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三十七話 「貴方なら、興味を持ちそうなお話よ」

 海原と中原という世界において、大陸間移動は頻繁に行われるものであった。

 高速船舶や飛行艇。

 そういったものが頻繁に行き交い、世界中を物流でつなげている。

 ギルドによるエネルギー、魔石の安定供給も、それらに一役買っていた。

 燃料と材料、そして「必要だと思う心」さえあれば、人間と言うのは大体の事はやってのける生き物なのだ。


 空を飛ぶ船にしても、水上を進む船にしても、それらは魔法技術によって支えられる物だった。

 魔法を使っている以上、それらの物の殆どは各国の秘技、秘術を使って運用されている場合が殆どだ。

 その為、運搬運送などは企業が行う物ではなく、国が国家事業として行うものであるというのが、この世界の常識だった。

 船を飛ばしたり、高速運行させる技術を持つ国々は、人や物資を運ぶことで金を稼ぐのだ。

 こういった国々にとってもっとも恐ろしいのは、魔法技術の流出だ。

 運ぶ為の船とその技術を持っているからこそ、輸送による外貨獲得が出来る。

 それが流出して真似をされてしまったら、仕事が無くなり国が衰退するわけだ。

 各国は互いに互いの魔法を守るために、密に連携をしていた。

 お互いにお互いの国に領事館という名目で空港や飛行場を作り、お互いに不干渉を徹底した。

 そうすることで、お互いの魔法技術の漏洩を防ぎながら、他の大陸へと荷物を運ぶ足がかりにしたのだ。


 どこの世界でもそうであるだろうが、人や物の流れの拠点と言うのは、大いに賑わう。

 他大陸への玄関口である港と空港、その二つを持つその街は、多種多様な種族の人間でごった返していた。

 リザードマン、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、ケンタウロス、ヒト、兎人、狼人、猫人、コボルト。

 まさに人種の坩堝だ。

 それぞれがそれぞれの思いを持ってこの街に降り立ち、旅立っていく。

 この街はあるものにとっては中継点であり、出発点であり、到着点であった。

 港町であり、大きな平地があるという特殊な立地だからだろう。

 空を飛ぶ船を受け入れ、海を行く船を受け入れられるここは、人だけではなく物も大量に集まっていた。

 海や空に浮かんでいるのは、各国が誇る「魔法の船」だけではない。

 街が持つ停留場には、個人や商会が持つ船なども留められていた。

 大量に運び込まれる物や人は、そういったもので各地へと運ばれてる。

 次から次へと何かが運び込まれ、次から次へと何かが運び出されていく。

 どんな人物が居ても誰も気にも留めず、どんなものがあっても誰も見向きもしない。

 この街は後ろ暗いところがあるものにとって、実に住み心地のいい場所だった。




 一般の商人などが使う港の一角。

 レンガ造りの巨大な倉庫が並ぶそこに、小さなバーがあった。

 店主であるバーテンが一人で切り盛りするその店は、周りと同じようにレンガで造られていた。

 けして不潔なわけではない店内だが、その薄暗さと相まって小汚い印象を受ける。

 グラスやテーブルなども、かなり使い込まれてはいるものの、美しく磨き上げられていた。

 店の名前は、「天使の分け前」。

 お酒は熟成するとき、元の量よりも少なくなってしまう。

 水分が飛ぶことでそうなるのだが、職人達は「美味い酒にするかわりに、天使が呑んでいくから減るのだ」と冗談を言った。

 そんな逸話から生まれた言葉が、そのまま店名にしたのだ。

 目立つ位置にあるわけでもなく、人通りも少ないこんな場所にある店だったが、多くの常連客が足しげく通う隠れた名店であった。

 この街には、場所柄様々な国の様々な酒が集まる。

 店主はそれらの殆どを網羅していて、極上の酒ばかりを店に並べていた。

 定番の酒、幻の銘柄、隠れた一品。

 それらを求めて、酒を愛するものが通うのだ。

 今も深夜にも拘らず、数人の客が店内で酒をたしなんでいる。

 皆一様に、店の隅で弾き語りをしている歌手の歌に聞き入っていた。

 騒がず、静かに酒を楽しむ。

 それがこの店の、暗黙のルールだ。


 カウンターに一人、中年の男が座っていた。

 黒いタンクトップに、ゆったりとしてポケットが幾つも並んだズボン。

 さらけ出された身体は、トロルかオーガかといった分厚い筋肉に覆われている。

 髪は短く刈り込まれていて、顔には年齢を感じさせる皺がいくばくか刻まれていた。

 見た目からして、四十代後半か、五十代前半といった所だろうか。

 もしその男の印象を一言で言うとするならば、「兵隊」か「傭兵」になるだろう。

 鍛え上げられた身体に、いかつい顔、髪型。

 それら全てが体現するように、まさにその言葉がしっくり来る男だった。

 実際、その男の商売は「傭兵」であった。

 どこの国にも属さず、金次第で荒事を引き受ける戦争屋の集団「ガルティック傭兵団」団長。

 それが男の肩書きだった。

 セルゲイ・ガルティック。

 いくつかの国では指名手配になっているそれが、彼の名前だった。


 セルゲイは、この店の常連の一人だった。

 人の出入りが激しいこの街は、隠れるには最高の土地といえるだろう。

 人を隠すなら人の中、というやつだ。

 逃げ隠れしなければいけない立場の彼だったが、その趣味は酒を呑む事。

 それも、一流のものを愛する主義だった。

 人目になるべく付かず、静かに、最高の酒を呑める場所。

 セルゲイにとってこの店はまさに、うってつけの場所だったのだ。

 別の大陸での仕事を終えた彼は、この日実に二ヶ月ぶりにこの店に来ていた。

 何時死ぬとも知れない仕事を終え、この店で店主のオススメの酒を呑む。

 それは、セルゲイの中での決まりごとになっていた。

 十席に満たないカウンター席に、いくつかのテーブル席。

 それで全ての店内で、セルゲイは一番奥の四人がけのテーブル席に一人で座っていた。

 客も店主も、文句を言うものはいない。

 一人でゆっくりと飲みたい。

 そういう客も、この店には多いのだ。

 この日店主がセルゲイにすすめたのは、「木漏れ日亭」という小さな宿屋のオリジナルだという酒だった。

 本当は自分で呑もうと思っていたのだが、と苦笑交じりに言う店主から瓶ごと受け取り、セルゲイはショットグラスで一気にあおった。

 少しキツメの酒だが、実に味わいがいい。

 流石店主のすすめだと、セルゲイは満足そうに頷いた。

「あら。おいしそう」

 突然かけられた声に、セルゲイは少しだけ眉を上げた。

 先ほどまで店内に居なかったはずの女が、いつの間にか目の前に立っていたからだ。

 客の出入り、人相は、全て記憶していた。

 命を狙われることの多い彼にとって、それはもはや癖の様になっていた。

 だが、その中には目の前に居る女は居なかった。

 居なかったはずだ。

 だが、事実其処には女が立っていた。

 知らない女、では無かった。

「ああ。いい酒だ。何処かの宿屋のオリジナルなんだと」

 グラスに視線を落としたまま、セルゲイはそう口にする。

 女はそれを聞きながら、確認も取らずに彼の前の席に腰を下ろした。

「木漏れ日亭、ね。なんだか、どっと疲れる名前だわ」

 肩をすくめ、ため息混じりに女はそういった。

 そこでようやく、セルゲイは顔を上げて、女を確認した。

 もっとも、確認するまでも無い。

 その女の声を、聞き間違えるはずも無かった。

 まるで透き通るような美しい、クリスタルのような声。

 輝き美しいものの、その光はあくまで冷たい。

 そんな声だった。

 金色の絹のような長い髪をアップにまとめ、まるで男の為にあるかのような艶かしい肢体を窮屈そうな赤いドレスに包む女。

 セルゲイは女の名前を知らない。

 だが、その女の事はよく知っていた。

 何せ、何度も仕事を頼まれた上得意なのだから。

「知ってる店か?」

「仕事で、ね」

 おどけるように首をすくめて見せる女。

 その様子に、セルゲイは驚いたように眉を上げた。

「あんたでも疲れることがあるんだねぇ。いっつも仕事してるみたいだけど」

「趣味と仕事。両方同じだと生きるのが楽しいわよ?」

「嫌だねワーカーホリックは。俺は酒呑んでのんびりしてるのがいいわ」

「貴方らしい」

 そういって、女は微笑んだ。

 危ない仕事を幾つも回してくる女だが、金払いはどんな客よりも良かった。

 それこそ、国の役人なんかよりもよっぽど。

「前のお仕事が終わったんでしょう?」

「ああ。街に着いたのはついさっきだ」

「あら。偶然ね。会えてよかった」

 よく言う。

 頭の中で浮かんだそんな言葉は、セルゲイの口から出ることは無かった。

 何時もいつも、この女は仕事が終わったその次の日に現れるのだ。

 どんな国家機密の仕事だろうと、誰にも言っていない仕事だろうと関係なく。

 誰にも言ってはいないが、セルゲイはこの女の情報網は超大国として知られるステングレアに劣らないものだろうと考えていた。

 一体どこの国の諜報員なのか。

 はたまた、何らかの組織の構成員なのか。

 どちらにしても、知りたがるのはあまりよろしくは無いだろう。

 明日の朝、海に浮かぶことになるかもしれないし。

 そう、セルゲイは思っていた。

「それで? 今回は何だ?」

「今日は仕事じゃないの。ちょっと面白いことを聞いたから。世間話をしに」

「世間話?」

 怪訝そうに眉をしかめるセルゲイ。

 仕事以外の話など、女の口から出たことが無かった。

 例外的なことが起こるのは、仕事柄あまり歓迎できない。

「森の大国が、奴隷狩りをしたって。聞いたことぐらいあるでしょう?」

 森の大国とは、メテルマギトのことだ。

 勿論、セルゲイの耳にも入っていた。

 エルフ至上主義のその国は、奴隷ですら持つことは殆どなかった。

 もっとも「殆ど」であって、絶対持たないということではない。

 少なからず、そういうものは存在していた。

 であれば、奴隷狩りが行われるのは珍しいことではない。

 この街があるのは、メテルマギトとは別の大陸だった。

 ゆえに、幾ら大陸の情勢といえど、あまり積極的に情報収集する必要をセルゲイは感じていなかった。

 何か大事があれば、すぐに耳に入ってくるだろう。

 そう思っていたのだ。

 とはいえ実は、セルゲイが人里に下りてきていたのは、一ヶ月ほどぶりであった。

 それまでずっと、仕事で森の中に居たのだ。

 世間の情報に触れられるようになったのは、ほんの数時間前であった。

「ちょっと俗世間から離れてたもんでねぇ」

 肩をすくめるセルゲイ。

 そんなセルゲイに、女はクスリと笑ってみせる。

「貴方なら、興味を持ちそうなお話よ」

「興味ねぇ。ビジネスチャンス。って?」

「売り込み次第で、ね。調べてみる価値はあると思うわよ? なにせちょっと、大事だから」

 大事。

 この女がそういう時は、本当に大事になるときだ。

 セルゲイの表情が、ほんの少しだけ変わった。

「調べてみる気分になった?」

「まあ。少しだけな」

 その言葉に満足したのだろう。

 女はおかしそうに微笑むと、ゆっくりと席から立ち上がった。

「そろそろいいんじゃないのか?」

 セルゲイが発したその言葉に、椅子の背を押す女の手が止まった。

「そろそろ?」

「名前」

 女は少し眉を挙げ、微笑む。

「そうねぇ。エルトヴァエル、なんてどうかしら」

「ああん?」

 思いがけない返事に、セルゲイは眉根を寄せ、女に目を向けた。

 だが。

 女の姿は、既にそこにはなかった。

 セルゲイは苦虫でも噛み潰したかような表情を作ると、大きく息を吸い込み、吐き出した。

「断罪の天使の名前をかたったりしたら、天罰が当たるぜ。ったく」

 小声でつぶやきながら、セルゲイは瓶からグラスへと酒を注いだ。

 彼が森に潜っている間も、彼の部下達は様々な情報を収集していた。

 後で漁れば、あの女の言っていたことの取っ掛かりが見つかるかもしれない。

 恐らくはとんでもないことが起こっているのだろう。

 あの女が態々言いにくるぐらいの何かが。

 それを探り当て、興味を持ったところで、恐らくあの女はまたやってくるのだ。

 セルゲイにとって興味深く、楽しい仕事と、ふさわしい報酬を持って。

「兎に角、まずは情報収集。かねぇ」

 そうつぶやきながら、セルゲイはグラスについだ酒をあおる。

 女にはああいったセルゲイだったが、彼もまた仕事が趣味という類の人間だった。

 彼の仕事と言うのは、つまり戦であり、荒事だ。

 そういう仕事をしているときにこそ、生き生きとする。

 セルゲイ・ガルティックという男は、まさに傭兵を絵に描いたような男だった。

あの女は何者だったのでしょう。

なぞだ…。


さて、次回ですが。

ぜんぜん異世界情緒を堪能していない事に、ついに怒りが有頂天を突破したAKASAYA様。

森の中を探検して、異世界生物ウォッチングをする事にします。

粘菌のようなスライム、水のようなスライム、珠の様なスライムに、宝石のようなスライム。

様々な動物を見学する赤鞘様。

一体、どんな不思議生物に出会えるのでしょう。


次回「異世界、不思議生物発見!」

司会者はマッスル。

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