百七十一話 「イカれたテロ屋かなんかか!?」
片手で缶ビールのプルタブを開ける、という器用な技をキメると、プライアン・ブルーは中身を一気に胃の中に流し込んだ。
「っかぁー!!! このために生きてるわぁー! ビールは飲むものじゃない、のど越しを味わうものでしてよー!!」
困惑するキャリンをよそに、プライアン・ブルーはテーブルの上に空き缶を置く。
わずかな時間の間に並んだ空き缶は、六本。
すべて一本目みたいな顔で飲み干すその姿は、まるでドワーフかなにかのようである。
一応、プライアン・ブルーの人種は「人族」なのだが。
キャリンはそれをかなり疑っている。
「よく勘違いしてるやつがいるけど。特殊部隊ってのはどんな状況にも対応できるスーパーメンじゃありませんことよ。特殊な状況に対応できるよう、特殊な訓練を積んでいる連中なのですわ」
「あの、その口調なんなんですか」
「え? お嬢様口調流行ってるじゃん?」
「聞いたことないですけど」
「マジかよ」
プライアン・ブルーは、敵の暗黒卿が自分の父親だった時ぐらいの表情で驚く。
そのリアクションに逆にびっくりだわ、と思うキャリンだったが、口には出さなかった。
大分、プライアン・ブルーとの付き合い方がわかってきている。
ちなみに、プライアン・ブルーはキャリンの前でヤバめな行動を自重したりはしていなかった。
完全に「同業者」として認めていたので、婚活対象から除外されたためである。
それが幸せなのか不幸なのかは、キャリン本人にしかわからないだろう。
「なんだよ、お嬢様口調にしてたらモテると思ったのに。まあ、いいや。で、話の続き。普通、人ってのは予想していない状況になると、混乱して機能不全を起こすのよ。集団も同じ。でも、それじゃぁ困るわけ」
「混乱すれば、場合によっては命にかかわるでしょうしね」
「そう。特に荒事屋なんかはそういうのが即人生のエンディングに繋がっちゃうわけ。軍隊さんなんかだと、作戦が失敗にもつながっちゃうから、なおのことよろしくない。そうならないためには、どうする?」
「予測していない状況、を減らすために、様々な状況を想定して訓練をする?」
「優等生! ざっつらい! 最悪、わけわかんなくなったら、丸くなって身を守る。なんてのでもいい。そういうことが決めてある。訓練で体に覚えさせてあれば、生存率、作戦成功率はぐっと上がるわけ。冒険者仕事でも似たようなもんでしょ?」
そう言われれば、確かにそうだ。
キャリンは狩りをするとき。徹底的に下調べをし、起こるであろう状況を想定し、様々な準備をしてきた。
それがあまりに入念すぎるので、ほかの冒険者からは呆れられるほどである。
兵は拙速を貴ぶ、などということわざを持ち出して、そこまでする必要はないだろう、などと言ってくる者もいた。
だが、キャリンはあいまいに笑って聞き流している。
自分は「冒険者」であって、「兵」ではない。
入念で厳重な準備こそが冒険者仕事の基本であって、生き急ぐヤツは結果的に死ぬ、と信じているからだ。
実際、キャリンの仕事を「臆病」と称していたパーティが一つ、森から冒険者タグだけになって戻ってきたことがある。
「大体、予測していない状況、って言ってもさ。対応しなきゃヤヴァイ状況って、大抵方向性は決まってるわけよ。例えば、ここに要人を守っている防衛施設があります」
そういうと、プライアン・ブルーは新しい缶ビールのプルタブを開け、中身を一気に飲み干した。
美味そうに「ぷっはぁー!!」と声を上げると、空き缶をテーブルの上に豪快に置く。
どうやら、この空き缶を「防衛施設」と思え、という事らしい。
「ここで起きたら困ることって、攻撃されることだったり、要人が奪われそうになることなわけ。襲ってくるのが人間でも、ピンク色のゾウさんでも、やることは一緒なわけ」
「なんですかピンク色のゾウさんって」
「あんまり予想しないでしょ、ピンク色のゾウさんが施設を攻撃するの」
「まあ、そうかもしれませんが」
「何でもいいのよ。ゾンビとか、ゴリラとか、ヤバそうなタヌキとか。とにかく、まぁ、やられそうなことの方向性は大体決まってるわけよ。で、起こりうる事態も大体共通してるわけ」
プライアン・ブルーは空き缶を一つ手に取ると、「防衛施設」の空き缶にむかって近づけていく。
「敵が攻めてきましたー。よーし、迎撃するぞぉー。で、まぁ、考えられるのは大きく三パターン。敵はそんな多くも強くもないから、ぺちーんって叩き潰しちゃう」
「施設の戦力だけで敵を迎撃可能な場合、ってことですか」
「そう。で、別パターン。敵の数が多いから、このままやりあってると負けちゃうかもー。仲間を呼ばなくっちゃー!」
「施設の戦力だけでは対処しきれず、応援を呼ぶ場合。ってことですね」
「ラスト。このままだと負けちゃうよぉー! 味方を呼ぶのも間に合わない! こうなったら、要人を別の施設に移すしかない!!」
「施設の戦力だけでは対応しきれず、応援を待つ余裕もないので、要人を別の場所に移す場合。ってことですね」
キャリンの補足に、プライアン・ブルーは何度もうなずいて見せる。
持っていた空き缶をテーブルに戻すと、コキコキと首を鳴らした。
「相手が兵隊でも傭兵でも、ピンク色のゾウさんでも。方向性が同じならやることは大体同じなわけ。この三パターンか、若干変化を加える程度なのよ」
「そういうものですかぁ」
「まあ、大抵の場合はね。で、特殊部隊にしろ防衛施設にしろ、一番困るのは混乱しちゃうことなわけ。わー、どーしよー! って言ってる間に、相手に好き放題やられちゃう」
「特殊部隊なら殺されるかもしれない。防衛施設なら要人を奪われる、あるいは殺されるかもしれない。ってことですね」
「そんなことが起きない様に、荒事屋ってのは訓練やマニュアル作りを欠かさないわけ。突然ピンク色のゾウさんが襲ってきても、ビビっちゃわないように。ビビっても、体は勝手に動くぐらいになるように」
「好きですね。ピンク色のゾウさん」
「なんか語感良くない?」
ピンク色のゾウさん、ピンク色のゾウさんとつぶやきながら、プライアン・ブルーは新しい缶ビールを開ける。
その姿は完全に「関わっちゃダメな人」な感じだが、キャリンはそれを口にすることはなかった。
プライアン・ブルーがかかわっちゃダメな人なのは、今に始まったことではないからだ。
「とにかく。まっとうな荒事屋なら、大抵は何かあったときのための訓練、マニュアル作りをガンバってるわけ。兵隊さん、あるいはピンク色のゾウさんに襲われてパニくってても、確実に予定した通りに動けるようにね」
「どんなお仕事でも、ちゃんとやろうとすると大変なんですね」
「逆に。その訓練の内容やマニュアルをゲットしちゃうと、よ。何をどうしたらどう反応するか、手に取るようにわかるようになる、ってわけ」
「かなり重要な情報なんですね」
「重要よぉー。つまるところ、その辺は手の内が全部書いてある手引書なわけだからね」
「だから、虹色流星商会の持っている施設。アグニー族のアルティオさんが捕まっている施設の訓練内容とマニュアルを、ディロードさんが手に入れてきた訳ですか」
「そのとーり」
件の施設の訓練内容と対応マニュアルは、虹色流星商会が持っている記憶装置に保存されていた。
ディロードはそれにクラッキングをしかけ、失敬してきた訳である。
幸いなことに、記憶装置はネットワークに繋がっていた。
おかげで侵入やら強奪やらをしなくて済んだので、相当に楽だった。
と、キャリンはディロードから聞いている。
セキュリティは何重にもかかっていたらしいのだが、ディロード曰く。
「万能ならざる人間のすることだからねぇ」
とのこと。
あと、ディロードは最近お疲れ気味らしく、ほとんど寝ていないのか、色々あやふやになってきている。
たまさか発見してしまった「大量破壊魔法」関連のあれやこれやで、相当な睡眠不足に陥っているらしい。
普段の行動からは信じられないぐらい熱心に働いている所を見るに、キャリン的にはあちらの方が素なのだろうと思っている。
問題や困っている人を見ると、手を出さずにはいられない。
自分のことは、二の次、三の次になる。
それがわかっているから、なるだけ人とかかわらない様に変なところに暮らしていたのかもしれない。
まあ、これはあくまで、キャリンの目から見た推測でしかないのだが。
ともかく。
「どの程度の規模で攻撃すれば、どんな反応に出るかわかる。これが、今回は重要なのよ。まず、攻撃をぶっかまして、これは不味いと判断させる」
「要人を避難させないと。と、思わせる位。ですね」
「そして、避難させている所をかっさらっちゃう。もちろん、相手だって馬鹿じゃないから、要人を避難させるルートは複雑怪奇よ? でーもーん」
「訓練記録と対応マニュアルが手に入っているなら、そのルートも把握できる。ルート上に網を張って、要人を確保することも容易い」
「今回の場合、アグニー族のアルティオちゃんが要人。ってわけ」
プライアン・ブルーは楽しそうにニヤリと笑うと、ペチンと膝を叩いた。
「相手のマニュアルやら行動規範やらを調べ上げ、ばっこーんかまして好みの反応を引き出す。これが、いわゆる“ケツ叩き”。とある有名エージェントがつかったことで世に広まった業界用語なわけよ」
ちなみに、そのエージェントというのは小説の登場人物である。
地球でいうところの007的な感じだろうか。
映画などにも登場した言い回しで、本物の「エージェント」や「諜報部員」なんかも、面白がって使うようになった。
本などで調べると「実際には使われていない、創作の用語」などと記されているのだが、いつの間にか「本当」になってしまったわけだ。
「皆さんがこれだけ準備してるってことは、有効な方法なんですね」
「まぁ、言うてよくある手法でそ? とってもわかりやすくてシンプルなやり方だしね。しんぷるいっずぅあヴぇっすちゅっ! ってやつよ」
「確かに単純な方法ではありますけど。だからこそ有効、なんでしょうね。あんまり想像つかないですけど」
「仕掛けは流々、あとは仕上げを御覧じろ。ってことで」
プライアン・ブルーはポケットから布製の袋を一つ引っ張り出す。
テーブルの上に並べたビールの空き缶をそれに詰めると、きゅっと袋の口を縛った。
「じゃ、アタシはこの辺で」
「そろそろ時間ですしね」
「しょーゆーことー。じゃ、よろしくねん」
そういうと、プライアン・ブルーは地面を蹴って飛び上がった。
近くにあった手すりに飛び乗ると、そのうえでステップを踏む。
そして、体を傾け、下に落下していった。
キャリンはその様子を見守りながら、細く息を吐く。
集中力を高めるように息を吸い込むと、スコープをのぞき込む。
予定通りの場所に、予定通りに進行する状況。
あとは、予定通りに通るであろう標的を、予定通りに撃つ。
予定通りに標的にボルトを打ち込んだら、次のポイントに移動。
予定通りに構え、予定通りに来るであろう次の標的を撃つ。
何度も確認した予定通りの行動を、予定通りに実行する。
今回のキャリンの仕事は、そんな何もかもを「予定通り」にこなすことを求められるものであった。
準備に必要な期間こそ短かったが、プロに囲まれ、そのサポートを受けて準備を進められたので、むしろ余裕すらある。
「僕はただの冒険者なんだけどなぁ」
ストロニア王国にある、ビルの屋上。
そこに設置した狙撃拠点で、キャリンは一人ぼやいた。
先ほどまでプライアン・ブルーがビールの空き缶を並べていた折り畳みテーブルには、キャリンが構えているクロスボウのボルトが並んでいる。
その横で、キャリンは魔法動力式クロスボウを構え、そのスコープをのぞき込んでいた。
プライアン・ブルーと話していた「ケツ叩き」。
今日がまさにその本番の日であった。
「人手不足ってわけでもないのに。なんで僕にまで仕事が回ってくるのかなぁ」
この地点を任されているのは、キャリン一人だけ。
その程度には、キャリンはガルティック傭兵団から評価されていた。
自身を「一般的な冒険者」と信じて疑わないキャリンにとっては、迷惑千万な話だ。
何故あんなきちんとした専門家集団が、こんな自分なんかに仕事を任せるのか。
任された仕事をきちんとこなせることがその理由なのだが、キャリンとしては非常に飲み込みづらい事実であった。
「まあ、任されたことは、きちんとこなすけど」
専門家集団であるガルティック傭兵団に、一人仕事を任される。
そして、その仕事を過不足なくやってのけられる能力がある。
これはなかなか「相当なこと」なのだが。
キャリンはそのあたりのところを、未だにきちんと認識していなかったのである。
何者かによる襲撃。
虹色流星商会の警備本部、という名の軍事拠点に一報が入ったのは、昼過ぎの事だった。
「レインボーくんの集団に襲われている」
レインボーくんというのは、虹色流星商会のマスコットキャラクターだ。
輪切りにしたかまぼこの縁に、虹色が配されたもの。
それに手足をくっつけたような形状をしている。
グッズなども販売されており、売り上げはそこそこ。
着ぐるみもあり、イベントなどで登場することもあるのだが。
そのレインボーくんの着ぐるみに、施設が襲われているらしいのだ。
第一報の音声通信を聞いた時、警備本部に詰めていた人員の反応は「苦笑」であった。
またぞろ、少々頭のおかしなバカがイタズラでもしに来たのか。
だが、現地映像を確認した瞬間、そういった苦笑交じりの呆れた空気は吹き飛ぶ。
レインボーくんが縦横無尽に動き回りながら、まっとうな武装をして施設に攻撃を仕掛けていたからだ。
「着ぐるみは外側だけだ! 中に強化外骨格かなんか仕込んでるぞ!」
そういうことをするバカは、時々いる。
だがそれは一人や二人であって、決して多数ではない。
しかし。
「なんなんだコイツら! 頭おかしいんじゃないのかっ!!」
レインボーくんは、一人二人ではなかった。
ざっと確認できるだけで百人ほどのレインボーくんが、様々な武器を手に施設を襲撃しているのである。
頭おかしい、というのは、的確な表現だろう。
実際襲っている方は、なかなかに頭がおかしいヤツなのだ。
お気づきの方も多いように、レインボーくんの中身は“複数の”プライアン・ブルーである。
レインボーくんの下には、スケイスラーが誇る「魔剣魔法」で召喚した強化鎧を纏っていた。
ただし、手に持っているのは「結晶魔法」を用いて作られた武器だ。
高価なものばかりで、市販品としては上等の部類に入るものばかり。
ちなみにここでいう「市販品」というのは、「金さえ積めば武器商人などを通して手に入る」という意味である。
多くの常識の通り、「結晶魔法」を用いた武器というのは、それぞれの国が保有する魔法体系を駆使して作られたものに、一歩劣る。
とはいえそれは軍事使用されているような「最先端」の武器からすれば、という意味であり、虹色流星商会が保有するようなものと比べれば、さして大差のない性能であった。
つまり。
虹色流星商会が持つ施設の一つが、ガッツリめに武装をした自分のところのゆるキャラに襲撃を受けている。
字面にするとなかなかパンチの利いた、そんなマヌケな状況なのだ。
しかし、事態は相当に切迫していた。
レインボーくん達が思いのほか強力だったからである。
「やばいぞこいつ等! 動きが手馴れてやがる!」
「イカれたテロ屋かなんかか!?」
確かに手馴れているし、イカれてはいたが、残念ながらテロ屋ではなく工作員である。
プライアン・ブルーの攻撃は凄まじかった。
施設の主要部分を的確に破壊しており、あっという間に手詰まりになっていく。
「こいつらまさか、“お客”を狙ってるのか?」
アグニーのことを公然と口にするわけにいかないので、施設内では“お客”と呼んでいたのだ。
相手の狙いが何にしても、このままでは突破されて施設に潜入されてしまう。
すぐさま、“お客”、つまりアグニーのアルティオをほかに移さなければならない。
今ここにいること自体が危険である、と判断される状況なのだ。
現場指揮官の行動は、素早かった。
すぐさま所定の方法で本部に「“お客”を逃がす」ということを伝える。
無線、有線、信号弾などを用いた方法で、暗号化された通信である。
そののち、“お客”に護衛を付けて送り出す。
当然のことだが、攻撃されている只中に放り出すわけではない。
こういう場合にのみ使うことを許されている地下通路を使い、秘密の出入り口がある場所へと送り出す。
現場指揮官ですら、出入り口の正確な場所は知らない。
送り出された部隊も、おそらくは知らないだろう。
そこから、装備のかくされたセーフハウスを目指し、“お客”を受け取ることになっている部隊との合流地点を目指す。
無事に“お客”を引き渡したら、彼らの仕事は終わる。
少なくともそれまでは、あの頭のおかしな奴らの足を止めておかなければならない。
それが、現場指揮官に課せられた「仕事」であった。
つまり、それを邪魔するのが、ガルティック傭兵団の「仕事」になるわけである。
「接続、安定。このままお願いします。いやぁー、仕事がしやすく助かります」
複数の機器を同時に操作しながら、ディロードはちらりとリリの方へと視線を向ける。
「そういっていただけると、こちらもやりがいがあります」
微笑んでそう返すリリの手には、複数の楽器があった。
ハンドベル、あるいは、いわゆる円形の鈴。
片手に複数個ずつ持ったそれを、異様なほど滑らかな指の動きで、個々別々に鳴らし続けている。
ホウーリカ王国が誇る魔法体系である「楽器魔法」は、非常に珍しい特性を持っていた。
音に魔力を乗せて魔法を発動する、という形式のものなのだが、その音の発生源は楽器であれば何でもよい。
弦楽器だろうが打楽器だろうが管楽器だろうが、本当に何でも良いのだ。
極端な話、口笛でもよかったし、腹太鼓でもよかった。
ただ、魔力を乗せやすい楽器は、個々人によって違う。
最も得意な楽器でなくとも魔法は発動させられるのだが、精度が効率が落ちる。
リリ・エルストラが得意としているのは、その二つ名の通り、鈴であった。
今のリリがしているのは、中継器になること。
施設が発した各種の「通信」に干渉。
ディロードの手元にある機器と「繋げ」て、内容を書き換える手助けをする、というものであった。
していることはあくまで「中継」であり、リリ自身は「通信」それ自体の改ざん内容に手は加えていない。
本当に、ただディロードに「中継」しているだけなのだ。
もちろん、だから簡単な仕事、というわけがない。
無線、有線、信号弾に手旗信号、音などを使った遠く外部への「通信」すべてに、リアルタイムで干渉。
それらすべてに、「上書き」しているのだ。
液体、個体、気体、プラズマの区別なく、様々なものに「干渉」することを得意とする「楽器魔法」ならばこそ。
しかも、そのホウーリカ王国最高位の使い手である“鈴の音の”リリ・エルストラだからこそやってのけられる芸当である。
「打ち出された後の信号弾の色や、鳴り響いてる警報機の音にまで干渉して書き換えられるんですか。すごいもんですねぇ」
今は「中継」しかしていないが、その気になればリリ自身がそれらをすべて好きに弄ることが出来る、ということだ。
地下に埋没しているはずの有線回線に干渉して通信を傍受し、無線の中身を書き換え、信号弾の色を塗り替え、手旗信号を全く別の画に上書きする。
「その代わり、範囲は音が届く距離。精度や同時に行使できる数、果ては出力に至るまで、ほぼすべてが術者に依存する。全く安定しにくい、例えば彫鉄魔法や紙陣魔法には遠く及ばない、ありふれた魔法ですよ」
リリは苦笑しながら、肩をすくめた。
実のところこれは、謙遜でもなんでもなく、純然たる事実である。
魔法体系としての完成度では、まさに中の中、並み、といった物なのだ。
むろん、だからリリの腕が悪い、ということではない。
リリは間違いなく、ホウーリカ王国が保有する抑止力であり、他国のそれと比べても遜色ない実力を持っていた。
「っていうか、中継って。あっちが発信してる情報を僕の手元の機器に送ってもらって。僕が書いたものを、あっちに上書き。ってことですよね? それって自分で手を加えるより、数倍面倒なんじゃありません?」
「数倍、というほどではありませんよ。要は慣れです。まあ、私以外にどのぐらいこれが出来る者がいるかと聞かれれば。無線、有線などどれか一つを中継するのでも、両手で足りる数しかできない。という答えになりますが」
「そういうのって軍事機密じゃないんです?」
「大したことではありませんよ。どちらかというと、私がここまでできると言う事の方が、機密でしょうかね」
その言葉に、ディロードはぎょっとした顔を向ける。
リリは楽しげに笑顔を見せた。
「骨身を惜しまず尽くすように、と言われていますので。お気になさらず」
「厄ネタ聞かせないでくださいよ、ホントに」
ディロードは顔をしかめながらも、指だけはしっかりと動いている。
無論、リリの方もハンドベルと鈴を操る動きによどみはない。
こんなことをしている間にも、事態は進行し、状況は動いていく。
ディロードとリリが行った妨害工作により、虹色流星商会の警備本部は混乱していた。
施設から送られてきた信号は、どれも正規のもの。
だが、どれもこれも告げている内容がバラバラだったのだ。
当然だが、それだけで警備本部が混乱するはずもない。
すぐに、現地に人員を送る、空中に打ち上げた小型飛行撮影機などを使って確認する、といった手法を取ろうとした。
のだが。
そこで、大きな邪魔が入った。
警備本部内で、爆発が起こったのだ。
明らかな破壊工作である。
それ以外にも、魔法制御機器の不調、外部との通信手段のいくつかが途絶、武器庫の爆発。
敵の工作と思しきトラブルが、次から次に起きていく。
これをやっているのは、セルゲイ・ガルティックである。
「たーのしーい!」
トイレの洗剤などを混ぜ合わせては爆発物を作り、魔法記憶装置を見つけてはディロードが外部からクラッキングしやすいように機器を取り付け、資料を見つけては自販機で買った清涼飲料をぶちまける。
ついでに、偽装工作用の物品をあちらこちらに仕掛けておくことも忘れない。
内容は、本部職員がライバル商会に情報を売っている証拠だったり、商会上層部の不倫の証拠だったりする。
セルゲイは基本的に親切なので、八割は本物だ。
残り二割に関しては、適当にでっち上げたもの。
適当なでっち上げの方が内容が穏当で、事実の方がヤバそげなのはセルゲイ的にも眉を顰めるものがあるのだが。
まぁ、ともかく。
これで、今回の件の犯人捜しはさぞかしややこしい事になるだろう。
もちろん狙ってのことなので、セルゲイとしては大いにややこしくなっていただきたい。
何しろいっぱい混乱してもらえるように、この後もたっくさんいやがらせを用意してあるのだ。
これで、警備本部は一時的に機能不全に陥る。
当たり前だが、混乱はそう長く続かない。
十全とは言わないまでも、警備本部としての機能はすぐに回復するだろう。
しかし。
「そのころにはもう、“お客”はこちらが確保。さよならバイバイしてるわけだ」
コーヒーメーカーの中をいじり、熱暴走で爆発するように仕掛けて置いて、その場を離れる。
こうやって遊ぶのは久々で、非常に楽しい。
まだまだ遊び足りないのだが、残念ながらそれほど時間がなかった。
アグニーを奪ったのが、ライバルの商会か、はたまたどこかの国なのか。
あれもこれも疑えるように、そこら中に「証拠」をまき散らす仕事が残っているのだ。
何しろ、ライバルの商会と一口に言っても、色々いる。
どこかの国、にしたところで、アグニーを狙っている国は無数にあるのだ。
候補はより取り見取りの選び放題。
もちろん、まき散らす「証拠」の方も多種多様に用意している。
「やっぱいいなぁ、こういう仕事は。実家に帰ってきたって感じがするねぇ」
背後で鳴り響く爆発音を聞きながら、セルゲイはスキップで次の目的地へと向かった。
アグニー族のアルティオを連れた部隊は、秘密の通路を抜け、外へ脱出することに成功していた。
脱出地点は、部隊にも正確には知らされていない。
秘密の通路の正確な位置が露見するのを防ぐため、おおよその場所しか教えられていなかったのだ。
それでも、部隊の行動には一切の淀みはなかった。
すぐさま自分達がいる位置を割り出すと、移動用の魔力動力自動車が保管してある場所へと向かう。
場所は、秘密の通路の中間地点に、紙媒体として隠されていた。
公共設備に偽装された建物に暗号コードを打ち込み、ガレージに置かれていた自動車に乗り込む。
ちなみに、アルティオはペットなどを運ぶ際に使うようなケースに入れられていたので、大人しくしていた。
一緒に詰め込まれたお菓子などを食べており、そこはかとなく満足気である。
自動車を出発させ、紙媒体の指示通りの道を進む。
ある程度走ると、部隊が「退避訓練」の時に使っている道の一つへと突き当たった。
こうなったら、後は日頃の訓練通りに走るだけだ。
だが、その時である。
車に乗っていた部隊の一人が、突然ドアを開けて身を外に乗り出した。
何事かと動揺するほかの隊員に向かい、その一人、リザードマンの伊井沢・和正は大声を張り上げた。
「前方に一人! 殺気を放って居るものがいる! かなり“使う”ぞっ!」
この道は、国境へと向かう道で、人通りどころか車が通るのも稀であった。
何しろ道自体も舗装されたものではなく、土がむき出しのままなのだ。
部隊の面々に、緊張が走る。
何しろ、一個人が抑止力として成り立つ世界である。
相手が一人だからと、侮る者はいない。
むしろ、実力者である伊井沢の“使う”という言葉に、状況の不味さを感じていた。
運転手が前方に立つ人影を見て、慌ててブレーキをかける。
通常であれば速度を上げ、勢いと武装の斉射でゴリ押すところなのだが、それが通用する相手ではないと、一目でわかったからだ。
頭から上に向かって伸びた、二つの耳。
道路上に立っていたのが、ほかでもない。
兎人であったからだ。
隊員の一人が引きつった悲鳴のような短い声を上げるが、無理もないだろう。
この世界“海原と中原”に置いて、戦闘能力最強の種族は何か。
そんな話題になれば、必ず名が挙がるのが、ハイ・エルフ、そして、兎人なのだ。
力量によっては、音に近い速度で動き回り、刀で軍事用戦闘車両を斬り裂く。
それが、兎人の侍という存在なのである。
「ここは、某が」
伊井沢は車を降りると、前へ出る。
兎人は、顔を布で隠していた。
それでも耳が飛び出しているのは、どうしようもないのだろう。
耳の形から個人がわかりそうなものだが、当てにはできない。
そういった「外見」を偽装する類の魔法は、結晶魔法にすらあるポピュラーなものだからだ。
伊井沢は、兎人の目をじっと見据えた。
にらみ合い、というほど剣呑な雰囲気はない。
伊井沢は兎人に目を向けたまま、顎をしゃくって自動車に「出せ」と合図する。
運転手は一瞬躊躇するが、部隊の隊長の指示で自動車を発進させた。
兎人が動こうとするが、伊井沢が動いてけん制する。
車は兎人の脇をすり抜け、走っていった。
走っていく車を見送る兎人を見て、伊井沢は目を細める。
「貴殿の腕であれば、あの車、斬れたでござろう」
「はて。伊井沢殿が乗っておられることは知ってござったからなぁ! それほど無謀なことは致し申さんとも!」
自分が乗っているのを知っていた。
それを聞いて、伊井沢はわずかに口の端を持ち上げる。
「なるほど。端から某を切り離すのが狙いでござったか。しかし、そのために貴殿のような御仁が来てくださるとは。ずいぶん高く買ってくださったものだ」
伊井沢は愉快そうに、声を上げて笑う。
一頻り笑うと、居住まいを正して兎人と向き合った。
兎人は顔をかくしていた布を取り払い、礼の姿勢をとる。
「湖輪一刀流。門土常久」
「月相院流曲刀術。伊井沢和正」
伊井沢も、浅く頭を下げる。
ここで、伊井沢が。
「一つ、お願いの儀がござる」
「どのようなことでござろうか」
「某には、一人息子が居り申してな。まだ、死ぬわけにはいかぬのです」
さっぱりとした顔でいう伊井沢の言葉に、兎人、門土は目を丸くして、大声を上げて笑った。
「いやいや! 実は某も同じでござる! 諸国武者修行の最中! 世の強者と刀を交えては見たいものの、そのためにもまだまだ命は惜しゅうござる!」
あまりにあけすけな門土のいいように、伊井沢も吹き出した。
「これは、お互いに都合がようござるな」
「まったく。では」
「では」
双方笑いを治めると、一瞬にして間に流れる空気が張り詰める。
そして、申し合わせたかのように、同時にそれぞれの得物の柄に手をかけた。
門土の横を通り過ぎていった部隊は、冷や汗をかきながらなんとか仕事をやり遂げようと必死になっていた。
全員、荒事で飯を食っているだけあって、兎人の足の速さはよく知っている。
例えば今この瞬間、後ろから門土が追いついてきたとしても、誰も不思議には思わない。
兎に角、早く。
一刻でも一瞬でも早く、アグニーを次の部隊に引き継がねばならない。
目標地点が見えてくると、部隊員達はほっと安心したような気持になった。
アグニー族を引き渡すことになっているポイントに、予定通り装甲車両が居たからだ。
外には強化装甲を着込んだ兵士が数名立っていて、こちらに向かって手を振っている。
車の中に搭載されている無線装置に、文字情報が送られてきた。
前方の装甲車からであり、「こちらの準備は出来ている」という内容の暗号通信だ。
無線装置、手振り信号などで確認を取り合い、自動車を止める。
装甲車両の荷台の扉があいたのを確認して、部隊員達は素早くアルティオの入ったケースを運び出し、そちらへと移す。
その間に、部隊の隊長は、引き継ぎ相手と情報を交換し始めた。
「そちらは知らんだろうが、警備本部も襲撃を受けた」
「本部が!? いや、そうか。確かにあれだけのことをやる連中なら、そう言う事もあるか」
「全く、実際にドンパチやる確率なんて相当に低い、割のいい商売だと思ったんだが。ままならないな。お互い」
「仕方ないさ。金を受け取ってるからな」
アルティオの入ったケースが、無事に装甲車両に収められる。
部隊の隊長と、おそらく装甲車側の隊長はお互いにうなずきあうと、言葉も交わさず別れた。
お互い、この後の行動について聞きあったりなどはしない。
知らないことが、重要なのだ。
情報の分断を作ることで、追跡をしにくくするのである。
無論、上の方にいる連中は、しっかりと情報を管理しており、すべてを確認しているはずなのだが。
「隊長。あの“お客”って、この後どこに行くんですか?」
「さぁな。知らんよ。どこでもいいさ。それより、警備本部に向かうぞ。襲われているそうだが、一応そういう決まりになってる。状況を見て、次の行動を考えることにしよう」
なんにしても、部隊は所定の仕事を終了させている。
この後のことは、上の判断を仰ぐしかないのだが、そもそも連絡手段を持っていない。
そういった足が付きそうなものは、身に着けないことになっているからだ。
とにかく、これで一番厄介な“お客”に関しては片付いた、と言えるだろう。
まだまだ油断できるような状況ではないとわかっていつつも、部隊の誰もが一仕事終えたような気持になっていた。
「はい、というわけでアルティオちゃんの救出に成功しましたぁー」
装甲車両の中で、セルゲイはパチパチと手を叩いた。
同じように水彦、ディロード、リリなども手を叩く。
ついでに、ケースの中に納まっているアルティオも、パチパチしていた。
ほかの傭兵団員達はまだあれこれ仕事をしているので、不参加である。
「さって。プライアン・ブルーに、ぼちぼち引き上げだって連絡してもらえるかな?」
セルゲイに言われ、ディロードは「わかりました」と小さな端末を操作し始めた。
ストロニア王国内で使われている、携帯通信端末だ。
他人名義で契約してある、いわゆる“飛ばし”の品であり、足が付くことはない。
「しっかし器用だねぇ。相手さん、結構大人数だったのに」
「連中も動揺していましたので」
リリはそういうと、笑顔でハンドベルを鳴らして見せた。
先ほどの部隊が特に疑問も持たずに「アグニーの入ったケース」をセルゲイ達に渡してしまったのは、リリの「楽器魔法」による支援もあったのだ。
といっても、部隊員の心理に影響を与えて気にしないようにさせた、といった方向性のものではない。
装備や顔、声などの外見的な要素を、誤魔化す手伝いをしていたのだ。
光の屈折などを利用した光学的偽装や、音響的誤魔化しの類は、「楽器魔法」の得意とするところである。
ただ、こういった「ごまかし」はかなり高度な技術であり、通常の術士であれば対象は一人か、せいぜい二人。
あれだけの人数を同時にリアルタイムで「ごまかせる」のは、リリの腕の良さ故だった。
「どうしても手に入らない装備もあったからねぇ。見た目をごまかしたいと思って」
「ついでに声やら何やらも変えておきました。まあ、しばらくは疑問に思うこともないでしょう」
ちなみに、本物の「装甲車で“お客”を運ぶ部隊」は、ディロードとリリによってつかまされた偽の情報のため、全く別の地点で待ちぼうけを食らっている。
少々可哀想だし、後で相当叱責されるだろう、が。
まあ、運が悪かったと思ってあきらめてもらうしかないだろう。
何より、騙される方も悪いのである。
「あと、キャリン少年と門土殿にも連絡取っとかないとか」
「キャリン君は、もう引き上げて船に着いたって連絡が入ってます。門土殿の方にも、車が出たときすぐに知らせてますよ」
ディロードがすぐに門土へ連絡をしたのは、一番危険だと判断していたからだ。
おそらくあの二人は斬りあっているだろうから、止めるなら早いに越したことはない。
幸い、勝負の途中だったようで、引き分けということで切り上げることにしたらしかった。
リリはハンドベルを鳴らしながら、難しそうな顔を作る。
「門土殿のおかげで、助かりました。野真兎やら爬州やらにいらっしゃる武家、その中でも腕扱きの方々には、うちの偽装が利きにくいんですよ」
門土が伊井沢を引き付けていたのには、そういった事情も一部あったのだ。
「おそらく、兎人のサムライと刃を交える機会もあるから。というのが理由だと思うんですが、あの方々はとにかく六感が良いんですよ」
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚に加え、魔力を感知する感覚。
それを合わせて、六感である。
魔法も魔力も存在する“海原と中原”では、第六感はまっとうな感覚の一つなのだ。
「もんどと、ひきわけたのか。そのリザードマン、つよいんだろうな」
「相当な実力者なのでしょうね。この後は、お子さんを連れて爬州にお戻りになるとか」
「こどもか。よいことだな」
水彦は納得したような顔で、何度もうなずく。
子供の病気の話は、水彦も聞いていた。
コウガクが治したとか、何とか。
話は間違いなく聞いていたのだが、細かいところは覚えていなかった。
水彦の記憶力も割とふわっふわしているのだ。
「さってと。これでようやく、見直された土地に戻れるってわけだ」
この後、セルゲイ達は無事に港に到着。
プライアン・ブルー、門土、キャリンに加え、ほかの傭兵団員が戻ってきたところで、すぐに出航。
無事に、ストロニア王国を脱出した。
大幅に戦力を削られた虹色流星商会は、この後数年間の停滞、事業縮小を余儀なくされることになる。
裏仕事に従事できる人員がいないというのは、身を守ることも、商売敵を攻撃することもできないということだ。
盾も鉾もないのでは、彼らのような業界では生きていけないのである。
また、セルゲイ達がばらまいた偽情報の影響も大きかった。
調査部は情報に踊らされ、上層部は疑心暗鬼になり、従業員はワタついている。
全く関係ない一般の従業員の中にも、退職をするものが後を絶たなかった。
そんな退職者の中に、一人のエルフがいた。
正確には「エルフ」ではなく「ハイ・エルフ」なのだが、そのことを知るものは虹色流星協会にはいない。
「さて、まずはアインファーブルに向かいましょうか」
ハイ・エルフ、トリトエスリは、小さなカバン一つだけを持ち、スケイスラーの船に乗り込んだのであった。
水彦達がストロニア王国でドンパチやっているころ。
正確には異世界であるので、時空とかの関係で一概に「ドンパチやっているころ」とも言えないが。
まあ、ニュアンス的には大体そのころ。
厚生労働省特殊人材就職支援課の藤田は、頭を抱えていた。
「どうしてこうなった」
例の液体吸血鬼の情報が、徐々に集まってきていた。
事情はよく分からないのだが、最近になってタヌキの逆鱗に触れたおバカがいたらしく、すさまじい勢いでいろんな情報が上がってくるようになったのだ。
ただ、内容があまりにも不穏過ぎたのである。
「まず、妖怪の姫川君だよ」
姫川、というのは新田亮介が以前助けた妖怪である。
かなり若い妖怪で、実年齢的にも亮介と同じぐらい。
妖怪としての名前は「やまびこ」であった。
若いせいか周囲からの影響を受けやすく、奇妙な特性を持っている。
「呪文やらの反響をさせ、効果を増幅させる。ライトノベルじゃねぇっつの」
まぁ、おそらくマンガやらアニメやらの影響を受けたのだろう。
術者の声を反響させることで効果を高めているらしく、場合によっては数倍どころか、数十倍にも増幅させるらしい。
姫川はそんな特徴を持っていたがゆえに、「液化した吸血鬼」の部下に目を付けられたのだ。
無理やり攫われ、利用されそうになっている所を、亮介が助けたのである。
そんな姫川の周辺に、またぞろ吸血鬼の影がちらつき始めた。
「何しようってんだよ、一体」
「あ、いた。藤田さん」
官庁内部、自販機がある共有スペースでコーヒーを飲んでいた藤田に声をかけてきたのは、部下である新垣だった。
かなり若い見た目の女性なのだが、実際に若かった。
現役女子高生である。
国内、いや、世界でも最高レベルのサイコキネティックであり、戦闘力を持たない藤田の補佐役となっていた。
「警察から連絡がありました。あの茶髪の」
「茶髪? 警察で? あーあーあー、はいはい。彼かぁ。え、どんな用事で?」
「なんか、例の小学生トリオを補導したから、引き取りに来てくれって」
例の小学生トリオ、というのは、界隈では有名な特殊能力者の三人組であった。
三人とも小学生なのだが、持ち合わせている能力が尋常でなく強力であり、とにかく事件に巻き込まれたり首を突っ込んだりするという、特徴を持っている。
尻ぬぐいだのなんだの面倒を見ているうちに、界隈では「藤田はあのトリオの保護者」みたいな感じになってしまっていた。
「なんで俺なのよ。親御さんにいうもんでしょ、普通」
「いえ、なんかそれが、日本海の海上で捕まったみたいで。最初、自衛隊に引っ掛かりそうになってたのを、あの茶髪の人が保護したんだそうです」
ちなみに、小学生トリオの一人は、藤田の甥っ子であった。
藤田には遠く及ばないまでも、やはり「千里眼」を持ち合わせていた。
「あいつらがそんなに簡単に捕まるわけないだろうからね。多分正確には、自衛隊との追いかけっこになって、不味いと思って茶髪の人のところに逃げ込んだ。ってところか」
「どうします?」
「引き取りに行くよ。まったく、なんでそんなバカなことになったんだか」
「それなんですけど。なんか、吸血鬼がどうの、って言ってるらしくって」
「あいつら、マッジで、どうやって首突っ込んでんのよ」
藤田は頭をガシガシと掻くと、手にしていた缶コーヒーを一気に飲み干した。
「嫌な予感するなぁ。アカゲさんとタヌキさんあたりにも連絡入れとくか。悪いけど、新垣君も来てもらえる?」
「もちろん」
とにかく、一刻も早く事情を聴く必要があるだろう。
理由はわからないが、どうにも嫌な予感がするのだ。
「三人がいる場所は?」
「兵庫県の、神戸みたいです」
「なんで? どっちも基本的に関東圏で動いてるはずだろ! 茶髪も小学生トリオも!」
「さぁ? 旅行でもしてたんじゃないですかね?」
幸い、まだ新幹線が動いている時間帯である。
とにかく駅に向かうことにして、藤田は早足で歩き始めた。
次回は日本タヌキさん編です
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