百七十八話 「むこうはおれのこと、まったくしらんぞ」
“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクー。
尋常ならざる死霊術の腕前を持ち、約二千年の長きにわたって「輸送国家」スケイスラーの宰相であり続けている。
この事は、バインケルトが化け物であるということを示すだけでなく、もう一つの重要なことを示していた。
スケイスラーという国家が、二千年以上存続しているということだ。
世界中を飛び回り、ありとあらゆる国とかかわりを持ち、危険地帯を船一つで越えて荷物を運び続けるのが、輸送国家である。
そんな綱渡りのような立場に二千年以上あり続けるというのは、生半可なことではない。
様々な分野において、常に世界最高水準であったからこそ、成しえたことである。
至極当然のことながら、それは歴史方面にも及んでいた。
何しろ、「歴史の生き証人」がいるのである。
こと歴史の記録面において、スケイスラーを凌ぐ国は存在していない。
「俺ぁしょっちゅう言ってんだけどな。別に俺ぁ二千歳ってわけじゃねぇ。肉体が滅んじまって亡霊になってから二千年ってだけで、その前の肉体があった時代だって千年ぐらいやってたんだよ」
「それ何回も聞いてるけど、マジなん?」
「マジだっつってんのに、大抵のやつが信じやがらねぇ。まあ、安心してぇんだろうけどもなぁ」
「安心? どういう?」
「三千年ちょい生きてる野郎がいるなんてなぁ、信じたくねぇのさ。物騒だと思ってんだろうなぁ。俺にいわせりゃ、そんなもんよりよっぽどなバケモンがそこら中にいるじゃぁねぇかってなもんだ」
「いるぅ? 三千年生きてるやつより化け物なヤツ」
「テメェ然り、抑止力として機能してる連中が軒並みそうだろうが。一個人が軍隊とやりあえるんだぞ? そんなことがまかり通るようになったのなんざぁ、ごく最近の事だぜ、ったく」
バインケルトの言葉に、プライアン・ブルーは不思議そうに首を捻った。
ちなみに、今もプライアン・ブルーは「見直された土地」にいる。
より正確に言うならば、「見直された土地」にもいる、となるだろう。
距離的規制はあるものの、プライアン・ブルーは同時に複数の存在を持つことが出来るという特殊能力を持っている。
その距離的制限にしたところで、いくつか「抜け道」を使えばほとんど関係なく様々な場所に存在できるのだが。
ともかく。
バインケルトは自分の手首を外し、関節の球体部分を布で磨きながら、話し始めた。
「さて、歴史のお勉強だなぁ。
今から、そうだな。ざっくり五百年ぐらい前の事だ。
とある大国同士がにらみ合ってた。
方や伸び盛りの新進気鋭。
もう一方は、歴史はあるもののあくまで中堅どころ。
このままじゃぁ飲み込まれると考えた後者、中堅どころの大国は、一手講じることにした。
小国ながらそれなりに高い魔法体系を持っていた小国を併呑し、技術的に一歩先んじる。
俺にいわせりゃぁ、センスがねぇ手としか言いようがねぇ。
なにしろ技術解析だけだって相当な時間がかかるんだし、それを既存のモノと融合させるのにどんだけかかると思ってんだか。
よっぽど能力がある奴がいりゃぁ話やぁ変わるだろうけどなぁ。
当時のあの国に、そんな人材は一人だっていなかったからよぉ。
まあ、とにかく。
テキトウな理由を付けて、大国は小国を飲み込もうとしたわけだ。
開戦と同時に、小国は押されに押されまくった。
国力がちげぇし、支援してくれる国もなかったからなぁ。
そのまんま滅ぶしかねぇか、ってところで、“ソレ”が起きた」
小国の側に、一人の兵士がいた。
いささか思慮の足りない、言ってしまえばアホの類である男だ。
体は丈夫で力も強かったのだが、魔力も低く技術もない。
気は優しいものの、どこにでもいる様な「力自慢」といった風な、そんな男である。
兵士であることから大国との戦争に駆り出されたその男は、酷くなる一方の状況に辟易していた。
思い余った男が「いつになったらこれっておわるんです?」と尋ねると、上官は顔をしかめる。
軍隊が十全に機能していたら懲罰物の口の利き方だったが、そんなことを気にしていられるほど余裕のある状況ではなかった。
半分自棄になっていた上官は、「お前がひとっ走り行って敵国の帝王の首でも取ってきたら、それで終わりだよ」と返す。
すると、男は妙に感心したように頷いたという。
男が持ち場を離れ、いずこかへと消えたのは、その日の夕方ごろであった。
姿を消した男は、果たして普通に道を歩いて敵国の首都を目指していた。
別に偽装工作として一般人の格好をするわけでもなく、兵士の格好のままで歩いていたのだ。
当然、大国の兵士とかち合う。
支配地域を警備している兵士や、小国へ進行中の隊、などなど。
至極当たり前のことだが、そういった大国の兵士達は男を攻撃した。
止めようと声をかけるモノも居れば、姿を見た瞬間に殺そうと動いたものもいる。
しかし、それらすべての結果は同じだった。
返り討ちである。
男はたった一人で攻撃の全てを受け止め、一人残らず叩き伏せたのだ。
「ちょっと気が優しくて力持ち、なだけのはずだった。
そもそもその時代、人間ってのは剣で刺せば死ぬし、矢玉をぶち込めば死ぬし、魔法をぶち込めば死ぬと思われてたんだよ。
今からすれば、そんな訳ねぇ、ってなぁ。
世の中には化け物がいて、そんなもんで死んでくれるなら誰も苦労しねぇよ、ってな風に思うんだけどもよぉ。
その当時は、全くそうじゃぁなかったわけだ。
たった一人の人間なんて、ほんの十倍二十倍の武器を持った連中で囲めば、絶対に殺せる。
よしんば逃げ回ったところで、武器が当たって怪我をすれば、弱らせてしまえばそれでおしまい。
冗談じゃねぇ、ちゃんちゃらおかしくて笑っちまうだろぉ?
十倍どころか百倍、二百倍の人数が武装して囲んでも、鼻歌混じりにひき潰しちまうようなヤツが世の中にはいる。
当時の常識では、そんなもんが存在するはずが、存在していいはずがなかったんだよなぁ。
ところが、だ。
現実はそうじゃなかった。
結局その男はなぁ、今でいう所のプライアン・ケース。
カテゴリーでいえばブルー。
プライアン・ブルー、テメェと同レベルの能力者だったんだよ」
「話からすると、“完全強体”ってやつ?」
「その通りだぁなぁ。
物理法則や魔法的常識を飛び越えて、圧倒的な頑強さと圧倒的力を得る。
そもそも男の異常さは、一目瞭然のはずだったんだよ。
きちんと調べるまでもなく、異様異質だったはずなんだ。
ところがよぉ、まったく、常識ってのは恐ろしいよなぁ?
そんなはずがねぇ。
存在するはずがねぇ、ってなぁ。
ところだがなぁ。
現実ってなぁ、残酷だったわけだ」
男はひたすらに、まっすぐ進んだ。
その間、敵国の兵士が次々に襲い掛かったが、そのすべてを退けてしまった。
別に急ぐ旅ではないので、男は昼間は徒歩でのんびりと、夜はぐっすりと眠りながら進む。
食料はいくらでも手に入った。
山菜などもあるし、敵の兵士が持っていたものを奪ってもいい。
何しろ敵兵士はいくらでも襲ってくるので、はぎ取り放題。
水に関しても、その手の魔法道具は兵士が一人一つの勢いで持っている。
安心安全のギルド製で、当然男も使うことが出来た。
「のんびりゆっくり歩き続けて、男はついに帝都までたどり着いた。
もちろん大国側は完全装備の兵隊を繰り出した、が。
何しろ最前線は遥か向こうだからよぉ。
当時の認識で、帝都を守ってる程度の“練度が高く装備が充実した国内最精鋭”程度じゃぁ、話にならなかったわけだわなぁ」
「なに。実際はそんなに訓練された連中じゃなかった、ってこと?」
「いいや? 当時の基準からすれば間違いなく最精鋭だった。
しっかりとした教育を受けて、厳しい訓練を施され、武器の扱いにも慣れている。
よく訓練された“普通の人間”だぁなぁ。
つまり、俺や、お前や。
ステングレアの王立魔道院。
メテルマギトの鉄車輪騎士団。
シャルシェルス教の武僧。
ガルティック傭兵団。
ホウーリカ王国の楽団。
などなど、エトセトラエトセトラってやつだが。
そういう連中とは違う、当時の常識的な、最精鋭だったわけだぁなぁ」
当然、当たり前のこととして、そんな連中に男が止められるはずがなかった。
百人か二百人程度で囲んだからと言って、そんな程度でどうにかなるはずがないのである。
「今でいえば、そう、今でいえば個人最高戦力だ。
この俺“スケイスラーの亡霊”や“複数の”。
ステングレアの“紙屑の”。
メテルマギト“鋼鉄の”。
シャルシェルス教のコウガク殿やリッシン殿。
ガルティック傭兵団のセルゲイ。
ホウーリカの“鈴の音の”。
男はそういう種類の存在だった。
だから。
帝都の守備隊は壊滅して、帝王を名乗ってたヤロウは男に捕まった。
極々当然で当たり前で、少しもおかしなところのない結果だったわけだぁなぁ」
何故男が即座に帝王の首をとらなかったかと言えば。
男が帝王の顔を知らず、その人物が本当に帝王なのか確信が持てなかったからである。
勘違いで違う男を殺して、それで満足して帰ってしまったら。
戦争は終わらないし、骨折り損のくたびれ儲けだ。
そこで、男は帝王を引きずって、そこらじゅうの残存敵兵に聞いて回った。
この男は帝王か。
違うというものもあれば、そうだというものも居た。
どっちかが嘘をついている、という程度の事はアホな男にもわかる。
しっかりと判断を付けるため、何度も何度も、繰り返し繰り返し、色々な残存敵兵に尋ねた。
そして、二日ほどかけ、どうやら間違いなく帝王らしい、と確証を得る。
男は大変に喜び、「大急ぎで」帰路に就いた。
プライアン・ケース、それもカテゴリーでいえばプライアン・ブルーと同レベルである“完全強体”の能力者が、「大急ぎで」走ったのである。
男は行きの二十分の一以下の時間で、自身の上官の下へと戻った。
担いでいた帝王は半死半生であったが、ギリギリで生きていたのだから、相当に頑丈な人物だったのだろう。
「死にかけてた帝王を小国側が必死に治療しているうちに、大国側にも異変が起きた。
ようやく後方。
守るべき帝都がズタズタにされてることに気が付いたんだなぁ。
青を通り越して真っ白になって大慌てで引き返し始めたんだがぁ、それを許してくれるほど周囲の国々は甘くねぇ。
小国を攻める大国に大義無し、よって小国を助けるため侵攻を開始する、ってなもんよぉ。
理由なんざぁ、状況的にどうとでも付けられたわけだなぁ」
こうなってしまえば、大国に挽回の機会はなかった。
少々の抵抗は見せるモノの、切り分けられるパイ宜しくハイエナと化した周辺諸国に切り取られ放題に荒らされたのである。
大国はいくつにも細かく分断され、国民は以降百数十年、悲惨な人生を余儀なくされた、のだが。
「本題はそんなこと。そう、“そんな程度”の事じゃない。
大国と、そして小国との間に、何が起こったのか。
誰が何をして、戦争がこんなことになってしまったのか。
その情報が徐々に、周辺諸国に知られるようになっていった。
たった一人の人間が、戦術も戦略もまるで無視して、一人で敵陣に飛び込んで。
当たり前みたいな顔して向かってきたやつらを蹴散らし、敵の本国に切り込み。
それどころか、そこに居た連中をみぃんなぶっ潰しちまって。
帝王なんて敵の頭を、たった一人。
本当にたった一人でかっさらって、自分の国に戻って行っちまった。
ちゃんちゃらおかしくって、まっとうな奴らは信じなかったさ。
当然だろうなぁ、そんな人間は存在しないってのが“当時の常識”だったんだ。
自称“オツム”の良い連中は、だぁれも信じなかった。
スケイスラーだって、本来なら信じねぇところだった、が。
幸か不幸か、我が国には大昔から、そんなようなことが出来そうなヤツがいたのさ。
つまり、この俺だぁなぁ。
俺という前例があったから、俺という化け物の類が居たから、信じることが出来た。
納得して、理解することが出来たわけだなぁ。
そういう類の、たった一人で敵陣に飛び込んで、当たり前の顔して敵の帝王をかっさらってこれる化け物が実際に居るんだろう。
ってなぁ。
そこから、各国の反応はいろいろに分かれた。
まず多かったのが、信じずに宣伝戦略か何かだろうと高をくくって、他の理由を探したもの。
珍しい奇人変人が上層部に居て、本当にそんなことが可能なのかと検討し始めたもの。
あるいは、その両方の可能性を調べるか。
この三つ。
そう、この三つの行動に出た国は、早々に滅んじまった」
「はぁ!? 滅んだ?! なんで!?」
「負けたからだよ。
全くそんな存在がいるってついさっきまで信じてなかったが、見たものをいち早く取り入れて大急ぎで“化け物”を探し出して味方につけたやつらと。
実は大昔からそういうやつがいるって知ってて、表には出せずとも飼い殺しにしてた連中と。
こっそりそういう化け物を抱えてて、大事な時に小出しにしてきたような手合いと。
まぁ、とにかく。
そういう連中に負けて、攻め滅ぼされちまったんだよ。
何しろもう、遠慮する必要が無くなっちまったんだからなぁ。
隠しておく優位性も消え失せたんだ。
なら、どうする?
持ってねぇ連中が、大急ぎでそれを持とうと足掻いてるのをよぉ。
のんびりゆっくり待ってやってる義理なんざぁ、どこにもねぇじゃねぇか」
バインケルトは手首を戻すと、パァン、と大きく両手を打った。
「パラダイムシフトってやつだなぁ。
常識、規範となる考え方。
そういうモノが根こそぎひっくり返っちまうようなことが起きた。
何しろ、それまでの軍事戦略なんざぁクソの役にも立たねぇ代物に成り下がっちまった訳だ。
前線の維持?
戦略的視点?
補給路の確保?
ぜぇーんっぶご破算だぁ。
なぁんにも役に立ちゃしねぇ。
あるのは化け物。
つまり、個人最高戦力を駆使し、今までとはまるで違う、漫画かアニメみてぇな戦い方でバカスカ勝ちまくる国と。
それの攻撃から身を守ることはおろか、撃退手段すら持ちえない、ただ切り取られるのを待つだけのパイ。
世界はその二つに分かれっちまった訳だなぁ。
どういう訳か、化け物を抱えている国同士での戦いは起こらなかった。
当たり前だよなぁ、せっかくの稼ぎ時だぁ。
普段ならすぐにぶっちぎるような“紳士協定”だって、価値があるなら律義に守る。
まあ、幸か不幸かうちは、我が国は輸送国家だ。
自衛のために少々“人員”は揃えたが、戦争には直接参加しなかった。
当然、物資の輸送は仰せつかったがなぁ?
負けた方でも勝った方でも、既定の料金さえいただければきちんとお荷物をお運びしたもんさ」
相当にいい稼ぎになったのだろう。
ニヤニヤと笑うバインケルトを、プライアン・ブルーは胡散臭そうに睨む。
「お互いにパイを喰い終わったころ。
どこの国も腹はパンパンで、そろそろいいかな、って気になってた。
それで、どこもかしこもお互いに新たな条約を結んで、大掛かりなパイの取り合いは終了。
いわゆる“第四次世界大戦”。
だが、まぁ“抑止力戦争”ってののほうが、よく聞く言い回しだわなぁ。
ずいぶん皮肉な言い方だぜぇ?
この時初めて、今でいう個人最高戦力。
つまり、現在の“抑止力”が誕生したわけだ。
ただの一個人が、国同士のにらみ合いに不可欠な存在になっちまった。
そのきっかけとなった戦争だから、ってなぁ」
あの国には、“鋼鉄の”シェルブレンがいるから。
あの国には、“紙屑の”紙雪斎がいるから。
迂闊に手を出せば、こっちが滅ぼされてしまう。
だからお互いに紳士的な態度で、話し合いで解決しよう。
まさに、「抑止力」。
現在の“世界平和”の根幹は、この戦争により確立されたわけである。
「さて、ここからがようやく本題だ。
時の流れは残酷なもんでよぉ。
長い年月経つうちに、それまで居た抑止力、最高戦力は寿命を迎えて死んでいく。
次を確保出来ればいいが、うまく行く時ばかりじゃねぇ。
抑止力を失い、危険に晒される国が現れ始めた。
他国との交渉でうまく立ち回って寿命を延ばした国もあった、が。
まあ、世の中そんなに簡単じゃねぇ。
ほとんどがあっという間に食いつぶされちまった。
だがなぁ、それをどうにかして、必死の思いで“どうにか”した。
しちまった国が、現れたんだよ」
本来、抑止力級の力を持つ個人、国の最高戦力には。
やはり同じような抑止力、国の個人最高戦力をぶつけるしか、拮抗する方法はなかった。
だが、とある国が最高戦力である個人を、“打ち倒す方法”を編み出してしまったのだ。
「巨大な破壊力と引き換えに、周囲の魔力を枯渇させ。
その反動によって魔力流入が生まれ、魔力塊が作り出されてしまい。
これが持つ“周囲の魔力を強烈に惹きつける引力のような特性”により、魔力枯渇によって生命にとって致命的な空間を作り出す魔法。
本来はただ単に強力な破壊魔法を作ろうとしたものの、その“致命的な副作用”の方が厄介であり。
その副作用を持って、本来成しえないはずの、最高戦力の殺害という偉業を成してしまった、魔法。
つまり、そう。
それこそが」
大量破壊魔法。
「見直された土地」が生まれることになった原因の魔法は、つまりそういった事情から創り出された代物だったのである。
「だぁからぁ。こんなご時世、大量破壊魔法が禁忌にもなってるような今のご時世にその製造技術を復活させようなんて連中が陥ってる状況なんざぁ、たかが知れてるよなぁ?」
「抑止力、最高戦力を失ったか。あるいは、失いそうになってるか。ってこと?」
「まぁ、そんなところだろうなぁ。首筋に刃が食い込んでる。ってな心持なんだろぉ。なりふり構っちゃぁ居られねぇだろうさ。国の存亡がかかってるんだからよぉ」
「なるほどねぇ。それが、妖怪ショタジジィの見立てってことかぁ」
「誰が妖怪ショタジジィだ、ボケ。まぁ、実際そんなところだろ。自国が滅ぶかどうか、って状況でもなけりゃ、そんなあぶねぇ橋ぁ渡んねぇだろ。まぁ、まだ確認してねぇから絶対ってわけじゃねぇが。十中八九間違いなかろうさ」
「はぁー。なんか、すんげぇメンどっちーんだけど。こんなことにばっか関わってるから、私の婚期が遠のくんだわ。絶対」
「元々ねぇ物は遠のきもしねぇよ」
「なんだとコノヤロー!!」
「しっかし、大量破壊魔法、か。それに関わってるのがホウーリカ、ギルド、それにうち。挙句、ガルティック傭兵団。役者がそろい過ぎてんなぁ」
あまりにも出来すぎている。
そう、バインケルトには思えた。
こうなってくると、何者かの意思を感じてしまう、が。
「十中八九あの方だろうなぁ」
「あのお方? って、まぁ、そうか。罪を暴く天使様かぁ」
「さて、今回の事、どう始末をつけるおつもりなのか。お言葉を直接頂戴するようになってそれなりに経つ、が。未だにあの方のお考えはわからねぇ」
言葉とは裏腹に、バインケルトはいかにもそれが面白いというような顔で笑った。
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住民の方はともかく、今の「見直された土地」に居ついている神霊は、実はかなりの数である。
湖の上位精霊に関してはコッコ村のアグニーとどっこいかそれ以上の数がいたりするので、相当なものだった。
いきなり全員に会わせるのは、流石にしんどいだろう。
赤鞘のそんな考えから、タヌキとほかの面々との顔合わせは、少しずつ時間をおいて、ということになった。
「というわけで、タヌキさんはしばらくエンシェントドラゴンさんの巣に」
「嫌です」
というわけで、まずはいつも「見直された土地」の中央付近に陣取っている者達との顔合わせを急ぐこととなった。
場所は、「見直された土地」の中央。
赤鞘の社のある場所である。
「まあ、そんな訳でしてね。こうして、三つも社があるわけなんですよ」
赤鞘はそれぞれの社を撫でながら、心底嬉しそうに笑う。
本来、アグニー達がデザインサンプルとして持ってきてくれた三つの社だが、あまりに出来が良いので赤鞘にはどれにするか選ぶことが出来なかった。
サンプルとはいえ、アグニー達が丹精込めて作り上げたソレは、どれもこれも甲乙つけがたい完成度。
そこで、エルトヴァエルがある提案をした。
ひとまず三つとも奉納してもらい、社として使うことにする。
ただ、小さくて傷みが激しいだろうから、数年ごとに新しいものを運んでもらう。
何とか立派なものを奉納したいアグニー達の心情と、当時の生活の状況。
それに、赤鞘の性格を考慮した、見事な着地点だった。
「ええ、ええ。本当に、見事なお社ですとも。住民の方々の思いがこもった、素晴らしい出来栄えです」
嬉しそうな赤鞘を見て、タヌキはすこぶる機嫌良さそうに笑っている。
もし今のタヌキを、御岩神社の神使であるヤマネが見たら、混乱で機能停止するだろう。
タヌキの笑顔はどこまでも柔らかく、まるで心優しそうなものだったからだ。
「そんな感じで、エルトヴァエルさんには普段からずーっとお世話になりっぱなしなんですよ。本当に助けられてばっかりでしてねぇ」
「いえ。私はほんの少し、お手伝いをさせて頂いている程度ですので」
気恥ずかしそうにそういうと、エルトヴァエルは身を縮こまらせる。
タヌキと最初に顔合わせをすることとなったのは、やはりエルトヴァエルだった。
既に挨拶は済ませており、赤鞘がエルトヴァエルを紹介している所である。
「とても優秀な方なんですよ。私のお手伝いなんてさせるのは申し訳ないんですけどねぇ」
頭を掻きながら苦笑いする赤鞘の言葉を、タヌキはニコニコしながら聞いていた。
ちなみに、タヌキは内心、はらわたが煮えくり返るような思いをしている。
などと言ったことは一切なかった。
むしろその逆で、見た目通り恐ろしいほど機嫌がよかったのである。
何しろタヌキにとって、赤鞘の言葉は絶対である。
赤鞘が言うのだから、エルトヴァエルは優秀で赤鞘のことを助けてくれていた、素晴らしい天使なのだ。
タヌキは赤鞘の性質を正確に熟知しているので、
「エルトヴァエルが自分の立ち位置を奪うかもしれない」
などと考えることもなかった。
赤鞘は割と、誰とでも一定の距離を保ってきちんと扱うタイプなのだ。
そのラインを唯一踏み越えたのは、タヌキが知る限りキツネだけである。
「エルトヴァエルさんはですねぇ。本来は調べ物とかが得意な天使さんなんですよ。ほんとは外を回るのがお好きらしいんですが、ちょっといろいろ立て込んでましてねぇ。しばらく土地に張り付いててもらったんですよ」
「ほんの少しですが、事情は伺っております。赤鞘様がご指導なさった神様が、多くの神様の前で土地を治める技をご披露なさったとか」
タヌキは、「海原と中原」の地上世界に来る前に、天界である程度のレクチャーを受けていた。
と言っても、そこまで詳しい話は聞いておらず、かなりざっくりとした内容であった。
まあ、説明したのがアンバレンスだったので、内容のざっくりっぷりは推して知るべし、である。
「そうそう! そうなんですよ! それ以外にもいろいろあったんですよ。まあ、でも、タヌキさんが来てくれましたからねぇ。タヌキさんに手伝ってもらえれば、エルトヴァエルさんの身が空きますからねぇ」
「はい。お役に立てますよう、死力を尽くします。ですが、未だこちらの世界のことは詳しく御座いませんので。しばらくは、エルトヴァエル様の補佐という形にして頂ければ、と」
「あー、そりゃそうですよねぇ。エルトヴァエルさん、よろしくお願いします」
「いろいろとご迷惑をおかけすると思いますが、ご指導ご鞭撻、お願い申し上げます」
朗らかな笑顔で頭を下げるタヌキに対し、エルトヴァエルは若干体をビクつかせた。
表情の方も、少々引きつり気味である。
「は、はい! お力になれるように、頑張ります!」
明らかにビビっているリアクションだったが、赤鞘もタヌキも全く気が付いていなかった。
赤鞘は元々アレだったし、タヌキは約百年ぶりぐらいで赤鞘の所に戻ってきた余波でポンコツな感じになっていたからだ。
何故ビビっていたのかと言えば、エルトヴァエルが“罪を暴く天使”だったからである。
つまり、エルトヴァエルは過去のタヌキの所業を、ある程度調べていたのだ。
流石に異世界の事だし、「見直された土地」から動けなかったこともあり、詳細な情報は調べられなかったのだが。
それでもかなりの部分は知ることが出来ている。
情報を整理したエルトヴァエルが導き出した結論は。
タヌキさんって、ヤバいタイプのイヌ科さんですよね?
だった。
エルトヴァエルは既に、正解を導き出していたのだ。
名うての天使であるエルトヴァエルだから、書類上や記録などで確認した程度では、ビビったりはしなかった。
だが、エルトヴァエルの観察眼の正確さゆえだろう。
実際に目の前にすると、迫力が段違いなのだ。
香り立つようなヤバさが押し寄せてくるのである。
エルトヴァエルを怯ませるぐらいなのだから、タヌキも相当なものだと言えるだろう。
「せっかく武者修行の旅に行っていたのですから。その経験が少しでも役に立てばいいのですが」
「タヌキさんは元々優秀でしたからねぇ。私なんかの神使をやっているのは、勿体ないと思っていたんですけども」
「酷い言い草です。私は赤鞘様のお役に立ちたい一心で、頑張ってきたのですよ?」
「あー、いえ、すみません」
頭を掻きながら苦笑する赤鞘を見て、タヌキは可笑しそうに笑う。
エルトヴァエルはそんな様子を観察しながら、
「まあ、赤鞘様やアグニーさん達には力強い味方でしょうし。大丈夫でしょう!」
と、無理やり自分を納得させつつ、起こりうる問題全般からそっと目をそらすのであった。
同じころ、エルトヴァエルと同様、目の前の問題から目をそらしまくっている者がいた。
赤鞘が手ずから作ったガーディアンであり、記憶を同じくする存在、水彦である。
「おれのこと、なんてせつめいするんだ」
この世界に合わせて「ガーディアン」と呼んではいるモノの、地球でいえば「分霊」のようなものである。
厳密には違うのだが、まぁ、無理やり大雑把に言ってしまえば、似たようなものだ。
そんな存在である水彦は、当然、まだ人間だった頃の赤鞘の記憶、日本の神として過ごしてきた記憶も持っており。
つまり、タヌキと過ごしてきた記憶も、当然持っていた。
だから水彦にとっても、タヌキは懐かしい存在なのだが。
「むこうはおれのこと、まったくしらんぞ」
一体どう接すればいいのか、皆目見当もつかなかった。
それは、赤鞘の方も同じである。
何かいい方法はないか。
赤鞘と水彦は、珍しく真剣に相談した。
そして、一つの結論を出す。
「とりあえず水彦を紹介する順番を後ろの方に回して、その間に方法を考えましょう」
「それしかないか」
赤鞘も水彦も、基本的に問題を後回しにする性格だったのである。