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百六十六話 「うわっ! 土彦ちゃん顔こわっ!」

 ストロニア王国、「虹色流星商会」が大きくなったのには、それなりに理由がある。

 元々ストロニア王国では、土地柄大量に金属の取引があった。

 取引相手は、メテルマギトである。

 メテルマギトが保有する魔法体系“彫鉄魔法”では、鉄が必要不可欠であった。

 国内の鉱山などを持たないメテルマギトは、当然外部からそれを購入する必要がある。

 その一部を担っているのが、「虹色流星商会」なのだ。

 この世界、「海原と中原」では、人が住むことが出来る地域が限られている。

 魔物や魔獣だけでなく、様々な種類の脅威が存在するためだ。

 鉱山などの資源採掘場所も、危険地帯に存在することが少なくない。

 そのため、大量の鉱物、というのは、実は手に入れるのが難しいものであった。

 わずかずつで有れば、何とかできないこともない。

 だが、あちらの国で少し、こちらの国で少し、今度は別の大陸に行って少し、などといった具合に集めていくのは、大変に労力がかかる作業なのである。

 金も人材も莫大に浪費しなければ、こういったことは難しい。

 ましてやそれらを運ぶために輸送国家との交渉もとなると、あまりにも煩雑極まる作業になってしまう。

 そこで、そういったことを一括で引き受け、大量の素材などを集める事業を行っているのが、「虹色流星商会」のような企業なのだ。

 地球の企業形態に当てはめるとすれば、「商社」のそれが近いだろうか。

「虹色流星商会」は独自の交渉担当者やバイヤーを多く抱え、世界の様々な場所から素材を買い付ける。

 そして、それらを多くの輸送国家を使って運び、膨大な量を集めることに成功していた。

 こういった取引によって構築した流通網は、次第に素材以外のものにも使われるようになっていく。

 食料、衣料、薬、そして、人。

 様々な商品を取り扱ううちに、「虹色流星商会」はその販路を伸ばしていった。

 似たような事業を展開する企業や国家はいくつかあるが、「虹色流星商会」はその中でも常に五本の指に入る規模を誇っている。

 それだけの規模を持つ商会であればこそ。

 一部バイヤーの思わぬ行動により、「アグニー」という劇物を抱え込むことになってしまったわけである。


 ハイ・エルフ、トリトエスリがそんな「虹色流星商会」に潜り込んだのは、商売が好きだったからである。

 いや、この表現の仕方だと、少々誤解が生まれるだろう。

 より正確に言うとするならば、トリトエスリは「接客」という行為が好きなのだ。

 物を買うというのは、人生において決断の場面である。

 というのが、トリトエスリの持論だ。

 日々の何気ない買い物であっても、それは変わらない。

 食事、衣類、少しの嗜好品。

 たとえどんな些細なものであろうと、そこには様々な思いが交錯する。

 間近でそれを見、お手伝いをさせていただくことの、なんと素晴らしく愛おしいことか。

 トリトエスリにとっての「商売」とは、「儲けるための経済活動」ではない。

 人生における決断の一瞬を、共に分かち合うことなのだ。

 例えば、結婚指輪。

 自分のものでもこんなに高価なものを買ったことがないと苦笑し、照れながらも懸命に品物を選ぶ青年の、なんと美しいことか。

 例えば、駄菓子。

 少ない小遣い銭を握りしめ、指折り数えて金額を計算する子供達の、なんと愛らしいことか。

 例えば、自分へのご褒美ドレス。

 特別な仕事をやり終えた自分に、自分から送る特別なプレゼントを探す女性の、なんと輝いていたことか。

 とにかく、トリトエスリはそういう種類のフリークだったのである。

 そんなトリトエスリが、危険を冒してわざわざ地下に囚われたアグニー族、アルティオに会いに来たのはなぜか、と言えば。

 当然、彼の愛する「商売」に関わることであった。


「なるほど。つまり、アグニー族にもお金の概念はあるものの、商人は居ない、と」


「はい。だいたい、みんなお金もってても意味ないんですよね。にげるときにおいていっちゃうんで」


「アグニー特有の逃走性に、貨幣経済は相性が悪いですか。さもありなん、ですね」


 トリトエスリにとって幸運だったのは、アルティオが比較的、ほかの種族と会話が成立しやすいタイプだった、ということだろう。

 アグニー族というのは、独特の感性を持っている。

 言い回しや表現が個性的になることが多く、ほかの種族が聞くと何を言いたいのかよくわからない、などということは珍しくない。

 だが、アグニー同士の場合は、会話が成り立たない、というような事態はほぼ無かった。

 どうも不思議な共感性があるようで、お互いが「けっかい」としか言わなくても、複雑な情報のやり取りが可能なのだ。

 ちなみにアグニー的な複雑な情報というのは、


「きょうのごはんなんだった?」


「アグコッコ卵のめだまやき。しおコショウで食べるのがおいしくてさ、ポンクテの上にのせてたべるのがいいんだよな」


「ぼくはおショウユもすきだなぁー」


「わかる。渋いよねぇ」


 といったやり取りである。

 アグニーについて詳しい方ならお分かりだろうが、これでもだいぶ「複雑」なほうなのだ。


「トリトエスリさんは、私以外のアグニー族と、あったことがあるんですか?」


「ええ。ずいぶん前のことですが、ある町で店員として働いていた時、アグニー族の方々が何度かお買い物にいらしてくださったんですよ」


 アグニー族も、買い物をすることはあった。

 別の村や町まで行って、自分達では賄えないものを買ってきたのだ。

 では、そのためにアグニー族がお金を貯蓄していたか、というと、そうではない。

 アグニー達がお買い物をする場合は、まず村で作ったものなどを用意することになる。

 ポンクテとかアグコッコの卵とか、そういった類のものだ。

 それを、買い物先の近くまでもっていき、露店などを出して売る。

 手に入れた現金で、欲しいものを買う。

 とまあ、非常に回りくどいことをするのである。

 なぜそんなことをするのかと言えば、アグニー独特の理由によるものだ。

 お金を持ってても逃げるとき置いてっちゃうから、全く貯まらないのである。

 物やお金に執着しない、というより、物やお金に執着できない生態を持ち合わせている人種。

 それがアグニーなのだ。


「アグニー族の方はどなたも、全く真摯に買い物を楽しまれておいででした。少しお金が余ったときは、皆さんでそれを分け合って、お菓子などを選ばれるのですが。どの年代の方も、本当に真剣な表情をされておいでだったものです」


「おかしえらびは、なやみますもんね」


 おかし選びの難しさには、アルティオも共感が出来た。

 そこはやはり、同じアグニー族である。

 アルティオもおかし選びでは、さんざん悩んだものだった。


「もちろん、目的のものをお選びになられるときも、興味深かった。何しろ、選ぶ基準が独特でしたから」


 トリトエスリは、懐かしむような表情になる。

 アグニーが日用品に求めるもの。

 それは、持って逃げられるような携帯性の良さか、逃げるときに捨てやすい投げやすいフォルム。

 あるいは、逃げた後で回収に来たときにも残っているような、強靭さである。

 その道具が目的のために使いやすいか、といった問題は、二の次三の次なのだ。


「ああ。機会があれば、またアグニー族方をお相手に、商売をしたいものです」


 トリトエスリはしみじみと、どこかうっとりとした表情で呟いた。




 風彦は狭い通気口の中から、困惑した気持ちで部屋の中を覗いていた。

 アグニー族のアルティオがいるというのは、前情報からわかっている。

 そこに、もう一人。

 ハイ・エルフのトリトエスリが居るではないか。

 驚きの状況、ではある。

 だが、風彦が困惑しているのは、この状況自体にではない。


「エルトヴァエル様、どうしてこの状況を予想できたんだろう」


 うすら寒いものを感じて、風彦は身震いをした。

 出発直前のことである。

 エルトヴァエルが一通の封筒をもって、風彦のところへやってきたのだ。

 一体何だろうと首を傾げる風彦に、エルトヴァエルはこう言った。


「あなたがアルティオさんに会いに行くとき、もしかしたらトリトエスリが居るかもしれません。もし会うようなことがあったら、この手紙を渡してください。おそらく、その場ですぐに返事の伝言を頼まれるでしょうから、それもお願いしますね」


 いくら何でも、そんなに都合よく鉢合わせることはないだろう。

 別に申し合わせるわけでも、来るであろう時間を見計らうわけでもない。

 そもそも、トリトエスリがアルティオに会いに来る、という確証もなかった。

 しいて言えば、性格から判断した、エルトヴァエルの勘のようなものだったのだ。

 にも拘わらず。

 トリトエスリは、アルティオに会いに来ていたのである。

 しかも、風彦が侵入してきた、正にそのタイミングで。

 まるでこうなることを知っていたかのような話だ。

 もしかしたらエルトヴァエルにそう言った権能、天使としての能力があるのではないか、とも思ったが。

 そんなものはないはずだ。

 つまり、エルトヴァエルは独自の推測、勘によって、この状況を予見していたことになる。


「絶対エルトヴァエル様には逆らわないようにしよう」


 心の底から誓う、風彦であった。

 さて、それはともかく。

 風彦は今、通気口の中にいる。

 人が通ることが出来ないようなごく細いものであり、今の風彦は体を完全に「風」に変えていた。

 変えていた、というのは少し語弊があるかもしれない。

 正しくは、「戻っていた」ということになるだろう。

 風彦の本来の姿は、風そのものなのだ。

 ちなみに、水彦や土彦も同じようなもので、水彦は水の塊、土彦も土そのものが、本来の姿である。

 そのおかげで、こうしてネズミが通るのがやっとというような場所からでも、簡単に侵入することが出来た。

 エルトヴァエルの勘の恐ろしさに、背中に冷たいものを感じて震えていた風彦だったが、ハッと我に返る。

 風彦の帰りを、皆が待っているのだ。

 早いところ、仕事を終わらせなければならない。


「よしっ!」


 風彦は声を出して気合を入れると、意を決して部屋の中へと入っていった。




 突然部屋の中に現れた人の姿に、アルティオは目を丸くした。

 アルティオもアグニー族である。

 何かが近づいてきていて、それが危険なものでないということは、感知していた。

 きっと、猫とか犬とか、そういった小さな動物だと思っていたのだが。

 目の前に現れたのは、人だったのだ。

 アルティオは、「驚いたんだから、騒いだ方がいいのかな」と考えた。

 だが、特に危険もなさそうだし、別にいいか、と思いなおす。

 なので、アルティオは逃げることも驚きの声を上げることもなく、ポカーンとした顔でその人を見つめることにした。

 かなり独特な思考回路だと言えるだろう。

 アルティオもやはり、アグニー族なのである。

 トリトエスリの方はと言えば、風彦の姿を確認するなり、すぐさま跪く姿勢を取り、頭を垂れていた。

 いくらハイ・エルフとは言っても、流石に通気口の中にいた風彦の気配まではわからなかったらしい。

 一瞬驚いたような表情を見せはしたものの、そこからの判断は恐ろしく素早かった。

 すぐさま風彦が纏っているガーディアンとしての気配に気が付き、跪いての敬礼の姿勢を取ったのである。


「ええっと、お邪魔します。あと、初めまして。私は、見直された土地の土地神様、赤鞘様にお仕えしている、風彦と申します」


 言いながら、風彦は普段抑え込んでいるガーディアンとしての力を、ほんの少し放出した。

 これで、アルティオにも風彦の正体が分かったらしい。

 すぐに正座の姿勢をとると、「へへー!」と平伏する。

 アグコッコ村の住民でも、結構こういう姿勢をとるものが多かった。

 案外、アグニー共通のポーズなのかもしれない。


「そちらのアグニーさんは、アルティオさんで間違いないでしょうか?」


「はい! アルティオといいます! うたうのが好きです!」


 とても元気が良いお返事である。

 風彦は思わずなでなでしたくなる気持ちを、ぐっと抑え込んだ。

 まずは仕事を終わらせなければならない。

 だが、どこから手を付けるべきか悩んでいた。

 アルティオにも、トリトエスリにも用件がある。

 勢いよく部屋に飛び込んでみたのはよかったのだが、どんな風に話を進めるか考えてから入ればよかった。

 後悔先に立たず、という奴だろうか。

 どうすべきか考えること、数秒。

 風彦は、先にトリトエスリの方から済ませてしまうことにした。

 何しろ簡単なので、話が早いのだ。

 それに、風彦は好きなものを後にとっておくタイプだった。

 頑張った後でご褒美があったほうが、仕事をがんばる気にもなる。


「そちらは、トリトエスリさん。で、間違いないですね?」


「はい。間違いございません」


「ええと、色々と説明すると長くなるので端折るんですが。見直された土地の土地神、赤鞘様には、補佐をしてくださっている天使様がいます。お名前は、エルトヴァエル様」


「罪を暴く天使、エルトヴァエル様。御懐かしい」


 エルトヴァエルが、トリトエスリと顔見知りだという話は聞いていた。

 なんで顔を知っているのか、詳しくは聞いていない。

 ヤバそげな臭いがしたからだ。

 セルゲイのこともあるし、エルトヴァエルの人脈は突っつかないほうがいいと風彦は思っている。


「そのエルトヴァエル様から、お手紙を預かっています。詳しい話は多分、そちらに書いてあると思いますので、出来ればここで読んでみてください。その間に、私は、あのー、アルティオさんとお話がありますので」


「私は、ここにいてもよろしいのですか?」


 話が聞こえることを気にしているのだろう。

 だが、風彦は首を横に振った。


「気にしなくて構いません」


 と、エルトヴァエルが言っていたのである。

 理由は正直よくわからないが、エルトヴァエルがいいというのだから、いいのだろう。

 考えてもわからないことは考えない。

 風彦は割とそういう所ゆるい性格なのだ。

 恭しく封筒を受け取ったトリトエスリは、すぐに中の手紙を読み始めた。

 手紙は何枚かあるようで、びっちりと文字で埋め尽くされている。

 普通なら読むのにそれなりの時間がかかるだろうが、ハイ・エルフというのはハイスペックだ。

 早くしないと、待たせてしまうことになるだろう。

 風彦は地面に膝をつくと、アルティオと視線を合わせた。


「今、見直された土地には、アグニーさん達の村が出来ています。貴方と一緒に逃げたアグニーさん達が集まって作った物なんですよ」


「村のみんながですか!? やっぱり、げんきなんですね!」


「はい。村長さんや、マークさん、スパンさん、ギンさん。トロルのハナコさんや、カラスさん達も元気ですよ」


 それを聞いて、アルティオはホッとしたようにため息を吐いた。

 ただ、それほど大きな反応はない。

 きっと大丈夫だろう、という気持ちが強かったからだろう。

 楽観的、と言えなくもないが、それだけ「アグニー族の逃走能力」への信頼が強かったのである。


「村は、どんなところなんですか?」


「近くに川があって、畑があって。ミツモモンガやアグコッコなんかもいて、皆さんがんばって暮らしていますよ。時々、踊ったりもして」


 風彦は聞かれるまま、あれこれと「コッコ村」についての話をした。

 そのうちに、だんだんとアルティオの緊張も解れてきたように見える。

 頃合いを見て、風彦は肝心のことを聞くことにした。


「村の皆さんは、アルティオさんのことを心配なさっているんですよ。ひどい目に合ってないか、とか」


「おいしいたべものをもらって、けっこうたのしくやってます!」


「そうですよねぇ。虹色流星商会もそこまでアレじゃないかぁ。えーっと、ここを出て、コッコ村に行きたい、と思われますか?」


「もちろんですよ。ここの人たちにはよくしてもらってますけど、村があるなら、そこにいきたいですし。私がうたってないのにみんなが踊ってるのは、どうかとおもいます」


 アルティオは村で一番の歌い手だ。

 当人にはその自覚はほとんどないのだが、自分が歌うと皆が喜んでくれる、ということだけはしっかりとわかっていた。

 皆が踊っている時、自分が歌ってあげられないというのは、申し訳ない。

 アルティオはそんな風に思っていたのだ。


「わかりました。では、早急に、こちらから連れ出す算段をさせて頂きますね。アルティオさんは気兼ねなく、いつも通りしていてください。なるべく早く、お連れしに来ますので」


 風彦が笑顔でそういうと、アルティオもうれしそうに笑いながら「はーい!」と返事をする。

 抱っこしてなでなでしたい衝動に駆られる風彦だったが、ぐっと我慢した。

 一応、ここは敵地である。

 そんな風に油断していられる場所ではないのだ。

 何より、突然なでもふしたりしたら、完全に不審者である。

 べつに法律とかを気にする立場にはないのだが、アルティオに怒られるのは嫌だった。

 いや、アグニー族的なラインで考えると、叱る感じも可愛いかもしれない。

 頭に浮かんだそんな邪な考えを、風彦は頭を叩いて追い出した。

 それから、トリトエスリの方を見る。

 すでに手紙は読み終わっていたらしく、何やら心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 あえて漢字二文字で表すとすれば、「邪笑」といった感じの笑い方だ。

 風彦的には、土彦とかが良くしている感じのヤツである。

 ちなみにアグニーの笑い方は、大体赤鞘と同じ部類だと思っていた。


「お待たせしました。手紙は、お読みになりましたか?」


「拝読させていただきました。返事は風彦様に伝言をお頼みするように、と書かれていたのですが、お願いできますでしょうか」


「はい。エルトヴァエル様に、そうするようにと言付かっていますので」


「では。お誘いに乗らせていただきます。とだけ、お伝え願えますでしょうか」


「わかりました。必ず伝えておきます」


 一体何の誘いだったのか。

 風彦は全く知らなかった。

 もちろん、知ろうとも思わない。

 なんだかヤバそげな感じがしたからだ。

 風彦は基本的に下っ端体質である。

 難しいことを考えるのは苦手だし、言われたことだけやっていたいタイプだった。

 その上、ビビリで小心者であると自負している。

 なんか黒そうな企みとかにはかかわりたくないのだ。

 まあ、なんやかんや片棒は担がされそうだが。

 それはなるべく、遠い未来であってほしい。

 問題はどんどん先送りにしたかった。

 とにかく。

 無事に仕事を終えた風彦は、足早にその場所を立ち去ることにした。


「では、私はこれで。アルティオさん、安心して待っていてくださいね」


 さっさと帰って、とりあえず水彦にぃに褒めてもらおう。

 そのまま「見直された土地」に帰って、コッコ村でアグニーに囲まれるのもいいかもしれない。

 ついでに、カーイチ辺りをもふらせてもらうのだ。

 自分なりの野望を胸に、風彦は「虹色流星商会」の地下施設から抜け出すのであった。




 ガルティック傭兵団の戦闘潜水空母は、既にストロニア王国の港に入っていた。

 もちろん、スケイスラーの偽装船の中に入って、である。


「時間ないからって、みんなあっちこっち出張っちゃって大変ですよなぁ」


 暇そうな顔で言うプライアン・ブルーの言葉に、水彦は大きくうなずいた。


「みんな、たいへんだな。おまえは、どこかいかなくていいのか」


「もちろん。こう見えてお仕事してるんですよ」


 ただ駄弁ってアイスを食っているだけに見えるが、水彦は納得したように「あー」と声を出した。

“複数の”プライアン・ブルーの体は一つではないのだ。

 自由に数を増やし、自由に数を減らし、どこにでもいて、どこにもいない。


「おまえも、みょうなちからだな」


「便利ですよん? ええっと、ガルティック傭兵団の連中は仕事の下調べ。コウガク様は“影渡り”と話しに。なんかヤバそげですよね。ウケる」


「おまえ、わかぶってても、ワードチョイスのセンスがぜんせいきだぞ」


「ああん!? 言っていいことと悪いことがあるでしょうがよ! 乙女のハートが傷ついたらどうするんですかぁん!?」


「そういえば、モンドはどこにいった」


「んえあん? あー、外にいますよ。なんか海を眺めてるみたいですけど。多分精神集中じゃありません?」


 ここのところ、門土は座禅を組む時間が増えていた。

 おそらく、「虹色流星商会」が雇っているというリザードマンを意識してのことだろう。

 普段はにぎやかな門土だが、まるで別人のように静かに座っているのだ。

 一応、プライアン・ブルーも剣士である。

 門土の心情は、ある程度察することが出来るようだ。


「あたしはあんまし死合いとかしないタイプですけど。相当気合はいるでしょうねぇ」


「もともと、むしゃしゅぎょうのたびをしている、おとこだからな」


 水彦は、赤鞘の記憶を引き継いでいる。

 なので、人間時代の赤鞘の記憶を、自分のもののように思い出すことがあった。

 人間だったころの赤鞘も、あちこち旅をしていたものである。

 大抵はろくな目に合わなかった。

 ただ、楽しかったのは覚えている。

 タヌキと出会ったのもそのころだし、キツネとの因縁ができたのも、やはり旅をしていた時分のことだ。


「なんで、あんなにかたなが、てにはいらなかったんだろうな」


 水彦がぼやいた、その時だ。

 突然、プライアン・ブルーが険しい顔で身を起こした。


「どうした」


「いえね。あの樽の人が、なんか気になることがあるらしくって。今回の仕事と直接関係はないけど、調べたほうがいい。って、言ってるみたいです」


 水彦は少し、眉根を寄せた。

 樽の人、ディロードといえば、「息をするのも面倒くさい」と言い出しそうな男である。

 それが、自分から仕事を増やすようなことを言い出すとは。


「あいつがそんなことをいいだすとなると、よほどのやばいのか」


「んー、どうなんだろう。あたしじゃ判断つかない感じですかね」


「ちょくせつきいたほうが、よさそうだな」


「だと思いますよ」


「わかった。むかう。ばしょは」


「この船の演算室です。ご案内しましょ」


 水彦はプライアン・ブルーの後ろを、小走りで追いかけた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 東京、某所。

 複数の省庁の担当者が集まり、会議が行われていた。

 進行役になっているのは、警察庁の「対策課」だ。

 一体何の対策課なのかについては、明言されていない。

 ただ、「対策課」というのが、彼らの部署名になっている。

 明言されていない、というより「明言できないような何か」の対策をしている、といった方が、色々と察しやすいだろうか。


「なんだか馬鹿馬鹿しくなってくるな。大の大人が集まって吸血鬼だ狼男だなんて」


「そうです?」


「私は元々一般人でね。こういう界隈のことに関わったのはこの仕事についてからだよ。どうにも非日常だ、という感覚が拭えん」


「非日常だファンタジーだなんて言いますけどね。両足突っ込んじゃえばそれが日常、当たり前ですよ」


 隣で愚痴る男に、藤田は肩をすくめて見せた。

 厚生労働省、特殊人材就職支援課所属、藤田。

 タヌキに仕事を依頼された、千里眼の持ち主である。

 そのさらに隣には、中高生ぐらいの少女が座っていた。

 藤田と同色のパンツスーツを着込んでおり、眠たそうに舟をこいでいる。


「保健所さんも大変ですねぇ。こんなところにまで引っ張り出されて」


 藤田相手にぼやいていた男は、「保健所」と呼ばれる機関に所属している。

 いわゆる「保健所」とは別種の業務に携わっているのだが、便宜上「保健所」と呼ばれていた。

 同じ厚生労働省管轄であり、業務上顔を合わせる機会も多いことから、藤田とは顔見知りの男である。


「おタヌキ様も獣だから、お前らも手を貸せ。だと。全く冗談じゃない。神仏まで云々し始めたら流石に手が回らんよ」


「そのうち、狛犬に首輪つけろとか言われかねませんねぇ」


「それはもう言われた」


「マジですか」


「じゃあ、藤田さん。発見した場所についての説明を願います」


「あ、はい」


 こそこそと話している間に、藤田の順番が回ってきたらしい。

 立ち上がり、手元のパッドを操作しながら説明を始める。


「えー、御存じの通りタヌキ様にご依頼を受けまして、すぐに調べを始めました。ほかの皆さんも八方手を尽くしていらしたようですが、なかなか発見できないということで。それが、ヒントになりまして。手早く見つけることが出来ました」


 会議室の前面にあるモニタが切り替わり、二か所の地図が表示される。


「発見できないということは、何かしら発見されないように妨害をしているということです。まずはその妨害が強くなっている場所を探しました。幸い私の目なら、そういう所は簡単に見つけられますので」


「なるほど。そこから絞り込んだわけか」


「ええ。多少見えにくかったですが、一つ一つ丹念に見て調べましてね。あ、あー、ご安心ください。守秘義務は守りますので」


 藤田の千里眼は、国内でも断トツで優秀なものとして知られている。

 それゆえ、どこの省庁の「見られたくないもの」も簡単に見ることが出来てしまった。

 サーバーの中の電子情報すら「見る」ことが出来るんだから、本当にこの男の「目」から逃れるすべはないといっていい。

 そのため、藤田には特別な方法で「守秘義務」が課せられている。

 若い担当官などはそのあたりの事情に明るくないらしく、場内がざわついた。

 なので、藤田は今のようにわざわざ断りを入れたのだ。


「で、その結果。この二か所が上がってきました。どちらも山奥のぽつんと一軒家ですね。ただ、廃村だった場所などではないようです。前人未到なところに無理やり作った建物みたいですね」


「なんでそんなことを?」


「古来人がいたところには、お地蔵様をはじめ寺社仏閣の目がありますからね」


 表情を歪めているもの、露骨にため息をついているものが、何人かいる。

 そちらの筋から探そうとしていた連中だろう。

 どうりで見つからないはずだと、頭を抱えたらしい。


「さて、皆さんご存じの通り。件の吸血鬼、“始祖の一滴”何ぞと名乗ってる中二病臭い輩ですが。これがなかなか悪知恵が回るらしく、私を含め皆さん手を焼いている」


 最近頻発している吸血鬼関連の犯罪は、この“始祖の一滴”の眷属が起こしているようなのだ。

 それもこれも、“始祖の一滴”を日本に招くためのごたごただったらしい。

 事の始まりは2019年だ。

 この時にも、“始祖の一滴”は日本国内に入ろうとしていた。

 だが、これを邪魔するものがいたのだ。

 当時中学生だった少年が、“始祖の一滴”を迎え入れる準備をしていた眷属を壊滅させたのである。

 なぜか異様に事件に巻き込まれやすい体質の少年で、妙に眼光が鋭く三白眼。

 どこかの師匠についてたらしく、今時珍しいイカレた実践剣術を使うものの、どういうわけか刀ではなく、木刀やら鉈やらを振り回している人物だ。


「どうも日本を足掛かりに中国の方へ足を延ばすつもりだったようですが。潰されたのがよほど頭にきたみたいですね。今は日本にご執心なようです」


「それはともかくとして。そいつが、この地図の場所にいるわけです?」


「ああ、申し訳ない。そうです。北海道某所と、四国某所。先ほど言いましたように、周囲には建物がなく、道もありません。なので、逆に近づきがたいですね。我々人間では」


 舗装されていない山林。

 そういった場所で人間の領域ではなく、つまり「人ならざる者」にとっては庭のようなものということになる。

 連中の領域、ということだ。


「迂闊に近づけば、返りうちか」


「なんなら餌を運んでやることになりかねませぬな」


「二か所あるということは、まだ体を一つにしていないということですか? なんでまた?」


「分けるのにも一つに戻すのにも、それなりの儀式がいるようですね。そのための準備をしているようです」


「で、その前に叩く。か」


「場所が厄介だなぁ。チヌークでも飛ばしてもらいますか?」


「ヘリはうるさいだろう。何とか目立たんようにできんもんかなぁ」


「では、地図情報は皆さんの手元にお配りします。私からは以上です」


 藤田が座ると、今度は別のものが話し始める。

 実際にどう動くか、といった種類の話だ。

 聞くふりをしている藤田だが、右から左に聞き流していた。

 部署的に、藤田自身が動くことはないからだ。

 この件については、これで藤田の出番は終わりの予定なのである。


「ともいかないんだよなぁ」


 例の“始祖の一滴”の眷属を壊滅させた少年は、特殊人材育成課で面倒を見ている。

 どう考えても巻き込まれそうなものを、放っておけるはずもない。


「新垣君。悪いんだけど、これ終わり次第、あっちに飛ぶから」


「新幹線です?」


「それだと間に合わなそうだよねぇ。ヘリかなぁ。高いところ苦手なのに」


 それでも、急いだほうがいい。何しろ件の少年に、おタヌキ様が会いに行っているようなのだ。


「あの少年もいろいろ巻き込まれるねぇ。なんでおタヌキ様会いに行ったりするんだろう」


「覗いてみたらいいじゃないですか」


「目、えぐり取られたりするよ」


 あのタヌキ様ならやりかねない。

 どうやら自分も面倒事に巻き込まれたようだ。

 藤田は椅子に深く座りなおすと、疲れたような溜息を吐いた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 コッコ村、そして、精霊達。

 図らずもその両者が、ほとんど同時に祭をしようとしているらしい。

 そんな話を聞いたカリエネスは、テンション爆上りしていた。


「わっしょーい!!」


「ずいぶんお喜びですね」


「そりゃそうだよ土彦ちゃん! いい!? お祭と言えばお歌うたうでしょ!? ってことは私の出番なわけ! 歌声の神様なのよわたしってば!」


 お祭には専門の神様がいるような気がするのだが。

 あまり喜んでいるので、土彦は水を差すようなことは言わないことにした。


「どんなお歌うたうのかな! どんなお歌うたうのかな! あ、イベントとかあるのかにゃ? そしたらまたアイドルの出番があるかも!」


「どうでしょう。町祭や村祭といった趣のようですから」


「そっかぁー。でも、そういうお祭もいいよね! ザ・地元! って感じで! 赤鞘ちゃんもたのしみにしてるだろーね!」


「いえ、まだお伝えはしていないようです。お話しする機会をうかがっているそうで」


 赤鞘へ知らせるのは、当然エルトヴァエルの仕事である。


「ええ?! なんで!?」


「今はグルファガム様に土地の管理について手ほどきをされていらっしゃいますから。あまり一時にいろいろなことが起きますと、混乱をされるだろう。ということだそうで」


「そっか。赤鞘ちゃんだもんね。しょうがないね」


 キャパシティオーバーになって機能停止しているところが、容易に想像できる。

 あっさり納得するカリエネスに、土彦も苦笑するしかない。


「お祭っていつやるかんじなん?」


「グルファガム様のお披露目会が終わったあたり、でしょうか。ああ、そうすると、タヌキ様がこちらにいらっしゃる時期と重なるかもしれませんね」


「へぇー! そっかぁー、良いことが重なるねぇい。そのころには、新しいアグニーちゃんもこっちに来てるだろうし」


「ええ、ええ! そうですとも! 本当に、よいことというのは重なるものです!」


 土彦は満面の笑顔で、胸の前でぱちりと手を合わせた。

 本当に、楽しみなことがいくつも待ってくれている。

 だが。


「ですが、色々と面倒事もありそうな様子。私も、色々と手を回した方が良いかもしれません」


「うわっ! 土彦ちゃん顔こわっ!」


 カリエネスが、ドン引きしたような声を上げる。

 土彦は、別に怖い顔をしているつもりは一切なかった。

 にっこり笑っていただけなのである。

 ただ、台詞と相まって、妙な迫力が出てしまっただけなのだ。

 カリエネスの言い方もなかなかストレートだが、それだけに刺さるものがある。

 今度からは、意識してもっと穏当な物言いをしようかな。

 珍しく、若干傷ついた土彦であった。

久しぶりの更新で、申し訳ねぇ

新作を書いたりしておりました


「悪役令嬢の領地開拓 ~に、巻き込まれた転生者少年の苦悩~」


第一部完結まで、投稿し終えて御座います

丁度本一冊分ですかね

キリがいいところまで読めますので、よろしければどーぞ


それと、もう何度もお伝えしておりますが

「神様は異世界にお引越ししました」

コミカライズいたしました

くわしくは、レッツ検索!

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― 新着の感想 ―
[一言] やった!更新だぁ(゜∀゜ 三 ゜∀゜) アグニ-族、可愛い。久々のアグニ-族ありがとうございます。癒しです。
[一言] >抱っこしてなでなでしたい衝動に駆られる風彦だった わかりみが深い……
[良い点] 更新乙い [一言] >>おかし わかる、300円で選ぶ楽しさよ >>なぜか異様に事件に巻き込まれやすい体質の少年で、妙に眼光が鋭く三白眼。 たぬき様相変わらず拗らせてて草
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