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十九話 「彼らは自分達以外の生物に人格を認めない」

 ハイ・エルフと呼ばれる種を貴族とし、国民の多くをエルフが占める森林都市国家メテルマギト。

 森の中に建設されたこの国は、他国との関わりを殆ど持たないことで有名だ。

 ソレは長寿命種であり、強い力を有するエルフたちにとって、それ以外の生き物が全て下賎の物であるという考えに由来している。

 地球人類が猿に人権を与える必要を感じないように、エルフにとってそれ以外の種族はすべからく動物なのだ。

 中には、人間やホビットなどに慈悲を見せるモノも居る。

 だがソレはあくまで「動物愛護精神」のような物であり、同列の人格を認める物ではないことが多い。

 そういう考えを嫌うエルフは、この国から出て行ってしまう。

 必然的に、メテルマギトの国風は「他種族=動物」から変わることが無かった。


 この国で発展したのは、「彫鉄魔法」や「鉄板魔法」と呼ばれる形式の魔法だ。

 鉄に術を発動させる為の回路を仕込み、魔力を流し込むことでソレを発動する。

 刻み込む対象は、鉄が最良とされている。

 代替は利くものの、鉄が最も効率がよいのだ。

 これは、何百年、何千年と魔術が研究される中で、「鉄に刻み込むのにもっとも適した術式」が作り上げられた為だ。

 他の国に行けば、魔法の形はまったく異なる。

 メテルマギトにはもう一つ、とても特徴的な技術が有った。

 植物から魔力を抽出するという物だ。

 魔力とは、自然界にあまねく存在するエネルギーだ。

 生物はそれを体内に取り込み、たくわえ、生命活動のために消費する。

 そして、余剰分を、魔法を使う為のエネルギーとして使うのだ。

 自然界に存在する魔力は、非常に濃度が薄く、魔法という奇跡を起こす為には適さない。

 ゆえに、普通は濃度を上げる必要がある。

 その工程は普通、自分の体を使っての生物濃縮に頼られている。

 ソレを覆すのが、エルフの「植物から魔力を抽出する」という技術だった。

 植物はその大地から水や栄養を吸い上げるという性質上、非常に高濃度の魔力を体内に蓄積している。

 その魔力は多くの場合、そのまま大気へと還元され、エネルギーとして使用されることは殆どない。

 魔力の量は大木、巨樹であればあるほど多く、濃度が強いとされていた。

 エルフたちはソレを、外部から無理矢理抽出することに成功したのだ。

 この瞬間、メテルマギトのエルフたちはただ「森に住むものとしての義務」だけではなく、「自分達の利益のために」森を守るものへと変化した。

 魔力を搾取する為の巨木と、繁栄を謳歌する為の鉄に覆われた都市国家。

 それが、メテルマギトの姿だった。




 メテルマギト国内の一角に、広い格納庫が存在した。

 地下数十メートル付近に建設された其処は、メテルマギトを守る騎士団の駐屯地であった。

 エネルギー供給元である樹木を減らさない為に、広い面積を必要とする施設は、軒並み地下に作られることが多い。

 この「鉄車輪騎士団」の基地も、その一つだった。

 基地内で最も広く取られているスペースは、彼ら鉄車輪騎士団の名前の由来でも有る、戦車の整備施設だ。

 戦車というのは、地球にあるような「タンク」とは勿論別物だ。

 だが、中世ヨーロッパで使われていたような、「馬が牽引する戦車」とも異なる。

 上記の様に、メテルマギトの魔法技術は、鉄によって支えられている。

 呪文を唱えるのでも、陣を切るのでもなく、魔術式の刻まれた鉄に魔力を流し込むことで魔法が発動するのだ。

 鉄車輪騎士団が駆る戦車は、二つの車輪に、操縦者を乗せる台車。

 そして、多種多様な魔術砲塔によって構成されている。

 動物にひかれるのではなく、操縦者の魔力を得ることで自走するこの戦車は、自立した意思を持っている。

 これは比喩や、いくつかの条件付けをしたコンピュータのような物を搭載しているという意味ではない。

 戦車には、人工的に作られた魔法生命、つまり人工精霊が宿っているのだ。

 これにより戦車は、二輪という不安定な形状であるにもかかわらず、高い走破性と安定性を誇っていた。

 そして、大きな車体には、様々な防御魔法が施され、絶対ともいえる防御力を誇っている。

 ソレはこの世界でも絶対者として知られる「ドラゴン」のブレス攻撃を受けても物ともせず、戦略級の大規模魔法の只中であっても活動が可能なほどであった。

 さらに特出すべきは、その巨体故に積載が可能となった、多種多様な「彫鉄板」だ。

 魔法はソレが複雑な効果であればあるほど、大きな「彫鉄魔法陣を刻み込んだ物」、「彫鉄板」を必要とする。

 戦車はその巨体故に、通常兵士が持ち運べる限界を軽く超えた数の彫鉄板を載せ走行することが可能なのだ。

 勿論、鉄で作られた車輪も、ただの物ではない。

 複雑な魔法が組み込まれたこれは、ぬかるみであろうが悪路であろうが、まったく問題なく走行することが可能だ。

 圧倒的防御力と、変幻自在の攻撃魔法。

 そして、騎馬をもしりぞげる機動力。

 他国に「動く要塞」と揶揄されるにふさわしい戦車ではあったが、一つだけ決定的な弱点があった。

 それは、操縦者に魔力消費を依存するということだ。

 強い魔法を維持するには、勿論ソレ相応の魔力が必要になる。

 人種の中でも、極め付けに高い魔力保有量を有するエルフたちだったが、ソレでも戦車を戦闘で運用できる者は極々まれだ。

 事実、エルフの多いメテルマギト国内であっても、戦車を実践運用できるほどの魔力を有するモノは、20人を超えない。

 現在戦車を運用する唯一の騎士団である鉄車輪騎士団であっても、その保有数が13台であった。

 メテルマギトが保有する戦力の中でも、抜きん出て優秀であるにもかかわらず、その数の少なさから「戦力」としては低いとされる存在。

 それが、鉄車輪騎士団であった。


 鉄車輪騎士団の格納庫に、一人の男が立っていた。

 整備中の戦車を見つめるその表情は険しく、まさに軍人のようだった。

 彼の名はシェルブレン・グロッソ。

 他国から”鋼鉄の”シェルブレンとあだ名され恐れられる、鉄車輪騎士団の団長だ。

 68歳を迎える彼は、鍛え上げられた肉体と、エルフの中でも突き抜けた魔力保有量を有した、生粋の騎士であった。

 人間から見れば高齢ではあるが、人間の二倍の寿命を持つエルフである彼は、まだまだ働き盛りだ。

「たーいちょー」

 そんな彼に、気の抜けた声で呼びかけるモノがあった。

 鉄車輪騎士団副団長、キース・マクスウェルだ。

「どうした」

「顔、こわっ!」

 呼ばれて振り返ったシェルブレンに、本気で体をびくつかせるキース。

 確かにシェルブレンの顔は怖いのだが、そんなことを正面切っていえるのは、腹心である彼ぐらいだろう。

 失礼な物言いに気分を害した風でもなく、シェルブレンは戦車のほうへと顔を戻した。

「浮かない顔ですね。やっぱりこないだの作戦の事ですか」

 言いながら、キースはシェルブレンの隣に並ぶ。

 この間の作戦とは、他でもない。

 王の勅命であった、アグニー捕縛作戦だ。


 エルフは、他の種族よりも遥かに長い寿命を持つ種族だ。

 200年という長い寿命にその高い能力は、自分達を特別視し、他を見下すのに十分すぎる。

 だが、誰もソレを責められないだろう。

 事実、彼らエルフは他種族より遥かに「生物として」優れているのだ。

 弱肉強食が世の常であるというのならば、なおの事。

 しかし、そんな普通のエルフよりも、遥かに優れた者も存在した。

 エルフの王族であり、貴族である「ハイ・エルフ」だ。

 彼らハイ・エルフの寿命は、人間の十倍。

 千年という歳月を生きるのだ。

 その力は生きる歳月に比例し、エルフでさえ足元にも及ばないという。

 しかし、エルフも、そしてハイ・エルフも、所詮は生き物だ。

 絶対に逃れられない物がある。

 老いだ。

 エルフは長い寿命を持っている。

 しかし、その精神構造は、実は人間のソレとあまり変わらない。

 老いも、死も、恐怖の対象だ。

 寿命が長く、健康で居られる歳月が長い分、老いへの恐怖は強い。

 徐々に体を蝕み、確実に力を奪っていくそれを、エルフたちは畏怖し、嫌う。

 寿命が長く、力が強いハイ・エルフであれば、なおの事だ。

 たとえば、千年生きながらえることができるとしよう。

 ウチ、300年は、人間の肉体年齢で言えば70代の姿で過ごすことになる。

 健康であればいい。

 しかし、そこにいたるまでの700年は、確実に体を蝕んでいる。

 関節は無事に曲がるのか?

 骨に異常は?

 立って歩くだけの筋肉は残っているのか?

 死なないまでも痛みを伴う、病にはかかっていないか?

 美しかった自分の姿が、見るも無残に年老いていることに我慢はできるのか?

 そういった恐怖にハイ・エルフたちは、何百年と晒される。

 彼らは生物として非常に優れていた。

 片足を失い、さらに片手を失ったとしても、死ぬことは無い。

 死ぬことができない。

 そのまま命を永らえ、そのまま寿命まで生きながらえる。

 不自由で醜い体を引きずったまま。

 そう、ハイ・エルフたちが何よりも恐れるのは、老いと病なのだ。

 遠い昔、不老不死であったハイ・エルフを妬んだ他の動物達が与えた呪い。

 ソレが老いである、と、ハイ・エルフ達は半ば本気で信じているほどであった。

 もし若いままの姿で居られるなら。

 自分達は無限の命すら持つことができる。

 そう、ハイ・エルフ達は信じていた。

 そんな彼らに、一つの報が届けられた。


 不老を可能にする術が見つかるかもしれない。


 これは吉報。

 いや、そんな言葉は生ぬるいだろう。

 それは、夢であり、希望であり、願望であり、光であり、神からの啓示にも似た、まさに何を捨ててでも手に入れるべき物だった。

 情報の内容はこうだ。

 あるエルフの術者が、以前から研究している動物がいた。

 アグニーと呼ばれるそれらは、どういうわけかずっと同じ外見のまま生涯を閉じる。

 とはいえ、動物にとってソレは珍しくも無い。

 よぼよぼのカエルや、年寄りのミミズを見たことがある人間が居るだろうか。

 さして珍しいとも思わなかったその術者だったが、実験の中で思わぬ現象に出くわした。

 人工的に魔力を枯渇させた空間にアグニーを入れた瞬間、そのアグニーは「急激に老化したのだ」。

 確かに魔力の無い空間に生物を入れれば、それが死ぬのは当たり前だ。

 だが、それに老化が伴うなどということは無い。

 酸素が欠乏した空間に人間を入れたとして、ソレの人物は老化するだろうか。

 魔力が無いとは、つまり生命維持に必要な要素が一つ欠落しているだけであり、老化などという現象が起こるわけがないのだ。

 で、あれば。

 この現象はどういうことだろう。

 いくつかのサンプルを採取し研究するうち、その術者はひとつの結論を出した。

「アグニーは何らかの魔法的要素により、その外見、肉体年齢を若く保っている」

 もしその魔法的要素を解明し、エルフ、ハイ・エルフに適用することができるようになれば。

 その仮説が発表されたとき、メテルマギトは熱狂した。

 文字通り、熱し、狂ったのだ。

 渇望して渇望して渇望して渇望して渇望しても、決して手に入らないはずの物が、地面に転がっていたのである。

 エルフたちの、特に、ハイ・エルフ達の反応は凄まじい物だった。

 どんなことをしても、どんな手を使っても、どんな犠牲を払っても。

 アグニーを捕縛し、調べつくせ。

 王から発せられたその勅命に、異論を唱えるモノなど居るはずがなかった。

 異を唱えられる、はずが無い。

 考えても見て欲しい。

 エルフたちにとってアグニーは、人間から見た猿、いや、ネズミにも似た存在だ。

 もしソレが不老を得る為の材料になるとしたら。

 人類はソレを欲さずに居られるだろうか。

 狩って狩って狩り尽して、調べて調べて調べ上げずに、「可哀想だからやめよう」などと言っていられるだろうか。

 少なくともエルフたちには、その可哀想だとかやめようだとか、そういう発想すらなかった。

 すぐさま国内でも最強の武力を誇る鉄車輪騎士団が出撃し、アグニー達を捕縛することになった。

 結果は、既に知っての通りだ。


「まさか隊長、命令に疑問がある、とか?」

 首を傾げるキースに、シェルブレンは一度だけ視線を向け、再び戦車のほうへと戻した。

「そう思うか?」

 その返答に、キースは思わず吹き出した。

「まさか。騎士は命令に従う装置である。誰に散々叩き込まれたと思ってるんですか」

 隣でけたけたと笑うキースに、シェルブレンは表情一つ変えない。

 まったくタイプの違う二人だが、公私共に仲が非常によかった。

 キースの才能を早くから見抜き、騎士に取り立てたのがシェルブレンであるということも理由の一つだった。

「ですが、俺は気に食いません」

 笑顔のまま、キースはそういった。

「そもそも上のやり口が気に食いません。アグニーを人として見てない。いつもながらハイ・エルフ共の考え方に俺は付いていけませんよ」

 肩を竦めるキースの言葉に、シェルブレンはやはり眉一つ動かさない。

 キースの言葉は、アグニーを一つの人格として認めるものだった。

 それだけに、いまのメテルマギトでは異端だ。

 国の防衛を司る騎士にとって、あるまじき思想と言っていい。

 普通であれば、ソレは裁判にもかけられるようなことだ。

 だが、シェルブレンはソレを注意するそぶりすら見せない。

「いつもの事だ。彼らは自分達以外の生物に人格を認めない」

 彼ら。

 そう、シェルブレンは言った。

 その言葉はつまり、自分とは違う、他人ということを指す物だ。

「そうは思っていても、俺らは騎士ですからねぇ。命令は絶対、ですか。なんか他国で言うとこういうのって軍人っていうんじゃないですか?」

「かも知れんな」

「ほとほと愛想が尽きますにゃー」

 腕組みをして、ため息を付くキース。

 そんな二人の会話は、戦車の整備音でかき消されていく。

 周りに人は居るが、ここは外に漏らせない会話をするには非常に都合がよかった。

 常に大きな音が立っていて、声が他に届かないからだ。

「コウガク様から、つなぎがありました」

 ソレまでよりもさらに小さな声で発せられたキースの言葉に、シェルブレンの眉がほんの少し動いた。

「なんと仰られていた?」

「急ぎ伝えたいことが有る、とだけ」

「そうか」

 つぶやき、シェルブレンは少しの間目を閉じた。

「じゃあ、俺はこれで」

 立ち去ろうとするキース。

 その後姿に、シェルブレンは初めて全身を向き直らせた。

「ああ。そうだ。設備課に連絡をしておいてくれ。整備室の奥のトイレのシャワー機能が壊れている」

「……え、ソレ俺の仕事っっすか?」

「整備士は俺達が命を預ける相手だぞ。福利厚生はきちんとせねばならん」

 その日初めて見せたシェルブレンの険しい表情に、キースは思わず苦笑いを浮かべた。

なんか最近やたら長くなるので、短くして投稿しようと思ったら予定の三分の一しか出来なかったでゴザルの巻。

今までの流れと全くちがう雰囲気の人たちだけに、説明挟まなくっちゃいけなくて分かりにくい事この上有りません。

でもコウガクの正体とか入れないといけないので、文字数はまだかさみます。

説明してない所説明しようとするとなっがくなりますよね。

アグニーとかアグコッコとかはもう説明終わってるから字面だけで「ロリショタ生物」とか「キモイ」ってわかるのに。


そんなわけで次回こそコウガクと水彦出発への流れを書きたいです(希望)。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 10話で地上走破能力に優れた獣に戦車両を引かせた戦車部隊って書いてあるんですけど動物に引かせてるのと自立するの両方ある感じですかね
[良い点] 設定などは非常に面白いです。 [気になる点] 各話ごとに急に別視点になったりするので読みづらい。
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