百七十二話 「黒服のいかにもな男女が4、5人。っていうか、んんん?」
藤田やその他の「その道」の関係者達に、「小学生トリオ」と呼ばれている三人組がいた。
全員が特殊能力者であり、しかもかなり強力な種類の能力を持っているから、始末が悪い。
別に外部的要因から知り合いになったわけでもなく、三人ともに気が合うからこそ一緒にいるのだが。
だからこそなお、本当に始末が悪かった。
「お前、ホントに持ってくのかよそんなもん」
厚労省の藤田の甥っ子、眼九朗は呆れたような声で言った。
実際、心の底から呆れているのだろう、表情からも如実にそれが見て取れる。
そんな顔を向けられている方の少年は、苛立たし気に睨み返した。
「うるせぇなぁ! 腹減ってんだよこっちはよぉ!」
そう怒鳴る少年の手には、ガスコンロがあった。
アウトドアで使う、いわゆるガスカートリッジで使用可能なものなのだ、が。
その重さは20kgほどある、かなりがっつりした本格的なものだった。
折り畳んでもかなりの重量であるそれを、少年は片手で持っているのだ。
「持ってくるにしても、なんでそんなデカいのにするんだよ。もっとあっただろう」
「知らねぇよ! うちにこれしかなかったんだよ!」
再び怒鳴り返した少年の名は、皆岸・恭吾という。
「小学生トリオ」の一人で、異常なまでの「怪力」と「頑強な肉体」の持ち主である。
片手で乗用車を10m位跳ね上げ、高度634mから落下しても「痛てぇ!」で済ませる、いわゆる超人の類だ。
「いいじゃありませんか別に。こういうのは使えればいいんです、使えれば」
「ほれ見ろ。おい、蓮! もっと言ってやれ!」
「恭吾さんがめちゃくちゃなのは今に始まったことじゃありませんって」
「おい!」
須山・蓮は、恭吾に怒鳴られてもシレっとした顔をしていた。
どこを見ているのかわからないぐらい糸目であり、線の細い少年なのだが、二人に負けない程度の胆力はあるらしい。
「いや、考えてみたらだよ。蓮に出してもらえばよかったんじゃないのか? コンロ」
「あ。マジだ」
蓮の特殊能力は、「想像した無生物の実体化」というものであった。
これにさらに「事前に描いたカードを用意しなければならない」「5枚以上40枚以下のデッキから引いたものでなければならない」などの制約を受けることで、より強力なものにしている。
その気になれば「地対空ミサイル」ぐらいなら実体化できる、危険極まりない能力者だ。
「3DCGでコンロ作って、印刷してカードに加工するんですよ? どれだけ手間がかかると思ってるんですか」
「それもそうか。それにしたってな、お前。キャンプ場とかならいいぞ? でもお前これ、これから学校に忍び込んでインスタントラーメン作って食おうっていたずら小僧の装備ではないだろう」
三人が画策している計画。
それは、「お腹減ったから学校の校庭でインスタントラーメン作って食おうぜ」というものだった。
現在は夏休み中であり、学校の校庭開放の日でもない。
それでも三人が、自分達が通っている小学校に忍び込んでインスタントラーメンを作ろうとしているのは。
単に面白そうだったからである。
三人は基本的に、「始末が悪い悪ガキ」なのだ。
「仕方ねぇだろ、ちっちゃいヤツねぇんだから。学校の校庭で勝手に焚火するわけにもいかねぇしよぉ。つうか、俺のコンロよりやべぇのがもう校庭においてあんだろうが」
「まあ。それもそうだけど」
三人は恭吾の家からコンロを持ってくるより先に、食材の買い出しに行っていた。
その食材は、先に学校の校庭に置いてあったのだが、さすがにそのまま置いておくのは不用心である。
なので、蓮が実体化した「金庫」の中に入れて、置いてきたのだ。
「あの金庫、俺の身長よりデカかったけど。なんであんなもの作ってあったんだよ」
「デカイ金庫が上空から落ちてきたら、大ダメージだろうな、と思い立ちまして。そうしたらもう、矢も楯もたまらず」
「まあ。そう言う事あるけど。衝動的にやっちゃう的な」
「つぅかよぉ。あの金庫マジで大丈夫なのかよ。誰かに開けられたりしねぇーんだろうなぁ?」
「子から亥の十二桁に、暗号番号八桁のダイヤル錠ですよ。まして能力で作ったものなので、音や触覚から番号を割り出すこともできません。アレを開けられる人物がいるとすれば、それはよほどの」
そこで、蓮の言葉が止まる。
ちょうど、学校の前にやってきたところだったのだが、とんでもないものが目に入ってきたからだ。
「おい、金庫開けられてんじゃねぇか」
何者かが金庫を開けており。
あまつさえ、中のインスタントラーメンを齧っていたからだ。
しかも、調理することなく、ダイレクトに齧っているのである。
「こんのヤロウ!! 何してくれてんだゴラァ!?」
「野郎じゃなくて女の子だな」
「そんなバカな。私の金庫が開けられるだなんて」
三者三様の反応を見せながらも、急いで金庫の下へ走る。
金庫の前で生インスタントラーメンをダイレクト齧りしていたのは、真っ白なワンピースを着た少女だった。
身長は低く、三人より年下のように見受けられる。
顔立ちはかなり整っているのだが、その表情はかなり険しい。
「何喰ってんだてめぇ!!!」
「まっずい」
恭吾が怒鳴り声をあげるが、少女はどこ吹く風。
表情が険しかったのは、生インスタントラーメンの味がお気に召さなかったかららしい。
「テメェ、人様のもの勝手に食った上にディスってなぁ、どういう了見だゴラァ!?」
「まぁまぁまぁ! 恭吾、そう怒鳴るなって」
眼九朗は恭吾をなだめながら、少女の前にしゃがんだ。
視線を合わせると、にっこりと笑顔を作る。
「初めまして、お嬢さん。俺は藤田眼九朗といいます。変わった名前でしょう? おかげで、案外早く名前を覚えてもらえるんです。お嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「アミュレット」
「アミュレット。うーん、いい名前だ」
「眼九朗さん、そんな小さい子を口説くつもりですか」
「何言ってるんだお前は。流石に彼女位のレディは守備範囲外だよ。だが、俺はお腹を空かせて困っているお嬢さんを怒鳴るほど狭量じゃないだけ」
蓮と眼九朗がそんなことを話していると、少女、アミュレットのお腹が、ぐぅ、となった。
それまで怒り心頭といった表情だった恭吾も、これを聞いて困り顔になる。
「本当にお腹を空かせて困っている子供が食べ物を盗んだからと言って、まずすることが怒鳴りつけるというのは、年長者のすることではないと俺は思うね。まずお腹いっぱい食べさせてあげてから事情を聴いても、罰は当たらないはずだろ?」
「昨今は知らない子に食べ物を渡す、というだけで文句を言われる世の中です、が。僕は蓮といいます。こちらは恭吾さん」
蓮は自分と恭吾を指さして、少女に名前を教える。
「これで、もう知らない間柄じゃありません。名乗りあったので、友達です。ですので、食べ物を譲るのは何の問題もありません」
「お前らなぁ」
シレっと言ってのける蓮を、恭吾は睨みつける。
だが、すぐに舌打ちをすると、アミュレットの方に顔を向けた。
「腹、減ってんのか」
「うん」
「ったく、仕方ねぇなぁ! ったくよぉ!」
恭吾はいかにも気に入らない、という顔をしながら、ガスコンロを組み立て始めた。
眼九朗と蓮はお互い顔を見合わせると、ニヤッと笑いあう。
「残っている分だけじゃ足りないでしょう。僕はコンビニで追加の食材を買ってきます」
「ああ、なら、俺の電子マネー持って行ってくれ。ポイントもたまるし」
恭吾と眼九朗は同級生。
蓮が、一つ下の学年であった。
三人がつるんで悪さをするときは、大抵は眼九朗が費用を持つ。
家が金持ちというのもあるし、眼九朗自身が「能力的な事情」で収入がある、というのも理由だ。
何しろ三人が悪さをするときというのは、移動費や宿泊費だけで何十万単位で金を使うことになる。
「すみません、行ってきます」
ほどなくして蓮が買ってきたのは、インスタントラーメンと冷凍チャーハン、卵、メンマ、チャーシュー、冷凍餃子といった物だった。
最近のコンビニは、結構いろいろなものが売っているのだ。
「マジかよ。めっちゃいろいろ売ってんなぁ」
「便利だよな。コンビニ」
「お腹空いた」
不満げにお腹を抱えるアミュレットに見つめられ、恭吾は顔をしかめる。
「わぁったよ! 今くわしてやっから、待っとけ」
恭吾は早速、調理を始めた。
ただ、その手際は驚くほどに良い。
インスタントラーメンには、蓮が買ってきた「野菜炒めセット」を炒めて盛り付ける。
味付けは、事前に用意してあった調味料を使っていた。
冷凍チャーハンは、炒める前にごま油をひき、卵を割り入れて置く。
その卵の上に冷凍チャーハンを入れて、炒める。
仕上げに、ガーリックパウダーを振り入れて、出来上がり。
冷凍餃子はそのまま焼いたものだが、ラー油は手作りらしき「食べるラー油」だ。
「恭吾はちょっと“特殊な体質”でね。やたらと消費カロリーが多いんだよ。だから、自分で料理を作るようになったんだって」
ぽかんとした顔で恭吾の調理風景を見ていたアミュレットに、眼九朗は楽しそうに解説する。
校庭に置いてある朝礼台をテーブル代わりにして、出来上がったものを並べていく。
事前にレジャーシートを用意してあったので、それをテーブルクロス代わりにした。
「おいしそう。いただきます」
「おう。そんな慌てて食うんじゃねぇよ、誰もとりゃしねぇっつの」
恭吾の腕はなかなかのもので、四人ともあっという間に食べ終えてしまった。
人心地付いたところで、アミュレットはぺこりと頭を下げる。
「かってに食べて、ごめんなさい」
「ああ? もういいっつの、そんなもん。つぅか、お前、どっから来たんだ」
「よくわかんない」
「はぁ? 迷子ってことか? 元居たとこに戻れんのかよ」
驚く恭吾の前に、アミュレットはスマホを取り出して見せた。
「なるほど。それがあれば、帰るのには困らないわけですか」
「なら、それはいいとして。お嬢さんは、なんでこんなところに?」
「さんぽしてた。泊ってるところから、けっこうはなれた。そしたら、おなかすいた。かえれないけど、たべものありそうだった。きんこあけた」
「お前、なんかすげぇなぁ」
金庫に食べ物が入っていそう、などと思うものだろうか。
まぁ、実際入っていたわけだが。
デザートということで、同じく蓮が買ってきたアイスを食べることに。
氷菓の定番、「ギョリゴリ君」である。
味は定番のソーダだ。
「定期的に食べたくなるんですよね。この時期だと毎日ぐらいに」
「それ定期的っていわねぇだろ」
「なんか、かいてある」
「マジかよアミュレットお前それ、当たってんぞ!」
アイスを食べ終え、恭吾が後片付けを始める。
その間、眼九朗、蓮、アミュレットの三人は、校庭の遊具で遊び始めた。
「そっか。アミュレットちゃんは、ジャングルジムで遊んだことがないのかぁ」
「そう。はじめてみた」
「おい! 天辺で仁王立ちしてんじゃねぇよ! あぶねぇだろうが!!」
アミュレットは、いわゆる白人のように見えた。
白い肌に、白に近い金髪、青い目。
あるいは日本国籍ではないのでは、とも思われたが、案外流暢に日本語を話している。
どこで暮らしているのか、よくわからない。
片づけを終えた恭吾も、遊びに参加することになった。
石投げやら、滑り台やら、棒登りやら。
アミュレットは、どれも初めてだという。
あまり表情は変わらないのだが、楽しいらしく、ひたすらに全力で遊んでいた。
結構危ないこともしていたのだが、そのたびに恭吾が血相を変えて注意する。
案外、面倒見がいい男なのだ。
「っつうかお前、よく食ったすぐ後にそんだけ動けんなぁ」
「きょうごに、いわれたくない」
「まあ。恭吾さんは特別ですからね」
「アレと普通の人間を比べるのは、違うよなぁ」
なんだかんだ遊んでいるうちに、だいぶ時間が過ぎていた。
ふと、アミュレットは校舎の時計に目をやる。
「そろそろ、かえる」
「おお。そうか。送ってくか?」
「ううん。だいじょうぶ。一人で、かえれる」
そういうと、アミュレットはビシッとスマホを構えた。
どうやら、お気に入りのポーズらしい。
「マジかよ。まあ、気を付けて帰れよ。ああ、そうだ。これ、お前んだろ」
恭吾が渡したのは、「ギョリゴリ君」のあたり棒だ。
アミュレットは、不思議そうな顔をしている。
「ああ、あたり棒知らないのかな。それをお店に持っていくとね、それと同じアイスを一本もらえるんだよ」
「へぇ。でも、わたし、おみせしらない。かえかたも、わかんないし」
「ああ? じゃあ、今度来たときにでも替えに行くかぁ」
「こんど?」
「おう。俺達この学校に通ってるからよぉ。また、お前がくりゃ会えんだろ」
「また、くる。うん。スマホで、いちとうろく、しとく」
「文明の利器ですねぇ」
「あいす、もらいにいく」
「おお。約束だな」
「やくそく?」
「おう。約束」
アミュレットは「ギョリゴリ君」のあたり棒をもって、帰っていった。
その姿を見送った三人は、ブランコに並んで座る。
「いいんですか。あんな約束して」
「うるせぇ。替え方しらねぇっつんだから、仕方ねぇだろ」
「まあ。確かにどうせどこかで会うことにはなりそうだ、とは思いますが」
蓮の言葉に、恭吾は不思議そうな顔を向ける。
それを見た蓮は、驚いたように目を見開く。
普段は閉じたように細目な蓮なので、ギャップがすごい。
「もしかして、気が付いてなかったんですか。彼女、特殊能力者ですよ」
「はぁ!? どうしてわかんだよそんなこと!」
「いや、雰囲気でわかるじゃないですか。細かいことはわかりませんけど。まあ、眼九朗さんなら見えてたんじゃないですか?」
「ん? ああ。そうだな。確率操作とか、そっち系だと思うぞ。初めて見るタイプだけど」
さらりと言う眼九朗に、恭吾はぽかんと口を開けて驚いた。
「かくりつ、なんだぁ、そりゃ?」
「多分だけどな。運命とかそっち系だ、と思う。普通起こらないラッキーなことを、無意識に引き寄せる。って感じの」
「それって。まさか、俺の金庫を開けたのも」
「多分、そうだろうな」
だとしたら、とんでもない能力ではないだろうか。
「マジかよ。じゃあ、ギョリゴリ君のあたり引いたのも能力のせいか」
「まあ、金庫開けよりはインパクト落ちるけど、多分そうだろうな。だが、アレはちょっと厄介そうだぞ。十中八九、自分で制御できてない。無意識にそうなる、って系統の奴だ」
無意識に、自分にとって都合が良いものを引き当てる。
すさまじい強運、というような類のものだ。
眼九朗の家は、代々「千里眼」が生まれやすい血筋であった。
叔父も父もそうだし、祖父も曾祖父も、「精度」は違えど千里眼を持っている。
「じいちゃんから、そういう能力者がいる。って話は聞いたことあったけど。まさかお目にかかるとはなぁ」
「っていうかお前、なに“見て”んだ」
「アミュレットちゃんを追跡してるんだよ」
眼九朗も、叔父に劣るとは言え千里眼を持っている。
人一人の後を「目で追う」くらいなら、朝飯前だ。
「それって、ストーカーってやつでは」
「バカヤロウ。確率を操るってのは、恐ろしい能力なんだぞ。それこそダイヤル錠、パスワード、宝くじ。なんでもござれだ。そんな能力者が、一人で出歩いてるってのが可笑しいんだよ。なんかあると思うだろ、普通」
「周りが能力に気が付いていない、という可能性は?」
「それならそれでいい。無事に親元に帰るのを見届けて、終わりだよ。ただ、どうも胸騒ぎがする」
三人とも、そういった「第六感」的なものを蔑ろにすることはない。
何しろ、三人が三人とも、奇怪な能力を持っているのだ。
じっと「目を凝らしている」眼九朗の様子を、恭吾と蓮は黙って見守っていた。
ほどなくして、眼九朗が眉間に深くしわを寄せる。
「どうした?」
「いや。なんか、車がアミュレットちゃんの前に止まったんだけど」
「保護者の方ですか?」
「黒服のいかにもな男女が4、5人。っていうか、んんん?」
眼九朗は目を細めながら、ポケットからスマホを取り出した。
そちらに目もむけず、慣れた様子で片手で操作する。
千里眼を使う眼九朗にとって、その気になればわざわざ物理的な目をそちらに向けずとも、手元を「見る」というのは簡単だった。
スマホを操作していた眼九朗の手が、ピタリと止まる。
そして、盛大に舌打ちした。
「最っ悪だ」
「なんだよ。何が最悪だってんだ」
「アミュレットちゃんを連れに来た連中、吸血鬼信奉者だ」
少し前のことだ。
眼九朗の叔父である、厚労省の特殊人材就職支援課の藤田から、眼九朗にお達しがあった。
「やっばい人らが日本に入ってきてるから、見かけたら絶対近づかないようにね。絶対だから。フリじゃないからね。で、これがその人らの顔」
そういって眼九朗に渡されたファイルの中には、何人かの顔写真があった。
恭吾も蓮もその場にいたので、そういう話があったのは知っている。
「じゃあ、あいつ迎えに来た奴の中に、その吸血鬼うんたらーってのがいたってのか!?」
「吸血鬼信奉者な! そうだよ、っていうか、迎えに来た奴全員そうだぞ! おい、なんだこれどうなってんだ!?」
「ぶちのめす!!」
「はぁっ!? いや、なんでそうなるんだよ! 事情も何も分からないんだぞ!」
「とりあえずぶちのめしてから聞きだしゃいいだろ! そういう野郎はどうせろくなことしてねぇって相場が決まってんだ!」
全く根拠のない恭吾の言葉だったが、力強くそう断言されると、眼九朗もなんだかそんな気がしてきた。
なんだかんだ言って、眼九朗も「悪ガキ」とか「小学生トリオ」の一人として、そちらの業界で警戒されている小学生である。
どちらかというと、理屈より腕力に頼りがちなところがあった。
そして、割と勘やら第六感を信じる性質である。
実際、現在進行形でアミュレットの様子を「見る」に、どこか沈んだ、暗い表情であった。
「だな。ぶちのめしてから聞き出せばいいか」
「おっし、眼九朗、お前そのまま目で追いかけてろ。俺がおんぶして運んでやっから」
「不本意だけど、一度目を離すともう一度見つける自信がない。頼むわ」
「蓮、お前はどうする? 付いてくっか?」
「そもそも、それを聞かれるのが不本意なんですが。なんで行かないと思われてるんですか」
「わぁーるかったよ。うっしゃ、追っかけんぞ!」
恭吾は眼九朗を背負い、走りだした。
その後ろを、蓮も追いかける。
「で、その吸血鬼信奉者達が入っていった高級っぽいマンションまでは追いかけられたんだけどね。その部屋の中に、なんかワープゲートっぽいのがあって、アミュレットちゃんはどこかに行っちゃったわけ」
「だけどよぉ、何人か部屋ン中に残ってたから、ボコして話聞こうと思ったんだよ」
「そうそう。でも、俺達が部屋に踏み込む前に、一人のお姉さんが中に踏み込んでいったんだよね。鋭い刃のような目に、艶やかな黒髪。ああ、きれいだったなぁ、あのお姉さん」
「あれだけヤバそげな女性でも見境なしですか、眼九朗さん」
「いや、蓮ももう少し歳を重ねればわかるようになるって。ああいう危険な香りが、女性の魅力を引き立てるんだよ」
「眼九朗さんの性癖はどうでもいいですが。その女性が、吸血鬼信奉者達を九割殺しにしていまして。自分達が部屋に突っ込んだ時には、それはもうひどい状況になっていました」
「気の弱ぇ奴ならトラウマんなるようなありさまだったぞ、アレ」
「で、そのお姉さんに、君たちは何者だ、って聞かれてね。友達を助けに来た、って言ったら、優しそうに微笑んでくれたんだよね」
「それまで、今すぐにぶち殺すぞみたいな目で睨まれてましたけどね」
「ある程度事情を話したら、アミュレットちゃんの行き先を教えてくれたわけ。俺の目でも追えなかったけど、あのお姉さん術式に詳しかったんだろうなぁ。知的なところも良い!」
「あんな術式に詳しい人、普通じゃないですよ絶対。ていうかあの人、人間じゃないでしょう。妖怪とか化け物とかの類ですよ」
「いいか、蓮。妖怪と結ばれた、って昔話は多いだろ? つまり妖怪であることはマイナスじゃない。むしろプラスなんだよ」
「恭吾さん、何とか言ってください」
「ほっとけ。ソイツは死んでもそうなんだよ。とにかく。アイツの居場所が分かったから、そこに向かおうと思って。蓮に能力でボート出させて、海に出たんだよ」
「飛行機は目立ちますから」
「新幹線とかの公共交通機関もいいかと思ったんだけど、あいにく時間がないでしょう? アミュレットちゃんが心配だし。というわけで叔父さん。放してもらえるとありがたいんだけど」
にこにこと笑いながらそういう甥っ子に、藤田は頭を抱えた。
ここは、某港にある倉庫の一つ。
政府がなんやかんややるときのために確保している、秘密の場所だ。
そこで、「小学生トリオ」は吊るされていた。
正確にいうなら、サイコキネシスで首根っこを摑まえられて、宙ぶらりんにされていたのである。
それをしているのは、藤田の相棒。
常に行動を共にしている少女、新垣であった。
攻撃、防御手段を持たない藤田の、護衛でもある。
「って、言ってますけど。放してあげます?」
「絶対ダメ」
にべもなく言い切り、藤田は深くため息を吐く。
「そのヤバそうなお姉さん、お前らの想像以上にやばいお姉さんだからな。一つ機嫌損ねると、本気で殺されるぞ」
「ああ。なんかそんな感じだったなぁ。ありゃ俺でもやべぇ」
恭吾の言葉に、眼九朗と蓮が驚いたように振り返る。
東京スカイツリーの高さから落とされても、「痛てぇ!」で済ませる男がそう言っているのである。
よほどのことなのだろう、と察せられた。
「まあ、そうだな。しかし、そんなやばいお姉さんからなんでお前ら気に入られたのかね」
「さぁ? よくわかんねぇけど。ダチが困ってるかもしれねぇなら、助けに行くに決まってんだろっつったら、なんか満足そうだったかなぁ」
「アレでタヌキさん、そういう種類のバカが好きだからなぁ」
「ああ? タヌキ?」
恭吾が不思議そうに首をかしげるが、藤田は咳ばらいをしてごまかす。
「で。お前らねぇ。何がまずかったかわかってるか?」
「もっと沿岸の方から回ったらよかったですかね」
当たり前のように言う蓮の言葉に、藤田は眩暈を覚えた。
恭吾と眼九朗が、その通りだ、というようにうなずいているのも、眩暈に拍車をかける。
「はぁ。まあ、そうだろうな、お前らは。このまま帰れっつっても、帰るつもりないだろ」
「殺されるかもしれねぇって言ってたんだよ」
険しい表情で、恭吾はそうつぶやいた。
「あのヤバそうな姉ちゃんがさぁ。アイツは殺されるかもしれねぇっつったんだよ。吸血鬼の再生の儀式のいけにえだか何だかっつって。冗談じゃねぇ。約束したんだよ。アイツと。ギャリゴリ君のあたり棒、取り替えてもらいに行くって。アイツ、アイスの棒大事そうに抱えて帰ったんだぞ。表情あんま変わってなかったけど、それでもわかるぐれぇ嬉しそうにしてやがったんだ。冗談じゃねぇ、ああ、冗談じゃねぇってんだ。俺ぁ、約束を守れねぇ男にされるのだけはご免なんだよ」
全く冷静に、ごく当たり前のことのように言う恭吾を見て、藤田は大きくため息を吐いた。
「新垣君。放してあげて」
「え? いいんですか?」
「恭吾、眼九朗、蓮。俺が近くまで送ってやる。どうせ、俺達もそこに行かなくちゃいけない用事があるからな。その代わり、なるべく周りのもの壊すなよ。で、その子を見つけたらさっさと連れ出して逃げろ」
藤田の言葉に、小学生トリオは顔を輝かせる。
対して新垣はといえば、不満そうな表情だ。
「いいんですか? 藤田さんの責任問題になりますよ?」
「言ったって聞かないし、止めたら暴れるじゃんコイツ等。それなら、まだ手綱握ってた方が安心できるって」
「そうかもしれませんけど。警察とか自衛隊とかから文句言われません?」
「特殊な人材を扱うのがウチの仕事だよ。そのウチがそうするのが一番被害が少ないって言ったら、そうなるの。文句なんて言ってきたら、じゃあ自分達で取り押さえてくれ、っていうよ」
まあ、不可能だろう。
小学生トリオが警察に捕まったのだって、三人が相手に「気を使った」からだ。
本来なら、追いつけないぐらいの速度でかっ飛ばすことだって可能だったはずなのである。
「いや、待てよ?」
藤田はふと何かを思い立ったようにつぶやき、苦虫を噛み潰したような顔を作る。
「お前ら最初っからコレが狙いで捕まったな?」
捕まれば、どうせ藤田が来ることになる。
そして藤田なら、あの吸血鬼信奉者達の一件にかかわっているはず。
どうせその場所に行くだろうから、一緒に連れて行って貰おう。
上手いこといけば、暴れてもいいお墨付きももらえる。
おそらく小学生トリオは、そう考えたのだ。
それが証拠に、三人ともすっとぼけた顔で藤田と目線が合わないようにしている。
「ったく、悪ガキだねお前らは」
藤田はぼやくように言うと、頭痛をこらえるように眉間を押さえた。
大百足の姿をした大神、オオアシノトコヨミ。
その神使であるアカゲが持つマンションの一つに、アカゲ、ヤマネ、タヌキが集まっていた。
わざわざ用意したらしいモニタには、幾つかの顔と、アイコンが映っている。
直接来ることが出来ないものが、ウェブを通じて参加しているのだ。
「連中が何をしようとしているのか、ようやく確定しました」
話し始めたのは、タヌキであった。
わざわざ体を分けてまで日本に侵入してきた、大物吸血鬼「始祖の一滴」に関して調べてきたことを、報告することになっているのだ。
「まずなにより、始祖の一滴と名乗る吸血鬼の体を元に戻すこと。それが、まず第一の目的です」
ヤマネは、緊張した様子で手元の書類をめくった。
タヌキから渡された、資料である。
最近はタブレットの電子情報などを使って会議をすることも増えたらしいのだが、こういった場では必ず紙が使われていた。
何しろ、「電子機器というのは騙しやすい」のだ。
ただの人間にとってならともかく、アカゲのような神使、あるいは、タヌキのような術にたけた妖怪にとっては、全く秘匿性のないものなのである。
対して紙は、裏に術式などを仕込んでおくだけで、手軽に「読まれにくく」することが出来る。
将来的には電子情報にもそういった「工夫」が出来るようになるのかもしれないが、今のところそう言った技術が出来た、という話は聞いていない。
ちなみに、この書類の紙に術式を書き込んだのは、タヌキであった
ヤマネも初めて見るようなレベルの代物である。
「現在はそのために必要なものを集めるのに、躍起になっています。まず、術を行使する術者。これはお抱えの魔女にやらせるようです。電子機器と魔術の融合を成し遂げた、などという売り文句の魔女です、が。中身はお粗末なものです」
多分、タヌキが基準にしているのは「自分自身」なのだろう。
つまり、ヤマネから見ればその魔女は、相当に高度で厄介な力を持ち合わせている、ということになる。
もうこの時点でヤマネは大分帰りたくなったのだが、そういうわけにもいかない。
「次に、術を行使するための場所と設備。四国のどこか、というのはわかったのですが、それ以上細かいことは調査中です」
一言で四国、といっても、かなり広い。
何しろ北海道の四分の一もあるのだ。
ヤマネも何度か行ったことがあるが、思った数倍広くてびっくりしたものである。
「連中にとって、始祖の一滴と名乗る吸血鬼の体を元に戻す、というのは、かなり難易度の高いことのようです。少しでも成功率を上げるため、様々なものを集めています。中でも気になるものが、二つ。一つは、特殊な能力を持ったやまびこ」
妖怪のやまびこである。
声を反響させることで、術を強化するという能力があるらしい。
名前こそ出回っていないが、「そういう妖怪がいる」という話は、その筋では有名だ。
「どうやら連中は、このやまびこに接触を図っているようです。ただ、現在は警察が保護しているようで、私からは手出しがしにくくあります」
この業界も、縄張り争いが激しいのだ。
タヌキは現在のところ、「神仏関係」の派閥と認識されている。
よって、「警察関係」がやっているアレコレに手を出そうとすると、激しく抵抗してくるのだ。
縄張りうんぬんいっている場合じゃないとヤマネなどは思うのだが、どうもそういうものでもないらしい。
「もう一つ。いわゆる“運”にかかわると思われる特殊能力者。いわゆる福男、いえ、能力者は少女ですから、福女でしょうか。まだ解析が進んでいませんので断定はできませんが、おそらくは良くも悪くも何かしら強烈な“運”を引き付ける類のものと思われます」
悪すぎる運、というのも、運に含まれるらしい。
強烈な悪運と、強烈な幸運。
その両方が舞い込んでくる、ということなのだろうか。
なんだか、御岩様が集めてるマンガに、そんな主人公が出てくるのがあったな、と、ヤマネは関係ないことを考えていた。
時々意識を別の方に向けないと、帰りたさに負けてしまいそうなのだ。
「連中はこの能力者に何らかの術式を施して、“幸運”だけを引き寄せる状態にしようとしているようです。まあ、能力の方向性の指定ですから、さして難しくはありません。連中でも可能でしょう。そして、その効果を使い、術の成功率を高めようとしているようです」
術自体の強化と、確率の操作。
なんとも大仰な話である。
それだけ、連中にとって“始祖の一滴”が大事だ、ということなのだろう。
「ちなみに、この福女ですが。どうやら親族を人質にされて、従わされていました、が。すでに私の部下が確保しています」
つまり、助け出している、ということだ。
もっとも、そのことは連中に悟られないように工作をしている。
今は「すべてが順調だ」と思っていてもらった方が、都合がいいからだ。
「儀式、とでもいえばいいでしょうか。連中は大掛かりなそれを行い、一刻も早く始祖の一滴と名乗る吸血鬼を、元に戻そうとしています。こちらの目論見通りに」
体を分ける、というのは並大抵のことではない。
もちろん、それを元に戻すというのも、同じだ。
「連中は必死で逃げ回っていて、こちらでも尻尾がどうしてもつかめない。ですが、体を元に戻すときには、一か所に集まらなければならない。大きな儀式が必要となれば、嫌でも目立つ。そこを取り囲んで、叩き潰す」
「場所の見当もつかない、というのでは手出しもしにくいですが。幸い連中、こちらの誘導、御膳立てに乗ってくれています。おっつけ、儀式が執り行われる場所もわかるでしょう」
タヌキの言葉に続けたのは、アカゲだった。
「連中が儀式を始める前に、御岩神社の巫女殿に、舞を奉納して頂く。それを目印にして、皆さまにはお力添えを頂きたい」
アカゲが、カメラに向かって頭を下げた。
モニタに映っている顔やアイコンが、「まかせろ」というように動く。
それらは、すべて人間のものではなかった。
ウェブで参加しているモノ達は、神やそれに類するモノ達だったのだ。
連中は“始祖の一滴”を復活させる儀式に、全精力を傾けるだろう。
当然、主要なものも集まるはずだ。
そこを神域で覆って、粉微塵に叩き潰す。
そんな大鉈を振るうと宣言したのは、ほかでもない。
オオアシノトコヨミであった。
よほど“始祖の一滴”のすることに、腹を据えかねたらしい。
どうやら、オオアシノトコヨミが関わる土地の中で何かをやらかしたらしいのだが。
何しろ大神であるオオアシノトコヨミだ。
直接、間接的にかかわっている土地というのは、驚くほどに広い。
日本で大々的に悪さをしている以上、オオアシノトコヨミの怒りを買うというのは、当然ともいえた。
とはいえ。
オオアシノトコヨミが直接何かをすることは、絶対にできない。
何しろ「山にとぐろを巻く巨体」である。
連中を潰してやろう、と足を振り下ろしただけで、地面は裂け、抉れるだろう。
場合によっては、大地震を引き起こしかねない。
ウェブを通してここに参加しているのは、オオアシノトコヨミの傘下にいるモノ達である。
オオアシノトコヨミに代わり、「大鉈を振るう」役割を仰せつかったモノ達なのだ。
今行われているのは、その大鉈を振るうための、打ち合わせなのである。
「おうち帰りたい」
心の中でそうつぶやくが、そういう訳にはいかない。
何しろヤマネも、その「大鉈を振るう」側なのだ。
ヤマネが現実逃避をしている間にも、タヌキからの説明が続く。
全く日本なんかに来るから、こんな目に合うんだ。
頼むから成仏してくれ。
未だ健在である“始祖の一滴”に心の中で手を合わせながら、ヤマネは説明を聞くことに集中するのであった。
今回は「日本」の場面ばっかりでございます
異世界を期待されていた方、申し訳ねぇ
日本編も、ぼちぼちクライマックスです
なんか液状の吸血鬼をキャーン言わせれば、「義理」も果たせて、タヌキは無事異世界に行く資格ゲット的な感じです