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二十八話 「あいつ、水彦って言うんだ」

 石と土で作られた壁に覆われたその街は、一見城砦の様でもあった。

 高い尖塔を持つ建物が中央にあり、その周りをいくつもの民家や商店が囲んでいる。

 ギルド都市アインファーブル。

 この街はどこの国にも属さず、ギルドによる自治を認められていた。

 魔物を狩る拠点として発展しているこの街は、魔物から得られるエネルギー資源「魔石」の一大生産地でもある。

 その為、それらを求める商人や、加工業者が多く暮らしていた。

 他にも、魔石を扱う道具などを作る職人に、魔物と戦う為の武器を作る職人。

 冒険者を相手にする宿や、食堂。

 魔物から取れる素材を扱う職人や商人。

 ほかにも様々な業種の者が、魔石や魔獣から得られる素材を土台にして暮らしている。

 国などに課せられる税が存在せず、ギルドへ上納金を収めさえすれば商売ができるこの街には、多くの人が集まる。

 魔獣が多くすむ地下洞窟や森に近いこともあり、その賑わいは小国の首都を凌ぐほどだ。


 そんな街の真ん中を、一人の少年が歩いていた。

 両手に10m超えのドラゴン二頭を握り、首からかけたロープに、大量の狼を結わえて。

 魔獣から得れるもので成り立つこの街だが、そんなかっこうで出歩くやつはまず居なかった。

 その珍しさは、街を行く人たちや商店の店主店員達が、一様に呆けたようにその姿を見守るほどだ。

 あんぐりと口をあける者、腰砕けで座り込んでいる者、自分の頬をつねっている者。

 反応はそれぞれだが、その視線はことごとく少年へと集まっている。

 そんな視線に気が付く様子も無く。

 少年、水彦は一生懸命獲物を引きずって歩いていた。

「おもい」

 今日だけで何十回いったかわからない言葉をつぶやき、水彦はうんざりとした様子でため息を吐いた。

 実際には、大して重いとは思っていないのだが、何か言葉を発しないと気が滅入りそうなのだ。

 これだけの荷物を引きずっていて重くないというのもどうかと思うのだが、実際重く感じないのだから仕方ない。

 あふれ出すほどのパワー馬鹿。

 それが水彦なのだ。

 水彦が目指しているのは、街の中央に有る建物。

 アインファーブルギルド本部だった。

 各地にあるギルドの総本部だというそこに行けば、ギルドに登録することが出来る。

 ギルドに登録すれば、仕事がもらえる。

 仕事をすればお金が貰え、アグニー達に道具を買うことができるのだ。

 水彦としては先にドラゴンと狼をどうにかしてしまいたい所ではあったが、あいにくどうすればいいか見当もつかなかった。

 焼いて食べるにしても、一食で食べきれる量ではない。

 そこらへんに置いておけば誰かに食べられるかもしれないので、ほうっておく訳にも行かないだろう。

 とりあえずへギルド行って冒険者として登録すれば、きっとこれらを上手く保存していく方法を教えてもらえるに違いない。

 水彦はそう思っていた。

 そう。

 水彦に、「このドラゴンや狼を売ろう」という考えは、無かったのだ。

 仕事はギルドに行ったらもらえる物であって、ギルドに行っていないのに魔獣を倒しても金にならないと思っていたのだ。

 捕まえた獲物は血抜きをして喰う。

 それが、水彦にとっての常識だった。

 水彦にとっての常識、ということはつまり、赤鞘にとってもソレが常識であった。

 水彦から伝わってくる感覚を見ながら、赤鞘も「早くギルドに行って、これどうにかしないとなぁ」等と考えていたのだ。

 つまり、突込みが不在だったのだ。

 エルトヴァエル辺りがいれば適切に処置してくれたのだろうが、あいにく今は所用で出かけていた。

 ボケた神の使いに、ボケた神。

 そして、呆気にとられる民衆。

 軽く神話の世界のような情景だが、民衆のほうはたまった物ではないだろう。


 大通りの真ん中を、ドラゴンと狼を引きずって歩く水彦。

 そんな彼に、声をかける人物が居た。

 背中に大きな箱と旗を背負った、コボルト族の老人だ。

「おお、これはこれは、大猟だね」

 歩いて近付いてきながら声をかけてくるその老人に、水彦は足を止めた。

 不審に思うことは無かった。

 むしろこれだけの獲物だ。

 興味を持って、話しかけてくる人がいるのは自然なことだろう、と、水彦は思っていた。

「おお。とかげとかおおかみとか、たくさんおそってきた。だからたおした」

「襲われたのかね。ソレは災難だったね。しかし、これだけのものであれば良い値で売れるだろうとも」

「うれるのか」

 老人の言葉に、水彦は眉を跳ね上げた。

 そんな様子を見て老人は面白そうに笑い、後ろにそびえる大きな建物を指差した。

「ギルドに行けばのぉ。お前さん、それが目的ではなかったのかね?」

「ぎるどにはいくつもりだった。けど、しごとじゃないのに、かねがもらえるとはおもわなかった」

「ほお。ギルドに登録をして居るわけではないんだね。ならば、知らないかもしれないね。あそこは魔獣の体を買い取ったりもするんだよ」

「そーなのかー」

 大きな建物。ギルド本部を眺め、感心したように頷く水彦。

 そこで、老人が背中に差している旗が目に入った。

 達筆な字で「ビョウキ、ケガ、ちりょういたしマス」とか書かれたそれは、ずいぶん古いものの様に見受けられた。

 ビョウキという文字に、水彦の頭にあることが思い浮かぶ。

 通りがかりの村で耳にした、病気のおっとぉのことだ。

「じいさん、おいしゃせんせいなのか」

「ああ。この旗だね。私はシャルシェリス教の修行僧でね。病気や怪我を治させていただく、修業の一環なんだよ」

 そういうと老人は、両掌を合わせて頭を下げて見せた。

「そうなのか。おつとめ、おつかれさまです」

 日本人の反射行動だろう。

 水彦も思わず、両手を合わせて頭を下げる。

「それなら、このさきにある、のうそんにいってみてくれないか。ここむらとかいうところだ。びょうにんがいる」

「ほう、そうなのかね。それはいけない。あの村は町に近いのに、ドラゴンが出て医者も行商も行き来が出来なかったからね」

「そのどらごんなら、これだ」

 言いながら水彦が差したのは、引きずっていたコルテセッカだ。

 老人は指差されたコルテセッカを確認して、何度か頷いた。

「いやいや、たしかに。ギルドで討伐隊が組まれて出発するといっていたが、お前さんが先に退治したんだね」

 その言葉に、水彦の眉が眉間によった。

 ギルドで討伐隊が組まれていたということは、それがギルドで仕事になっていたということだ。

 誰かの仕事を取ったのだとしたら、それは宜しくない。

 自分は知らなかったとはいえ、誰かの仕事を取ったのだとしたら、食い扶持を奪ったことになる。

 まして自分はこれからギルドにお世話になろうという身なのだ。

 もしそれが問題になったら。

「かってにたおしたら、まずかったか」

 悩むように唸る水彦に、老人は笑って答える。

「なぁに、なかなか倒せないから討伐隊なんて組んだのだから。かまわないだろう。きちんとギルドに報告すれば報奨金を貰えこそすれ、怒られはしないとも」

「そんなもんか」

「そんなものだとも」

 大きく頷く老人の様子に、水彦はほっと胸をなでおろす。

「では、早速ココ村に行くとするかのぉ。道中のドラゴンはお前さんが倒しておるし。病人も心配だからね」

「そうしてやってくれ」

 背中の荷物を背負いなおす老人に、水彦はこくこくと頷いた。

「そうそう。私の名前は、コウガク。旅の修行僧、コウガク。縁があったら、また会うこともあるだろうね」

 老人、コウガクはそういうと、両掌をあわせて深々と頭を下げた。

 水彦も同じように頭を下げ、名乗る。

「おれは、みずひこ。むしゅく、けんきゃく、みずひこ。いろいろおしえてくれて、ありがとうございます」

「いやいや。私のほうこそ。病人がいるという話を聞けて助かったよ。助けてあげられるかもしれないからね」

 うれしそうに笑うコウガク。

 そんな様子に、水彦は好ましい物を感じだ。

 このコウガクという老人は、いいやつだ。

 そう、しっかりと心に留めておく。

「では、また」

「ああ、また」

 お互いにそう行って、水彦はギルド本部に向かって、コウガクは街の外へと向かって歩き出した。

 少し進んだところで、水彦の頭に赤鞘の声が響いた。

 いつぞや話した面白い僧侶と言うのは、どうやら今分かれたコウガクという老人らしい、と。

 水彦は振り返り、コウガクの背中に視線を投げた。

 離れていく背中を少しの間眺め、再びドラゴンと狼を引きずり、歩き出す。

 なにやら面白い人物だとは思ったが、そうだったのか。

 水彦は妙に納得した気分になっていた。

 あのじいさんなら、そうかもしれないと、予感めいた物を感じだからだ。

 赤鞘のところに向かうのであれば、また間違いなく会うだろう。

 そのときが楽しみだ。

 水彦は珍しく顔に笑顔を浮かべて、そう思った。




「ぎー、き? ぎ、ぎる。ぎるてぃぎ。ちがうな。ぎると、ど? ぎー、るー、ど。ぎるど。おお。ぎるどだ」

 看板を読むだけで、たっぷり一分以上はかかっていた。

 ギルド前までやってきた水彦だったが、ここで恐ろしい難関が彼を襲っていた。

 水彦は海原と中原の文字を読むのが、苦手だったのだ。

 水彦が苦手ということは、当然赤鞘も苦手ということになる。

 赤鞘と水彦は協力して、必死になって、ようやく三文字の看板の解読に成功したのだ。

 ちなみにこのあたりで使われている言葉はローマ字に非常に酷似していて、言葉が喋れるなら文字も書けるといわれるほど簡単だった。

 赤鞘と水彦のオツムが残念な感じなのは、今に始まったことではないのだ。

 ようやく目的の場所にたどり着いた水彦だったが、さらに大きな壁が立ちはだかった。

 持ち物がギルドに入りきらないのだ。

 持ち物と言うのは当然、ドラゴンと狼のことだ。

 幾ら建物がでかくても、ものは10mをゆうに超える肉の塊である。

 そもそもギルド都市とも言われるアインファーブルの道だったから通れたような物の、普通はこんなでかいものを引きずれる道が有る街はないだろう。

 なにせ馬車などよりもよっぽど横幅があるものを二つも引きずっているのだ。

 普通の街ならば、民家や商店に引っかかって大変な騒ぎになっているだろう。

 ともかく、荷物を持ったままではギルドに入れない。

 ならば外においていくしかないわけだが、水彦はそれが不安で仕方がなかった。

 誰かに持っていかれたらイヤだからだ。

 水彦は、自分が引きずってこれたのだから引きずっていける奴もいるだろう、と、思っていた。

 実際そんな豪気なヤツは居ないだろうが、当人がそう思っているのだから仕方ない。

 だが、置いていかなければギルドの建物に入れない。

 難しい問題に唸る水彦。

 だが、そこで水彦は、あることを思いついた。

 コルテセッカを壁際に寄せると、その上にワイバーンを重ねる。

 少年がワイバーンを担ぎ上げて放り投げる姿にどよめきが起きるが、水彦はそれが自分に向けられているとは露ほどにも思わない。

 さらにその上に狼を重ねると、水彦は屈み込み、地面を引っかき始めた。

 何か良く分からない植物性っぽいもので舗装されている地面は相当に硬かったが、水彦の体は高圧で圧縮された、神に祝福された水で出来ている。

 たとえアスファルトだろうが、その気になればえぐることが出来るのだ。

 数分かけてつけた引っかき傷は、海原と中原の文字の形をしていた。


 みずひこ の もの


「よし、かけた」

 満足そうにつぶやき、額を拭う水彦。

 そう、彼は自分の名前を書くことで、所有権を主張することにしたのだ。

 地面にでかでかと書かれたその文字は、ドラゴンの前にくればいやでも目に入るだろう。

 水彦はやり遂げた男の顔で満足げに頷くと、ドラゴンなどを放置してギルドの中へと続く扉へと歩き出した。

 名前さえ書いてあれば大丈夫。

 そんな安直な考えの水彦だった。

 ギルドの中へと消えていく水彦を見送って、暫く。

 硬直していた周りの住民達が動き出した。

 そして、ドラゴンの前に書かれた文字を前に、呆然とした顔で話し合っていた。

 言葉こそ違え、内容は殆ど同じだった。

「あいつ、水彦って言うんだ」

 どうでもいいところで名前が売れた、水彦だった。




 ギルドに入った水彦は、ギルド職員達が奇妙な表情で固まっていることに首をかしげた。

 門の外に居たギルド職員が既に本部に連絡をしていたことや、外から水彦の様子を見ていたから、入ってきたことにびびったのだが、勿論水彦はそんなことは考えもつかない。

 きっと自分の服が珍しいんだろうと微妙にずれたあたりを付けると、早速案内掲示板らしき物へと歩み寄った。

 そして、たっぷり十分かけてそれを解読する。

 この街の一般的な家庭に育った者であれば、六歳ぐらいで十二分に読めるそれを、赤鞘と水彦の一柱と一人がかりでやっと解読したのだ。

 両膝に手を付いて肩で息をする水彦の姿に、周りのギルド職員達は唖然としている。

「あ、あんない、かうんたー」

 解読して、水彦が出した結論。

 それは、案内係の人に聞こう、という物だった。

 ある種賢明な判断と言えなくも無い。


「しょ、少々お待ち下さいっ!」

 案内カウンターに居た職員はそういうと、転がるようにして扉の奥へと消えていった。

 お待ち下さいといわれた水彦は、それもしょうがないかと思いため息をついた。

 外で老人と話した限りでは、今日は討伐隊とか言うのが出発しているという。

 ギルド関連の仕事なのだろうから、きっと忙しいのだろう。

 そう思っていたのだ。

 勿論、自分がやばいやつだと思われてるとか、職員のお姉さんがビビッて逃げたとかは一切考えていない。

 自分の中ではあくまで一般的な行動を心がけている水彦なのだった。




 数分後、水彦の前に現れたのは先ほどの女性ではなかった。

 でっぷりとした体格に、少し眠たげな目。

 緑色の肌が特徴的な、リザードマンの中年男性だ。

 かなり横に広い体型をしているが、これがリザードマンの平均的な形状というわけではないだろう。

 おそらくはメタボリックシンドロームに片足を突っ込んだ、中年太りだ。

 リザードマン男性は水彦が待つカウンターに立つと、「お待たせしました」と声をかけてきた。

 はじめてみるリザードマンに目を丸くする水彦だったが、すぐに気を取り直してカウンターへと向き直った。

 あまりじろじろ見るのは失礼だと思いつつも、普段あまり眼球をせわしく動かさない水彦は男性を真正面から見据えていた。

 赤鞘譲りの真顔でいると怖い顔な水彦に見据えられても、リザードマン男性は一切動じず口を開いた。

「私はこのギルドの責任者をしております、ボーガー・スローバードと申します。ご用件をお聞かせ願えますか?」

 ボーガーと名乗ったリザードマンの丁寧な対応に、水彦は居住まいを正した。

「みずひこといいます。ぎるどへのとうろくと、あと、そとにおいてあるものの、かいとりをたのみたいんですが」

「やはりまだ登録をなさっていない方でしたか。見たことの無い方が大型の魔獣を引きずってきたと、職員が驚いていまして」

 言われて、水彦は後ろを振り向いた。

 外に積んである獲物は、たしかにでかくて目立つ。

 たしかに引きずって歩いていたら、驚かれるかもしれない。

「そうか。おどろかせてたんだな。すまなかった」

「いいえ、お気にせずに。とはいえ、魔獣を狩ることで成り立つ町ではありますが、あれほどのものは珍しいですから」

「そういえば、あれのとうばつたいが、でてるときいた。よこどりして、めいわくだったか」

「いえいえいえ」

 ボーガーは大きなしぐさで首を振った。

「アレには手を焼いていましたから。大きな被害こそまだ出ていませんでしたが、何時どうなるか分かりませんでしたから。だからこそ、討伐隊も組んだのですからな」

 実際、コルテセッカによる直接の被害は出ていなかった。

 とはいえ、これからも出ないとは限らない。

 何かがある前にと討伐隊が組まれたのだが、何事も無く倒されていたのであればそれに越したことは無い。

「それにしてもあのコルテセッカを倒すとは。何人かのパーティーで討伐されたのですか?」

 ボーガーの質問に、水彦はどう答えたものかと思案した。

 話しても通じないであろうこともあるし、隠しておいたほうがいいことも有る。

 少し考えてから、水彦は口を開いた。

「いろいろと、じじょうがこみいってるんだが」

「なるほど。分かりました。場所を変えましょう」

 そういうと、ボーガーは近くにいた職員に目配せをする。

 それまで呆けたようにしていたギルド職員達は、それを合図にしたように動き始めた。

 ボーガーはカウンターから出ると、「こちらへ」と水彦を促して歩き出す。

 小首をかしげながらも、水彦は素直にその後について行くことにした。




 現在ギルドの頂点にいるボーガーは、事務畑の出身だった。

 ある時は経費を計算し、ある時は曲者揃いの冒険者との交渉を担当し、ある時は国との取引もやってのけていた。

 ボーガーは自分を、優れた才能のある人間だとは思っていなかった。

 実際に冒険に出ることはできないし、算術が得意なわけでもない。

 会話術に長けるわけでもないし、魅力的な外見を持っているわけでもない。

 それでも自分がこの立場に今いる理由があるとすれば、それは「人を見る目」が有るからだと思っていた。

 そしてボーガーは、それだけは誰にも負けない自信を持っている。

 事実、彼のお眼鏡にかかった人間は、ことごとく大成していた。

 彼はただ、その人間に見合った仕事を、見合ったときに与えているだけだ。

 そう、自分の事を評価していた。

 そんなボーガーの目から見て、水彦と名乗る少年は破格のものを持っていた。

 それは冒険者の卵や、素晴らしい使い手になるであろう人物を見つけたときに感じるものではなく。

 既にとてつもない人物になっているものを見たときに感じるそれだった。

 ボーガーは魔力を感じることもできなければ、達人の身のこなしを見極められるわけでもない。

 ただ、全身からかもし出される雰囲気を読み取っているのだろう。

 そんな風に、本人は考えていた。

 そういうとなんだか頼りないものの様にも思えてくるが、実際彼は今までこの直感に素直に従い成功してきていた。

 実際今までこの直感は一度も外れたことが無く、一種の特殊能力だとさえ言われていた。

 もちろん、ボーガー自身はそんなに大それたものではないと思っているのだが。


「こちらです」

 ボーガーが水彦を案内したのは、ギルド本部奥にある、応接室だった。

「ここは外部からの盗聴などに対応する為の魔法が張り巡らせてあります。気兼ねなくお話しいただけると思いますよ」

 そういうと、ボーガーは水彦に席を勧めた。

 革張りの大きなソファーに腰掛けながら、水彦は心の中で首をかしげた。

 話だけなら、別にこんなところでなくても出来るのでは、と、思っているのだ。

 ボーガーは水彦の言った「じじょうがこみいっている」という言葉を、「ここでは話せない無い内容だ」と捉えていた。

 その為、こうして他人に話しを聞かれる心配の無い場所に移動したわけだ。

 ボーガーは自身も水彦と机を挟んだ迎え側のソファーに腰を下ろし、「さて」と、話し始めた。

「差し支えなければ込み入った事情、というのを、お話しいただけますでしょうか」

 ボーガーに促され、水彦はコクリと頷いた。

「ごりらとかげは、おれのしりあいがたおした」

「知り合い、ですか。それは複数の方が協力して、ですか? それとも。一人の方が、単独で、ですか?」

「ひとりのやつが、ひとりだけでたおした」

 水彦の答えに、ボーガーは目を鋭く細めた。

 コルテセッカを単独で倒しきる戦力を持つ人材は、実際少なからず存在する。

 近くにいるもので言えば。

 メテルマギトの“鋼鉄の”シェルブレン。

 ステングレアの“紙屑の”紙雪斎。

 この二人だろう。

 だが二人とも国に仕える者であり、冒険者等の類ではない。

 強い力を持つものは、それ相応の地位や立場にいるのが普通だ。

 それに、少なくともボーガーは、水彦と名乗る少年の事を、部下から報告があるまで知らなかった。

 ギルドは世界中の国々に支部を持つ、世界有数の情報機関だ。

 それほどの実力者でありながら、ギルドの頂点に立つボーガーの耳に名も入らないなどということは、本来ありえない。

 だが、実際にココにこうして存在している。

 水彦が嘘をついているとは思わなかった。

 その必要もないし、少なくとも水彦であればコルテセッカを単独で倒せるだけの能力を持っていると、ボーガーは見ていた。

 その彼がそういうのであれば、つまりそういうことなのだろう。

「コルテセッカは貴方が倒したのではなく、知人がお一人で倒した。そういうことですね」

「そうだ。それをひきずってたら、はねとかげと、おおかみがおそってきた。それはおれがたおしたな」

 はねとかげと、おおかみ。

 正式名を、レッドワイバーンと、ハガネオオカミ。

 レッドワイバーンは気性が荒く、熱線に似たブレスを吐くことで有名だ。

 ハガネオオカミは非常に毛皮が頑丈で、針金のような毛をしていることからその名がついた。

 どちらも並みの冒険者が一人で如何こう出来る相手ではない。

 だが、この水彦の言葉は事実だろう。

 ボーガーはそう確信していた。

 この部屋に来るまでに部下から上がってきた情報によれば、水彦が外に積んでいた動物はどれもこれも首を一太刀で切られていて、それが致命傷だったという。

 その一太刀以外は、外傷らしい外傷は一切なかったとも。

 拘束してであれば可能だが、普通はそんなことが出来る相手ではない。

 よほどよい拘束方法があるならばともかく、普通であればそんなことをするよりも攻撃をしたほうが効率がいいし手間も無い。

 にも拘らず、傷は一つでそれが致命傷となれば、答えは限られてくるだろう。

 何より、水彦はそれら全てを引きずって歩けるだけの力があるのだ。

 それだけ見ても、嘘だと笑っては済まされるものではない。

 ボーガーは少しの間考えるように顎に手をやると、一つ頷いた。

「そのコルテセッカを倒したという方は、どちらに?」

「いろいろじじょうがあって、なまえはだせない。おもてにもでられないやつだ。ごめんな」

 名前は出せず、表にも出せない。

 この世界の神は有る程度名が知られているので、突然わいて出た赤鞘の名前を話すことは出来なかった。

 何がどうめぐりめぐって見直された土地にたどり着かれるか分からないからだ。

 そして、赤鞘は今土地を離れることは出来ない。

 少なくとも、水彦はそういう意味で今の言葉を放っていた。

 だが、ボーガーはそれを深読みした。

 名前も素性も姿も、表社会には出すことが出来ない人物だ、と。

「なるほど……。分かりました」

 ボーガーはそういうと、数回頷いた。

 そして、これ以上コルテセッカを倒した人物に関しては、この場では聞かないと決めた。

 まだ水彦という少年とギルドは、信頼関係を築けて居ない。

 強い力を持つものの情報は欲しいが、藪をつついて蛇が出てきたら叶わない。

「コルテセッカには懸賞金がかかっていました。これは、ギルドに登録している、していないにかかわらず支払われるものです。そのお金を、その人物に届けていただくことは可能ですか?」

 水彦は少し考えて、頷いた。

 赤鞘にお金を届けるだけなら、どうということはないと思ったからだ。

「では、素材としての買取金はいかがしましょうか。コルテセッカとそれ以外、分けたほうが宜しいですか?」

「いや。いっしょでいい。あのごりらとかげのあつかいは、まかされてるからな」

「なるほど。そうでしたか。では、そのようにしましょう」

 頷いたボーガーだったが、「そうだ」と、思い出したように口にした。

「いや、現場を離れて久しいもので、忘れておりました。とっておきたい部位などは御座いませんか? あれらは武器や防具などの素材としても一級品ですから。ご自分でお使いになることもあるでしょう」

 その言葉に、「ない」と答えそうになったが、水彦はすぐにあることを思い出す。

 一番大事なことと言ってもいいそれを忘れていた自分を叱責するように顔をしかめ、口を開く。

「にくは、くいたいから、とっておいてくれ」

「肉? 肉、ですか?」

「にくだ」

「喰いたいといいいますと、食べるおつもりですか?」

「そうだ」

「ええと。なんといいますか」

 ボーガーは眉にあたる部分をしかめ、なんとも言いづらそうに口を開いた。

「コルテセッカにしてもレッドワイバーンにしてもハガネオオカミにしても、食用にはあまり適さなかったと記憶しているのですが……」




「なんだとぉぉおおおおおおおああああああああああああ?!」




 完全防音のはずの応接室から響いた衝撃波のような絶叫に、ギルド本部は一時騒然となったという。

ギルドに入っただけです。

遅々として話が進みません。


次回はギルドに登録して金を受け取って、寝るところまで行く予定です。

休み無しで働いていたので寝てやろうという魂胆ですね。

なんて野郎だ。


じぃさんがでてきたので、出るといっていたうち一人は出てきました。

後の二人のうち、一人は次回出てきます多分。


さて、次回。

金を受け取った水彦は、とりあえず生活の拠点になる宿屋を探す。

そこでバケモノのような気配の男。

果たして、その男は何者なのか。

あんばふぉんで連絡を入れてきたエルトヴァエルは今何処にいるのか。

そして、結界の人こと”あの”アグニーは、念願の結界タックルを成功させられるのか。

乞うご期待。

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