百五十九話 「よし! じゃあ、それで行こう! その成果でもってさ、タヌキさんの件押し切ろうぜ!」
世界情勢に影響を与えるような大国でありながら、メテルマギトはその内部が非常に探り辛い国であった。
理由は色々あるのだが、大きいものが二つ。
一つは、スパイや諜報部員の侵入が恐ろしく困難な事。
都市機能の大半が地下に集中している上、出入りは厳重に管理されていることから、そもそも中に入ることすら困難。
もし入り込めたとしても、国民のほぼすべてがエルフ種で構成される国である。
他の種族では、歩いているだけで異様なほどに目立ってしまう。
魔法や仮装などで誤魔化そうにも、相手は世界でも指折りの魔法技術を持つ国である。
ましてそれを運用するのが、人型種でも指折りの身体能力と魔力を併せ持つエルフなのだ。
同じエルフ種でもない限り、誤魔化し切ることはまず不可能。
エルフは種族的に、絶対的な仲間意識を本能として持ち合わせている。
そのため、「エルフの国」であるメテルマギトを害そうとするエルフは、まず存在しない。
したがって、一時的にならばともかく、メテルマギトに長期間に渡って諜報行為を仕掛けるのは、ほぼ不可能と言えた。
もう一つは、その特殊なエネルギー事情と立地からくる、ギルドや輸送国家との国土的な接点の無さである。
ほとんどの国が魔力の供給をギルドに頼る中、メテルマギトは自国の独自技術により魔力を得ていた。
また、輸送国家との取引はあるものの、彼らの活動の中心となる「港」はその性質上、地上になければならず。
メテルマギトの機能の大半を担う地下との接点は、ほぼないといってよかった。
つまり、他の国であれば密接にかかわらざるを得ず、どうしても情報の流出源となってしまう「ギルド」と「輸送国家」との接点を、最小限に抑えることに成功していたのである。
それで居ながら、メテルマギト自体は他国に少なくない密偵などを放っていた。
メテルマギト内にいるエルフ以外の人種は珍しいが、エルフがメテルマギト以外の国にいることは、全く珍しくない。
また、メテルマギトが持つ高い魔法技術による「種族偽装」を看破できる国は、決して多くはなかった。
自国の情報は外に漏らさず、他国の情報は吸い上げる。
メテルマギトが世界的に大きな影響力のある国で居続けているのには、こういった理由もあったのだ。
そのメテルマギトの個人最大戦力である“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソの右腕であり、“影渡り”“タイニー”“ミツバチ”など複数の二つ名を持つキース・マクスウェルが、活発に活動をしている。
鉄車輪騎士団の副団長という国家的要職に在り、顔が売れているにもかかわらず、諜報活動を得意としているという奇異な男が、国外を嗅ぎまわっているらしい。
この噂に、各国に動揺が走った。
特に過剰な反応を示したのは、国民感情的にエルフ種差別を抱えている国。
そして、アグニーに関する事柄にかかわっている国である。
普段はさして国外に興味を示さないメテルマギトだが、唯一の例外が「エルフ」にかかわることであった。
一人でも助けるべきエルフがいるとなれば、メテルマギトは一切の躊躇なく戦力を投入し、それを保護する。
今までのところそれに例外はなく、武力で持って叩き潰された国も存在していた。
ゆえに、成り立ちや情勢的に「エルフ差別」を抑えきれていない、あるいは何らかの「差別を廃絶できない事情」を抱えている国などは、この知らせに震え上がったのだ。
次に滅ぼされるのは我が国か。
後ろ暗いところのある多くの国が、秘密裏に国境と国内の監視を強めた。
一方、アグニーにかかわりのある国も、同じように警備を増強し始める。
現在のところ、アグニーに関する事柄は、メテルマギトが国を挙げて注目している事柄であった。
手元にアグニー族がいるなどということになれば、探りを入れてくるであろうことは火を見るより明らか。
相手が相手だけに、そこからどんな展開になるかわからない。
あるいは軍事衝突などということも、無いとは言えないのだ。
アグニーとかかわりのある、あるいはあった国の中でも、とくに強い警戒感を示したのが、「バタルーダ・ディデ」と「ストロニア王国」であった。
バタルーダ・ディデが警戒するのは、当然のことだろう。
表向きは「何もなかった」ことになっているとはいえ、国内に囲っていたアグニーが攫われているのである。
バタルーダ・ディデ内では、「あるいはメテルマギトが関与しているのでは」という意見もあった。
しかし、すぐにその考えては否定されることとなる。
メテルマギトはこういった「秘密裏に事を進める」ことを好まない。
やるとすれば、真正面から力づくで来ると考えられたからだ。
となると、別の国、あるいは組織がアグニーを攫ったことになるだろう。
ただでさえバタルーダ・ディデは「被害者」という立場である。
にもかかわらず、腹を探られるというのはあまりにも面白くない。
だけでなく、「アグニーを攫った連中」と「メテルマギト」とのゴタゴタに、巻き込まれる恐れもある。
この件には蓋をして、なかったことにしてしまいたい。
それが、現在のバタルーダ・ディデ首脳陣の考えであった。
なので当然、嗅ぎまわられるのは大変にうれしくない事であった。
一方ストロニア王国の方はと言えば、現在進行形でアグニー族を抱えている。
正確には、ストロニア王国を拠点とする商会が確保しているのだが、国の上層部が軒並み賄賂などで抱き込まれているので、まぁ、似たようなモノだろう。
その商会は今現在、アグニーをどうあつかえば一番利益が上がるのか、思案している最中であった。
まさに痛い腹を抱えているような状態であり、今メテルマギトに探りを入れられるのはうまくない。
ここをうまく乗り切らなければ、これまでの投資は無駄になる。
逆に、乗り切ることさえできてしまえば、多大な利益を手にすることが可能だろう。
アグニーに関することは、世界的な関心事といってよい。
欲しがる国や組織は、いくらでもある。
ただ、立ち回りには十分な慎重さが要求されるだろう。
今はまだ、状況把握や意見のとりまとめに注力したい所であった。
つまるところ、今現在この二か国にとって、キース・マクスウェルが国内に入るというのは絶対に避けたい事であり。
神経質なまでに目を光らせている状況なのであった。
もちろん、「とくに強い警戒感」を示しているのが、この二か国であるという話であり。
他の国が「警戒していない」というわけではない。
エルフ関連やアグニー関連で爆弾を抱えている国は、他にも複数あった。
それらの国も、キースの動向には大いに注目を傾けている。
今のキースは、世界中の国防や諜報に携わる人間の注目を一身に受けている状態であった。
当然、本人もそのことは大いに理解している。
本来であれば、しばらくは自国で大人しくして置いて、ほとぼりを冷ますのが当然だろう。
キースの性格的にも、本来であればそうするところである。
のだが。
「絶対、絶対コレ貸し一つだよな。絶対言ってやろ。先輩むちゃくちゃなんだよ、大体。あ、ヤベ。また先輩って言っちゃった。隊長だ。隊長。そういうところうるさいんだよなあの人。っていうか、レタスとトマトうまいな、マジで。こんなうまいことある?」
目下のところ、世界中の諜報部やら国防関係者から大注目を受けているキースは。
バタルーダ・ディデのバーガーショップでぶつぶつと愚痴をこぼしながら、レタストマトバーガーを貪っていた。
平均的な成人エルフ男性のご多分に漏れず、キースは肉よりも野菜派であった。
実家では母親に、「また野菜ばっかり食べて! 肉もきちんと食べなさい!」と叱られたものである。
ただ、非常に残念なことに、メテルマギトは野菜が不味くて有名な国であった。
樹木などから魔力を生産する技術を要するメテルマギトは、地上国土のほとんどを管理森林で覆いつくされている。
よって、野菜などは農地ではなく、工場で生産されることが多いのだが。
如何せんこの「工場産野菜」は、土と植物に親和性を持つエルフにとって、「ギリギリ我慢できる」レベルの不味さのものばかりなのであった。
他の種族ならばともかく、特に植物関連にはうるさいエルフである。
正直なところ、日光にも土にも触れてない様な野菜は、一笑に付したいというのが本音であった。
だが、国の事情的に、畑産の野菜というのは贅沢品の類であり、外国からの輸入品しか流通していない状況だ。
それにしたところで、輸送に時間がかかる関係上、新鮮とは言い難いものである。
ゆえにメテルマギト国民は、「大好きな新鮮でおいしい野菜は、国外でしか食べられない」というジレンマに陥っていた。
メテルマギト国民が海外旅行に行くと言ったら、大抵の場合目的は「美味しい野菜」になる。
無論、キースのような諸外国へ出る機会が多い軍人、あるいは外交官にとっても、外国で野菜を食べることは楽しみの一つであった。
公費で美味いものが食べられるというのは、一種の特権のようなモノといってもいい。
今のキースは、まさにその特権を享受している真っ最中というわけだ。
まあ、そうでもしないとやっていられないからなわけだが。
「大体さぁ。この状況で俺に行って来いとかさぁ。言ってることがさぁ、もう、なんか、こう、バカ、バカじゃん。バカじゃん完全に。それがイッちゃってるかだわ。サイコパスですわもう」
シェルブレンがいないので、言いたい放題である。
本人や本国では絶対に言えないので、こういう時に発散するしかないのだ。
只食事を楽しんでいるだけのようにも見えるが、これでも一応仕事中であった。
魔法で耳を誤魔化し、「その辺によくいる若者風の服装」に身を包み、バーガーショップで携帯端末を弄る。
軽く見渡すだけで、二十人は目に入ってくるような溶け込み具合だろう。
弄っている携帯端末は、ギルドがバタルーダ・ディデ国内向けに生産運営している、魔法道具の類である。
地球でいうところの、スマホのようなモノだ。
アクセスできるのは、バタルーダ・ディデ内にサーバーが置かれたサイトなどだけなのだが、それでも人気は高い。
通話や通信にも便利なので、人口に占める保有率は相当なものであった。
ちなみに、こういった端末は、バタルーダ・ディデ以外の国でも、同じようなものが流通している。
エネルギーと通信、娯楽、様々なものを手中に収めているギルドの凄まじさをうかがわせるものの一つと言えるだろう。
さて。
キースが弄っている端末だが、当然通常のものとは異なる。
シェルブレンがカスタマイズした、特別仕様のものだ。
キースはその端末を使い、情報収集をしているのである。
ギルド謹製の「結晶魔法」は、一部の技術情報がオープンソースとして開示されていた。
当然、重要な部分は機密扱いだが、ある程度は「イジル」ことが可能だ。
そのことが幸いしてか、各諜報機関や組織が牽制し合い、逆に「重要な部分」の機密が守られることにつながっていた。
こういった微妙なかじ取りは、ギルドの十八番なのだろう。
実に狡猾であり、キースも見習いたい部分である。
ネットサーフィン的なことをしているキースだが、それだけをしているわけではなかった。
窓から見える景色を観察しているのである。
今キースが座っている席は、三階の窓際。
周辺の道路などが、よく見える位置であった。
目の前の道路は、ガルティック傭兵団とバタルーダ・ディデの「装甲竜猟兵団」がやり合ったときに走っていた場所でもある。
キースはその詳しい状況こそ知らなかったが、「最近慌ただしかった場所」として、ここを調べることにしたのだ。
シェルブレンと紙雪斎が睨み合っていた場所と遠い、というのも、理由の一つである。
あの二人のにらみ合いは、カモフラージュとして仕組まれたものだろうとキースは判断していた。
であれば、「本命」は離れた場所だというのがセオリーだ。
当然、その裏を突こうと考えるものもいて、灯台下暗しを狙うこともあるだろう。
丹念に調べる時間があるならば、どちらの線も探ってみるところだが、今回はそうもいかない。
バタルーダ・ディデの諜報機関が国内への侵入に気が付くのにかかる時間は、丸一日程度だろうと、キースは予想していた。
一応、輸送国家の索敵網も敷かれている海側は避け、陸地側から侵入するなど色々と気を使いはしている。
とはいっても、そんなものは所詮ただのごまかしであって、優秀なものが調べればすぐに化けの皮が剥がれる程度のモノだ。
隠れる側がたった一人で、相手は複数。
まして場所が相手の庭先であるなら、長時間逃げ回ることができる道理がない。
実のところこれはかなりの過大評価であり、キースならば三日四日居たところで見つからないのだが。
この業界、慎重なものの方が長生きができるのだ。
「んー。この国使ってる通常回線越しで信号機とかに侵入するのはアレか。距離的ロスを考えて、専用の自壊機能噛ませた中継端末をとっつけて。あとで回収or自壊ってところかね」
シェルブレンが嗅ぎつけたゴタゴタが、アグニーに関係しているかどうかは、正直まだわからない。
ただ、キースがざっくり調べただけでも「荒事」と「その後始末」の痕跡が出てきている。
国がきっちりと「後始末」をしてこれだけ証拠が残っているというのは、相当な規模でのドンパチがあったということだ。
それと同時期に国内にいたと思しきアグニーが関係ないと見るのは、少々問題アリだろう。
アグニーをめぐって何らかの争いが起きたと見るのが、普通である。
問題は、「そもそも本当にアグニーがいたのか」あるいは「アグニーが居たとして、今どこにいるのか」だろう。
「詳しくやる時間がないってのはありがたいねぇ。通り一遍調べて、次に行きますか」
次に行く予定なのは、ストロニア王国だ。
バタルーダ・ディデと同じくキースのことを警戒しているだろう。
ただ、こちらはメテルマギト本国に近い場所に位置することもあり、様々な情報を仕入れてある。
あちらの手法や使用する道具や魔法の性能もわかっているので、誤魔化すのは易い。
バタルーダ・ディデよりも、よほど気楽に侵入できる。
「すんごいお仕事がんばってるなぁ、俺。コレ終わったら絶対特別有休もらおっと」
キースは大きくため息を吐くと、食べ終えたハンバーガーの包み紙を丸めた。
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久しぶりにアインファーブルに戻ったキャリンは、ギルドにある自分の口座を見て唖然とした。
ギルドから、ちょっとしたマンションが一部屋買えるぐらいの金額が、振り込まれていたからである。
慌ててギルドへ駆け込んだキャリンは、そのままギルド長の部屋に通された。
思わぬ事態にガチガチに緊張するキャリンに、ギルド長“慧眼”ボーガー・スローバード「この間の報酬だよ」と肩をすくめる。
「バタルーダ・ディデでの活動は、仕事だったわけだからね。相応の支払いがあって然るべきだよ。ただ、内容が内容だからね。名義や何に対する報酬かは、少々誤魔化してあるけれども」
「それにしても、その、金額が大きすぎるような」
「ふむ。少し混乱しているようだが、冷静に考えれば君ならその意味を理解できると思うよ」
言われて、キャリンは自分が凄まじく動揺していることに気が付いた。
今までいた状況があまりに突飛すぎて麻痺していたのだが、アインファーブルに戻って一度落ち着いたからだろう。
これまで生きてきた中で体験したことのない、それでいて現実的な「突然預金残高が盛大に増える」という状況に、舞い上がってしまっていたらしい。
ボーガーの言葉で僅かながらも冷静さを取り戻せば、すぐにある程度のことを察することができる。
口止め、次への支度金、そもそもの仕事内容自体が高難度であること。
細かいところを挙げれば、他にもいくらでも出てくるだろう。
言葉を失っているキャリンを見て、ボーガーは目を細めた。
「私は、元々ギルドの一般職員でね。それが、どういうわけか今の立場になってしまった口なんだよ」
「ギルド長に、ですか」
「正直なところ、なりたくてなったわけでは無くてね。成り行きというヤツだよ。当時この立場になる人間に求められていたものと、たまたま私が持ち合わせていたものが一致した訳なんだがね」
世界有数のエネルギー企業のトップに、なりたくてなったわけではない。
そう言い切るボーガーに恐ろしさを感じるキャリンだったが、今重要なのはそこではないだろう。
「世が世なら違うのだろうけどね。人間というのは意外なほど、自分の立場や状況を、自分の意思で選べないものだよ。状況がそれを許さない、ということが往々にしてある」
ボーガーとは重みは違うだろうが、キャリンも感じている事柄だった。
キャリンは孤児である。
孤児に手厚いアインファーブルで育ったからこそまともに暮らせているのであって、もし別の場所であったならどうなっていたか。
まともに今の年齢になるまで生きていられたかも、かなり怪しい。
「ガルティック傭兵団からの君への評価は、かなり高いようだよ。正直なところ最初は知識や見識に期待されていたようだが、予想以上にいい働きをしてくれた、とのことでね」
評価されるというのはうれしいが、自分の望んでいたことでないだけに、微妙な気持ちにもなる。
「次のことにも、君は同行する予定だったね」
「はい。その予定です」
「行きたくないと思うかね?」
キャリンは思わず、言葉に詰まった。
行きたくない、と即答してしまう気持ちが強い。
だが、自分の実力を試してみたい、という気持ちが、僅かながらあることに気が付いたからだ。
様々な人間がいる冒険者の中で、キャリンはとりわけ珍しい気質を持つ者として分類された。
綿密に下調べをし、適切な準備をし、それをこなすに十分な実力を以って事に当たる。
そういう仕事の仕方を好む種類の人種だったのだ。
事に当たっている間、確かにキャリンはビビり倒していた。
緊張も感じたし、恐怖も相当なものであり、今でも思い出すと手が震える。
だが、仕事それ自体をしているときには、ある種の居心地の良さを間違いなく感じていた。
手に入る限りの情報を集め、専門知識を持つ複数の人間が手分けして準備を進め、それぞれの仕事を余裕をもってこなせるだけの質と数をもって事に当たる。
バタルーダ・ディデでの仕事は、そういったものであった。
内容を気にしなければ、キャリンにとっての理想を絵にかいた様なモノといっていい。
「行きたいか行きたくないかにかかわらず、行かなければなりませんから」
「まあ、そうだね。好むと好まざるとは関係ない状況ではあるかもしれない。それを別にして、行きたいと思うのか否か、というのも、問題だよ。そういった意識は、仕事をする手に如実に出るものではないかな」
ボーガーの言う通りだろう。
わずかでも好んでか、まったく嫌々やるかでは、仕事というのはその出来が違ってくる。
人間というのは感情の生き物、というらしい。
その通りだと、キャリンは思っている。
「冒険者というのは、魔獣を相手にする荒事の専門家。彼らは、人間を相手にする荒事の専門家。違いは大きいかもしれないが、同じようなものだと思うモノは少なからずいるだろうね。事実、似た部分はあると思うよ」
「そうかも、しれません」
「確かに選択肢は限られているし、状況が許さない場合もある。だが、今の君には、実は選択をする自由もある」
それは、キャリンも何となく感じてはいた。
おそらく本気で「嫌だ」と思って仕事を断れば、それ以上無理強いはされない。
なんだかんだと付き合っているのは、「本気で断っていないから」だ。
そして自分は、相当に困難だと思われる仕事を割り振られ、それをこなせていた。
言いようのない奇妙な充実感を覚えたことは、確かだ。
「んん? ああ、いや、すまない。関係のない話だったね。どうも君が動揺しているような顔をしていたから、余計なことを言ってしまった」
“慧眼”ボーガー・スローバードは、魔法染みた人を見る目を持った人物である。
末端の冒険者でしかないキャリンでも、いくつか逸話を耳にしたことがあるほどだ。
それがどれほどすさまじく、恐ろしいことか、キャリンもよくよくわかっている。
確かに今のキャリンは動揺していた。
冒険者であるはずなのに、「あの仕事」に少なからず居心地の良さを感じていた自分にだ。
ただ、正直なところ、キャリンはそれを自分では明確な形で自覚していなかった。
何か漠然とした違和感を感じていた程度だったといっていい。
ボーガーはそれを「明確な言葉」にして、キャリンにしっかりと意識させたのだ。
特に関係がないところでも、相手の顔を見ればおおよそのことを察してしまう。
それを踏まえたうえで、声をかける。
ボーガーが今の地位にいる理由の一端を、キャリンは今体験しているといえた。
「兎に角、あのお金は安心して使ってしまって構わないよ。ゆっくりと羽根を伸ばすといい。次にあちらに行くのは、何時だったかな?」
「二日後の予定です」
「そうか。なかなか慌ただしいね」
この後少し雑談をしてから、キャリンはギルドを後にした。
振り込まれた金額について聞きに来たはずだったのだが、軽い人生相談をしたような気持ちだ。
そしてなぜか、次のことが終わった後、またボーガーを尋ねる約束もしてしまった。
相手は世界のエネルギー事情を一手に担う組織の長である。
本来なら、キャリンなどが気軽に会える相手ではないはずなのだが。
巻き込まれて今の立場にいるはずの自分だが、あるいは「あの仕事」に魅力を感じているのかもしれない。
キャリンは自分の中に生まれたそんな考えに悩みながら、自宅への道を急いだ。
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「はっ!? 知らねぇーし! 何がすべてを喰らいつくす恐怖だ、バーカ!! SFがよぉ! ファンタジー舐めんな!!」
苦情を言ってきたほかの世界の神を煽り倒し、アンバレンスは最高の気分で通話を一方的に切ってやった。
先日、「他世界侵略する増殖型兵器」的なやつを“辺境の絶対防壁”ハウザー・ブラックマンがワンパンした件で、相手方の神が苦情を入れてきたのである。
その対応が、今の言葉だった。
相手は怒り心頭だったようだが、それはこちらも同じである。
娯楽で世界をメチャクソにされては、たまったものではない。
ヤツには後日きっちりと制裁を加える予定である。
割かし妻の尻に敷かれている奴なので、浮気でもチクってやればいいだろう。
そんなに地獄絵図を見たいのであるならば、自分で作ればよかろうなのだ。
神々の夫婦喧嘩である。
惑星間戦争もビックリな修羅場が見えること請け合いだろう。
「ったくよぉー! こっちはそれどころじゃないっつーのによぉー!」
「あのぉー、アンバレンス様。今、見直された土地に行っているグルファガム様の件でご報告があるんですが」
声をかけてきたのは、中堅どころの天使だった。
グルファガムが「見直された土地」に行く件で、あれこれ取りまとめを任せている。
「なんか、赤鞘様とグルファガム様が意気投合したらしくてですね。今、赤鞘様が土地の管理の仕方を手ずからレクチャーなさってるらしいんですよ」
「マジか。え、ちょ、ん? あ、火の精霊樹君からメッセ来てるわ。うわ、メッチャ動画撮るじゃん。ウケる。あ! マジだ! 赤鞘さん、メッチャグルファガムに力の流れの操作教えてる!」
「そうなんですよ」
「いいじゃん、これ! このままさ、グルファガムにいろいろ仕込んでもらおうぜ!」
「私もそれがいいと思うんですよ」
「だよね! あ! そうだ! んー! 閃いた! これさ、一か月ぐらいグルファガムを見直された土地に泊まり込ませてさ!」
「一か月ですか」
「で、その後にほかの反対派の神集めて、私でも一か月でこんなに上手になりました! みたいな事させようぜ!」
「あー。それは面白いかもしれませんが」
「よし! じゃあ、それで行こう! その成果でもってさ、タヌキさんの件押し切ろうぜ!」
こうして、当神たちが全くあずかり知らぬところで、グルファガムのブートキャンプが決定したのであった。
グルファガムさんの双肩に、「海原と中原」とタヌキさんの未来が託されました
負けないでグルファガムさん!
貴方がやられてしまったら、みんなはどうなってしまうのっ!?
なんかシリアスなパートが多かったですね
次回はコメディも書きたい
次回は、“鈴の音の”リリ・エルストラが合流&ストロニア出張
アニス、スカウトされる
タヌキさんのお仕事 吸血鬼イジメ編
の予定です