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四十三話 「折角のお誘いだ、一つ乗ってみることにしよう」

 ギルドがアインファーブルのような街を作ることを許されている理由は、大きく分けて二つある。

 一つは、ギルドが、魔力の元になる魔石を手に入れるためだ。

 魔石を持つ魔獣や魔物と呼ばれる生物は、人が住む地域から離れた場所、ダンジョンや魔境と呼ばれるような場所に多く生息していた。

 正確にはそれは逆で、人間が魔獣の生息域を避けて国や街を作っているのだ。

 誰も好き好んで、コルテセッカやハガネオオカミなどが闊歩する領域に国や街を造ろうと思わないだろう。

 となれば、当然大きな街や国は、そういった場所から遠い場所に出来ることになる。

 冒険者や狩人と呼ばれる者達は、わざわざ何日もかけてそういう場所に赴かなければならなくなる訳だ。

 それでは効率も悪く、何よりも危険が伴うことになる。

 そこでギルドは、あえてどこの国も避けるダンジョンや魔境の近くに、冒険者の為の街を作ったのだ。

 人間が生活するための街ではなく、冒険者が魔獣を倒すのを支援する為だけの街。

 通常であれば、そのような危険地帯に街を作ろうとした場合、多くの防衛兵力が必要になる。

 そういった人員を育成、維持することを考えれば、そこに普通の街を作る価値は全くと言ってないだろう。

 だが、ギルドが作る街の場合は、全く事情が変わってくる。

 そこで生活するものの多くは冒険者や狩人であり、襲ってくる魔獣や魔物は「生活の糧」なのだ。

 常識であれば厄介事でしかない魔獣の襲来は、「カモがネギを背負って歩いている」状態へと変化する。

 街を管理する者は、対魔獣防衛兵力を殆ど用意しなくていいのだ。

 なにせ、そこに住む者達が嬉々として倒してくれるのだから。

 普通の国でも、これと同じことができるかと言えば、それは不可能だと言わざるを得ない。

 なぜなら、魔獣を狩り、魔石を手に入れたとしても、それを使うすべがないからだ。

 魔石の魔力を使用できる状態へ効率よく加工する技術は、今のところギルドだけが所持している。

 例えどんなに魔石があろうと、それを加工する技術が無ければ宝の持ち腐れだ。

 折角苦労して魔石を用意しても、加工賃をとられるのであれば意味が無い。

 ましてその加工は、ギルドしか出来ない。

 つまり、加工賃はギルドの言い値になってしまうのだ。

 下手に安くしろと脅しでもかけようものなら、エネルギー供給をストップされかねない。

 そうなれば、個人レベルで使用する魔法はともかく、大型の魔法兵器は使用できなくなる。

 強力な武器が使えなくなると言うことはつまり、国家としての存続が危うくなると言うことだ。

 そんな危険を冒そうと思う国は、まず無いだろう。

 だからこそ、ギルドがそこに所属する冒険者達を保護するために街を作るという行為を、黙認せざるを得ないのだ。


 そして、もう一つの理由。

 魔獣たちに対する、防波堤としての役割だ。

 魔獣や魔物は生物である以上、常に移動し生息域を広げようとする。

 常に新天地を求め、移動しようとするのだ。

 それは、離れた場所に暮らしているはずの魔獣と人間が接触する恐れがあることを意味している。

 態々離れて作った街の近くまで、魔獣が住み着くようになったらどうなるだろう。

 魔獣そのものによる被害だけではなく、魔獣を恐れて住民が離れていく恐れまで出てくる。

 人は、恐ろしいものの近くに暮らして居たいと思う生き物ではないのだ。

 そうならないために、多くの国では、定期的に魔獣や魔物の討伐隊を編成している。

 絶対数を減らしてしまえば、態々住みやすい場所から人間達の領域へとやってくる個体が減るからだ。

 討伐隊を出撃させるのもタダではない。

 糧秣に武器も必要だし、何より彼らが出ている間、国の防衛が疎かになってしまう。

 将来の憂いを払う為に討伐隊を出撃させたら、その隙を付いて他国に襲われたなどと言うことになったら、笑い話にもならない。

 かといって、何もしなければ魔獣が増えていき、人間の生活域は常に脅かされることになる。

 だがもし、国とダンジョンとの間に、ギルドの街があればどうだろう。

 魔獣から取れる魔石を欲しているギルドは、放って置いても勝手に魔獣を倒してくれる。

 国が何もしなくても、安全圏を確保してくれるのだ。

 そして、ギルドが魔石を安定して得ることは、回りまわって自分たちの国に安定して魔力が売られることへと繋がる。

 国にとってギルドが作る街というのは、魔獣や魔物達に対する防壁であり、エネルギー供給基地なのだ。

 作ることを許可するだけで、防衛戦力とエネルギー供給手段が得られる。

 だが、もしそれを許さずギルドの機嫌を損ねれば、たちまちエネルギー供給は絶たれ、魔獣の脅威に国はさらされる事になる。

 各国はギルドが街を作ることを認めているだけでなく、認めざるを得ないのだ。


 だが、その為ギルドは、常に安定して魔力を作り続けなければならなくなっていた。

 少しでも魔力供給が安定しなくなれば、各国は今は凍結させている魔石研究を開始するかもしれない。

 もし多くの国でその技術が確立してしまえば、ギルドはたちまちその存在意義を失うことになる。

 そうならない為には、「自分たちで研究するより、ギルドから買った方が安くて便利で安定している」という状況を維持しなければならない。

 ギルドが作った街には祝日も休日も無い。

 常に稼動し続け、魔獣を狩り、魔力を作り出す必要があるからだ。

 二十四時間三百六十五日動き続け、そうする限り、ギルドは世界中の国々に発言力と影響力を持ち続ける。

 その繁栄の大本となるのが、魔石だ。

 そして、その魔石を命がけで集めるのが、冒険者や狩人達だ。

 金の為、名を上げる為、快楽を得る為。

 様々な理由で魔石や魔獣の素材を集める彼らを、ギルドは手厚く保護している。

 魔石を買い取り金を与え、武器や魔法技術を与え、世界に力を示す場を与え、食べ物や性的欲求のはけ口を用意する。

 冒険者や狩人達はそれに応えるように、甲斐甲斐しくよく働く。

 昼間は魔獣を狩り、夜は武器の整備や装備の点検に回す。

 狩りをしない日は、殆どが新い装備の買出しなどに回されると言う。

 そうするに値するだけのものを、ギルドは彼らに与えているのだ。

 狩りは専ら昼間に行われる。

 それがもっとも安全な時間帯だからだ。

 その為、昼間ギルドの街には殆ど冒険者が居ない。

 居たとしてもそれぞれ、体を休めることや新しい武器の入手などに忙しく動き回っている。

 それでも大多数はダンジョンや魔境に赴いているから、街は実に静かだ。

 眠らない街と呼ばれるギルドの街が一番静かなのは、実は太陽が昇っている間なのだ。




 冒険者に扮してアインファーブルに入ったシェルブレンだったが、ここに来てその偽装が裏目に出ていた。

 アインファーブルはギルド都市と呼ばれるだけあって、冒険者の為の施設が幾つも存在している。

 病院、武器や防具などの店、訓練施設など、そのほかにも様々だ。

 それらを求めてこの街に来る冒険者や狩人も居るほどで、昼間街に居てもそういった場所に足を運んでいれば怪しまれることは無い。

 シェルブレンの予定では、冒険者として見放された土地に関する情報をあつめる事になっていた。

 だが、現状それは出来ない。

 ステングレアの隠密に、監視されているからだ。

 彼らは腹が立つほど優秀だ。

 恐らくシェルブレンがエルフであることにも気が付いているだろう。

 この時期にエルフが見放された土地の情報を求めると言うのは、実に宜しくない。

 見放された土地にアグニー族が逃げ込んだと言う情報もあるからだ。

 シェルブレンが情報屋と接触すれば、隠密達はそこからどんな情報を買ったのか調べ上げるだろう。

 おおよその目的は知られているだろうが、態々目的を明かしてやる必要も無い。

 となれば、情報を買うことはもう出来ない。

 情報の専門家であれば偽の情報を流すなどの策も使えるのだろうが、生憎シェルブレンは生粋の戦闘屋だ。

 そういった戦いは不得手だし、そもそも方法も殆ど思いつかない。

 ならば、取れる方法は一つだ。

 情報を集めることをせず、他の関係の無いことだけをしていること。

 そんなわけで、そこら中の甘いものを食い漁っていたシェルブレンだったが、ずっとそうしているわけにも行かない。

 本人はそれでもいいのだが、日がな一日来る日も来る日もスイーツを食べてばかりいる冒険者と言うのも不自然だ。

 不気味がられたり、変な目で見られるのは気持ちの良い物ではない。

 ならば武器や装備の店などを冷やかしていればそれなりに見えるのだろうが、生憎シェルブレンにはそういうアイディアはわかなかった。

 武器や防具は既に専用のものを持ってきているから、そういった場所に行くという発想が無かったのだ。

 この辺が彼の情報戦の苦手さを物語っているのかもしれない。

 そこでシェルブレンは、森に足を伸ばすことにした。

 アインファーブルの周りの森はダンジョンや魔境と呼ばれる、魔獣が多く闊歩する領域だ。

 冒険者がそこにいるというのは、至極自然なことといえるだろう。

 それに人気がない場所に行けば、シェルブレンを監視している隠密達が何らかの行動に出るかもしれない。

 相手が優秀なせいか、監視されていることはわかるのだが、如何せん居場所がはっきりとしなかった。

 だが、向こうから手を出してくれれば、相手を追い払うことも、捕まえることも可能だ。

 もっとも相手のほうが数が多いだろうから、そこまでは望めないかもしれない。

 それでも、何かしら情報を得られる可能性はある。

 シェルブレンは、森の奥、なるべく人気の無いほうへと脚を進めた。

 ステングレアの隠密達が襲いやすいようにするためだ。

 連中もなるべく人目は避けたいだろう。

 襲われることが目的なわけだから、それならば襲われそうな場所に足を運べばいいのだ。

「しかし、自分から襲われる様に仕向けると言うのも……世の中何があるか全く分からん……」

 ため息交じりにそうつぶやき、シェルブレンは黙々と森の中を歩き続けた。

 予想通り、隠密の気配はうっすらと感じ取れるが、詳しい居場所は特定できない。

 これが洞窟であれば人目を避けることが出来ないため襲ってこないだろうし、草原であれば視界が開けすぎていて近付いてもこないだろう。

 アインファーブルの周りにある魔獣が狩れる場所の中から、森を選んだのは正解だったようだ。

 少し開けた場所に突き当たり、シェルブレンは足を止めた。

 どうやら大きな獣が争った跡のようだ。

 木がいくつかなぎ倒され、空き地の様に開けている。

 シェルブレンは倒木の一つに腰を下ろすと、背負っていた荷物を下ろした。

 中から取り出したのは、街で買っておいた弁当だ。

 ここならば、襲うのをのんびり待つのにうってつけだろう。

 視界も開けるから、狙撃にもうってつけだ。

 人間相手であれば襲いやすい場所であるが、魔獣相手であれば逆に視界も効いて敵の接近もすぐに気が付ける好立地だ。

 うまく誘いに乗ってくれればいいんだが。

 そんなことを考えながら、シェルブレンはのんびりと弁当箱を開いた。

 木漏れ日亭で買ってきた弁当は、サンドイッチなどの手軽に食べられるものが中心のものだった。

「やっぱりあの店で買って正解だったな」

 シェルブレンは顔をほころばせると、早速から揚げらしきものに手を伸ばした。




 シェルブレンが座っている位置からかなり離れた場所に、二つの人影があった。

 一つは、迷彩色の衣装に身を包んだステングレアの隠密。

 もう一つは、白装束を纏った紙雪斎だ。

 二人の視線の先に居るのは、勿論シェルブレンだ。

 普通の人間の視力であればとても相手の位置が確認できる距離ではない。

 だが、鍛えぬかれ、魔力で強化された彼らの目は、はっきりとシェルブレンの姿を捉えていた。

「頭のよい魔獣は怯えて彼に近づこうともしませんな」

 あきれたような感心したような口調でつぶやく隠密に、紙雪斎は頷いて見せた。

「彼奴等は本能で知っておるのよ。アレが恐ろしい男だとな。我ら王立魔道院の魔術で、人間に擬態したエルフだと知るのがやっとだと言うのに。その実力を本能で推し量っておるのだろう」

「恐ろしいものですな、野生の勘と言うのは。我らが必死で彼の力を図ろうと魔法を駆使しているのが馬鹿馬鹿しくなってきます」

 そういうと、隠密は肩をすくめた。

 エルトヴァエルが街を出て早々にシェルブレンを発見することに成功していた紙雪斎たちだったが、未だその目的と実力を測りかねていた。

 目的は、まだある程度予測できる。

 この時期に見放された土地の近くにエルフがやってきているのだ。

 そこに逃げ込んだと言うアグニーの事を調べにきたのだろう。

 だが、実力がいまいちわからなかった。

 まず魔力量が正確に把握できない。

 普通であれば専用の器具や魔法である程度調べられるものなのだが、巧妙に隠蔽しているらしく殆どわからない。

 態度や姿勢などから割り出そうともしたが、それもどうにも心もとない。

 隙が無いようにも見えるし、隙だらけにも見える。

 こちらの尾行を特に気にしていないようなのに、ある一定以上近付くとたちまち殺気を投げかけてくるのだ。

 恐るべき相手であることは間違いないのだろうが、その程度がわからない。

 十中八九メテルマギトの者ではあるのだろうが、実力がわからないと言うのは正直宜しくない。

 送り出されたものの実力を見れば、相手の本気度と言うのはある程度推し量ることが出来る。

 それもわからないのでは、監視をつけている意味が無い。

 どうしたものかと頭を悩ませていたところで、シェルブレンは森の中に入ったのだ。

「誘っておるのでしょうか。我らに気が付いておきながらこれとは」

 いぶかしげに眉をひそめる隠密。

 ステングレアの隠密は、その実力を世界に轟かせる存在だ。

 それに自ら襲われようとする人間なぞ、常識ではありえない。

 勿論、一部の例外を除いては、だが。

「あれは武人だ。私のような魔術師とも、お前達隠密とも違う。聞けば堂々と正面から街に入ったと聞く。恐らくは我らに襲わせそれを退け、こちらの事を知ろうというのだろう」

「威力偵察のようでありますな」

 威力偵察とは、実際に相手と戦い、その実力を肌で感じる偵察手法の事だ。

「それで有ればよいのだが。こちらが食いつぶされるかも知れんぞ」

 口の端を吊り上げながら、紙雪斎はそうつぶやいた。

 その言葉に、隠密は目を丸くした。

「あれの正体、見当が付きましたか」

「いや。おおよそなのだが。恐らくは、鉄翼騎士団か、鉄車輪騎士団か」

「なんと?」

 どちらもメテルマギトの誇る最先鋭の騎士団だ。

 そこに所属するものがたった一人でこんな場所に来ることは、まずありえないはず。

「そう考えればしっくりくるのだ。何がというか、それこそ私の勘なのだが」

「紙雪斎様の勘は嫌なときはあたりますからな」

「嫌そうな顔をするな。私のせいではないだろうに」

 顔をしかめる隠密に、紙雪斎は苦笑をもらす。

 そして再び口の端を吊り上げると、うむ、とつぶやいた。

「ここであれば我らも遠慮なく戦えるな。折角のお誘いだ、一つ乗ってみることにしよう」

「御意に」

「狙撃を持って合図とする。私は狙撃手の横に着く。お前は皆にこのことを報せろ」

「すぐに」

 そういうと同時に、隠密の姿が掻き消えた。

 一瞬のうちに移動したのだ。

 紙雪斎はそれを確認することも無く、自身も枝を蹴り、宙を舞った。

「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 仕留められればよし、そうでなくても相手の実力はわかるはずだ。

 紙雪斎が思っていた以上に、今この見放された土地周辺はきな臭いことになっている。

 王はこれも見越して自分を遣わされたに違いない。

 ならばその期待に、是が非でも応えなければならない。

 この時期、アインファーブルを訪れた唯一のエルフ。

 その実力の測れぬ、間違いなく恐るべき使い手であろう男が、一体何の目的でこの場所に現れたのか。

 方法は多少乱暴ではあるが、虎穴にいらずんば虎児を得ずとも言う。

 我知らず口の端を吊り上げながら、紙雪斎は木々の間を飛んだ。

書く予定に無かったギルドの話で圧迫されました。

なんという。

次回こそシェルブレンの戦闘シーンを書くんだ・・・(げっそり)


相変わらず仕事が忙しいのでなんか更新が不安定です。

元のペースに戻るのは難しいです。

まあ、のんびりやろうとおもいますががが。

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