四十六話 「いやぁ。ちょっと。昔の事を思い出してただけですよ」
ポンクテ酒と蜂蜜酒の製造を見学した後、赤鞘はカーイチに連れられて畑を見学した。
トロルのハナコのがんばりもあり、畑はかなり大きくなっていた。
調停者や赤鞘のおかげもあり、既に収穫できる状態まで育った作物も多く、畑で働くアグニー達は忙しそうだった。
普通苗から育てると収穫まで一年以上かかるポンクテも、既に収穫が始まっている。
いつか仲間が帰ってきたときのために多めに植えたポンクテの収穫は、壮絶を極めていた。
アグニー達は疲れからか、皆口々に「タックルがしたい」「結界さえあれば」と言っていたものの、皆一様にうれしそうだった。
そんな疲れている様子のアグニー達だったが、やはり聞かれたのは赤鞘への感謝の言葉だった。
今までの備蓄などを全て捨てて逃げてきたアグニー達にとっては、食べ物の確保は死活問題だ。
本来ならばその日食べる分の食料を手に入れるのにも、苦労することになったはずだった。
それが、主食であるポンクテの収穫で寝る間もないのだ。
幾ら感謝しても仕切れないだろう。
実際、アグニー達は口々に赤鞘への感謝の言葉を口にし、「ありがたいありがたい」と喜んでいた。
二言目には「あとは結界さえあれば」「タックルがしたい」とも口にしていたのだが。
中には結界欠乏のせいか、夢遊病患者かゾンビの様に「けっかいー」と結界を求めてふらふらしているアグニーも居た。
そういうアグニーも、他のアグニーにほっぺたを引っ叩かれるとすぐに正気に戻り、作業に戻っていくのだが。
アグニーの行動がおかしいのは今に始まったことではないので、カーイチは特に気にした様子も無い。
だが、赤鞘はそうではなかった。
アグニー達は、見た目は絶世の美少年美少女だ。
そんな彼らが「けっかいー」といいながらふらふらしている姿は、はっきり言ってとてつもなく怖い。
結界ってなんだろうと思いつつも、ひとまずこの場は見なかったことにする赤鞘だった。
勿論、後で土彦あたりに事情を聞いてみるつもりではいるのだが。
酒造りを見るついでに建物などの様子は見学していたので、畑を見終わった赤鞘はそのまま樹木達の居る土地の中央へと帰ることにした。
カーイチにそのことを伝えると、彼女はコクリと頷き、エルトヴァエルとの合流地点へと歩き出した。
エルトヴァエルが居るとアグニー達が恐縮してしまうと考えた赤鞘は、今回はお留守番をしてもらうことにしたのだ。
目印である大きな木の下へ行く途中、赤鞘はカーイチの話を聞いていた。
元々カラスであるカーイチは、けして話すのが上手くは無い。
それでも、ぽつりぽつりとカーイチが話す言葉に、赤鞘は時折相槌を打ちながら聞き入っていた。
内容は、いかにアグニー達がドジな種族か、いかにお人よしなのかといった物だった。
時折村に来る商人に収穫物などを売って手に入れた村の共有財産であるお金を、大切に大切にしまいすぎて何処にしまったか忘れてしまったこと。
そして、そもそも村の共有財産のお金があることをアグニー全員が忘れてしまったこと。
見かねたカーイチがお金のありかを教えると、「突然お金が湧き出してきた事件」として村の七不思議になったこと。
村に泥棒に入った人間族の少年を、可哀想だからと面倒を見て育てていたこと。
ある程度大きく育ったその少年にギルドが経営する学校に入る為のお金を用立て、村から送り出したこと。
どのアグニー達も、未だに金貨と銅貨の区別が付いていない事。
赤鞘はカーイチの話にいちいち驚いたり笑ったりしながらも、特に口を出さずに静かに聞き入っていた。
カーイチの言葉の端々からは、アグニーに対する愛情が感じ取れた。
どうやら、アグニーはよほどカラス達に好かれているらしい。
アグニーにとってカラス達は犬のような物だ、と、赤鞘はエルトヴァエルから聞いていた。
しかし、人間と犬でも、ここまで信頼関係を築くのは難しいだろうと、赤鞘は思った。
カラスというのは頭のいい動物だ。
人に馴れた種となれば、当然人を見る目もあるだろう。
その中でも飛びきり頭がいいというカーイチが、此処まで入れ込むのだ。
アグニー達は、よほどいい主人なのだろう。
まあ、アグニー達が余りに頼りなくて、放っておけないのかも知れないが。
カーイチの話を聞いている間に、いつの間にか待ち合わせの場所についていた。
そこには、ノートパソコンのような道具とにらめっこしているエルトヴァエルと、もう一つ人影があった。
黒い着物に袴姿。
それは、赤鞘が創ったガーディアンの一人、土彦だった。
カーイチと赤鞘の様子に気が付いた土彦は、隣のエルトヴァエルをつっついて彼らが来たことを伝えたらしい。
土彦につっつかれたエルトヴァエルは、慌てた様子でノートパソコンのような道具を投げ出し、大きく両手を振った。
エルトヴァエルの様子を見て楽しそうに笑うと、土彦も赤鞘とカーイチのほうに手を振る。
思っても居なかった土彦の登場に、赤鞘は慌てて身体を実体化した。
赤い鞘から光の粒子のような物があふれ出し、見る見るうちに一人の武芸者の姿を形作る。
カーイチの腰からいつの間にか手の中に戻っていた鞘を腰に差し、赤鞘は嬉しそうに両手を振り回して土彦とエルトヴァエルに応える。
そんな様子を見ていたカーイチも、なんだか真似をしなくてはいけないような気になり、ぶんぶんと手を振った。
しばし、手を振り合う赤鞘たち。
土彦は段々楽しくなってきたのか、愉快そうに笑うと、ぶんぶんと今度は両手を大きく振り始める。
釣られて、赤鞘も激しく両手を降り始めた。
それにぎょっとしたのは、エルトヴァエルとカーイチだ。
神とその御使いがしていることなのだから、何か意味があるのかもしれない。
となると、きっと自分も一生懸命手を振らないといけないに違いない。
エルトヴァエルもカーイチも、必死で両手を振った。
結局、手振り合戦は赤鞘と土彦が満足するまで、五分ぐらい続いた。
ぐったりとしたエルトヴァエルとカーイチとは対照的に、土彦と赤鞘は実に楽しそうだった。
肩で息をしているエルトヴァエルとカーイチを他所に、赤鞘は不思議そうに首をかしげていた。
何故此処に土彦がいるかわからなかったからだ。
「どうしたんです? 別に何もお知らせしてなかったと思うんですが、よく此処がわかりましたね?」
赤鞘の問いに、土彦はニコニコ笑いながら地面を指差した。
その先に有ったのは、丸い土の固まりに手足がついたもの。
マッドアイだった。
「ちょっとカーイチさんに用事があったもので。赤鞘様の見学が終わるのを待っていたのですよ」
何とか息を整えたカーイチは、突然出た自分の名前に目を丸くした。
不思議そうに首をかしげながら、土彦の顔をじっと見つめる。
そんな仕草に、土彦もにっこりと笑顔を返す。
「はぁ。カーイチさんにですか?」
「ええ。ちょっと渡したい物がありまして。たいした物ではないのですが、ほら、護身用のちょっとした物を作りまして」
土彦は世界樹や精霊樹、調停者からこの世界の魔法知識を大量に与えられていた。
その彼女が作ったものとなれば、護身用とはいえかなりの効果が期待できるだろう。
驚いたように目を丸くするカーイチの隣で、赤鞘はこくこくと嬉しそうに頷いた。
「はぁはぁ。たしかに世の中何があるか分かりませんからねぇ。で、どんな物作ったんです?」
「いえ、本当にたいした物ではないんですよ。カーイチさんは元々カラス特有の魔法を使えますから。本当にちょっとした物で、たいした物ではぜんぜんないんですよ」
にこにこ笑いながら赤鞘の質問に答えつつ、土彦はそーっとすり足で横に移動し始めた。
そして、カーイチの近くまで接近すると、その両肩をがっちりと掴んだ。
びくっと身体をこわばらせるカーイチ。
「いえ、本当にたいした物ではないんですよ。無いよりはまし程度のもので。赤鞘様とアンバレンス様が以前お話されていたメタルヒーローという物にほんの少しだけ着想を得まして。いえいえ、本当にたいした物ではないのですけれど」
にこにこと笑顔でそんなことをいいながら、土彦はカーイチの脇をがっちりつかみ、ずるずると引きずり始めた。
どうしていいのか分からないらしく、カーイチは顔をこわばらせたまま、身体を突っ張らせている。
「では、私はカーイチさんをお借りしていきます。たいした物ではないんですが、一応身体に合わせなければいけない物なので。それでは、失礼いたします」
土彦はにこにことすこぶるいい笑顔をしながら、体をこわばらせたカーイチを森のほうへと引きずっていった。
あまりに無駄の無い流れるような土彦の動きに、赤鞘とエルトヴァエルは全くリアクションが出来なかった。
あっはっは、という無駄にさわやかな笑い声を響かせて、土彦はカーイチを引きずりながら森の中へと消えていった。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くす赤鞘とエルトヴァエルだけだった。
「土彦さん、カーイチさんを仮面のライダーの人にでも改造するつもりなんでしょうか」
土彦が消えていった方向を見ながら、ぼそりとつぶやくエルトヴァエル。
赤鞘もエルトヴァエルと同じ方向を見つめたまま、不思議そうに眉をひそめた。
「いや。どうでしょう。流石にそこまではしないと思いますが。ていうかよく知ってますね仮面のライダーの人なんて」
「はい。地球の、特に日本の事は少し調べましたので」
土彦が消えていった方向を見つめたまま、赤鞘は物凄く微妙そうな表情を作った。
「あの。どのぐらい調べたんですか?」
「あまり時間が無かったのでほんの少ししか調べられませんでしたが。小中高で習う世界史と日本史程度の物と、100年程度の現代史。日本の戦国時代は少し興味深かったので残っている資料を舐める程度に。それから、現代サブカルチャーも少々。竜のクエストと、最後なファンタジーを一作目から最新作まで。ネットワーク環境が必要なものは流石にプレイできませんでしたが」
「それってほんの少しって言いませんよね。ものっそいガッツり調べてますよね?」
若干引いた表情になった赤鞘を責められる者は少ないだろう。
とはいえ、エルトヴァエルにとってはそれでも「ほんの少し」なのだ。
たとえば人物調査をする場合、政治的思想から最近の行動は勿論。
果ては対象が生まれたときの最初の泣声のからおねしょの回数、好きな食べ物から嫌いな食べ物、ほくろの数まで調べ上げるのが、エルトヴァエルのスタイルなのだ。
「私の事はいいんですが。カーイチさん、どうするんですか?」
たしかに今はカーイチの事をどうするか考えるのが先決だろう。
幾らなんでも命を落とすようなことにはならないだろうが、なんだか金属チックな身体に改造されそうな雰囲気は感じた。
元々かなり尖ったところのある土彦だったが、マッドアイネットワークを構築しだしてからはマッドサイエンティストみたいな空気をかもし出すようになっていた。
土彦だけにマッド。
別のもので創ったらもう少しまともな方向に行ったんじゃないかと思わなくも無いが、もう遅いだろう。
「うーん」
赤鞘は土彦とカーイチが消えていった方向を眺めながら、腕を組んで唸った。
そして、赤鞘はおもむろにエルトヴァエルに向き直り、口を開いた。
「見なかったことにしません?」
事なかれ主義を通り越し、見なかったこと主義になりつつある赤鞘だった。
赤鞘とエルトヴァエルは、土地の中心へと徒歩で向かっていた。
エルトヴァエルが赤鞘を抱えて飛ぶにも着地に不安があるし、そもそも赤鞘が高所恐怖症になっていたからだ。
幾ら死なないとはいえ、元人間の赤鞘には、最初にこの地に来たときの自由落下がトラウマになっているらしい。
歩きながら、エルトヴァエルは赤鞘の様子がいつもと少し違うことに気が付いた。
いつもにこにこと笑っている赤鞘が、何処かボーっとした顔をしているのだ。
赤鞘がボーっとしているのは別に珍しいことではないのだが、そんなときでも彼は常に笑顔を絶やさないで居た。
今の赤鞘は、何か昔の事を思い出しているような、何かを懐かしんでいるような、そんな表情をしている。
「赤鞘様。どうかなさったのですか?」
「へ?」
声をかけられた赤鞘は間抜けな声を上げエルトヴァエルのほうを振り返った。
そのせいで足元がお留守になり、石につまづきすっころびそうになる。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、平気です平気です。あははは」
何とか体勢を立て直しながら、頭をかいて苦笑する赤鞘。
「いやぁ。ちょっと。昔の事を思い出してただけですよ」
苦笑しながら、再び歩き出す赤鞘。
「昔の事ですか?」
首を傾げるエルトヴァエル。
「ええ。アグニーさん達がお酒を作ってくれていましてね? 私のためにって。それを見てたら、なんか思い出しちゃいましてねぇ。なんか、関係ないことなんですけど。時々思い出すことがありまして」
にこにこ笑いながら、赤鞘は自分の腰に差した鞘を指差した。
赤鞘の本体であるそれは、古い物ではあるが神器となっているため、くすみはあっても欠損は無い。
「私は元々が人間で、これに宿って、祭られて神になったもので。昔はえらく忘れっぽかったものなんですが。妙に記憶に残ってることがありましてねぇ」
記憶や経験、それに由来する知識とは、すなわち力だ。
力の弱い物は、それに伴って記憶力も弱いこともある。
神になって暫くの間は、赤鞘は実に忘れっぽい神様だった。
それは覚えるつもりが無いわけでも、生前の能力が低かったわけでもない。
覚えることが出来なかったのだ。
記憶力という「力」が、まだまだ低かった為である。
今でこそ少しはましになっているが、赤鞘は今でも随分と記憶力が低かった。
それは、未だ彼の力が低いことを示している。
そんな彼が、昔の事と前置きして、それでも記憶に残っていることがあるという。
よほど印象に残ったことなのだろう。
「あの、もし失礼でなければ、お話いただけませんか?」
そういった後、エルトヴァエルは自分の口から出た言葉にぎょっとした。
過去の事を聞かれるのを、極端に嫌う神もいる。
だから、エルトヴァエルは極力神様の過去の話をするのを避けるようにしていた。
それなのに、今の言葉が口を突いて出てしまった。
恐らくそれは、エルトヴァエルが赤鞘の事を至極気に入っているからだろう。
自分が仕えている赤鞘の事を知っておきたいという気持ちが、口から出てしまったのだ。
エルトヴァエルは、まず頭で物事を考えてから行動するタイプの天使だ。
考えるより前に身体が動くということはまず無い。
それだけに、自分の言動に自分で物凄く驚いていた。
そんなエルトヴァエルの様子を知ってか知らずか、赤鞘は前を向いたまま「面白い話ではありませんよ?」と前置きしてから、ゆっくりと話し出した。
「私、元々ただの人間でしたから、えっらく力が弱くて。
それこそ最初の頃は土地の管理も一杯一杯で、まともにやれてるんだかやれてないんだか分からない有様でしてね。
私の村……私のいた村はそれでなくても開拓したばかりの土地でしてねぇ。
本来は土地神である私ががんばってご利益があるようにしなくちゃいけなかったんでしょうけど、ぜんぜんダメダメでして。
それでも、村の方々は物凄く頑張り屋さんで。
毎年肥料を変えたり、いろいろな作物を試したりしてたんですよ。
まともに皆が食べられるようになるのに、20年以上かかりましたかねぇ。
私はまだまだ役立たずだったんですが、その頃にはなんとか土地を落ち着かせられるようになりまして。
まあ、そんなのは最低限にも届かないんですけど。
私が何とか土地神としての仕事ができるようになって、少し……ほんとにほんの少しだけご利益も与えられるようになった頃ですから……。
50年目位、に、なるんですかねぇ。
その頃には大分食糧事情とかもよくなってましてね。
私も神無月には大社へいけるぐらいの余裕が出てきた頃なんですが。
よく私の神社に遊びに来る二人の姉妹がいましてね?
元気な妹さんと、その面倒をよく見る賢いお姉さんだったんですよ。
神社の前が少し開けてましてね。
そこで地面に枝で絵を描いたり、走り回ったりして遊んでたんです。
雨が降ってきたり疲れたり、まあ、そういうときには神社で二人とも休んだりして。
神社と言っても、小さなものだったんですがね?
兎に角、神社で休むそのたびに、二人で手を合わせてくれましてね。
神様、少し休ませて下さい、って。
とってもかわいくってねぇ。
あるとき、その姉妹が竹の葉の包みを持って、遊びに来たんですよ。
丁度収穫が終わった頃で、子供は仕事の少ない頃でしてね。
何を持ってきたんだろうとは思ったんですが、また遊びに来ているのを見るのが嬉しくてねぇ。
私の神社の縁側に包みを置いて、しばらく走り回って遊んでいたんですが。
遊びつかれたんでしょうね。
包みをとりに来た後、正面に回って、暫く休ませて下さいってお参りして。
それからまた縁側のほうに回って、二人で仲良く腰掛けて。
嬉しそうに包みを開いたんですよ。
中に包まれてたのは、あんころ餅が二つでしてね。
あのー、アンコでもち米を練ったヤツを包んだやつなんですが。
あれ場所によってはぼた餅とかおはぎとか、正確にはどうだとかあるらしいんですけど。
私のところでは全部あんころ餅っていってましてねぇ。
まあ、そんなことはどうでもいいんですけど。
それを見たとき、なんか妙に感動しちゃいましてね。
ああ、この土地でも砂糖を使ったものが作れるようになったんだなぁ、って。
それが、こんな小さな子たちにも食べられるようになったんだなぁ、って。
砂糖なんて取れる土地じゃありませんでしたから、何処かと取引したんでしょうけれどね。
それが嬉しくてねぇ。
それで、二人がそのあんころ餅を食べようと、手に取ろうとしたときなんですけど。
妹さんのほうが、それを落としちゃいましてね。
かわいそうに、あ、って言って。
泣きそうになってましてねぇ。
そうしたら、お姉さんのほうが、自分のあんころ餅を半分に分けて、妹さんに上げたんですよ。
そしたら、すぐに笑顔に戻りましてね。
落ちたあんころ餅は笹の葉っぱの上に戻して、二人で一個のあんころ餅を分けて食べ始めたんですよ。
いやぁ、すごく嬉しそうに食べてましてねぇ。
なんか、見てるこっちまで嬉しくなっちゃって。
ほんとに、おいしそうに食べるんですよ。
食べ終わった後、二人してまた走り出しましてね。
竹の葉っぱを置いたままでどこに行くのかな、と思っていたんですけど。
近くにある木の、大きな葉っぱをとってきたんですよ。
そして、社の前に来て、その上に落としたあんころ餅をお供えしましてね。
こういうんですよ。
神様、いつも遊ばせていただいているお礼です、って。
落としちゃったおかしでごめんなさい、って。
私の村……私のいた村はね?
はじめは、とっても貧しかったんですよ。
その日は雨で地面がぬかるんでたんですけど。
そこに落としたものでも、拾って食べなくちゃいけないぐらい。
でもね。
その頃にはもう、そうしなくていいぐらい、村に食べ物があったんですよ。
あんころ餅をお菓子として食べられるぐらい。
落としたら食べなくてもいいぐらいに。
それが嬉しくてねぇ。
まして、ましてですよ?
それを、私にお供えしてくれたんですよ。
ごめんなさいなんて、謝ってくれて。
謝りたいのはこっちのほうだったんですけどね。
頼りない神様ですみません、って。
実際、私の力が強ければ、もっと沢山おいしいもの、食べさせて上げられてたんでしょうけど。
それでも、村の人たちががんばったおかげで、あんころ餅が食べられるようになって。
私にお供えまでしてくれて。
申し訳なくて、情けなくてねぇ。
二人が帰って言った後、神社の縁の下をねぐらにしてるキツネが出てきましてね。
いろいろあって、そこに住み着いた妖怪狐だったんですけど。
そいつ、そのあんころ餅にいきなり食いつきましてね。
当時俺はまだものを食べたり出来るほど力が強くなかったんで、お供え物は大体そいつが食べてたんですよ。
そいつ、都とかで悪さしてただけあって、いろいろなお菓子とかも食べてるようなやつだったんですけどね?
うまいうまいって言って食べるんですよ。
田舎の、ほんとにド田舎の、私のいた村で作ったあんころ餅をですよ?
あまい、うまいっていって食べるんですよ。
それから、一年ぐらい過ぎてからですかねぇ。
また、その姉妹が竹の葉の包みを持って遊びに来ましてね。
縁側に包みを置いて、しばらく遊んで。
二人並んで座って、包みを開けたんですよ。
そしたら、あんころ餅が三つ積んでありましてね。
どうしてだろうと思ってたら、あんころ餅の一つを、私にお供えしてくれたんですよ。
今年は、落としてないあんころ餅をお供えします、って。
もう、なんていうか。
嬉しいより何より、なんか泣けてきちゃいましてね。
手を合わせてくれるだけでも有り難いのに。
あんころ餅ですよ?
当時の砂糖なんて、物凄く貴重品なんですから。
それをお供えしてくれて。
私なんて、何の役にも立ってないのにねぇ。
二人が帰った後、またキツネが縁の下からはいずり出てきましてね。
あんころ餅を食べて、ああ、やっぱり落としてないほうがうまいな、って。
そりゃそうですよねぇ?
泥だらけのあんころ餅よりも、うまいに決まってるじゃないですか。
それを聞いて笑ってたら、キツネの奴、私の顔を見てえらく驚いた様子になりましてねぇ。
おまえ、なんて顔してるんだ、おもしれぇって。
げらげら笑って。
どんな顔してたんですかねぇ、私。
後で聞いても、教えてくれなかったんですけどね、キツネの奴」
そこまで話し終えると、赤鞘は苦笑混じりに「たいした話ではなかったでしょう?」とエルトヴァエルに尋ねた。
エルトヴァエルは何と言っていいかわからず、ただ首を横に振る。
「まあ、その後は村は喰うに困らない、少しは余裕のある生活が出来るようになって。私も少しはまともな土地の管理が出来るようになりましてね」
結局廃村になっちゃったんですが。
そういって、赤鞘は頭をかいた。
赤鞘にとっては、廃村になったことはあまり重要なことではなかったらしい。
食べるに困ってや、伝染病で人がいなくなった訳ではなく、ただ過疎化が進んだからというのが理由だからだろう。
「いいキツネさんだったんですね」
エルトヴァエルの言葉に、赤鞘は顔をこわばらせた。
大きく首をかしげると、顔をしかめて言う。
「いいえ。あいつはただの性悪でしたよ?」
その言葉に、エルトヴァエルは思わず笑ってしまった。
まるで悪友の事をよく言われて、首をかしげているように見えたからだ。
気の置けない、心を許した友人だから悪口を言う。
そういう関係も世の中にはあるのだ。
赤鞘とそのキツネは、恐らくそういう関係なのだろう。
そう、エルトヴァエルは思った。
「かえってきたー!」
「おかええいー!」
二人の耳に、聞き馴染んだ声が入ってきた。
樹木の精霊達の声だ。
いつの間にか、土地の真ん中まで歩いてきていたらしい。
赤鞘は笑顔で両腕を振り、エルトヴァエルもそれに習う。
はしゃぎまくる精霊達の声は、暫くの間見直された土地に響いていた。
三十九度位熱が出て寝込んだんですが、インフルエンザじゃないそうです。
でも怖いから会社くんなって言われました。
私でもそういいますわ。
この時期にインフルマンエンとか死亡フラグですよ。
珍しく一話丸まる赤鞘です。
脇役のクセに生意気な。
活動報告にコレとリンクしたものを載せてます。
宜しければご一緒にどーぞ。
さて次回。
エルトヴァエルから貰った資料を片手に、水彦の初めてのお使いが始まります。
向かうのは金物屋や等。
木漏れ日亭のアニスちゃんも登場します。
え?
覚えてないって?
作者がいじめられるキャラ人に定めていますから、今のうちに思い出してください。
思い出せない人は二十九話までリターンだ!
次回「初めてのおつかい と へんなやつに気に入られる店」
どうぞお楽しみに。