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四十二話 「へー。そんな物落ちてるものなんだなぁ」

 アグコッコを見つけて地上に降りたカーイチは、困惑していた。

 目の前に居るのが、何者かよくわからなかったからだ。

 細面の整った顔立ちに、強烈に鋭い三白眼。

 カーイチの見知っている水彦に、非常によく似ていた。

 似ている。

 似てはいるが、別の人物だと断定できた。

 まず第一に、薄かった。

 髪の毛が薄いとか、影が薄いとか、そういうことではない。

 身体が薄いのだ。

 幽体とかなんかそんな感じに体が透けて、向こう側が見えていた。

 唯一実体があるのは、腰に差している赤い鞘だけだ。

 服装は、水彦とは違っている。

 水彦の着ているものは、簡素だが一目で上等な物とわかるものだった。

 事実、カーイチが着ている水彦製の服も、見た目の華やかさこそ無いが、恐ろしく丈夫で着心地がよい。

 それに比べてその人物の服装は、なんというか、ひじょうにボロっちかった。

 かなり長い間着ているだろうそれは、ところどころ当て布がされている。

 服のつくり自体もしっかりした物ではないし、何より当て布を縫っている針目がデタラメで、いっそうボロさを演出していた。

 そして、表情。

 水彦は常に無表情だったが、この人物は違った。

 笑顔を作ったその顔は、ニコニコと言うよりも、へらへらしている感じだ。

 そんなわけで、カーイチのその人物に対しての印象は、「怖い顔でボロイ服を着ていて、へらへらした奴」だった。

 ただ、そんな相手にカーイチは、警戒感や不快感を一切感じなかった。

 その身体から神の気配を感じたことや、隣に天使エルトヴァエルが立っていたことも、勿論理由の一つになる。

 だがそれ以上に、その人物からはカーイチの良く慣れ親しんだ雰囲気を感じたのだ。

 彼女の友人であり仲間であり家族である。

 アグニー達と同じ雰囲気を。




 アグコッコを抱きかかえながら、カーイチは不思議そうな顔をして固まっていた。

 どうやら赤鞘を目の前にして、混乱しているらしい。

 水彦によく似ている赤鞘を見て、びっくりしているのだろう。

 そう、エルトヴァエルは判断した。

 実際、赤鞘と水彦はよく似ている。

 赤鞘を若くして無表情にすれば大体水彦になるし、水彦を古くしてへらへらすれば大体赤鞘になる。

 人は、自分の知っている人物に似た相手を前にすると、奇妙な感覚にとらわれるものだ。

 恐らくは、いまのカーイチもそんな違和感を感じているのだろう。

 カーイチは物凄く不思議そうな顔をしながら、首をかしげつつ赤鞘を凝視している。

 抱えているアグコッコも、カーイチと同じように首をかしげていた。

 なにやら奇妙な構図だ。

 赤鞘はアグコッコを見て少し表情を引きつらせたものの、すぐに自然な笑顔を作ると、屈んでカーイチの視線に高さをあわせた。

 昔の人間な赤鞘だが、カーイチより背が高い。

 自分の顔を目で追うカーイチを見てほほえましそうに笑うと、赤鞘はゆっくりと口を開いた。

「こんにちは。私は見直された土地の土地神をしている、赤鞘といいます。貴女はカーイチさんですね。水彦からお話を聞いていますよ」

 カーイチは大きく目を見開いて驚いたような表情を作る。

 だが、すぐにこくこくと納得したように頷いた。

「ギンが言ってた。神様の名前は、赤鞘様だって。水彦様をつくって、アグニー達を助けてくれたえらい神様」

「あははは。えらくは無いんですよ。力も弱いですしねぇ」

 苦笑しながら、頭をかく赤鞘。

 そんな赤鞘を見て、カーイチは首を傾げる。

「アグニー達を助けてくれた。だから、えらい」

「あまりたいしたことは、していないんですけれどね。コレから少しはお役に立てればいいんですが」

 赤鞘の言葉に、カーイチはふるふると首を横に振る。

「アグニー達、元気。赤鞘様がポンクテ大きくしてくれたり、野菜を大きくしてくれたおかげ」

 赤鞘はアグニー達の畑の作物が育ちやすいように、土地の力の流れを少し弄っていた。

 樹木の精霊達に頼んで、畑の周りの精霊や栄養のバランスも変えたりしている。

 そのおかげで、アグニー達の畑の作物の成長速度は、通常とは比べ物にならないことになっていた。

 実際、アグニー達の主食であるポンクテは、植えてから5日ほどで収穫できている。

 ポンクテの親芋を埋めてから食用のムカゴを収穫するまで5日かかったというのは、米を蒔いてから収穫するまで5日かかったと言うのと同じだ。

 もはや超常現象に近い。

 もっとも、それに対するアグニー達のリアクションは、首を傾げるだけだったのだが。

「いやぁ。そのぐらいしか出来ませんからねぇ。私と言うか、手伝ってくれた方々のおかげでもありますし。でも、手伝ってくれた精霊さんたちに伝えたら、きっと喜ぶと思います。ありがとう」

 にっこりと笑う赤鞘に釣られるように、カーイチもにっこりと笑う。

 カーイチの笑顔を見てから、赤鞘は「そうそう」と、思い出したように手を叩く。

「アグニーさん達の所に案内してもらえませんか? 丁度会いに行くところだったんですよ」

「アグニー達に、会いに?」

 赤鞘の言葉に、カーイチは目を見開いて驚く。

 そして、表情を少し曇らせた。

 その様子に、赤鞘は不思議そうに眉をひそめる。

「どうかしましたか?」

「アグニー達、赤鞘様が急にきたら、びっくりすると思う。アグニー達から会いに行かなくちゃいけないのに」

「あー。そういう考え方もありますか」

 納得したように頷く赤鞘。

 たしかに、神様に会いに越させるというのは、アグニー達も気が引けるだろう。

 萎縮させたり驚かせたりするのでは、意味が無い。

「うーん。どうしますかねぇ」

 腕組みをして唸る赤鞘。

 カーイチも釣られたのか、難しそうな顔で唸っている。

 カーイチに抱えられたアグコッコは、首をぐりっと横に捻っていた。

 クチバシな上に目が小さいので、表情はいまいちわからないアグコッコだった。

 そんな彼らを眺めながら、エルトヴァエルは楽しそうに笑っていた。

 神と生物が親しく話していると言うのは、海原と中原では実に珍しい。

 エンシェントドラゴンのような種でもない限り、神と直接接することが無いからだ。

 天界から直接人間たちに会いにくるのは天使であることが殆どだし、地上に居る神は森の奥や海の底などにいるため、遭遇することは滅多にない。

 現れたとしても、アンバレンスがしたように一方的な通達や、怒りをぶつけるだけだ。

 赤鞘やカーイチのように、一緒になって何かを考えるようなことはまずありえない。

 少なくない年月を天使としてすごしてきたエルトヴァエルだが、こんな光景を見るのは初めてだ。

 エルトヴァエルの調べたところによると、赤鞘の世界ではこういう光景は珍しい物ではないらしい。

 赤鞘のいた国だけで、八百万も神が居ると言う。

 それだけ居れば、いろいろな考えの、いろいろな神様が居て当然なのだろう。

 きっとコレからこの土地では、こういう光景は珍しい物ではなくなっていくはずだ。

 神と言えば母神から生まれ出でたものしか知らないエルトヴァエルにとって、赤鞘のような元が人間であったような神の存在は未だによくわからない存在だ。

 それでも、エルトヴァエルは赤鞘の行動や言動を好ましく思っていた。

 完全な存在であり、絶対の存在である神しか知らないエルトヴァエルからすれば、赤鞘は理解できない存在のはずだった。

 だが、それでも彼女は、赤鞘をとても気に入っている。

 自分でもそれが何故なのかは、よくわからなかったが。

 何でもかんでも徹底的に調べ上げなければ気がすまない性のエルトヴァエルだったが、唯一自分の事に関してだけはアバウトだった。

 もう暫く赤鞘とカーイチが悩んでいるところを見ていようかと思っていたエルトヴァエルだったが、自分からアイディアを出すことにした。

 赤鞘とカーイチの首の角度がやばいことになっていたからだ。

 どうも赤鞘もカーイチも、考える時間に比例して首を傾げる角度が大きくなっていくタイプらしい。

 そろそろ90度を超えて首から鳴ってはいけない音とかがしそうだ。

 エルトヴァエルは苦笑しながら、声をかける。

「今回はとりあえず見学だけする、と言うのはどうでしょう。身体を実体化せずに鞘のままで居れば、アグニー達は赤鞘様に気が付かないでしょうし」

「エルトヴァエルさん……天才ですか?」

 驚愕の表情を浮かべる赤鞘。

 あまりの驚きに、手とかが震えている。

「いえ、別にそんなにたいしたアイディアじゃないと思うんですが……」

 劇画調の表情になっている赤鞘に、思わず一歩後ずさるエルトヴァエルだった。




「おー。お帰り、カーイチ」

 アグコッコを抱えて戻ってきたカーイチに、アグニーの若者であるマークが声をかけた。

 珍しく地面を歩いてきたことを少し不思議に思ったマークだったが、きっとアグコッコを抱えて飛ぶのが大変だからだろうと、特に気にしなかった。

 それよりも、腰に差している物が気になったからだ。

 真っ赤に塗られた棒のようなそれは、妙な存在感を放っていた。

 真ん中に穴が開いているところを見ると、剣の鞘かもしれない。

「カーイチ、なんだそれ。どうしたんだ?」

 マークの質問に、カーイチは体をびくりと反応させた。

 あまりに驚いたせいか、抱えていたアグコッコを落としてしまったほどだ。

 アグコッコは器用に身をよじり地面に着地すると、ワンワンと鳴きながら走り去っていった。

 仲間を見つけ、群に戻ったらしい。

 カーイチはぎちぎちと音がしそうなほどの硬い動きで首を動かすと、妙に平坦な声で答える。

「森の中で拾った」

「へー。そんな物落ちてるものなんだなぁ」

 マークは感心したようにこくこくと頷いた。

 どうやらそのまま信じたらしい。

 カーイチが妙な動きをしていたことからわかるように、拾ったと言うのは正確ではない。

 彼女の腰にある鞘のような物体は、言わずもがな。

 この見放された土地の土地神、赤鞘だ。

 赤鞘とカーイチは、早速エルトヴァエルの提案を試していたのだった。

「そう。落ちてる物なんだ」

 なんとか誤魔化せたことに、ほっと胸をなでおろすカーイチ。

 だが、あまりに簡単に信用するマークに、ちょっと将来が心配になったりもした。

「マーク、なにしてるの?」

 ともかく、カーイチは早速仕事にかかることにした。

 いろいろなアグニーに何をしているのか聞いて、その様子を赤鞘に見せるのだ。

 赤鞘は身体を出さなければ自由に動けないし、鞘の状態で話しかけるわけにもいかない。

 動くのも話すのも、カーイチ頼みになる。

 赤鞘から頼まれたこの仕事に、カーイチは何時になく緊張していた。

 なにせ、アグニー達を助けてくれたえらい神様である、赤鞘から任された仕事だ。

 是が非でもやり遂げなければならない。

 カーイチは、カラス達の中でも特に責任感が強いカラスだったのだ。

「ああ。壷を運んでたところだよ。長老とスパンが酒を造るんだってさ」

 そういってマークが指差したのは、近くに置かれていた高さが1mほどもある大きな壷だった。

 上薬のようなものが塗られているらしく、青白い色合いをしている。

 マークは焼き物小屋を作り、その管理もしていた。

 こういうものを作るのは、彼の仕事なのだ。

「ミツモモンガの蜜で作る蜜酒と、ポンクテ酒だって言ってたけど。壷沢山持っていかないといけないんだけど、どうも重くってなぁ」

 ぺちぺちと壷を叩き、苦笑するマーク。

 身長も低く、体格も小さなアグニーにとっては、1mの壷でも巨大だ。

「もういくつか持って行ってるから、これが最後なんだけどな。あ、そうだ。早く運ばないと」

 思い出したように壷を叩くと、マークは気合の声を上げる。

 その瞬間、マークの全身の筋肉が隆起し、身体の色が赤褐色に変わった。

 髪の毛は一気に逆立ち、顔のつくりも変化する。

 一瞬でゴブリンの一種のような外見になると、マークは壷を持ち上げた。

「カーイチはどうするんだ?」

「マークに、ついていく」

「そうか。まあ、どうせ今日はギンも狩はしないって言ってたしなぁ」

 納得したように頷いて、マークは歩き始めた。

 猟師であるギンが狩をしなければ、猟犬のような仕事をしているカラス達にはアグコッコの面倒を見るぐらいしか仕事は無い。

 本来ならカーイチもアグコッコの面倒を見る仕事に行くところだが、幸いなことに彼女以外にもカラスは三羽も居た。

 それだけ居れば、今居るアグコッコの面倒は十分に見ることが出来るはずだ。

 もし何か問題があったとしても、カーイチに知らせに来るだろう。

 カーイチは腰に差した赤鞘を手と目で確かめると、とことことマークの後ろについて歩き始めた。

 なるべく飛ばないようにして欲しいとの、赤鞘からのリクエストだったからだ。

 どうも赤鞘は、高いところが苦手なようだった。


 マークがやってきたのは、アグニー達が会議に使っている広場だった。

 既に幾つもの壷が運び込まれていて、何人かのアグニー達が作業をしている。

 壷を担いできたマークに、何人かのアグニーが駆け寄ってきた。

「おつかれー!」

「大変だったな。やっぱり手伝えばよかったか」

 心配そうに声をかけるアグニー達に、マークは笑って応える。

「そんなでも無いよ。仕込みだって大変なんだし。順調に行ってる?」

「ああ。スパンが作ってくれたオケが意外と使いやすくてな」

 広場では、沢山のアグニー達が木を刳り貫いて作った桶を棒で突っついていた。

 正確には、桶の中に入れたものを突っついているのだが。

 桶の中には、大量のポンクテが入っている。

 アグニー達はそれをすり潰しているのだ。

 彼らが作るポンクテ酒は、まずポンクテを蒸すところから始まる。

 しっかりと蒸してやわらかくなったポンクテをすり潰し、壷の中に入れる。

 それに、蒸して暫くほうって置いて、菌を発生させたポンクテを加えるのだ。

 ポンクテは芋の蔓に付くムカゴで、でんぷん質なのでそのままではアルコール発酵しにくい。

 そこで、でんぷんを分解する必要がある。

 それに菌の力を利用するのだ。

 これは日本酒と殆ど同じで、でんぷんを菌の力で糖へと分解し、そこからさらにアルコールへと変化させる訳だ。

 アグニー達は、そういった菌を利用する技術を持っていた。

「ただ、やっぱりどうしても削りとかが粗くってなぁ。スパン本人も納得してないみたいだよ」

「職人気質だからなぁ。まあ、水彦様がそのうち道具を持って来て下さるって言う話しだし」

「それはマークも同じだろう。赤鞘様の社を作る材木、もう乾燥させ始めてるんだろう?」

 その質問に、マークは苦笑交じりに頭をかいた。

 建物を建てたりする土木工事などは、マークの管轄だ。

 当然、将来立てる赤鞘の社もマークが監督して作ることになる。

 どうやらマークは、道具もそろっていない今のうちから、木材の準備に入っているようだ。

 切りたての木は水分を沢山含んでいて、乾燥すると歪んでしまうことが多い。

 きちんとした建物を建てるときは、乾燥させてから木材として切り出すものなのだ。

「たしかに道具を揃える前からって言うのは、気が速いような気もするけど」

 木を乾燥させるときは、ある程度枝などを取り払う必要がある。

 道具があれば綺麗に行えるのだが、今はきちんとした加工が殆ど行えない状況だ。

 建築にしても料理にしても衣服を造るにしても、金属器や専用の道具は欠かせない。

 ある程度は自作や調達は出来るとしても、そもそも材料が無いことだってあるのだ。

 金属器は鉄がなければ作れないし、機織り機などの細かな細工の必要になる道具は、金属器が無ければ作れない。

 そもそも、物が溢れ魔法文明の発達したこの世界において、着の身着のまま村を飛び出して今のアグニー達の生活レベルにまでたどり着ける者は早々居ないだろう。

 もっとも、それは彼らアグニーがそういう原始時代的な生活をしていたからなのだが。

「お供えするお酒を作ってるだろう? なんか、俺も用意したくなって来て」

「お供え?」

 お供えという言葉に、カーイチが反応した。

 マークは少し驚いたような顔をしたものの、すぐにカーイチのほうを向いて説明を始める。

 元々だたのカラスだったカーイチは、事情を知らないと思ったからだ。

「その年の最初の収穫は、神様にお供えするお酒にするのが慣わしなんだよ。今年は思わぬ時期に収穫できたけどね」

「そうそう。この見直された土地に来て初めての収穫だもんな。蜜も取れたから、それもお酒にしてお供えするんだよ」

「そうなんだ」

 やはり、カーイチは初めて知ったらしい。

 酒を造っていることや何処かに置いて崇めていることはなんとなく知っていたが、神様にお供えしているとは思って居なかったのだ。

 それ以前に、そもそもそれに特に興味を抱いていなかったのだが。

 どうやら姿が変わっただけではなく、カーイチは頭にも多少変化があったようだ。

 元々賢いカラスだったのだが、外見に合わせて脳もずいぶんと発達したらしい。

「お酒が出来上がったら、赤鞘様にお供えに行くんだよ。なんでも、この土地の真ん中にいらっしゃるんだそうだ」

「初めてお会いすることになるからなぁ。緊張するな」

「何を言っておるんじゃ。神様がお姿をお見せくださるじゃなんて。そんな恐れ多い」

 かけられた声に、マークたちは後ろを振り返った。

 そこに居たのは、金髪金眼の少年の姿をした長老だった。

「長老」

「神様のおそばに寄らせて頂くだけで、恐れ多いことなんじゃ。お姿を拝見したいなどと贅沢を言ったら、罰があたるわい!」

「ああ、なるほど。たしかにそうかも知れませんねぇ」

「そうだな。住まわせていただいているお礼だもんな」

 そこで、マークが何かを思い出したように眉を跳ね上げた。

「そうだ。お酒をお供えさせていただく日付を、土彦様かエルトヴァエル様にお知らせしないといけないんじゃないか?」

 マークの言葉に、アグニー達は「あっ」と間抜けな声を出す。

「そうじゃった。すっかり忘れておった。新しい土地の最初の酒じゃ。直接お供えさせていただこうとはおもっとったが、赤鞘様にお伝えするのを忘れておった!」

「あとで土彦様に、お伺いを立ててみよう。マッドアイに話しかければ、直にお伝えできるし」

 マッドアイは、既に土地中に配備が完了していた。

 普段は姿を隠しているマッドアイだが、アグニー達の前には姿を表す。

 外見を改造してもらったり、土彦と連絡をつけるためだ。

「じゃが、こんな物しか用意できないと言うのが、なんとも心苦しいのぉ」

 そういうと、長老はアグニー達はポンクテ酒の壷に目を向けた。

「本来であれば、もっと上等な、街に行って買ってきた物をお供えするべきなんじゃろうが……」

「今は街にもいけないもんなぁ」

 そういうと、アグニー達はため息を付いた。

 本当は、一流と呼ばれるような、高価なお酒をお供えすべきだ。

 そう、アグニー達は考えていた。

 なにせ自分達は、神様の管理している土地に暮らしているのだ。

 海原と中原において、神の居る土地とは特別な意味を持つ。

 聖域や神域と呼ばれるような土地以外に、神が居るような土地は無いのだから。

 赤鞘のような地域密着型の神が居ると言う発想自体が、そもそも彼らには無いのだ。

 だから、それだけお供えも特別な物で無ければいけない。

 そう思うのは、自然なことだろう。

 だが、今のアグニー達に用意できる物と言えば、自分達で作った物だけだ。

 高級でもなければ、高価でもない。

 まして、自然の物に少し手を加えただけの物でしかない。

 そんな物で神様は満足してくれるだろうか。

 むしろ、機嫌を悪くされるのではないだろうか。

 それは、アグニー達みんなの心配だった。

「赤鞘様は、すごく喜んでるよ」

 突然のカーイチの言葉に、アグニー達は目を丸くした。

「土地で出来たもの、土地の住民が作ったものが、一番うれしいって」

「ほぅ?」

「んん?」

 わかったような、わからないような。

 そんな顔で、アグニー達は首を捻っていた。

 そのリアクションを見て、カーイチは慌てて言葉を付け足した。

「そう、土彦様か、エルトヴァエル様が言ってた」

「ああ、何じゃそうじゃったのか」

「カーイチが赤鞘様に会ったのかと思ったー」

「そうだったのかー」

 あっさりと信じ、納得するアグニー達。

 そっと額の汗を拭うカーイチだったが、彼らの将来が心配ですごく複雑な気持ちになっていた。

 そこで、長老がカーイチの腰に目を移した。

 不思議そうに首をかしげ、しげしげとそこにあるものを見つめる。

「カーイチ、なんじゃそれ。どうしたんじゃ?」

 長老が指を刺したのは、カーイチが腰に差している赤い鞘だった。

 カーイチはぎちぎちと音がしそうなほどの硬い動きで首を動かすと、妙に平坦な声で答える。

「森の中で拾った」

「へー。そんな物おちとるんじゃのぉ」

「誰も居ないはずなのになー」

「結界ー」

 どうやらあっさり信じたらしい。

 やっぱり、自分達カラスがきちんとアグニー達を支えなくちゃいけないんだな。

 そう、誓いを新たにするカーイチだった。

お仕事の繁忙期に入りました。

少し前は二日に一回更新してましたが、今はそのペースではむりっぽそうです。

見直す時間も殆ど無いのでばーっと投稿しちゃいます。

いいんだか悪いんだか……。


次回。

不穏な動きに気がついたシェルブレンは、自らを餌に相手をおびき出す事にする。

森に入った彼に襲い掛かるのは、ステングレア王立魔道院の隠密部隊。

そして、その長”紙屑の”紙雪斎。

精鋭隠密軍団に、シェルブレンはどのように挑むのか。

一方その頃。

水彦は木漏れ日亭でアイスを喰っていた……


次回「それぞれの矜持」

繁忙期なんて燃え尽きればいいのに。

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