表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/193

四十五話 「ただの休暇だ。アインファーブルは美味い物が多いからな」

 シェルブレンが攻撃を受け、篭手を装備するまでにかかった時間が5秒弱。

 迷彩色の衣装を纏った隠密二人が飛び出してきたのは、それとほぼ同時だった。

 近くの茂みから出てきてはいたが、ずっとそこに居たわけでは無いだろう。

 恐らく、ある程度離れた位置で待機していたはずだ。

 でなければ、シェルブレンに感知され奇襲そのものが失敗していただろう。

 それなりに離れていただろう距離をこれだけの速さで縮めるその身体能力は、目を見張る物がある。

 左右から現れた隠密の片割れは、そのまま地面を蹴り宙高く舞い上がった。

 魔法を使った様子は無く、己の脚力だけに頼ったであろうそれは、優に5mは超えている。

 もう一方の隠密はすぐに足を止め、懐から数枚の紙を取り出した。

 軍に所属するシェルブレンは、ステングレアの魔法についても知識があった。

 紙を見た瞬間、反射的に腕を伸ばしかけるシェルブレン。

 だが、頭上から聞こえたかすかな紙の擦れる音に、顔を跳ね上げた。

 宙にいる隠密が、陣の書かれた紙を広げ、今まさに発動する瞬間だ。

 今から隠密を攻撃しても、魔法は発動する。

 シェルブレンが選んだのは、防御だった。

 広げた掌をうえに突き出し、魔力を込める。

 すぐに展開されたのは、若干の透過性を持つ、光の盾だった。

 円形で、丁度シェルブレンの身体を覆い隠すサイズの盾が展開するのとほぼ同時に、隠密の魔法が発動する。

 人の腕ほどの大きさがある円錐形の氷の塊が、無数に地面に向かって降り注いだのだ。

「ちっ……」

 短く舌打ちをして、顔をしかめるシェルブレン。


 ゴン


 シェルブレンの盾に氷の塊がぶち当たり、まるで岩に岩を叩きつけた様な音が響く。

 数キロにもなる重さに、魔法による発射速度と、自由落下による加速。

 その破壊力は、砲弾にも引けをとらない。

 何より、先の尖ったその形状が厄介だ。

 硬く凍った氷は、時に鉄板も貫くことがある。

 ツララのような形状の氷の塊が盾を叩き、周りの地面を蹂躙していく。

 盾を貫くことこそ無いものの、それでも衝撃は尋常ではない。

 宙で魔法を放った隠密は、懐から一枚の紙を取り出し、それを口に咥えた。

 それと同時に魔法を発動させると、隠密の足の裏が淡く輝きだす。

 すると、落下が始まっていたはずの隠密の身体がぴたりと止まり、何も無い空中ですっくりと立ち上がった。

 そしてそのまま何も無いはずの空中を踏みしめ、走り出したのだ。

「空中を歩行する魔法か。小器用な」

 シェルブレンは思わず顔をしかめ、つぶやいた。

 この手の魔法は、その性質上ステングレアでは上位の魔法として扱われているはずだ。

 それを事も無げに実践で使うとなると、相手は相当の術者であると考えなければならない。

 もう一方の隠密はどうなのか。

 盾を支えながら、シェルブレンは横目でもう一人のほうへと視線を向けた。

 氷の魔法の範囲内には入っていないはずだが、すぐそこまで来ていたのには違いない。

 シェルブレンの目に映ったのは、同じく口に紙を咥え、地面に沈んでいく隠密の姿だった。

 ずぶずぶとゆっくり沈んでいくのではない。

 まるで水に飛び込んだかのように、するりと地面に潜り込んで行くのだ。

「今度はそっちかっ!」

 盾を上に向けたまま、シェルブレンは横っ飛びに飛びのいた。

 案の定、先ほどまで自分が居たはずの地面が隆起し、爆発する。

 ドン、という地響きのような音と共に土くれや石が四散し、盾に激突しても欠けもしなかった強固な氷の塊が砕け散る。

 シェルブレンはたたらを踏みながらも、何とか体勢を崩さず立っている事に成功した。

 転ぶなりして盾を支えられなくなれば、生身で氷の塊を受けることになる。

 上空を見上げれば、隠密の一人が宙を走りながら陣の書かれた紙を発動させていた。

 どうやら発動させたまま宙を駆けているらしい。

 にらみつけながら眉間に眉を寄せるシェルブレンだったが、足元から感じる違和感にその場を飛びのく。

 刹那、その場所が地面の中から吹き飛んだ。

 衝撃波と土くれが飛び、顔を庇ったシェルブレンの腕や身体を叩く。

 バックステップで何とか身体を立て直しながら、シェルブレンは空いた手で真横にも盾を展開する。

 真横から強い殺気を感じたからだ。

 案の定、作り出された直後、盾は高速で飛来しする複数の石つぶてに晒されることになった。

 まるで散弾銃を連射しているようなその攻撃は、三人目の隠密による物だ。

 上を気にすれば地面が爆発し、足元を気にすれば真横から攻撃される。

 真横からの攻撃を気にすれば、頭上と足元からの攻撃に。

 まさに四方八方からの攻撃だ。

「ちっ!」

 いらだった様子で舌打ちをするシェルブレン。

 防ぎ、避けながらも、周りを見渡し、突破口を探す。

 何とか活路を見つけようと考えるも、すぐにそれをやめてしまった。

 なにもちまちまやることは無いのだと思い直したのだ。

 履いている靴に魔力を流し込み、仕込んである魔法を発動させる。

 シェルブレンの足元が爆発し、その身体が一気に後ろへと吹っ飛んだ。

 攻撃を受けたわけではない。

 爆発の反動で移動する魔法が発動したのだ。

 突然高速でその位置を変えたシェルブレンに、横からと地面からの攻撃は対応できない。

 上から降り注ぐ氷の塊は相変わらずだが、シェルブレンはそれにもかまわず両手の防御魔法を解いた。

 そのまま腕を頭の上に持ち上げ、魔法を発動して両手を組む。

 キーンという金属音のような物が響き渡り、こてに刻まれた模様が激しく発光した。

 ステングレアの魔法と違い、メテルマギトの魔法はただ発動するだけで光を発する。

 この光はそれにより魔力が減算する事の無い、ただ奇跡が起きていることを示す光だ。

 シェルブレンが両手を組むと、その頭上の空間がぐにゃりと揺らぐ。

 発動した魔法は「空気を掴む」と言うものと、「身体強化」だった。

「エリアルハンマー」

 小さくつぶやき、シェルブレンは渾身の力を込めて腕を振り下ろす。

 身体強化魔法により体力と瞬発力を倍加させたシェルブレンの腕は、音速を超えて振る下ろされていた。

 掴んでいた数m四方の空気はまさに音の壁となって、地面に叩き付けられる。

 その後起こるのは、当然大爆発だ。


 ドゴン!!


 地面が揺れ、木が揺れ、空気が激しく振動する。

 舞い上がった土煙は視界を奪い、土くれや石、木片に、地面に突き刺さっていた氷の塊が四方八方へと砲弾の様に散らばった。

 上空に居た隠密は爆風と瓦礫の束をもろに喰らい、きりもみしながら吹き飛んでいく。

 地面に潜っていた隠密も、草むらに隠れていた三人目もほぼ同様だ。

 抉られた土に紛れて地表へと掘り起こされた隠密が咥えていた紙が、突然激しい光と炎を発して燃え上がった。

 衝撃に集中力が切れ、陣に負荷がかかって燃え上がったのだ。

 地面を転がりながらも、何とか体勢を整えようと手足を突っ張る隠密。

 だが、その身体は予期せぬものにつかまれ急停止した。

 土煙に紛れて接近したシェルブレンが、その頭を鷲づかみにしたのだ。

「ぶっ! ぐっ!」

 僅かにうめくような声が聞こえたものの、シェンブレンは意に介さない。

 そのまま隠密の身体を片手て持ち上げると、ある方向へ向けて無造作に放り投げた。

 十数mをほぼ地面と水平に飛ぶ隠密の身体。

 その直線上には、石を打ち出す魔法を使っていた、三人目の隠密の姿があった。

 爆風にあおられまだ立ち上がれていないそこに、投げつけられた隠密の身体が叩き付けられる。

 流石にこれは効いたらしい。

 隠密達はがっくりとうな垂れ、気を失ったようだ。

「とりあえず、三人」

 シェルブレンは身体についた土を払い、コクリと首を鳴らした。

 ステングレアの隠密が、たった三人で仕掛けてくるとも思えない。

 何より、あの白装束がまだ現れていないのが気になった。

 まだもうもうと土煙が上がる中、周りに気を配るシェルブレン。

 すると、丁度目の前の方向から何かが近付いてくるのを感じ取れた。

 目を凝らせば、木を避け、草を踏み、笠を被った白装束の男が歩いてくるのが見える。

 シェルブレンは一つため息をつくと、居住まいを正した。

「“鋼鉄の”シェルブレン殿とお見受けするが、如何か?」

 白装束の男は僅かに笠を持ち上げ、シェルブレンを見据えながら、そういう。

 シェルブレンはその質問には答えず、言葉を返す。

「“紙屑の”紙雪斎。こんな場所で会うとは思わなかったがな」

 紙雪斎はにやりと笑うと、錫杖をゆっくりと地面に下ろした。


 先ほどシェルブレンが片付けた三人は、隠密の中でもそれなりの腕の者だった。

 それぞれ得手であり奥の手である魔術を惜しげもなく出したのだが、どうやら相手が悪かったらしい。

 まず、氷を降らせる魔法だが、あれは本来数ミリの鉄板も貫く攻撃魔法だ。

 並みの防御など話にもならずズタズタに引き裂いてのける。

 地面からの爆撃は、その性質上避けるのが困難だ。

 地中に居る相手の位置がわかるのでなければ、ほぼ回避は不可能だろう。

 横合いからの石の攻撃も、単純ではあるが範囲も威力も尋常ではない。

 一撃で家を瓦礫に変えるものを、連射しているのだから。

 名を聞いた質問に対して帰って言葉に、紙雪斎は思わず声を出して笑いそうになった。

 報告書やうわさでは何度もシェルブレンの名を目や耳にしていたが、実際に見たのは随分以前に一度だけだった。

 国同士の会議の場で、護衛として就いていたシェルブレンを、当時まだ駆け出しだった紙雪斎は遠くから眺めていたのだ。

 実際に目の前で言葉を交わしたシェルブレンは、まさにそのときに抱いた印象そのままの男だった。

 兵とは、騎士とはかく有るべしという姿を、そのまま絵にしたような威風堂々たる姿だ。

 そばに立つだけで、言葉を交わすだけで威圧されるような、格の違いを思い知らされるような男だ。

 放つ気配が、尋常のものとはまるで違う。

 そんな男が、自分の名前を知っている。

 それがまた愉快で、紙雪斎は笑いをこらえるのに苦労した。

 紙雪斎は何とか笑いを飲み込み、シェルブレンへと向き直る。

「如何にも。ステングレア王立魔道院筆頭“紙屑の”紙雪斎」

「メテルマギト鉄車輪騎士団団長シェルブレン・グロッソ」

 シェルブレンは「冒険者」で通すのをやめることにしていた。

 どうせばれてしまっているのならば、偽装は意味は無い。

 魔法を組み込んだ篭手を使ってしまった以上、メテルマギトと無関係を装うことは不可能だ。

「まさかこのような場所で“鋼鉄の”シェルブレン殿とお会いできるとは思いませなんだ。何故貴方のような立場の方が一人で此処へ御出でに成られたのか」

「ただの休暇だ。アインファーブルは美味い物が多いからな。お前達のほうがあの街は詳しいだろう?」

「つい先だって彼の土地の近くで騒ぎを起こし、今またこうして彼の土地に近いこの場所に居る。この二つ、無関係とは思えませぬな」

「それはお前等の勝手だ。実際、俺はお前らが不審に思う様な事はしていない筈だが?」

 実際、その通りだった。

 隠密達がシェルブレンを補足してからずっとその行動を監視している物の、見放された土地にいくようなそぶりも、調べるような事もしていない。

「そもそも、メテルマギトは見放された土地に触れぬと言う意見には同意しているが、それをステングレアが監視する事については認めていない。それは罪人の役目ではないはずだ、とな」

 ステングレアが見放された土地の周りに人を配し、その土地に侵入する者を排除しているのは、世界的にも有名だ。

 ただ、世界中の国がその行動を支持しているかといえば、必ずしもそうではない。

 シェルブレンが言ったように、見放された土地が封印される原因を作ったステングレアがそこを守ろうとするのを、良しとしない国も存在する。

 事実上黙認はしている物の、メテルマギトは公にはステングレアの行為を非難する立場をとっていた。

「然り。それは全くその通り。メテルマギトは我らの行動を認めず、意に介さぬとしておりますな。されど、また我らもそれらの意見を聞きいれず、只管にかの地と、神々の怒りに触れる行為の排除に努める事として居りますれば。是が非でも此処に来た理由をお話頂く」

「力ずくでも、か」

「全く、その通り」

 シェルブレンの目が、すっと細められる。

 紙雪斎の口の端が釣りあがる。

「まあ、それもそうだな。当たり前か。意見の違う国同士のやり方など、たかが知れているな」

「全く持ってその通り。おかげでこうして勝てぬ相手に挑まねばなりませなんだ」

 口ではそういいながらも、紙雪斎の顔は笑顔の形になっていた。

 紙雪斎は、魔術師としては珍しい性の男だった。

 力量のある相手と戦うのを楽しむという、癖のようなものを持っているのだ。

 シェルブレンはまさしく強敵。

 文句の付けようの無い、この世界における最高峰の一人だ。

 その相手と戦える。

 それも、敬愛して止まない国王陛下の命を受けて。

 例え勝てなくとも、これは紙雪斎にとってとてもとても大きな意味があることだ。

 命を懸けるに、十二分に値する。

 紙雪斎は懐に手を入れると、一掴みの紙束を引き抜いた。

 刻まれた陣に魔力が流し込まれ、僅かの光も熱も発さず魔法が発動する。

 それは、機械の様に完璧で完全な魔力制御の元、魔法が行使されたことを意味していた。

 ステングレアの魔法使いが目指す姿であり、けして届かないとされる姿だ。

 少しでも「紙陣魔法」という物を知っている物が見れば、それが素晴らしいを通り越し、もはや異常であるとわかるだろう。

 実際、さほど詳しいわけではないシェルブレンの目から見ても、それは異様であり、何か別の形式の魔法の使用を疑うような光景だった。

「残念ながら大半の秘術は準備が整いませなんだが、今振るえるすべての技を持ってお相手いたす」

 紙雪斎が手に持った紙束、その一枚一枚が勝手に丸まりだすと、その形状を円錐状に変えていく。

 ただ紙を丸めただけのそれではあるが、紙雪斎の手の中にある紙と成れば、それだけで危険物といえるだろう。

 紙雪斎は幾つもの紙の円錐を指の間に挟み、片手に持った錫杖をシェルブレンへと向ける。

「生憎、俺も持ってきているのは両手の篭手だけでな。勝てぬまでも、まあ逃げ帰るぐらいはさせて貰おう」

 いいながら、シェルブレンは片掌を紙雪斎へ向けた。

 魔法の発射口を向けるこの行為は、メテルマギトにおいては抜刀や銃口を向けるのと同じ意味を持つ。

 二人が言うように、実際お互いに万全の体勢ではなかった。

 紙雪斎が遺憾なく戦う為には紙が少なすぎ、シェルブレンが全力を出すにはあまりにも装備が少ない。

 とはいえ今の状態であっても、二人とも一人で百以上の数を相手取って戦うだけの戦力を持ち合わせていた。

 そんな二人がにらみ合っているこの状況は、小国同士の戦争のような物だ。

 紙雪斎はゆっくりと足を動かすと、小さく声を発する。

 シェルブレンも、僅かな言葉でそれに応える。

「いざ」

「応」




 紙雪斎の手から放たれた紙は、まるで弾丸の様に鋭くシェルブレンの身体へ向かって飛んだ。

 その形状は、丁度クレープなどの包み紙の様になっている。

 だが、そこに包まれているのは甘い菓子ではなく、小さな紙片だった。

 紙吹雪の様に紙を撒き散らしながら飛来するそれを見て、シェルブレンは内心大いに焦っていた。

 紙雪斎の“紙屑の”という二つ名は、その魔力制御の尋常ではないうまさを示す物だった。

 ステングレアの「紙陣魔法」は、熱や光を発する関係上、紙は大きく、陣を描く線は太いほうが発動は容易になる。

 描かれた線が熱を発し、光を放つので、逃げる範囲が大きければ大きいほど誤差を許容できる範囲が広がるからだ。

 しかし、紙雪斎の魔力制御の腕は、尋常ではなかった。

 普通であれば30×30cm程度のサイズが必要なところを、紙雪斎は1×1cmの紙で魔法を発動させるのだ。

 それも、殆ど熱や光を発せさせることなく。

 屑のような紙からも魔法を発生させる力量を持つ。

 “紙屑の”とはつまり、そういう意味を持つ名前なのだ。

 今。紙雪斎が撒いている紙吹雪は、ただの紙吹雪ではない。

 一つ一つが武器であり、一つ一つが脅威なのだ。

 勿論、シェルブレンに向かって投擲された、紙吹雪を包んだ紙それ自体も危険だ。

 シェルブレンは防御ではなく、回避を選択した。

 横っ飛びに飛びのき、少しでも紙と距離をとろうと足を動かす。

 紙吹雪を包んでいた紙はシェルブレンが居たはずの位置に達すると、派手な音を上げて爆発した。

 ただそれは、人を傷つけるほど威力のあるものではなかった。

 精々がクラッカー程度といったところだろう。

 だが、本命はそこではなかったのだろう。

 爆風にあおられ、中に入っていた紙吹雪が一気に周囲に撒き散らされた。

 そのどれにも、精密に陣が書き込まれている。

 紙雪斎は錫杖を持ち上げると、大きくそれを地面に突きつけた。


 シャン


 鈴のような金属音と同時に、小さな紙片の間を眩い光が駆け抜ける。

 刹那、紙片一つ一つが、紫電を発し始めた。

 バリバリと雷の直撃のような轟音を響かせ、強圧の電気になぶられた空気がはじける。

 それは、かろうじて紙吹雪の外に逃げ出していたシェルブレンの身体を吹き飛ばすのに、余りある物だった。

 シェルブレンの身体は、まるでおもちゃの様に中空に投げ出される。

 紙雪斎が放った紙片には、全てに雷撃の魔法が刻まれていた。

 一つで牛を感電死しさせるほどの威力のある飛び道具系のそれを、紙雪斎は一度に数百個行使したのだ。

 その破壊力たるや、直撃すれば竜さえ無事ではすまない物だった。

 そんな一撃必殺の魔法を避けられたにも拘らず、紙雪斎の表情は晴れやかな笑顔だった。

「やはり避けられるか! されど!!」

 言うや、紙雪斎は地面を転がるシェルブレンへと走り出す。

 元々、紙雪斎は身体能力の優れる狼人族だ。

 爆風に弄られたシェルブレンにほんの数瞬で追いついてみせた。

 紙雪斎は懐から引き抜いた一枚の紙を錫杖に巻きつけると、魔力を通し魔法を発動させる。

 瞬間、金属で出来た遊環と呼ばれる金属の環に高電圧の電気が流れ、バチバチと異音を上げた。

 触れればそれだけで人の命を奪うであろうそれを振り上げ、跳躍する紙雪斎。

「ちぇぇぇえええすとぉっ!!!」

 気合一声。

 渾身の力と魔法を込めて振り下ろされた錫杖の先に居るのは、地面を転がるシェルブレンだ。

 いまさら動いたところで、回避は間に合わない。

 かといって、防御は意味が無いだろう。

 なにせ、錫杖は雷を纏っているのだ。

 スタンガンに対してガードが意味を成さないように、この一撃にも防御は無意味だ。

 例え防御魔法を展開したとしても、雷はそれを回り込みシェルブレンの身体を貫く。

 痛打を確信した紙雪斎だったが、しかし。

 振り下ろされた錫杖は、シェルブレンの手によってがっちりと掴まれた。

「馬鹿なっ!」

 思わず驚きの声を上げる紙雪斎。

 それは仕方ないだろう。

 雷を帯びた錫杖だ、幾らそのものによる打撃を止めたとしても、電流によるダメージは無視できない。

 むしろ、そちらがメインのダメージソースでもあるのだ。

 シェルブレンがそんなこともわからないはずが無い。

「シィッ……!」

 シェルブレンの口から、僅かな呼気が漏れた。

 鉄製の篭手から煙が上がり、火花が飛ぶ。

 頬はびくびくと引きつり、身体に電流が流れていることを証明していた。

 それでも、シェルブレンは錫杖を掴んだ手を離さない。

 身体を痙攣させ、火花が上がる。

 シェルブレンはまるでそれを無視するように紙雪斎を睨み付け、ゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。

「くっ!」

 背中につめたいものが走るのを感じ、紙雪斎はシェルブレンを振り解こうと錫杖を持つ手に力を込めた。

 狼人族は優れた身体能力を持っている種族だ。

 紙雪斎自身、片手であっても人一人を軽く掴み上げる腕力を有している。

 だが、振り払うどころか、錫杖は全く動かすことすら出来なかった。

 シェルブレンが掴んでいるだけのはずなのに、まるで地面に深く突き刺さったかのように、全く微動だにしないのだ。

 紙雪斎が目を丸くしているその間に、シェルブレンは大きく腕を後ろに引き絞っていた。

 硬く握りこまれたその拳から、その意図は明らかだ。

 思い切り振りかぶり、思い切り殴りつける。

 ただでさえ強靭な肉体を持つエルフが、魔法による補助を受けて拳を繰り出そうというのだ。

 その破壊力は、計り知れない。

 それに加え、今シェルブレンの身体は感電状態だ。

 このまま殴りつけられれば、紙雪斎まで感電することになる。

「ならばっ!」

 紙雪斎は懐から紙を取り出すと、一枚を口に咥え、一枚を錫杖に巻き付けた。

 雷の魔法を解くと同時に、新たに巻き付けた紙に刻んだ魔法を発動する。

「これでどうだっ!!」

 次の瞬間錫杖から放たれたのは、強力な衝撃波だった。

 物理衝撃を伴った音が周囲に撒き散らされ、木々を揺らし地面を抉る。

 錫杖を掴む篭手は悲鳴染みた軋みを上げ、いくつかのパーツが弾ける様に吹き飛んだ。

 シェルブレンは大きく目を見開き、ギリギリと歯を食いしばる。

 それでも、錫杖を掴んだ手は微動だにしなかった。

 そして、硬く握りこまれた拳が解けることも無かった。

 苦悶に表情が歪むシェルブレン。

 だが、無理矢理その口の端を吊り上げ、笑ってみせる。

「どうもせんな」

 そうつぶやくのと同時に、シェルブレンは拳を振りぬいた。




 強化魔法によって速度を引き上げられたその拳は、音速に達していた。

 紙雪斎の身体に触れた瞬間、まるで爆弾が爆発したような衝撃と爆風が巻き起こり、あたり一面を蹂躙した。

 拳は紙雪斎が咥え発動させていた防御魔法を無理矢理突き破り、その身体を穿っていた。

 それはまさに、「穿つ」という言葉が当てはまるような有様だ。

 何せ紙雪斎の身体は腹から背中にかけて大きく抉れ、風穴が開いていたのだから。

 音の壁を突き破ったシェルブレンの拳は、それにより大きな衝撃波と爆風を引き起こしていた。

 あたりの木々がなぎ倒され、二人が居た場所には小さなクレーターが出来上がっている。

 そのクレーターの中央。

 そこには今、腹に穴を開けた紙雪斎が片膝をついていた。

 口の端や傷口からは大量の蒸気のような煙が上がり、こうしている間にも徐々に身体を貫通する穴が塞がって行っていた。

 その気になればもっと早く回復させられるのだが、紙雪斎はそれをしないで居た。

「……やはり逃げられたか」

 そうつぶやくと、ツバを掴み笠を直す。

 周囲には、既にシェルブレンの気配は無かった。

 爆発に紛れ、立ち去ったようだ。

 見放された土地に近付いている、ということは無いだろう。

 シェルブレンが装備していた篭手は、残骸になってあたりに散らばっている。

 戦士である以上、武器も無しに危険な場所に近付くことは無いだろう。

「だが、これで余計に分からなくなったな」

 紙雪斎はゆっくりと立ち上がると、手にした錫杖で地面に転がる篭手のパーツをつついた。

 シェルブレンは尋常ならざる魔力と、クマをくびり殺すほどの腕力を持つ男だ。

 それがなぜ、こんな一般兵が装備するような武装でこんな場所に来ていたのか。

 紙雪斎には全く意味が分からなかった。

 とはいえ、紙雪斎は元々情報分析や判断の得意な男ではなかった。

 戦いに関してや隠密技術については右に出る者の居ない男だったが、政治や情報には専門ではなかったのだ。

 勿論出来なくはないのだが、彼はこれでもかなり高い地位に居る。

 一つの判断ミスが、数百人、数千人の命にかかわるのだ。

 今回のようなケースでは、無理に考えず専門の者に任せることが最良の方策だろう。

「メテルマギト。一体何を考えて居るのだ」

 穴の塞がった腹を撫で、紙雪斎は表情を険しくしながら、そうつぶやいた。




 唯一無事だった靴に仕込んだ魔法を行使しながら、シェルブレンは祖国へと向かい走っていた。

 高速移動用のそれは、足元で爆発を起こして推進力を増すという、扱いの難しい物だった。

 シェルブレンは無傷の両手に視線を落とし、忌々しげに舌打ちをする。

 休暇であっても持ち出せる護身用の武器だったが、それでもあれは特注して作らせたものだった。

 強度に難があったものの使い勝手がよく、かなり気に入っていたのだが。

 やはり紙雪斎相手には、使い物にならなかったようだ。

 幸いだったのは、紙雪斎も準備が整っていなかったことだろう。

 彼はその尋常ならざる魔法の上手さから、ほぼ専用の陣を描いた紙を用意しなければ全力を出し切れないのだ。

 恐らく紙片に陣を書き込んだ紙吹雪も、あれ以上は用意していなかっただろう。

 そういった意味では、準備不足に助けられたに過ぎない。

「やはり危険だな、あの男は。まともにやりあうには、フル装備で無ければ駄目か」

 今回は戦車は疎か、鎧さえ用意していなかった。

 シェルブレンのような戦士にとって、それは戦力の大半を欠いた状態を意味している。

 具体的な数字で言うならば、今回は本来の戦力の一割も無かっただろう。

 攻撃力に関しては、それ以下だ。

 相手もほぼ同じ条件ではあったが、それでも殺しきるには火力が足りなかったし、相手の攻撃に対しては防御力が足りなかった。

 もっとも、本当に休暇中の遭遇であったわけだから、武器が有っただけまだよかったと考えるべきなのだろうが。

「しかし、なんだったんだあれは」

 シェルブレンが言ったのは、ステングレアの隠密達と紙雪斎のことだ。

 何故アレほど強い警戒態勢をとっていたのか、理由が分からなかったのだ。

 自分があの場所に行くという情報が入っていたのだとすれば、それは納得がいくかもしれない。

 まだまだ精進が足りないと自分では思っているシェルブレンだが、それでも自分が居る騎士団がメテルマギトの持つ戦力としてそれなりのものだと自負している。

 だが、紙雪斎の言い回しから推測するに、警戒しているところに自分が飛び込んだ、というのが実際のところらしい。

 であるならば、何故そこまで警戒をしていたのか。

 メテルマギトがアグニー狩りを行い、それに伴う影響を気にしてだろうか。

 それにしてはあまりにも警戒態勢が大げさすぎる。

 もっと切迫した、焦らなければならないような状況に置かれているような気配を感じた。

 それはメテルマギトが引き起こした状況なのか。

 はたまた、全く違う第三国の干渉による物なのか。

 いずれにしても、その理由は調べなければならないだろう。

「ステングレアか。何を隠しているのだかな」

 変わらず走り続けながらも、シェルブレンはステングレアの思惑を探ろうと、思考をめぐらせ続けた。

眠くなりすぎるとふらっふらして気持ち悪くなる事ってありません?

今まさにそんな状態の作者です。

どうでもいいですね。


戦闘シーンをもっと書きたかったんですが、なっがくなりそうなのでぶった切りました。

そのうちもっと濃いい戦闘描写入れてやるんだ・・・。


さて、次回ですが。

赤鞘がアグニー達の村から樹木達の所に戻りつつ、地球時代の事を振り返ります。

どうも忘れられないエピソードがあるようで、それをぽつりぽつりとエルトヴァエルと土彦にかたって聞かせるようです。

さらっとそれに触れたものを勢いで活動報告に書いてみました。

次回の内容を見ると、書かれている内容が理解できる感じです。


次回「あんころもち」

どうぞご期待ください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ