二十六話 「みんな、仲良くしてあげて下さいね?」
森林都市国家メテルマギトに捕まったアグニー達は、とても慎重に、とても丁寧に扱われていた。
なにせアグニー族は、国家全体の夢である「不老」を実現する為の大切な実験材料だ。
無駄に数を減らすわけには行かない。
着る物は常に清潔な物を支給されている。
食べ物も、アグニー個人個人の体調や思考を考慮され、常に適切と思われるものが用意された。
住む場所も、世帯ごとに一部屋ずつ、かなり広い物があてがわれていた。
心的ストレスで体調を崩す恐れも考慮し、運動場やレクリエイション施設も完備している。
医療設備なども、アグニー専門の医師が二十四時間詰めている場所が用意された。
考えうる、最高の環境と言っていいだろう。
さらに、アグニー達の身を守る制度も作られた。
向こう100年間、いかなる理由があってもアグニーを傷つけることも、殺すこともしては成らない。
アグニーは少数種族だ。
この世界に、全体で500人はいないだろう。
そのアグニーを、研究しなければならない。
研究するならば、数は多いに越したことはない。
ならば、暫くはその個体数の増加に力を入れよう。
それが、メテルマギト政府の決定だった。
百年という年月は、人間には途方もない年数だ。
寿命が人間の半分であるアグニーにとっては、それ以上に感じるだろう。
だが、ハイ・エルフたちにとって見れば、人間の感覚で言って10年ほどでしかない。
それほどまでの好待遇をよしとするほど、エルフ達はアグニー達を重く見ていたのだ。
何せ、種族始まって以来の念願が叶うかもしれないのだ。
どんな労力も、裂かれてしかるべきだろう。
メテルマギトの本気度を示すのが、アグニー達にあてがわれた住処だった。
アグニー達が今暮らしている場所は、空に浮く島だ。
全長一キロ以上。
多種多様な魔法が張り巡らされ、高い魔力を保有する樹木が多数植えられたその島の名は、「ケルプト」。
数年前まで移動軍事拠点として使われていたそれが、今は空飛ぶ牢獄として使われているのだ。
「どうなってるんだ?」
そのつぶやきは、捕まったアグニー達全員の思いを代弁した物だった。
突然集落が襲われ、訳が分からないまま空に浮いた島に連れてこられたアグニー達は、思いのほか好待遇を受けていた。
まず、飯が美味い。
服ももらえる。
寝る場所も、ふっかふかの布団が用意されていた。
風邪を引けば医者に見せられ、看病までされる。
適度な運動も出来るし、空も見えるからストレスもたまらない。
集落を襲われてつかまったからには、きっとひどいことをされる。
そう思っていたアグニー達にとって、これはまさに予想外の展開だった。
そして、先日エルフから知らされた話。
「暫くは皆さんの個体数を増やしていただこうと思います。身の安全は保障しますので、安心して暮らしてください」
これを聞いた時アグニー達は、大半が口をあけて固まってしまった。
一体彼らは自分達に何を求めているのか。
それが分からなかった。
有るアグニーが「自分達をどうするつもりなのか」と、質問をした。
白衣を着たエルフが説明をしていたが、殆どのアグニーにはまったく内容が理解できなかった。
話が難しすぎたのだ。
かろうじて内容が理解できたアグニー達が話し合い、要約してこれじゃないかと結論付けた理由が、以下の通りだった。
アグニーの使う魔法が、エルフも使いたいみたい。
だからアグニーを調べる。
でも数が少ないから、増やす。
増えるまでは殺さない。
大体あっていた。
しかし、ここでアグニー達の中から疑問の声が上がった。
強化魔法しか使えない自分達の、何を調べたいというのか。
そう、アグニー達にとって不老という特徴は、もって生まれたものなのだ。
魔法の効果だと思ったことなど一度もない。
幾ら考えても、エルフ達が自分達に求めている物が、アグニー達には思いつかなかった。
もしかして、間違ってつかまったんじゃないか。
そんな風にさえ思えてきた。
逃げ出そう、という考えは、誰も持たなかった。
エルフが強いことを皆が知っていたし、アグニーが弱いことを皆が知っていたからだ。
それに、自分が逃げたら仲間がどんな目にあうか。
想像しただけで、逃げたり抵抗したりする意識はごっそりと奪われていた。
仲間想いである彼らの特徴が、悪いところで働いたのだ。
芝が生え、一面を壁に囲まれた正方形の運動場で、アグニー達は運動にせいを出していた。
壁にタックルしたり。
ボールにタックルしたり。
浮遊する不思議なサンドバックにタックルしたり。
お互いにタックルしあったり。
素振りならぬ、素タックルをしたり。
思い思いに汗をかいているアグニー達たちを横目に、数人のアグニー達が運動場の隅で円陣を組んでいた。
捕まったアグニー達のリーダー達だ。
それぞれ沈痛な表情をして、うつむいている。
「飯が……美味いんだよ」
ある一人がつぶやいた。
その言葉に、他のアグニー達も頷く。
「俺達がうまい飯食ってる間、逃げた連中どうしてるのかなぁ」
それは、殆どのアグニー達が思っていることだった。
逃げたアグニー達は、恐らく集落へは戻っていないだろう。
着の身着のまま、誰にも頼れずに逃げ回っているに違いない。
まともにごはんを食べているのか。
それすらも怪しい。
「みんな、散り散りになってるのかな」
「心細いだろうなぁ……」
アグニーは弱い。
肉体的には、単体なら犬にも負けるだろう。
だから、集団でいることを望む。
精神的にも、仲間が近くにいることで安心する。
例外はあるが。
彼らは捕まっている自分達よりも、逃げている仲間のほうを心配していた。
もちろん、自分達の将来の事だって心配だ。
仲間の事が気にかかって仕方がないのだ。
「でも、気にしてもどうしようもないんだよな。俺達、ここから出られないし」
「そうだな。あいつらの無事を神様に祈ってやることぐらいしか出来ないんだなぁ」
そういって、一人のアグニーが空を見上げた。
空は吹き抜けになっていて、太陽が輝いている。
アグニー達は日々、太陽に座するという太陽神アンバレンスを拝んでいた。
実物を知ったら、さぞ驚くことだろう。
「長老や、スパン、マーク、ギン。皆、元気だといいな」
しみじみとそうつぶやくアグニーの青年。
他の面々も、表情を暗くしてる。
そのときだった。
カンカンカン カンカンカン
鐘の音が、運動場に響き渡る。
アグニー達の視線が、一斉に出入り口のほうへと集まった。
「ごはんのじかんだ!」
そう、この鐘は、食堂でのご飯の時間を報せるものなのだ。
「「「わー!」」」
一斉に走り出すアグニー達。
とりあえずではあるが、メテルマギトにつかまったアグニー達は、非常に元気だった。
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土彦がアグニーの簡易拠点を訪れたのは、森の中にマッドアイを放ち終わってすぐのことだった。
彼らと遭遇する前に、報せておいたほうがいいと思ったからだ。
お昼ご飯が終わった直後を狙ったこともあり、アグニー達は皆集落にいた。
「これは、土彦様! ようこそお越し下さいました!」
「へ、へへぇーっ!!」
「ありがたやありがたや!」
土彦の訪問に慌てふためくアグニー達。
アグニーとはそういうものなんだろうと思って落ち着かせるのを諦めている土彦は、とりあえず冷静そうなものに声をかけた。
「皆さんにお伝えすることがあります。全員を真ん中にある広場に集めて下さい」
「は、はひ?!」
頼まれたアグニーは大いに慌てた。
なにせ、神様のお使いからものを頼まれたのだ。
慌てて長老のところに行き、事情を説明した。
長老も、今にも心臓が止まるんじゃないかというほど大いにあわてた。
なにせ、神様のお使いからものを頼まれたのだ。
長老は大慌てで、ハナコのほうへと走った。
身振り手振りで指示を与えると、ハナコはコクリと頷いた。
そして。
ゴオオオオオオオ!!
気合の乗った鳴き声を放つ。
トロルであるハナコの鳴き声は、遠くまで良く響く。
何かあったときの合図に、良く使われるのだ。
この場合の意味は、「全員即集合」だ。
昼食を食べ終え、それぞれの仕事に行こうとしていたアグニー達は大いに慌てた。
荷物や道具を投げ出し、一目散に広場へと走った。
途中で転んだりしたものなどは、周りのアグニーに持ち上げられて走った。
モノの数分で広間に集まってアグニー達は、皆一様にすごい有様だった。
髪の毛に葉っぱが絡んでいたり、片足がつぼに突っ込まれていたり。
「あの、そんなに慌てなくてもよかったんですよ?」
思わずそうつぶやいた土彦の表情は、若干引きつっていたという。
体育座りや正座をして注目するアグニー達を前に、土彦は今日ここを訪れた理由を話し始めた。
内容は勿論、マッドアイたちについての説明だ。
説明といっても、相手はアグニーだ。
細かく説明しても理解できないことを、土彦もおおよそ知っていた。
なので、説明は極々簡単に済ませることにしていた。
つれてきたマッドアイを手に乗せ、土彦はアグニー達の良く見えるように突き出す。
マッドアイはマッドアイで、何を思ったのかアグニー達に手を振っていた。
それを見たアグニー達は、感動の声を上げた。
「おおー」
「すげー」
「タックル?」
「ゴーレムだー」
「おもしれー」
ゴーレムという単語が出てきたことに、土彦は少なからず驚いた。
アグニーの集落では、ゴーレムなんて見たことがないはずだからだ。
だが、疑問はアグニー達の感動の声で解決された。
「物語で聞いたことはあったけど、実物ははじめて見るなぁ」
聞いたことはある、ということらしい。
事前に土台となる知識があるのとないのとでは、話しやすさが違う。
土彦は早めに理解してもらえそうなことに喜びながら、説明を始めた。
「これはマッドアイと言って、見聞きしたことを私に報せてくれる新しい森の仲間です。みんな、仲良くしてあげて下さいね?」
「「「はーい」」」
説明というか、小学校低学年の授業並だった。
が、アグニー達にはこのぐらいが丁度よかったらしい。
「すげー」
「かっこいー」
「結界ー」
「おもしれー」
といった具合に、感動の声を上げている。
ざわついているアグニー達を笑顔で眺めながら、土彦は頃合いを見計らって声をかけた。
「質問がある人は、手を上げて下さいねー。順番ですよ?」
まさに小学校の先生だ。
「はーい」
「はい、どうぞ」
土彦に促されたアグニーが立ち上がると、騒いでいたほかのアグニー達はぴたりと喋るのをやめた。
集団行動が得意な彼らは、言われなくても人が話すときは静かに出来るのだ。
「そのまっどあいっていうのは、どこから来たんですか?」
「これは私が作った、魔法生物です」
にっこり笑って答える土彦。
その答えに、アグニー達は沸きあがる。
「おー!」
「すげー!」
「結界」
「かっこいー!」
土彦はアグニー達が感動をひとしきり味わった頃合いを見計らって、声をかける。
「他に質問はありますか?」
「はーい!」
「元気がいいですね。はい、どうぞ」
「なんで、マッドアイを作ったんですかー?」
土彦はその質問に、満足そうに頷く。
「いい質問ですね。それは、外から来るかもしれない悪い人を見張ったり、皆さんが迷子になったときのためですよ。何かあれば、マッドアイが私に報せてくれますから」
「おー!!」
「かっこいー!!」
「結界ー!」
「おもしれー!!」
感動に沸くアグニー達。
ちなみに、意味は6割ぐらいしか分かっていない。
人数的な意味でも、内容的な意味でもである。
基本的に難しいことを考えるのが苦手なアグニー達だった。
「はーい! 土彦さま、はーい!」
「はいはい。どうぞ?」
元気良く手を上げるアグニーに、土彦はうれしそうに笑いながら促す。
「マッドアイを触ってみたいです!」
「俺も!」
「私も触ってみたいです!」
「結界!」
「わたしもー!」
元気良く手を上げるアグニー達。
土彦はそんなアグニー達の様子を見て楽しそうに微笑むと、森のほうへと軽く手招きをした。
それを合図に、わらわらと小さな物が広場のほうへと集まってくる。
土彦が待機させていた、マッドアイ達だ。
「うわー!」
「すげー!」
「たくさんいるー!」
目をきらきらとさせるアグニー達だが、飛び出して触ろうとするものはいなかった。
きちんと我慢が出来る、えらいアグニー達だった。
土彦はそんなアグニー達の様子に、うれしそうな笑顔を作る。
「さあ、触っていいですよ。強く握ったら形が変わっちゃいますから、気をつけてくださいね?」
「「「はーい!!」
土彦の言葉を合図に、アグニー達は一斉に走り出した。
みんなでマッドアイたちにたかり、転がしたり突っついたりしだす。
「すげー!」
「泥でできてるー」
マッドアイたちも覚悟はできていたのか、特に抵抗もなくアグニー達に弄繰り回されていた。
強く握って壊したりしないよう、アグニー達も気を使っている。
それがマッドアイ達も分かったのか、お互い友好な初接触になっているようだ。
なかよく触れ合っているアグニーとマッドアイの様子に、土彦も満足そうに笑っていた。
そこで、あるアグニーが土彦に声をかけてきた。
猟師のギンだ。
「土彦様、見てください!」
「どうしました?」
にっこりとした笑顔で振り返った土彦の表情が、瞬時に凍りついた。
ギンの手の上に載っていたマッドアイが、マッドアイの形状でなくなっていたからだ。
正確には、足四本、腕二本の、何か外骨格っぽいクリーチャーの形になっていたのだ。
くびれた関節や、磨かれた表面が妙に作りこまれていてリアルな出来栄えになっている。
もはやマッドアイの面影を残していない形状のそれがマッドアイだと分かるのは、それが土でできていること、満足そうにポーズをとっていること。
そして、土彦へ映像と音声を送ってきていることからすぐに確認が取れた。
マッドアイは、自分に危害を加えようとするもの、加えたものが現れた場合、土彦に報せるように作られている。
ここまで形状が変化しているにも拘らず報せてこなかったということは、形を変えられるのを危険と捉らえなかったということに成る。
マッドアイには、自分で自分の体を変化させるという能力がある。
それはスライムの様に形を変えるのではなく、自分の体を叩いて形を変えるという非常に物理的なものだ。
その能力を使うことで、狭い場所などにも入り込むことができるのだ。
その延長で、有る程度であれば形が変わっても、動くことができるという能力も持っていた。
彼らマッドアイは、情報収集することが仕事だ。
ちょっとやそっとでは壊れず動き続けられるように、体の状況に合わせて稼動箇所などを最適化できるのだ。
「ということは……」
つぶやき、土彦は眉間に皺を寄せた。
マッドアイはギンによる改造を脅威とみなさず、改造にあわせて体の内部を組み替えたということになる。
土彦は手を伸ばすと、ギンの手の上にのった形状変化したマッドアイを突っついてみた。
四本の足を器用に動かし、つっつかれた衝撃を逃がすマッドアイ。
どうやら、四本足、二本腕という形状にばっちり適応しているようだ。
形状変化に、自分を稼動させる魔法を最適化させる。
とはいえ、ここまで形が変わっても最適化するとは、作った本人である土彦も思っていなかった。
「これは、興味深いですね」
楽しそうに笑いながら、マッドアイをつつく土彦。
そんな彼女に、ほかのアグニー達も声を上げた。
「土彦様! こっちも見てください!」
「俺も形を変えてみました!」
「かっこいいですよー!」
口々に声を出しては、掌に載せたマッドアイを見せるアグニー達。
どのマッドアイも、原形は一切とどめていなかった。
にも拘らず、元気に動き回ってる。
中には元の形状よりも、遥かに動きやすそうに飛び跳ねている物までいた。
土彦は目を見開き、呆けたように口を開いた。
形状変化による、行動力の低下。
それを避ける為の、形状変化後のロジックを変化させる最適化魔法。
そういったものが、自分の予想を超えて機能していることに対する衝撃に、土彦は打ち震えた。
「あっはっは。すごい。素晴らしい」
僅かに手を震わせて笑う土彦に、アグニー達は口々に声をかける。
「アグニー族は細工は得意なんですよ!」
「なんかこー、マッドアイが動く為のなんかを、邪魔しないように作るのがポイントだよなー!」
「ポイントポイントー」
「結界!」
「腕とか足太くして、腰を細く!」
「腰が細いゴーレムなんてゴーレムじゃない! どーん! ばーん! がいいんだっ!」
「ぐっ! 古きよきゴーレムの威光がっ! でもこれもかっこいいだろう!」
「ぐはぁ! 新勢力の勢いかっ! まだまだー!」
はしゃぎまわるアグニー達の声で、土彦は我に返った。
そして、にっこりと笑顔を作り直すと、アグニー達に声をかける。
「いいですか、皆さん。マッドアイたちは森のいろいろなところにいます。もし見かけたら、その場所ですごしやすいように、形を変えてあげてくださいね?」
「「「はーい!!」」」
「はい! いいお返事ですね! とても、とてもとても楽しみにしていますよ」
とてもいい笑顔でそういう土彦に、アグニー達は素直に張り切った。
まだ手をつけていないマッドアイを、早速いじり始める物もいる。
そんなアグニー達を見て、土彦は心底うれしそうに笑う。
土彦が作り上げようとしてたマッドアイ・ネットワークは、実はある問題にぶち当たっていた。
製作しようとしていたマッド・トロルが、上手く稼動しなかったのだ。
大型のマッドゴーレムに情報処理能力を乗せるのが、予想以上に難しかったのだ。
アグニー達が弄ったマッドアイの駆動データがあれば、あるいは大型のマッドシリーズにも転用できるかもしれない。
土彦はそう考えていたのだ。
ニコニコとそんなことを考えていた土彦の耳にあるアグニー達の会話が飛び込んできた。
「でも、マッドアイって骨ないよなー」
「石でも入れたら、骨になるかなぁー」
ゴーレムの事を良く分かっていないアグニーの言葉。
その言葉に、土彦は雷に打たれたような衝撃と感動を受けた。
「そうか……鉱石を内部に組み込んで骨格にすれば、つぶれていくこともなく大量の情報を組み込める泥を材料にしたゴーレムが作れますよね」
暫くぶつぶつとつぶやいていた土彦は、笑顔でアグニー達の輪に入っていった。
新しい発想は、柔軟な考えから生まれる。
それを今しがた、実地で体験した土彦。
この世界に存在する全ての形式の魔法を理解している彼女が今欲しているのは、柔軟で変化に富んだ発想だった。
それを与えてくれる存在たちと話をしようと、土彦はアグニー達のほうへと足を進めた。
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赤鞘の周りに埋められた樹木は、全部で八本。
そのうち、「精霊樹」と呼ばれる樹が四本。
「世界樹」が二本。
「調停者」が二本であった。
世界的に見てもこれだけの樹木が一箇所に集中しているのは、この見放された土地の荒野だけだったりする。
が、当事者達にとってはそれはどうでもいいことだった。
一本あれば森ができる、とか。
その存在だけで周囲が浄化される、とか。
そんなご大層な樹が八本も有る状況なのだが、当事者達にとって見ればやっぱりどうでもいいことだった。
「へー。じゃあ、精霊樹の人たちは、属性を決めないといけないんですか。なんかメルヘンですねー」
物凄く他人事な感じで、赤鞘は頷いた。
ことの始まりは、精霊樹の精霊達が言い出した「属性の決定」に関しての話し合いだった。
なんでも精霊樹と言うのは、炎や水の精霊を宿らせることで成長する樹木らしく、有る程度成長したら自分が世話をし、世話をされる自然精霊を選ばねば成らないのだという。
その決定を、ぼちぼちしなければいけないのだそうだ。
「しょうだおー」
「きめりゅー」
ころころと転がる精霊達。
赤鞘は腕組みをすると、地球に居たころの事を思い出していた。
たしかに地球にも、火や水、風の精霊と言うのは居た。
それぞれの神様がいたのだから、精霊も居た。
多神教である日本では、いろいろな神仏がいたのだ。
「で、皆さんは何にする予定なんです?」
「んっとねー」
「えっとねぇー」
「まだきみぇてあいおー!」
「きみぇてあいー」
その言葉にがっくりとうなだれたのは、調停者の精霊だった。
この二本は共に他の樹木よりも樹齢が1~2年長いらしく、流暢に言葉を喋る。
「早く決めないと、いろいろ面倒ですよ?」
「そうそう、大きくなれないよ?」
「えー?!」
「しょれは、やー!」
「やー!」
「はやくじょくしぇー、きめおー!」
わたわたと騒ぐ精霊樹たちをみて、世界樹は思い出したように手を叩く。
「そうだ! ぼくたちも、じょくしぇーきめれりゅんだ!」
「きめよー、きめよー!」
はしゃぎまわる精霊達を、赤鞘はぼけーっとした笑顔で見ていた。
昨日の夜は水彦に援護を求められ、久しぶりに体を動かしている。
その反動か、今の赤鞘はいつにも増してぼーっとしていた。
はじめに声を上げたのは、精霊樹たちだった。
「じゃあ、ぼくはひを!」
そう宣言した精霊の樹の周りに、突然火の粉が舞い踊った。
意思を持つように踊るその火の粉は、意思を持った炎、火の精霊達だ。
「ぼくはかぜ!」
次に宣言した精霊樹の周りに渦巻いたのは、空気の塊だった。
風の精霊たちが舞い遊び、樹木を守るように踊る。
「ぼく、ぼく、ちゅち!」
その宣言に答えたのは、大地の土達だった。
握りこぶしほどの土が浮き上がり、輪を描くように樹木の周りを回りだす。
「ぼくはねー、みじゅー!」
空気中から水が滲み出し、水球となって樹木の周りを回りだす。
まるでガラス玉の様に澄んだ、綺麗な水だ。
「え?」
あっけにとられる赤鞘を他所に、精霊樹の精霊達の姿が見る見るうちに変化していく。
それぞれ自分の属性にすると宣言した物に守られるように、外観を変えていったのだ。
小さな子供のようだった見た目の年齢も、少年少女のそれへと変わって行った。
「わーい!」
「おしゃべり上手になったー!」
「かっこいいー!」
「つよいぞー!」
はしゃぎまわる精霊達を見て、世界樹の精霊は頷き合う。
「ぼくは、ひかりを! ひるを!」
宣言にあわせるように、世界樹の周りを光が舞う。
小さな光の妖精たちが、どこからともなく集まりだした。
「ぼくは、やみを! よるを!」
うっすらと覆う夜闇のベールが、世界樹を覆った。
小さな闇の住民達が、若木を守るように蠢き始める。
そんな樹木達の様子を見て、一番年上の調停者達が頷き合う。
「「僕らは調和を、秩序を。この地、見直された土地に生きとし生けるものたちと盟約を」」
それは、調停者が自らが育つ土地に約束する為の言葉だった。
大きく立派に育つその代わり、周囲を守り調停する、その宣言だ。
赤鞘の周りに植えられた樹木達が、僅かずつ、しかし樹木としては信じられない速度で大きくなっていく。
3mほどの高さで成長は止まったものの、元から見れば驚くほどの急成長だ。
「やったー!」
「おっきくなったー!」
「がんばるぞー!」
はしゃぎまわる精霊達。
その姿は先ほどまでの小人の幼児の様なそれとは違い、精霊と呼んで差し支えなさそうな立派な物になっていた。
だが、まだ赤鞘で遊ぶのは楽しいらしく、頭の上に上ったり、腕を滑り降りたりはしていた。
ずいぶん懐かれている様子だ。
そんな彼らをまじまじと眺めていた赤鞘は、乾いた笑いを浮かべて目じりを押さえた。
「最近疲れてるんですかねー。働きすぎかなー」
現実逃避だった。
ていうか、もう俺要らないんじゃない?
そんな思いに日々駆られながらも、赤鞘は今日も土地の管理に精を出すのだった。
最近水彦をよく描写しているので、ちょっとお休みさせました。
AKASAYA様とアグニーの登場です。
土彦の魔法技術ですが、色々応用も利くようです。
やっぱり知識がある頭のいい人はレベルがちがったようですね。
アグニー達のからのヒントで、マッドアイネットワークは思わぬ進化を遂げそうです。
コレだけでも怖いのですが、土彦はさらなる防衛手段を考えているようです。
まさに過剰防衛。
精霊樹たちの名前、ぼちぼち決めようかと思ったんですが私がやると悲惨な事になるという確定的未来が見えたのでやめました。
そのうちアンケートでもとろうかと思います。
皆考えてみてね。
抽選で100名様に、赤鞘様の土地に行く権利をアゲナイ!!
次回は。
水彦が獲物を担いで、件の街に入る予定です。
無事お使いをすることが出来るのでしょうか。
ていうか、そもそも対人会話が出来るのでしょうか。
心配が尽きません。
騎士、魔術師、じじぃの三人も登場予定です。
「騎士と魔術師…接触することが無ければ良いのだが…」