番外 刀に恵まれない男
赤鞘という侍は。
いや、まだ人間であった頃であるから、赤鞘という神としての名前を使うのは何なのだが。
今となってはやはり「赤鞘」という名が通りがよい。
なので、この侍のことは赤鞘、と呼ぶことにしよう。
さて。
赤鞘という侍は、驚くほど刀に恵まれない男であった。
力量のあるもののもとには、相応の業物がやってくる、などという。
もしそれが本当であれば、赤鞘は恐ろしいほどの剣術音痴ということになる。
ケチの付き始めがあるとするならば、実家を飛び出した時からだろう。
丸腰というわけにもいかず、蔵に投げ込まれていた刀をかっぱらってきたのだが。
これが、呆れるほどの錆刀で、もはや打ち直すしかないような代物であった。
腕は相応に立つ赤鞘だが、刀がこれではどうにもならない。
鉄の塊であるから重量もあり、こん棒代わりにはなったのだが、旅に出て数カ月で折れてしまった。
村を襲っていた、とてつもなく固い毛皮を持つ化けイノシシを叩きのめしたためである。
突こうが切ろうが全く堪えず、あっという間に刀はへし折れてしまう。
それでも何とか戦いながら、鉈で竹を切り出し、それを大イノシシの口に突き刺すことで、仕留めることができた。
命からがら、何とか勝つことができたものの、得物が折れてしまい丸腰になってしまう。
助けられた村人達は、刀を用意させてほしいと言ってくれたのだが、そうもいかない。
何しろ武具というのは安いものではなく、まして刀などというのは目玉が飛び出るほど値の張るものなのだ。
数打ちの安物でも、大イノシシに荒らされた村では、痛い出費になってしまう。
その代わりということで、赤鞘は竹を切るときに使った鉈を貰うことになった。
鉈を腰にぶら下げた侍、というのも実に締まらないのだが、まあ、自分には似合いではないか。
それよりも、イノシシを退治出来てよかった
赤鞘は晴れ晴れとした気持ちで、村を後にしたのである。
この時代、戦場の主役といえば槍と弓であった。
槍働き、などという言葉もあるように、刀というのはあまり使われることのない武器であったのだ。
だが、赤鞘はその刀を好んだ。
槍もある程度は扱えたが、武芸といえば刀だと思っていたのである。
とはいうものの、戦えばやはり、槍を持っているほうが有利、というのが、本来のところだろう。
恐ろしいことに赤鞘は、槍を持っている相手にも、刀で勝ってしまっていた。
柄を断てば穂先は怖くなく、ただの棒になる。
さらに切ってやれば、すりこ木棒になり、そうなれば後は使い手を斬るのみ。
言うは易し、と言いたくなるが、赤鞘という侍はこれを全くそのままやってみせるのだ。
相手が武芸の心得がないものだけであるならいざ知らず。
他家と揉めて、武具を身に着けた十人ほどに取り囲まれた時ですらやってのけたのだがら、呆れるしかない。
とにかく、赤鞘にとって武器といえば刀であり、刀といえば自分が持つに最良の相棒であった。
しばらくは鉈で我慢をしていたものの、やはり刀でなければ、腰のあたりが寂しい。
どこかで刀を手に入れられないものかと考えたが、これがまた難しかった。
何しろ刀というのは武具である。
地域に根を下ろしている武家ならまだしも、ふらふらと旅をしている武芸者がそうやすやすと手に入れられるものではない。
まして、何かと物騒な世の中だ。
得体も知れない、金も持っていない素浪人に、おいそれと刀を売ろうというものがいるはずもない。
頭を抱える赤鞘だったが、もう一つ切実な問題があった。
そう、金がない。
刀一本をかっぱらって飛び出してきた赤鞘の手元には、財産と呼べるようなものが何一つなかったのだ。
そうなれば、明日食うものにも困ることになる。
山菜や川魚などで食いつなごうにも、限界がある。
すきっ腹を抱えて山道を歩いていると、開けた場所に出た。
田や畑もあり、人が暮らしているのがわかる。
何か手伝いでもして、食い物を分けてもらおう。
そう考えた赤鞘は、民家を探して歩きだした。
すると、とんでもないものが目に入る。
一匹の狐が、家に火をつけようとしているのだ。
真昼間から堂々と、狐火を使って。
赤鞘は血相を変えて走ると、石を拾って投擲した。
石に打たれたキツネは、「ぎゃっ!」と声を上げると、ちらりと赤鞘の姿を確認し、逃げ出そうとする。
だが、赤鞘の足は恐ろしく速かった、既のところでキツネの後ろ脚を捕まえると、つるし上げるように持ち上げた。
「いってぇ!! おい、ふざけんなこのクソがっ! 放せ! バァーカ!」
さて、もちろんこれは、当時そのままの言葉ではない。
ずいぶんと今の人間に分かりやすくした、いわば意訳の類である。
そのままの「台詞」では、今の時代にその言葉を読むものに、雰囲気が伝わらないと思われる。
ゆえに、ここはその時の空気を味わうためということで、この「意訳」にご理解をいただきたい。
「なっ、人間の言葉!? おまえ、化け狐かなにかか!」
「普通の狐が火使うわけねぇーだろターコ! おら! 放しやがれ! 放さねぇとお前呪い殺すぞオラぁ!」
「やれるもんならやってみろ、この害獣! それができないから私につかまったんだろう、お前!」
「え? あー。ちっげぇーしぃー! できるしぃー、呪いぐらいー!」
「なんだ今の間!」
赤鞘がキツネと言い争っていると、家人が中から現れた。
老人と、まだ幼い娘である。
キツネが家に火をつけようとしていた。
そうありのままを教えた赤鞘だったが、そこで、こんな話は信じられないのではないか、と思いいたる。
赤鞘はどういうわけか、昔から妖怪変化と縁があった。
ことあるごとにそういったものと出くわすし、よく刀一本でやりあいもしている。
だが、多くの人は妖など一度も見ずに人生を終えるものらしい。
自分の言うことなど、信じられるかどうか。
それが頭にあるからなのか、キツネもいかにも獣といったような、哀れそうな鳴き声を上げている。
「なんと。それは。いや、危ないところを。なんとお礼を言えば」
「あ、いえ。え、でもあの、自分で言っておいてなんですけども、狐が火をつけようとしてたってのは、アレですかね?」
「それは、変化狐の類でしょう」
どうやら、老人は妖がわかるらしい。
お礼ということで、赤鞘は家へあげてもらうこととなった。
飯に、漬物。
それに味噌。
思いがけないごちそうに恵まれ、赤鞘は久方ぶりの飯をがっついた。
大イノシシを退治した礼にと食事を振る舞われて以来、飯粒を口にするのは久方ぶりである。
人心地付いたところで、老人に話を聞くこととなった。
ちなみに、キツネは縄で結わえて、柱に括り付けてある。
幼い娘が珍しがって、突っついたりしていた。
「あの、山猿の仕業でしょう」
「山猿? いえ、あれはキツネですが」
「ええ。あのキツネは、おそらく山猿に頼まれて、火をつけようとしたのです」
「そうそう。頼まれたんだよ、クソでけぇ上に悪人面のやつに。ああいう顔って人間にもいるよな。クソうける」
どうやら、深い事情あるらしい。
そして、既に赤鞘も目をつけられただろう、という。
老人は、刀鍛冶であった。
刀匠などという御大層なものではなく、「人をぶち殺す物騒な得物を作る鍛冶職人」である、らしい。
どうも老人は、「守り刀」や「人心を守るための刀」と言った類のものを心底嫌っているようだ。
ひとくさり、邪を払う、呪いを退けるなどといって刀を打つ連中、と老人が呼ぶ刀匠達への罵詈雑言を聞かされたところで、やっと話は妖怪変化のことへと戻っていった。
「とにかくあの連中ときたら、自分達が人斬り包丁を拵えてるってぇのにそれを棚上げして、やれ見た目がどうの、仕上げるための心構えがどうのと。一振りつくりゃぁ、十人殺すのと同じだ。その心構えが」
「いや、あのー、その辺のことはまた、別の機会ということで。山猿についてですね」
「ああ、そうでしたな。これは失敬。いや、しかし。人を殺すような道具を作って居ったから、ですかな」
ある時から、老人と息子が打った刀は、妖怪変化の類が嫌うものとなっていった。
普通の刀で斬るよりも、二人が打った刀のほうが、妖怪に深手を負わせることができたのだ。
今風に言えば、妖特効、といったところだろうか。
当然、表立ってそんな刀が役に立つことなどない。
しかしながら、寺社仏閣、あるいは拝み屋と言った類の者達にとって、これほど頼りになる刀も他になかった。
老人とその息子の刀は、「裏の世界」で引っ張りだことなったのだ。
「あの頃は調子に乗っていました。俺達が打つのは守り刀だ。邪を打ち払う剣だってね」
どうやら老人のほかの刀匠や刀工に向ける怒りは、過去の自分に向けたものらしい。
そんな折、とある寺社から特別な刀を作るようにと、依頼が入った。
寺社に多大な貢献をしている武家のお膝元に、凶悪な妖が現れたというのだ。
大きな寺社からの直々の依頼である。
親子は大いに喜び、誇りに思い、張り切った。
「妖怪は特別でけぇと言いますのでね。そりゃぁ、張り切りましたよ。打ちあがった刀も、それまでにない出来でした」
この刀を使い、妖怪は無事に討ち滅ぼされた。
「食うでもないのに人を殺すのを好み、夜な夜な街に出ては暴れまわっては金品を奪い、朝方には火を放って逃げていく。そんな化け物だったそうです」
「火付け盗賊全部やってますね」
「あー。あいつはそういうヤツだったよ」
「なんだキツネ、お前そいつ知ってるのか」
「弱い連中引き連れて、お山の大将気取ってたやつだよ。オコボレに預かってたこともあるけど、町襲うのは流石にやりすぎよ。人間怒らせたら、何されるかわかんねぇ。実際、ぶった切られたしな」
キツネは人間を敵に回すのを、危険だと考えているようだ。
その妖怪には、兄にあたる妖怪がいた。
兄は血を分けた弟が人間に殺されたことを大いに悲しみ、復讐を目論んだ。
だが、弟と違い、この兄は悪知恵が働いたのである。
兄妖怪がまず狙ったのが、老人親子だった。
そもそも親子が刀作りを依頼されたのは、それでなければ弟の妖怪を斬ることが出来なかったからだ。
同じ種の妖怪である兄のほうも同じく、親子が作った刀でもなければ、傷つけることもできない。
兄妖怪はそのことを、よくよく理解していたわけである。
「まずは刀を作るものを殺し、ついで町からじわじわと力をそぎ、最終的に寺社と武家を潰す。どうやら、そう考えたようです」
それに気が付いた老人は、すぐに寺社と武家に助けを求めた。
ところがどちらも、全く取り合ってくれなかったのである。
「寺社が手を貸したのは、武家が払う多額の寄進目的でした。武家は、自分の懐である領民を減らしたくなかった。それだけだったのです」
たかが刀鍛冶のためになんぞ、危険を冒す理由もない。
むしろ、妖怪に狙われているようなものは、危険なだけである。
そう、彼らは判断した。
「今にして思えば、それも奴の策だったのでしょう。私達は街を追われました」
そして。
老人と一緒に暮らす娘の父母。
つまり、老人の息子夫婦は、兄妖怪に襲われ。
殺されたのである。
「息子は孫娘を逃がすため、せめて一太刀と刀を振るったようです。とはいえ、しょせんただの鍛冶師。少々手傷を負わせて、孫娘が逃げる隙を作っただけでした」
老人は逃れてきた孫娘を連れて、各地を逃げ回った。
そして、今に至るのだという。
「この村で、農機具などを直して生計を立てておったのですが。そのキツネが来たということは、見つかったということなのでしょう」
「おいキツネ! お前、その兄妖怪の配下なのか!!」
「ちがうちがうちがーう! 俺も脅されてんだよぉ! 弟ほっぽって逃げてきただろうって! あのじじぃと娘をこの家からおんださねぇと、てめぇの肝抜いて食うぞってさ!」
「おさむらいさま、このきつね、たまぶくろないよ?」
「ねぇよ! 俺ぁメスだぞ! おいクソ侍この娘何とかしろ!」
「家から追い出せ、というのはどういうことでしょう」
「この鍛冶場も、一応神棚などを飾ってありましてな。それで、兄妖怪は近づけないのかもしれません」
かえって半端物のほうが神棚などを気にしない、ということもある。
どうやらこのキツネは、そこを見込まれて使い走りにされたようだ。
かなり慎重な質らしい。
「その兄妖怪が負ったという傷は、もう癒えているんでしょうか。おいキツネ、どうなんだ」
「ああ?! もう治ったみてぇだぞ! だから俺にじじぃとガキを外に出させて、ちょ、おまっ、マジこのガキ何とかしろ! わしゃわしゃすんな!」
娘に遊ばれているキツネを放っておき、赤鞘は考え込んだ。
老人と娘をこの家から追い出させる。
そうすれば、兄妖怪は二人を殺すことが出来るということだ。
キツネを止めたことで、兄妖怪は自分のことも敵と認識しただろう。
ひっそりと暮らす老人と孫を亡き者にしようという妖怪である。
話し合いの通じる相手ならばよいが、おそらくそうはならないだろう。
何しろ、まずは相対するほかない。
だが、問題もある。
腰のものがないのだ。
「まあ、鉈で何とかするしかないですかねぇ」
「お侍さん、まさか、あれとやりあうおつもりですか。悪いことは言わない、逃げたほうがいい」
「そういうわけにもいかないでしょう。聞く限り、そういうことを許してくれる気性のやつでもなさそうですしねぇ」
それに、一飯の恩義がある。
久しぶりにたらふく飯を食わせてもらった。
受けた恩を必ず返すというのは、赤鞘の流儀である。
腰に刀すらない無一文が、腹いっぱいにしてもらったのだ。
命がけ程度の一仕事でもしなければ、とてものこと割に合わない。
止めようとするがまるでその気を見せない赤鞘に、老人はあきらめたようだった。
説得する代わりに、一振りの刀を持ち出す。
まだ柄などが施されていない、白鞘である。
「これは、ここに来てから私一人で拵えたものです。私が死んで、孫娘だけが残ったときのために、売って金にするつもりでしたが。息子夫婦の仇に一太刀浴びせられるとなりゃぁ、そのほうがいい」
恐ろしく見事な刀であった。
恨みを込めてうったと老人は言っていたが、とてもそうは見えない。
主家の当主が天下の名物だと自慢していた刀も、見たことがある。
だが、それと比べて全く遜色ない。
どころか、それよりもはるかに優れた逸品であると、赤鞘は見た。
もっとも。
それは赤鞘が何度も修羅場を潜った侍であり、刀を「得物」としてみているからこその視点である。
普通の目利きが見る分には、ただの無粋な鉄の塊。
価値のない数打ち刀にすら見えたかもしれない。
例えば令和の世にこの刀が残ったとしても、これを正しく評価できる人間はほぼ居ないだろう。
実際の戦場で刀を振るうようなものでなければわからない。
そんな異質な凄みを持つ刀であった。
赤鞘はこの刀を腰に差し、山へと向かった。
キツネから聞き出した妖怪の寝床、山中腹の洞穴にたどり着くころには、辺りは真っ暗。
すっかり夜闇に包まれていた。
だが、赤鞘にとっては特に問題がない。
どういうわけか、赤鞘は昔から人とは思えぬほどに夜目が利いた。
人より鋭い感覚を持っていたからこそ、妖と関わる機会も多いのかもしれない。
現れたのは、赤鞘の倍の身の丈はあろうかという、巨大な山猿の妖怪であった。
周りにはほかに、何匹もの小物妖怪がうごめいている。
「あのじじぃと娘を助けたヤツだな? お前、侍だったのか。鉈なんぞつるしてやがるから、農民かなんかかと思ったが」
「やかましいですね、こっちにもいろいろ事情があるんですよ! いや、そんなことより。あなた、あのおじいさんとお孫さんに手を出すのやめてください」
「いやだね。弟の仇だ。それにな、俺が斬られた恨みもある」
「悪さをしたから斬られた、と聞きましたが?」
「そうさ、人間共を殺しまくってやがった。もっとうまくやれと何度もいったんだが、アイツは馬鹿だったからな。あんな馬鹿でも弟なんだね。一応、仇は取ってやらなきゃならねぇ。ついでに、人間どもを食らって力も貯えさせてもらうがね」
「どちらかというと、弟さんの仇が序でみたいですねぇ」
「否定はしねぇ。どっちも同じようなもんだ。なんにしても、あのじじぃは邪魔だ。あいつの刀で斬られたのも多いからなぁ。それを俺が喰ったとなりゃぁ、俺の株も上がる」
どうやら、兄のほうは弟よりもいくらか知恵が回るらしい。
その分、性質も悪い様だ。
兄妖怪は威嚇の咆哮を上げ、赤鞘は刀を抜いた。
後の先、と言って、武術には相手を先に動かせて、その隙をついて攻撃をする、というのがある。
赤鞘の使う剣術も先に攻撃させる、というのは同じだが、少々特殊なものであった。
先に攻撃をさせて、その攻撃ごと叩き斬るというものなのである。
恐ろしく簡単に言うと、先にパンチを打たせて、そのパンチにパンチを当てて相手の腕をへし折る、といった感じだ。
そんなアホな剣術があるか、と言いたいところだが、実際にやっている奴がいるのだからどうしようもない。
襲い掛かってきた兄妖怪の両手を交わし、赤鞘は眉間にガンと刀を叩き込んだ。
相手は人の倍も身の丈がある化け物であり、並や普通の刀でそんなことをすればへし折れる。
だが、今手にしている刀なら、問題ない。
むしろ、それが最も良いと、赤鞘は判断していた。
狙い違わず。
最初の立ち合いで、勝負がついた。
額を断ち割られ悲鳴を上げてもんどりうって倒れる兄妖怪の首を、赤鞘は一刀の下斬り落とす。
だが、赤鞘はここで異変に気が付いた。
刀から、白い煙が上がっているのだ。
慌てた赤鞘は、刀を近くの沢で洗ったが、もう遅い。
固い鋼でできているはずの刀の表面は、溶けたようになっていた。
実は、兄妖怪の体には毒の血が流れていたのだ。
もし傷つけられても、これが霧となって敵を侵す。
恐ろしく厄介な力を持つ妖怪であったのだ。
傷つけば傷つくほど、相手も追い詰める。
巨体であればこそ、普通であれば一瞬で倒されるということもない。
だが、それは相手がただの人間であった場合だ。
松葉新田流という、少々頭のおかしな剣術を使う赤鞘には、通用しなかったわけである。
しかしながら、おかげで刀はダメになってしまった。
「あー、これ、お借りしたものなのに! ええええー、どうしましょう」
親玉を斬られたことで、小物の妖怪どもはどこかに逃げ出したらしい。
それはまあ、よいとして。
一体刀をどうしたものか。
赤鞘は暗い山の中で、頭を抱えた。
それまで辺り一帯に渦巻いていた妖気が晴れたことで、キツネは兄妖怪が死んだことが分かった。
同時に、巨大な悲鳴が周囲に響く。
老人もこれに気が付いたのだろう、驚いている様子であった。
「何の悲鳴だ?」
「あのクソザルが死んだんだよ。はぁ、すっとしたぜ」
キツネもアレには苦労させられていたのだ。
老人は矢も楯もたまらぬといった様子で、外に飛び出した。
さて、この隙に何とか逃げ出せないか、と考えたキツネだったが、それも難しい。
どういうわけかこの鍛冶場に入ってから、上手く術が使えないのだ。
あるいは神域、寺社の境内のように、邪を払う場所となっているのかもしれない。
何とか逃げ出せないかと考えていたキツネだったが、ふと縄が緩められた。
孫娘が、縄を解いてくれたのだ。
「なんだ、お前」
「きつね、ばいばい」
小さな手を振っている。
どうやら、逃がしてくれるらしい。
「おい、娘。あの小汚ねぇ侍に言っとけ。俺ぁ、恨みはぜってぇに忘れねぇ性質なんだ。必ず仕返ししてやるからなって。それからな、恩もぜってぇ忘れねぇ。お前がなんか困ったとき、手助けしてやるから、覚悟しとけよ」
「いっとく」
キツネはすぐさま家から飛び出すと、山とは反対の方向へ走り去った。
まだ幼い娘のすることである。
一体どんな意図があったものなのかは、わからない。
縛られているキツネを哀れに思ったのか、あるいは、全く考えはなかったのか。
ただ、キツネは自分で言ったように、受けた恩を忘れない性質のようであった。
このしばらく後、この幼い娘が所帯を持ち、子を持ったころ、またぞろ厄介なことに巻き込まれるのだが。
どこからともなく現れた一匹のキツネが、これを解決してくれた。
ただ、このキツネはただの妖怪ではなく、神使になっていたのだが、この時はまだ誰も知らぬことである。
兄妖怪は討伐され、老人と孫娘はようやくまっとうな暮らしをすることが出来るようになった。
これを機に、老人は居を村の中心部に移すらしい。
赤鞘は刀を駄目にしてしまったことを平謝りに謝ったが、老人はむしろ、妖怪を斬っただけでボロボロになるとは情けないとばかりに、頭を下げた。
次こそは妖を開きにしても刃こぼれ一つしないものを鍛え上げる、その時はそれを赤鞘への礼にしよう。
そういって、豪快に笑った。
孫娘も、それを手伝うという。
鍛冶場というのは、女人禁制のはず。
赤鞘がそれを問うと、老人は鼻息荒くまくし立てた。
「そういうことを言ってた連中は、息子夫婦ばかりか、孫まで見捨てやがった。誰がそんな奴らの言うことを聞いてやるかってんだ。女人禁制? 上等上等! もしこの子が望むなら、俺の技を全部伝えて、天下一の刀鍛冶にしてやりましょう」
どうやらこの老人は、筋金入りの天邪鬼らしい。
この気性はなかなか人に受け入れられるものではないだろうが、赤鞘にとってはとても好ましいものだった。
変わり者同士、気が合うのかもしれない。
あくる朝、赤鞘は老人と孫娘に別れを告げ、旅の空へと戻った。
老人はいつの日か自分が打った刀を渡すと約束したが。
残念ながら、赤鞘が生きているうちに約束が守られることはなかった。
この老人が孫娘に伝えた技は、歴史の表舞台に出ることなく、静かに受け伝えられていく。
今の世にもこれを継承するものがいた。
今タヌキが取り掛かっている仕事にかかわるものの中にも、老人と孫娘の子孫が打った刀を持つ者もいるのだが、それはまた別の話である。
事程左様に、赤鞘という男は刀に恵まれない男であった。
この後も様々な事件に巻き込まれ、そのたびに刀を失う羽目になる。
最後まで刀が手につかず、結局死ぬ直前に手元に残ったのが赤い鞘一つというのだから。
そこまで行けばあっぱれというほかない。
さて、お気づきの方も多かろうが、この時出会ったキツネが、あの「キツネ」である。
これが赤鞘とキツネの、腐れ縁の始まりであった。
以降、顔を合わせるたび、ぎゃぁぎゃぁとやりあうこととなる。
それが神と神使になってからも続くわけであるから、どちらも筋金入りの頑固者。
似た者同士であった。
と、いう他ないだろう。
ちょいと仕事が立て込んでいまして、息抜きということで一日で一気に書きました
前後のつながり無視して書いていいとめっちゃ楽なのよ・・・
次回更新するときは、本編を進めたいなって思います
さて、本編と関係ないお話なんですが
「神様は異世界にお引越ししました」が、コミカライズ
漫画化することと相成りました
というか、もうなってございます
ちょろっと検索等していただくと、さっくり発見してもらえると思います
そこから読んでもらって、ツイッターとかで感想をつぶやいてもらったりしますと、大変喜びます
主に作者が
前回も同じ事言ってるんですが、しつこく言わせていただきたいわけです、ハイ
何しろ人気が出ないと続きが出ないわけでして
神越が漫画になってんのずっと読んでたいのよ
人様が描いてくださる自分の話、めっちゃおもしろい()
そんなわけで、今回はここまで
よろしければ、今後もお付き合いくださいませー