百七十六話 「いえ、その。まさかここまでなさるとは思わず」
この世界、「海原と中原」を作った母神は、新たな世界を作ることにした。
何か深い理由がある、というわけでは一切なく、完全な思い付きである。
だが、一緒に新しい世界を作る。
つまり、「海原と中原」を出ることになる神の選定は、実に念入りであった。
優秀で有能な神を、上から順に連れて行ったのである。
ゆえに、今この「海原と中原」に残って居るのは、母神に選ばれなかった神か。
あるいは、アンバレンスや水底乃大神のように、自ら残った神だけである。
では、残された神々が無能、あるいは害になるような存在なのかといえば、そうではない。
とびぬけて優秀ではなかった、というだけであり、大半の神が相応の能力を持ち合わせていた。
赤鞘に批判的な意見を持つ海の神々にしても、やる気のない無能の集団、というわけではない。
むしろ、何とかこの世界を維持しようと、苦慮努力している神々ばかりであった。
優秀だった神々だけが母神に誘われ、新たな世界の創世に立ち会う。
自分達は置いてけぼりを喰った状況にもかかわらず、彼らは何とかしようと努力してきた。
だが、彼らが知っているのは「力がある神々」が世界を管理してきた方法だけ。
何とかそれを再現しようとするが、どうしたところで「力」自体がない訳で、及ぶわけがない。
刻一刻と悪くなる状況に、彼の神々は苛立っていた。
今すぐではないが、このままいけばいつか世界が崩壊する。
日々焦り苛立ちが募る中、太陽神にして最高神であるアンバレンスが、異世界から一柱の神を連れて来た。
その神から、世界の管理の仕方を教わろう、というのだ。
ただでさえ母神から選ばれなかったという劣等感の中、それでも何とかしようと努力してきたところに、異世界から神を連れて来て、教えを請おうという。
それも力がある大神等ならいざ知らず、文字通りの「雑魚神」にである。
彼の神々が腹を立てるのも、そういった事情を鑑みれば、ある種しょうがない所ではないだろうか。
そう、彼らは自分達が虚仮にされたと感じたからこそ赤鞘の存在を認めていないだけであり、けして無能というわけではない。
だからこそ。
グルファガムが披露して見せた技が、いかに有用であるのか。
いかに今の自分達にとって必要なものであるのか。
実際に目の前で見せられさえすれば、すぐにそれが理解できた。
そして、無能でないがゆえに。
気に食わないからとそれを否定し、一蹴してしまう余裕がない程度にこの世界が追いつめられつつあることを、しっかりと理解していたのである。
グルファガムが見せた技は、見事だった。
実に見事だったと、言うしかなかった。
何とか必死に今の状態を維持しようと、それでも少しずつ悪くなっていくのを止められなかったものを。
ほんの少しの範囲でだけ、しかし。
確実に状況を好転させて見せたのだ。
ゆるゆると悪化していくのと、ほんのわずかでも改善していくの。
どちらが良いかなどというのは、比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほど明確なことである。
何十柱の神々が寄ってたかって出来なかったことを、グルファガムはたった一柱でやって見せた。
赤鞘という、件の異世界の神から教わった技術を使って。
もっとも、グルファガムは実際に土地を安定させて見せたわけではない。
赤鞘が作った「地治修練縮図」という、土地の管理を練習するための道具を使って見せたのだ。
幸いなことに、この日集まった神々は「たかが練習道具」と侮るようなことはなかった。
目の前にある「地治修練縮図」というものが、「たかが練習道具」でないことをきちんと理解できる程度には、能力があったのである。
何とか披露を終え、グルファガムは安心したように溜息を吐いた。
すっかり緩んだ顔をしているグルファガムだったが、周りの神々の様子は全く別である。
険しい顔、あるいは、苦々しい顔、深刻そうな顔。
明るく朗らかな表情などは、一つもない。
原因は、グルファガムが「地治修練縮図」を使って土地の管理の実演をしているときのことである。
それを見学していた神々の一柱が、ふとある事実に気が付いたことであった。
「土地の管理の練習道具、ということは。つまるところ簡略化された土地の縮図ということだろう。それはつまり、簡略化された世界ということではないのか」
つまり。
あの「地治修練縮図」という道具は、極々簡略されているとはいえ、世界そのもの。
いわば「世界のひな型」ともいえるモノなのではないのか。
そう考えた一柱の言葉は、あっという間にその場にいた神々に伝わっていった。
いや、そんなはずは。
しかし、あるいは。
グルファガムが実演を終える頃には、その場にいたすべての神々に、その言葉が伝わっていた。
目の前で見せられた技術。
そして、「小さな世界」ともいえるような練習道具を制作しうる、規模はあまりに小さいとはいえ「創世」。
新たな世界を作り出すという、偉大な神々にしかなしえないはずのことをしてのける。
その事の重大さがわからないほど、ここに集まった神々は無能ではなかった。
一体、赤鞘という神は何者なのか。
集まった神々はそれを考え、じっと押し黙っていたのである。
ちなみに。
件の「地治修練縮図」というのは、集まった神々が考えているほど大袈裟なものではなかった。
確かに「ミニチュア世界」ともいえるようなものなのだが、それは「地球儀」と「地球」。
あるいは、「紙飛行機」と「旅客飛行機」を同列に並べるようなものであり。
大体の理屈は同じようなモノであっても、とても「同じようなモノ」と言えるようなものではないのである。
あるいはアンバレンスや水底乃大神のような、実際の「創世」を行えるようなレベルの神であれば、その違いは一目瞭然でわかっただろう。
だが、そこまでの実力も知識もないものから見れば、似たようなものに見えた訳である。
もちろん、この場に居たアンバレンスと水底乃大神は、他の神々の勘違いに気が付いていた。
そのことを教えていれば、多少は空気も緩和されていたかもしれない。
しかし、アンバレンスも水底之大神も、あえて指摘するようなことはしなかった。
勘違いして置いてもらった方が、今後色々やりやすかろうと判断したからだ。
アンバレンスも水底之大神も、割としたたかな性質なのである。
「どう見る?」
「どうもこうもない。実際に目の前でアレを見せられて文句を言おうものならば、己の無能を喧伝するようなものではないか」
「でも気に食わないのだわ。単純に気に食わないのだわ」
「ホントにすごい技をもってても、ボクらがバカにされたのはかわらないじゃん」
「そーなんだけどにゃぁ。じゃあ、まだ文句を言い続けるのか、って話になるにゃ」
「それは、まぁ。どうせ役に立たない、なんてのはいえないのだわね」
「そうなる、だろうな」
「では、自分もグルファガムのように習おう、とは思えぬ、が」
グルファガムの発表会が終わった後、海の中ではあちこちで神々があつまり、話し合っていた。
やはり、一様に難しい顔ばかりで、明るい表情などはほとんどない。
そんな様子を、アンバレンスは満足げな笑顔で眺めていた。
「よっしゃよっしゃ。上々じゃないの」
「あの、ホントに私、上手くやれたんですかね?」
不安そうに尋ねるのは、グルファガムだ。
この状況を作ったのは自分だ、とでも思っているのだろう。
居た堪れなさそうな顔で、落ち着かなさそうにきょろきょろとしている。
「上手くやれた、上手くやれた。大成果だっての」
「でもあの、なんといいますか。反応が芳しくないと言いますか」
「まだ皆、状況を咀嚼できてないのよ。いくら良いものだってわかっても、今の今まで否定してたものを受け入れるのは難しいもんでしょ」
「まぁ、そう、ですよねぇ。たしかに」
「もちろん、すぐには状況変わったりしないよ。連中も神だからね。意地もプライドもある。赤鞘さんのことを飲み込むのに、一年、十年。神によっては百年かかるかもしんない」
人間からすれば長いスパンではある。
が、神からすればそうでもない。
納得したり意見を変えたりするのに、当然その程度の時間はかかるものなのだ。
「やっぱり、そのぐらいかかりますかねぇ」
「すぐに気持ちの切り替えができるやつも居るだろうけどね。まあ、正直協力的になってくれなくても、だ。妙な邪魔をしにかかるようなことは、止められるわけよ」
アンバレンスの最大の狙いは、それだった。
とりあえず協力はしてくれなくてもいい。
邪魔さえしないでくれるなら、協力してくれるものを集めて実績を積み上げることが出来る。
そうすれば、日和見を決め込んでいる神々も、引きこみやすくなるはずだ。
「というわけでグルファガム君。今後も赤鞘さんからしっかりご指導賜って、土地の維持管理方法を覚えてくれ給えよ」
「はい。できる限り、頑張ります」
ほぼ虚無顔で、グルファガムは答えた。
どうせお披露目後も土地の管理の方法を習うことになるのは、分かり切ったことだったのだ。
だが、思わぬおまけまでついてきた。
「というわけで、土地の管理するのに練習場所必要だろうから。見直された土地の近くにある海の管理任せるね」
「そっ! えっ?! それって、あの、土地の管理方法を覚えたらっていう話だったはずでは」
「そうだっけ? ちょっとよく覚えてないけど、大丈夫大丈夫! 地球の神様は大体いきなり土地神になるっていうし! 丁度いいんじゃない? これからも頑張ってねっ! あっはっはっは!」
心底機嫌よさそうに笑うアンバレンスの言葉に、グルファガムは盛大に表情を引きつらせた。
確かに、地球日本の神様は、突然土地神になることもあるらしい。
だが、この“海原と中原”とでは、状況がかなり違う。
地球でならば、突然土地を任されることになったとしても、元々ある程度土地は安定している。
周りの土地神も居るわけだし、技を教えてもらうことはもちろん、周囲からの援助、援護も期待できるのだ。
しかし、“海原と中原”の力の流れは、今現在ハチャメチャになっている。
赤鞘のような熟練の土地神だからこそどうにかできるのだが、まだ訓練を始めたばかりのグルファガムに、どうこうできるものではない。
まして技を教えられるのは赤鞘だけであり、その赤鞘にも自分の仕事があるわけで、グルファガムへの指導ばかりに手を取られているわけにはいかないだろう。
現状で自分が土地神をやるというのは、かなりの無茶ぶりなのでは。
グルファガムは冷や汗をかきながら、何とか状況を打開しようと考えを巡らせる。
が。
「“海原と中原”の土地神二柱目だな! よろしく頼むよ!」
「あ、はい。できる限り、頑張ります!」
力強く言われると、反射的にいい返事をしてしまう。
悲しき下っ端神の習性である。
そういう意味では、グルファガムには土地神としての才能があるのかもしれなかった。
「要するに、ドミノとかピタゴラ装置とかみたいなものなんですよ。動きを連鎖させていって、最終的に望む形に落ち着かせる。ルーブ・ゴールドバーグ・マシン、とはちょっと違うんですかねぇ」
樹木の精霊達にそんな話をしながらも、赤鞘は忙しなく本体である鞘を動かしていた。
歩き回り、時に小走りで移動しながら作業する様子は、普段の赤鞘より数段素早い動きである。
「前から準備はしてたんですけどねぇ。ほら、グルファガムさんのお披露目もあることですし。この機会にちょっと動かしてみようかなぁ、と思いましてね」
「へぇー。なんか楽しそー!」
すでに何度か聞いている話なので、樹木の精霊達の反応は薄い。
だが、火の精霊樹だけは、妙にワクワクとした様子で話を聞いていた。
「なんで火の、あんなに楽しそうなんだ?」
「アイツ、記憶弱いから何回も説明されたの覚えてないんだよ。いや、赤鞘様みたいに容量云々じゃなくてね。なんか、興奮したりすると前後の記憶が一部焼却されるみたいでさ」
「大問題なんだよなぁ。だから火系統の精霊って気が短いのかな」
「わかんないけど、火のはほかの精霊より記憶が燃えやすいみたいだよ」
「あかさやさまの、えいきょうだよねぇ。たぶん」
「でしょうね。まあ、今はラッキーだと思いましょう。火のと戯れて下さっているおかげで、神様方がこっちにも見学に来ることがすっかり頭から抜けているようですし」
記憶力に関しては、定評のある赤鞘である。
まあ、もちろん低評価方向なわけだが。
「赤鞘様が緊張なさると、ろくなことが起こりません。いつも通りの姿を見て頂くのが一番なのです」
「たしかに。ていうか今回来る神様達って、そんなに偉い神様じゃないんでしょ? 赤鞘様もそんなに緊張しないんじゃないの?」
一柱がしたそんな指摘に、他の樹木の精霊達が「あー」と声を上げた。
そして、同時にエルトヴァエルの方へ振り返る。
困ったときのエルトヴァエル解説だ。
「赤鞘様は、相手が初見の神様なら誰でも緊張なさるんじゃないでしょうか」
「なるほど。それもそうか」
「流石の説得力」
「さぁーて、そろそろ準備できましたかねぇ」
赤鞘のそんな声に、樹木の精霊達はぎょっとした顔になった。
まだ、見学予定の神々が来ていない。
それなのに本番に取り掛かられたら、少々困るのだ。
エルトヴァエルが、必死な様子で「延ばして」というジェスチャーを樹木の精霊達に送る。
樹木の精霊達も心得ていて、すぐに赤鞘の方に飛び出していった。
「そろそろ、大掛かりに動かしましょうかねぇー」
「赤鞘様! 一段落ついたのでしたら、お茶でもいかがですか!」
「おかし! おかし!」
「甘いの食べましょう、甘いの!」
「ああ、そういえばおやつにちょうどいい時間ですねぇ。丁度いい区切りですし、みなさんでお茶にしましょうか」
樹木の精霊達もすっかり、赤鞘の扱い方に慣れている様子であった。
大抵の人間にとって、地形や森、川、海、大地というものは、変化が起こりにくいものであるだろう。
気が遠くなるほど長い期間をかけて変化していっていることはわかるものの、その変化を目で見て意識することは殆ど無いはずだ。
地震や洪水、火事などによって、短い期間で変化が起こることは、稀にある。
ただ、そう言ったモノは大抵の人にとって「災害」であって、ごく当たり前の「自然な変化」とは感じられないのではないだろうか。
この世界、「海原と中原」の多くの神々にとって、「力の流れ」というのは、人間にとっての「そう言ったモノ」に近い認識であった。
確かに自然に変化していくものなのだろうが、それはあくまで長いスパンであって、自分達が目に見えて認識するようなものではない。
あるいは、アンバレンスや水底之大神といった、創世も可能なような神々であれば瞬く間に大きな変化も起こせるだろうが。
それらは特別なことであって、自分達とは関りがない。
この認識は、間違ってはいなかった。
確かに「海原と中原」の多くの神にとって、力の流れというのは、言ってみれば「自然現象」のようなものであり。
力のある、例えば母神と一緒に新しい世界を作るために旅立っていった神々、あるいはアンバレンスや水底之大神といった力ある神々であればともかくとして。
彼らに今すぐどうにかできる類のものではなかったのだ。
だから。
世界を流れる力の流れが唸りを上げ、さもそれが当然というように干渉し合い、見る見るうちに変化していく様は。
しかも、それを赤鞘という、力だけでいえば自分達よりもはるかに劣る雑魚神が、それが当たり前だというような様子で制御している、その様は。
恐怖とか感動とかといった感情が湧いてくる種類のものではなく。
「見直された土地」を見学しに来た神々にとって、あまりにも理解の範疇を超えすぎたモノであり。
唯々呆然と眺めることしかできない種類のものであった。
「いや、無理でしょこれ。人間の目の前で、山とか湖とか大陸とか、出したり引っ込めたりしてるようなもんよ。数千年単位の早送り染みたモノ見せられたら、そりゃ困惑するでしょうよ」
目の前で繰り広げられているモノを困惑顔で眺めながら、アンバレンスはぼやくように呟いた。
「確かに赤鞘さんの技術を目の前で見たら、黙るしかないだろうな。とは思ってたけどもさ。やり過ぎなのよ、これは」
川の流れが蠢き、それによって山が侵食され谷になり、水の影響で湿地、草原、森が勢いを増し。
かと思えば、山が火を噴きすべてを覆いつくし、海にまで流れていく。
そこから新たな台地が現れたと思えば、雨が降り再び川が生まれ大地に緑が芽吹き。
今度は地割れによって大きく台地が裂け、陸地が海へと変わっていく。
人間からすれば、おおよそそう言ったモノに該当するような景色を見せられて居るわけだから、まさにアンバレンスの言う通り。
明らかなやりすぎである。
「ちょっと、エルちゃん。なんで止めないのよ」
「いえ、その。まさかここまでなさるとは思わず」
「エルちゃんでも予想付かなかったってこと?」
「はい。申し訳ありません」
エルトヴァエルはひたすら体を縮こまらせて、頭を下げた。
正直なところ、ある程度大きなことをやるつもりなんだろうな、とエルトヴァエルも思ってはいたのだ。
赤鞘当神もそんなようなことも言っていたし、エルトヴァエル自身の見立てでもこれほどのことをするとは思っていなかったのである。
とはいえ、それも仕方ない事だろう。
「アンちゃん、アンちゃん」
アンバレンスを突っつきながら声をかけたのは、火の精霊樹であった。
「んん? どったの?」
「流石の罪を暴く天使でも、今回はわかんなかったって」
「ほほう? その心は?」
「赤鞘様がさっき首傾げながら言ってたんだよ。思ったよりも簡単に力の流れが動くなぁーって」
「ええ、そうなの? なんでだろう」
「何言ってんのさ。アンちゃんとか水底のおじいちゃんとか。ほかにもいっぱい神様がいるからじゃない」
「あー」
アンバレンスや水底之大神のような大神が近くにいると、それだけで土地の力の流れは安定する。
今回見学に来ているような神々でも、二柱程ではないにしても同じような効果があった。
赤鞘からすれば、そういう状態の力の流れは素晴らしく動かしやすいのだ。
つまり、常にない数の神々がやってきたことで、「見直された土地」は常になく力の流れが動かしやすい状態になっていたのである。
それだけならば、赤鞘もここまではしなかっただろう。
「それにさ。赤鞘様も色々あってぱぁーっとやりたい気分だったんじゃない? タヌキさんのこととか、お祭りのこととか、いろいろあったし」
普段の赤鞘だったら、いくら動かしやすくてもここまではしない。
当初予定していたところから、少し盛る程度にとどめて居ただろう。
だが、火の精霊樹が言ったように、今の赤鞘は「ぱーっとやりたい気分」になっていたのだ。
この場合の「ぱーっと」というのは、土地の管理。
つまり派手に仕事がしたい、ということになる。
赤鞘のような土地神にとって、気晴らしというのは土地の管理、つまり「仕事」なのだ。
「いろいろ溜まってて大きな仕事しようと思ったら、なんか知らないけどいつもより動かしやすい。普段なら抑えるところだけど、せっかくだからパーっとやっちゃおう。って感じな訳か」
「そうそう。エルトちゃんが読み違えるのもしょうがないよ」
火の精霊樹の言葉に賛同するように、他の精霊達も大きくうなずいている。
それでも、エルトヴァエルがここまで予想を外すというのは珍しい。
実はこれには、火の精霊樹が言っている以外にもいくつか理由があった。
まず、「見直された土地」に見学に来た神々の数。
これが、エルトヴァエルの予想より大幅に多かった。
グルファガムのお披露目を見に来る神々の名簿から、エルトヴァエルは「このぐらいだろう」と予測していたのだが、それが外れてしまったのだ。
これは、エルトヴァエルがそれぞれの神の性格を考えて割り出した、かなり確度の高い数字だったのだが。
いかんせん、今のエルトヴァエルは最新の情報を自分で調べることが出来ていなかった。
そのため予想の土台となる情報にズレが起きたのである。
また、赤鞘のコンディションにも予想外のことが起きていた。
赤鞘と水彦には精神的な繋がりがあるのだが、水彦の方に大きな変化が起きていたのだ。
今、水彦は、ガルティック傭兵団やプライアン・ブルー達と共に、エンシェントドラゴンの巣、地下ホテルに居るのだが。
ただ待っているのも暇だということで、ゲーム大会を行っていたのである。
そこで、水彦は赤鞘譲りのゲーム勘と運の良さを存分に発揮。
大勝ちに勝ちまくっていたのである。
そのためやたらとテンションが高くなっていたのだが、その影響が赤鞘にも少なからず及んでいたのだ。
これ以外にも様々な要因が重なって、エルトヴァエルの予想は外れることとなってしまったのである。
自由に情報を収集できないが故の、普段のエルトヴァエルからは考えられないミスであった。
まあ、これがエルトヴァエル以外であれば、ちょっと思ってもみなかった事態になったな、程度の事なのだが。
「まぁー、そりゃそうか。最近ずーっと赤鞘さんに張り付いてたのもあるし。いや、ごめんごめん。エルちゃんに任せっぱなしだったしね。流石にそこまではオーバーワークだわ。これは俺が悪い」
「いえ、そんな」
「んー、まぁ、もうすぐタヌキさんも来るし。エルちゃんの仕事も少しは楽になるはずだから」
タヌキが「海原と中原」に来れば、赤鞘の世話や監視は任せることが出来るだろう。
そうなれば、エルトヴァエルは以前と同じように情報収集に出ることが可能になるはずだ。
今後は、こういったミスもなくなるはずである。
「それよりもアンバレンス様。神様方の反応が心配なのですが」
ほかの樹木の精霊に言われ、アンバレンスは神々の方へと目を移した。
どこまでも呆然としている。
まあ、この衝撃からはそう簡単には抜けられないだろう。
アンバレンスでもびっくりしているぐらいなのだ。
ほかの神々の衝撃たるや、相当のモノのはずである。
「これって、やっぱりあんな技術は危険すぎるー。みたいな流れにならないかな?」
「あー、どうだろう。そういうこと言いだすのも居るかも」
確かに土地神の技術は有用だが、だからこそ危険でもあるのではないか。
今の赤鞘のやっていることを見れば、確かにそういう意見も出てきそうな気はする。
実際、力の流れに影響を与える技術というのは、一つ間違えば危険でもあった。
何しろ、力の流れを正常化させるだけでなく、わざと悪化させることも出来るのだ。
危険と言えば、間違いなく危険ではある。
とはいえ、その位のモノでなければ、ものの役になど立たないわけだが。
「でもまぁ、その辺はこっちでうまくやるわ。どうせ遅かれ早かれ危険性に気が付くヤツは出て来ただろうし。それが早まっただけだからね」
「その、申し訳ありません」
「いやいや、エルちゃんのせいじゃないって。責任者は俺だからね。俺の判断ミスよ」
「ていうか、赤鞘様がやりすぎてるんだし。赤鞘様がわるいんじゃないの?」
一柱の樹木の精霊が、首をかしげながらそういう。
アンバレンスもエルトヴァエルも、他の樹木の精霊達も、なんとも言えない顔で首を捻った。
「んんー、いや、でも赤鞘さんだからなー」
「赤鞘様のやらかしって、ステージギミックみたいなもんだからね」
「予測できないっていうか」
「そもそも記憶がふわっふわしてるからなぁ」
記憶がふわっふわで何をやらかすかわからず、止めようとしても予想の斜め上を行く突飛さで突き抜けてくる。
周りにいるモノ達からすると、赤鞘というのは割と厄介な存在なのだ。
「まあ、とりあえず神連中のことは俺とかの方でなんとかするわ。海原のとっつぁんも居るし。何とかなるでしょ。危険性はあるけど、その位じゃないと有用にもならない、って方向に誘導できると思うし」
こんなことを話している間にも、赤鞘は上機嫌で力の流れを整えていた。
「あー。んー? まあ、いいですかねぇ。もうちょっと進めちゃいましょうか」
こうして、赤鞘は五十年分ぐらいの仕事を、一気に片付けることに成功したのであった。
とはいっても、まだまだ赤鞘が納得するレベルの、十分の一にも届いていない。
「見直された土地」を「ある程度」の状態に落ち着けられるのは、まだまだ先になりそうであった。
グルファガムのお披露目会と、「見直された土地」の見学会は、とりあえずの成功を収めた。
不安を覚えたり、危険性を訴える神々もある程度はいたが、大半は好意的。
あるいは、様子見といった態度も一部いた。
もちろん根強い反対論もあるのだが、それは元々あったもの。
そのあたりを上手く調整していくのが、アンバレンスの仕事だろう。
とにかく。
大々的な反発がなくなったわけで、アンバレンス的には一安心であった。
お披露目会が無事に終わり、神々がそれぞれの場所へと帰っていく。
上位精霊達は、それを合図に。
アグニー達は、そんなこととはつゆ知らず。
それぞれに、お祭りの準備に取り掛かるのであった。
次回はお祭り&タヌキさん異世界にやって来る回になります
さて、とりあえず宣伝をばさせて頂ければ
「神様は異世界にお引越ししました」
コミカライズ版、各種マンガアプリなどで連載中です
よろしければ、読んでみて頂いて
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