの肩から手を離すと、近くに有った小さな机の前へと動いた。
他の雑然とものが散乱したものとは違い、その机の上には金属製らしき板が置いてあるだけだ。
大きさは、掌に収まる程度。
大き目のベルトのバックルぐらいのサイズだろうか。
全体の色は銀色になっていて、中央部分には一羽の鳥が浮き彫りになっていた。
その部分だけが黒く変色しているところから、それがカラスだろうと察することが出来る。
それを見たカーイチは、驚いたように目を丸くした。
「カーイチが描いてある」
浮き彫りにされたカラスは、カーイチのカラス時代の姿そっくりだったのだ。
もっとも、それは一般的な人間の目からは殆ど分からないことだろう。
カラスの個体差を当たり前に見分けられるのは、精々カラスとアグニーぐらいなものだ。
カーイチの言葉に、土彦は嬉しそうに笑顔を深める。
「狩人のギンさんや、他のカラスさん方に許可を頂き、念話を通して思考を読み取りカラス時代のカーイチさんを再現してみました。似ていたようで幸いです」
土彦はその板を手に取ると、カーイチの前に差し出した。
反射的にそれを受け取り、カーイチはそれをまじまじと覗き込んだ。
羽の一枚一枚まで美しく刻み付けられたそれは、間近で見ても何で出来ているのかカーイチには判断できなかった。
恐らく金属であろうと遠目で見たときは思っていたのだが、手で持ってみるとほのかに暖かい。
これは金属が他から暖められたときとは、また違う感じだった。
それ自体が熱を放っているような、まるで生きているものを触っているような感覚だ。
手にしたそれを、カーイチはまじまじと見据える。
「兄者と違い、私の本体は球ですから。体の一部を与えるというわけには行きませんが、それに近い力と技術を注ぎ込んで見ました。合金製で、私のオリジナルブレンドです。材料と配合比率はナイショです」
ちなみにそれは、とある国の国家機密をさらに改良したものであったりする。
元となった合金は、オリハルコンと呼ばれていた。
「これにはカーイチさんの衣服を変化させる、複雑な命令が組み込んであります。さっき抱えさせていただいたときに測ったカーイチさんの体格に合わせてあるので、もうすぐにでも使えますよ。というか使いましょう、早速」
「つかう?」
土彦の言葉に、カーイチは首をかしげた。
「そう。使います。使い方をお教えしましょう。なに、簡単ですよ。あっという間です」
にこにこしながらそう言うと、土彦はカーイチの後ろに回りこんだ。
カーイチの肩に片手を置き逃げられないようにしてから、板を持った手に指を這わせる。
「まずは、これを丹田……おへその下あたりに当てて下さい」
「おへそ?」
「そう、おへそです。あれ? そうか。カーイチさん、おへそあるんでしたっけ?」
カーイチは、元々はカラスだ。
カラスにへそが有るか否か、土彦の知識には無かった。
そもそも、カーイチはただのカラスから人間に近い姿へと変化したものだ。
前例が殆ど無いだけに、体の構造もいまいちよく分からない。
「あの、カーイチさん。ちょっとお腹のところまくってもらえますか?」
「かー」
カーイチは頷くと、上着を引っ張り上げ、袴をずり下げた。
土彦はカーイチの前に屈みこむと、むき出しになったお腹をまじまじと覗き込む。
すべすべぷにぷにのお腹には、しっかりかわいいおへそが付いていた。
「ああ。あるんですねおへそ。へぇ。やっぱり外見が人間に近いからでしょうか」
土彦は顎に手を当てながら、じーっとカーイチのおへそをにらみつける。
そして、指でぷにぷにしてみたりした。
少しくすぐったいらしく身をよじらせるカーイチだが、抵抗することも無く黙ってされるがままになっている。
「はっ。しまった。危ないところでした。危うくカーイチさんのおへその魔力に取り込まれるところでしたよ」
土彦は顔を振って立ち上がると、すばやくカーイチの衣服を元に戻す。
このままぷにぷにし続けていたら、違う方向に目覚めてしまいそうだったからだ。
「兎に角、その板をおへそのした辺りに押し付けてみて下さい。すぐに結果が出ますから」
言われるがまま、カーイチは手にしていた板を服の上からお腹に押し付けてみる。
すると、服の表面が波打つようにうごめき、ずるりと板が服の中に飲み込まれてしまった。
カーイチは慌てて服を握ったり伸ばしたりするが、板はどこにも見当たらない。
まるで、服が吸収してしまったようになくなってしまった。
「板、ないなった」
驚きと不安の入り混じったような表情のカーイチ。
そんなカーイチを見て、土彦は楽しそうに笑った。
「平気ですよ。あの板を思い浮かべて、それがさっき押し当てた場所に出てくるのをイメージしてみて下さい」
首をかしげながらも、カーイチは言われたとおりにしてみることにした。
下腹の辺りに両手を当て、板をイメージしてみる。
すると、服の表面が波打ち、先ほどの板が浮かび上がってきた。
「出てきた」
それを見たカーイチは、目を丸くする。
指先で板を突っついてみるが、どうも服に張り付いているらしく、動く気配はない。
「うまく融合していますね。それでは、変身ポーズに行ってみましょう」
「へんしんぽーず?」
「そう! 変身ポーズです! この板に組み込まれた命令を発動させるには、一定の決められた動きをする必要があります。そうすることで、カーイチさんの服は戦闘形態へと変化するのです!」
拳を握り締めて力説する土彦。
「まあ、やってみるのが一番でしょう。では、私と同じ動きをして見ましょう。まずは見ていてください」
土彦はおもむろに居住まいを正すと、動きやすいように少し広めの場所に移動した。
まず両足を肩幅に広げる。
右腕を空中に振り上げ、左手を胸の前に置く。
このとき、右手は手の甲を前に向け、左手は地面と平行に、指先はぴんと伸ばすのがポイントだ。
そこから、一気に右拳を下に振り下ろしつつ、左手を外側へと走らせる。
拳が下を向き、左手がびしりと肩の位置で地面と平行に決まったところで、一瞬ためる。
そして。
「変身」
きりっとしたキメ顔で呟く土彦。
カーイチはどうしたらいいのか分からず、固まったままだ。
勿論、土彦の姿には変化は訪れない。
「と、まあ、こんな感じです。やってみましょう!」
すごく良い笑顔でそういうと、土彦は促すように手を差し伸べる。
困惑して身をこわばらせるカーイチだったが、土彦は一切気にせず笑顔で「さぁ!」と促してくる。
土彦の笑顔に押し負ける形で、カーイチはしぶしぶポーズを取った。
幸か不幸か、カーイチは記憶力が非常によくなっていた。
土彦のとったポーズを、一発で覚えてしまっていたのだ。
拳を振り上げ、手を水平に動かしなら振り下ろす。
このとき、微妙に身体を揺らして躍動感を出すのも忘れない。
そして、出来るだけ土彦がしていたのと近い表情を作る努力をしつつ、呟く。
「へんしん」
その瞬間、カーイチの身体に、正確にはカーイチの着ている服に、劇的な変化が起こった。
突然膨れ上がったかと思うと、体全体を覆い隠すように広がる。
カーイチの全身を覆い隠したかと思うと、その表面の質感が変化し始める。
色はつやの無い黒へと変化し、まるで真っ黒な液体のようにうねり、波打つ。
それでいながら、意思のあるものの様にカーイチの身体にまとわり付いている。
見る見るうちに形が変化して行き、指先や足先などの末端から再び質感の変化が起こり始める。
今度は、金属のような状態へと変化して行き、徐々にその形を固定化させていく。
手から腕、足先から太ももへと硬質化して行き、胸、翼、そして最後に顔の部分へと変化は進んでいく。
最初の変化からそれが終わるまで、ものの数秒。
だが、外見の変化はまさに劇的だ。
真っ黒な全身鎧を着込み、金属製の翼を背負ったような姿。
その姿は、まるでどこぞのメタルヒーローだ。
「かー……」
不安げに鳴くカーイチ。
その声が若干震えているのは、気のせいではないだろう。
土彦はその変化を満足げに眺めると、ゆっくりとした動きで懐に手を突っ込んだ。
引き出したのは、茶色いスポンジの付いたマイクだった。
「説明しよう! 死に瀕していた所を水彦により蘇生されたカーイチは、そのとき与えられた力により“漆黒装甲クローワン”へと変身することができるのだ! あ、あっはっはっはっは! いや、思った以上にはまってますねこれ! はっはっはっは!!」
腹を抱えて笑い始める土彦。
よほどツボにはまったのか、涙を流しながら笑っている。
「か、かー……」
一方カーイチは、今現在の自分の状況が分からず、ポーズをとったまま固まっていた。
鏡などが無いので、今現在の自分の姿が確認できないのだ。
ただ、何かしら硬いものが身体にまとわり付いているのだけは、なんとなく察することが出来た。
不快な感じは無いので取り払おうとは思わないものの、何かしらえらいことになっているのだけは察することが出来た。
カーイチがようやく今の自分の状態の説明を受けることが出来たのは、土彦がひとしきり笑い終えてからだった。
赤鞘のところまでかいちゃおうかとも思ったんですが、切っちゃいました。
次回は赤鞘だけのパートになります。
ドンだけぶりなんでしょう赤鞘。
暫く赤鞘のターンになる予定なので、もっと不遇でもよかったかと思っています。
あとカーイチさんですが、防衛戦力の一角になる予定です。
そのうちソレっぽい敵も出てくると思いますので、乞うご期待。
さて、次回は。
アグニー達の集落から、樹木の精霊の所に帰ってきた赤鞘。
彼を待っていたのは、精霊達からの提案と、なんか胸を張っているエンシェントドラゴンだった。
次回「空から迫るアンバレンスお兄さん」
ご期待ください。
多分今回よりは更新早くできると思います。