三十九話 「まあ、異世界ですから」
見直された土地は、海岸線や森を擁する広大な土地だ。
今でこそ大部分が荒地になっているが、元々は海上、航空輸送の要所として機能していた、立地条件に恵まれた土地でもある。
殆どの建物や施設は戦争の余波や経年劣化で無くなっているものの、頑丈なコンクリート製の空港滑走路と海上桟橋は残っていた。
未だすぐにでも実用に耐えうるであろうそれらは、当時の建設技術の高さを物語っている。
桟橋は見直された土地の海岸中央付近にあり、其処以外は概ね砂浜になっていた。
一部には岩場になっているところもあるものの、桟橋のある付近以外は基本的には遠浅だ。
海原と中原の大型船舶は、その多くが半ば水上に浮かぶ形で航行する物が殆どで、浅瀬だろうがなんだろうが基本的には関係ない。
地球で言うところのホバークラフトのイメージに近いだろう。
魔力により力場を形成し船を浮かせることで、高速での航行を可能にしているのだ。
ただ、形成する力場は「水と反発する」という特殊な物である為、地上では航行することが出来ない。
便利なような不便なような、悩ましいところだ。
さて。
赤鞘とエルトヴァエルがやってきたのは、遠くに桟橋を望むことが出来る砂浜だった。
元々港町があった見直された土地の荒地は、海にまで繋がっている。
形状としては、丁度紅白かまぼこのような状態を思い浮かべればいいだろう。
板にあたる部分が海岸線で、外回りの赤いところが「罪人の森」。
そして、真ん中の大部分を占める白い部分が荒地だ。
赤鞘とエルトヴァエルが今居るのは、丁度赤と白、そして板の三つが交わる辺りだった。
荒地と森の境目から、赤鞘は感心したように腕を組みながら海岸線を眺めていた。
長く延びる砂浜の上を、小さな生物が這い回っている。
カニや、陸生の魚、その他もろもろ。
その他もろもろと言うのは、要するに何かわからない生物の事だ。
やはり地球とは違う生物が多いのか、ぱっと見なんなのかよくわからない生き物が意外と多い。
「あのー、あれなんですか。あれ」
とりあえず、赤鞘は砂浜を這いずり回っている生物らしき物体の一つを指差した。
それは、一見巨大な芋虫のようなものだった。
ただ、身体の回りは硬そうな殻のような物に覆われており、団子虫の様でもある。
それらとの決定的な違いは、タラバガニやベニズワイガニのような脚が左右から生えていることだろうか。
体長の半分程度の脚を上方向に折り曲げ、身体は完全に地面に密着している。
大きさといい形状といい、その身体はビール瓶に似ていた。
ビール瓶を縦半分に切って、伸ばすとその半分ぐらいになるカニの脚を左右二本ずつ付けた物体。
外見的にはそんな感じだ。
ただ、ビール瓶部分は巨大な団子虫で、全体の色は緑色だ。
その上、恐らく頭だと思われる部分には、巨大な二つの複眼が搭載されている。
赤鞘でなくても、地球出身のものならば「あれなんですか」状態にもなるだろう。
なんともいえない顔で赤鞘が指差す物体を見たエルトヴァエルは、「ああ。あれですか」と何でもなさそうな顔で頷いた。
「あれは赤鞘様の世界で言うところの、ゴカイやカニなどに近い動物の一種で、「コモットモ」といいます」
「ごか、ゴカイって……。ゴカイと甲殻類って別物じゃないですか」
引きつった顔で言う赤鞘。
たしかにゴカイとカニをヤバイ感じに合体させて、昆虫を混ぜたらあんな生物になるかもしれない。
だが、ゴカイは多毛類という種類で、カニは甲殻類。
れっきとした別種族だ。
そんな赤鞘に、エルトヴァエルは落ち着いた表情で冷静に突っ込む。
「まあ、異世界ですから」
「伝家の宝刀ですね……」
たしかにそれを言われたら引かざるを得ないだろう。
世界が違えば、生物の常識が違うのも当たり前なのだ。
赤鞘は苦虫を噛み潰したような顔で、身体を砂地にべったりくっつけて這いずり回る「コモットモ」という生物を見る。
「あれ、何食べてるんですか」
「主に藻類ですね。日の光で繁殖するプランクトンや、砂の上につく藻などを食べています」
じっと砂浜をはいずるコモットモを見つめる赤鞘。
たしかに、砂の表面についている何がしかをこそぎとっているようなとっていないような、微妙な動きをしている。
「ていうかなんですかあの脚。あんなゆっくりな動きならあの脚いらないでしょう絶対」
「まあ。生物進化の神秘じゃないでしょうか。赤鞘様の世界にもツノゼミとか、人間にはまだよく分からない生物が居ますし」
「そこを出してきますか……」
ツノゼミとは、自分の身体とどっこいぐらいの角を持つこともある、セミの一種だ。
インターネットなどで画像を調べるとすぐにわかると思うが、キテレツな形状の角を持つことで知られている。
その角は生きるのに明らかに邪魔になるっぽく見えるのだが、その利点は未だに解明されていないという。
コモットモも、そんな生物の一つなのかもしれない。
「あと、あの魚はなんですか? 砂浜に刺さってますけど」
赤鞘が指差した先にいるのは、木の葉型の形をした魚だった。
正確には、魚のような形状をした何か、といったほうがいいかもしれない。
それは妙に分厚い身体をしていて、まさに魚を地面に突き刺したような形状だった。
たい焼きのお腹の部分を、テーブルなどに叩きつけた様な形状だと思えば、まず間違いないだろう。
尾びれも分厚く、とても泳ぐのに適した形とは思えない。
横に出ているムナビレもかなり分厚い。
そのムナビレを動かしてずりずりと砂の上を進む姿は、筆舌に尽くしがたい違和感を赤鞘に与えていた。
これまたエルトヴァエルは冷静な表情で、「ああ、あれですか」と応える。
「あれは赤鞘様の世界で言うムツゴロウなどに近い魚で、「ソウコウウオ」という種類の魚です」
「そうこう?」
眉をひそめて、ソウコウウオを見つめる赤鞘。
言われてみればたしかに、なんとなく硬そうなビジュアルをしている気がする。
「ああ。あれ、刺さってるんじゃなくて、お腹のところがああいう形状なんですか」
「はい。潰れたたい焼きみたいな形ですけど、アレで全体像です」
いっちゃった。
自分が言わなかったせりふを言われたときの、えもいわれぬ思いを噛み締めながら、赤鞘はソウコウウオに目を向けた。
言われてみればたしかに、その名にふさわしいような光沢を放っている。
見た目からして硬そうな鱗で全身を覆っており、頭の部分も実に硬そうにてかっていた。
「彼らは特殊な構造のエラも持っていて、常に一定の水分を溜め込んでいます。水から上がってもそれを空気にさらすことで、呼吸をするんです」
「へぇー。あの手の魚って、泳ぐのが苦手なのが常だと思うんですが。あれはどうなんです?」
「はい。折りたたんでいるセビレ、ハラビレ、ムナビレを広げて、結構すばやく泳ぎます」
すばやく泳ぐ。
あの潰れたたい焼きみたいなナマモノが。
あまりに理不尽なその言葉に、赤鞘は眉間に皺を寄せた。
「身体そのものは殆ど動かさず、ひれだけを器用に動かして泳ぎ回るんです。食事はコモットモと同じく藻類等で、水中でも砂の上でもどちらでも食事が出来るんですよ」
「無駄に高性能なんですね」
「回遊魚なので、いろいろなところに行く為でしょうね」
「回遊魚?!」
回遊魚とは、広大な海域を泳ぎ回る魚に与えられる名前だったはずだ。
一つ所に留まり、砂の表面を舐めているだけの魚に与えられる名前ではけっしてない。
ということは、この魚は大海原を泳ぎまくるということだ。
「なんて理不尽な……! サバやアジが怒りますよ……!」
もはや恐怖すら感じながら、砂浜を這い回るソウコウウオを見つめる赤鞘。
周りにはまっすぐ歩く小さなカニや、自分で砂の上を転がっているマリモっぽいものなどもいるのだが、コモットモとソウコウウオのインパクトが強すぎて既に赤鞘の視界には入っていなかった。
「……森のほうに行きましょうか」
眉間を押さえながら、そうつぶやく赤鞘。
どうやら何がしかの精神的ダメージを受けたらしい。
恐らくファンタジー世界への幻想と、現実とのギャップにやられたのだろう。
赤鞘としては人魚とかがいる海岸を期待していたらしい。
ふらふらとした足取りで歩き出す赤鞘に、エルトヴァエルは不思議そうに首をかしげながら付いていく。
「森には何がいるんですかねぇー。スライムとかいるといいんですけど」
期待できないんだろうなぁ。
そんなニュアンスの言い方だ。
赤鞘のそんな言葉に、エルトヴァエルは「それなら」と言葉つなぐ。
「何種類かいますよ。この森に」
「ほ、本当ですか?!」
その言葉に、赤鞘の表情が華やいだ。
テレビゲームや携帯ゲーム機で親しんだモンスターであるだけに、スライムへの期待は大きい。
ファンタジーの定番、代名詞と言っても過言ではないと、赤鞘は思っていた。
「それは楽しみですねぇー!」
わくわくとした表情で、歩を進める赤鞘。
「そんなに良い物ではないと思うんですが……」
首を捻りながらそういうエルトヴァエルだったが、残念ながらその言葉は赤鞘の耳には届いていないようだった。
スライムは次回に登場予定になりました。
ズリズリ引き伸ばしになるのがクセになってる気がします。
うーむ・・・。
次回はスライム、他、後何種類か動物を登場させる予定です。
次の次ぐらいに、アグニー達に合えればなーと。
その後は、再び水彦のターン。
というか、もういい加減作者がシェルブレンをいじりたいのが我慢できなくなってきたので弄って行こうと思います。
この世界の戦闘水準を示す意味も込めて。
さて、次回。
森の底辺生物であるスライム。
赤鞘の期待にこたえるような形状のそれは、居るのか居ないのか。
次々襲い掛かる異世界生物の群に、赤鞘の幻想はもろくも打ち砕かされる!
次回「黄色い粘菌と空飛ぶトカゲ」
まずはその幻想をぶち壊すっ!!