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百六十二話 「兄者兄者兄者! その辺で!」

 土彦の地下ドックにやってきた“鈴の音”のリリ・エルストラは、呆れたようなため息を吐いた。


「なんなの、ここ。どこぞの軍事施設?」


「まあ、似たような状態ではあるわな」


 周りを見回しているリリの様子を見て、セルゲイはおかしそうに笑う。

 少々間の抜けた感じのするリリの反応だが、むしろ真っ当なものだといっていい。

 何しろ、ガルティック傭兵団のドクターと土彦が、持てる技術を合体させて作り上げた施設なのである。

 新しい兵器の開発や実験も行われているし、何より傭兵団の拠点としても稼働していた。

 もはや地下ドックというより、地下軍事施設といった方が正しいような状態だ。


「こんなに大きな施設が、地下にあるなんて」


「メテルマギトは都市機能が全部地下にあるのよ?」


「それに比べれば、って? 理屈はわかるけど。実物を目にするとね」


「ま、そらそうだわな。ちなみにお前さん、メテルマギトへは?」


「一度も。貴方は、忍び込んだことがあるとか。噂ですが」


「ウワサはウワサよ? あんな厳重なところに入り込もうなんて、まともな奴がやることじゃないっての」


 肩をすくめて見せるセルゲイの言葉に、今度はリリが笑った。

 トリエア・ホウーリカに近い立場にいる関係上、リリは「この業界」の噂に聡い。

 その中で度々耳にするのが、セルゲイ・ガルティックの噂だ。

 とある国では、クーデターから命からがら逃れた姫を手助けしたり。

 軍事転用しようとして失敗した、人造ドラゴンを仕留めたり。

 国家転覆を狙う企業体とドンパチを繰り広げてみたり。

 まるでゲームの主人公のような活躍ぶりである。

 無論、噂の中にはかなり誇張されているものもあるだろう。

 だが調べてみると、かなり「矮小」にされているものもあったりする。


「随分謙虚な物言いだこと」


「どうせ聞くなら、俺みたいなおっさんのことじゃなくて、ここのこと。なんじゃないの? 色々言い含められてきてるでしょ」


「さあ、どうでしょう」


 意味ありげに笑って見せるリリだが、もちろん、トリエアからよくよく言い含められてきている。

 余計なものは見ず、聞かず、調べず。

 骨身を惜しまず、割り振られた仕事をこなしてこい。

 ホウーリカではなく、「見直された土地のアグニー族」のために献身的に働くことこそが、最終的にホウーリカの利益につながる。

 つまるところ、リリの仕事は「信用」を得て来い、というものなのだ。

 ホウーリカは「見直された土地のアグニー族」に対して真摯に向き合う、という「信用」である。

 ひいてはそれが、「見直された土地」の土地神である赤鞘からの「信用」を得ることにつながるのだ。

 神からの「信用」を得られる。

 この「海原と中原」にある国家にとって、それは素晴らしく価値のあることなのだ。

 なにしろ、実際に神や天使が姿を見せ、その御業を振るうことのある世界なのだから。


「意味深な物言いだねぇ」


「特に深い意味はないのだけれどね。まあ、行動で示すしかないわけだけど」


 それしかないと、リリは思っている。

 残念ながら「信用」というのは、金を積んだり、口先だけで手に入るものではない。

 実際に行動することでしか、得ることができないものなのだ。

 まして完全な買い手市場であり、売り手の努力や熱意など関係がない。


「そういうものかねぇ。はい、つきましたよっと。おーい。連れて来たぞー」


 扉を開いた先は、会議室のようになっていた。

 水彦、土彦、風彦、ドクター、キャリン、門土、コウガク、プライアン・ブルー、ディロード、等々。

 今回の件。

 ストロニア王国でのアグニー安否確認、および、場合によってはその身柄の奪還にかかわるメンツが、一堂に会している。


「駅を出てすぐにここにいらした様ですね。急かして申し訳ない」


 渋い顔をして詫びたのは、ドクターであった。

 初めて会うのだが、顔や情報はリリも事前に仕入れている。

 何しろ、あのセルゲイ・ガルティックの右腕であり、自身も優秀な戦闘機乗りとして有名なのだ。

 ドクターの言う通り、リリは「見直された土地」に来たばかりであった。

 アインファーブル発の地下鉄を降りて、直行でここに来たのだ。


「いえ、こちらこそお待たせしてしまったようで」


「本来はもっとゆっくりやるはずだったんだが、どうも事情が変わったようでね。少々予定を繰り上げることになってね」


「理由を聞いても?」


「もちろん、聞いてもらいますよ。かなり驚かれると思いますが」


 苦い顔で言うドクターの言葉に、リリは僅かに身構えた。

 この場所と、ガーディアンが三柱もいるというこの状況以上に驚く話というのは、どんなものなのだろうか。


「エルトヴァエル様から、要請がありました。約一か月後、この土地に複数の神様がいらっしゃることになっている。その時には、なるだけ外に出ず、エンシェントドラゴンの巣でじっとしているように」


 あまりの衝撃に、リリは一瞬呼吸が止まった。

 複数の神様が、天界から地上に、それもこの「見直された土地」へ集まってくる。

 一体、何が始まるのか見当もつかない。

「その時には、なるだけ外に出ず、エンシェントドラゴンの巣でじっとしているように」

 つまり、その日その時には、例の滞在施設にいろ、ということだと思われる。

 しかしながら、ガルティック傭兵団はストロニア王国行きを控えている状態だ。

 それだけでなく、この件はなるべく早く取り掛からなければならない仕事でもある。

 現在、ストロニア王国にいるアグニーを確保しているのは、とある商会なのだが。

 彼らは近いうちに、アグニーをどう扱うか、決めるらしいのだ。

 もしメテルマギトにでも渡ることになったら、接触、奪還は相当に困難になる。

 ストロニア王国に拠点を置くその商会が態度を決める前に、なるべく早く行動を起こさねばならない。

 リリは先ほどの言葉をそう解釈し、思わず顔をしかめた。


「つまりそれまでには、ストロニアの件は終わらせておかなければならない、と」


 神々が集まるという日、ギリギリに「見直された土地」に戻る。

 というのは、少々心臓に悪い。

 できれば二・三日前。

 欲を言えば、一週間前程度には「見直された土地」に戻っておきたいところだろう。


「そうなりますね。それも、出来るだけ早く」


「あまり、大げさに考える必要はありませんよ」


 口を開いた土彦に、リリとドクターの注目が集まる。


「少々神様方がお集まりになる事情があるので、その間だけ少々静かにしていてほしい。というだけの話ですので」


 自分で言っておいて土彦は、あまり説得力のある言葉ではないな、と思っていた。

 神様が集まる事情、というのはいかにも物騒な響きだ。

 事情というのは、無論、グルファガムの件である。

 今現在、赤鞘が付きっ切りで土地の管理の仕方を教え込んでいるグルファガムだが。

 一か月後には、多くの神々の前でその腕前を披露することになっている。

 色々な神が集まってくる予定なので、その時にはなるべく外に出ていないほうが、人間の心理的負担も少なかろう。

 という、エルトヴァエルなりの気遣いだったのだが。

 どうにもそのあたり、人間側との間に齟齬があるようであった。

 まあ、実際かなりの大事なので、ドクターやリリの考えは間違っていない。

 というか、普通の人間ならまずそう考えるであろう。

 そこで、水彦が首を横に捻った。


「なんだ。なにかあるのか」


「いや、水彦にぃ。ほら、例の。今、赤鞘様が例の管理の仕方を教えていらっしゃる件で」


 風彦が慌てて説明するが、今一要領を得ない。

 人間の前なので、色々と気を使って、名詞とか単語を出さないようにしているためだ。

 一瞬訝し気に眉をひそめた水彦だったが、すぐに風彦の言わんとしていることに気が付いたらしい。

 思い出したというように「あー」と頷いた。


「べつに、きにするようなことでもないだろう。どうせくるのなんて、あんばれんすや、みなぞこのおおかみのじいさん、ぐらいなんだから」


「兄者兄者兄者! その辺で!」


「場所が場所ですから! 場所が場所ですから!」


 土彦と風彦が、血相を変えて水彦の口をふさいだ。

 だが、既に時遅しである。

 割としょっちゅう来ているので感覚がマヒしているが、アンバレンスは腐っても最高神。

 ここの所時々顔を出しては酒を飲んで帰っていくようになった水底之大神も、大神中の大神である。

 突然飛び出してきたビッグネームに、水彦達以外の面子に動揺が走った。

 キャリンは完全に白目を剥いて、小刻みに震えている。

 普段は豪快に笑っている門土も、あんぐりと口を開いていた。

 比較的素早く衝撃から立ち直ったのは、セルゲイである。


「なんかお前さん、すんごいタイミングで来たね」


 向けられたそんな言葉に、リリは何とも言えない表情を浮かべた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「やっぱりあんころ餅っていいですよねぇ。甘いですし」


 どんなものをお供えしてもらっても喜ぶ赤鞘だったが、特にあんころ餅には思い入れがあるらしい。

 何しろ、はじめてお供えされたときのことをしっかりと覚えていて、タヌキとの会話でもたびたび話題に上るほどである。

 力の弱い神である赤鞘が、しっかりと記憶に留めているということは。

 それだけ、強烈に印象に残っている、ということだ。


「いやぁー、ずいぶん昔のことなのですけれどねぇー。タヌキさんにも、随分同じ話をしちゃっていますし。すみません。またか、と思ってるんでしょうけど」


 そんなことはありません。

 タヌキは笑顔で首を振るが、赤鞘は困ったように笑いながら、頭を掻く。

 何度同じ話をされたところで、タヌキは全く呆れたりなどしていなかった。

 赤鞘と話すというのはタヌキにとって、それだけで心躍ることである。

 ましてその赤鞘が楽しそうに、嬉しそうにする話であるなら、タヌキがそんな風に思う訳がない。


「あんこが多くて美味いな」


 そういってあんころ餅をほおばっているのは、キツネである。

 この性悪は驚くほど食い意地が張っていて、お供え物にすぐに手を出す。

 タヌキはいつもそれを叱るのだが、聞く耳を持たない。

 懲らしめてやろうとタヌキが飛びかかろうとすると、すぐに赤鞘が止めに入ってくる。

 あのキツネは性悪なので、それに味を占めているようだった。

 最近では、わざと挑発してきたりもする。

 もっとも、あまり調子に乗りすぎると、赤鞘が自らゲンコツを落とすこともあった。

 実にいい気味である。


「ほら、タヌキさんも上がってください。せっかくお供えしていただいたんですし」


 正直、赤鞘とキツネの様子を見ているだけで、タヌキは満足であった。

 今はもう崩れてしまったはずの社の階段に、赤鞘とキツネが腰かけている。

 周りは草木が青く茂り、田の方から風が吹いて来ていた。

 ああ、なんと穏やかで、心地よいのだろう。


 眠りに落ちそうでありながら、何かが心に引っかかり、完全に寝てしまうことができない。

 ただ、うとうとと微睡んでいたタヌキは、実に幸せな夢を見ていた。

 これは夢なのだとわかりながらも、その世界を眺める。

 あまりに懐かしく、戻りえない景色。

 幸せのあまり感極まり、目元に涙まで湛えていたタヌキであった、のだが。


 突然の物音に、一瞬にして現実に引き戻される。

 どうやら床に転がしておいたモノが、のたうち回るうちにイスを倒したらしい。

 瞬間的にソレを縊り殺しそうになったが、手をかける直前でぐっと我慢することに成功する。

 まだ聞き出していないことがあるので、始末するのはそのあとでなければならないのだ。

 今いるのは、ビルの一室。

 床に転がっている連中の持ち物である。

 小悪党の割りに、随分金をため込んだものだ。

 この連中が持っている百分の一でもあれば、赤鞘の神社はずいぶん立派になったことだろう。

 そう思うと、ますますむかっ腹が立ってくる。

 一人頭、腕の二三本ならもいでも問題ないのではなかろうか。

 そんなことを真剣に考え始めたタヌキだったが、何かが近づいてくる気配を感知し、思考を切り替える。

 階段を上がる音が響いてきて、ドアが開く。

 入ってきたのは、スーツを着込んだ、どこかボウッとした印象の男だ。


「どうもこんばんはー。厚生労働省の方から来たものなんですけど。って、うわぁ。すごいなぁ」


 男は地面に転がる連中を見て、言葉ほど驚いて居なさそうな声で言った。

 確かに、すごい光景ではあるだろう。

 複数の男が床の上に転がって、苦痛に呻きもがき苦しんでいるのだ。

 別に外傷を負わせたわけではない。

 少々神経などを化かして、「お前は今、途轍もなく苦しい」と思わせているだけである。

 普通ならば何が起こっているのか気になるところだろうに、男は特に何を聞くわけでもなく、タヌキの方へ近づいてきた。


「すみません、なんか全部やって頂いちゃって。何せ私達、捜査はできても荒事には向かないもので」


「荒事はこちらの専門。そちらには情報を下ろしていただいていますから」


 こと情報収集に関して、役人というのは時に驚くほど有能だ。

 味方につけて損のない相手である。

 特に、この連中の部署は実に便利な立場にあった。

 厚生労働省の方から来た、と言っていたが、連中は別に「厚生労働省に所属している」わけではない。

 その方向から来た、と言っているだけなのだ。

 実際の所属はタヌキにもよくわからないし、知るつもりもない。

 肝心なのは連中が持ってくる情報が、的確で正確なものだということである。


「そう言って頂けると、こちらとしてもありがたいんですけどもね。ええっと、あ、コイツだ、呪術医とかいうの。いや、参ってたんですよ、変な薬ばらまいてて。指定薬物でもないから取り締まるのも面倒で」


 男はスマホに表示させているらしい写真と、転がっているものの一人との顔を見比べ、満足そうに頷いた。

 泣き叫んでいて顔はよくわからないのではないか、と思うが。

 案外判別できるものらしい。


「では、有り難く引き取らせて頂きます。ほかの連中は、警察とか防衛の人達が欲しがってましたので、そちらと分けさせてもらいますので」


「そのあたりのことに関しては、私は関知しませんので。ちなみに、ほかの方々は?」


「一応来てはいるんですが、タヌキさんの前に出るの怖がっちゃってまして。私人間なんで、その辺のことちょっとよくわからないんですが」


 さもありなん、といったところだろう。

 男が所属している部署の連中は、男以外ほとんどが妖怪変化の類である。

 物の怪でありながら、人に雇われることを選んだ連中だ。

 どうも彼らは、同じ妖怪からはあまり評判が良くないらしい。

 人間に飼われてどうの、と言われるのだそうだ。

 タヌキとしては、特に思うところはない。

 特に興味がないので、なんとも思わないのである。


「ああ、そうそう。うちの先輩から、預かりモノがあったんでした。タヌキさんにお渡しするようにって言われていまして」


 男は懐から封筒を一通取り出し、タヌキに差し出した。

 受け取り、確認してみる。

 表に押されたハンコの様なモノを見て、すぐに誰が出したものか見当がついた。

 右前足の肉球印。

 知り合いの、若い猫又のものだ。

 まあ、若いといっても百五、六十は超えているのだが。

 封筒を開け、中身を読み始める。

 書かれていたのは、頼んでいた調べ物の結果であった。

 赤鞘が守護していた村の住民が、どうなったのか。

 追跡調査を頼んでいたのだ。

 わざわざそんなことを頼んだのは、一つ気になることがあったからである。


 赤鞘は、人の信仰が由来の神であった。

 村のために戦って死に、祀られて土地神になったのだ。

 なので、拝む者がいなくなれば、その時点で消えてしまうような存在なのである。

 にもかかわらず、守っていた村が廃村になった後も、赤鞘はしばらくの間存在し続けていた。

 ということは。

 村から人が居なくなった後も、どこかで誰かが赤鞘を拝んでいた、ということに他ならない。

 タヌキは、その「誰か」のことが気になっていたのである。


 赤鞘が守護していた村の最後の住民は、男性であったらしい。

 長く一人暮らしをしていたが、高齢を理由にホームに入ることになった。

 息子夫婦が自分達の家に住めばいい、と言ったそうだが、男性は拒否したそうだ。

 自分の預貯金でホームの費用を支払い、映画鑑賞を趣味として過ごしていた。

 ホームに入る以前はよく散歩をしていたそうで、その時に赤鞘神社にお参りをしていたという。

 そういった習慣があったためか、朝目が覚めると必ず、赤鞘神社の方向に一礼をしていたのだとか。

 亡くなったのは、一か月ほど前。

 一番のお気に入りだという洋画を見ながら、職員も気が付かぬうちに息を引き取ったのだという。


 村が無くなり、住む人が居なくなっても、赤鞘が存在し続けられた理由。

 タヌキは、手紙の内容を噛み締めるように目を閉じた。

 元住民の中には、まだ存命の人もいるという。

 その中にも、赤鞘神社に手を合わせていたものがいたかもしれない。

 依頼があれば、追加で調査する、と、手紙は締めくくられていた。

 タヌキはしばらく考え、必要ないだろうと判断する。

 氏子達のことは、オオアシノトコヨミがキッチリとしてくださっているはず。

 タヌキが最後の住民のことを調べてもらったのは、単純な興味ゆえだ。

 あるいは、何か困っていることでもあったら、助けになろうかとは思っていたが。

 やはり、必要なかったようである。


 目を開き、もう一度手紙と封筒を眺めていたタヌキだったが、ふと違和感に気が付いた。

 封筒の中に、小さなカードの様なモノが入っていたのである。

 取り出してみると、「追記」と有り、数行の文章が書いてあった。

 それを読んで、タヌキはぎょっと目を見開く。

 内容は、大きく分けて二つであった。

 一つ、赤鞘が人間であったころの家が、まだ続いていること。

 赤鞘の兄の血筋が続いており、「赤鞘の遠い親戚」の家が、まだ続いているのだという。

 そしてもう一つ。

 赤鞘はすっかり潰えたと思っていた「松葉新田流」が、極めて細々とではあるが、未だに継承されているのだとか。

 実戦的暗殺剣として受け継がれているのだそうで、調べ出すのに苦労したと記されている。


「ちっ、ちす、血筋? 松葉っ、一門が?」


「あの、タヌキさん? なんか、えーと、なんかすんごい煙出てるんですけども? 大丈夫です?」


 男に声をかけられ、タヌキはハッと口元を押さえた。

 どうやら感情が高ぶって、煙を吐いていたらしい。

 心得の無い人間が迂闊に吸い込むと大変なことになる類のものなので、慌ててそれを消し去る。


「失礼しました。これをよこした猫は、どこにいますか?」


「先輩なら、カラオケに行くとか言って街に繰り出していっちゃいまして。なんか、今回捕まえて頂いたやつが、カラオケボックスに変なお香流してたみたいでしてね? その件を調べてたら、歌いたくなったとか何とか」


「もうすぐ、警察と防衛の方々がいらっしゃいます。引継ぎが終わったら、あのクソ猫、失礼、あの猫のところにご案内願えませんか?」


「わかりました。あの、ネコ先輩ってなんかやらかしたんです?」


「いえ。ただ、個人的に用事が出来ただけですので」


 全くの予想外の事態である。

 一時も早く赤鞘の元に行きたいと思っていたタヌキにとって、一か月程度という猶予期間は恐ろしく長いもののように思えていた。

 だが、今この情報を手にしたことにより、退屈で忌々しいだけだったはずのこの時間が、大変に忙しく動き回らなければならない時間に変化したのだ。

 赤鞘の、あのお侍様の血筋が残っている。

 気にならないはずがない。

 常々同じ流派一門が残っていないことを、赤鞘は寂しがっていた。

 これもやはり、調べないでおけるはずがない。

 異世界に行くまで、一か月。

 かなり忙しくなりそうな予感に、タヌキは口の端を釣り上げる。

 口の隙間からは、煙と火の粉が盛大に吹き漏れているのであった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「土彦様が、カーイチを連れて行った? なんで?」


 ポンクテを頬張りながら、マークは首を傾げた。

 目の前にいるのは、やはりポンクテを頬張っているギンである。


「いや、連れていかれたっていうか、用事があるからついてきてって言われて、一緒にいったっていうか」


「んあん? 用事ってなんなの?」


「なんか、歌って踊るんだって言ってたぞ」


「踊る、だと」


 マークは眼を鋭く細めた。

 もっとも、マーク基準で鋭く細めただけなので、ほかの種族から見たら可愛らしい感じになっている。

 擬音的にも「キッ」とか「キリッ」といった感じではなく「むにっ」といったところだろう。


「実はさ。今まで言ってなかったんだけど。俺、踊るのって好きなんだ」


 マークの突然の告白に、ギンは目を見開いた。


「マークもなのか。実は、俺も案外好きなんだよ。踊るの」


 アグニーは基本的に、本能で踊ってしまう種族であった。

 そのためか、踊るのが好きとか嫌いとか明言することが少ないのだ。

 ちなみに、アグニー族の踊り好き率は、ネコが大好きな人の、ネコ好き率と同じぐらいだといわれている。

 無論、アグニー達はそのことに全く気が付いていない。


「そうなのか。案外多いのかな、踊るのが好きなのって」


「よくわかんないけど。いや、それよりもカーイチが連れていかれたんだって」


「へぇー。誰に?」


「土彦様だよ。なんか、歌って踊る練習をするんだーって言って」


「なるほど。なにか、問題があるのか? カーイチが嫌がってるとか、仕事に支障が出てるとか」


「いや、全然。最初は微妙そうな顔してたけどさ。なんか、皆の前で歌って踊るみたいで。それを楽しみにしてるっていったら、張り切って練習に行くようになったんだよ」


「皆の前でか。それは楽しみだなぁ」


 アグニー達に影響されてか、カラス達も一緒に踊ったりする。

 その姿は、中々にかわいらしい。

 アグニー族にとってのカラスは、人間にとっての犬と同じような、いわば相棒となる動物だ。

 それが踊っている姿に好感を持つのは、ある種当然のことと言えるだろう。


「狩りも、しばらくはいかなくていいからな」


 干し肉や毛皮も、だいぶ量が貯まってきている。

 野菜やポンクテも随分備蓄があるので、しばらくは狩りに行く必要もなかった。

 なので、狩人であるギンや、その手伝いをするカラス達は、今は結構暇なのだ。


「じゃあ、問題ないのか」


「そうだなぁ。まあ、踊りを見せてくれるのが、楽しみではあるな。あと、皆で同じ衣装着て踊るらしいぞ」


「そうなのか。それも楽しそうだな」


「たしかにな。みんなで同じ服着て踊るのって、お祭りみたいで面白そうだ」


 これが、後にエルトヴァエルの内臓に深刻なダメージを与える事態になろうとは。

 この時はまだ誰も予想すらしていなかったのである。

大体月一更新でやってきたんですが、遅くなって申し訳ありません

月一更新がそもそもどうだよ、というのは、まぁ、言いっこ無しってことで一つ・・・


次回は、ガルティック傭兵団出発

コッコ村でのダンスお披露目会

グルファガムさん、限界突破

の、予定です




さて、耳の早い方はもうお知りになってることと思いますが

この度、「マンガのサブスク - ミッコミ【MiCCOMi】」様で、神越がコミカライズすることとなりました

事となりました、っていうか、もうなってます

連載しております

みっこみ様に登録すると、コミカライズ版神越第一話が読めるわけです

すごいですよね・・・神越の本が発売したのって、2014年ですよ

連載開始したのに至っては、2012年・・・思えば遠くへきたもんだ・・・


そんなわけで、ご興味ご関心があるようでしたら、みっこみ様で連載中の神越コミカライズ版をよろしくどうぞ

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― 新着の感想 ―
[一言] コミカライズと連載おめでとうございます!!!!!!!! 門土がびっくりしているのを想像したらめっちゃかわいいですね。
[良い点] すごく面白い! 最高! [一言] 更新楽しみに待ってます!
2021/03/11 22:40 退会済み
管理
[良い点] 更新きた! [一言] 最高神を始めとした神様方が見直された土地に集まるっていうのは、人間側からしたら何で今、神様方が見直された土地に集結!?ヤバいよ、ヤバいよってアワアワする案件だけど、神…
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