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十八話 「ていうか私だってファンタジーの世界見たいんですよ」

 コウガクと名乗った老コボルトとの術のつながりを切り、赤鞘は上機嫌で土地の調整に戻った。

 土地全体を見回し、少しずつ力の流れに干渉し、整えていく。

 よほどコウガクとの話が楽しかったのか、その表情は笑顔のままだった。

「ああいうお坊さん、まだいるんですねー」

 純国産日本神である赤鞘の中で、聖職者といえば仏教のお坊さんか、神道の神主だった。

 キリスト教などのことももちろん知っているが、如何せん赤鞘の土地はド田舎だ。

 教会なんてしゃれた物はなく、あって精々お寺と神社だ。

 ソレも神主が有る神社は殆どなく、何件も掛け持ちの神主が祝詞を上げていた。

 赤鞘の祭られた神社には普段は殆ど人も来ず、願掛けに来る人も殆どいない。

 それでも、年に一度のお祭りのときだけは、たくさんの人が賑やかに参拝に来てくれたものだった。

 そのとき上げられる祝詞が、有り難く嬉しかった。

「頼んだら、祝詞か、お経か、あげてくれますかねー」

 人間の頃は見向きもしなかったそういうものを、神になってから有り難がる。

 そんな自分に、赤鞘も数百年前までは疑問を持っていたものだった。

 いまでは、嬉しい物は嬉しい、と、割り切って考えている。


「まあ、ソレはソレとして。周りの国、ですか。困った物ですねぇ」

 調整をする傍ら、赤鞘は先ほどのコウガクとの話を思い出していた。

 二つのことを同時にするダブルタスクと呼ばれる技術は、ある種土地神の十八番だ。

 なにせ四六時中調整はしなくてはいけないのに、厄介ごとはどんどん起こることが多いのだ。

 とても一つ一つやっていては間に合わない。

 力の弱い赤鞘だったが、「土地の調整をしながら~をやる」というのには長けていた。

 もっともその能力は多くの場合、「田植えを観戦に行く」とか、「興行に来た芝居を見に行く」などに使われていたのだが。

「まあ。気にしてもこちらから何ができることはない。ですかねぇ」

 赤鞘は、土地から動くことができない。

 となれば、受身に回るしかなくなってしまう。

 アンバレンスなどの他の神に助けを求めるという手は、頭から考えていない。

 この土地は自分の土地であり、自分の土地のことは自分でどうにかする。

 ソレは土地神の誇りであり、守るべき意地だ。

 くだらないと言うものも居るだろうが、赤鞘はそうは思っていなかった。

 なにせ、悪いヤツの好きにさせたくないという、ちっぽけな意地が元で赤鞘は死んだのだ。

 そして、その後自分を祭ってくれた人たちを、この人たちを見守らなければ男が廃ると、安い意地が元で神になったのだから。

 自分の土地の民は、何があっても自分が守る。

 勿論、最悪の場合は誰かの助けを借りることも厭わないが。

 そうなるまでは、「意地でも」自分で守る。

 赤鞘はずっとそうして、土地神としてやってきた。

 ソレは異世界のこの地にきても、変えるつもりのないものだった。

「場合によっては、水彦を外にやるのもありですかねぇ」

 思った以上にアグレッシブな性格になった水彦を、外の偵察に出そうという考えだ。

 ガーディアンであり、神の血を受けた彼ならば、よほどの事がない限り危険はないだろう。

 エルトヴァエルの情報収集力と、水彦から伝わってくる生の情報を鑑みて、情報を精査しよう。

 と、言うのが赤鞘が最初に思いついた手だった。

 コウガクの話によれば、見直された土地の周りは殆どの国が立ち入りを禁止している地域らしい。

 今もそうであるということだから直にアグニー達を追ってくるものは居ないだろうが、今来ないからほうっておいていいというものでもない。

 それに、領地を求めて遠征軍とかが来るのも厄介だ。

 一国が出せば牽制合戦になって、見直された土地で小競り合いを起こすかもしれない。

 そんなことになったら最悪だ。

 たとえば砲弾で地面がえぐれたとしよう。

 当然、力の流れに影響が出る。

 大量の人間が流れ込んできても、植物を切られても、動物を殺されても、兎に角ものが大量に動く戦というのは土地を管理する側にとって毛嫌いする対象でしかない。

 しかもこの世界は、魔法まで使うのだ。

 魔法には魔力を使う。

 魔力とはつまり「神力」であり、それらが力の循環に影響を与えないわけがない。

 もし大規模な魔法戦闘が自分の土地で起こったら。

 考えただけでぞっとする。

 その昔、赤鞘の土地で妖怪狐と天狗がいざこざを起こしたことがあったのだが、その後の後始末の大変さときたらなかった。

 何十年かぶりにいけると思っていた神無月の出雲行きを、キャンセルせざるを得なく成ったほどだ。

 生き物や民に被害が出なかったからよかったようなものの、そのときの赤鞘の怒りは計り知れなかった。

 なにせ次の年その妖怪狐が土地を通ったとき、本体である鞘でぼっこぼこにした位であったから。

 土下座して謝るその狐に土地の整理を手伝わせたのは、今ではいい思い出である。


 思考がそれたが、今のうちに何らかの手段で外部との接触を図るのは良案だと、赤鞘は思っていた。

 エルトヴァエルに情報収集を頼むのもいいが、それではどうしようもないこともあった。

 生活必需品の入手だ。

 天使で有るエルトヴァエルは、当然のことながら経済活動に参加できない。

 天使が普通に買い物をしていたら、皆ドギモを抜かれることだろう。

 必要な本人であるアグニー達は、追われている身であるから外に出ることができない。

 と、なると、外に出られそうなのは水彦ぐらいしか居ないのだ。

 ここまでの行動を考えれば不安ではあるが、背に腹は変えられないだろう。

 アグニー達が家を建てようにも大工道具もないし、着る服だってもって居なさそうだった。

 食器などは最悪作ることができるかもしれないにしても、金物は鉄がないとどうしようもない。

 塩は海があるから生成できるかもしれないが、ソレにしたって道具が要る。

 明治大正昭和と、激動の時代を神としてすごした赤鞘に言わせれば、道具がないのは人間らしい暮らしができないのと同義語だ。

 何を贅沢なと思う者も居るかもしれないが、人間らしい尊厳の有る生活というのは非常に大切だ。

 たとえばサバイバルの術に、「蛇を食べる」というのがある。

 極限状態で蛇肉を食料、蛇の血を飲料とするものだ。

 これにしても、前提はナイフを持っていることだといえるだろう。

 もしナイフ、それ以外でも刃物を持っていなければ、どうやって蛇を食べろというのだろう。

 赤鞘は人間をやっていて諸国を漫遊しているとき、刃物無しで蛇を食べるという貴重な経験をしていた。

 前の宿場で刀を売ってしまっていた赤鞘は、泣きながら蛇の頭をマルかじりしたのだ。

 それ以来彼は、どんなことがあっても刀だけは手放さなかった。

 もしそんな思いを住民にさせることになったら。

 考えただけで寒気がする。

 水彦には、人里に買い物に行かせる。

 このとき赤鞘の中で、これは決定事項になったのだった。

 それによくよく考えれば、水彦はこの世界で生まれたものであり、神や天使ではない。

 どちらかというと、聖獣とか精霊の類に近い物だ。

 獣がお使いをして何が悪いというのか。

「ていうか私だってファンタジーの世界見たいんですよ」

 思いっきり本音をぶっちゃけたところで、赤鞘は次に必要なことを考え始めた。


 水彦を外に出すということは、ガーディアンが居なくなるということだ。

 その分、守りは薄くなる。

 しかし、危険がなくなっているわけではないので、ソレはまずいだろう。

 ならばどうすべきか。

 今後も水彦には外に行ってもらうことになるであろう事はある程度予想できる。

 となれば、もう一体ガーディアンを用意しても問題はないだろう。

 そう、赤鞘は考えていた。

 実は地球時代も、赤鞘は一人で土地の管理をしているわけではなかった。

 最盛期に、ではあるが、妖怪が二匹仕事を手伝ってくれていたのだ。

 当時よりも広い土地を得て、流れの妖怪が来るような事もない今、もう一人ぐらい手伝いをしてくれる者がいてもいいだろう。

 地球の妖怪や仙人の中には、土地神の様に土地の管理ができるものも居た。

 しかし、ここではソレは期待できない。

 となれば、地球時代の最盛期以上の仕事量を、一人でさばくことになる。

 アンバレンスに言われていることもあったし、もう一体ガーディアンを作るのもいいだろう。

 そう、赤鞘は考えた。

「さぁて。じゃあ、今度は何でこさえましょうかねぇ」

「かみしゃま、なにをちゅくるでしゅか」

 つぶやいた声に、思いがけない反応が返ってくる。

 赤鞘はびっくりして、辺りを見回した。

 すると、自分を取り囲む小さな苗の元に、一本に付き一人、小さな小人のようなものが立っているのが見えた。

「いや、驚きましたね。もう精霊がついてるんですか」

 その小人は、木に宿る意思や、精霊と呼ばれるもの達だった。

 だが、それらは普通、巨木とか大木と呼ばれるような木に宿るものだ。

 こんな小さな苗に付くような物ではない。

 それでも、赤鞘は別に不思議に思わなかった。

 エルトヴァエルがこれらの苗を紹介したときに、赤鞘は苗に宿る力を感じていたからだ。

 その力は、神になりたての頃の赤鞘よりもよほど強かったのだ。

 今でも、この苗三本の総量より力が強い自信は、赤鞘にはない。

 勿論、技術面ではぶっちぎりで赤鞘に軍配が上がるわけだが。

「はい! ぼくたちおみじゅをもらったので、おおきくなりまちた」

「みんな、てんししゃまがちゅれてきてくれるまえは、せいじゅーしゃまや、せいれいしゃまのところにいたから、おはなしもできましゅ!」

「僕は、皆よりもお話し上手だよ! すごいでしょう!」

 パタパタと飛び跳ねるてのひら大の小人達。

 皆それぞれ、赤鞘の仕事を手伝うとか、土地を守るとか、とても頼もしいことを口走っている。

 そんな様子に、赤鞘は思わず微笑んだ。

「いやぁ。頼りになりますねぇー」

 そしてふと、こんな考えが頭をよぎった。

 植物は普通、長く歳を経て力を付けるから、こういったモノを宿すのだ。

 今の段階でこんなモノを宿している植物が育ったら、一体どうなるのか。

「……あ、考えるの止めよ」

 怖いことは考えない。

 日本神の得意とする現実逃避で、赤鞘は思考を中断した。 

 とはいえ災害が起こる可能性にふたをしたとかではないから、きっと大丈夫だろう。

 と、自分に言い訳も欠かさない。

 ひとまずソレは置いておいて、赤鞘は早速作業へと取り掛かった。

 新しいガーディアンの創造である。

「さて、じゃあ、早速貴方達にも手伝ってもらいましょうかねぇ」

 にっこりと笑いそういうと、赤鞘は地面に手を伸ばし、土を一塊手に取った。

「なにをしゅるんでしゅか?」

「ころころ、おだんご?」

「くるくるしゅるの?」

 不思議そうによってくる精霊達の様子に、赤鞘はおかしそうに笑う。

 土を良く見えるように彼らの視線まで下ろすと、ゆっくりと聞き取りやすいように言う。

「これをお団子にして、核にするんです。土人形……この世界風に言えば、ゴーレムというヤツですかね?」

「うわぁ! おもしろしょう!」

「がんばってお手伝いしますね」

「くるくるーくるくるー」

 この精霊達のお手伝いにより、完成するゴーレムがとんでもない事になりそうなことは、普通ならば誰でも気が付くだろう。

 だが、非常に残念なことに、赤鞘はソレに気が付けないほどのおアホさんだったのである。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 わんわん!

 わん!

 わうーん!


 アグコッコ達が元気良く鳴きながら、雑草や昆虫を食べていた。

 彼らの足は非常に分厚く、ゴムの様に弾力の有る水かき状になっている。

 これは地面を歩く足音を消し、体重を分散させることで足跡を残さない効果もあった。

 また、この足の裏の構造は地球のヤギの一種アイベックスに近く、同じように急斜面の踏破能力にも優れていた。

 滑りにくく、地面を良く捉えるためだ。

 アグコッコのもう一つの、そして最大の特徴は、クチバシである。

 分厚く、頑丈なソレの噛む力は、実は同じサイズのイヌ科の動物と並ぶほどであった。

 内側に生えた細かい突起は歯が変化したもので、クチバシで挟んだ草などはこれを使い、のこぎりで切断するようにして切り裂き食べる。

 昆虫等は、まず頑丈なクチバシで潰してから飲み込んでしまう。

 アグコッコ達は、そのクチバシという特徴上、物を噛むと言うことを苦手としている。

 しかし、どうやら元々は哺乳動物が進化した物であったらしく、「口で咀嚼する」という習性も持っていた。


 彼らはまず、食べ物をクチバシで噛む。

 たいていの物は、まず頑丈なクチバシによってすり潰される。

 一見アヒルの様に平べったく弱そうに見えるが、実はこれは非常に頑丈な骨格で形成されている。

 ソレをケラチン質が、さらにカバーしている。

 これは鳥などのクチバシと同じ成分ではあるが、下地が象牙質とエナメル質を含んだ骨格である為、強度はその数倍だ。

 くちばしの中には先ほども挙げたように、草を切断するほど頑丈な歯がある。

 これによりたいていの物は、胃に入った時点でやわらかくなっている。

 だが、それはあくまでやわらかくなっている程度であり、原型は殆ど残っていることが多い。

 彼らはソレをさらに、胃のすぐ下にある器官、砂肝に送り、すり潰すのだ。

 砂肝には彼らが事前に飲み込んでおいた石などがあり、送られてきた食べ物をこれによってすり潰す。

 これらの過程を経ることにより、彼らアグコッコは効率的に消化吸収をすることができるのだ。


 なぜ、アグコッコ達はそのようなことをしてまで、クチバシを手に入れたのか。

 ソレは彼らのクチバシには、彼らが獲得した最大の能力が隠されているからだ。

 アグコッコ達のクチバシは、いわば高性能レーダーだ。

 空気の流れ、魔力、温度変化、空気のわずかな振動、様々な物を感知できるのだ。

 さらに恐ろしいことに、水中であれば動物の成体電流を感知して、生物を発見することすら可能であった。

 彼ら中型生物にとって、これほど心強い武器もそうないといえるだろう。




「でも、見た目はその、悪いですよね」

 物凄く控えめに、エルトヴァエルはアグコッコを評価した。

 心の中では思いっきり「キッショイ」と思いながらも、ソレを口には出さない。

 すごくいやそうなその表情がいろいろ物語っているが、彼女もまた女の子なのだ。

 ゲテモノが苦手なのは仕方ないだろう。

「そうですかね? 自分らは慣れているのでなんとも思わないんですが。そういえばたまに村に来る商人さんなんかはびっくりしていましたねぇ」

 エルトヴァエルの言葉に答えたのは、木製のクワを担いだ中年アグニーのスパンだった。

 金属の部分がないクワだが、十分実用には耐えるらしい。

 スパンが昨日の夜のうちに作ったという木製のクワを持ったアグニー達は、せっせと地面を耕している。

 アグニー族は生来手先が器用なようで、こういう道具を作るのは得意なようだ。

 彼らが今耕しているのは、アグニー簡易拠点から少し川寄りに離れた一角だった。

 将来、家などの建築物を建てる時の余裕と、水の確保を考えての位置取りだ。

 大きな木や岩は、日が昇りきる前にハナコが全て取り除いてしまっている。

 アグニー達であれば何日もかかる力仕事も、トロルであるハナコにかかればあっという間だ。

 ひとまず木と岩を取り払った土地の広さは、簡易拠点の三倍ほどの面積になった。

 それだけの広さがあれば、集落全体で食べ、少し蓄えができるほどの収穫が見込めるという。

 とはいえ、それは主食であるポンクテに限ればの話だ。

 他の作物も育てなければいけないので、畑はまだまだ広げる必要があるのだそうだ。

 ハナコが取り払ったのは大きな木や岩だけで、雑草や石はまだ残っていた。

 スパンを含む数人のアグニー達は、木製のクワを使ってソレを取り除く作業の真っ最中なのだ。

「木製でも使い物になるのですね」

 スパンの持つクワを見ながら、エルトヴァエルは感心したような声を出した。

 人の生活を覗くことの多い彼女だったが、木製の農具というのはもう珍しくなってしまった。

 そんなエルトヴァエルの視線に、スパンは苦笑する。

「自分らの爺さんの世代には、まだこういう木でできたものが多かったそうですよ。鉄の道具は買いに行くのが大変ですから。自分なんかが鍛冶を覚えてくるまでは、まだまだ現役でしたよ」

「鍛冶、ですか。貴方は鍛冶仕事が出来るんですか?」

「はい。昔何人かで人間の町で暮らしていたことがありまして。そのときに身に付けました」

「なるほど。器用なんですね」

 頷くエルトヴァエルには、スパンは恐縮したように頭をかく。

「何せ田舎なもので。なんでも自分たちでやらなければいけませんでしたから。今はソレが役に立っているんですが」

 技術があったから、今の状況でも道具を作れる。

 暗に、そういうことを言いたいのだろう。

 表情を暗くするスパン。

 だが、ソレも数瞬のことで、直に笑顔に戻る。

「なぁに、こういう木の道具も捨てたもんじゃありませんよ。手早く作れますし、十分使えますしね」

 スパンの言うように、木製のクワは十分にその性能を発揮しているようだった。

 アグニー達はせっせと地面を掘り返し、石や根っこ、草などを掘り返している。

 鉄でなくても、先を削ってある分掘削能力には不足ないらしい。

 重さも石で補っているので、作業は順調なようだ。

 肝心のアグニー達の体力のほうも、魔法で補っているため問題なさそうだ。

 ちなみに。

 アグニー達の強化魔法は、どういうわけか外見も変わってしまうという奇妙な特徴を持っていた。

 まず、髪の毛が全て逆立つ。

 それはもう超野菜人の人のような有様だ。

 次に、肩幅が物理的に広がる。

 小さな子供の体が逆三角形のマッチョになるのだ。

 そして、皮膚の色が赤褐色に変化する。

 緑色や青に変化する者も居るが、色によって能力が違うとかは一切ない。

 なんでも気分によっても色の変化は起こるらしい。

 外見の変化に伴って、姿勢も若干変わる。

 ガニ股になり、前かがみになるのだ。

 そして、声も妙に渋くなる。

 この外見を一言で言い表すとするならば、「ゴブリン」だ。

 二言で言い表すとするならば、「すんごくゴブリン」。

 天使であり自制心の強いエルトヴァエルが、見た瞬間思わず「うわぁ」とつぶやくほどに、それはゴブリンなのだった。


「しかし、驚きました」

「どうかしましたか?」

 スパンの言葉に、エルトヴァエルは体を向き直らせる。

「いえ。その、天使様のお姿です」

 遠慮がちに言うスパン。

 今のエルトヴァエルの姿は、最初にアグニー達と対面したときとは、少し違うものだった。

 天使である彼女は、外見を有る程度変化させることができる。

 変化の種類は天使によって異なり、人間の形から獣の形へ変えたり、女性であればどんな姿へも変化できるなど、多岐にわたる。

 エルトヴァエルの場合は、「好きな年齢に自由に変化できる」という物だった。

 平たく言えば、エルトヴァエルという人物のまま、好きな外見年齢になれると言う事だ。

 なんか不思議なあめを舐めると年齢が前後するあの人のアレを、セルフでできるわけだ。

 初めてアグニー達に会った時は、彼らと同じぐらいの外見年齢だった。

 少女のような姿だったわけである。

 しかしいまは、20代前半の女性のようだった。

 相手が天使であるだけに、スパンも多少身長が伸びたぐらいでは驚きはしない。

 だが、エルトヴァエルには、とんでもなく変化していた場所があったのだ。

 乳である。

 初めて会った時は、確かに、今の状態ではなかった、と、スパンは記憶していた。

 どちらかというと、自分達と変わらない体格だったはずだ。

 一瞬男の天使なのかと思うぐらい、なだらかだったはずなのだ。

 それが、今はどうだろう。

 文字にするとするならば。

 山・谷・山。

 擬音にするならば。

 ボーン・キュッ・ボーン。

 アグニーは多くの場合、一生を村の中で過ごすことが多かった。

 外の、つまり異種族の女性を見る機会は殆どない。

 スパンはそんな、稀有な経験をしているアグニーだった。

 そのスパンが、今のエルトヴァエルを前に、思った。


 何だこのでかさは。

 エルフじゃねぇんだぞ。


 エルフは、この世界でも非常に美しく、魅力に溢れた種族として知られていた。

 その種族と比べるということは、つまり女性としての魅力が溢れているということだ。

 なんかこう、すごく。

 そんなスパンの微妙な表情に、エルトヴァエルは「ああ」と自分の姿を見直した。

「重い荷物を持つときは、やはり身長も高いほうがいいですから」

 笑顔でそういうエルトヴァエルに、スパンは。

「確かにそうかもしれませんね」

 と、笑顔で返した。

 伊達に中年ではない。

 集中さえすれば、思っていることを隠すことぐらいなら出来るのだ。

 スパンがなんとか表情を取り繕っている、そのときだった。

 少し離れたところから、ばさばさという羽音が聞こえてきた。

 アグコッコを見守っているカージ、カーゴ、カーシチ以外の羽音といえば、カーイチだ。

 そう思ったスパンが、羽音のほうを振り返った。

 そして、凍りついた。

 浅黒い肌に、黒い髪、黒い目。

 そして、黒い翼を付けた少女が、ばさばさと空を飛んでいたからだ。

 その足元には、併走している水彦の姿が合った。

 その姿に凍り付いていたのは、何もスパンだけではなかった。

 隣に立っていたエルトヴァエルも、目を点にして動けなくなっている。

 水彦はスパンたちに気が付いたのか、大きく手を振った。

「えろばんえろに、すぱん」

 声をかけてくる水彦。

 しかし、スパンとエルトヴァエルは、衝撃のあまり反応ができないで居た。

 直そばにやってきた水彦は、そんな二人の様子に不思議そうに首を捻る。

「なんだ、ふたりとも。へんなかおして、かたまってる、ん?」

 ふいに、水彦は眉をひそめる。

 じーっとエルトヴァエルを見つめると、急激に表情を変えた。


「えろとばえろのちちが、はれあがってる!!」


 ソレは、水彦が生まれて初めてあげた絶叫だった。




「なんだ。はれてるんじゃなくて、ちちがでかくなってるだけなのか」

 改めてエルトヴァエルを見ながら、納得したように頷く水彦。

 その視線に若干頬を紅くしている今のエルトヴァエルは、アグニー達と同じぐらいの少女の姿だった。

「なんでちちがでかくなったり、ちっこくなったりするんだ?」

「今はそんなことよりも、服のことですっ!」

 眉根を吊り上げて怒る姿に迫力は皆無だったが、水彦は素直に頷いた。


 水彦がカーイチをつれてきたのは、エルトヴァエルに服を借りようと思ったからだった。

 羽の生えた人間の姿に成ったカーイチの服がないことに頭を悩ませていた水彦は、ならば、エルトヴァエルに借りればいいのでは?

 と、思い立ったのだ。

 同じ翼の生えたもの同士、体型に合う服も持っているだろうと考えたのだ。

 しかし、残念なことにエルトヴァエルは換えの服を持っていなかったのだ。

 ソモソモ天使の衣は汚れる事がないそうで、着替えるということもないのだという。

 では、ずっとギンの上着を体に押し当てたままで居るしかないのか。

 そう思われたとき、エルトヴァエルから思わぬ言葉が出た。

「では、水彦さんが作ればいいではないですか」

 その言葉に、水彦は思わず手を叩いた。

 水彦は元々水の塊であり、今水彦自身が着ている服も、実際は水をそのように変化させて作ったものなのだ。

 水彦はすぐさま自分の上着を脱ぐと、バンバンと手で叩いた。

 上着は見る見るうちに、カーイチに丁度よさそうなサイズの、背中に穴の開いた着物に姿を変える。

 裸だったカーイチは、ようやく着る物を手に入れたのだ。


「しかし、ずっと水彦様に作っていただくわけにもいかんだろう。俺達が自分で着る分も必要だぞ」

 アグコッコ達の世話をしているカーイチを横目に見ながら、ギンは唸り声を上げた。

 水彦たちの後から付いてきて、今しがた合流したのだ。

「確かになぁ。織り器がなくても布をつくる方法はあるが、ソレにしたって服に仕立てるのに針が要るし」

「おれとしては、おまえらのぎじゅつりょくに、おどろくんだが」

 ギンと一緒に唸るスパンに、水彦が言う。

 着の身着のままで村を飛び出したアグニー達だったが、驚くような速度で村づくりをはじめている。

 手持ちの物といえば、ナベがいくつかに食器。

 そして、ギンが持っている剣とナイフが一振りずつしかないのにもかかわらず、だ。

 エルトヴァエルも同じことを思っているのか、水彦の言葉に頷いている。

 そんな二人の様子に、ギンとスパンは顔を見合わせて苦笑した。

「自分らの村では、都会と違って何でも自分達でしてきましたから。ある程度の物があれば、どうにかするんですよ」

「神様や天使様、水彦様のお助けも頂いています。それに、カラスやトロルも居てくれますし」

 彼らの言うように、助けがあったのは確かだ。

 だが、木製の道具で畑を作り、急ごしらえとはいえ一日で寝床まで作り上げ。

 しかも、手作りの道具で狩までしてのけた。

 これほど自給自足生活に慣れた民も珍しいだろう。

「実際、これ以上となると、道具がないと困りますしねぇ」

「だなぁ。せめて鉄板とハンマー、欲を言えば、金箸もあればなぁ。そうすれば作る予定の水車の補強もできるし、のこぎりも作れるんだが」

 難しい顔で唸り合うアグニー二人の会話に、エルトヴァエルは驚きの表情を作る。

「水車も作るんですか?」

「はい。畑などに水を引くのに作る予定です。マークのヤツが設計するんです」

 マークというのは、アグニー族の若者の名前だ。

 今も限られた道具と人材で、家を作っている。

 実は、最初の民にするのに、これほど優れた種族も居ないのではないか。

 あきれ半分感心半分の表情で、スパンたちを見つめるエルトヴァエル。

 そんなエルトヴァエルの脇腹を、水彦はつんつんとつっついた。

「なんですか?」

「なぁ。えろとえろは、きょにゅうがほんものなのか? ひんにゅうがほんものなのか?」

 真剣な表情で尋ねる水彦。

 この後、水彦は完璧なフォームから繰り出されたアッパーカットで、5mほどの高さの宙を舞った。

 その場に居たアグニー達は、その後、エルトヴァエルのことを非常に恐れるようになる。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「こうして、こー!」

「ぼくのほうが、しゅごいおー!」

「もっとために成る知識を埋め込みましょう」

「えっとねーうんとねー」

 こぶし大の土の塊を、何人もの小人達が取り囲む。

 それぞれ真剣な表情をしながら、ぺたぺたと土の塊を叩いていた。

 人間の目には良く分からないだろうが、この小人達は「世界樹」や「調停者」と呼ばれる、なんかこう、すごい樹の精霊達だ。

 そして、これも人間の目には分からないかもしれないが、彼らが叩いている土の塊には、今物凄い量の力が流し込まれている。

 そんな彼らを、赤鞘が物凄く生暖かい目で見守っていた。

 赤鞘は彼らに、こんなお願いをしていた。


「これから土を体にした眷属を作るので、私が知らない様な魔法の使い方とかを埋め込んで下さい」


 それはこの世界に明るくない赤鞘が、水彦を作ったときした失敗を基に考えた策だった。

 強力な力を持っているものの、水彦は決して力の使い方が上手くはない。

 というか扱えていないだろう。

 なにせ知識の大本となった赤鞘が、魔力の使い方に明るくないのだから。

 ならば今回は、この世界に生きてきたものに、その使い方を設定してもらうと考えたのだ。

 下手な神様よりも、この世界に生きているものの方が、ずっと使い方は上手いはずだ。

 なにせ、魔力、つまり神力があるのが当たり前の世界で、何世代も命をつないできたのだから。

 ガーディアンの核となる土の球を作り、赤鞘は精霊達の前に置いた。

 そしてそこに、知識を植えつけるように頼んだのだ。

 が、ここで思わぬことがおきた。

 小さく幼い精霊達は、赤鞘のお願いに大いに張り切りだした。

 そして、自分がより賢くかっこよくエライ子であることを見せつけようと、球に植えつける知識の優劣を競争し始めたのだ。

 ソレは何時しか知識から魔法へと変化し、いつの間にか力そのものへと変化していた。

 要するに、競争することで事がエスカレートしてきたのだ。

 いま赤鞘の目の前で土の塊に集まっている力は、水彦のそれには遠く及ばない。

 しかし、その精度や知識量などは、赤鞘が完全にドン引きするレベルになっていた。

「ぼくのほうがもっとしゅごいじょー!」

「なんだとー! ぼくなんて、こんなことできうもんねー!」

 精霊達は赤鞘の気持ちを知ってか知らずか、どんどん球にいろいろな物をつぎ込んでいく。

 既に赤鞘の血を受け、覚醒するのを待つばかりだったはずの土の塊は、恐ろしい勢いで力を伸ばしている。

 赤鞘は柔和な笑顔のまま、ゆっくりと空へと顔を向けた。

 抜けるような青空を眺めながら、口を開く。

「コウガクさん、いつくるのかなぁ」

 現実逃避だった。

 赤鞘の血を受けている以上、土の塊はもういろいろと手遅れなのだ。

「あ、そうだ。水彦に外に行く準備するように言わなくっちゃ」

 いい笑顔で、そんなことをつぶやく赤鞘。

 その直後、水彦と感覚が繋がっている彼が顎を押さえたり。

 小声で「エルトヴァエルさん、怒らせないようにしよう」などとつぶやいていたのだが。

 精霊達はそんなことお構いなしで、土の塊に力を注ぐのに一生懸命なのだった。

内容がうすいのに長い気がします。

いつもですねすみません。


アグニー達は非常に優秀ですが、道具がないとどうしようもない部分もあります。

水彦おつかい早よぉ。

その前に大都会がどんな按配なのかを描写したいと思います。

脅威の技術格差で、アグニー達の田舎民度をしらしめたいと思います。

ついでに、コウガクがどんな人なのかも書く予定です。


エルトヴァエルのおっぱいですが。

答えは「変幻自在」でした。

大きくも出来るし小さくも出来る。

コレならどんな相手との交渉でも有利です。


次回。大都会探訪・突撃隣のお坊さん・水彦、冒険者に成る の、三本の予定です。

ていうか冒険者って大体の作品で冒険者かハンターですよね。

なんで猟師っていわないんだろう。

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