百六十九話 「だって赤鞘さん、その時本体腰に下げてたんでしょ?」
「見直された土地」中央近くにある湖。
その上空にある浮遊島で暮らす上位精霊達は、自分達の置かれた状況を何とか打開しようと、知恵を絞り合っていた。
「お祭って。樹木の精霊様方が求めていらっしゃるのは、騒いで楽しむ方向性なのだろうか?」
「そうなるだろうな。神霊を奉るとか、儀式的な方面ではないだろう」
「方々の騒ぎ方を見る限り、間違いなかろう。儀式的な方だとすると、どちらかと言えば我々含め祀られる側だからな」
話し合いの様子を見てわかるように、上位精霊達はかなり真っ当な感覚の持ち主である。
それゆえに、「見直された土地」の中にあっては苦労をしょい込む立場に追い込まれがちであった。
何しろ「見直された土地」では、非常に特殊な優先順位が付けられている。
まず優遇されるのは、住民である「アグニー族」だ。
ついで土地神である赤鞘の意向。
何しろ赤鞘自身が住民であるアグニー族を優先しているので、この順番になっている。
その下に、エルトヴァエルの判断が来る。
ついで、水彦、土彦、風彦、エンシェントドラゴン。
一つ下がって、樹木の精霊達。
ということは、その下が上位精霊達、ということになる。
ちなみに上位精霊達に部下のようなものは特にいない。
つまり、立場が一番下、ということになる。
他所では考えられないヒエラルキーだが、「見直された土地」は世界的に見ても特殊な土地なので、仕方ないだろう。
「そう考えると我々がお祭をする、というのは案外自然なことなのか?」
「まあ。一般庶民の楽しみである、という観点からすると。そうなるのかもしれんが」
「何にしても樹木の精霊方のお望みだ。どうにかするしかあるまいよ」
その振る舞いはまるで、上の神様に無茶ぶりをされた雑魚神のようではないか。
もしこの場に赤鞘が居たらそんな風に思うかもしれない。
が、幸か不幸か赤鞘はグルファガム扱きの真っ最中だったので、そういった突込みがされることはなかった。
「しかし、我々がお祭の内容を考えることになるとはな」
「樹木の精霊方にお任せするよりはよかろうよ」
精霊達によるお祭の内容は、湖に住む上位精霊達に任されることとなった。
樹木の精霊達は、上がってきたアイディアを確認し、GOサインを出す役である。
「聞き分けてくれてよかったな。どうせ樹木の精霊方に任せたら、ろくなことにならん」
いろんな意見を聞いた方が楽しいお祭になるはず、とかなんとかごまかして、説得したのである。
「何とかできるだけ穏当な内容にしないと、赤鞘様の胃がやられるぞ」
おそらく「見直された土地」で一番的確に赤鞘を気遣っているのは、上位精霊達だろう。
悲しいかな、「偉いはずなのに下っ端」という共通点が両者にはあった。
「とりあえず、浮遊島のライトアップと、歌と踊り。といったところだろうかな」
「あまり派手にやりすぎるのはよろしくあるまい」
そんなところで、話がまとまりかけていた時である。
血相を変えた精霊が飛び込んできた。
「えらいことになったぞ」
「なんだ、一体。そんなに慌てて」
「樹木の精霊方が祭をやると決めた日なんだが。同じころに、コッコ村でも祭をするらしい」
「はっ!?」
「確かなのか!?」
「間違いない。アグニーだから実行する日にちは、まぁ、かなりアバウトな感じだったんだが。下手をすると同日になるぞ」
アグニーだからアバウト。
実に的確な認識である、といえるだろう。
何しろ、何かあるとすぐに逃げ出しちゃうのがアグニーなのだ。
予定は未定であって、その時の逃げ具合によって変化する。
「いや、しかし。そうと決まったわけでは」
「希望的観測はやめろ。こういう時は、大抵最悪のタイミングでことが起こるものだ」
「そうだな。そもそも、樹木の精霊方が指定したお祭のタイミング自体、グルファガム様が多くの神様の前で腕前をご披露する直後ぐらいだろう?」
「ただでさえ赤鞘様は疲労されているだろうからな。下手なことをすると、お倒れになるかもしれんぞ」
上位精霊達は、かなり正確に赤鞘の気性を把握していた。
そのうえで、赤鞘を敬っているのだ。
赤鞘は割と周りに恵まれるタイプなのである。
「なにかこう、刺激が少なくて、それなりに派手なもの。ということか」
「かなり矛盾しているが。何か考えなくてはならんぞ」
「既存のものを使うというのはどうだ?」
「というと?」
「例えば、この浮遊島の一部を切り離し、神輿代わりにして見直された土地をぐるりと一周する」
「既にあるものを利用する、か」
「この浮遊島なら見た目は派手だが、作るのには赤鞘様が手を貸してくださっている。刺激も少なかろう」
「なるほど。それでいくか」
こうして、上位精霊達によるお祭の相談は、着々と進行していったのである。
ストロニア王国でのアグニー奪還は、徐々に準備が整いつつあった。
本当ならばそちらに専念したいところだが、そうとばかりも言っていられない。
「大量破壊魔法ねぇ。またぞろめんどくさいものが出てきちゃってまぁ」
プライアン・ブルーの言葉に、“鈴の音”のリリ・エルストラも、この時ばかりは同意した。
ガルティック傭兵団の戦闘潜水空母の中にある一室。
集まっているのは、ガルティック傭兵団の主だった面々。
そして、プライアン・ブルー、リリの二人である。
「なんでこの忙しい時にそんな話を? って、思わなくはないけど。まぁ、そういうことなワケね」
「大量破壊魔法を製造していると思しき国に、アグニー族がいる」
プライアン・ブルーとリリだけでなく、ほかの顔ぶれからもため息が漏れる。
二人以外は既に事情を把握しているはずなのだが。
それでも気が重くなるのは否めないらしい。
リリが肩程度の高さに手を上げると、ドクターが促す様に頷いた。
「そもそもの話で申し訳ないですが。大量破壊兵器を製造している、というのは、間違いないのですか?」
「それは私も気になるねぇ。ちょーっと時代錯誤すぎやしない?」
プライアン・ブルーも、同じ意見のようだ。
というか、ここにいるほとんどのものが同じようなことを思っているといってもいい。
約百年前に、やんごとなき理由で使えなくなった類の兵器である。
確かに破壊力はあるのだが、使えば神の怒りに触れかねないのだ。
そもそも使えるようなものではないし、なんなら保有もしていたくない、というのがまっとうなモノの考えだろう。
「正直私もそう思うが。実際こうやってそういう恐れが出てきた以上、アグニー族がらみでもあるわけだから、調べないわけにはいかないだろう」
「まぁ、そうなのよねぇ。それで、うちの国とホウーリカに情報共有、提供してもらいたい、と」
現在のところ「アグニー族保護」の活動は、実行部隊として動いているのこそ、ガルティック傭兵団が中心ではあった。
だが、スケイスラー、ホウーリカ、ギルドといった国家組織も、それぞれに大きく支援を行っている。
特に情報収集という面においては、スケイスラー、ギルドの協力は大きい。
それぞれに、世界中に輸送網を張る輸送国家と、世界中に支店を持つエネルギー企業体である。
手に入る情報量は、世界でも有数であった。
なので、この場にスケイスラーの諜報員であるプライアン・ブルーが居るのは、当然のことであった。
ホウーリカのリリがこの場にいるのは、「大量破壊魔法を製造していると思しき国」の立地が理由だ。
「うちの近くの国ですね」
ホウーリカの隣国、とは言わないまでも、比較的近くに勢力圏を持っている国だったのだ。
この「海原と中原」世界において、国境線同士が接触している隣国、というのは珍しいものであった。
何しろ、魔獣やらなにやらの影響で、生存圏を確保するのすら難しい世界である。
地球のように広大な土地を領地として主張する国はほとんどなく、大抵が「守れる範囲」を国土としていた。
そのため国同士の立地関係では、「国境の接する隣国同士」というのはほとんどなく、「すぐ隣ではないけど手は届く範囲にいる国」というのが大半であった。
「近所にあるから仮想敵だろうし。情報色々持ってるでしょ?」
平然とした顔で言うセルゲイのセリフに、リリは「まぁ」と何とも言えない顔で答える。
一応、ホウーリカと件の国とは、友好国ということになっているのだ。
もちろん、表面上は友好的でも、隙を見せれば食い殺される、というのが正常な国同士の関係である。
ホウーリカが件の国のことを常時監視、探っているであろうことは、常識の範囲といってよかった。
「アグニー族、アルティオ嬢を奪還後、情報を共有。準備が整い次第、すぐに次のアグニー族保護に取り掛かりたい。と、こちらは考えているわけです」
「仕事の最中に次の仕事の準備するってのも大変だねぇ。傭兵団ってそんな忙しいものなの? 運命の相手と出会ってる時間もないじゃん」
「こちらとしても正直ここまで切羽詰まるとは思いませんでしたよ」
プライアン・ブルーに言われ、ドクターは苦い顔でこめかみを押さえる。
実際、今回のことを計画し始めたころには、ここまで話が面倒になるとは思っていなかった。
準備をしている途中、「見直された土地」に神々が集まるので、それまでに仕事を終わらせなければならなくなり。
あまつさえ、現地で仕事をしている最中に「アグニーを抱えている国が、大量破壊魔法を製造しているらしい」という情報を掴むことになった。
他人事であれば、可哀そうにと憐れむか、ご愁傷さまと手を合わせるような状況だ。
だが、それが自分達に降りかかっているとなれば、悠長にもしていられない。
「あの樽の人が目を付けた金属の輸送量については、うちで詳しく調べてみるわ。何しろ輸送国家だからね。そういうのは専門よ」
プライアン・ブルーが、胸を叩いて請け負った。
戦闘潜水空母、正確にはソレを内部に収容した偽装船舶が停泊しているのは、スケイスラーが管理している港である。
本国へ連絡を取るのは簡単だ。
「私の方は、見直された土地に戻ってから連絡を取る形になりますが」
リリは一人でこの場に来ているので、すぐに本国へ連絡を取る手段がないのだ。
一応方法があるにはあるが、秘匿性は低くなってしまう。
今回のような状況では、使える方法はなかった。
「それで構いません。ギルドの方へも、戻ってから伝えることになるでしょうし。現状、スケイスラーにだけ伝えたのではない、というのが重要なわけですから」
スケイスラーにだけ情報を提供したわけでは無い、というのが大切なのだ。
例えそれが活用できる状況でなくとも、「担当者に伝えた」という事実があれば、ホウーリカ第四皇女トリエア・ホウーリカも文句は言いにくいはずである。
「あのお姫さん、その辺のところ厳しそうだからね」
肩をすくめて見せるセルゲイに、皆表情で肯定している。
その筋では、トリエアの名は有名だ。
関わらないで済むなら、一生近づかないほうが良い、といった方向でである。
「そっちはそれとしてさ。アルティオちゃんの奪還って、結局どの手でやるの?」
「それね。まぁ、同じような手を続けるのもアレかなぁ、って言ってたんだけど。時間もないし、ケツ叩きで行こうかなぁ、って」
「ケツ叩き。ああ、なるほど。でも、前回と似たような手だねぇ?」
「ちょいと問題ありだとは思うんだけどね。やり口が被るし、足が付きやすくなっちゃうからさ」
プライアン・ブルーの疑問に、セルゲイは少々苦い表情を作った。
今回使おうとしている手は、やり口的にはバタルーダ・ディデで使ったのと同じような方法である。
あまり似たような方法ばかり使っていると、そこから足がつかないとも限らない。
「とはいえよ。どっかしらで、アグニーを攫ってる連中がいるらしい、みたいな噂は立っちゃうだろうからね。それまでにどのぐらい素早く行動できるか。じゃない?」
「そりゃそっか」
メテルマギトがらみで、アグニーには世界的な注目が集まっている。
情報を集めている国や組織も多く、必ずどこかのタイミングでガルティック傭兵団の存在は明るみに出るだろう。
だが、それまでに仕事を終えてしまっていれば、問題はない。
アグニーは元々少数種族であるため、普通ならば難しいそんなことも可能になる。
なにしろ、情報源の一つが「罪を暴く天使」なのだ。
荒事を生業にする者にとって、こんなに恵まれた環境はないだろう。
「で、決行って今んとこいつの予定なの?」
「今日と明日で最終確認して、明後日かしらね」
「めちゃくちゃハードスケジュールじゃん」
現地での準備期間があまりにも短かったが、やるしかないのだから、やるしかない。
この後、さらにいくつか細かい箇所を確認して、話し合いは終わった。
「じゃあ、そんなところで。皆がんばっていこっか」
何とも気の抜けたセルゲイの言葉で、各自持ち場へ戻っていく。
時間的余裕はほとんどなく、かなり切羽詰まった状況ではある。
それでもゆるさを感じさせる態度なのは、彼らなりの緊張緩和方法なのだろう。
この場にいる面子は、そういう「ゆるさ」を好む傾向が強いようだ。
土地神からしてゆるっゆるなので、あるいはちょうどいいのかもしれなかった。
もはや恒例となっているアンバレンス強襲からの酒盛りの流れで、赤鞘とグルファガムも休憩をとっていた。
むろん、この間も赤鞘は片手で「見直された土地」の力の流れの調整をしている。
最初は驚いていただけだったグルファガムだったが、最近のスパルタ教育の成果だろう。
赤鞘の行動のヤバさ加減が理解できるようになったらしく、ドン引きした表情でその姿を見ている。
「じゃあ、グルファガムくんの訓練、良い感じなんだ?」
「ええ。もう基本は押さえましたので。それなりのことは出来ますよ」
グルファガムの力の流れの調整力は、一応基本的なことは出来る、程度のところまでは来ていた。
もちろん時間がなかったので、習得内容はかなり限られている。
これで土地の管理ができるのか、と言われれば、不可能だと言わざるを得ない。
それでも、何の知識もない神々に、「こうやって土地の管理をする方法もありますよ」という指針を見せられる程度にはなっている。
赤鞘にそういわれたグルファガムは、目を剥いて首を横に振った。
「いえ、あの、まだ流石に。なんとかお披露目に間に合うかな、といった具合で」
「あー。あれだ。ちょっと実力が付くと万能感に酔いしれるけど、ある程度実力がついてくると自分の実力の無さがわかってくる。ってヤツだ」
グルファガムとしては全くそんなつもりはなく、本当に実力不足だと思っているのだが。
アンバレンスがそういう以上、強く否定もできなかった。
下っ端神にとって、最高神様のお言葉は絶対なのである。
「でも赤鞘さん。実際どんなもんなの?」
「んー。あと五年もやれば、とりあえず土地には入れますかねぇ。ただ、まぁ、土地の性質はそこによって違いますから。一人前と言えるまでには、早くても50年は欲しいですか」
「やっぱかかりますねぇ。でも、地球では付きっ切りで力の流れの制御を教えてもらえる、なんて状況にないでしょう? いきなり土地神になるのでは?」
「日本の場合はそうですねぇ。とは言っても、日本の場合は周りの土地神がいろいろ教えてくれますから。ご近所のどなたかが、指導役になってくれるのが通例ですし」
「なーるほど。どこかの土地に行ったとして、赤鞘さんが隣で見てて指導できるわけじゃない、か」
例えば日本ならば、そこらじゅう土地神だらけである。
どこの土地神になったとしても、周囲は先達だらけという環境だ。
土地神の仕事の影響は、その土地だけに留まるものではない。
一つ所が悪くなれば、周囲にも悪影響が出る。
新神に荒らされてはたまらないと、周りの土地神達はそれこそ必死に仕事を教えてくれるものであった。
「え?! あと五年もこの状況なんですか!?」
「今回のことが上手く行ったらね」
もういっそ失敗してやろうか。
そんな気持ちになるグルファガムだったが、実際のところそんな勇気はなかった。
神々の前で力の流れの調整をして見せる、というイベントは、いわばアンバレンス肝いりである。
その期待に応えない、という選択肢は、少なくともグルファガムにはなかった。
「え? その件って本決まりだったんですか?」
「いえいえ。まあ、赤鞘さんの方の事情もあるでしょうし。とりあえず、デモンストレーションが終わってから考えるということで」
「あー。まあ、どんな反応があるかわかりませんもんねぇー」
「そうなのよ。それを見てから決めたいかなぁーって」
神様のリアクションというのは、どんなものが飛び出してくるかわからない。
個性豊かなものが多く、事前に反応を予測するのが凄まじく難しかった。
事前に予定などを組んで置こうものなら、かえってそれが足枷になりかねない。
「たしかに、かえってそっちの方がいいのかもしれませんねぇ。」
「ですです。ん? そういえば、おちび達どこ行ったんです? まあ、もうちっこくもないですけど」
アンバレンスが言っているのは、樹木の精霊達のことだ。
彼らはアンバレンスからお菓子を受け取ると、お礼を言ってさっさとどこかへ出かけてしまった。
用事があるから、というのが言い分である。
「自分達だけで、何か相談しているらしいんですよ。私を驚かせる、とか言ってました」
孫が可愛くて仕方ないおじいちゃん、といった顔で言う赤鞘だったが、アンバレンスはなんとなく不穏な気配を察知していた。
見た目は可愛い連中だが、いたずらしたい盛りである。
そして、自分達が手伝って造ったからか、土彦の影響をやたらと受けていた。
絶対ろくなことはしていないだろう。
アンバレンスは何気ない風を装って、ちらりとエルトヴァエルの方に視線を向けた。
すぐさまその意図を察したエルトヴァエルが、そっと首を横に振る。
なるほど、やはりろくでもないことをしているようだ。
だが、それをそのまま赤鞘に指摘するのはよろしくない。
今はグルファガムに訓練をしている真っ最中だし、精神が乱れるようなことを教える必要はないだろう。
それで神々に対するプレゼンに失敗したら、大変である。
エルトヴァエルが対策をしていないところから見ても、とりあえず当面は問題ないはず。
罪を暴く天使様が、樹木の精霊達の行動を掴んでいないはずがないのだ。
そこまで考えて、アンバレンスは行動を決めた。
「へぇー! なにがあるかたのしみだなー!」
先送りである。
絶対ろくなことにならないとわかっていながらの、先送りだ。
アンバレンスは割とそういう所がある最高神様なのである。
「楽しみと言えば、タヌキさんがこっちに来るのも楽しみだねー」
さらに、アンバレンスは話題を変えようと図った。
ヤバそうになったら逃げ隠れ。
アンバレンスは割とそういう所がある最高神様なのである。
「そうですねぇー。でもまぁ、今回も怒られるかなぁ。大きなことがあるたび、タヌキさんには怒られてるんですよねぇ」
「へぇー。赤鞘さんもやらかしてたわけだ」
「まぁ、しょっちゅうでしたよ。特に、私が土地神になるきっかけになった件に関しては、しこたま怒られましたねぇ」
「土地神になるきっかけになった件ねー。ん? いや、今不穏なアレが聞こえましたけど。それってあれですよね? 人間時代の赤鞘さんが死んだ、ん? いや、なんか表現がアレですけど。とにかく人間時代の赤鞘さんが死んだときのヤツですよね?」
「ですです。人間時代、いや、人間の頃の私と今の私が地続きなのかは、まぁ、意見が分かれるでしょうけど。私の中では同一神物ってかんじなんで、アレなんですが」
「うん、まぁ、その辺は複雑なんで、アレなんですけど。え? なんか、赤鞘さん怒られるようなことしてたんです?」
「ええ、そうなんですよねぇ。あっはっはっは」
人間だったころの赤鞘が死んだ一件。
野武士に襲われそうになっていた村を助け、その戦いの中で自身は死んでしまった、という一件の話である。
そのときにはすでに赤鞘はタヌキと知り合っていたわけだが。
何か怒られるようなことを、しでかしていたらしい。
「なんで刀も持ってないのに、野武士なんかとやり合ったんだーって」
「んんん? え? 待って待って、おかしいおかしい。赤鞘さん、野武士とやり合ってるとき刀持ってなかったんです?」
「ええ。丸腰でしたよ」
あっけらかんという赤鞘に、アンバレンスの頭はしこたま混乱していた。
それでは辻褄が合わないことがあるからだ。
「だって赤鞘さん、その時本体腰に下げてたんでしょ?」
「ええ。ああ、そうか。ええ、そうですね。確かに今の本体を腰に下げてましたよ。でもほら、これの中身ってアレだったんですよ」
「アレ?」
「竹光です、竹光。ん? 木製だったかな? とにかく刀は入ってなかったんですよ」
「い、んん? いや、だって赤鞘さん、当時結構な人数と戦って、全員倒してますよね?」
「はい。何とかなりましたねぇ」
「どうやって? えっ、竹光だったんですよね?」
「ねぇー。いや、ホントに死ぬかと思いましたよ。死んだんですけど。あっはっはっは」
「笑えない! それ当神しか笑えないやつ! マジで?! 赤鞘さんどうなってんの!? やばくない? すごくない? それ!」
「いやぁー。でも、結果的に死んでるわけですし。まぁ、お腹に穴空いてたにしては、結構よくやったとは思いますけどもね。手前味噌ですが」
「うん、またすっごいワードぶっこんできましたよ奥様。なにそれ。お腹に、なに?」
「当時、お腹に怪我してましてね。だから、布でぎっちぎちに巻いてたんですよ」
確かに、その時の赤鞘は腹に布を巻いていた、という話だった。
それは野武士とやり合ったことで傷を負ったためだ、とアンバレンスは思っていたのだが、どうもそういうことではなかったらしい。
「ん? え? ってことは赤鞘さん、竹光でお腹に怪我してる状態で、野武士とやり合ったってことです?」
「そうなっちゃいますねぇー。あっはっはっは」
困惑しているアンバレンスの様子を見て、赤鞘はどこか照れたように笑いながら頭を掻いた。
なんで赤鞘がそんな状態だったのかについては、次回ということで