百七十五話 「何かイベントありましたっけねぇ?」
「ふぅーむ。どうしたもんかのぉ」
「むずかしい、もんだいだ・・・」
「ダメだ。眠くなってきた」
「むずかしいからね。しょうがないね」
コッコ村の広場に集まったアグニー達は、皆難しい問題に頭を悩ませていた。
あまりに難しすぎて、既に何人かは眠りに落ちている。
頑張って考えているアグニー達の中にも、既に寝落ちしかけているモノが多い。
一体何をそんなに考えているのか、と言えば。
「神様へのおみやげ、なにもっていけばいいんだろう」
「けっかいー」
「そうなんだよ、むずかしいんだよなぁ」
赤鞘の所へもっていくお土産を何にするか。
それについて悩んでいたのである。
コッコ村でお祭りをすることを、土地神である赤鞘に報告しに行く。
その時に持っていくお土産をどうするか、アグニー達は悩んでいるのだ。
報告に行く人選は既に終わっており、人数は五人であった。
五人では、運搬できる量に限りがある。
それが、大きな問題になっているのだ。
アグニー族は、とても高い移動能力を持っている種族であった。
逃げ足だけでなく、普通の移動に関してもかなり早いのだ。
ただ、欠点もあった。
基本的に、力がない。
運搬能力が低いのだ。
ゴブリン顔になれば、ある程度の馬力は出る。
だが、そうすると重量などが増す影響なのか、移動能力が落ちてしまう。
力が増し、耐久力も高くなる代わりに、アグニー族特有の素早さが落ちる。
ゴブリン顔も一長一短なのだ。
ちなみに、アグニー族はゴブリン顔になると、基本的に体重が増えた。
質量保存の法則などまる無視である。
まあ、魔法的な影響であり、その源である魔力はこの世界を構成する力であり、不可能を可能にする対価なわけだから、ある意味その程度の事は出来て当然なのだ。
ともかく。
赤鞘の元、「見直された土地」中央に向かうアグニーの頭数は、五人であった。
アグニー五人だけでは、運べる量など限られている。
見直された土地中央までは、アグニーの足で片道半日弱程度。
丸一日歩いていられるわけでもないので、旅程は一泊二日といったところだ。
簡易テントと寝袋、食料も持っていく必要があった。
荷車などを引いていければいいのだが、それだと移動が遅くなってしまう。
大型の荷車は、ひくのに人数が必要だし、ずっとひき続けられるほどアグニーはパワフルではない。
となると。
持って行けるお土産の量は、かなり限られてしまうわけだ。
「大勢でいければ、たくさんもっていけるんだけどなぁ」
「お祭りをしますっていいにいくだけだし。いっぱいでおしかけるのは、めいわくだよ」
「そうじゃのぉ。やっぱりせいぜい五人じゃよなぁ」
「やっぱり、ポンクテがてっぱんだよ」
「けっかいー」
「定番ははずさないもんなぁー」
アグニー族の主食であるポンクテ。
確かに安定安心の手土産だろう。
しかし。
「ポンクテだけだとなぁ」
「おかずほしくなるもんね」
ポンクテだけの食事というのも、美味しい。
だが、コッコ村も随分安定してきた昨今、おかずもなしにポンクテを食べるというのを、寂しく感じてしまうのだ。
握って塩を振ったポンクテは、それだけでもおいしい。
だけど、おかずがあればもっとおいしいのである。
「アグコッコのたまごもつけようか」
「つけものもいいよね」
「川魚の干物も良いのぉ」
「ダメじゃダメじゃ。それでは5人が荷物におしつぶされてしまうじゃろう」
一体どうすればよいというのか。
アグニー達は頭を抱えて悩んだ。
おかげでさらに何人かが眠りの世界にいざなわれてしまったが、解決策はなかなか見いだせない。
このままでは、全員がおねむになってしまう。
もはやこれまでかと思われた、その時だった。
「けっかいー。あ、そうだ。もうポンクテはけっこうおそなえしてるんだしさ。おかずだけでいいんじゃない?」
「お前。天才だな」
そう、主食であるポンクテは、それなりの量を定期的にお供えしているのだ。
ならば追加のポンクテを持っていくより、ポンクテに合うおかずを持っていくのが良いのではないか。
それはアグニー達を震撼させるほど、画期的なアイディアであった。
しかし。
それは新たな戦いの幕開けだったのである。
「となると、アグコッコのたまごがいいよね」
「つけものだよ」
「川魚の干物じゃ」
「なんだとぉ!」
「よぉし! どのおかずが一番ポンクテにあうか、勝負じゃぁああ!」
アグニーはすぐに逃げ出すわりに、勝負事となるとすぐに熱くなってしまうのだ。
こうして、「第一回コッコ村ポンクテのおかずたくさん集める大会」の幕が、切って落とされたのである。
「見直された土地」にある、精霊の湖。
その上空にある浮遊島に集まった上位精霊達は、重苦しい表情で顔を突き合わせていた。
「つまるところ、報告をしに行くものの外見は、地球日本で一般に知られる神話的なものでない方が望ましい。ということか」
「例えばどんな外見なんだ?」
「竜型のモノとかだな。それからキリンなどもそうだ」
彼らが話し合っているのは、お祭りをするという報告を誰がしに行くのか、というものであった。
何しろ報告をしに行く相手は、あの赤鞘である。
なるだけ心理的プレッシャーを与えないものを選ばないと、過度なストレスを与えてしまう。
浮遊島を調整するため、赤鞘は一時期毎日のように湖に入り浸っていたのだ
そのおかげで、上位精霊達は赤鞘の性質について、かなり詳しくなっていた。
「さらっとお伝えすればいいのだ、さらっと。重要なことだと思われるから緊張なさるんだから」
「今回の祭りは、要するに樹木の精霊方が騒ぎたいが為にやるもの。それほど大きな行事ではないのだ」
「そもそも、この土地では私達は添え物。住民であるアグニー達の方が重要なのだから。なにしろ、土地神である赤鞘様がそう認識しておられる」
「とはいっても、赤鞘様は上位精霊が祭りをする、という文字列には大変に緊張なされるはず。そのあたりを上手くぼやかして、いつも顔を合わせている連中が少し騒ぐんだな、程度に認識して頂けるよう、誘導するのだ」
すさまじい理解度であった。
上位精霊というだけに、彼らはかなり優秀なのだ。
「なので、赤鞘様へのご報告は地球神話的でない外見のモノ達の中から選ぶべきなのだ」
「然り然り」
「それはおかしい! 外見なんぞいくらでも変えられるだろうが!」
「そうだ! そもそも、誰が報告に行くかは既にじゃんけんで決まっているはずだ!」
「あれは樹木の精霊様方が勢いだけで決めたこと! 無効だっ!」
とはいえ、やはり上位精霊達にとって土地神様である赤鞘は雲の上の存在。
自分達の方から会いに行くというのは、なかなかにハードルが高い事なのだ。
なんとか報告に行く仕事を他に擦り付けようとするモノ達と、そのまま押し付けたいモノ達。
両者の戦いは、赤鞘の元へ報告をしに行く予定の時間、ギリギリまで続いたのであった。
コッコ村を出発した「赤鞘様にお祭りをするって報告しに行く隊」の五名は、一路「見直された土地」中央へ向かって進んでいた。
それぞれ、ポンクテの蔓で作ったカゴを背負っている。
中に入っているのは、アグニー達が集めたポンクテに合うおかずであった。
どれもこれもコッコ村で生産されたもので、それぞれの量はさほど多くはない。
たくさんの種類を運ぶために、わざと少なくしているのだ。
それでも、力の強くないアグニー達にとってはなかなかの重量である。
「よいしょ、よいしょ」
「やっぱりおもいなぁ」
「しょうがないよ。量があるからね」
村を出発してからそれなりに時間も経っているのだが、アグニー達の足取りは軽やかだった。
アグニー族は、持久力も意外なほど高い。
逃げ隠れするためには、動き続けることが出来る体力も重要なのだ。
「今日って、湖の近くで泊まるんだよね?」
「そうだよ。結界、まだあるかなぁ」
今日は精霊達の湖で一泊。
夜が明けたら出発して、「見直された土地」中央にある三つのお社にお参り。
お祭りをすることを報告して、コッコ村への帰路に就く。
荷物はすべて下ろしているので、帰りの移動は早い。
夕方ごろには、コッコ村に帰り着く予定だ。
「おいおい、今回は大事な用事があるんだぞ。結界にばっかり気を取られてたらダメだからね」
「わかってるよ。でもさぁ、結界だし」
「そうだよなぁ。けっかいなんだよなぁ」
結界と言えばタックル。
なにはなくとも、結界を見たらタックルせずにいられないのがアグニー族なのだ。
湖の結界を楽しみにしてしまうのは、仕方がないことなのである。
丁度、同じころ。
精霊達の住む湖は、大騒ぎになっていた。
「いそげ! アグニー達が来る前に、刺激の強そうなものは皆片付けるんだ!」
刺激の強そうなものというのは、そこら中に浮いている電飾代わりの力の欠片とか、水で作った彫刻とか、はためくオーロラ色の光のリボンとかである。
どれもこれも、上位精霊達がお祭りのために作った、飾りつけの類だ。
上位精霊達が赤鞘から教えられた技術で十分製作可能なものではある、が。
軽く見積もって神々や精霊などが起こす奇跡、世界を管理する力を操って作られた品々の類であった。
神様やら精霊、ガーディアン等ならともかく。
この世界の住民にとっては、少々強力すぎる品々なのだ。
力の安定化処理をしていないものも多く、下手に近づくと心身に異常をきたすかもしれない。
そんなものがあちこちに転がっている今の湖に、アグニー達が向かってきている。
まさに非常事態だった。
「コレとアレと、ええい、とりあえず湖の中に隠せ!」
「浮遊島の部屋に放り込んでおけ! どこでもいいから、とりあえずまとめて詰め込むのだ!」
「兎に角、結界だ! 湖の周囲に結界を張れ! まかり間違ってアグニー族が水浴びでもしたら事だぞ!」
アグニー達は楽しみにしていたが、元々湖には結界は張っていなかった。
様々な力が渦巻く危険な湖に、まかり間違ってもアグニーが侵入しないよう、暫定的に張られたものだったのだが。
どうやら今回も、アグニー達は結界にタックルが出来そうであった。
また、別の場所。
「見直された土地」の中央にある赤鞘の社周辺もまた、大騒ぎになっていた。
「やばいやばい! このカラーボックス、ダレの!?」
「自分のでしょ! 名前書いてあるの読みなさい!」
「ほんとだ! どこに片付けよう!」
「アンちゃん! アンちゃんの着替えだよこれ!」
「ほんとだ! 俺のジャージじゃんかよ! ヤバイ、袋とかない!?」
太陽神にして最高神であるアンバレンス。
そして、樹木の精霊達が必死になってお片づけをしている。
赤鞘の社の周りには、お菓子やらおもちゃやら洋服やらが、適当に積みあがっているのだ。
何しろ、この辺りには人目がない。
ついでに、片付けるための建物だってない。
赤鞘の社は小さなもので、三つあるとはいえ、どれも赤鞘の本体がやっと収まる程度。
荷物などは、出しっぱなしにしておくしかなかったのだ。
雨ざらしになるわけだから、普通なら困るところだろう。
だが、ここには土、風、火、水、光、闇の属性に、力の調和を司る調停者の精霊達がいる。
雨が降ろうが風が吹こうが、いくらでも対応できるのだ。
ついでに言えば、アンバレンスやカリエネス、エルトヴァエルなども居るし、最近では水底之大神なども遊びに来る。
もちろん、赤鞘やグルファガムも居るわけで、相当な量の荷物が山積みになっていたのだ。
人目がないからこそ気にすることもなかったのだが、住民であるアグニー達が訪ねてくるとなれば、これは非常にまずい。
「早くお片付けしないと! めちゃめちゃダラシナイ精霊だと思われちゃう!」
「だらしない精霊だからねぇ」
「やっべぇ。このゲームここにしまってたんだ」
「アンちゃんが失くしたって騒いでたヤツじゃん!」
「なんでエルトヴァエル手伝ってくれないのさぁ!」
「普段から片付けしなさいって怒られてるしねぇ」
わたわたと騒ぎながら、アンバレンスと精霊達は荷物をいろんなところに詰め込んでいく。
空間の裂け目やら、地面の下やら、本当にいろんなところである。
最高神やら精霊やらのやることなうえに皆焦っているので、自制が効いていなかった。
「赤鞘様とグルファガム様の荷物は!?」
「二柱とも、いっつもお片付けしてるもんねぇ」
赤鞘もグルファガムも意外と几帳面で、荷物の管理などはきちんとしている。
出したら出しっぱなしのアンバレンスや精霊達と違い、毎回律義に片づけをしているのだ。
「力の流れの管理って、そういうマメさが必要なのかしらね」
「そうなんじゃない?」
「アンちゃんも火のも、手を動かす! 時間ないんだから!」
「そうだった!」
「ヤバいヤバい!」
調停者の精霊に叱られたアンバレンスと火の精霊樹は、慌ててお片付けに戻る。
だが、どちらも普段から片付けなどし慣れていないせいか、どうにも手際が悪かった。
それはほかの精霊達も同じで、どうにももたもたしている。
ちょっと離れた場所で、エルトヴァエルはそんな様子を見守っていた。
見守っているだけで、手伝ったりはしない。
普段から片付けをしなさいと言っているのに聞く耳を持たないから、こういうことになるのだ。
それに、エルトヴァエルはエルトヴァエルで、片付けておきたい仕事もあった。
「大量破壊魔法、ですか」
ディロード・ダンフルールが見つけてきた、大量破壊魔法に関する報告の確認だ。
もちろん、エルトヴァエルはこの件について既に詳しく調べている。
報告書を読んでいるのは、ディロードがどの程度情報を拾い上げて来たかの確認。
言わば、答え合わせのようなものである。
「うーん、やっぱりすごいなぁ。推測が的確で丁寧だし」
結果は、及第点を大幅に上回る合格であった。
といっても、エルトヴァエルが事前に「ディロードならこう推測するだろう」と予測した通りの内容だったわけだが。
まあ、その辺は「流石罪を暴く天使様」といったところだろうか。
「問題は、どの程度今回の件に関わってもらうか、かな」
大量破壊魔法を作ろうとしている国も、伊達や酔狂で禁忌とされていることに手を出そうとしているのではない。
その国にはその国なりに、やむにやまれぬ事情がある。
国土や国民、国の存亡まで関わるようなことであり、だからこそ手段を問わず様々な方法を試みているのだ。
その「手段」の中には、少なからず「見直された土地」に被害が出る手法も含まれていた。
今の段階ではさほど問題もないのだが、将来転ぶ方向によっては多大な迷惑をこうむることになるかもしれない。
そうなる前にある程度探りを入れておくのは良いことだろう、と、エルトヴァエルは考えている。
問題は、ガルティック傭兵団にどの程度まで探りを入れさせるか。
あるいは、彼らがどの程度探るつもりになるか、だろう。
「しっかりと関わると火の粉が降りかかりそうだけど。そのあたりの匙加減は得意だろうし、任せちゃっていい、かな?」
ガルティック傭兵団の腕と勘の良さは、エルトヴァエルも一目置いている。
そのあたりのことは、任せてしまった方が良いかもしれない。
「グルファガム様の御披露目が終わって。お祭りがあって。タヌキさんがこちらにいらして。本格的に取り掛かるとしたら、それからかなぁ」
もちろん、そちらに関わっている間にも、アグニーの捜索と救出は続けなくてはならない。
ガルティック傭兵団はかなり忙しくなるだろうが、まぁ、何とかやるだろう。
土彦もあれこれと手伝っているようだし、物品や金銭的不足は無いはずだ。
人手は足りないかもしれないが、ディロードとキャリン、プライアン・ブルー、リリ・エルストラなどの追加もあったのだし。
「何とかしてくれるでしょうね」
エルトヴァエルはそうつぶやくと、納得したようにうなずいた。
「罪を暴く天使」様は見る目が確かで、とび越えられるギリギリのハードルを用意してくると評判である。
「エルー! おかたづけてつだってよぉー!」
「ダメだって言ったでしょ! エルトヴァエル様はお仕事!」
「うえぇーん」
呼ばれてそちらに目を向けると、アンバレンスと精霊達が相変わらず賑やかにお片付けをしている。
考え事と周囲とのギャップの激しさに、エルトヴァエルは思わず笑いを漏らした。
グルファガムのお披露目は海で行うということで、赤鞘達は海での練習に来ていた。
「ご存じだとは思うんですが、改めて。この世界では、海と陸で預かっている神様の管轄が違うので、微妙に力の流れのバランスとかが違うんですよ」
「えっ?! じゃあ、その、管理の仕方も違うんですか?」
「違いますねぇ。と言っても、基本は同じですから。実際に管理するレベルになってくると多少違いはありますけどもねぇ」
「ああ、じゃあ、特に問題はない感じなんですか」
「大丈夫! やってみればわかりますよ!」
赤鞘の教育方針は、「とりあえずやらせる」というものであった。
何しろ、力の流れの管理というのは感覚勝負である。
仕様書に書き起こして学ばせようとすれば、それこそ入門編だけで十数年はかかるだろう。
先達に付いてもらって、実際に動かしてみた方が数百倍習得が早いのだ。
まぁ、失敗すると土地内部の力の流れがめちゃくちゃになったりするのだが、その時のための先達である。
赤鞘は早速、地治修練縮図をグルファガムに渡した。
地治修練縮図は、恐ろしく周辺の力の流れに影響されやすい。
なので、その土地に持っていくだけで、そこを治めるための練習に使えるようになる。
それでいて、操作次第では周囲の影響を遮断することも可能。
やり様次第で様々な練習が出来る、優れモノなのだ。
その昔、凝り性の神が作り、製法から使い方まで広めたのである。
普通なら秘伝にでもしそうなところだが、曰く「皆に広めた方が褒めてもらえるから」とのこと。
認識欲求が高いことで有名な神様で、赤鞘も実際にあったことがあるのだが、「あの神様なら言うな」と思わせる神柄であった。
「あ、はい。って、ええ? これ、ホントに基本は同じなんですか!?」
「最初違う感じがするかもしれませんが、大丈夫ですって! 力の流れの管理なんてやることは大体一緒なんですから! 私なんて向こうからいきなりこっちに来ても特に問題なくやれたわけですし!」
実際、赤鞘は異世界である「海原と中原」に来て、いきなり魔力やら力やらの塊をほぐすという仕事をこなしたのである。
赤鞘に言わせれば、そう難しい仕事ではなかったのだが。
それは赤鞘に言わせればの話であって、グルファガムに言わせれば「いみがわからない」といった感じになるだろうか。
とにかく、やってみろと言われているわけだから、グルファガムの立場としてはやってみるしかない。
「いや、勝手が違い過ぎますけど!? 挙動がっ! えっ、なにこれっ!!」
「平気平気! ちょっと直接触ったときの動きが違うかもですが、慣れてくれば感覚でわかるようになりますから!」
「そんなこといってもっ! そんなこといってもっ!! えっ!? あっ、でもこれっ! あっ、そういうこと!? そういうことですかっ、こういう感じですね!?」
「そうそうそう! 基本は同じなんですよ、基本は!」
「なんとなく意味が解りました! でもこれホントにすぐにどうにかなるものなんですか?!」
「もうどうにかなってるじゃないですか! その調子ですよ!」
「えー?! いやっ、うーん! あっ、でもっ、そうっ、こうかな?! こうかっ! これで行けてますよね!?」
「行けてますよ! その調子でいきましょう!」
グルファガムは悪戦苦闘しながらも、なんとか力の流れを安定させられていた。
やはり、かなり筋が良い。
必死になって作業をしているグルファガムの背中を見ながら、赤鞘は満足そうにうなずいた。
少し練習すれば、問題なく制御できるようになるだろう。
お披露目をするには、申し分ない仕上がりになるはずである。
「さてと。そっちは大丈夫として、ですか」
力の流れに感覚を乗せて、土地の中の出来事を探る。
最近は忙しく、土地の中で何が起きているのか細かく見たりはしていなかったのだが。
流石にアグニー達が社に向かって歩いていれば、気付きもする。
ただ、一体どんな用事があって来るのかはわからない。
「何かイベントありましたっけねぇ?」
「あの、赤鞘さん! コレ大丈夫なやつです!? なんか意図してない動きになってきたんですけどっ! コレ大丈夫なやつです!?」
「はい? ああ、平気ですよ。まだ爆発しませんから」
「まだっ!? まだって言った!? まだって言いましたよね!? いつか爆発するってことですか!? いつ爆発するんですかこれ!!」
「まぁまぁ、うまく制御すれば大丈夫ですから」
「ひぃいいいい!!」
悲鳴を上げるグルファガムを見て、赤鞘は思わずといった様子で笑いを漏らした。
間違いなく筋のいいグルファガムだが、失敗したときの対処はまだ上手くないようだ。
まあ、何回も制御に失敗して、実際に爆発させてみたりして、上達していくものである。
幸いにして、赤鞘は大した失敗はしたことがなかったのだが。
「私も、がけ崩れをおこしちゃったり、次元に穴をあけちゃったりぐらいはしましたからねぇ」
「それって大事ですよね!? 特に後ろのヤツっ!!」
「あっはっはっは! 慣れないうちはよくあることですよ。私の場合は誰も巻き込みませんでしたしねぇ」
「次元の穴開けて誰か巻き込むパターンもあるってことですか!?」
「そりゃぁ、そういうこともありますよぉ」
何しろ、土地の管理というのは、詰まるところ世界の管理だ。
失敗すれば次元に穴が開いたりする程度のことは、当然起こりうる。
神隠しなんかには、そういったものに人が巻き込まれたというケースもある位だ。
「ちょっ! 赤鞘さん流石に手伝ってくださいよ! 赤鞘さん!」
「ダイジョウブダイジョウブ。失敗も経験のうちですから。あっはっはっは」
そんなやり取りをしているうちに、アグニーの事は赤鞘の頭からすっかりすっぽ抜けていた。
やってきたアグニー達の言葉に驚くことになるのは、この翌日の事である。
アグニー達の訪問は、お祭りをすることを伝えるモノであった。
収穫を祝うお祭りであり、土地を守っている神様。
つまり、赤鞘へ感謝をするお祭りだという。
「収穫をお祝いするお祭りをするので、よろしくおねがいします!」
ポンクテのおかずだというお供え物と一緒に、そんな簡単な挨拶を済ませると、アグニー達はすぐにコッコ村へと帰っていった。
帰りは荷物もあまりないので、夕方少し前には村へたどり着けるだろう。
荷物がないときのアグニーの足の速さは、異常と言って良い。
何しろ探査や追跡魔法、一国の正規軍まで振り切るほどなのだ。
アグニー達の後姿を見送っていた赤鞘のもとに、今度は別の客がやってきた。
湖の上位精霊達だ。
「樹木の精霊様方が、お祭りをしたいということでして。少し騒がしくさせて頂きますが、お許しください」
「まあ、なんと言いますか。お遊戯会程度のものですので、はい」
こちらも、お祭りをするらしい。
ひたすらに「大したことはしない」的なことを強調しつつそそくさと帰っていった。
上位精霊達のお祭りというと、とんでもないことにでもなるのかと、一瞬血の気の引く感覚を味わった赤鞘だったが。
樹木の精霊達の要望だと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
まだ生まれたばかりの精霊達だから、そんな大掛かりなことはしないだろう、と考えたのである。
普段から一緒にいるせいか、赤鞘は樹木の精霊達のことをそんなにすごい精霊だとは思っていないのだ。
もちろん、実際には「上位精霊」などという大それたものがお世話を焼きに集まる位、すごい精霊なのである。
「はぁ。お祭りですかぁ」
二つのお祭り開催報告を受けてから、しばらく。
赤鞘はぼうっとした顔でそうつぶやくと、ため息をついて空を見上げた。
アグニーと上位精霊達が帰って行ってから、十回は同じ動きを繰り返している。
「もう、そんなことが出来るようになったんですねぇ」
赤鞘は、お祭り自体は好きだった。
まだ人間だった時にも、お祭り見物などに行ったものである。
と言っても、一緒になって踊ったり、お神輿を担いだりするわけではない。
少し離れたところから、賑やかな様子を眺めているのが好きだったのだ。
赤鞘にとって祭りというのは、遠くから眺めているモノ。
自分が参加するモノ、という括りの中には入っていない。
生家にいた頃は一応武家であったし、村祭りなどとは縁がなかった。
旅の空にいたときも、同じようなものだ。
祭りというのはその土地のモノであって、部外者である赤鞘が入って行くのは憚られた。
神様になってからも、似たようなものである。
お祭りは、神様や祖先に捧げられるものではあるのだが、やはり一番に楽しむべきは生きた人間だ、と赤鞘は思っていた。
だから、赤鞘にとっての祭りというのは、「賑やかに楽しんでいる人々を少し離れたところから眺めるもの」。
自分が直接かかわるもの、ではなかったのだ。
こういうと、何やら寂しげに聞こえるかもしれない。
だが、赤鞘はそうやって祭りを眺めるのが好きだった。
そもそも祭りというのは、多くの人の努力の上に成り立っている。
準備に必要な手配りや物資、お金なども当然そうなのだが。
何より重要なのは、「祭りをやろう」という余裕がある、ということだ。
明日食べるモノにも困る、というような状態では、当然祭りなどやっているどころではない。
生活にある程度余裕があってこそ、祭というのは行うことが出来るモノなのだ。
その余裕というのは、住民達の努力があってこそ生まれるものなのである。
だから、祭を見るということは、そういった住民達の努力。
生きてきた証を見ることなのだ。
と、赤鞘は思っていた。
だからこそ。
赤鞘自身が参加するものではなく、そっと離れたところから見守るべきなのだ、と思っていたのである。
なによりも。
赤鞘という神様は、神様となる以前の人間だった頃から。
そういう、いわゆるごく当たり前の、普通の幸せのようなものを眺めるのが、何よりも好きだったのである。
「アグニーさん達も精霊さん達も、どんなお祭りをするんですかねぇ」
この世界「海原と中原」に来て、初めてのお祭りである。
それも、二つ同時に見ることになるらしい。
アグニー達が頑張った証。
精霊達の方は少々事情が違うが、まぁ、お祭りをする余裕がある、というのは良い事だろう。
「グルファガムさんのお披露目の後、ですかぁ」
重要な行事だが、正直赤鞘は全くと言って良いほど心配していなかった。
何しろ、グルファガムは優秀だ。
別に特別なことをするわけでもなし、問題ないだろう、と赤鞘は思っているのだ。
まあ、日本神式の土地の管理の仕方というのは、それ以外の神様から見れば大抵「特殊」で「特別」な方法なのだが。
そのあたりのことを赤鞘はよく理解していなかった。
「そろそろタヌキさんもこっちに来るっていうし」
色々なことが一度に起こり過ぎではないだろうか。
いささか以上に、赤鞘の許容範囲を超えすぎていた。
赤鞘はこういう時、不思議とかえって冷静になったりする。
まあ、冷静というか、思考停止とか気絶とかに近いのだが。
「まぁ、とりあえずなるようにしかならないですかねぇ」
ちなみに。
この時の赤鞘の頭からは、「グルファガムのお披露目の後、何柱かの神が見直された土地に来る」という情報がすっぽ抜けていた。
あまりに色々なことが重なり過ぎて、赤鞘の頭がオーバーフローを起こしているのだ。
赤鞘の頭は記憶力もお粗末だったのだが、耐久性の方にも難があった。
「そうだ。お祭りの前に、力の流れをちょっと大きめに手直ししてみましょうかね。最近はずいぶん安定してきましたし。少しぐらい大きく動かしても大丈夫でしょう。湖の精霊さん達に手伝ってもらった力の結晶もいくらかありますし」
時期は、グルファガムのお披露目が終わったぐらいがいいだろう。
そう思い立った赤鞘は、いそいそと準備を始めた。
赤鞘が考えていた「時期」というのは、まさに「見直された土地」に何柱かの神がやって来るのと同じタイミングである。
もちろん、エルトヴァエルはそのことに気が付いていた、が。
特に止めたり、助言したりはしなかった。
むしろ指摘しようとしていた火の精霊樹の口を抑え込んで、黙らせていたほどである。
せっかく赤鞘の仕事ぶりを披露するのだ。
普段はしないような、少々派手な仕事を見せるのもいいだろう、とエルトヴァエルは判断したのである。
この時エルトヴァエルは、赤鞘の「ちょっと大きめ」というのがどれ程のものなのかある程度予測はしていたのだが。
「罪を暴く天使」にしては珍しく、その予測を大外しすることになるのであった。
更新遅くなって申し訳ない
なんか体調がガッタガタで、いつも以上に長くかかってしまいました
そのせいで、やはりいつも以上に読みにくくなっているかもしれませんが、ご容赦ください