百六十三話 「けっかいー。あ、収穫祭してないな」
ストロニア王国は、内陸に位置する国である。
当然海には面しておらず、港は陸上にあった。
乗り入れ可能なのは「空中船」のみ。
ガルティック傭兵団が誇る移動拠点、戦闘潜水空母では、直接乗り入れることができなかった。
普通ならば、それで戦闘潜水空母での移動は諦めるところだろう。
だが、戦闘潜水空母はドクターと土彦の合作であり、驚くほど高性能なシロモノである。
移動拠点としての能力はすこぶる高く、諦めるのには少々惜しい。
その状況を知ったスケイスラーの宰相“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクーは、新造船であるという船での協力を申し出た。
海上に着水可能で、水中にいる潜水艦を収容可能な偽装空中輸送艦。
これを用いれば、戦闘潜水空母を海上で収容。
そのままストロニア王国の港へ移動することが可能になる。
まさに今回のためにあつらえたような船だが、今回のことが決まってから建造が始まったわけではない。
造船というのには、それなりに時間がかかるのだ。
どうやらバインケルトは、以前からこういった船の必要性を感じていたらしい。
建造予定だった船の設計を見直し、偽装空中輸送艦を作ることにしたのだそうだ。
輸送国家というのは、輸送に適した魔法体系を保有し、大型の輸送船舶などを運用、建造する能力を持つがゆえに力を持つこととなった国である。
こういったことに関しては、まさに本職であった。
ガルティック傭兵団は慌ただしく準備を整え、戦闘潜水空母を出航させた。
海上でスケイスラーの船と合流するのは、数日後の予定である。
ストロニア王国入りは、さらに数日後。
少しでも日程を早めたいところだが、それをしてしまえば偽装が緩くなる恐れがある。
未だ発見されるわけにいかない現状では、貴重な日数を浪費してでも、その危険は避けなければならないのだ。
戦闘潜水空母には、水彦、門土、キャリンのほか。
スケイスラーの個人最大戦力“複数の”プライアン・ブルー。
シャルシェルス教の僧侶コウガク。
ホウーリカ王国の個人最大戦力“鈴の音の”リリ・エルストラ。
ストロニア王国の国防に携わる人間が聞けば卒倒する様な面子が乗り込んでいた。
風彦は、後から合流する予定である。
こちらも大事な用事ではあるが、今の風彦には別の仕事があったのだ。
なんでこんなことになったのか。
風彦はこの日何度か目になる質問を、頭の中で自分に問うた。
窓のない小さな部屋にパイプ椅子が並んでおり、そこに風彦が座っている。
なんか妙にふわふわキラキラしたミニスカートで、頭にはメチャクチャ小さな帽子がヘアピンでとめられていた。
おそらくこの帽子は、帽子としての機能をはたしていないと思われる。
強い日差しから持ち主を守ることもできず、変装とかに使われたりするような偽装効果すら望めない。
あるいは帽子自身にとっても、こんな使われ方は不本意なのではあるまいか。
中型人種サイズの風彦の頭の上に載ってるからこそ、彼は帽子としての力を本分を果たすことなく、なんかオシャレな感じの髪飾りに甘んじているのだ。
あるいはこれが妖精とか、この「海原と中原」にと存在する小型種族であったならば、問題なく帽子としての本懐を遂げることができていたはずである。
今ここにあることは、この帽子にとって不幸なのか。
あるいは、いい感じのヘアアレンジアイテムとなっている己に誇りを持っていたりする、のかもしれない。
幸、不幸というのは裏表であり、人から見ての不幸がその人にとっては幸せであったりすることもある。
この帽子にとって現状は、果たしてどちらなのだろうか。
とか、なんかそんなどうでもいいことを考えながら、風彦は現実逃避モードになっていた。
風彦が今いる小屋は、「見直された土地」の中にあるアグニー達の村、「コッコ村」に建てられたプレハブ小屋である。
土彦が材料を持ち込んで建てたもので、中々良い出来であった。
中もきれいで居心地がよく、軽食やジュースなども用意されている。
このプレハブ小屋は、今回のために用意された待機場所なので、後日取り壊す予定なのだとか。
若干勿体ない様な気がするのは、風彦が比較的貧乏人気質だからかもしれない。
その辺は赤鞘に似たのだろう。
さて、何の待機場所なのかと言えば。
風彦達がコッコ村で行う、歌と踊りの発表会のための、であった。
なんかアイドルっぽい服装で歌って踊る、例のヤツである。
そう、いよいよ今日は本番当日。
村の皆の前で、歌って踊るのだ。
当初の予定では水彦も見るはずだったのだが、仕事が入ってしまいキャンセルとなった。
まぁ、事情が事情なので仕方ないだろう。
水彦には、後日見てもらうことになっている。
それがいいのか悪いのか判断に迷うところではあるが。
風彦もその仕事に参加しなければならないのだが、発表会が終わってからの合流ということになっていた。
速度だけならばガーディアン三柱の中で最速である風彦の足ならば、後から追いかけても十二分に間に合うのだ。
何だったら、皆がストロニア王国についてから出かけて行っても、仕事を始めるまでには到着するのはたやすい。
アグニー村で歌と踊りを披露した後、ストロニア王国で侵入工作やら破壊活動を行うのである。
温度差で体調を崩しそうだ、と土彦にぼやいたところ。
「安心なさい。私達の身体は丈夫に出来ていますから」
と言われた。
そういう意味ではないのだが、圧がすごかったので黙った。
風彦は、土彦のことが好きではある。
だが、同時に逆らえない感のある、苦手な相手だとも思っていた。
好きと苦手は共存しうるのである。
今日一緒に踊るのは、土彦、カーイチの一柱と一羽であった。
将来的には、ここにアニスが入る予定だが、今回は見送られている。
まだ勧誘が済んでいないので、連れてきたくてもできないのだ。
アニスの場合は本業もあるので、勧誘自体がなかなか難しそうではあるのだが。
カリエネスは、裏方の担当であった。
音楽やライトアップなど、すべて一柱で行う。
本来なら、プロデューサーであるディロードとマルチナも作業に加わるはずなのだが、今はストロニアに向けての移動中である。
ただでさえ出演者もそろっていないのに、裏方までそろっていない状況だ。
ならばと、風彦はおずおずといった様子でカリエネスに声をかけた。
「あの。プロデューサーがいないなら、今日はやっぱり延期ということには」
「いいじゃんいいじゃん! 最初の地回り営業感があってっ! やっぱり地下アイドルは小さい仕事を大事にしなきゃねっ!」
カリエネス曰く、活動拠点が地下だから、地下アイドル。
ということらしい。
普段いるのが「エンシェントドラゴンの巣」最奥なわけだから、まぁ、間違ってはいない。
「いい、三人とも! 今日はプロデューサーがどっちも出稼ぎでいないけど、最高のステージにしてよ! なんてったって初めての舞台なんだからっ!」
なんだか妙にかわいらしい、いわゆるアニメ声で宣言するカリエネス。
歌声の神なだけに、声色を変える程度のことはお茶の子さいさいなのだろう。
そういえば、この神って神様だったんだな。
一応偉いんだった。
などと失礼なことを思ってしまった風彦だったが、誰にも咎められないだろう。
ちらりと土彦の方を見てみると、眉毛が微妙に眉間に寄っていた。
あの土彦ねぇの表情を崩すとは。
やはり神様なのだな、と、風彦は妙な関心の仕方をする。
「でもにゃぁ。もう一人追加するとして、アニスちゃんしか思いつかんのよな。もう一人ぐらいほしいのよにぇ。そうすれば五人そろって戦隊ものっぽいし」
これ以上、誰を犠牲にしようというのか。
まあ、ぶっちゃけ人が増える分には問題ないと、風彦は思っていた。
巻き添えは多い方が気が楽になるのだ。
「あ、そうだ。キャリンたんにやらせたろ。多少は体長とか体格とかがあれだけど、化粧のねぇやん仕込みのお化粧テクニックでどうにでもなるでよ」
今の世の中そう言う系のことすると怒られるんじゃないか。
そんなことを思った風彦だったが、何も言わなかった。
怒られるかもしれないという恐れと同時に、何それ見てみたいという興味も抱いたからだ。
兄弟姉妹の中では、一番かわいいものに対して強い反応を示すのが、風彦なのである。
「って、今は目の前のライブに集中せんかいっ!! 余裕見せてんじゃにゃいよ初ライブやねんぞっ! ぞっ!!」
突然ハイテンションでキレ出すカリエネス。
情緒不安定なのかな、と思った風彦だったが、よく考えてみると特に不思議な感じはしなかった。
風彦が見知っているこの世界の神様というのは、大体テンションがおかしいのだ。
ちなみに、風彦がよく見ているこの世界の神様というのは、アンバレンスとカリエネスである。
他の神様への風評被害がヒドイ。
「よしっ! そろそろ時間かな! 三人とも、張り切っていこう!」
「「「おー」」」
なんとも気の抜けた声だったが、カリエネスは特に何も言わなかった。
おそらく、あんまり人の話を聞かないタイプなのだろう。
とにもかくにも、こうして初めてのライブステージの幕が切って落とされたのである。
土彦達のグループには、まだ名前が付けられていなかった。
今後人が増えた時のことを考えてと、「ファン投票とかで決めたほうがそれっぽいから」というのがその理由である。
最初は自分達で考えたのだが、どうにもネーミングがひどすぎるということでボツになっていた。
出た案は「乳袋レンジャーズ」「向う脛蹴りまくり隊」「見直されたトッチーズ」「赤鞘神社歌劇団」などだ。
なかなかどうしてある意味パンチがある感じだったので、命名を避けたのはある意味正解だったといえるだろう。
そんな名前も決まっていない様なふわっふわな状態で始まったライブだったが、案外上手く行った。
アグニー族は踊りが好きな種族であり、音楽があればそこがパーティー会場。
リズムに乗れば勝手に体が動き出し、ビートに合わせてテンションも上がっていく。
ただ、弊害もあった。
最初は皆楽しそうにステージを見入っていたのだが、途中から楽しくなってしまい、アグニー達も踊りだしてしまったのだ。
そのため、前半は兎も角、後半はほとんど一緒に踊るだけになっていた。
普通のライブなら軽い事故なのだろうが、やる方としても「どうせそうなるだろうなぁ」と思っていたので、想定の範囲内といっていい。
アグニー達の踊りは基本的に我流なのだが、時折驚くほど洗練された動きを見せることもある。
例えば長老などは、サタデーのナイトにフィーバーしちゃってる感じのダンスが得意だった。
そこから盆踊りやヒップホップなども挟んでくるあたり、芸に富んでいるといえる。
土彦やカーイチは、楽しそうなアグニー達を見て和やかに喜んでいた。
直接的な防衛の要として動いている土彦から見て、アグニー達は土地に住む大切な住民達である。
カーイチにしてみれば、アグニー達は一緒に暮らしている相棒であり、保護の対象であった。
彼らが喜んでいる姿を見れば、楽しくもなる。
そういう意味で、一番視線が邪なのは風彦だといえるだろう。
風彦は終始だらしない顔でアグニー達を眺め、時折腹を抱えてうずくまったりしていた。
内臓系の病に違いない。
一番邪だろうと思われたカリエネスだったが、残念ながらそんな目をしている暇はなかった。
一人でライブの裏方を全て担当していたわけで、普通にメチャクチャ忙しくてそれどころではなかったのである。
きちんと自分の仕事をこなそうと頑張る辺り、実は地味に真面目な神様だったりするのだ。
まあ、他の神様をむやみに煽ったりするが。
とにかく、ライブは持ち歌を全て歌って踊り切り、無事終了。
曲は五曲程度だったが、大いに盛り上がった。
ちなみに、すべてオリジナル曲であり、カリエネスの書下ろしである。
神作曲家による神歌詞の書下ろし、と書くと、なんとなく豪華な印象に聞こえるかもしれない。
実際、曲の方は素晴らしかったのだが。
歌詞の方はお察しである。
「いやぁー、あのサビの部分。真夏の毛糸のパンツ、メッチャカブれる。というところが、胸に響いたのぉ」
「けっかいー」
「むちゃくちゃ蒸れそうだもんね」
「名言だよなぁ」
どうやらアグニーの多くは、長老の意見に賛同しているようであった。
そもそも毛糸のパンツは寒い時に穿くものであって、真夏には穿かないのが普通なのだが。
アグニー達にとってはあるあるだったようだ。
今は、夕食後。
食事を終え、一踊りしてからくつろいでいるところである。
昼間にあったライブの話題で、あれやこれやと盛り上がっていた。
「やっぱり踊るのって楽しいよなぁ」
「そうだなぁ。まあ、今は畑仕事とかも一段落してるし、そういう余裕も出て来たよな」
それっぽいことを言っているが、アグニーは基本的に余裕があろうがなかろうが踊っている。
というか、余裕がない状況というのがあんまりなかった。
逃げ力に特化し、かなりの粗食にも耐え、生存能力バリ高なうえ、基本的にポジティブシンキングな種族なのである。
アグニーに余裕がない状況に追い込むというのは、かなり高難易度なことだといっていいだろう。
「そうじゃのぉ。作物もたくさん収穫できたし、しばらくは落ち着けるのぉ」
「本当にね。でも、何か忘れてる気がするんだよなぁ」
「けっかいー。あ、収穫祭してないな」
「なんだお前。結界から普通にしゃべるって、新パターンだな。ん? 収穫祭?」
「そうじゃった。収穫祭をしておらんのぉ!」
アグニー達にも、収穫祭という文化があった。
ポンクテなどの実りを感謝し、神様にお祈りとかをするのだ。
ちなみに、お祈りする対象の神様は割とふんわりしており、「なんかかみさま」程度の認識である。
この世界には実在する神様がたくさんいるので、「神様の皆様」みたいなざっくりしたお祈りが良く行われていたりするのだ。
神様側でも、迂闊に誰か一柱を有難がられるより角が立ちにくいということで、重宝されていたりする。
また、神様間の調整役をやらされる天使達にも好評であったりした。
「そういえば、何時もしてたな。収穫祭」
「でもさ、収穫祭っていつもいつごろしてたっけ?」
「ぜんぜん、おぼえてない」
「記憶にございません」
「シュウガク菜ってくえるの?」
基本的に、アグニーの記憶能力はポンコツなのだ。
収穫祭はした方がいいと思うけど、いつやっていたか思い出せない。
アグニー達は悩みに悩んだ。
苦悶の表情。
ねじれる体。
七転八倒しながら悲鳴を上げる。
そのうち、そうしてるのが楽しくなって皆でくねくねしながら動きまくった。
テンションが上がりすぎて大声をあげてしまい、それに驚いて一斉に逃げ出したが、しばらくしてからまた広場に戻ってくる。
「ううむ。全然思い出せんのぉ」
「こうなったら、テキトウに決めてやるか。お祭り」
「おまえ、さすがにそれは。天才か?」
「それしかあるまいのぉ」
「よし、テキトウにおまつりをやろー!」
「「「おー!!!」」」
こうして、なんかテキトウにお祭りをやることが決まった。
その様子はマッド・アイも捕捉していたので、すぐさま土彦の知るところとなったのである。
いつも赤鞘が当たり前にやっているので誤解されがちだが、力の制御というのは実はすさまじく難しいものである。
また、「力」というのはそのものずばり「力」であり、ドン引きするほどの危険物でもあった。
下手に扱うと、その瞬間大爆発。
などというのは当たり前。
下手に扱わなくても、ちょっとしたきっかけで大爆発、等ということも珍しくない。
その大爆発というのは、実際の土地で起こるとどうなるのか。
例えば異常気象であったり、空間の歪み、天変地異と呼ばれるような事や、人の心に悪影響を及ぼしてヤバい主義主張のものが現れたりする。
まあ、兎に角形問わず、よろしくないことが起きるということだ。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 赤鞘さんこれどうすればいいんですかっ! これどうすればいいんですかっ!!! って、ぎゃぁあああああああああ!!!!」
グルファガムの手の中にあった、球体。
力の流れの調整を練習するための道具「地治修練縮図」が、爆発を起こした。
結構大きな爆風と衝撃が広がったが、そこはさすが神様。
グルファガムは、少々髪の毛が行き過ぎたアフロみたいになっただけで、無事であった。
呆然とするグルファガムを見て、赤鞘はにっこり笑う。
「いやぁ、コレでどうやったら爆発するか、学ぶことが出来ましたねぇー」
「あの、出来れば、その、たすけてほしかったな。って」
「学びの機会を取り上げる事なんてできませんよ! これでまた一つ成長できましたね!」
練習させたり教えたりする時の赤鞘は、通常の千倍ぐらい押しが強くなるのだ。
全く怯む様子もなければ、驚いている様子もない。
それに若干引きはするものの、グルファガムは内心で少しだけホッとしていた。
練習に使っていた「地治修練縮図」が壊れたので、これでやっと休憩ができると思ったからだ。
もう、かれこれ三日ぐらいは休憩していない。
「ちょうどいいですから、少し休憩しましょうか。地治修練縮図も壊れちゃいましたしね」
「そうですよね! 少し休憩しましょう!」
「あ、エルトヴァエルさん、新しいの持ってきといていただけますか?」
「ええ!? アレってまだあったんですか!?」
「グルファガムさんが練習している間に、作っておいたんですよ。十個ほどストックがありますから、安心してくださいね!」
「うわぁーい、やったー」
人間が魂抜ける感覚って、こんな感じなのかな。
グルファガムは未だかつてないほど、人間に寄り添った気持ちになっていた。
そんなグルファガムのガーディアンは、樹木の精霊達と一緒になって、普通に眠っていた。
枕にされたり抱き付かれたり上に乗っかられたりしているが、微動だにしていない。
先ほどの爆発でも、耳を一度動かしただけで、全く動じていなかった。
なかなか、大物の風格である。
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タヌキは、早さを尊ぶ性質であった。
行動は素早く、正確に。
特に相手が逃げ隠れを得意とする場合は、なおさらだ。
「厚生労働省の方から来たもの」を名乗った男から手紙を受け取り、内容を確認したタヌキは、素早く行動に移った。
自らの術と連れてきていた部下を全て動員し、件の若い猫又を捕縛したのである。
映画の撮影などに使いそうな古い廃ビルの中に猫又を連れ込んだタヌキは、その首を片手で絞めながら吊るし上げていた。
「ギブギブギブギブギブギブ!!! おかしいおかしいおかしい! にゃんで!? にゃんでボクってばバラされそうになってるの!?」
「貴方が逃げるから、逃げないように捕まえているだけです」
「そりゃ逃げますよ! カラオケで遊んでたら、黒服のゴッツいにいちゃんねぇちゃんが銃持って押しかけてきたんですよ!? そりゃ逃げるでしょ誰だって!」
「私にあんな手紙を送った後です。私が貴方を探すこと位予測ができます。にもかかわらず逃げるということは、やましいことが有るということですね」
「なにもない! 何一つありません、何一つ!」
「では、話しなさい。まずは赤鞘様が人間でいらっしゃった頃の、お血筋のことについてです」
「え、どうだろう。まだ詳しくは調べてないんすよねー。ちょっとお時間いただければ確認するんですが」
「貴方の性格的に確認していない、確実でない情報で取引をしようとすることはありません。確実だという確証を得てから交渉に入るのが貴方のやり口です。そして、少しでも利益を引き出そうとする。喋れば殺さないで差し上げます。とても素晴らしい利益が引き出せましたね。さあ、話しなさい」
「問答無用!? ホントホント! 本当なんですまだキチンとした裏どりをですね! してない訳でして、まぁ、一先ず間違いないだろうなぁ、とは思うんですが確実でないことを穂ノ尾様に言っちゃうのもあれかなぁーって!」
「まず、二本ある尾のうちの一本を引きちぎります。以前から試してみたいと思っていたんですよ。猫又の尾を一本引きちぎったら、ただの猫になるのか」
「関東某県! そこに三世帯居りますですぅ!! 祖父祖母の二人暮らし一世帯と、その息子二人がそれぞれに独立! 長男が二男一女で、次男が男ばかり三人兄弟! 孫の世代は一番上が大学一年で未婚でございますです!」
タヌキは心の底から、穏やかな笑顔を浮かべた。
この猫又は昔から小狡いのだが、自分の利益になると踏んだことにかけては素晴らしく勤勉で注意深く、恐ろしく仕事が丁寧になる。
赤鞘様もこの猫又のそういうところを買っていた。
もし、そういう意味での赤鞘様のお気に入りでなかったら、タヌキは今までに十回はこの猫又の首をはねていただろう。
それにしても、まさか赤鞘様が人間であったころの血筋が続いているとは。
「特に問題などはなく暮らしているのですね?」
「だと思いますにゃん」
「どういうことですか。どちらにどんな問題があるというのです?」
「聞いて? ボクの言葉聞いて? はい、ごめんなさいウソです話します右側のヒゲを全部鷲掴みにしないでください狭いところ通れなくなるんです! 長男一家の次男が、警察の協力者になってます!」
「警察? どういうことですか」
「なんか、妖怪が見えて、木刀とかでぶん殴れるみたいで。祖父から剣術習ってるみたいなんですよ。剣道でなく」
「松葉新田流ですか」
「ですです」
赤鞘様は、驚くほど厄介事に巻き込まれる方だった。
おそらくは、そういった血を引き継いでいるのだろう。
そうなったとき、戦う手段があるというのは重要だ。
赤鞘様と同じ流派の剣術であるなら、間違いない。
「素晴らしいことです。貴方、お会いになったことは?」
「何度かありますにゃ。アホだけど腕力だけはある感じの」
この猫又にアホだといわれるのは、人間性が素晴らしいということである。
きっと、損得勘定抜きで目の前で困っているものを見過ごせない様な、赤鞘様に似た気性をお持ちなのだろう。
実に素晴らしいことである。
「松葉新田流の流れを継いでいる方は、他にはいらっしゃらないのですか?」
「ですから、そこのあたりはまだ確証がぎゃぁあああああああああああ!?」
「ああ、失礼。力が入ってしまいました」
引き抜いた猫又のヒゲなど持っていても仕方がないので、タヌキはぱっぱと手を払った。
特に役に立たないし、猫又の場合数日もすれば「復元する」。
「血筋の方以外で存命なのは三人ほど! 海外で傭兵やってるのと、日本で政府の協力者やってるのが一人! あと、一番の腕っこきが、あっ、あの人死んだんだった。事故で」
「事故? どんな事故ですか」
「車運転してたら、前を走ってたトラックの積み荷が崩れてきたんだとか。そうそう、思い出した。結構ニュースになったんですにゃ。最後の剣豪とか言われてた人で、相当な腕前だったとか何とか。参列者もすごかったらしいし」
存命ならば一度は顔を見ておきたかったが、こればかりは仕方ないだろう。
現在流れを継いでいる人間で一番の腕利きの顔を見てきたといえば、さぞ赤鞘様もお喜びになったはずなのだが。
タヌキが表情を変えず内心で残念がっていると、猫又が思わぬことを口走った。
「そういう人だから転生もするんでしょうにゃぁ」
「転生? どういうことですか」
「いや、流石にそこまではしらにゃいですよ。一妖怪の身分ではそこまで調べられないので。なんかゴブリンになったとかなんとか聞きましたけど、ホントなのかウソなのかも確認できにゃいですしね。マジマジマジマジ! 流石にここまで来たらウソ言わないですって! だから尻尾を掴まないでお願いしますなんでもしますからぁん!!!」
どうやら、本当に知らないらしい。
それにしてもゴブリンというのは何なんだ。
よくわからないが、とりあえず赤鞘様に報告するのが良いだろう。
一妖怪ではわからないことでも、神様であればつてを頼って何かわかるかもしれない。
「まあ、いいでしょう。聞きたい情報はそのぐらいです」
「それはよかったですにゃ。そしたら、あのー、解放してもろて」
「ですが、貴方が私の名前を呼んだことが気に食いません。タヌキ様と呼びなさいといったはずです」
「無意識だったんですぅ! 殺さないで殺さないで!! 動物虐待ダメ絶対!!」
「貴方は妖怪変化です。良かったですね、動物虐待にはなりませんよ。安心なさい、下半身の毛を全て刈り取るだけで許してあげましょう。バリカンを持ってきなさい」
「いやぁあああああああああああああああああああ!!!」
部下に無慈悲な指示を出すタヌキを前に、猫又は悲鳴を上げることしかできなかった。
ちなみに、手紙を持ってきた「厚生労働省の方から来たもの」を名乗った男は、そんな猫又の様子に、終始ニヤついた視線を送っている。
どうも、この猫又には普段から手を焼かされていたらしい。
天罰だざまぁみろ、とでもいうような表情である。
この後、しばらく猫又の悲鳴が響いていたのだが。
周囲に結界を張られていたのでそれは誰にも届くこともなく、ただむなしく響くばかりであった。
なんやかんや忙しく、あんまし更新に手が回っていません
どうかご容赦いただければと思います・・・
次回は
キースとか傭兵団とかがストロニアに到着
ストロニアのアグニーさんの現在
風彦、温度差で風邪をひく
の予定です
あと、知ってる人は知ってると思いますが、改めて
神越が漫画になりました
基本的にはサブスク「みっこみ」様で連載をし、少し遅れて「このマンガがすごい!」のサイトでも見れるって感じになります
まあ、なんだ、色々とあってなろうサンのところで細かい説明するわけにはいかないので、申し訳ないのですが、ちょちょっと検索をして頂けたりするとありがたいです
長いタイトルの奴なんですぐに検索引っかかると思いますしね