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百六十四話 「初めて聞く言葉だな、危なそうに見えるものの注意しなくてもいい人物って」

 コッコ村の住民達は、皆一様に同じ問題に頭を悩ませていた。

 あるものは腕を組んで唸り、またあるものは転がりながら唸っている。

 歌っているものもいれば、踊っているものもいた。

 中には、木にタックルし続けているものまでいる。

 素人目には遊んでいるようにも見えるのだが、もちろんそんなことはない。

 その証拠に、アグニー達は皆真剣な表情をしていた。


「うーん。あれ、なに悩んでるんだっけ」


「ほら。収穫祭どうしようか、って」


「それだ。うーん、どうすればいいんだろうなぁー」


「覚えてないんだよなぁ。村でどんな風に収穫祭やってたか」


 そう、アグニー達は前の村でやっていた収穫祭を思い出そうと、奮闘していたのだ。

 しかし。

 残念ながらアグニー達は、誰一人として収穫祭の詳細を思い出すことが出来なかったのである。

 アグニー達の名誉のために言うと、それも致し方ないことではあった。

 そもそもアグニー達は、一度も「能動的に」収穫祭をしたことが無かったのだ。

 一体どういうことなのか。

 アグニー達の村での収穫祭は、毎回次のような感じで行われていた。


1・毎年収穫祭が開かれる時期くらいになると、交流のある行商人やら商人やらがやってくる


2・「今年も収穫祭で出店を出させてもらっていいですか」と尋ねられる


3・なんかよくわかんないけど「うん、いいよー!」と答える


4・なんかよくわかんないけど出店が一杯建つ


5・出店に誘われて人がたくさん来る


6・沢山来た人たちを当て込んで、大道芸人とかも来て芸を披露する


7・テンションが上がったアグニー達が、歌ったり踊ったりする


8・来た人とかが、「これは何のお祭なんですか」と尋ねると「なんかよくわかんないけど、収穫祭らしいよ」という返答される


9・みんなが「へぇー! 収穫祭だったんだー!」ってなる


10・アグニー達も「そっかぁー! 収穫祭かぁー!」ってなる


 毎年こんな感じで、気が付いたら収穫祭が執り行われていたのである。

 そう、アグニー達の収穫祭は、「今年もそろそろ収穫祭の時期だな」ということでやってくる商人達という、外部刺激により発生するイベントだったのだ。

 当然のことではあるが、その辺のことを正確に理解しているアグニー族は皆無であった。

 アグニーというのは、そういう細かいことを気にしない種族なのである。


「なんでじゃろうなぁー。毎年やってたのは間違いないんじゃけども」


「どうやってやってたんだろー」


「けっかいー」


「だめだ。ぜんぜんおもいだせない」


 思い出せないのも無理はない。

 なにせ、そもそもこれという決まりがあったわけではないのだ。


「なんか、踊ってたよな」


「うん。踊ってた。あと歌ってた気がする」


「収穫祭なんだから、毎回踊ってた踊りとか、歌ってた歌とか覚えててもよさそうなのになぁ」


「ぜんぜんおもいだせない」


 それもそのはずで、毎回大道芸人とかの楽器演奏や歌などに合わせて歌っていたので、決まった歌や踊りなど存在しないのだ。

 もちろん、アグニー達はそのことに全く気が付いていない。

 そんなバカな、と思う人もいるかもしれない、が。

 相手はアグニー族である。

 そんなバカな種族なのだ。


「もう、一回やってみるか。収穫祭の踊り」


「お前・・・天才だな・・・」


 というわけで、アグニー達は歌って踊ってみることにした。




「あーら、えっさっさぁー!」


 ガニ股ザルを両手で持ち、地面すれすれから天高く掬い上げる仕草を繰り返す。

 これはとある地方に伝わる、伝統的な収穫祭の踊りである。

 その地方で多く栽培されているのは、ハシリコムギやアルキダイズという穀物であった。

 収穫時期になると種を遠くへ運ぼうと、根っこを自力で引き抜いて走り始めるという特徴を持っている。

 これらを収穫するときの動きが、収穫祭での踊りの原型になったと言われていた。


「なんかこれじゃないのぉ」


「結界ー」


「しっくりこないんだよなぁー」


 しっくりこないのも当たり前で、アグニー達はハシリコムギやアルキダイズを育てない種族なのである。

 それらを収穫する仕草から生まれた踊りが、しっくりくるはずがないのだ。


「でも、踊ったようなおぼえはあるんじゃよなぁ」


「オレも。確かに踊ったと思う」


「ギンがそういってるから、まちがいないな。俺も踊ったおぼえがあるし」


 狩人であるギンは、アグニー族の中でもかなりしっかりしている。

 皆から絶大な信頼を寄せられているのだ。

 ちなみに、踊った覚えがあるのは、実際に踊ったことが有るので当然であった。


「なんかもう、あれだ。思いつく限り歌ったり踊ったりして見るしかないか」


「お前・・・天才だな・・・」


 というわけで、コッコ村の住民達は思いつく限りの歌と踊りをやってみることとなった。


 地面に転がるアグニー、アグニー、またアグニー。

 コッコ村は、死屍累々と言った有様になっていた。

 皆踊ったり歌ったりし疲れて、完全にグロッキーになっているのだ。


「だめだ、ぜんっぜんおもいだせない」


「なぜじゃ・・・ここまでやって、なぜ思い出せないのじゃ・・・!」


 思い出すも何も、ないものは思い出しようがない。

 だが、村にいる誰も、そのことに気が付いていないのだ。

 まさに、シュレディンガーの収穫祭状態である。


「はぁー。いったいどうしたものかのぉ」


「なんも思いつかないなぁー」


「けっかいー。あのさぁ」


「うぉ、びっくりした。どうした?」


「もういっそのことさ。歌も踊りも、新しく作っちゃえばいいんじゃないかなぁ」


「お前・・・天才だな・・・」


「村も新しくなったわけだし、歌も踊りも新しくしてもいいよな」


「じゃあ、考えてみるか。歌と踊り」


「おー!!」


「結界ー!」


「よぉーし! すごいのかんがえるぞぉー!」


 これが後の世に、主にエルトヴァエルによって語られる「第一次 収穫祭の歌と踊り大戦」の引き金になろうとは。

 まだ誰も、知るよしもなかったのである。




 アルティオは村の中で一番の歌い手であった。

 女性ならではの高音域はもちろん、低い音程も歌いこなすアルティオの歌は、聞くものを皆感動させる。

 その歌声のすばらしさは、カリエネスも認めるほどであった。

 歌声の神からの祝福を授けられてもおかしくないほどの実力であった、のだが。

 残念ながらカリエネスは最近まで引きこもっていたため、アルティオに祝福は授けられていなかった。


 そんなアルティオは今、ストロニア王国にいた。

 より細かく言うと、ストロニア王国にある「虹色流星商会」本社。

 その地下にある、収容施設である。

 鉄車輪騎士団に追われ逃げ惑っているうち、アルティオは知らない町の近くまで出てしまった。

 疲れ切り、お腹もすいていたアルティオはそこで気絶してしまい、気が付いたら捕まっていたのである。

 気絶さえしていなければ、アグニーであるアルティオがそう簡単につかまることはなかっただろう。

 カラスやトロル達を歌で誘導し、逃がすことに専念していたのが原因なのだが。

 おかげで、かなりの数のカラスとトロル達を、別の種族の村に向かわせることができたはずである。

 アグニーと同じゴブリンの近縁種である、ウォーゴブリン族。

 彼らなら、きっとカラスとトロル達を受け入れてくれているはずだ。

 ちなみにだが、アルティオはほかのアグニー達のことに関しては、そんなに心配していなかった。

 皆、生粋のアグニー族である。

 圧倒的な感知能力と危機察知能力、俊足の逃げ足を見せて、逃げ切っているはずだ。

 もし逃げ切っていなかったとしても、必ず生きてはいるだろう。

 生きてさえいれば、何とかなる。

 アルティオはアグニー族の本能を、誰よりも信頼していた。

 だからこそ「そんなに心配していない」のだ。

 これを「信頼」と取るか「楽観」と取るかは、まぁ、人によって見方の変わるところだろうか。

 一応付け加えておくと、鉄車輪騎士団の襲撃による直接的、間接的なアグニーの死者数は、0である。

 もちろん、今現在は、の話ではあるが。


 さて。

 知らない町でアルティオを捕まえたのは、バタルーダ・ディデの奴隷商人であった。

 この商人は捕まえたのがアグニー族であることを知るや否や、速攻で行動に出る。

 他の国の奴隷商人になにも伝えずに、アルティオをうっぱらったのだ。

 ほとんど捨て値で手放したのは、その奴隷商人の「勘」による行動である。

 アグニー族はヤバい。

 下手にかかわったら絶対に首が飛ぶ。

 そう考え、厄ネタから少しでも早く離れようとしたのだ。

 この奴隷商人からアルティオを買いとった商人は、買いとって一時間ほどでアグニー族であることに気が付いた。

 すぐに売主を探そうとしたが、その時にはすでに高飛びの後。

 買主は大いに焦り、すぐさま行動に出た。

 つまり、他の奴隷商人に説明もせずにうっぱらったのである。

 買主がアルティオがアグニー族であることに気が付き、ヤな予感を覚えて瞬時に売りさばく。

 また別の買主が知らずに買い付け、アルティオの正体に気が付いて慌てて売り抜ける。

 そんなことが、七回ほど続いた。

 彼らの共通点は、特にアグニーについての情報もない当時の状況にもかかわらず、「なんかヤバそうな気がする」という勘に頼って行動をしたところだろう。

 そして、彼ら全員が恐ろしいほど鋭い「勘」を持つ商人達であり、全く正しい行動をとった、というところである。

 彼らから見てアグニー族というのは、間違いなく「ヤバいネタ」であったのだ。

 そういう意味で、彼らは皆、優秀な商人だと言えるだろう。

 もう一つ共通して優秀だった点は、「アルティオを下にも置かずに接待した」ことだ。

 おかげで、彼らに対してアルティオの認識は、「なんかやさしいひとたち」ということになっている。

 一歩間違えれば、「酷い人達」として覚えられていたはずだ。

 もしそんなことになったら、一体どうなるか。

 誰とは言わないが凄まじい情報収集能力を持つ天使に身元を割り出され。

 誰とは言わないが槌と土が主兵装であるガーディアンに、ボコボコにされることになっていただろう。

 あるいはそこに、誰とは言わないが化かすのが得意な色々計算してみると実は齢500を超えているヤバい感じの妖怪とかも加わっていたかもしれない。

 アルティオを売りつけられ、すぐに売りに走った商人達は不幸ではあったが、間違いなく優秀であった。

 優秀さとは偶然と勘に頼らないこと、等といった人もいたらしい。

 だが、偶然と勘があって初めて成り立つ優秀さというのも、世の中にはあるのだ。

 世界というのは広いものである。


 そんなこんながあって、様々な売り手と買い手の間を行きかっていたアルティオは。

 個人の奴隷商人に偽装してあれこれと非合法な品を買い付けていた「虹色流星商会」のバイヤーの手に、渡ったわけである。

 このバイヤーは、他の商人達と明確に違う点があった。

 アルティオをアグニーと知っていて、知らないふりをして買った、という点だ。

 自分を優秀だと思っていたバイヤーは、アグニーを使って一山当てようともくろんだのである。

 ちなみにこの時、彼は「虹色流星商会」の本社の意向を確認していなかった。

 独断専行、というヤツである。

 彼は自分の見立てと考えに、絶対の自信を持っていた。

 アグニーを使えば必ず、巨大な利益を手にすることができる。

 それを見越した自分は優秀であり、同じく優秀である「虹色流星商会」の役員達は必ずそれを評価するはずだ。

 この功績を認められ、あるいは自分も出世の道を歩けるかもしれない。

 そんな風に考えていた彼への本社からの評価は、「新型クロスボウ試射用の的係への転属」であった。


 ちなみに。

 国境近くの草原で的にされた彼は必死で逃げ惑い、川に転落。

 下流にある村で記憶を失った状態で助け出され、村の女性と結婚。

 妻との間に娘が生まれ、その娘が人攫いに連れ去られ、その過程で頭を強く殴られ記憶を取り戻し。

 バイヤーとして身に付けていた高度な護身術を武器に娘を取り戻す戦いを繰り広げたりすることになるのだが。

 今それはどうでもいい話である。


 まあ、ともかく。

 出過ぎた社員を粛正した「虹色流星商会」ではあったが、アグニーが劇物であり、うまく扱えば巨大な利益を得られる。

 というところだけは、間違いなかった。

 ただ、その扱いは慎重の上にも慎重をきさねばならない。

 様々な情報を集め、様々な状況を想定し、様々な方法が模索された。

 会議は踊る、されど進まず。

 まさにこの例え通り、「虹色流星商会」に置けるアルティオの扱いは、一向に決まる気配がなかった。

 そんなアルティオの扱いであるが。

 かなりの好待遇と言わざるを得ない様な状態であった。

 快適で広く清潔な部屋に、適度な運動スペース。

 食事も美味しく、ポンクテまで用意されていた。

 気晴らしに歌えるように、専用設備まで用意されている。

 まさに至れり尽くせり。

 極めつけは、なんだかよくわからないけどものすごく欲しくなって頼んでみたら本当につけてくれた、結界である。

 ちょっと品質が今一つであるが、その辺は仕方ないだろう。

 とにかく、ニ十四時間好きな時に好きなだけ結界にタックルができる。

 それだけでどれほど快適なことか。

 とはいっても、もちろん不満点もある。

 ここにいるのが自分だけで、仲間がいない、というところだ。

 どんなに居心地が良くて、食べ物がおいしくて、結界があったとしても。

 やはり、仲間が居なければどこか楽しくない。


「はぁー。みんな元気かなぁー」


 ため息交じりにそういうと、アルティオはべったりと結界に寄り掛かった。

 アグニーである彼女が結界にタックルしていないというその状況が、現在の心境を如実に物語っているといっていいだろう。

 そんなぼうっとしているアルティオが、突然飛び上がるように身を起こした。

 何かが近づいてくる気配を察知したのだ。

 警戒した様子で周囲を見回すアルティオだったが、すぐに気の抜けた顔に戻る。

 それと同時に、近くにあった窓から何かが部屋の中に入ってきた。

 アルティオが今いる部屋は、地下にある。

 窓に見えるのものは実際には外につながっておらず、そう見えるように偽装が施された照明器具であった。

 どこにもつながっているはずがなく、いってみればただの壁掛けモニタ。

 誰かが出てくるような種類のものでは、無いはずなのである。

 にもかかわらずそこから「出てきたモノ」は、人の形をしていた。

 どこにでもあるようなスラックスに、白いワイシャツ、スニーカー。

 たったそれだけの服装なのに、どこか超然とした雰囲気を周囲にまき散らしている。

 銀というよりは純白といった色合いの、腰を超えるほどの長い髪。

 一瞬作り物かと思うような、整いすぎた目鼻立ち。

 何より最も目立つのは、長くとがった耳。

 エルフと思われるその白い男は、アルティオににっこりと笑いかけた。

 アルティオも、それにつられるようににっこりと笑顔を返す。

 アグニー族であるアルティオが、逃げようともしない。

 少なくともアルティオにとっては、危険がない人物だ、ということである。


「こんにちは。ノックをしようと思ったんですが、この窓では叩いても音がしなかったもので。何も言わずに入ってしまいました。すみません」


「ぜんぜん、大丈夫ですよ」


「許していただいて、ありがとう。そして、初めまして。私は、トリトエスリ。ハイ・エルフの、トリトエスリと申します。少々覚えにくい名前なんですけどね」


「私は、アグニー族のアルティオといいます」


「ああ、よかった。やっぱりここであっていましたね。実は私、貴女とお話ししたいと思ってここに来たんです」


「おはなしですか?」


「そう。貴女に興味があったもので。ああ、そうでした。先ほどの自己紹介では、不十分でしたね。私は虹色流星商会の、販売員をしているもの。つまり、この商会の関係者なんです」


「へー。お店の人なんですか?」


「はい。色々なものを売っています。お魚やお肉。お菓子なんかも」


 白いエルフ、トリトエスリは、柔和な笑顔を見せる。

 なんだかよくわからなかったが、アルティオもそれにつられて、にっこりと笑った。




 トリトエスリ。

 数少ない、メテルマギトに合流していないハイ・エルフの一人だ。

 客相手にモノを売り買いする過程そのものが好き、という変わった性癖の持ち主で、生の商売を楽しむために「普通の人族」を装って活動している。

 顧客一人一人をじっくり相手にしたい、ということで、十数年前から「虹色流星商会」の販売員として勤務。

 他の種族に比べ圧倒的に長い寿命を誤魔化すため、様々な土地を渡り歩いている。

 今までいくつもの商会を転々としており、「虹色流星商会」に対する忠誠心などはほぼない。

 変わり者であり、メテルマギトにはあまり関わってはいない。

 ただ、やはりハイ・エルフであるが故か、虐げられているエルフを見ると、すぐさまメテルマギトに連絡。

 救出には協力も惜しまない。


「とはいえその他のことには特に興味を示めさず、今メテルマギトが行っているアグニー族の確保についてもほぼ無関心。妨害もしないが協力もしない、という姿勢を取っている。そのため今回の件には、気が付いたとしても特に妨害などはしてこないだろう。というのが、エルトヴァエル様の見解だ」


 ガルティック傭兵団が保有する、戦闘潜水空母。

 その食堂兼会議室で、今回のアグニー奪還にかかわる面々は情報のすり合わせを行っていた。

 本来なら「見直された土地」の地下ドックで行っておきたかったことだが、今回はどうあっても時間が惜しい。

 まあ、仕事に大きくかかわるであろう部分は、すでに全員の頭に入っている。


「だいじょうぶなのか。ハイ・エルフっていうのは、やばいやつなんだろう」


 水彦の物言いに、説明をしていたドクターは渋面を作る。


「個性の強い方が多いのは、間違いありませんね」


「ていうか、ドクターは聞いたことないのん? トリトエスリ氏の噂的なの」


 聞いたのは、プライアン・ブルーだ。

 エルフというのは同種族間の繋がりが、他の種族とは比べ物にならないほどに強い。

 同種族同士で殺し合うことはまずないし。困っているエルフが居れば必ず助ける。


「いや、まぁ。いくらなんでも、一個人。それも、普段身分を偽装して生活している人物のこととなるとな」


「そりゃそっか。で? このハイ・エルフへの対処をどうしましょう、って話?」


「いや。エルトヴァエル様がこうおっしゃっているんだ。特に気にする必要はないだろう。という話だ。何しろ、今回の仕事は大急ぎだからな。わざわざこんな情報を下ろしてくださったのも、その示唆だろう」


「それもそっか」


 ドクターの言葉に、プライアン・ブルーは肩をすくめ見せた。

 エルトヴァエルからすれば、「情報は少しでも多く、細かい方が良かろう」と思って渡した資料の一つだったのだが。

 受け取り方というのは立場と状況によって、まるで変わってくるものである。


「とりあえずは気にしない。もし接触したとしても、極力かかわらないように気を付ける。何かあった場合は本部に相談、それができない場合は柔軟かつ臨機応変に対応。ということだな」


「そだねー。で、どったの。険しい顔して」


 プライアン・ブルーが顔を向けているのは、リリの方である。

 確かにリリは険しい表情で資料に目を落としていた。


「いえ。これほど必要な情報が詳細に載っている資料を、見たことがなかったもので。まして、これほどまで信頼性が高いというのも。いえ、信頼性云々ということ自体、意味がありませんでしたね」


 罪を暴く天使から与えられた情報なのだ。

 少なくともこの世界「海原と中原」で考えるならば、疑う余地がない。

 自分の目で見たものと、エルトヴァエルがもたらした情報に齟齬があるならば、自分の目の方が絶対に間違っている。

 それが、この世界に住む人間達による、エルトヴァエルへの評価であった。


「だからこそ、失敗すれば確実に我々の責任ということになる。気を引き締めてもらいたい。と、言っても。この商売、結局は自己責任なんだがな」


 荒事商売というのはそういうモノらしい。

 プライアン・ブルーは大げさな仕草でうなずき、リリも何とも言えない表情を浮かべている。


「ほかにもいくらか危なそうに見えるものの注意しなくてもいい人物がいるから、確認していく」


「初めて聞く言葉だな、危なそうに見えるものの注意しなくてもいい人物って」


「私も初めて口にしたな」


 軽口を叩きながらも、確認は粛々と進んでいく。

 水彦も、部屋の隅で一応話を聞いていた。

 ガルティック傭兵団の中で、水彦の立ち位置は「ゲスト戦力」である。

 不測の事態やちょっとしたお手伝いとして、腕力を振るうのが仕事だ。

 なので、ぶっちゃけこういったことを聞いておく必要はないのだが。

 一人でじっとしているのも退屈なので、ここにいるわけである。

 本来であれば、あてがわれている部屋でお菓子を食べながらゲームでもしていたかったのだが。

 残念ながら用意していた「お出かけセット」を、見直された土地に置いてきてしまっていた。

 きっと今頃は、樹木の精霊達が勝手に中を空けている頃だろう。

 ふと隣を見ると、門土が至極真剣な表情で書類に目を落としている。

 普段のような豪快な笑い声をあげるでもなく、文面を熟読しているようであった。


「きになるやつでも、いるのか」


「左様。一人、名を聞いた男が居るようでござってな」


 門土が見ているのは、アグニーを捕えているという「虹色流星商会」が雇っている荒事屋のリストだった。

 中でも特に注意すべき、と書かれているものの一人が、気になっているらしい。

 名前などと簡単な情報と共に、顔写真が載せられている。

 どうやら、リザードマンの男性らしい。


「野真兎に居た頃に噂を聞いたのでござるがな。何でも、かなり腕扱きの曲刀使いだとか」


 元々、門土は武者修行のために国を出た男である。

 こういった相手のことは、気になるだろう。


「やりあうことに、なりそうか」


「いかがでござろうか。目的はあくまで、捕まっておられるアグニー族殿の意向に沿うこと。まずはそれを確認せねば、何とも言えぬものかと存ずるが」


「かぜひこの、しらせまちか」


 アグニー族からの聞き取りは、風彦が行うことになっている。

 結果は、もう数時間もすれば知らされることになっていた。


「まあ、たぶんだっかんすることになるだろうけどな」


「仕事の内容から言えば、こういった名うてとやり合うというのは歓迎できぬことでござるがなぁ」


「けんきゃくとしてはな」


「はっはっは! 左様にござるな!」


「こればっかりは、ほんのうみたいなもんだ」


 水彦自身、このリザードマンのことは気になる。

 人間時代の赤鞘の記憶も持っている水彦だ。

 血が騒ぐ感覚があった。

 しかしながら、ここは門土に任せるべきだろう。

 この世界のことは、この世界のものに任せるのがよい。


「おれも、まるくなったな」


 我ながら大人しくなったものだと、水彦はしみじみと感じた。

 これが創られてすぐのことであったなら、自分も手合わせしてみたいと言い出してたことだろう。

 今はすっかり落ち着いて、「隙があったらやり合ってみよう」と思う程度である。

 ずいぶん大人になったものだと、我ながら思う。

 もし樹木の精霊達がお出かけセットを漁っていたとしても、許してやれるような気がしないでもない。

 ラムネやガムを食べてしまったぐらいは、まぁ、自分が持ってくるのを忘れたこともあるのだし、許してやろう。

 ただ、ピザ味のポテトチップスを食べていたとしたら、絶対に尻を叩きまくる。


「おとなになるというのは、こういうことか」


「どうなされたでござるか?」


「いや、なんでもない」


 水彦はちょっと大人になった気分で、改めて資料に目を落とした。




 見直された土地の中央付近。

 八柱の樹木の精霊達は、水彦が忘れていったお出かけセットを盛大にひっくり返していた。


「このポテトチップスおいしー!」


「ピザの味がする! ピザの味がしておいしい!」


「いっそのこと、ピザ窯作ろうか。ちょっとその辺にさ」


 土、火、水、風の精霊樹がそろっているのである。

 ピザ窯の形ぐらいならば、簡単に作ることができるだろう。


「それはちょっと難しいかな。ピザ窯を作るのって、職人技だし」


「むずかしいそーだよねぇー」


「何言ってんだよ。誰だって最初は素人だろ! 試してみようよ!」


「玄人になるほどたくさんピザ窯作るの大変だ」


「そうだよ。やっぱりピザはアンちゃんが持ってきてくれるのを食べるのに限るよ」


「このピザ味のポテトもおいしいけどさ。本物のピザも食べたいよね」


「話してたら食べたくなってくるの。あるあるだよね」


「ああ、そうだ。ピザっていえばさ、アグニー達がお祭やるでしょ?」


「なんでピザでお祭思い出したよ」


「いみがわからないよ」


「超巨大ピザ焼き焼き祭っていうのがあってね、それで思い出したのさ。ってそんなことどうでもよくて。アグニー族のお祭だよ」


 お付きの精霊達や、自分自身の力。

 樹木の精霊達は、そういったものを通して「見直された土地」の中での出来事をよく把握していた。

 頭数も八柱と多いので、何だったら赤鞘よりよほど「見直された土地」のことを知ってるほどだ。

 子供が遊びのために費やす情熱というのは、時に本職も驚かせるほどなのである。


「お祭いいよねぇ。でも、ぼくまだライブで体験したことないや」


「私達の場合、知識だけだからね」


「生まれて間もないからなぁー」


 樹木の精霊達の物心がついたのは、「見直された土地」に植えられてからだ。

 色々な方法で様々な知識を蓄えてはいるものの、実際に経験したことは少ない。


「おまつりかぁ。どんなかんじなのかなぁ?」


「以前、コッコ村の住民が赤鞘様の社を持ってきてくれましたが。あの時の様に、楽しいものなのでしょうか」


「いーなぁー、お祭。コッコ村でやっても、僕ら遊びに行けないしね」


 樹木の精霊達も随分成長して、本体である木からずいぶん離れることができるようになっていた。

 皆で力を合わせて「木との繋がり」を調整する技術を編み出してからは、なおさらだ。

 一柱では難しくとも、皆で協力すれば大抵のことができる。

 数というのは力なのだ。


「そうですね。私達もやってみましょうか。お祭」


「わたしたち? どうやってさぁー」


「簡単なことです。私達がお祭をする、それだけですよ」


「でも、たったの八人じゃなぁー」


「盛り上がんねぇーだろ。どう考えても」


「それはその通りですね。私達だけならば、の話ですが」


「数が足りないなら、数を増やせばいい」


「ちょうどいい者達がいるではありませんか」


 調停者と呼ばれる樹木、その精霊二柱が、得意げに胸を反らす。

 この二柱は大体いつも一緒に行動しており、双子の様に行動が似通っている。

 二人とも同じことを考えているときなどは、交互に言葉を発したりもしていた。

 他の樹木の精霊達は、不思議そうに首をひねっている。

 最初にポンと手を叩いたのは、火の精霊樹の精霊だ。


「なるほど、湖の連中か」


 樹木の精霊達には、彼らの周りに集まった精霊達がいる。

 それぞれが発する力によって影響を受け、強くなったモノ達だ。

 精霊達は「見直された土地」内にある湖の上空に、様々な力の結晶で作られた島を作って住んでいる。


「彼らにも協力してもらえば、賑やかになるでしょう」


「数がそろえば、お祭は盛り上がります」


「どんなお祭にするのが良いか、アイディアを募るのもよいでしょう」


「まさにこう言ったものは、数が多い方が良いアイディアが出ますからね」


「精霊による、精霊のための、精霊のお祭かぁー」


「たのしそぉー!」


「やろーやろー!」


 樹木の精霊達は、すっかり盛り上がっていた。

 赤鞘が聞いていたら、胃のあたりを押さえて必死に止めたかもしれない。

 しかし、そうなることはなかった。


「でも、いちおうさぁ。赤鞘様に、やっていいかきいたほうがよくなーいー?」


「それもそうだけど。聞けそうにないし」


「あー、それもそうかぁ」


 樹木の精霊達は、一斉に赤鞘の方を向いた。

 正確には、赤鞘とグルファガムの方だ。


「いけるいけるいける! 体力は元々あるんですから、後は技術と思いきりですよ! 変に緊張しなければ今のグルファガムさんなら出来ます! 無理だと思って途中で力を抜きさえしなければ大丈夫! 自信をもってください!!」


「むりむりむりむりむりむりむり! 無理ですよこれ赤鞘さん! 肩が! 肩が抜けちゃう! 脱臼! 脱臼的な奴でアレしちゃいますって! これっ! これこんなヤバい力で持ってかれる奴なんですか!? ウソでしょぜったい!!」


「大丈夫! これぐらいは普通です! 力だけでやろうとするとダメなんですよ! もっと体をそらして、こう、体重を使うんです! そうすると力まなくてもいけますから!!」


「あ、ホントだ! こっちの方が若干楽です! けど! えっ、ウソ足元持ってかれる!! あ、いけるか? イケそう! これギリいけますよたぶん! あ、あ、マジか! まじか、行けそうではありますよこれ!」


 相変わらず二柱で、力の制御の訓練をしている。

 グルファガムがなかなか優秀なようで、赤鞘の要求にこたえられているらしい。

 それにつられて、赤鞘の指導はヒートアップしている様だ。


「じゃあ、エルトヴァエル様は?」


「エルちゃん、めちゃめちゃしごとしてるよぉ?」


「ほんとだ」


 赤鞘たちから少し離れた場所に敷かれたビニールシートの上で、エルトヴァエルは仕事をしていた。

 書類とモニタ、アンバフォンとにらめっこをしながら、キーボードを叩いている。

 どうやら、書類の整理をしているらしい。

 黙々と仕事をしているようで、全くの真顔である。

 ただ、どこか生き生きとして楽しそうに見えるのは、エルトヴァエルが本来こういった仕事を好むからだろう。

 隠密行動と情報収集と情報整理を好む天使。

 それがエルトヴァエルなのだ。

 かなりピーキーな天使様である。

 ちなみに。

 エルトヴァエルは樹木の精霊達が話しているのを、しっかりと聞いていた。

 仕事をしながらでも、周囲の情報はしっかりと把握する。

 罪を暴く天使は非常に有能なのだ。

 にもかかわらず樹木の精霊達に声をかけないのは、特に問題がないと思っているからだ。

 自分達でお祭をすることを決め、皆と相談して実行に移す。

 樹木の精霊達にとっては、良い経験だろう。

 配下ともいえる湖の精霊達に指示を出す練習にもなるはずだ。

 だからこそ、エルトヴァエルは樹木の精霊達がすることを、温かく見守ることにしたのである。


「よーし! そうときまったら、ぜんはいそげだぁー!


「お祭、楽しみですね」


「どんなお祭にしましょう」


「歌って踊るのはマストだよねぇー」


 口々に言いあいながら、樹木の精霊達は湖を目指して飛んでいった。

 赤鞘がこの状況を知って真っ青になるのは、もう少し後のことである。

いろいろ立て込んでおりまして、更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした

どうして遅くなったかについては「猫と竜」で検索検索ぅ!(ダイレクトマーケティング)


はい、幸いにして本を出させて頂くこととなりまして、その作業等で遅くなっておりました

申し訳ないです


今回はタヌキさんの出番ありませんでしたね

次回は頭からタヌキさんのお話になる予定は未定です


それと、お知らせなんですが

「神様は異世界にお引越ししました」

が、コミカライズしております

すでに御知りの方もいるかもしれませんが、よろしければ検索してみたりして頂けますと幸いです

いや、小説家になろうサンの仕様変更で、なんかアドレスとか張れないらしいんですよね・・・知らんけど・・・

細かい設定よくわからないんですよ・・・あほなので・・・

とりあえずタイトルで検索すればマンガの方も引っかかってくるのは間違いないと思いますので、よろしければ是非


ていうか、お祭とか軒並みできないご時世ですけども

皆さんご健康に過ごされておりますでしょうか

読んでくださっている皆さんのご健康とご無事

もし御病気であるならば、一刻も早い御回復をお祈りしております

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― 新着の感想 ―
[一言] 歌と踊り大戦は三回目が一番大変なんでしょうね
[一言] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしてますー
[一言] 赤鞘様がスパルタ教育しててほっこりしました。好きです。
感想一覧
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