百五十八話 「まかせろ! まだまだ若いもんには負けんわい!」
超逃げ足特化種族であるアグニーだが、実は狩りなどの一見危険な仕事にも従事することもあった。
アグニー族というものをご存じであればご存じであるほど「なぜ!?」と思うような事実ではある。
だが、人型の雑食系種族である彼らにとって、動物性たんぱくは必要な栄養素らしい。
多少の危険であれば飲み込んで、危険な業務にも挑んでいくのだ。
そんなアグニー達の村である、コッコ村。
この村で今最も危険とされている作業があった。
それは、「ミツモモンガ」の世話である。
哺乳類でありながら真社会性を持つ彼らは、農業をする上では非常に有益な動物であった。
名前の通り花などの蜜を集める特性を持っており、植物の受粉を助けてくれる。
また、蜜だけではなく昆虫なども好み、害虫駆除の役割も担ってくれた。
アグニー族はこの「ミツモモンガ」を農業利用するために飼育する技術を持っている。
コッコ村でも、随分早い時期に捕まえることに成功。
農業の手助けをしてもらっていた。
この「ミツモモンガ」は、飼育する場合、女王が逃げ出さないようにするのがポイントになる。
飼育する際は、捕まえてきて飼育箱に女王を閉じ込めることになるのだが。
環境が気に食わない、周囲に天敵となる動物がいる、などの理由があると、巣箱を逃げ出してしまうことがあるのだ。
もちろん、巣箱は簡単に逃げだせないよう、工夫した造りになってはいる。
しかし、それでも時間をかけさえすれば、壊せないことはない。
一度逃げ出されてしまうと、損害はなかなかに大きかった。
また捕まえてこようにも、ミツモモンガはかなり狂暴で好戦的なため、なかなか難しい。
出来れば長く居ついてもらい、別の場所に引っ越さないでもらった方が有難いのだ。
そのため、ミツモモンガ達の異変をいち早く察知し、巣の周りの環境を整えてやることが、重要になってくる。
当然、確認するにはミツモモンガの巣箱に近づかなければならない。
狂暴で好戦的な、ミツモモンガの巣箱に、である。
外見こそ小さなモモンガといった風情のミツモモンガだが、その能力は驚くべきものがあった。
まず、牙や爪に毒を持っている。
虫を効率よく捕らえるために利用するらしいのだが、動物などを追い払うのにも有用だった。
この毒が体内に入ると、とても強い痛みを感じるのだ。
大体の動物はこれを嫌い、逃げて行ってしまう。
それ以外にも、ミツモモンガは「風の弾丸」「魔力弾」等と呼ばれる魔法を使うこともできた。
一日から二日に一度という制約はあるものの、その威力はかなり高い。
よって、そのミツモモンガ達の巣に近づいていかなければならない「巣箱の点検」という仕事は、コッコ村で最も危険な仕事なのである。
コッコ村の一角に、沢山のアグニー達が集まっていた。
「いけー! ビアッカ! 気合を見せろ!」
「けっかい!」
「根性だぞ、根性!!」
気合とか根性とか、おおよそアグニーには似合わない言葉が飛び交っている。
声を掛けられているのは、一人の若アグニーだ。
若干十歳であり、人間でいえば丁度二十歳になったばかりといったところ。
ある程度仕事を覚えて来たばかり、といった年齢だろうか。
そんなビアッカだが、今日は初めての仕事を任された。
ミツモモンガの巣箱を、点検する作業である。
ビアッカはやる気十分。
既にゴブリン顔になる強化魔法も発動させており、いつでも突撃できる態勢だ。
とはいっても、ビアッカの仕事は巣箱を確認することそのものではなかった。
いわば、その前段階である。
「よし! いくぞぉお!」
ビアッカは気合を入れると、両頬を叩いた。
キリっとした表情で巣箱を睨むと、そのまま勢いよく走りだす。
「うをぉおおおおお!!」
ミツモモンガの巣箱に、大声をあげて近づいていく。
通常であれば、考えられない行動だった。
なにしろ、ミツモモンガ達は気が荒い。
こんなことをすれば、あっという間に魔法攻撃にさらされてしまう。
だが、ビアッカの役目は、まさにミツモモンガ達に魔法を使わせることだったのである。
「来るぞビアッカ! 避けろ!」
「右! 右からくる! いや、左だ! 斜め左!」
「結界!」
「魔法弾は目では見えん! 心じゃ! 心で感じるんじゃ!」
「そう! 結界を見極める時のように!!」
ミツモモンガは、魔法を連射することができない。
一度使うと、丸一日二日はクールタイムが必要であった。
つまり、一度使わせてしまえば、しばらくは魔法を気にせず近づくことができるということになる。
ビアッカの仕事は、巣箱の確認をする人が比較的安全にチェックできるように、あらかじめ魔法を使わせることだったのだ。
巣箱の確認は、この後に控えるベテランミツモモンガ飼育職人の老アグニーがすることになっている。
ちなみに、名前はグレックス・ロウ。
今日はスリットの入ったチャイナ服を装備している、長老であった。
「わかる! わかるぞ! 特訓の成果だっ!」
ビアッカはこの日のために、すさまじい努力を積んでいたのだ。
結界にタックルし。
目隠しをした状態でボールを避け。
結界にタックルし。
川から村に引っ張ってきた農業用水で滝行をし。
結界にタックルし。
そして。
結界にタックルし続けたのだ。
ちなみに、結界はたまに飲みに来たアンバレンスが、気まぐれに張ってくれる限定的なものである。
タックルボーナスタイムであり、競争は激しいものの、ビアッカは努力と根性でタックル場所を確保してきたのだ。
「うりゃー!!」
ビアッカが地面に転がって、回転避けを決める。
次の瞬間、先ほどまでビアッカが立っていた地面が爆ぜた。
間違いなく魔法攻撃であり、それを避けるのに成功したのだ。
野生に生息しているミツモモンガの巣は、周囲に隠れる場所が多く、魔法を避けるのが難しい。
だが、こうして村の巣箱で飼っている場合は、訓練さえすればある程度避けることが可能なのである。
「よし! 今ので最後ぐらいじゃ! 長老、今のうちじゃぞ!」
「まかせろ! まだまだ若いもんには負けんわい!」
声をかけられた長老は、張り切った声を上げて駆けだした。
手には、燻煙器を抱えている。
火をつけた「シビレソウ」が入っており、レバー操作で内部に溜まった煙を一気に噴き出すことができる装置だ。
一度に大量の煙をピンポイントに噴射できるのだが、残念ながら射程が短い。
これを抱えたまま魔法攻撃を避けることは、ほとんど不可能だった。
なので、こうしてビアッカが魔法を使わせた後に、突撃をかけているのだ。
だが。
「はっ! 魔法攻撃の気配じゃと!? まだ残しておったというのか!」
発動する魔法の気配を察知し、長老は咄嗟に横方向へ飛んだ。
どうやら、突撃タイミングが早かったようである。
だが、この時に悲劇が起こった。
チャイナ服の胸元の紐に燻煙器が引っ掛かり、手から滑り落ちてしまったのだ。
「うわぁあ! 燻煙器がぁ!」
「長老、早く拾って!」
しかし、ミツモモンガ達もさるものである。
地面に転がる燻煙器を、魔法で攻撃して破壊してしまったのだ。
どうやら何度も燻煙器を使われているうち、敵だと思われてしまったらしい。
「なんじゃとぉ!? これ、どうすればいいんじゃぁ!」
「早く逃げないと! 牙にも毒があるんし!」
「そうだった! めちゃくちゃいたいんだ!」
「けっかい!?」
「ほんとだ! こっちにもきてる!」
この瞬間、アグニー達は限界を迎えたらしい。
一斉に、散り散りになって逃げ始めた。
いつもであれば、この辺りでカーイチがやってきて、「ソニックウェーブ」と呼ばれる魔法でミツモモンガ達を気絶させてくれるのだが。
この日は、残念ながらカーイチは村から離れた場所にいた。
残念ながら、助けは来ない状況である。
一目散に逃げていくアグニー達を見送ると、ミツモモンガ達は何事もなかったかのようにそれぞれの仕事に戻っていく。
これだけ周りで騒がれれば、普通ならばさっさと別の巣を探しに移動しそうなものではある。
ミツモモンガの女王がそれをしないのは、ここが案外居心地のいい場所だからであった。
野菜などが多く、蜜や虫をたくさん得ることができる。
さらに、本当に大きな危険などは、アグニー達を見ていれば察知することもできた。
アグニー独特のやかましささえ我慢してしまえば、コッコ村というのはミツモモンガ達にとっても住みやすい場所なのである。
実は、ミツモモンガ達もアグニーを利用している、というわけだ。
持ちつ持たれつ。
実はアグコッコやトロル、カラスだけでなく、ミツモモンガも、アグニー達と共生関係にあったのだった。
アグニー達がミツモモンガから逃げまどっていた、ちょうどその頃。
カラスのカーイチは、「エンシェントドラゴンの巣」にあるステージで、ダンスのレッスンをさせられていた。
「わんとぅー! わんとぅー! もっとリズミカルによ! リズミカル! りずみかーる!!」
指導をしているのは、グラサンとメガホンを装備した歌声の神カリエネスである。
カーイチは混乱しながらも、言われるままに体を動かす。
幸い、運動神経と音感はあったようで、ある程度カリエネスの要求通りに踊ることができていた。
カーイチ以外に踊っているのは、風彦。
それから、土彦であった。
「ははは! ほら、お二人とも! もっと楽しそうに踊らなくては!」
意外なことに、土彦はノリノリで踊っている。
どうやら、自分で歌ったり踊ったりするのも、苦にならない性質らしい。
風彦はと言えば、げっそりした困惑顔で何とか動きについて行っている、という様子である。
余計なこと言わなきゃよかった。
そんな風に、言わんばかりだ。
何故土彦もレッスンに参加しているのかといえば、風彦の言葉が原因であった。
「土彦ねぇもやってくださるなら、私も頑張りますので!」
困惑させて少しでも時間稼ぎをしようと思って言った言葉だったのだが、返ってきたのは予想外の反応だった。
「なるほど。なるほど、その手もありました! いやぁ、すばらしい! そうしましょう!」
土彦は基本的に、自分の容姿や声といった外見、思考や思想、技術面などの内面に関しても、ある種の強い自信を持っていた。
その根拠は、自分を作ったのが赤鞘と、樹木の精霊達だというところである。
土彦は別に自身に自信があるわけではなく、赤鞘と樹木の精霊達を信頼しているからこそ、自分に一定の自信を持っているのだ。
歌や踊りに関しても、「赤鞘様や樹木の精霊方が作った私がそれをやれば、絶対に見目麗しい」と、考えているのである。
今回の目的は、楽しい雰囲気を作るためのBGM制作。
ひいては、今後作る施設で使える、楽し気な出し物を作ることだ。
その目的を考えれば、土彦自身が歌って踊ることは、まさに合理的。
土彦にとっては、当然の方法論だったのである。
なんだかんだといって、風彦は土彦のことがまだよくわかっていなかったのだ。
「うう、このままだと水彦にぃも毒牙に」
「なにを言っているんですか。兄者にこういったことをさせられるはずがないではありませんか。恥ずかしがられますし」
「あの、でしたら私も、比較的恥ずかしいのですが」
「妹というのは、兄姉の理不尽な要求にさらされるものです。さぁ、赤鞘様や兄者、エルトヴァエル様、樹木の精霊方にお見せしても恥ずかしくないように、練習なさい!」
「ひぃいいい!!」
なぜこんな理不尽な目に合わなければならないのか。
風になって逃げだしたいところだが、残念ながら地面の下は土彦のテリトリーだ。
どうやっても物理的に逃げだせないだろうし、精神面で言っても、姉である土彦の言葉には逆らえない。
この姉妹の場合、妹というのは弱い立場なようである。
「ほら、ごらんなさい。カーイチさんも頑張っているんですよ」
言われてみると、確かにカーイチはなかなか華麗にステップを踏んでいた。
洗練された動きとは言い難いが、踊り慣れているようには見える。
「ホントですね。なんででしょう?」
「アグニーさん方は、食事の後や何か楽しいことがあった時など、案外踊ることが多いですから。カーイチさんもよく踊っていらっしゃるのでしょう」
土彦の言う通り、アグニー達は何かあるととりあえず踊っちゃう民であった。
よく逃げ、よくタックルし、よく踊る。
並べてみると、すこぶる不思議な種族なのだ。
そんなアグニー達に付き合って、カラス達もよく踊っていた。
もちろん、人型になったカーイチもである。
なので、カーイチは踊ること自体にたいしては、あまり抵抗が無かった。
「かー、かーかー」
「うーん! 悩ましい! カーイチちゃんの声、プリティーだから絶対歌ったら超絶可愛んだけど! カーイチちゃんのビジュアルでカーカー鳴くのどちゃくそかわいいんだよなぁー! 歌声の神としてすんごいなやましいわぁー!!」
歌っているつもりらしいカーイチの姿を見て、カリエネスは悶えているようだった。
可愛さと歌声の神としての矜持の間で、揺れ動いているらしい。
「歌、ですか。そう、そうです。そういえば、歌が上手な方がいましたね」
「ほぇ? 誰です?」
手を胸の前でぱちりと合わせ、思い出したというように言う土彦。
風彦の問いに、にんまりと笑う。
「アニスさんですよ。木漏れ日亭の店主さんの」
「ああ、あの! へぇ、お歌、お上手なんですか?」
「ええ。ここで料理を作って頂いたときに歌っていらしたのですが、良い声をしていました」
「可愛らしい声をなさっていましたもんねっ! それはいい考えかもしれません! 私も見てみたいですし!」
風彦は目をキラキラさせながら、嬉しそうに声を弾ませた。
アニスがキラキラした衣装を着て歌って踊れば、きっとかわいいに違いない。
基本的に、風彦は可愛いもの好きなのである。
自分がやるのが恥ずかしいだけで、見るのは大好きなのだ。
「アインファーブル関連のことであれば、兄者にお頼みするのが筋ですが。兄者には今回のことはまだ伏せておきたいですね。突然披露して、あっと驚いて頂きたいですから」
「では、私が行きましょうか?」
「貴方は踊りの練習があるでしょう」
体よく逃げ出そうとしたが、やはりそうはいかないらしい。
内心で悔しがる風彦の肩のあたりから、カリエネスがぬっと顔を出した。
「よし! じゃあ、P達に行ってもらおう! 出番だぜ、ディロードP出番だぜ!!」
どうやら、ディロードに行かせるつもりのようだ。
土彦も風彦も、その手があったかと頷いている。
だが、当のディロードは浮かない顔だ。
「あの。俺一応方々で指名手配されてるんで。あんまり賑やかなところ、行きたくないんですけど。アインファーブルってギルド都市のですよね?」
「せっかく普通にお使いに行けば多分無事だったのに、そうやってフラグを立てるからディロードPは事件に巻き込まれてしまいました。あーあ、お前達のせいです」
「いや、そう思うなら勘弁してくださいよ、マジで」
心底嫌そうな顔をするディロードだが、カリエネスがこんなに面白そうなことを見逃すはずもない。
結局、数時間後。
ディロードは樽に詰められ、アインファーブル行きの地下列車に乗せられることとなったのである。
今回はちょっと短いですが、キリがいいのでいいかなぁ、って思って投稿しました
でも、これで六千文字はあるんですよ
普段は一万文字前後なだけで
この後なんですが
活発に動いているキースに対する各国、各組織の反応
ストロニアの内情と、アグニー奪還に関してのそれぞれの思惑
何かを書いていこうと思います
きな臭い内容でございますな
まあ、それもあって、今回のほのぼの回と分けたほうがいいかな、って思ったんですけど
次回はトリエアのヤバい笑いとか書けるといいなぁ
ていうか、そろそろ個人で抑止力になる連中の戦いも書きたい
うーん なやましい