閑話 日本でのこと 古今東西
今は昔の、とある村。
雨は降るのに、川の水が干上がるという奇妙な出来事が起きた。
村人たちが調べてみると、すぐに原因がわかる。
川が上流、山の中腹あたりで何らかの原因でせき止められ、湖になっていたのだ。
流木や岩などで止められたわけでもないのに、突然現れた湖に、村人達は大変に驚いた。
一体どうしたものか。
と話し合っていると、一人の旅の侍がやってきた。
事情を聴いた侍は、では自分も見に行ってみる、と言い残し、湖へと向かったのであった。
無論、この侍というのは、生前の赤鞘である。
本来であれば生きていた頃の名で記すのが正しいのだろう、が。
面倒なので神としての名である「赤鞘」でご容赦願いたい。
さて、困っている村人のためにと湖にやってきた赤鞘だったが、原因はすぐに分かった。
湖の底に、蛇の妖がいる。
見えるわけではないのだが、その程度の事なら、赤鞘には気配だけでわかった。
何しろ、物騒な世の中である。
砂地を歩いていたら、地中から人間を丸飲みに出来るようなミミズの化け物が飛び出して来たり。
街に寄ると、得体のしれない緑色の鬼に襲われていたり。
果ては、火を噴き空を飛ぶ蜥蜴とやりあうことになったり。
湖の底にいる化け蛇の気配の一つも感知できぬようでは、命がいくつあっても足りないのだ。
「あのぉー、ちょっとお願いがあるんですけどもぉー」
とりあえず話をしようと思った赤鞘だったが、相手、化け白蛇は全く聞く耳を持たなかった。
赤鞘をたかが人間と侮り、襲い掛かったのだ。
仕方なく、赤鞘は戦うことにした。
とはいっても、例によって例のごとく、赤鞘の腰には刀がない。
いつものように、念のため用意していた竹槍と、普段から使っている鉈を振るった。
白蛇はそれなりの巨体を持っていたのだが、山を抱えるほどの巨体というわけではない。
オオアシノトコヨミの脚を切ったこともある赤鞘からしてみれば、ちょっと大きめのニョロというだけであり、大した相手ではなかった。
殺すほどでもなかろうと、とりあえずボコ殴りにする。
どうやら察しが良かったようで、白蛇は早々に湖へと逃げ込んだ。
水に浸かったとたん、生傷が癒え始めたところを見るに、どうやら白蛇にとって水は力の源であるらしい。
だからこそ、白蛇は力を蓄えるため、水をせき止め湖を作ったのだ。
「なんだか海狸のようですね」
呆れたような感心したような顔で呟いたのは、いつも赤鞘を助けてくれているタヌキであった。
「うみたぬき? ですか?」
「遠く大陸には、水をせき止めて湖を作る動物がいるのだそうです。というか、ほら、この間見かけたやつですよ」
「あーあーあー。なんかいましたねぇー。湖に浮島作ってるタヌキっぽい動物。あれ、うみたぬきっていうんですかぁ。へぇー」
赤鞘はいわゆる方向音痴で、あちこち歩きまわるうち、思いもよらない場所へ出ることがよくあった。
ともかく。
このまま放っておいては、ろくなことにならないだろう。
赤鞘は湖に入って白蛇に追いつくと、再び竹槍と鉈でボコ殴りにした。
流石に蛇だけあって、白蛇は水の中では非常に機敏に動き回る。
だが、赤鞘も幼いころから泳ぎは得意であった。
白蛇の尻尾を掴み、陸地に引きずり出す。
そのまま布団たたきよろしく、振り上げては地面に叩きつけてを繰り返した。
三十回も地面と仲良くさせてやると、流石の化け白蛇も観念したらしい。
もう悪いことはしないから助けてくれ、と泣きが入った。
「力を蓄えるために、自分の縄張りを作っただけなんじゃぁ! 下流に水を返すから、命ばかりはお助けをぉ!」
情けなくべそべそと泣く白蛇に、赤鞘はどうしたものかと首をかしげる。
元々、命まで取ろうというつもりはなかったから、それで許そうと思ったのだが。
「お侍様。この白蛇殿は、なかなかに優秀ですよ。ここで治水、水の守りをさせれば、下流の村々は水害に悩まされることが減るものと存じます」
「あー。白蛇さんって、水神様として祭られてるところもありますもんねぇー」
「そんな感じで、見逃してもらってのぉ。その湖を守りつつ下流の村々に水を流したり、水害を防いだりしとったら、なんかこんな感じに水神になっとったわけじゃ」
そういうと、白蛇はつくねの串焼きに齧りついた。
ミンチにした鶏肉と、刻んだ鳥皮を混ぜたものに串を打って焼き。
卵黄に甘辛いタレを混ぜたものを付けて食べる、白蛇お気に入りの一品だ。
鳥と卵は、昔からの白蛇の好物なのである。
「なんかこんな感じに、ですか。まあ、言うてそうなるまでに色々イベントはあったんですよね? 神様になるぐらいですし」
「そりゃ、一応はのぉ? でも今はほら、赤鞘さんのはなしじゃから」
ここは、湖のほとりにある神社。
通称、白蛇神社の一角、祭神である「白蛇」の自室であった。
白蛇が話している相手は、赤鞘神社がある村の住民、「特別要監視能力保有者」達である。
何がどうしてそうなったのか、白蛇は赤鞘不在の村の面倒を見る、一種の後見のような立場をやらされていた。
「まあ、そんな感じでのぉ。そもそもワシがこうして水神、土地神になったのは、赤鞘さんがきっかけなわけじゃよ」
「だから、その神使であるタヌキさんにも色々頭が上がらない、と」
「あやつ、ワシより年上の妖だからってメチャクチャ言ってくるんじゃぁ。やれアレをよこせ、アレを手配しろって」
「断ればいいじゃない」
「いやじゃっていったら、アヤツ、沖縄民芸品の指ハブとか、ゆびへび、とか言う名前のおもちゃを持ってきてのぉ。ワシの拝殿の前でその尻尾を噛んで、びったんびったん地面に叩きつけるんじゃ」
「それ、なんか意味あるんですか」
「ワシ、赤鞘さんに地面にびったんびったんされてからアレがトラウマになっとるんじゃぁ! あの厄介オタクストーカー哺乳類、的確にワシの心の傷をえぐって来るんじゃよ!」
その厄介オタクストーカー哺乳類は、既に異世界に旅立っている。
だから、こんなに大っぴらに悪口が言えるのだ。
「白蛇様、言えば結構何でもやってくれるから。タヌキさんも頼みやすかったんですよ」
「わかる。器用なんだよなぁ、白蛇様って」
実際、白蛇は器用な性質であった。
術の行使、土地の管理、人の扱い、果ては経営なども上手い。
先々を見通す眼力のようなものにも長けていて、例えばまだ「道の駅」が珍しかったころ。
いち早くその有用性に着目し、自分が祭られている湖の近くに、多額の資金をかけて「道の駅」を建設したりしていた。
今現在でも大人気の施設で、休日平日問わずたくさんの人が訪れている。
無論、その中にはちゃっかり白蛇神社の分社が置かれていて、きっちりと「信仰」も回収していた。
だけでなく、土地神として治めている市内に大型ショッピングモールなども誘致しており、地方都市であるにもかかわらず、かなり魅力度の高い土地を作ることに成功している。
「あの辺の土地とか会社の経営って、実質のとこ白蛇様なんでしょ?」
「まあ、そうじゃな。名義的にはうちの巫女衆になっておるが」
当然、白蛇がそういった「経営手腕」を発揮したのは、今に始まったことではない。
土地神として土地を治め始めて早々から、そういった活動をしていたのだ。
おかげで相当の「影響力」を持つことに成功したわけだが、それをタヌキに見込まれて、良いように使われていたわけである。
「大体あのタヌキ、ワシの事を便利屋か何かだと思っとるんじゃぁ。気軽に何でも持って行って、何でも押し付けて行ってからに」
「お金とか物とかは持っていかれてたんでしょうけど。押し付ける? とは?」
「厄介ごととかアレコレじゃよ。そう、そもそもの所、巫女衆だってそうだったんじゃぁ!」
巫女衆というのは、白蛇神社に仕えている「特殊な能力」を有した巫女達の事。
まあ、ぶっちゃけてしまえば、「忍者」集団である。
「なんか赤鞘さんが拾ってきて! 自分の所で面倒見たいけど、うちは狭いからって! あのモンスタータヌーキがワシに押し付けていったんじゃぁ!」
「いうて白蛇様、巫女衆に色々仕事させて稼いでるじゃないっすかぁ」
「妖怪退治とか、白蛇様の事業の代理人とか」
「それはそれ、これはこれじゃ」
白蛇は、切り替えの上手い土地神なのだ。
「まったく、巫女衆に続いて、タヌキ殿の部下たちまでじゃと? どんだけワシに押し付ければ気がすむ」
ここで、白蛇はある事実に気が付いた。
自分の拝殿で、我が物顔でくつろいでいる赤鞘の村の住民達である。
「お主らのことも押し付けられとるじゃろがい!!」
「え、今更?」
「おっそーい」
「なんでじゃぁ! なんでワシばっかりこんな目に遭うんじゃぁ! 絶対赤鞘さんに文句言いに行ってやるんじゃからなぁ!!」
一応神様である白蛇ならば、ある程度の手順を踏めば「見直された土地」に遊びに行く程度の事は、難しくない。
この日、白蛇は必ずやあの厄介ごと押し付け主従に文句を言いに行ってやるのだと、心に誓ったのであった。
☆以下 活動報告からの転載
「いっぽんだたら」
いっぽんだたらの足は、一本しかない
その足の骨が折れてしまえば、もはや動くこともままならぬ
何しろそのいっぽんだたらは、山の中に一柱で暮らしている
助けてくれるものも居なければ、支えてくれるものも居ない
よしんばいたとしても、何しろ足が一本である
人里でその近くで暮らす妖ならばいざ知らず、山の中で己で動けぬでは、どうしようもない
いつもならばせぬ失敗であった
崖沿いの道を歩いていて、足を滑らせ、転落
事もあろうに、足の骨を折ってしまった
これが腕であれば、まだどうにかなったものを
もはやこれまでか、いや、諦めてなるものか
痛みで朦朧としながらもがいていたいっぽんだたらの前に、一人の侍が現れた
侍は介抱しようとしてくれたが、どうにもならぬだろう、といっぽんだたらは思った
なにしろ人間からすればいっぽんだたらは巨体であり、背負うことも動かすこともままならぬ
例えば足に添え木をしてもらったところで、結局は弱って死ぬしかない
せめて介錯をしてもらおうか、とおもういっぽんだたらだったが、この侍の腰にあるのは、なんと鉈がひと振りだけ
どうしたものかと思うが、いや、この鉈ならば或いは自分の命も
そんなことを考えていたいっぽんだたらをよそに、侍は共連れの妖怪タヌキから、小さな薬入れを受け取った
妖怪タヌキは散々渡すのを渋っていたが、侍に言われて苦々しい顔で手渡す
一体何なのだろう
中に入っていた薬を見たいっぽんだたらは、目を剥いて驚いた
河童の骨接ぎ薬
例え骨が折れていたとしても、瞬く間に治してしまうという霊薬の類である
「前に河童さんとお相撲をしたことがあったんですよ。その時に頂きまして」
いっぽんだたらの足は、太く大きい
相当な薬の量が必要だったようで、薬入れはすっかり空になってしまった
だが、そのおかげでいっぽんだたらの足は完治したのである
跳ぼうが跳ねようが、痛くもかゆくもない
むしろ、元々あった傷も治ったらしく、ずっと調子がいいほどである
そのまま去って行こうとする侍を、いっぽんだたらは慌てて引き留めた
礼もせずに帰すわけにはいかない
望みはないかと尋ねたが、特にないという
共連れのタヌキが、刀をうってもらってはいかがか、といった
いっぽんだたらは鍛冶が得意である
元は神だったからだ、などと言われるが、覚えている限り、いっぽんだたらはずっといっぽんだたらだった
記憶がある前のことはわからぬから、事実がどうだかはいっぽんだたらもわからない
ともかく、鍛冶は得意である
そう言う事ならば、と引き受けようとしたのだが
侍は、それは申し訳ないという
それに、自分は旅の途中であり、待っている訳にもいかない、のだとか
別に当てがある旅ではないが、この辺りは宿もない
世話になるわけにもいかない、というのである
一体この侍は、どういう男なのか
人ならぬいっぽんだたらであるから、刀一振りを打つのにさして時などかからない
だが、いっぽんだたらはあえてそれを言わず、腰のモノがなくて寂しく無いのか、と問うた
あるいは槍を打つのでも構わぬぞ、とも
共連れのタヌキが
「いっぽんだたらの打つ刃物は、どれも名品珍品になると言います。お侍様のお気にもめすものと思いますよ」
だが、侍は苦笑いをするばかりであった
「いやぁ、ますます私にはもったいないですよ。それに、鍛冶師の方にこれを言うと怒られるんですが。刀ってよく人が切れないといけないじゃないですか。そういう名品とかって、守り刀とかになるぐらいですし。私が持つには気が引けるっていうか」
これには、いっぽんだたらは驚いた
名品の刀が欲しくない侍など、いるモノだろうか
「欲しくないっていうか、私にはホントもったいない気がしましてね? 刀って人を斬る道具だと、私は思ってるんですよ。実際そういう風に作られてるわけですし。でも、そこに別の意味とかを持たせよう、って刀鍛冶の方々は頑張っていらっしゃるわけですよね? そういうのが名品とかになるのかなぁ、と思うんですけど。でも、私って人とか妖とかを斬るのに、刀を使うんですよ。そう思うとこう、なんかいわゆる思い入れがある品とかを使うときに、若干の申し訳なさを感じるというか、なんというか。いえ、結局刀を使うわけで、何を言ってるんだって話なんですけどもね?」
変わった侍である
不思議な侍である
ならば、人を斬らねば良いではないか、と問う
「それが出来ればいいんでしょうけどねぇ。なかなかどうして。今のところ私にできるのは、コレだけなので」
正直なところ、いっぽんだたらはこの侍の気持ちがよくわからなかった
刀は欲しいが、刀鍛冶が守りの思いを込めたであろう物は使いにくい
何しろ自分は刀で人やら妖やらを斬るし、刀とはそういう道具であると思っているから
いちいちそんなことを考える侍がいるのだろうか
まず一人、ここにいる
他にもいるかもしれない
だが、少なくともいっぽんだたらは、今まで一人としてそんなモノに会ったことがなかった
人をよく切れる刀が欲しいとか
守るために振るう刀が欲しいとか
打った相手に遠慮するというような手合いは、初めてである
いっぽんだたらは笑った
大いに笑った
そして、別のことを提案した
ならば、せめてその腰にある鉈を直させてくれ、そう時はかからぬ、と
それならばと、侍はようやく頷いた
この侍に会って、もう何度目になるか
いっぽんだたらは鉈を手にして見て、驚いた
なるほど、この侍は多くの妖やら神やらと戦ってきたに違いない
鉈はそう言ったモノとの戦いの中で、多くの血を受けてきたらしい
驚くほどの妖気と神力を持っている
だが、それらは外に漏れることもなく、ずっとずっと奥底の方にいて、外に全く洩れていない
いっぽんだたらにしても、実際に手にしてようやく気が付いたほどである
並の妖やら神であれば、ただの古びた鉈にしか見えぬだろう
いっぽんだたらはこの鉈を、渾身を込めて打ち直した
いくら妖を斬ろうと、決して邪にならぬよう
いくら神を斬ろうと、恨みなど溜めぬよう
この奇妙にまっすぐで、変にへそ曲がりで、どこかとぼけた侍の手助けとなるように
時を経て、侍は死に、土地神となった
鉈は農民に拾われ、しばらく使われたのだが、また別のモノの手へと渡った
別の、また別の
まるで旅をするように、鉈は多くのモノの手を渡り歩いた
時には、巨大な猪に襲われた農夫に
悪辣な妖を倒そうとするも、矢尽き剣折れた若き侍に
村を襲われ、一人抵抗する少年に
巨大な翼をもつ竜と対峙する狩り人に
土地を渡り
川を、海を、時を、星を、世界を渡り
何時しか鉈は、己だけで旅が出来るようになっていた
おかげで、ずいぶん旅が楽になった
鉈は今も、旅の空の下にいる
持ち主の最後の
人としての最後の願い
随分お世話になりましたねぇ
せめて、必要な人に拾われてください
それを、叶えるため
元々はそれだけであったのだが、何時しか鉈自身、旅の空の下にいるのが好きになっていた
あるいはまた、土地神となった持ち主と出会うこともあるかもしれない
だがきっと、自分はすぐに旅の空に戻るだろう
人であった頃の持ち主がそうであったように
旅の空の下こそが、鉈のあるべき場所なのである
いっぽんだたらのエピソードは加筆修正しようかと思ったんですが、割と面白くかけた気がしたのでそのまま載せました
手抜きと言われそうですが、実際手抜きです()
ご容赦のほどを一つ・・・