三十六話 「それについては、俺が説明するから」
空の高い位置でホバリングをしながら、ドラゴンは驚いたように口を開いていた。
どうやら、爬虫類でも驚くと口が開くものらしい。
まさか自分のブレスが途中で打ち落とされるとは、流石のエンシェントドラゴンも思っていなかったのだ。
かなり高速ではあったが、ブレスを打ち落とした物は目視することが出来た。
円錐形の、土を焼き固めた物だった。
着弾と同時に効力を発揮するように作られたブレスは、それが直撃したことで爆発した。
ブレスを打ち出す速度は、けして遅いものではなかった。
にも拘らず、遥か離れた位置からそれを打ち落としたのだ。
そんなことをやってのけるものは、一体何者だろう。
エンシェントドラゴンは、焼き物が飛んで来た方向に視線を向けた。
かなり距離はあるが、彼の視力を持ってすれば確認できるだろう。
目に飛び込んできたのは、5mはあるかという甲冑の姿だった。
背中に大きな箱のような物を背負い、肩には柱状の何かを担いでいる。
人の様に二足歩行をしているが、それにしては大きすぎる。
あのサイズで人型となると、巨人族やトロルなどになるのだが、甲冑はそれらとは外見が合致しない。
巨人族にしてもトロルにしても、もっと野太くがっちりとした体格だ。
それに比べその甲冑は、すらりとした芸術作品のような姿だった。
熟練した名工が作ったような、研ぎ澄まされた機能美を感じさせる。
ゴーレム。
エンシェントドラゴンはそう推測した。
だが、300年という短くない時を生き、見放された土地を出てからは様々な大陸と国をめぐった彼も、ここまで見事な細工の施されたゴーレムは見たことが無かった。
その姿はまるで、御伽噺に出てくる英雄騎士のようであった。
美しいその造形に目を細め、エンシェントドラゴンは翼を大きく羽ばたかせた。
集落の発展の仕方から、野生のゴブリンのような種族が住み着いているのかと思えば、どうやらそうではなかったらしい。
ブレスを打ち出して少し時間がたつが、ブレスを打ち落として以後、攻撃してくる気配もない。
どうやら、近付いてよくよく事情を確かめなければいけないようだ。
そう判断すると、エンシェントドラゴンはブレスを打ち落としたゴーレムに向かって、一直線に飛び始めた。
マッドアイたちを通してアグニー達に「しばらく隠れているように」と伝えると、土彦は身体に付いた土を払って再び走り始めた。
既に「罪人の森」全域を覆う数に増殖しているマッドアイ達には、スピーカーも備え付けられている。
それを使い、全アグニーに土彦の言葉を伝えたのだ。
いくら逃げ隠れするのが得意なアグニーでも、全身が感知装置になっているマッドアイの索敵能力からは逃れられない。
もっとも、若干見つけるのに苦労はしたのだが。
マッドアイの能力が低いわけではない。
むしろ、その探知能力は異常なほど高い。
それを誤魔化すほど、アグニー達の逃げっぷりが見事だっただけだ。
つくづく、アグニー達を捕まえた鉄車輪騎士団は優秀だといわざるを得ない。
それはともかく、どうやらドラゴンは遠距離攻撃を諦め、移動を開始したようだ。
複数のマッドアイから送られた映像データを解析し、距離、接近速度、ドラゴンのサイズを割り出す。
周囲の地形を3Dデータとして保存していたことや、マッドアイからのデータサンプル数が多かったのが幸いしたのだろう。
1秒弱でドラゴンの種類とサイズ、おおよその年齢などがはじき出された。
ドラゴン種、エンシェントドラゴン。
古竜や古代竜と呼ばれる種族で、様々なブレスを駆使することで有名なドラゴンだ。
体長は約20m。
竜鱗のサイズや体表の色などから、まだ若い個体だと推測される。
若いとはいえ、相手は2000~3000年生きるドラゴンだ。
恐らく200~300歳は超えているだろう。
恐るべき相手であることには変わりない。
どうやら、砲撃をしたゴーレムを発見しているらしく、それに向かって飛んできている。
かなりの遠距離からの砲撃だったにも拘らず、ドラゴンは射撃ポイントを正確に見抜いたようだ。
射撃をしたゴーレムは、老アグニー達が外装を施した試作大型ゴーレム一号機。
その周囲には、外装が施されていない通常の大型ゴーレムが何台か控えている。
前線に出るゴーレムに蓄積されていたデータは、既にバックアップ済みだ。
実戦闘中に得られたデータも、戦場から離れた位置に居る中大型ゴーレムに蓄積される事になっている。
戦闘になれば、かなりの数のゴーレムが犠牲になるだろう。
そもそも、ゴーレムだけでエンシェントドラゴンを押さえ込めるか、かなり微妙だ。
場合によっては土彦自身も戦わねばならないだろう。
そんなことを考えつつも、土彦は別の可能性も考慮に入れていた。
エンシェントドラゴンと対話が出来た場合のことだ。
基本的には、人間種よりも知能が高いといわれるドラゴンだけに、話し合いで解決すればそれが一番だろう。
お互いの事情もまだよく分かっていない以上、あらゆる恐れを考慮する必要はあるだろうが。
木々の間を走りぬけ、土彦はようやく現場にたどり着いた。
ドラゴンはまだ上空に居て、こちらには接近してきていなかった。
かなり警戒しているらしく、ゆっくりと飛んでいるようだ。
土彦は地面を蹴り、試作大型ゴーレムの肩に飛び乗った。
試作大型ゴーレム・マッドトロル識別番号01。
長いという理由で土彦が付けた名前が、「MT01」。
データ管理のためにそう命名されたその機体は、新装備や機動実験のときなどに真っ先に使用することが決まっている実験機。
魔術式の込められた石であるコアストーンを通常の倍、データ伝達率と蓄積量の優れた天然粘土をふんだんに使用した、高性能機だ。
ここから離れた位置に配備されていたはずなのだが、どうやら機動力を買われて呼び寄せられたらしい。
ブレス攻撃を正確に打ち落とせるだけの長砲身を有していたのも、理由の一つだろう。
他よりも基本性能は高いとはいえ、それを生かすための戦闘データは圧倒的に不足している。
幾ら優秀とはいえ、マッドアイネットワークはまだまだ未完成。
ハイハイを始める前の赤ん坊のような物なのだ。
土彦はMT01の頭に手をかけ、上空を睨む。
送られてくる情報ではなく、ようやく肉眼でドラゴンの姿を捉えることが出来た。
翼を広げたその姿は、ガーディアンである土彦にも威圧感を与える。
顔をしかめながら、土彦は頭を回転させる。
話し合うことが出来れば、それが一番いい。
それが出来なければ、殺してしまうしかないだろう。
ドラゴン種は総じて、縄張りに執着する物なのだ。
「実験材料としては欲しいですが。今はまだ時期ではありませんねぇ」
なにやら物騒なことをつぶやきながら、土彦は中型大型ゴーレムの配置を確認し始めた。
大きく翼を打ち、減速をかける。
約20mという巨体からは想像も出来ないほど静かに、エンシェントドラゴンは地面に降り立った。
四本の足で地面を踏みしめ、広げていた翼をゆっくりと折り畳む。
既に日が沈み辺りは闇に包まれている物の、彼の目にははっきりと目指していた対象が見えている。
数百メートル先に居るのは、鎧、甲冑を纏ったような姿のなにか。
近付いたところ、地面に降りる直前になって、ようやくその正体に確信が持てた。
あれは、ゴーレムだ。
恐ろしく高度な術式と、同じぐらい高度な外装技術で作り上げられたであろうそれは、それなりの年月を生きた彼でも見たことが無かった。
この世界は、様々な魔法を使う国家が存在する。
呪文を唱える、鉄板に術式を刻む、紙に陣を刻む、種族特有の効果を発動させる。
その中には、ゴーレムをつくることに特化した魔法を使う国も存在した。
世界をめぐっていた彼は、その国の近くに暮らしていたことがあった。
大きな物、小さな物、人が乗り込む物、自動で動く物。
様々なゴーレムを見てはいたが、ここまで見事な物は見たことが無かった。
そして、地上に降りる少し前に森から出てきた少女。
正確には、少女のような形をしたものといったほうがいいだろう。
見た目こそ人のようではあるが、これは人ではない。
なにせその気配からは、神のそれが窺えるのだから。
巧妙に隠してはいる。
だが、その気配はたしかに感じ取ることが出来た。
若いとはいえ、彼はエンシェントドラゴンだ。
能力、性能は、この世界の最高峰。
その知覚能力もまた、尋常の物ではない。
エンシェントドラゴンはゆっくりと脚を前に出し、歩き始める。
MT01の肩に立ち、土彦は近づいていくるエンシェントドラゴンを見据えていた。
表情を読むことは出来ないが、その目の動きや仕草からは、たしかに知性が窺える。
土彦はMT01に砲塔をしまうようにと指示を出す。
すぐに、MT01の肩にあった大砲の砲門が上へと向けられた。
砲門が真上に向くと、砲身の中ほどに切れ目が入り、其処からがっくりと折れ曲がる。
それを見たドラゴンの首が、僅かに上に上がった。
歩みを止めると、僅かに首をかしげるような仕草を見せる。
「それは兵器なのだろう。私から照準を外させてよろしいのか」
僅かに開かれたドラゴンの口から響いたのは、人間種の使う言語だった。
ドラゴン種の中でも、とりわけ知能が高いといわれるエンシェントドラゴンだ。
人間の言葉を知らないということは無いだろう、と、土彦は思っていた。
だが、相手に対話するつもりがなければ意味が無い。
態々人間の言葉を使ったということは、話をするつもりがあるという意思表示だろう。
土彦は緊張の表情を解くと、にっこりと笑って見せた。
「お話をするときは、銃口を向けてというわけにはいきませんからね」
「たしかに。ぞっとしません。しかし、そうなると私は貴女に顔を向けられませんな。ブレスという物は口から出ますから」
ドラゴン言葉に、土彦は思わずといった様子で笑う。
「たしかに! ドラゴンブレスといえば、恐怖の象徴ですからね!」
腹を抱えて笑う土彦の様子に、ドラゴンも少しだけのどを鳴らす。
どうやら、笑ったらしい。
「名乗るのが遅れましたな。私はこの地キノセトル。今は見放された土地と呼ばれるこの地にで生まれ育ったエンシェントドラゴン。訳あって名前がありませなんだ。故に、ただ、ドラゴンとだけお呼びいただきたい。失礼ながら、貴女からは神の気配を感じます。この土地のガーディアン殿とお見受けするが、如何か」
ドラゴンの言葉に、土彦は笑顔のまま目だけを大きく広げて驚いた。
土彦もガーディアンであるので、水彦の様に生物に自分が神の使いであるということを強制的にわからせる力を持っている。
だが、それを使っていない普段の彼らから神の気配を感知することは、恐ろしく困難なことなはずなのだ。
土彦は笑い声を何とか中断し、居住まいを正す。
「はい。その通りです。私はこの土地、今は見直された土地と名を改めたこの土地の土地神。赤鞘様に創られたガーディアン。名を、土彦と申します」
「ガーディアン。土地神様、と」
ドラゴンの目が、大きく見開かれた。
表情筋という物がないので読みにくくはあるが、どうやら驚いているらしい。
「そうでしたか。やはり。いや、この土地に。まさか土地神様が……」
首をめぐらせ、周りを見つめるエンシェントドラゴン。
自分に向き直るタイミングを待ってから、土彦はエンシェントドラゴンに声をかけた。
「先ほど、ここで生まれたとおっしゃいましたね。それは……」
そのときだった。
「それは、俺が説明させてもらーう!」
突然、とてつもない音量の声が空から降り注いだ。
高高度、いや、それよりも上、まるで空のかなた遥か頭上からのような、大きな声。
しかしそれは、周囲にある何も揺らすことなく、そもそも鼓膜すら揺らすことは無かった。
頭の中に、直接声がたたきつけられたような感覚だ。
「あ、ごめん、加減間違えた」
次に響いたのは、聞いていて不快にならない、普通の音量の声だった。
土彦は聞き覚えのあるその声に、思わず目を剥いた。
ドラゴンも驚いたのだろう。
大きく口を開け、周りを見回している。
そんな土彦とエンシェントドラゴンの間。
何も無かったはずの空間に、突然ドアが現れた。
土彦にとってよく見知ったそれが、ガチャリと音を立てて開く。
中から現れたのは、この土地の土地神に肩を借りた、この世界の太陽神の姿だった。
「やっべ。ちょっとまだ足ふらつくんだけど」
「ちょ、大丈夫ですかアンバレンスさん。やっぱり声だけでよかったんじゃ」
「そういうわけにもぉーいかんのよぉー」
へろへろになりながら現れたアンバレンスに、太陽神の威厳は皆無だった。
恐らく一般の人が見ても、そこらのお兄さんにしか見えないだろう。
しかし。
エンシェントドラゴンの反応は、まるで違った。
「アンバレンス様。太陽神、アンバレンス様では御座いませんか!!」
「あらら? お知り合い?」
動揺する土彦。
困惑するその表情に、赤鞘は苦笑する。
アンバレンスはひらひらと手を振りながら、若干辛そうに声を出す。
「それについては、俺が説明するから」
アンバレンスの言葉を要約すると、大体このような内容だった。
エンシェントドラゴン種と言うのは、従来の進化の系譜から逸脱した、神が創った種族だという。
母神が土地ごとの守護として生み出した彼らは、いわば天然のガーディアンだ。
一度その土地に生まれれば、一生をその土地の生態系維持等の為に費やす。
増えすぎる種が現れれば減らし、異変があれば対処する。
そういう種族なのだという。
見放された土地が封印されることになったとき、この土地に生まれたエンシェントドラゴン。
つまり、土彦の目の前に居る彼は、結界の中に残ろうとしていた。
いくらこの世界におけるもっとも優れた種族の一員とはいえ、魔力が枯渇した空間の中で生きていくことは不可能だ。
彼は、責任を取ろうとしていたのだ。
そんな魔法を自分の土地で使わせてしまった責任を。
結界の中に残ろうとするエンシェントドラゴンを見たとき、アンバレンスは大いに焦った。
相手は土地を守ってくれるガーディアンだ。
たしかに彼は自分の土地で、とてつもない魔法の使用を許してしまった。
だが、相手は軍隊だ。
何万という人の群れだ。
何百何千という計略と策略の果てに成り立つ、いく千の命を消費してなされるものだ。
それに、たった数百年生きただけの若いエンシェントドラゴン一匹に、どうにかしろというほうが無茶苦茶だろう。
アンバレンスはそれを良しとしなかった。
気に入らなかった。
いろいろ世の中理不尽なことはある。
200歳のエンシェントドラゴン。
それは人間観算で言えば、ほんの10~12歳の子供だ。
そんな子供が責任を取って死ぬ。
彼は太陽神だ。
地上をあまねく照らす、分け隔ての無い存在だ。
だが、そんなことに関係なく、無性に、どうしても、すこぶる気に入らなかった。
だから、アンバレンスは彼を結界の外に引きずり出し、こんな内容の事を言った。
この土地とお前の命は太陽神である自分が預かる。
元通り住めるようになるにはまだ時間がかかるが、必ずお前にはここのガーディアンになってもらう。
だから、それまで知識を頭に詰め込め。
世界中を見て回って来い。
そしてここの封印が解けたそのときは、戻ってきてこの土地を守護しろ。
当時約200歳だったエンシェントドラゴンは、その言葉に律儀に従った。
太陽神が、自分が守るべきを土地を封印した神がそういうのであればそうしよう、と。
「いや、もうちょい赤鞘さんの土地の調整が進んでから声かけようと思ってたんだけどね」
最後にそう付け加えて、アンバレンスは再び酒瓶をあおった。
土彦、エンシェントドラゴン、赤鞘、アンバレンス達は、森の近く、草原で円陣を組んで座っていた。
互いに酒を酌み交わす。
というか、アンバレンスが持ってきていた酒をラッパ飲みしながら話していた。
土彦は腕を組み、感心したように頷いていた。
ドラゴンは少しばつが悪そうに首をすくめると、声を発する。
「ずっと土地を気にしていたのですが、まさかそのような事情があろうとは思わず。結界が消えたものですから、喜び勇んで飛んできたのです」
「ああ、そうそう。それなんですが」
エンシェントドラゴンの言葉に反応したのは、赤鞘だった。
「なんで土地が開放されてるってわかったんです? 遠視とかの感覚は感じませんでしたが」
「土地に入る力の流れ、土地から出て行く力の流れ。それらを見ておりました。魔力の流れが出来ておれば、それは土地に魔力が戻った証でしょう。であれば、封印される理由がなくなっておるわけですから」
「あーあーあー。なるほど。そういうことでしたか」
妙に感心したように頷く赤鞘。
流れの整備に関する技術面は、いわば赤鞘の領分。
どこから気が付いたのか、気にもなるはずだ。
「しかし。まさかこの土地に土地神様がいらっしゃる事になろうとは。このような立派なガーディアンまで」
エンシェントドラゴンはしみじみとつぶやくと、急に思い出したように顔を上げる。
「そういえば、この土地に未開の種族が居りましたが。ゴブリンのような狩猟種は、まだこの森には耐えられないはず。草食動物などを食いつかされぬよう、集落を解散させようと思うたのですが」
「ゴブリンのような?」
ドラゴンの言葉に、赤鞘は首を捻った。
海原と中原において、ゴブリンと言うのはまさに狩猟動物の代表格だ。
道具を持つ知恵もあるので、その能力は馬鹿に出来ない。
今はまだ荒地が多く、植物の生えそろっていないこの土地には、草食動物も少ない。
そういうものが増えれば、たしかに宜しくないだろう。
「あのブレスはそれを追い払う為でしたか。それは困りましたね。もうちょっと土地が整うまで、殺さないまでもお暇願わないと」
真剣な表情でそういう赤鞘。
土彦はその袖を引っ張ると、半笑いで言う。
「赤鞘様。恐らく、アグニーさん達の事ではないかと」
「へ?」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔で声を出す赤鞘。
その表情がツボに入ったのか、アンバレンスは吹き出している。
「アグニーさん達はうちの住民ですよ?」
「は?」
今度は、エンシェントドラゴンが豆鉄砲を食らう番だった。
「アグニーとは、この土地の近くに集落を作って暮らす、なにかこう、ぼへーっとした顔の種族だったと記憶しておるのですが」
「はい。たしかに」
ずいぶん失礼な物言いだが、肯定する土彦。
彼女自身、アグニーをぼへーっとした顔の種族だと思っているのだ。
「住民、ですか」
「ええ。赤鞘様が土地神として、この土地に暮らすことを許可した、大切な住民です」
にこにこしてそういう土彦。
その言葉に、エンシェントドラゴンは暫くその動きを止めた。
再び動き出したかと思うと、ゆっくりと二本足で立ち上がり、自分の腹に顔を向ける。
そして、口を開くと、其処に魔力を集中させ始めた。
「ちょ、エンシェントドラゴン殿?! 何をなさっているんですか?!」
立ち上がって駆け寄る土彦。
その土彦に前足を出して、エンシェントドラゴンはその動きを止めようとする。
「この土地を再び生物の住まえる土地にして下さった赤鞘様が、住まうことを許した民に牙を剥くなど……! この命一つで許されることとは思いませぬが、せめて潔くこの腹掻っ捌いて……!!」
「ハラキリ?! 落ち着いて下さいエンシェントドラゴン殿!!」
四六時中笑っている土彦の顔が、焦りに引きつる。
慌てて口を閉じさせようとするが、体格差はいかんともしがたい。
大急ぎで近くの大型ゴーレムに止めるように指示を出す土彦。
しかし、エンシェントドラゴンの接近戦能力は尋常ではなかった。
押さえつけようとするゴーレムを、逆に組みふしてしまうほどだ。
「赤鞘様、アンバレンス様! お手伝い願えませんか!」
マッドアイネットワークを介してゴーレムたちを集めながら、二柱の神のほうに振り返る土彦。
だが、其処にいたのは。
「あ、やばい、ちょっと気持ち悪くなってきた……」
「そういう時は、迎え酒ですよ。あっはっはっは!」
若干ヤバメな顔色の太陽神と。
いつもとまったく変わらない様子でアンバレンスの口に酒を流し込む、何か決まっちゃった感じの赤鞘だった。
どうやら流石の赤鞘も、限界を超えたアルコール摂取に何かが外れてしまったらしい。
「しょ、正体を失っていらっしゃる……!」
無いはずの血の気が、土彦の顔から引いていく。
その間にも、エンシェントドラゴンは次々にゴーレムを投げ飛ばしている。
土彦は呆然とした顔で暫くたたずんだ。
そして、ゆっくりと上を向くと、諦めたような顔で笑った。
「あっはっはっは! まあ、仕方ありませんねぇ。ゴーレムの性能テストだと思って、がんばって止めましょう」
そうつぶやくと、土彦はマッドアイネットワークにすばやく指示を出した。
目標はエンシェントドラゴン。
目的はセップクの阻止。
傷つけるわけには行かないので、何とか格闘戦で決着をつけること。
「まあ、接近戦のデータは取れますかね?」
肩をすくめながらも、土彦の表情にはもう焦りや不安の色は無かった。
どうやら、折角だから楽しむことにしたらしい。
この騒ぎは、結局夜が明けるまで繰り広げられた。
エンシェントドラゴンの殺気を感じなくなったアグニー達がさっさと寝床に戻っていたり。
ドラゴンとゴーレムの戦いを外から観察していたステングレアの隠密が恐ろしく驚愕していたりしていた。
が。
アンバレンスも赤鞘も、酔っ払っていてあんまりよく覚えていなかった。
ちなみに。
次の日の朝、アンバレンスは一切二日酔いに悩まされることも無く、実に楽しそうに天界に帰っていった。
赤鞘も酒が残るタイプではないらしく、すこぶるいい笑顔でそれを送り出す。
そんな二柱を見て。
エルトヴァエルが帰ってきたら言いつけてやろう。
そう、固く心に誓う土彦だった。
何してんですかねこの人たち。
とりあえずマッドアイネットワークでした。
はい。
まだまだマッドアイネットワーク開発は続きますが、ひとまず出張中のエルトヴァエルさんにスポットを当てます。
世界各国が秘匿する魔法技術を持ちながら、ひとつの国に留まらず、金で働く傭兵団。
特殊な兵力である彼らに、接触する一人の女性。
調べて見ろと持ちかけられたのは、とある大国が最近捕らえたという、種族についてだった。
次回「傭兵達の休日」
ハードボイルドに出来たらなーと思います。
無理でしょうけど。