五十一話 「何でファンタジーにこの世界と同じ騎士がいるんだろうな」
バイキムが連れて来たのは、ヒゲもじゃの小さなおっさんだった。
身長は精々150cmぐらいだろうか。
体つきは実に立派で、服の上からでも分かるほど筋肉が盛り上がっていた。
まるで絵に描いたようなドワーフのおっさんだ。
おっさんの前でホバリングするバイキムは、水彦に手を向けて声を上げる。
「親方! この人っすよ! 親方の剣を見抜いたのは!」
どうやらこのおっさんが親方らしい。
親方は立派なヒゲをなでると、水彦を足元から頭までゆっくりと眺める。
そして、感心したように唸った。
「驚いたな。若そうに見えるが、なかなかの面魂だ。わしはトナック。ここの店長と職人をしている」
名乗られたからには、名乗らなければならない。
水彦はトナックと名乗ったおっさんに身体を向けると、僅かに頭を下げて名乗った。
「むしゅくろうにん。みずひこ」
水彦の言葉に、トナックは大きく目を見開いた。
そして、水彦が腰に下げているものに目をむけ、納得したように頷いた。
「そうか。サムライか」
サムライ。
突然出てきたその単語に、水彦はすこぶる驚いた。
言葉を失っている水彦の横で、キャリンが不思議そうに首を傾げる。
「サムライ? って、なんですか?」
「お前さんは知らんかもしれないな。兎人というのは知っているだろう? あれらの出身地域に居る、剣士のような連中の事だよ」
トナックが語ったのは、アインファーブルからはかなり離れた場所にあるという島国の話だった。
そこには兎の亜人、兎人が居て、独自の文化を持っているのだという。
水彦が聞く限り、その内容は戦国時代や江戸時代の日本に非常に似ていた。
特に気になったのが、サムライというものが居るという話だ。
独特の美意識を持った、刀という奇妙な剣を使うへんな連中なのだという。
「騎士とも剣闘士とも違う価値観を持った連中でな。より強いものと戦いたがったり、自分から厳しい場所に行ったり、出世を望んだかと思えば得にもならん仕事を引き受けたり。兎に角よく分からん連中だよ」
それを聞いた水彦には、それが自分のよく知るサムライだとしか思えなかった。
何せ、水彦の記憶の大本である赤鞘が、まさにそのサムライだったのだから。
まさか、地球からこの世界に来た人間が持ち込んだのだろうか。
そう考えた水彦だったが、トナックの口ぶりからはそういった様子は窺えなかった。
古くからその島国に根付いた、独自の文化だという風にいっている。
ふと、大昔の記憶が水彦の頭を掠める。
何時だったか、赤鞘がまだ地球に居た頃の記憶だ。
たしか、キツネとファンタジー談義をしているときだった。
「何でファンタジーにこの世界と同じ騎士がいるんだろうな」
「そりゃ、環境が同じだからじゃないですかね?」
「じゃあ、環境が同じならお前らサムライとか武士居るのかよ」
「あー。あー、でも、いるんじゃありません? 条件が同じなら」
「マジでか。信じられないわぁー」
「でも逆にほら。騎士とかがいるわけですし」
「んー、それもそうか。居るもんな、騎士」
何故あの時は騎士は居る前提で話していたのだろう。
異世界なのだから、居なくてもおかしくないはずなのだが。
兎も角、環境が同じならば、同じような文化が起こる可能性はあるわけだ。
ならば、水彦が知るサムライと同じようなものが居てもおかしくはない。
「しかし、サムライは兎人しかいないはずなんだが。水彦殿はなにか彼らに縁があるのかね?」
トナックの言葉に、水彦ははっと我に返った。
考え事をして、意識が飛んでいたらしい。
「とじんとは、かんけいはない。だが、おそらくおなじようなものだな。これしかいきかたをしらんし、それしかできない」
そういって、水彦は腰に刺さった刀に手を置いた。
それを見たトナックは、思わずといったように笑い出す。
「なるほど、サムライだな」
その様子に、水彦は満足そうに頷く。
キャリンとバイキムは、不思議そうに首を傾げるばかりだった。
水彦が指摘したとおり、カウンターに置かれた剣はトナックが打ったものだった。
素人目には他の剣と違いは見えないが、製法からして他の剣とは全く違うのだという。
「しっかし水彦さん、よく一目でわかりましたねぇ。俺なんてよくよく見ないとぜんぜん違いがわからないんすけど」
「お前は修業が足らん」
「へなっぷっ!」
トナックに一言で斬り捨てられ、カウンターの上に倒れるバイキム。
大げさなリアクションが常なのか、キャリンもトナックも気にした様子はない。
水彦だけが、物珍しそうにその姿を見ている。
「水彦といったな。この剣はたしかにそれなりに良い物を使って作ったものだが、流石にそこまで高いもんじゃない」
そういうと、トナックはカウンターに置かれた剣を持ち上げた。
握りを確かめながら、その刀身を見つめる。
「ハミルドウム製鋼所製のハミルドウム合金を心金に。かたいケーム聖鉄でそれを包んで、この細さながら折れにくく曲がりにくくしてある。打つときに使ったのは土属性精霊樹の枝から作った高純度木炭に高位火精霊からとった種火で火をつけた窯を使った。熱を冷ますのに使ったのは、黒竜の油だ。本当はコルテセッカが一番なんだが、流石にそこまでは望めなかったな」
並んでいるのは、どれもこれもすごい素材らしい。
水彦にはその価値がいまいち分からなかったが、鍛冶については素人であろうキャリンが呆気にとられた顔をしていることからなんとなく把握できた。
ちなみにバイキムは、口から泡を吹いている。
どうやら分かる人間にとっては、今並べられた品々はとてつもない高級品であるらしい。
「たしかにそろえるのも手間だし、加工するのもこの街に居るものならわし位しか出来ないだろうが、今回はたまたま手に入る機会があってな。あまりものなんだよ」
「そんなものが、たまたまてにはいるのか」
「その素材を自分で集めて持ち込んだ冒険者がいてな。身の丈よりもでかい剣を作ってくれと言って。余った材料を寄越すなら割引で作ってやるといったら、あっさりおいて行ったんだよ。まあ、よほど気合を入れた剣を作ろうと思わない限り使わない素材だからな」
肩をすくめてそういうトナックに、水彦は納得した様子で頷く。
たしかに冒険者にとっては、武器さえ手に入れば素材は不要のものだろう。
だが、その武器を作る専門家にとって見れば、端材であっても高級品は高級品だ。
水彦が見る限り、あの剣は相当の業物だ。
それなりに剣を扱えるものが振れば、ハガネオオカミの身体も斬り裂けるだろう。
腕さえよければ、コルテセッカも斬れるかもしれない。
「はざいをつかったにしても、じりきであつめてつくってもらったら、たかいだろう。いいけんだしな」
水彦の言葉に、トナックは僅かに表情を緩ませる。
剣を褒められたことが嬉しいのだろう。
「まあ、作ろうと思って作ればたしかに良い値段になるだろうな。材料もこっちでそろえるとなると……原価で100から120万は掛かるか」
「げんかでそのぐらいかかるのか。たいへんだな」
感心したように頷く水彦。
その隣にいるキャリンは、不思議そうに首をかしげた。
「原価でそれだけするなら、製品はそれなりに値段がするんじゃないんですか?」
「趣味で作ったからな。そんなものに金は取れん」
キャリンとトナックは、短い付き合いではない。
キャリンが物心着く前からトナックは鍛冶職人としてこの街で店を開いていて、顔も見知っていた。
そんなキャリンだから、なんとなく察することが出来た。
ああ、この剣、普通に買ったら300万ぐらいするんだろうな、と。
「でも、なんでそんなけんをたるにいれてたんだ」
水彦が見つけた剣が入っていたのは、一本3万という安売りの武器が入っていた場所だ。
間違ってもこんなすごい剣が置いてある場所ではない。
水彦の質問に、トナックはニヤリと口の端を吊り上げた。
「この樽に入ってる武器はな。駆け出しが買って行くことが多いんだよ。金は無くても武器が無くちゃぁ、話にならねぇ。だからどいつもこいつも、たかが3万の剣一本買うのに、必死になって選ぶんだよ。だが、どいつもこいつもひよっ子だ。剣の良し悪しなんざぁそうそうわからねぇ。だから、うちに何人も居る駆け出し鍛冶師共が作った武器の中から、こいつを選ぶのはよっぽどの事だ。たまさか目がよかったか、運がよかったかだ。そういう奴はなぁ、良い冒険者になるもんなんだよ。語り草になるような奴にな。冒険者ってのは魔石をとったり、化け物と戦うだけの仕事じゃねぇ。夢を売る仕事だ。その先端にいるような奴が最初に持ったのが、たまさかこの剣だった。なぁ、そうなったらよぉ。おもしれぇだろ」
おもしろい。
つまるところ、これに尽きるらしい。
トナックの説明に、キャリンは呆れたようにため息をつく。
水彦はといえば、妙に納得した様子で何度も頷いていた。
「そうか。そうだな。ぼうけんしゃだもんな」
「おう。冒険者だからな」
お互い頷き合う水彦とトナック。
どうやら、二人の間で何かしら通じ合うものが有ったようだ。
トナックは水彦の肩をばしばしと叩くと、大きな声を上げて笑った。
「わかってるなぁ、あんた! 気に入った!」
「おお。そうか。おれもきにいったぞ、おっさん」
意気投合したらしい水彦とトナック。
その二人を暫く呆然と見つめていたキャリンだったが、ようやく本来の目的を思い出し我に返った。
「そうだった。あの、トナックさん。ちょっと頼みがあってですね」
「ああ?」
「いったいなんだ」
トナックと同じように首を傾げる水彦を見て、キャリンはとてつもない脱力感を覚えたのだった。
キャリンがトナックに説明をしているうち、ようやく水彦も本来の目的を思い出したようだった。
大量の道具類が必要なことと、その理由を説明する。
それを聞いたトナックは、ばしんと自分の胸を叩いて見せた。
「そういうことなら、わしに任せろ!」
トナックは気絶していたバイキムをデコピンでたたき起こすと、水彦が持っていたメモを叩き付けた。
「おい、バイキム! コイツをコピーして、他の店の奴らにわしの知り合いからの注文だって言ってかき集めて来い!」
「が、合点! って、ええ?! 親方、これ相当な量っすよ?!」
悲鳴の様に叫ぶバイキム。
実際、メモの書かれている品物の数は、村が一つ作れるほどの量だ。
アグニーの人数的にそんなにいらないような数が書かれているのだが、何事も用意万端整えないと気がすまないエルトヴァエルの性格が現れているのだろう。
「何言ってるんだ。わしの名前を出してそんなこと抜かす奴がこの街の職人にいるか」
その腕から、トナックはこの街では名の知れた職人だった。
それより何より、彼はこの街で生まれ育った生粋のアインファーブルっ子だ。
どこの店の職人も店員も店主も、殆どが幼馴染や面倒を見てやったものばかりだったりする。
そんな彼に頼まれて嫌だという人間は、この街で商売しているものには居ないだろう。
「まあ、そうかもしれないっすけど! 金のほうは?!」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。まず間違いなく」
そういったのは、キャリンだった。
水彦の素性を聞くうえで、コルテセッカ討伐の報酬などを手に入れていることも聞いていた。
まめにギルドに足を運んでいるキャリンは、コルテセッカの討伐報酬がいくらかも知っていたのだ。
他にも水彦が引きずっていた素材はギルドが引き取ったという話も聞いていたので、お金は十二分にあると判断したのだ。
隣で水彦も頷いていたが、彼は自分がどのぐらいお金を持っているかは正確には知らない。
金額を聞いたとき気絶していたからだ。
ちなみにキャリンは水彦が入手した金額を「おおよそ四千万ぐらいかなぁ」と思っていた。
遠からず近からず。
水彦本人より、水彦の貯金額に詳しいキャリンだった。
「わ、わかりました! いってきまーす!」
ようやく納得したのか、バイキムは投げつけられたメモを丸めて担ぎ上げると、一目散に外へと向かって飛んでいった。
その速度は、人が走るよりも遥かに早い。
「おおー」
感心したようにその背中を見送る水彦。
バイキムの姿が見えなくなったところで、トナックはカウンターの上に置いてある小さな時計に目を向けた。
針は丁度昼時を差している。
それを見たトナックは、大きく鼻息を吐いた。
「飯時だな。二人とも、うちで飯食っていけ。バイキムの奴をまたにゃぁなんからな」
「そうか。わるいな」
遠慮も何も無く、水彦はこくこくと頷いた。
彼の心は今、喜びで満ちていて、遠慮とかを考えられる状態ではなかったのだ。
これでお買い物がうまくいくかもしれない。
お買い物がうまくいけば、えろとばんえろに殴られなくてすむ。
こんなに喜ばしいことは無い。
びっくりするほどエルトヴァエルに調教されている水彦だった。
ひとまず、お買い物編は終了です!
次回は新キャラが登場予定。
そのあとは、お待ちかねのカーイチさん改造計画の全貌が明らかに!
カーイチさんがどうにか成ったら、次はエルフに捕まったアグニーさん達の様子を見て行きたいと思います。
その合間に、アンバレンスさんの事をはさんだほうがいいんでしょうか。
どうしよう。
御礼ショートショートですが、なんか今の所ワールドアグニーカップ(WAC)をという声が強いような気がしないでもないです。
他は本編に盛り込めそうなので、出来なさそうなのはコレだけかなぁと。
やるとしたらifとか、アンバレンスが用意した共通夢世界とかでやる感じに成りそうです。
そうすれば捕まってるアグニー達も出演できて、まさにワールドなアグニーに。
次回。
「樽に入ってる人」
どうぞお楽しみに。