十七話 「ギンの狩りの手伝いをして、アグコッコ達の世話をする。何時も通りだよ」
カーイチが守っていたアグコッコ達は、無事アグニー達の下へとたどり着くことが出来た。
その肉は良質でとてもおいしく、卵は栄養価が非常に高い。
雑食性で、昆虫や草、木の実などを餌にするので、餌に困ることも無い。
自分達に馴染み深い、育てやすい家畜がやってきたことで、アグニー達は大いに喜んだ。
アグコッコ達を守ったカーイチも、うれしそうにアグニー達を見守っている。
「まさかアグコッコが無事だったとはなぁ!」
「流石カーイチだ!」
「ギンがいつも自慢するだけのことはあるよなぁ!」
「結界! 結界は見つからなかったのか!」
「えらかったなぁ、カーイチ!」
アグニー達はカーイチをたくさん褒め、たくさん撫でた。
カラスはアグニー達がずっと生活をともにしてきた、パートナーだ。
野生の狼と犬が原種は同じでも、もはや別の生き物であるように、カーイチ達カラスのあり方も地球のソレとはまるで違う。
なでられると喜び、目を細める。
そんな、喜びに沸くアグニー達の中で、一人だけ浮かない顔をするモノが居た。
中年アグニーのスパンだ。
「あれ?」
「どうしたんだ? スパン。妙な顔して」
「いや、なんつーか。カーイチって……」
そういうとスパンは、改めてカーイチの事をじっくり見つめた。
よくよく確認するように見たあと、眉間に眉を寄せて、言う。
「こんなにでっかかったっけ?」
「え?」
言われて、改めてカーイチを見るアグニー男性。
確かに、カーイチはでっかかった。
平均的なカラスは、30~40cm程度の大きさだ。
これは地球の物と同じで、見た目ででかいと感じるほどの物でもない。
しかし、目の前のカーイチのサイズは、どう見てもアグニー達と同じぐらいあった。
なんならアグニー達よりもでかいかもしれない。
「ほ、ほんとうだ……」
「言われてみればでかくなってる……」
驚愕の表情を浮かべるアグニー達。
基本的、小さな変化はいわれるまで気が付かない。
そんなアグニー達である。
「ギン、カーイチってこんなにでっかかったっけ?」
カーイチに一番詳しいのは、猟師のギンだ。
だが、そのギンも。
「いや、あったときは絶対にこんなにでかくなかったんだけど」
と、困惑気味だ。
「なんでこんなことになっとるんじゃろうかのぉ?」
「心当たりがあるとすれば、水彦様か」
「水彦様、これは一体?」
丁度その場に居た水彦に、アグニー達の注目が集まった。
瀕死のカーイチを水彦が助けた事は、この場に居るアグニー達全員に伝えられていた。
となれば、原因として思い浮かぶのは水彦しか居ない。
「ん?」
齧るとスーッとする草を咀嚼していた水彦は、突然集まった視線に、不思議そうに首をかしげた。
もぐもぐと口を動かし、草を飲み下すと、カーイチのほうに目を向ける。
「ああ。でかいな」
こくこく頷く水彦。
「あの、いえ。そうでなくて。何でデッカクなったか心当たりは?」
「おれのからだを、わけたからだな。まりょくがでかすぎて、からすのからだには、たえられなかったのかもな」
水彦の体は、とてつもなく高純度の力の塊であったりする。
なにせ、水に世界に充満する力を集中させ、神の血で命を与えた存在なのだ。
そんな物を飲んで、どうにか成らないほうがおかしいだろう。
「た、耐えられなかったって。一体どうなるっていうんですか?!」
「おい! カーイチの様子が変だぞ!」
カーイチは突然地面にうずくまると、苦しいとでも言うかのようにぶるぶると体を振るわせ始めた。
「カーイチ! 大丈夫かカーイチ!」
慌ててカーイチに寄り添うギン。
だが、容態はどんどん悪化していくようで、一向に震えは止まらない。
がくがくとまるで高周波治療器でも当てたような、異様な震え方を見せるカーイチ。
そしてついに、カーイチの体に決定的な異変が訪れる。
パーンッ
カーイチの体の羽毛が、一気にはじけた。
「カーイチィィィ?!」
舞い上がり視界を塞ぐ黒い羽毛を、必死に手を振り回して振り払おうとするギン。
他のアグニー達も、慌ててカーイチへと集まり始める。
「カーイチ! 無事か?!」
指先に羽のような物が触れ、ギンの表情が明るくなる。
急いでソレを抱き寄せるギン。
だが、手の中に収まったそれには、何か違和感があった。
「あれ?」
眉をしかめ、ギンは体を離してソレを見てみた。
ギンが掴んでいたのは、大きな黒い翼を持ったもので間違いない。
ただ、その翼の持ち主は、明らかに鳥の形をしていなかった。
二本足に、器用そうな前足。
いや、前足というか、この場合手というのが適確だろう。
つるりとして体毛の無い体は、浅黒く滑らかな皮膚に覆われている。
意志の強そうな目は少しだけ釣りあがっていて、細い眉が逆ハの字を描いている。
その背中には、黒い翼が生えていて、身長はギンより少し低いぐらいだろうか。
「……」
凍りつくギン。
手の中のソレ、というか、その人物は、そんなギンの顔を見て不思議そうに首をかしげた。
「かー」
声の主は、背中に翼を生やした人物だ。
「おお。おもしろいみためになったな、かーいち」
水彦はこくこくと頷くと、再び葉っぱを口に含みもぐもぐと噛み始めた。
「「「……」」」
凍りつくアグニー達。
アグニー達の異変に、その人物も何か違和感を感じたのだろう。
きょろきょろと自分の体を見回している。
「か」
最初に凍結から解けたのは、ギンだった。
恐る恐るといった様子で、口を開く。
「かーいち?」
「かー」
ギンの声にこたえたのは、背中に翼を生やした人物だった。
「「「ええええええ?!」」」
その場に居たアグニー達の絶叫が、見直された土地中に響き渡ったという。
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荒野の真ん中付近に、木の苗で作られた円があった。
その円の中心には、赤鞘が握った鞘が突き刺さっている。
赤鞘は、土地の管理の真っ最中だった。
なぜ、赤鞘は苗で出来た円の真ん中に居るのか。
話は少し前にさかのぼる。
日が昇り、水彦が出かけた後。
赤鞘はエルトヴァエルに、集めてもらった苗の説明してくれるように頼んだ。
カゴに入れられた苗を一つ一つ説明し始めるエルトヴァエルの言葉を聞いていくうち、赤鞘はどんどん血の気が引いていくのを感じた。
集められた苗は、どれも「世界樹」「調停者」「精霊樹」と呼ばれ、凄まじい加護と力を持っているのだという。
赤鞘は引きつった表情を浮かべたまま、笑い始めた。
そんな様子を見たエルトヴァエルは、不思議そうに首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、あー、なんというか。思ったよりもすごい木がキタなー、と、思いまして」
引きつり笑いを浮かべる赤鞘。
それでも、意を決した様子で口を開いた。
「ええっと、私が欲しかったのはですね。なんていうか、木材になるような木だったんですよ。住民が来たとき用にって言うか。ほら、そういうの育てておいたら、気が付く神様だなって思われるかも、なぁーんて……」
赤鞘は自分が欲しい苗の特徴を挙げるとき、「家などを建てるのに適した大きな木」というように説明していた。
木材が作れるような木をあらかじめ植えておくことで、住民が来たときすぐに家を建てられ、そのついでに「気が付く神様でステキ!」とか思われて、少しは敬ってもらえるかもしれない。
思いやりと、微妙な下心だ。
そんな微妙な下心を恥ずかしがった結果、赤鞘はエルトヴァエルに探してもらった木を木材にするつもりだ、と、伝えなかったのだ。
「いや、それにまさかそんな立派な木があるとは思わなくって。分かりにくいこと言って、すみませんでした」
そういって、赤鞘は頭を下げた。
そんな赤鞘に、エルトヴァエルは思い切りうろたえた。
まさか神様が天使に頭を下げるなんて思わないからだ。
「い、いいえ! 私こそすみません! へんに裏読みしてしまって!」
赤鞘に探して欲しい木の特徴を伝えられたエルトヴァエルは、赤鞘が神木になる木を欲していると考えたのだ。
神様が欲しがる大きな木といえば、彼女にはソレぐらいしか思い浮かばなかった。
とはいえ、エルトヴァエルに非は無いだろう。
まさか神様が木材になる木を植えたがるとは思わないだろうから。
暫く頭を下げ合ったあと、一柱一位は改めて苗を見下ろした。
住民のために苗を植えようと思っていた赤鞘だったが、最初の住民であるアグニー達が既に来てしまっているので、いまさら木材用に植えるというのも違う気がする。
そもそも、こんなご大層な木を木材として切り倒すのは、ビビリである赤鞘には無理だった。
「どうしますかねこれ」
腕を組んで唸る赤鞘。
そんな赤鞘に、エルトヴァエルはあるアイディアを出した。
「これらの木は、力の循環を管理する力がありますから。上手く育てれば、赤鞘様の補佐になるかと思います」
母神が新世界を作るために居なくなる以前から、これらの木は周囲の環境を整える能力を持っていたのだという。
土地の力の循環を助けることは、森を維持し、ひいては自分や子孫を生きながらえさせることに繋がる。
母神が優秀な神を連れて行って以降も大きな森が残っているのは、実はこういった植物の力によるところもあるのだという。
「あー。なるほど。捨てるわけにも行きませんし、ソレでいきましょう」
そんなわけで、赤鞘とエルトヴァエルは、早速苗を地面に植えた。
今後赤鞘が土地の管理をする定位置となる、土地の真ん中。
そこに、円を描くように、等間隔で苗を植えていく。
そうすることで、赤鞘の助けにする為だ。
描かれた円は、半径20m
今はまだ小さな木だが、いずれは大きく、立派に育つだろう。
そうなれば、赤鞘の仕事もずいぶん楽になるはずだ。
そんなわけで、赤鞘は木で描かれた円の真ん中に座っているのだった。
エルトヴァエルはアグニー達にポンクテを届けに行っているし、水彦は狩りに付いていってしまった。
赤鞘はまさにお留守番状態だ。
とはいえ、何もやることがないわけではない。
むしろ、土地の力の循環を管理するという、本命の仕事をしている最中なのだ。
「でもビジュアル的には座ってるだけなんですよね。これ」
そんなことをつぶやきながら、ため息を漏らす赤鞘だった。
意識を集中すると、自分の管理することになる領域全体が頭の中に浮かび上がる。
周りから入ってくる力と、出て行く力。
この両端をきちんと認識してから、力の流れに影響を与えていく。
赤鞘の影響力はごく小さく、動かそうと思ってもなかなかすぐには動かない。
さらに、力の流れは複雑に絡み合い影響しあっているので、一つ動かすと他の場所へも動きが出てくる。
ソレでなくても、川の流れが常に変化するように、力の流れは絶え間なく動き続けているのだ。
それらを押さえ、全体の流れを制御するのは、恐ろしく難しい。
経験と勘がものをいう仕事だ。
無茶苦茶に無秩序に乱れまくった力の流れを、少しずつ動かしていく赤鞘。
「んー。どんなにがんばってもやっぱり三ヶ月以上かかりますかねー。いやいや。もう住民が居るんですから、がんばらないと」
自分を叱咤しながら、作業を続ける。
力の流れや、ソレを動かしたことによるほかの力の流れへの影響は、実は地形や場所によって異なる。
一つを動かした時に起こることのルールは、土地によってまったく違うのだ。
だからこそ、日本では一つの土地に一柱の土地神がいた。
その土地神が土地の癖を覚えていて、土地をすべて把握してこそ、土地は円滑に管理されるのだ。
ちなみに、赤鞘が治めていた土地は、今は隣の土地と合併されて管理されている。
かなり優秀な土地神であり、赤鞘も良く知っている神物で、安心して土地を明け渡すことができた。
新天地への旅立ちを応援してくれたその神の好意にこたえるためにも、この土地を良くしなくてはいけない。
そんなことを考えながら作業を進める赤鞘。
そのときだった。
ふと、見直された土地に干渉する力の存在を感じた。
干渉するといっても、力の流れに影響を与えるとか、そういう類の物ではない。
何かに覗き込まれている、視線を感じる、というのが一番近いだろう。
「あらら。懐かしいですね」
赤鞘の表情が緩む。
この力は、地球に居た頃、もっとも、100年以上昔の事になるのだが、時折感じた物だった。
遠視や千里眼と呼ばれるような遠くを見るための力で、その頃はまだ居た、天狗や仙人が使う技だ。
土地を管理する神にとって自分の土地は、自分の体そのものだ。
たとえどんな小さな力でも、干渉されればすぐに分かる。
「居るんですねー、この世界でも。懐かしいなぁ。あのころは村も賑やかでしたっけ……って、違う違う」
在りし日の思い出に飛びそうになる意識を引き戻そうと、赤鞘は顔をぱちりと叩いた。
こういう術を使う者がいるということは、離れたところからアグニー達を探すものが居るかもしれないということだ。
物理的に近づかれなくても、こういう手があった事を忘れていた。
だが、幸いまだ手遅れではない。
赤鞘は軽く指を振るうと、「土地を閉じた」。
遠視や千里眼を遮断する術を張ったのだ。
大仰に聞こえるが、赤鞘にしてみれば家のカーテンを閉めるぐらいの気軽な物で、然して労力は要らない。
妖怪に毛が生えた程度の能力の赤鞘でも、土地神として必要な能力は十二分に持っているのだ。
これで、今覗き込んでいるもの以外は中を覗き込めない。
赤鞘は覗き込んでいる術に意識を集中すると、ソレに自らの術を同調させた。
そうすることで、こちらの言葉を術を使っている相手に伝えることができる。
電話代わりにもなるこの術は、地球時代に他の土地神と連絡を取るのに良く使っていた物だ。
他人の術への同調、干渉は難しい技術だといわれているが、手先が器用な日本神には得意分野であったりする。
便利そうに見えるこの術だが、一つ弱点があった。
相手の意識と直接繋がり合うのに等しいこの術を使うと、お互い嘘が付けない。
頭を直接つなげているような物だから、考えていることが駄々漏れになってしまうのだ。
まあ、今回はただ挨拶をするだけのつもりなので、それでも特に問題はないと、赤鞘は判断した。
術の先を自分に固定してしまえばアグニー達を探られることもないし、折角覗きに来たのに、むげに帰すのもかわいそうだ。
それに、覗きにきた理由も聞いておいたほうがいいだろう。
赤鞘は早速相手の術に意識を向け、術を同調させた。
そして、気軽ーなかんじで「おはようございますー」と声をかけた。
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見直された土地がある大陸の中ほどに、「山」とだけ呼ばれる山があった。
聖域であり、名前を付けることを禁止された其処は、森の女神が治めていた場所だ。
強い力を持っていたその神は、母神とともにこの世界を去ってしまった。
それ以降は彼女が育てた精霊や聖獣達が、この地に残り聖域を守っている。
そんな聖域に、一箇所だけ人間が住まうことを許された場所があった。
弱者の救済と助け合いを教義とする宗教の寺院だ。
総本山とされる其処は、優に五百年を超える歴史を持った場所だった。
最初は、小さな山小屋であったとされている。
開祖である人物が山に篭り修行していた場所だったが、段々と弟子が増えてきたという。
弟子が増えるたびに、石を切り出したり、木を伐採して、建物は大きくなっていった。
今では300mを超える巨大建築となったそこは、一種要塞のようになっている。
太陽の下であるため分かりにくいが、夜になればその壁面を覆い尽くすような光で描かれた文様のような物が浮かび上がる。
それらはこの世界に満ちる魔力を使い、魔法を発動させる為の陣であった。
聖域の森とその魔法によって守られたこの寺院は、たとえ国家でも干渉を許さない、まさに要塞のような場所であった。
そんな寺院の一角に、「岩上瞑想の間」と呼ばれる場所があった。
外から見れば、石で作られたドームの様に見えるだろう。
地面から突き出した巨大な岩を覆うように作られた其処は、高位の僧以外は立ち入りを禁止された場所だ。
中央にあるこの大岩は、地中のそこに流れるという気脈にまで届いているといわれている。
その為か、この場所で「遠視」を行うと、世界のほぼ全ての領域へと視線を飛ばすことができた。
もっとも、ソレも絶対とはいえない。
力の流れが乱れて居れば視る事はできないし、術者が未熟であれば気脈の流れに飲まれて一瞬で絶命してしまう。
どんな術者でも、そこの流れに耐えて術を使い続けられるのは、十分程度が限界であるとされている。
にもかかわらず、今岩の上に座っている人物は、既に三十分以上術を使い続けていた。
ただ一人、無制限でそこを使うことを許されたその男は、端から見れば小汚い格好をした老人にしか見えなかった。
コボルト、または犬人と呼ばれる種族であるその老人は、誰も居ない岩上瞑想の間で、楽しそうに笑い声を上げ、言葉を発していた。
話している相手は、この近くにいる相手ではなかった。
老人の遠視を逆にたどり、声をかけてきた神。
土地神赤鞘だった。
「これは、よもや術をたどってお声をかけて下さるとは! まことに、まことに恐れ多いことで御座います」
「いえいえ。懐かしい術だった物で」
本当に楽しそうな声が、頭に響いてくる。
話している相手が神であることは、すぐに分かった。
そもそも神というのは、尋常の物とはまったく気配が違う。
遠視の術を通してみても、その存在感から違うのだ。
見た目は普通の人族の男のようではあったが、まとう空気がまったく違う。
高位の僧である老人には、それは痛いほど感じられた。
「おお、そうだ。名乗るのが遅れてしまいました。私の名はコウガク。修行僧をしている、じじぃで御座います」
「ご丁寧にすみません。私は赤鞘。この見放された土地、今は見直された土地と呼ばれる場所を守る、土地神です」
「おお。見放された土地の。結界が無くなっていたのは、貴方様が治められる事になったからでございましたか」
「ええ、そんなところです。ところで、何でこんなところに遠視を?」
この質問に、コウガクは少しの間考え込むように間を空けた。
今赤鞘とは、遠視と遠話、両方の術が繋がっている状態にある。
テレビ電話のようなものと思えば、間違いないだろう。
この術で繋がった物同士は、お互いの考えや思いが繋がってしまうという弱点があった。
つまり、嘘が付けない。
神である赤鞘は嘘をつく必要はないし、そもそもその常識が神である相手に通用するとは、コウガクは思っていない。
実際は妖怪に毛の生えた赤鞘には、ガッツリこの術の弱点が適応されるのだが、コウガクはそうだとは夢にも思って居なかった。
なにせ、相手は神なのだ。
誤魔化そうが何をしようが、意味はないだろう。
まさに、天上におわすお方なのだ。
事実を事実のままお伝えしよう。
そう、コウガクは決心をした。
赤鞘のことを知らないがゆえに起こった勘違いである。
「数日前、私の下にとある国の王族から使者が来ました。見放された土地が封印される理由を作った国の、王で御座います」
「へぇ。王様から」
このとき、赤鞘はえらい人から頼まれるなんて、このおじいさんもすごいんだなぁ。
と、思っていた。
自分が神様であることは棚に上げて、だ。
基本、殿様とか王様とか、そういう権威に弱い日本神だった。
「その王は、実は昔私が格闘技を教えておった弟子で御座いまして。未だにこの年寄りに仕事をさせるので御座います。その坊、いえ、王はこういってきたのです。彼の地の近くで、大規模な奴隷狩りがあった。普段は他種族に見向きもしないハイエルフ共が、で御座います」
「へー……」
分かったような分からないような、微妙な返事をする赤鞘。
頭の中では、「えるふなんているんだー」とか、そんなのんきなことを考えていた。
「これはよもや、何かの異変ではないか。そう思ったので御座いましょう。彼の地に人を近づけず、戒めとして守ることを義務と思っておる国と王で御座います。もし彼の地に何かあれば一大事。そうおもい、私に遠視を依頼してきたので御座います」
「自分達で見に行こう、って言う考えには成らないんですかね?」
「まさかまさか! 彼の地に近づこうと思うものなど居りませんとも! 近づく前に、各国の兵士も目を光らせておりますからのぉ」
「あー。そうなんですか。警備してもらってるんですね」
なんとものんきな赤鞘の言葉に、コウガクはたまらず笑い声を上げて笑った。
人間にとって見れば神の怒りを買わないかと必死の行いも、やはり神々から見ればそんな物なのか、と。
もう老成し、落ち着いた彼にしてみれば、改めて神の偉大さを思い知らされたような気分だった。
「何せ、向こう見ずな魔術師達でさえ、遠視をすることすら渋るぐらいで御座いますから」
「魔術師の人って、やっぱり向こう見ずなんですか?」
「それはもう。知識欲の塊で御座いますからな。とはいえ、その探究心に助けられているのではありますが」
地球の科学者と同じような物なんだなぁ。
そんな考えが、赤鞘の頭に浮かんだ。
その手合いに知り合いは居なかったが、インターネットなどで人間の歴史を見れば、科学者の業の深さは良く分かった。
彼らが居るからこそ、地球は今の繁栄を手に入れているわけだから、悪くはいえないのだが。
「どこも似たようなものなんですねぇ」
しみじみとつぶやく赤鞘。
コウガクはそのまま、話を続けた。
「遠視をするにも、まず事情を知らねば成らないと思いまして、ハイエルフ共が何を襲ったかと思えば、なんとアグニーという少数種族で御座いました。私が旅をしていた頃、彼らに世話になったことがありまして。既知のものもおるのではないかと思い、急いで遠視をした次第でございます」
これを聞いて、赤鞘の目が一瞬鋭くなった。
だが、術から伝わってくる感覚は嘘を言っている物ではない。
コウガクも、いくらか予測はしていたのだろう。
神の采配を、静かに待つ。
やがて赤鞘は、ゆっくりと口を開いた。
「彼らは、元気ですよ」
その言葉に、コウガクの表情が緩む。
「そうで、御座いましたか」
静かにそういう表情をみて、赤鞘は自分の表情も緩むのを感じた。
どうやらこの人物は、悪い人ではないらしい。
赤鞘はそう判断した。
「ところで赤鞘様。その中に、スパンというものと、グレッグス・ロウというものは居りませなんだか。少し剣の扱いの手ほどきをした子供……いや、今はもう大人で御座いましょうか」
「スパンさんに、グレッグスさん? ええっと、スパンさんていうのは、青い髪に青い瞳の?」
「おお、そうで御座います! グレッグス・ロウは、金髪金目の青年で御座いました!」
「本当ですか?! ふたりとも、とっても元気ですよ!」
「誠で御座いますか!」
共通の見知ったアグニーの話題で、赤鞘とコウガクは大いに盛り上がった。
暫くアグニー達のことを話した後、赤鞘はいくつかの事をコウガクに頼んだ。
まずは、見放された土地のことをまだ口外しないで欲しいということ。
そして、アグニー達のことを秘密にしてほしいこと。
土地がまだ整備できていないことと、アグニー達の安全を考えられてのこの頼みは、コウガクに快く受け入れられた。
神のお願いを僧侶である自分が、どうして断れようか。
そういうコウガクの言葉に、赤鞘はそういえばと苦笑をもらした。
「それに、私自身彼らを大いに気に入っておりますから。ほんとうに、助けていただいて、有難う御座います」
改めてそういわれ、赤鞘は慌てふためいた。
汚い服装こそしているものの、コウガクが高位の僧侶であることは赤鞘には容易に分かった。
何せ、ぶっちゃけた話赤鞘よりもずっとずっと強い力を持った相手なのだから。
コウガクという人物は、天狗とか仙人とか、そういう強い力を持った存在なのだ。
神であるというだけで、そういう人物に敬われるのは、赤鞘としては大変恐縮だった。
コウガクにしてみれば、赤鞘のそういった姿は全て謙遜にしか見えないのだが。
もう一つの懸念材料のことを、コウガクは自ら請け負ってくれた。
王への報告の件だ。
ハイエルフとつながりを持てるかもしれない材料であるアグニーのことと、見直された土地のこと。
それら二つを暫くの間伏せてくれるというのだ。
「本当のことを知らせても混乱を招くだけで御座いましょう。今はまだ大丈夫だが、神の怒りに触れたくなければ近づくな。とでも伝えておきますれば」
その国に入っている間者を通して、全国に知れ渡ることでしょう。
なんとも穿ったコウガクの物言いだったが、赤鞘は「政治の世界ってたいへんだなぁー」と、思うだけだった。
武芸者で刀一本ぶら下げて諸国を漫遊していた彼に、その辺の事情を察しろというのは、酷なことだろう。
結局、コウガクは見直された土地のことを秘密にし、さらに他の国が近づくのをけん制する為の報告を王にしてくれることになった。
僧侶である自分には、王よりも神に仕える義務がある。
そういって笑うコウガクの姿に、自分よりもよっぽどえらい人なんだと、赤鞘は改めて思った。
術を解く際、そんなコウガクに赤鞘は敬意を持ってこう口にした。
「宜しければ、遊びに来てください。歓迎しますから」
これにコウガクは大いに喜び。
「では、赤鞘様のご尊顔を拝するついでに、アグニー達にも久しぶりに会いに参りましょう」
と、返した。
この約束が果たされるのは、もう暫くたってからの事になる。
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突然、翼の生えた人の形に成ったカーイチを前に、アグニー達は慌てふためいていた。
「と、とりあえず落ち着け! まだ慌てるような時間じゃない!」
「結界を持ってくるんだ!」
「ソレよりも服! 服をもってこい!」
「カーイチってメスだったのか?」
「え、胸平らだよ。あ、でもついてない」
「何冷静に見てんだ!」
「ひでぶっ! ひどい! 六人同時に顔面パンチだなんて!」
「ソレより服だ! 服もってこい!」
「ないよ?」
「なんでだよ!」
「だってもってきてないもん」
「あー」
着の身着のままでここに逃げ込んだアグニー達に、今着ている以外の服などなかった。
その服も、ずっと着たっきりでボロボロだ。
「ああ、もう!」
わたわたしているアグニー達の中で、最初に動いたのはギンだった。
上着を脱ぐと、カーイチに押し付ける。
「これでかくしておけ!」
カーイチは不思議そうに首をかしげながらも、受け取った服を胸に抱くようにして体を隠した。
ギンのほうが体格が大きいため、それで十分に体は隠れるのだ。
被ればよさそうな物だが、背中に大きな翼があるので、まともに着ることはできなさそうだ。
とりあえず体が隠れたところで、全員ホッとため息を付いた。
「しかし、なんで急に形が変わったんだ?」
「ふぅむ。昔、聞いたことがあるのぉ」
「何か知っているんですか、長老」
顎に手を当て唸る長老に、アグニー達の注目が集まる。
「強い魔力を持ったものは、その姿を変えることがあるという。もしかしたら、水彦様のお力を受けたことでカーイチの姿が変化したのかもしれん」
「「「な、なんだってー!」」」
実際、長老の予想は当たっていた。
日本の妖怪のような物で、歳を経たり力を得たモノが変化することは、この世界でもままあることだった。
猫や蜘蛛、狸だって人間の姿になるのだ。
カラス天狗というモノがいるように、カラスが人の形に成ってもおかしいことはないのだろう。
なにより、水彦がカーイチに与えたのは、水彦自身の体の一部だ。
濃厚な神の力の一端に触れたのだから、奇跡の一つや二つ起きるだろう。
「なんてことだ」
「まさかカーイチが人の形に成るなんて」
驚愕するアグニー達。
そんな彼らを見て、水彦は改めてカーイチのほうに顔を向けた。
状況がつかめていないのか、カーイチはギンの洋服を握り締めたまま、首をかしげている。
「からすてんぐだな」
「からすてんぐ?」
「おお。てんぐっていうのは、なんか、すごいやつのことだ。からすっぽいすごいやつは、からすてんぐっていう」
「「「へー」」」
感心したように頷くアグニー達。
言われたことは素直に信じる。
純粋な心の持ち主なのだ。
「ほんとうは、としをとったやつがなるらしい。でも、おれがすごいから、かーいちはすぐにすごくなった」
「「「すっげー」」」
素直に感心するアグニー達。
基本的に疑うことを知らない。
単純な思考の持ち主なのだ。
「でも、どうするんだ?」
「うん。このままじゃ困るよな」
「困るのか?」
「だっておまえ、こま……らないか?」
「そういえば別にこまらないな」
「カーイチはカーイチだもんなぁ」
「カーイチはどう思ってるんだ?」
「何か困ることはあるか?」
じーっとアグニー達を見ているカーイチに、ギンがたずねる。
自分の主人であるギンに聞かれ、カーイチは少し首をかしげた。
「別に、何も困らない。ギンの狩りの手伝いをして、アグコッコ達の世話をする。何時も通りだよ」
その答えに、ギンは安心したように笑顔を作った。
「そうか。そう、ん?」
何らかの違和感を感じ、カーイチに向き直るギン。
他のアグニー達も異変を感じたのか、カーイチに視線が集まった。
そんなアグニー達の様子に、カーイチは不思議そうに首を捻る。
「どうした? アグニー達」
「「「かーいちがしゃべったぁぁぁ!!」」」
今日、二回目の一斉絶叫だった。
赤鞘パートの筆が恐ろしく進まず、書いたり消したり書いたり消したりしていたのですが。
考えてみたら最近アグニーばっかり書いてて赤鞘の書き方ワスレテマシタ。
いっそタイトルを「アグニー村騒動記」にしてやろうかと思います。
今、赤鞘が脳内で凄くにらんできたのでやめます。
エルトヴァエルのおっぱいについては、次回で真相を明らかにします。
ちっぱいなのかふっぱいなのかでっぱいなのか。
乞うご期待です。
あと、カーイチは大方の予想に反してメスでした。
自然界ではアンコウとか女郎蜘蛛とか、メスのほうがでかいのもいますが、カラスはどうなんでしょう。
とりあえずカーイチはちっぱいです。
むっぱい(無乳)という言葉も世界にはあるそうです。
NIHONJINってすげぇなぁ。って、軽く感動しました。
そろそろ人物辞典がほしいです。
作者が忘れます。
でも書くのメンドイという気もします。
書いてる暇があったら本編かいてますし。
でもまとめないとそのうちまたギンの名前とか間違えそうです。
新しいキャラも出てきますし、いい加減造らないととおもいます。
コボルトのじじぃ、コウガクについては、森の外の国同士のあれこれの時に書きたいと思います。
エルフがアグニーを狙う理由も、そのときに書かこうとおもいます。
赤鞘さんの回りに埋まっている木ですが、察しのいいひとなら気がつくと思いますが結構凄い木です。
次回すこし紹介したいと思います。
次回予告
周囲に住まう魔物を遠ざける為、結界に囲まれた都市。
その強大な結界を維持するのは、数年に一度捧げられる少女の生贄だった。
結界に守られ、結界にとらわれたその都市に、一人のアグニーが立つ。
「こんな腐った結界、俺のタックルでぶち壊してやる!」
次回「結界に囚われた街」
はい、嘘です。
次回は赤鞘が木に水をやったり、エルトヴァエルの乳の真相がわかったり、水彦がお買い物に旅立つ準備をしたりします。