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四十話 「なんか。思ったよりでかいというか、迫力があるというか……」

 罪人の森と呼ばれる森は、見直された土地の荒地を囲うように存在している。

 元々は、アンバレンスが創った結界に沿って森が出来た為、そのような形になっていた。

 結界が無くなった今では、森が荒地を侵食し始めていて、徐々に緑が広がりつつあった。

 森が広がりつつあることで、そこにすむ動物の数も着々と増えつつある。

 食物連鎖の底辺に位置する動物の数が増えれば、それらを食べる動物が移り住んできても、十分に養っていくことが出来るようになるだろう。

 そうして動植物の種類が増えていくことで、森はより豊かになっていくのだ。

 もっとも森が豊かになっても土地神の仕事は面倒になるだけなので、地球には無生物状態をこよなく愛する土地神もいるのだが。

 土を愛する神の中には、地面に野放図に根を生やす植物を親の敵の様に嫌う神もいた。

 岩の上に生える苔までも躍起になって焼き払っていたから、筋金入りなのだろう。

 ちなみに、赤鞘は植物推奨派の土地神だった。

 別に食物連鎖ウンたらとか、自然に生かされているウンたらとか、えらそうな理由からではない。

 単にあったほうが住民が喰うに困らないからだ。

 基本的には住民が第一。

 そんな土地神様が赤鞘なのだ。




 森の中を進むと、いろいろな昆虫や小動物が目に入ってくる。

 どうも昆虫は地球とあまり変わらないらしく、取り立てて奇妙な形状のものは居ない様子だ。

 エルトヴァエル曰く、環境に合わせて最適化が早いから、似たような形になるのでは。

 との事だった。

 もっと長い説明だったのだが、赤鞘の頭脳ではそのぐらいの文章を理解するので一杯一杯だ。

 赤鞘も「ああ、そーなんだー」と納得していたので、まあ、そんな程度の理解でいいのかもしれない。

 とはいえ、見た目が奇妙でないだけで、地球とはまるで違った生態を持つ昆虫ばかりだ。

 だが、それを意識の外に吹っ飛ばすほど衝撃的な動物達が、森の中には沢山いたのだった。

 その中の一つが、スライムである。

 赤鞘が最初に発見したのは、複数種類いるというスライムの中で、もっとも動物的だという粘菌種のものだった。

 ぬったりとしていて、触ったら手にねっちゃりくっつきそうな光沢を放つそれは、全体が鮮やかな黄色だ。

 透明感はまったく無く、下手をしたらヒルとかナメクジとかそういった類の物にも見える。

 だが、時に細長く、時に丸まり、かなりアクティブに移動するその姿は、固形物とはかけ離れた意識のあるスライム状の物体であることをうかがわせていた。

 そのあまりの気色の悪さと無駄なアクティブさに、赤鞘は口元をぴくぴくと引きつらせている。

「なんか。思ったよりでかいというか、迫力があるというか……」

 赤鞘の目の前で倒木に張り付いている黄色いスライムは、丁度野球ボール一個分ほどのサイズだった。

 先ほどまではナメクジのような形状で這いずり回っていたのだが、突然球状になってふるふるとその身体を振るわせ始めていた。

「これは粘菌系のスライムですね。正確には粘菌、変形菌とは少し違う生物なのですが、赤鞘様の世界では当てはまるジャンルの居ない生物です」

「まあ。地球にいるのでも薄く1mぐらいに広がるのが居るとは聞いたことありますけど……」

 目の前のこれは、恐ろしくアクティブに動き回っていた。

 けして早くも無いが遅くも無い速度で這い回っていたわけだし。

「これ、何食べてるんですか?」

「基本的には雑食です。菌類やコケも食べますし、昆虫も食べます。あんな感じに」

 いわれて、赤鞘は黄色いスライムのほうを振り向いた。

 丁度木の上を、百足のような生き物が進んでいる。

 どうやらスライムの横を通り過ぎようとしているようだ。

 と、次の瞬間。

 スライムの身体の一部が、まるでカエルやカメレオンの舌の様に飛び出して伸び、百足のような生き物の身体を絡めとった。

「ひぃ?!」

 思わず悲鳴を上げた赤鞘を責められる地球出身者は居ないだろう。

 スライムの動きは、まさに衝撃映像そのものだった。

「何ですか今の?!」

「捕食したようですね」

 冷静に解説するエルトヴァエル。

 どうやら彼女にとっては、さして驚くような物ではなかったらしい。

「これは赤鞘様の想像している様なコアと呼ばれる中心になる部分が無い、菌の塊です。全身が感覚器官であり、全身が捕食器官なので、今の様にすばやく相手を捕まえて食べることも出来るんです」

「へー……」

 完全に引いた表情で、スライムを見る赤鞘。

 のた打ち回って必死に逃れようとする百足だが、抵抗むなしくズルズルとスライムの体内に引きずり込まれていっている。

 恐らくあのまま内部に取り込まれて、分解とかされるのだろう。

 一瞬想像してしまったのか、赤鞘は頭を振ってその考えを頭から追い出した。

「あれ、名前はなんていうんですか」

「オレンジムーススライムです。デザートのオレンジムースに似てませんか?」

「あんなに毒々しい色のムース見たこと無いですけど……」

 どっちかと言うと牛乳を入れて混ぜるだけな食品に似ている気がしたが、口には出さなかった。

 なんとなく怒られそうな気がしたからだ。

「すばやくて力の強い小動物やなんかは、これを齧って栄養にするんですよ。食物連鎖を下支えする動物の一つですね」

「これに支えられてるんですか食物連鎖。って、もしかしてこれ人間も食べられたり?」

「すっぱくてそれなりに美味しいらしいですよ?」

 けろっとした顔で応えるエルトヴァエル。

 異世界ってすごいな。

 赤鞘は改めてそう思ったという。




 次に赤鞘の目に止まったのは、木の枝から垂れ下がる粘液のような物だった。

 ぬったりとしていててかてかしているそれは、大きく薄く広がり、まるでタオルを干しているかのようになっていた。

 ただ、それ自体はあくまで粘液状であり、半透明なグリーンという色合いからも、決して清潔感は感じられない。

「何ですかあれ」

 やはり引きつった顔で、赤鞘はエルトヴァエルに尋ねた。

 表情が青ざめて見えるのは、気のせいではないだろう。

「ああ。あれもスライムですよ。グリーンスライムです」

「たしかにグリーンでスライム状の物体ですけど……」

 顔を引きつらせたままの赤鞘を他所に、エルトヴァエルはきょろきょろと周りを見回す。

 おあつらえ向きの物を見つけたのか、屈んで手に取ったのは木の枝だった。

 エルトヴァエルはそれを手に背伸びすると、グリーンスライムの身体の一部を突っついた。

 その瞬間。

 大きく広がっていた粘液が一気に収縮をはじめ、エルトヴァエルが突っつくのに使った枝を絡めとった。

「ひぃぃぃ?!」

 悲鳴を上げる赤鞘を他所に、グリーンスライムは瞬く間に球形へとその体を纏まらせ、ズルズルと体内へ木の枝を引きずり込んでいく。

 暫くもぞもぞと動いていたのだが、どうやら木の枝はお気に召さなかったらしい。

 ゆっくりと枝を吐き出すと、のろのろと木の枝の上を進み始めた。

「グリーンスライムは、水分を保持するスライム状の物体を作り出す微生物と、動く為の筋肉繊維のような役割を果たす微生物、捕まえた動物を分解して他の共生者に栄養を分配する微生物に、光合成をして共生者に栄養を分配する微生物など。沢山の微生物が集まって出来ています」

「なんか沢山居るんですね……」

「はい。基本となる微生物がスライム状の棲家を作り出し、他の生物を共生させるんです。その中に住む生物によって、能力はいろいろです」

「いろいろ?!」

 驚愕に染まる赤鞘の表情。

 エルトヴァエルはグリーンスライムを眺めながら、言葉を続ける。

「はい。鉄を分解して栄養を得たり、光合成をしたり、いろいろです。このグリーンスライムは身体を大きく広げて、光合成をしつつ、時折飛び込んでくる虫や小鳥などを絡め取って食べます。もっとも、スライムが食べられることもあるんですが」

「やっぱり喰うんですかグリーンスライムも」

「なんでも、レタスを生のままジューサーにかけた感じの味。だそうですよ」

「なんか。胃の中でも動いてそうな気がしますが」

「熱すれば死滅しますし、生だったとしても胃酸で死にますよ」

 苦笑しながらいうエルトヴァエル。

 それは、スイカの種を食べて「お腹から芽が出てこないかな?」と心配している子供にいうような言い方だ。

 そのぐらい、心配ないことなのだろう。

 だが、目の前でうぞうぞ動き回る物体を目の当たりにしている赤鞘の心を落ち着かせてはくれない。

「ちょっと頭の良いネズミなんかだと、群れでグリーンスライムを襲ったりします。栄養価が意外と高いようですね。群れであれば、毒や酸を持たない種類なら簡単に食いちぎられますから」

「ちなみにこれは毒とかは?」

「毒性は無い種類ですよ」

 赤鞘は、目の前のグリーンスライムがネズミの集団に襲われている図を思い浮かべた。

 ぬるっとしたグリーンスライムの身体に喰らい付くネズミ。

 何匹かは中に取り込まれ、呼吸困難状態にされそうになる。

 だが、次々に襲い掛かるネズミがグリーンスライムの粘着質な身体を噛み千切り、蹂躙していくのだ。

「……次行きましょうか」

「はい。そうしましょう」

 赤鞘は軽く頭を振りながら、歩き始めた。

 どうやら心的にいろいろなダメージを受けたらしい。




 暫く森の中を歩いていると、いろいろな動植物が目に入ってくる。

 カマキリのようなカマを装備した、コガネムシのような昆虫。

 全部の脚が強靭な後ろ足の様に発達した、バッタっぽい昆虫。

 1mほどのサイズの草を食んでいるトカゲに、顔はカバっぽいのに妙にすらっとした身体の哺乳類。

 そんな中で、赤鞘が注目したのは、木にぶら下がっている爬虫類だった。

 後ろ足二本だけで木の枝からぶら下がり、前足らしき部分は、地を這うのに適した物ではなく、翼の様になっている。

 身体を縮こませて居る姿は、まるで爬虫類版コウモリだ。

「あれはなんです?」

「ヤネモリですね。丈夫な屋根のある家に時々住み着くことから、そんな名前が付きました。昔は彼らが屋根を守っているんじゃないか、なんていわれていたそうです」

「あー。ヤモリと同じパターンなんですねぇー」

「夜行性で、舌打ちをしてその反響音で距離を図る能力と、大きな目での距離確認。さらには熱感知能力も持っている優れたハンターです。蛾等の昆虫のほかに、葉についた芋虫なんかも食べる、益獣ですよ」

「へー。なんか面白いんですねぇー」

 しきりに感心したように頷く赤鞘。

 ここに着てようやく、異世界っぽい動物にめぐり合えたと思っているらしい。

 というのも。

「トカゲで空を飛ぶといえば、ドラゴンっぽく感じますよね」

 そう。

 赤鞘のようなゲーマーな神様にとって、ファンタジーといえばドラゴン、ドラゴンといえばファンタジーなのだ。

「ああ。思い出しますねぇ。昔はダンジョンとドラゴンと言えばもうそれがファンタジーでしたよ。サイコロ振ったりして。思い出すなぁ、神無月に。よく他の土地神とやったものですよ、TRPG」

 どうやら赤鞘はゲーム機というものが存在する以前からのゲーマーであったらしい。

 TRPGとは、テーブルの上で紙と鉛筆をつかい、計算と確率を駆使して遊ぶRPGのことだ。

 まだゲーム機等がなかった時代に生まれた、伝統と格式がある遊びである。

 まあ、それは良いとして。

 ヤネモリの顔は丸っこく、コウモリの様に耳のあるような顔をしていた。

 ただ、顔自体の作りはトカゲに似ており、クチバシのような口がある。

 身体全体の色は黒っぽく、夜闇にまぎれるのに適している。

 体長もさして大きくは無く、恐らく翼を広げても赤鞘の両手ぐらいの物だろう。

「翼を広げると、カイトをさかさまにしたような形になります。コウモリそっくりですよ」

 エルトヴァエルが補足したように、空を飛ぶ姿はコウモリに似ている。

 もし飛ぶ姿を赤鞘が見たら、古代の空を舞っていたプテラノドンなどの翼竜を思い出したかもしれない。

 流石の赤鞘でも、実物の翼竜は見たことは無いが。

 テレビなどで再現されたその姿を見る機会は、地球時代にはよくあったのだ。

「へー。あ、もしかして、他にも似たような爬虫類居るんですか? 空飛ぶ小さいやつ」

「はい。結構居ますよ。地球で言うところの猛禽類のような、1m前後の奴もいますし。ヘビクイワシみたいな脚の長いタイプも居ますし。いろいろな種類が居ますよ」

「はー。なるほどねぇー」

 感心したように頷き、赤鞘はうれしそうな笑顔を作った。

 どうやら他の生物を見て心に負った傷も、少しは癒えたようだ。

 そんな赤鞘の様子を見て、エルトヴァエルもうれしそうに微笑む。

 ヤネモリを見ながら、他の翼のある爬虫類を想像している、そんな時だった。


 わんわん!


 まるで犬のような鳴き声が当たりに響いた。

 草むらや木の枝が少し揺れる。

 どうやら、鳴き声に驚いて逃げた小動物が居たようだ。

 ヤネモリは危険は無いと判断したらしく、微動だにしていない。

「おや。犬ですかねぇ?」

 首を捻りながら、赤鞘は声のするように顔を向けた。

 なにやがガサガサと草や木の枝を押しのけながら、こちらに近づいていくるような気配がある。

 不思議そうな顔で、赤鞘はその正体を探ろうと注目した。

 飛び出してきたのは、見たことも無い生物だった。

 いや、正確には似たようなものは知っているが、知っている動物とは明らかにかけ離れた部分を持つ生物だった。

 アヒルのような平たいクチバシ。

 茶色く短い毛に覆われた身体。

 ほっそりとした活発そうな足の先には、水掻きが付いている。

 その尻尾は平たくて大きく、まるでオールのようだ。

 既存の生物で例を挙げようとするならば、「やたら脚の長いカモノハシ」と言ったところだろうか。

 その生物は犬の様にぶるぶると身体を振ると、大きくクチバシを開けて鳴いた。


 わん!


 赤鞘の全機能が停止した。

 表情は凍りつき、顔色は目に見えて青くなっている。

 心なしか、腰に差している本体の鞘の色合いも悪くなっているような気がした。

 暫く凍り付いていた赤鞘だったが、はっと我に返り、まじまじとその生物を見た。

「ああ、これ、アグコッコじゃないですか!」

 アグコッコ。

 それは、アグニー達が大切にしている家畜の名前だ。

「水彦の目を通してみたことはありましたけど。生で見るとすごいですね」

 額の脂汗を拭いながらいう赤鞘。

 流石にエルトヴァエルもかける言葉が見つからないらしく、あいまいに笑って誤魔化していた。

 アグコッコを見ていた赤鞘だったが、上空から何かが近付いてくる気配に気が付き、顔を上げる。

 木々の間から見えるのは、黒い和服に、黒い翼を広げた人影のような物だった。

 短髪に、少しきつそうな切れ長の目。

 なかなかの美少女に見えるその人影は、しきりに目線を走らせて何かを探している様子だった。

「あ。カーイチさん」

 見知った顔に、エルトヴァエルは名前をつぶやく。

 たしかにその姿は、死にかけていた所を水彦に救われた、カラスのカーイチだった。

「あー。彼女が。なかなか美人さんですねぇー。どうしたんでしょう、こんな所で」

「彼女の仕事には、アグコッコの見張りもありますから。恐らくこのアグコッコを探しに来たのではないでしょうか」

「あーあーあー。なるほどなるほど」

 エルトヴァエルの言葉に、赤鞘は納得したように手を叩いた。

 アグニーにとってのカラスは、人間にとっての犬に近い。

 家畜を追ったりするのは、カラスの仕事の一つなのだ。

「じゃあ、ここに居るって教えてあげましょう。そのついでに、アグニーさん達の所に案内してもらいましょうか」

「はい。それがいいと思います」

 にっこりと笑いながらいう赤鞘に、エルトヴァエルはコクリと頷いて見せた。

 それを確認してから、赤鞘は大きく手を振り、「おーい!」と声を上げた。

 自分に向けられた声に、カーイチはすぐに気が付いたらしい。

 赤鞘とエルトヴァエルのほうに顔を向けると、大きく羽を打って一柱一位に向けて降下し始めた。

記念すべき40話なのですが、へんな生き物ばっかり出てきました。

最近主役食われるわへんな生物ばっかり出るわで、何の話なんだか分からなくなって来ています。

赤鞘様が主人公なんですよ、マジで。


さて、次回。

カーイチと接触した赤鞘様。

無事に神様と認識してもらえるのでしょうか。

その頃アグニー達は、ようやく完成した焼き物で何を作ろうか話し合っていた。

酒やなんかの発酵食品も、つぼがあれば作ることが出来るのだ。

一方のドラゴンと土彦に新たな動きが!


次回「ごたいめん」

考えてみたらようやくですよ。

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