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二話 「君まじめだし赤鞘さんの担当ね」

 太陽神アンバレンスがつかさどる世界において、天使は神の補佐役だ。

 忙しい神々に変わり、地上や水中、空の生き物同士のあれこれに干渉する存在である。

 人々の願いを聞き、必要であると判断すれば叶え、無用と判断すれば「ガンバレ」と声をかける。

 単一種族が増えすぎたり、森が消えたり、他種族すべてを滅ぼそうとする魔王とか名乗るものが出てきたり、自分達の手に負えないことがおきれば、管轄の神に報告する。

 そう。そのありようはまさに中間管理職。

 株式会社「海原と中原」の現社長がアンバレンスであるならば、天使とは係長とか平社員などといった立ち位置だ。

 当然、気苦労も多い。


 人間達から「日照りが続きすぎてこのままでは飢え死にします」と泣きつかれ、そのことを神々に報告してみれば、「大地の神が付き合ってくれって煩いから、外に出たくない」と雨を司る女神に切り捨てられたりもする。

 勿論、人間達に「雨が降らせられない」と報告するのは天使達の仕事だ。

 このとき「言い寄ってくる男がウザいから、女神様雨降らせたくないってさ」と言えたら、どれだけ気が楽だろう。

 むろん、そんなこと口が裂けてもいえるわけが無い。

 そんなこと言おうものなら、女神への信仰は駄々下がり、そのことへの怒りで自分達にはお叱りが待っている。

 

 人間同士の揉め事の仲裁、なんてのも業務の一環だったりする。

 やれ「隣の国の奴らは神々を尊ばないから聖戦を仕掛ける」だの、やれ「奴らは神の御威光を笠に着てやりたい放題、天誅を下す」だの。

 宗教戦争まがいのことまで天使に仲裁させないで貰いたい。

 勝手にやれ! と、言ってしまいたいのは山々だが、そんなことをして戦の神に勝利の祈祷でもされた日には「お前達がいながら何事か」と怒られてしまう。


 理不尽。

 まさにその一言に尽きるだろう。

 中間管理職と揶揄される理由は、そのあたりにあるのかもしれない。




 そんな天使の一人が、とある荒地の上空に立っていた。

 そう、立っている。

 すーっと上空を翼で滑空するでもなく、羽ばたいてホバリングするでもなく、上空200mほどの位置に立っているのだ。

 外見年齢的には、15~6といったところだろうか。

 幼い顔立ちは、美しいというよりは可愛らしい。

 白い貫頭衣を羽織り、背中には純白の羽。

 頭の上に浮かぶのは、金色の輪。

 腰まで届く美しい金髪に、蒼く潤んだ瞳。

 物語の中から飛び出したかのような、分かり易い姿の天使だった。


 荒地の上に彼女が待機しているのは、ほかでもない。

 ここが赤鞘の守護地域で、彼女が赤鞘担当の天使だからだ。

 落ちつかな気に首をめぐらせ、そわそわと視線を泳がせる。

「んー。 まだこないのかな」

 緊張しているのだろう。

 いささか落ち着きが無い様子だ。

 それもそのはず。

 彼女が赤鞘と会うのは、今日が初めてになるのだから。


 赤鞘が異世界「海原と中原」に来ることが決まってすぐ、彼女は赤鞘の補佐をすることになった。

 理由はよく分からない。

 というか、廊下でアンバレンスにすれ違い様「あ、ちょうどいいや。 君まじめだし赤鞘さんの担当ね」といわれたところを見るに、テキトウだと思われる。

 そんな決め方でいいのか、とか、なんでアンバレンス様は私のことを知っているのか、とか。

 いろいろ思うところはあったものの、結局彼女はその役目を受けることにした。

 最高神から招かれ、異世界からやってきた神。

 その神の仕事を間近でお手伝いできるというのは、天使冥利に尽きると思われたからだ。

 

 赤鞘が「海原と中原」の天界で世界のことや言語などを学んでいる間。

 彼女は、赤鞘が管轄する地域、隣接する国々の情報集めに追われた。

 これからやってくるのは、異世界の神様だ。

 まったく知らない世界に来るのだから、情報はいくらあっても足りないはず。

 周囲の植生に、植物の種類、動物、集落や国を作っている人種、その勢力図。

 あるときは透明化し、あるときは水に潜り、あるときは人に化けて調べに調べまくった。

 同僚から「あんた絶対、隠密とかの方が向いてるわよね」とからかわれたスキルの高さを、遺憾なく発揮しまくった。

 気が付いたときには、彼女の元には数カ国分の軍事機密と、学者達がのどから手が出るほど欲しがるであろう様々なデータがそろっていた。

 やりすぎただろうか。

 いや、そんなことは無いはずだ。

 何せ彼女が仕える事になるのは、太陽神アンバレンスに乞われ、態々異世界からやってくる神なのだから。

 情報収集に手間を取られすぎて、結局任地に赴く今日まで顔を合わせることはなかったが、きっと素晴らしく、優秀な神様に違いない。


 そんなこんなで、彼女はすこし緊張気味に、赤鞘が来るのを待っているのだ。

 天上界から降りてくるということなので、上空で待機していれば、まず見落とすことは無いはずだ。

 天使である彼女の感知範囲は、尋常ではなく広いのだから。

「はぁ……」

 緊張のせいだろう。

 今日何度か目になるため息をつき、天使は胸を押さえた。

 一体、どんな神様だろう。

 緊張と期待、楽しみと不安。

 いろいろなものが胸に渦巻まいている。

 再び、ため息をつこうと息を吸った、そのときだった。

 上空から何かが降りてくる気配に、彼女が気が付いたのは。

 いや、降りてくるというには、あまりに速度が速すぎる。

 むしろ落ちてるとか、落下してるとか、墜落してきてるとかのほうが適切だろう。

「な、なに?」

 落下物を肉眼で確認しようと、顔を上げる天使。

 そこにあるのは、真っ青な抜けるような青空。

 ところどころすこし雲がかかっているものの、晴天と言っていいだろう。

 そんな気持ちのいい空に、何か黒い染みのようなものが見えた。

「え?」

 不審げに目を凝らす。

 よくよく見ると、それは人の形をしているようだった。

 天使の額に、ジワリと汗がにじむ。

 人の形のそれはやはり落下しているようで、どんどんその大きさを増していく。

 それに伴い、なにか叫び声のようなものも聞こえて来るような気がする。

 というよりも、聞こえて来ている。


「あああああああああああ!!」


 着物に袴、腰に差しているのは、真っ赤な鞘だろうか。

 落下するごとに鮮明になってくるその姿は、日本の武芸者のようだ。

「え。 ええ?」

 人が超高高度から落下してくる。

 その光景は、天使の機能を一瞬停止させるに十分なインパクトの代物だった。

 武芸者らしき物体は、そのまま天使のすぐ近く。

 ほんの2~3m手前を通過。

「タスケテ!」

 すれ違い様のその一瞬、天使の耳には確かにそんな言葉が聞こえた。

 そして、ばっちり目があった気がした。

 だが、あまりの突然の出来事に、天使はどう対処して良いか分からない。

 結局、落下するのを硬直したまま眺めていることしか出来なかった。


「いやあああぁああぁああああ!!!」


 尾の様に叫び声を引きながら、両手両足をばたつかせて落下していく武芸者らしき物体。

 それはそのまま地面へ向かって直進していき。


ドドン


 地響きを上げて地面へ墜落した。

 その様子を目線だけで追っていた天使の頬を伝い、顎から一滴の汗が滴る。

 ごくりと生唾を飲む様子は、なにか硬いものを飲み込んだかのようにぎこちない動きだ。

「なんなのアレ」

 ようやくといった様子で、声を搾り出す。

 その数分後、ある恐れに気が付いた天使は、血相を変えて地上を目指した。



 そう。

 これが、天使と赤鞘の初めての出会いになったのだ。

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