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五十二話 「翼があって空が飛べれば自由だなんて大嘘だよ?」

 どこまでも晴れ渡った、抜けるような青い空。

 その下に広がるのは、空と同じ真っ青な海。

 見渡す限り、陸地も無ければ雲も無い。

 まるで絵の具をぶちまけたような、見渡す限りの青だ。

 そんな大海原のど真ん中に、一つだけポツリと浮いているものがあった。

 木製の円筒形のそれは、中央が膨らんだ実に特長的な形状をしている。

 平たく言おう。

 でっかい樽だ。

 人が楽々は入れるほどでっかい樽が、海に浮いているのだ。

 その大きさは、人が一人すっぽり入れるほどもあった。

 実際、男が一人中に納まっていた。

 晴天の大海原に、樽が浮いている。

 そして、そこに男が一人入っている。

 シュール。

 一言で言い表すとするならば、そんな感じだろうか。

 はたから見れば明らかに異常なその状態。

 だが、樽に入っている当の本人は、いたって落ち着いた様子だった。

 世は全てこともなし。

 そういわんばかりに、のんびりとした表情をしていた。


 樽に入っている男のおおよその外見は、「翼の生えた人間」だった。

 一番の特徴である背中から生えた翼は、まるでカラスのそれの様に真っ黒だ。

 濡れたように艶やかな黒い羽毛に覆われたそれは、堕天使のものだといわれれば納得してしまいそうなほど、ある種の神秘性を持っていた。

 それに対して、頭髪は真っ白であった。

 白髪のような黄ばんだ白ではなく、絹糸のような透明感のある白だ。

 銀糸のように煌くその髪は、風に舞えばまるで空気に溶け込むように細く美しい。

 髪の毛を掻い潜り、頭皮から直接延びる二本の黒い塊がある。

 先端が鋭く尖ったそれは、ネジくれた角であった。

 表面は鏡の様に平らであるはずなのに全く光を反射しないそれは、黒い翼と相まって異様な存在感を放っている。

 男の顔は、一言で言えば人形のようであった。

 あまりにも美しく、あまりにも整いすぎていて、かえって人間味が無い。

 最高の腕を持つ人形師が、渾身を込めて美しさだけを求めて作り上げた。

 そんな顔立ちをしていた。

 その顔にはまっている目は、特別奇妙な配色をされていた。

 瞳は血の様に赤く。

 本来白くあるはずの強膜の部分は、真っ黒だった。

 このような色は、この世界「海原と中原」においても非常に珍しいものだ。

 最後に、すらりと伸びた手足の先端。

 それぞれの指の先には、全てに鋭い爪が備わっていた。

 象牙色の鋭利な刃物のようなそれは、鉤爪と呼ぶにふさわしいものだった。


 そんな異形な男が、大海原にぷっかり浮かんだ樽の中に入っていた。

 表情は妙に気だるげで、眠そうな半目になっている。

 手には日よけの為か、コウモリ傘を持っていた。

 たるの縁によりかかったまま、男は傘を僅かにずらし、空を見上げた。

 上空には太陽がさんさんと輝いている。

 男はすこぶる嫌そうにそれを見ると、大きく一つため息を吐いた。

「ああ。アイス喰いたい」

 まるで鈴が鳴るような、涼やかな声だった。

 もっとも、内容を気にしなければだが。




 なぜこの男がこんな状況に陥っているのか。

 事は数日前にさかのぼる。

 男は、その特殊な容姿から人の集まるところを嫌い、辺境で暮らしていた。

 とはいっても、自給自足の生活を送っていたわけではない。

 時々変装して街に下りては、安い食糧などを買って食いつないでいたのだ。

 しかし、辺境に暮らしている男に稼ぎぶちなど無い。

 食糧を買う金は、借金をして手に入れていた。

 当然借金取りが男を追うことになる。

 だが、辺境で引きこもり生活をしている男を見つけることは出来なかった。

 そうして暫くの間引きこもり食いつなぎ、また食料がなくなると変装して街に行く。

 そこで新たに借金をして、食糧を買って辺境へ逃げ帰るのだ。

 まさに最低野郎。

 転がり落ちる転落人生真っ只中だ。

 当然そんな生活が長く続くはずも無く、男は借金取りたちに捕まったのである。

 借金取りたちは、抵抗するのもめんどくさいらしく無抵抗な男を引きずり、大きな船に運び込んだ。

 男が船の中にある牢屋に放り込まれて程なく、大きな船は出港した。

 最初の数日は、三食きちんと出される食事に喜んでいた男。

 だが、はたとあることに気が付いた。

 周りの牢屋に入れられている人間は、皆絶望した顔をしているのだ。

 狭い牢屋に一人で入れられていたので、周りのものとのコミュニケーションはなかなか難しい。

 何とか目の前の牢屋に入れられている人物に話を聞けたのだが、男はその内容に驚愕した。


「何言ってんだお前。ここにいる全員借金のかたに、内臓売られたり非合法の薬の実験台にされたり、兎に角いろいろなことにされるんだよ!!」


 なんてことだ。

 このままではいろいろなことにされてしまう。

 ここに来て初めて、男は危機感を持った。

 そして、ようやく逃げるために行動を始める。

 ここで男にとって幸運、借金取りたちにとって不幸だったのは、男が魔法を使えたということだ。

 それも道具を必要としない、詠唱系統のものを。

 全く抵抗も見せず、生きていく気力する感じられない男を、借金取りたちは魔法を使える人材だとは露ほどにも思わなかった。

 そもそもそんなものが使えるのであれば、捕まえられそうになった段階で使うはずだからだ。

 男は魔法と、もう一つの隠し玉も使って暴れた。

 いや、正確には男はあまり暴れては居なかった。 

 精々魔法をそこらに向かって打っただけだ。

 主に暴れていたのは、男の持っていた「隠し玉」の方だった。

 それでも、借金取りたちが乗っている船を破壊するには十分だ。

 逃げ惑う借金取りと他の借金まみれで捕まった人たちを尻目に、男は食料庫に侵入した。

 そこで日持ちのしそうな非常食系のものを片っ端から盗み出すと、さっさと甲板へと移動。

 発見した樽にいそいそと入り込むと、大海原へと逃げ出したのだった。




 男は樽の底に置いていた只管にかた焼きにされたビスケットを一枚手に取ると、かじかじと齧りついた。

 味はそこそこだが、一日のエネルギーを一枚で補えるという携帯食なのだと、ビスケットが入っていた袋には書いてある。

 実際、男は漂流を始めてから二日、このビスケットを二枚しか口にしていない。

 元来省エネ体質である男にとっては、それで十分に満足感も味わえていた。

 もう一度樽の底に手を伸ばし、今度はふた付きの水差しを手に取る。

 中にはたっぷりと水が入っていた。

 これは、男が魔法で作り出した水だ。

 原料は周りにある海水。

 材料もあるので、ミネラル豊富な栄養満点仕様にしてある。

 男はうまそうにその水を口にすると、大きく満足げなため息をついた。

「ああ。やばい。この生活満ち足りすぎてるかも」

 男は本気でそう思っていた。

 追いかけてくる借金取りも居ない。

 動こうにも動けない。

 働く必要が無い。

 食べ物は、ビスケットがまだまだ沢山有る。

 飲み水は自分で幾らでも作れる。

「そうか。僕はこんな生き方を望んでいたのか」

「何を無気力なことを言っているのですか」

 男しかいないはずの樽の中から、突然女性の声が響いた。

 男の胸元が突然淡い水色に輝き始め、光のもやのようなものが立ち上る。

 それは男の頭の上で集まり、あっという間に人の形を作った。

 現れたのは、半透明の女性の姿だ。

「なんだ。マルチナか。妖怪かなんかかと思った」

 男がマルチナと呼んだそれは、人工的に作られた精霊だった。

 本体となる魔石に術式を組み込み、魔力そのものに意思を持たせた存在だ。

 核となるその魔石は男の体内に組み込まれている。

 文字通り、マルチナこそが男の「隠し玉」だ。

「漂流を始めて二日になります」

「そーねぇー」

 無表情に話しかけるマルチナに、男は気のない返事を返す。

 そんな男の様子を待ったく意に介さず、マルチナは言葉を続ける。

「翼を使っての飛行を推奨します。魔法を使わなくても、背中の翼を使っての飛行でここから自宅へ帰ることも可能です」

 マルチナの言葉に、男は心の底から嫌そうに顔をしかめる。

「嫌だよそんなの。飛ぶのって疲れるんだよ? 魔法使うにしても翼使うにしても。すごい消費カロリー激しいんだよ? 翼があって空が飛べれば自由だなんて大嘘だよ?  飛ぶ為に食べて、食べる為に飛んで、筋肉落ちると飛べないから筋トレとかして。もう、飛ぶことに対しての奴隷だよ。絶対自由なんて言葉とはかけ離れたなにかだと思うね、僕ぁ」

 未だに噛み切ることが出来ないビスケットにかじりつきながら、男は一人納得したように頷いた。

 だるそうに樽の縁に寄りかかるその姿にタイトルをつけるとしたら、「怠惰」だろうか。

 まるで絵に描いたようなダメ人間の姿がここにあった。

 そんな男を目の前にしても、マルチナは表情一つ変えない。

「ですが、それでは自宅に帰還できません」

「いいのいいの。どうせ今ごろ借金取りの人に差し押さえられてるよ。別に大切なものもないし。このまま逃げちゃおうよ。なんか、このまま行くと陸地につけるんでしょ? この樽」

「星の位置と太陽の位置から、この樽は現在見放された土地に向かって流されているものと思われます。恐らく後一週間ほどで、見放された土地、または罪人の森近くの海岸へ漂着するものと推測されます」

「そっかー。それだとステングレアの人に怒られるかなぁ。問題なければあのへんに住んで見たくもあるけど」

 この世界、海原と中原において、「見放された土地」と「罪人の森」は、よほど追い詰められているか、よほどのアホでもない限り近付かない場所だ。

 アグニーは前者であったが、どうやら男は後者であるらしい。

「彼の土地は太陽神アンバレンス様によって封印された土地です。近付くことは推奨できません」

「だいじょーぶだいじょーぶ。結界に近づかなければ良いんだって。入れないようにする為の結界なんだから。ならその近くまで入って平気ってことだよ多分」

 マルチナの言葉も、どこ吹く風。

 男はようやく齧り取れたビスケットの欠片をうまそうに咀嚼すると、樽の縁に顎を乗せる。

「どんなところだろうねぇ、見放された土地。僕としてはだれぇーもいない、静かでいいところだとおもうんだよね多分だけど」

 男はそんなことを言いながら、何処か満足げに背中の羽を僅かに動かす。

 後に男は、神々の意向や、幾つもの大国の思惑、そして、アグニー達と「見直された土地」の命運を担う立場になる。

 だが、そんなこととは露知らず。

 男は今、彼的幸せの絶頂を味わっているのだった。

ようやく出したかったキャラが出せました。

コイツはそのうち見放された土地に流れ着くと思います。


さて、次回。

土彦にさらわれたカーイチ。

連れ込まれたその場所は、土彦の秘密実験施設だった。

そこにおかれていたのは、彼女が見たこともない不思議な鎧。

果たして、その鎧の正体は。


次回 「誕生! その名はクローワン」

ご期待ください。




あ、あと御礼ショートですが、「WACわーるど・あぐにー・かっぷ」に決定しました、有難う御座います。

こねた集という感じに成る予定です。

ただいま鋭意ネタ製作中です。

宜しければネタ提供してくれてもかまいません。

ネタ提供してくれてもいいのよ。

ネタ提供お願いします。(←

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