二十七話 「どうも、ありがとう、ございます」
「なんでおそってくるんだこいつら」
うんざりとした表情でつぶやきながら、水彦は荷物を持ち直した。
片手に引きずっているのは、コルテセッカ。
反対の手に引きずっているのは、15mほどのワイバーン。
最後に肩がけに引っ掛けた縄に括り付けているのは、3mほどの狼20頭ほど。
コルテセッカしか倒していなかったはずなのに、なぜワイバーンや狼が増えているのか。
答えは実に単純だった。
コルテセッカの肉を求めて、水彦に襲い掛かってきたのだ。
最初に襲ってきたのはワイバーンだった。
コルテセッカを引きずって歩いていた水彦を、上空から強襲してきたのだ。
追い払おうとした水彦だったが、ワイバーンはコルテセッカの肉を諦める気配はなかった。
コルテセッカの肉は、水彦ほどではないにしても喰らえば力を得ることが出来る上質な物だ。
諦めずに襲い掛かってくるワイバーンに、水彦は痺れを切らせた。
赤鞘が内部を整えてまともになった刀を抜くと、大きく跳躍。
その首を叩き斬ったのだ。
コルテセッカのときは体と記憶の違和で遅れをとったが、水彦はけして弱くはない。
あの時も時間さえかければ、勝てていたのだ。
時間さえかければ、だが。
ワイバーンを迎撃した水彦は、早速その血抜きを始めた。
きちんと血を抜いておかないと、肉がまずくなるとアグニーの猟師ギンに聞いていたからだ。
そう。
水彦はこのとき、コルテセッカもワイバーンも、どちらも喰うつもりでいたのだ。
ワイバーンを地面に転がし、血抜きをはじめた水彦。
暫く体育すわりをして様子を見ていたのだが、垂れ流された血が思いがけないものを呼び寄せてしまった。
周囲の森に住む、大型の狼たちだ。
明確にコルテセッカとワイバーンの肉を狙うそぶりを見せる狼達を、水彦は最初は追い払おうとした。
しかし、狼達は殆ど動こうとしなかった。
水彦を舐めてかかっていたのだ。
それに気が付いた水彦は、ブチッ! と音がしそうな勢いでキレた。
元々、気が長いほうではないのだ。
二十頭以上居た3mを超える巨大狼達は、あっという間に首を切断された。
巨体の迫力と腕力を持って敵をほふるタイプの獣と、相手を一刀のもと斬り捨てる水彦のスタイルは相性も悪かったのだ。
狼達を倒した水彦は、早速血抜きを開始した。
喰えるかどうかは分からなかったが、もし喰えたとき血抜きが出来ていなかったら大変だ。
狼達を木につるし、水彦は体育すわりをして血抜きが終わるのを待った。
この間、邪魔をする動物は現れなかった。
ワイバーンや狼達が撒き散らした膨大な殺気や魔力で、周りの野生動物がビビッて逃げたのだ。
本人も知らぬところで、道の周りの脅威を追い払った水彦だった。
そんなこんなで、水彦は倒した獲物を引きずって歩いていた。
「おもい」
普通なら重いどころか、動かすこともできないだろう。
引きずっているから、コルテセッカやワイバーンはボロボロ、かといえば、そうでもなかった。
むしろその体には、傷一つついていない。
ドラゴンである二体にしても狼にしても、とても強固な体をしている。
地面を引きずったぐらいではどうこうならないのだ。
「まだまちにつかないのか」
顔をしかめながら、水彦は懐に手を突っ込んだ。
取り出したのは、アンバフォンこと、アンバレンスが作ったケータイだ。
すばやく指先で操作すると、周辺の地図が現れた。
赤い矢印で示される自分の位置と方位を確かめ、周りの様子と見比べる。
まっすぐな道ではあるのだが多少高低差があるらしく、街の気配は今までまったく感じることができていない。
「あってるのかこれ」
首を捻りながら目を凝らす水彦。
そこで、あるものが目に入ってきた。
三角形の、とがった物。
「んん?」
目を凝らせばそれは、人工物だと分かる。
塔か何かの、とがった屋根のようだった。
「やっとついたか」
水彦はため息を吐き出すと、引きずっているものを持ち直した。
見えるところまでくれば、あと少しだ。
ずりずりと獲物を引きずりながら、水彦は再び歩き始めた。
アインファーブルはその日、常にない緊張に包まれていた。
近隣に出たという「コルテセッカ」の討伐隊が出発する予定になっていたからだ。
この日のために呼び寄せられた、凄腕の冒険者達。
その数は総勢、20名にも及んだ。
普段は人と組まないものや、固定パーティのもの。
こういった大人数での討伐には普段参加しないそういったもの達も、討伐隊の中には含まれていた。
それだけ、コルテセッカが厄介な相手であるということだ。
壁に覆われた街に出入りする為の門の前に、その討伐隊の一団が集まっている。
皆一様に緊張した面持ちで、それぞれの装備を確かめていた。
相手は物語や伝説にも登場する、古代より人々を苦しめてきたドラゴンだ。
緊張するなというほうが、土台無理な話だろう。
討伐を依頼したギルド関係者や、町の住民の一部が見守る中、準備は粛々と進められていく。
ギルド関係者も住民も、不安や緊張の色を表情に滲み出させていた。
今はまだ被害こそ出ていないが、コルテセッカは人里を襲うこともあるドラゴンだ。
何時街に来てもおかしくない。
そして、そうなれば被害はとてつもない物になるだろう。
コルテセッカの得意とするブレスは爆発系だ。
着弾点を中心に、その周囲を吹き飛ばす。
もし街の中で、街の近くで戦闘になったら。
おそらく街は半壊ではすまないだろう。
国に所属せず、ギルドが運営しているこの街には、守備隊のような物は居ない。
何かあれば、街にいる冒険者に緊急依頼として防衛を頼む。
治安維持などもギルドが行うことで、どこの国の冒険者でも受け入れることのできる場所を作り上げたのだ。
これまでも、大型の魔獣が街の近くに現れることは何度かあった。
そういう場所だからこそ、それらを狩る冒険者が集まるのだ。
しかし、コルテセッカほどの魔獣が現れることは殆どなかった。
このレベルの魔獣は、そもそも人里に下りてくる理由がないのだ。
森などのほうが、食料も寝床も確保しやすい。
生存競争で逃げてくるにしては、コルテセッカは強力すぎる。
事実上ドラゴン種の中でも上位に位置するこのドラゴンは、体格差を物ともせず勇敢に戦うことで知られている。
たとえ相手が自分の倍の背丈が有る相手であっても襲い掛かり、倒してしまうのだ。
なぜ、そのコルテセッカがこんな場所に。
ギルドも町の人間も冒険者達も、皆疑問に思っていた。
そして、ある疑惑を抱いていた。
先日メテルマギトが行ったアグニー集落への強襲。
それが近くにある「見放された土地」を刺激したのではないか。
神の怒りを買ったのではないのか。
だから、コルテセッカのような恐ろしい化け物がこんな場所にも現れたのでは。
口には出さないものの、そう考える者は少なくなかった。
だとするならば。
このコルテセッカの出現は、異変の始まりでしかないのかもしれない。
頼もしいはずの討伐隊の出発を待つ人々の顔に明るい物がないのは、そう考える者が多いからだろう。
ここにいる二十人の戦力であれば、コルテセッカに遅れをとることはないだろう。
だが、これ以降はどうなるのか。
これが始まりであれば、一体何が現れるのか。
先の事を考えるれば、不安は尽きない。
冒険者達の準備を見守っていたギルド関係者の一人が、唐突に声を上げた。
「あれ?なんだあれ」
その声に、近くにいた何人かが顔を上げた。
そして、凍りつく。
ほかのその場にいる者たちも、徐々にそれに気が付き始めた。
最初に見えたのは、何か巨大な物体だった。
サイズが大きすぎる為か、最初はそれが何であるかは判断がつくものは少ない。
しかし、流石はギルドの街だ。
すぐに皆それがドラゴンの体であると気がつき始めた。
先にわかったのは、サイズで勝るワイバーン。
次に、コルテセッカだ。
そう。
コルテセッカだ。
これから討伐に行くはずのコルテセッカが、街に近付いているのだ。
とはいえ、慌てたり逃げ出すものはいなかった。
それが死んでいると、すぐに分かったからだ。
なにせ、奇妙な服を着た少年に引きずられているのだから。
「どうなってるんだ?」
誰かがつぶやいたその言葉は、その場に居た全員の気持ちを代弁したものだった。
そうこうしている間にも、少年は町のほうへと近づいてくる。
距離が縮むにつれて、コルテセッカやワイバーンだけでなく、狼の群れまで引きずっていることが分かった。
そしてそれら全ての首が、綺麗に落とされていることも。
それに気が付いたギルド関係者と冒険者の衝撃は、計り知れない。
これから命を懸けて倒しに行こうと思っていた獲物を、少年が引きずって歩いてきたのだ。
それも、明らかに力ずくで引きずって、だ。
10m越えのドラゴンと、15m超えのドラゴン二頭。
さらに、数多くの狼を、引きずって歩いているのだ。
異様な光景で、異常な光景だった。
一人で見ていたら、恐らく自分の正気を疑って見なかったことにして終わらせているところだろう。
冒険者たちに、ギルド関係者達。
そういった、普段から異様な光景を見慣れているはずの者達も、あっけに取られていた。
彼らでさえそうなのだから、町に住んでいる一般人たちの反応は凄まじかった。
呆けたような顔で棒立ち、がくがくと膝を震わせるなどというのはまだいいほうで。
中には早々に気絶しているものも居た。
それを知ってかしらずか、少年はずりずりとソレらを引きずり、街のほうへと歩き続ける。
徐々に近付いてくる少年は、町へと続く門へと一直線に歩く。
それに気が付いた人々は、慌てて道を空けた。
少年はソレに気が付いたのか、「どうも、どうも」と頭を下げながら、道を歩く。
そんな少年の様子を、周りの者達はただ黙って見守っていた。
というか、なんと声をかけていいかわからなかったのだ。
そもそも声をかける勇気があるものも、その場にはいなかった。
ふと、それまでもくもくと歩いていた少年が脚を止めた。
周りを見回すと、一番近くにいる人間に声をかける。
「あの。すみません」
「は、はい?!」
声をかけられたのは、ギルド職員だった。
ひっくり返った返事だったが、誰も彼を攻めることはできないだろう。
「あいんふぉーぶるは、ここでいいんですか」
「はい。間違い、ありません」
「にゅうじょうぜいとかは、とられますか」
街によっては、出入りに金を取られる場合も有る。
少年はそのことを気にしているのだろう。
ギルド職員はぶんぶんと首をふり、言葉を搾り出す。
「い、いえ。この街には、そういったものは、ないです、はい」
「そうですか」
そういうと少年は、再び向き直り、歩き出そうと一歩を踏み出す。
が、思い出したように立ち止まると、再びギルド職員のほうへと体を向けた。
九十度腰を折り、お辞儀をする。
「どうも、ありがとう、ございます」
「あ、いえ。どうも」
思わず、同じように頭を下げるギルド職員。
少年は何事かやり遂げた表情を見せると、再びずりずりとドラゴンなどを引きずって歩き出した。
この街の門は、大きな獲物を冒険者が捕らえてくることも想定して、大きく作られている。
少年が引きずっているものも、ある程度余裕を持って通ることができた。
唖然としたり震えていたり、気絶していたりする人々に見守られ、門の中へと入っていく少年。
「なに? あれ」
誰かがつぶやいたその一言は、その場に居た全員の気持ちを代弁するものだったという。
入ってきたところだけで思ったよりも長くなりました。
まあいいか。
予定してた三人も出てきませんでしたね。
次回は出したいんですが、果たして。
とりあえずジジィだけは出します。
ていうかそろそろ人も多くなってきたり、用語表とか作ったほうがいいんでしょうか。
なんか作者が忘れ始めてるんですよね。
でもそういうの作ってると、更新が出来なくなりそうなんですよね。
悩んじゃって。
どっちがいいんだろう。
誰か作ってくれないかしら。(死
とりあえず暫くは水彦パートが続きます。
各国の変化にしてもアインファーブルを中心に起こりますし、アグニー達も道具が無いと手詰まりです。
道具さえあれば家も立てますが。
なんて奴らだアグニー。
さて、次回。
水彦、ジジィと接触・水彦ギルドに入る
の、二本の予定です。