百五十七話 「まったく、面白い仁だの。赤鞘殿は」
メテルマギト本国にある“鉄車輪騎士団”駐屯地に戻ったキース・マクスウェルは、重い足取りで建物内の廊下を歩いていた。
なぜ、わざわざ呼び戻されたのか。
帰還命令書には、詳しいことは一切書かれていなかった。
伝令を持ってきたものも、他には何も預かってなかったという。
こうなると本当に、何故呼び戻されたのかが分からない。
何か行動を起こす場合、シェルブレンは事前に計画を立てておくタイプであった。
なので、今回のこともどんな意味があるのか、説明すること自体は可能なはずなのだ。
だが、事キースを相手にする場合、シェルブレンはほとんど行動の意味などを説明することが無かった。
どんな風に説明しても文句を言うし、自分はやりたくないとゴネるからだ。
最終的には絶対にやらされることになるのだが、少しでも自分の負担を減らそうと知恵を絞りまくり、僅かでも隙があれば必ず突っつく。
シェルブレンもいい加減、嫌気がさしたのだろう。
そんなキースであっても、軍属である以上「命令」には絶対服従だ。
端から何の説明もせず、「あれをやれこれをやれ」と「命令」されれば、ゴネようもないのである。
「クソ、作戦案に対する意見具申って形なら死ぬほど文句言えるのに。そして少しでも仕事を減らすのに」
ぶつくさ文句を言いながら歩いていると、前から見覚えのある顔がやってきた。
“鉄車輪騎士団”に所属している“焼き討ち”リサリーゼ・ドレアスクである。
先日、シェルブレンと共に任務に就いていた人物だ。
「あれ、副団長。戻ってたんです?」
「うん、さっきね」
「まぁーた仕事さぼって団長に呼び出されたんですかぁ? 殺されますよそのうち」
「やめてよそういうリアルなこと言うの。君らあんまりないだろうけど、先輩俺のことすんごい殴るからね? あ、やっべっ、また先輩って言っちゃったよ。聞かれたらめっちゃ怒られるじゃん」
シェルブレンとキースは、騎士になる前からの付き合いである。
軍学校時代からの先輩後輩なので、完全に気を抜いていると思わず「先輩」と呼んでしまうのだ。
それを聞かれると、「たるんでいる」という理由で殴られたりする。
「副団長が殴られるのはどうでもいいんですけど」
「ひどくない?」
「なんか、面白いもの見つけてきたんです? なんか賑やかになったりしそうだったり?」
「ないっつーの。君ら出張るようなことがそうそうあったらタマんないってば」
「なんだー。つまんない。でも、あれかぁ。副団長が絡むとどうせ大事になるだろうしぃ。たのしみにしてますねい」
「ちょっと、不吉なこと言わないでよぉー」
文句を言うキースだが、リサリーゼはひらひらと手を振りながらさっさと歩き去ってしまう。
実際、リサリーゼの言うことは的外れではない。
キースが外部に出張るような任務というのは、機密などを探る場合が多い。
そういう仕事は大抵きな臭いものであり、結果的に荒事につながるのが常だった。
今回呼び出された理由が、別の急ぎの仕事ができた、であったりすれば、またぞろ面倒なことになるであろうことは目に見えている。
「まぁ、いいや。行ってくる」
「はっ。お気をつけて、副団長閣下」
「めちゃめちゃ煽ってくるじゃん。勘弁してよ、疲れてんのに。ああ、そうだ、危ない忘れるところだった。ヒューリーって今、中にいる?」
「はい、待機中ですから、詰所にいますけど。どうかしたんです?」
「あとでバタルーダ・ディデでのこと、ちょっと聞きたくてさ」
キースの言葉に、リサリーゼは意外そうに眉を上げた。
聞きたい、ということは、報告書などに挙げた情報以外のことを直接報告させたい、ということだろう。
特に何か仕事を仰せつかっているということではないらしいから、キースが個人的に気になることを確認したいのだろうと思われた。
仕事はきっちりこなさず極力だらけるタイプのキースだが、重大事を嗅ぎつける鼻の良さはすさまじいものがある。
無論、“鉄車輪騎士団”の団員であるリサリーゼは、そのことをよくよく心得ていた。
実際にキースの勘働きで、大きなヤマにいきついたことも、一度や二度ではない。
「何か、気になることがあったんですか?」
「んー、いや、なにってわけじゃないんだけど。ちょっと引っかかるような気がしないでもないって感じ。気のせいだと思うんだけど」
「わかりました。待機しているように伝えます。自分も同じ場所にいますので」
「ありがとありがと。じゃあ、またあとでね」
片手を振りつつ、足取り重く去っていくキースを、リサリーゼも軽く手を振って見送る。
キース副隊長が目を付けたということは、大事になるに違いない。
そうなったら、また武器を思いきり振り回せるかも。
楽しそうな予感に、リサリーゼはにやりと口角を吊り上げた。
“鉄車輪騎士団”というのは、案外実践で戦う機会が少ない騎士団である。
何しろ、攻撃力が高すぎるのだ。
他国の都市圏を更地にできるような戦力に、そうそう出番があるはずもないのである。
比較的戦闘好きであるリサリーゼにしてみれば、実に退屈な話だ。
だが、キース副団長の鼻に、何かが引っかかったらしい。
つい先日出撃があったばかりだというのに、これは実にうれしい事態だ。
ヒューリーに教えてやれば、きっと彼も大いに喜ぶだろう。
リサリーゼは楽しげに鼻歌を歌いながら、スキップで詰所へと向かった。
キースがやってきたのは、駐屯場内にあるシェルブレンの個室だった。
本来は隊長の執務室という扱いであり、来客などが来た際の応接室も兼ねているのだが。
現在はシェルブレンが個人用の研究開発資材を持ち込んでおり、「研究室」然とした様子になっていた。
とりあえずシェルブレンに典型文的な挨拶を済ませ、向かい合わせでソファーに座る。
「で、見放された土地を見てきた印象は、どうだった?」
「早速ですか? 他の報告とかは」
「どうせ書類で提出した以上の仕事はしていないだろう。サボっていたら突然呼び出しを喰らい、慌てて見放された土地を見学がてら、仕事がはかどらなかった理由を擦り付けるためにステングレアの密偵連中と一当て。そうしたら王立魔道院次席殿という思わぬ大ゴマが出てきて泡を食ったものの、これ幸いとさっさと引き上げてきた。といったところか」
「ははっ! そんなまさか」
おおむねその通りである。
普通なら、そういったことを疑われない程度の仕事はしていたはずなのだが。
キースが本来持っている能力をよく知っているシェルブレンは、誤魔化されなかったようだ。
まあ、正直なところうまくごまかされてはくれないだろうな、とは思っていたのだが。
「元々、お前が真っ当にやってくるとは思っていない。俺としては最初から、お前が見放された土地を見た印象を聞くだけのつもりだった」
シェルブレンは、キースの性格と能力をよく理解していた。
わざわざキースを向かわせたのは、「見直された土地」の危険度を図ることが目的だったのである。
キースの持つ第六感を用いての、「炭鉱のカナリア」のような事をさせたわけだ。
それを理解し、キースは何とも言えない表情で頭を掻いた。
「印象。印象ですか。んー、なんていうか。絶対手は出したくないなぁ、と」
「絶対、か」
「近づきたくもないですよ。ありゃヤベェ。厄ネタの匂いがプンプンしますって。大体、ステングレアの連中もかなり警戒してて、近づいてないんですよ?」
その国是から、ステングレア王立魔道院は神聖関連に関して、他国とは頭一つ抜きん出た情報と経験、察知能力を有している。
かなり長い期間現地にいる彼らが近づきもしない、ということは、やはり危険だということなのだ。
「理由は探れなかったか」
「正直、何しても藪蛇になりそうでしたよ。触らぬ神に何とやら」
「お前がそういうなら、そうなんだろうな。仕方ない、か」
考え込む様子のシェルブレンを見て、キースはホッと胸をなでおろした。
とりあえず、これで当面の危機は去ったらしい。
となれば、長居は無用だ。
さっさとリサリーゼとヒューリーにバタルーダ・ディデのことを聞き取り、寮に帰って寝てしまうことにする。
シェルブレンもバタルーダ・ディデには行っているが、何か聞こうとは思わなかった。
うっかり仕事を仰せつかるのを避けたいからである。
「じゃあ、自分はこの辺で」
「いや、待て。ついでに、次の仕事について説明してしまおう」
「次の仕事ですか。机について書類にサインとかするタイプの?」
「違う」
自分で言っておいて、キース自身「違うだろうな」とは思っていたのだが、やはり違うらしい。
「バタルーダ・ディデに行ってもらう。少々探りを入れてもらいたい」
「はぁ!? いやいやいや! そういうわけにいかんでしょう!」
メテルマギトとバタルーダ・ディデは、友好な関係にあるといっていい。
奴隷商売の盛んなバタルーダ・ディデには、エルフの奴隷が入ってくることも少なくない。
そういった場合、奴隷商人や国の王族貴族達はすぐにメテルマギトに連絡を入れ、身柄を引き渡していた。
このことから、メテルマギトはバタルーダ・ディデを丁重に扱っている。
そんなバタルーダ・ディデ内で、“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソと“紙屑の”紙雪斎が睨み合ったのは、つい先日のことだ。
メテルマギトにも、当然ステングレア側にも、バタルーダ・ディデ政府から抗議が送られている。
「今、刺激するのは不味いですよ。せめてもう少しほとぼりが冷めるまで待ったほうがいいんじゃありません?」
「無論、今は刺激しないほうがいい。だから、バレないように行って、秘密裏に帰ってこい」
「不法入国して調べて来いってことですか?! リスク高すぎません!? なんでわざわざそんなことを!?」
「バタルーダ・ディデに、アグニー族がいたらしい」
その一言で、キースは息を飲み、凍り付いた。
アグニー族。
今のメテルマギトに置いて、これほど影響力のある言葉も少ないだろう。
「いや、でも。それなら団長が気が付くのでは?」
シェルブレンの探知能力は、ずば抜けている。
五感に魔術を織り交ぜた索敵範囲は、かなりのものになった。
「相手はアグニーだぞ。目の前にいたはずなのに消えるような連中相手に、どうしろというんだ」
シェルブレンもすさまじいのだが、アグニーはそれに輪をかけてメチャクチャな逃走性能を誇っている。
世界に冠たる“鉄車輪騎士団”の包囲を、生身で切り抜けるような種族なのだ。
もはや、まともな方法で位置を特定しようというのは、無理難題の類であった。
「いたらしい、といっても、あくまで不確かな噂がいくつかあがってきた程度の話だ。だから、お前の目で確かめて来い」
「いや、まぁ。ことが事ですし、わかりましたけど。正直、長居はできませんよ。向こうの連中だってバカじゃないんですし。嗅ぎまわりゃすぐにわかるでしょうし」
「そうだろうな。だから、パッと行って、パッと見てくるだけでいい。見放された土地と同じように、印象だけ拾って来い」
キースは苦虫をかみつぶしたような顔で唸ると、しばらく考え込むようなしぐさを見せた。
「わかりました。けど、リミットは精々十二時間ですよ。それが過ぎたら、収穫が無くても帰りますからね」
「構わん。どうせそのあと別の場所に行ってもらうからな」
「ほんと、やるだけはやりますけど。期待はしないで下さ、なんて?」
裏返った声で聞きながら、キースはぎょっとしたような顔をシェルブレンに向けた。
素の口調が出てしまったのは、それだけ驚いたからだ。
「バタルーダ・ディデから、直接次の場所に向かってもらう。ストロニア王国だ。どうもそこにも、アグニー族がいるらしい」
「んぐぁあああ! なんで俺なんですか! それ俺じゃなくてもいいでしょう! 騎士ですよ騎士、俺!」
確かにキースの言う通り、本来こういった諜報のような仕事は、騎士の仕事ではない。
所属だけ見れば、キースの言うことは正論といえる。
だが、残念ながらシェルブレンはそういったことの通じる相手ではなかった。
「適材適所だ。どうせ普段はそれなりにしか働かんのだから、たまには動け。特別に動きやすいよう、単独行動を許す」
「ちょっ、おかしくありません?!」
「お前の足に付いていける者もいないしな。一人の方がいろいろやりやすいだろう」
「だからって、そんな大掛かりな仕事を俺だけに任せるのって、どうかと思いますよ?!」
「構わん。どうせ正規の仕事じゃない」
「正規の仕事じゃないって、そんなアナタ」
「コウガク老から連絡があった」
シャルシェルス教の僧侶コウガクとシェルブレンは、旧知の中である。
今でも時折、連絡を取り合っていた。
「コウガク老もアグニー族のことに関しては気にかけておられるらしい。そのことに関して、直接会って話したいことがあるのだそうだ」
「なら、団長が行けばいいじゃありませんか。そりゃ、一応俺も面識はありますけども」
「俺はどうも隠密行動というのには向かん。知ってるだろう」
基本的に、シェルブレンは逃げ隠れするのに全く向かないタイプであった。
保有魔力量があまりに膨大すぎて、隠すのがとてつもなく大変なのだ。
また、隠したところで、軍事利用されているような探知機を使えば、簡単にばれてしまう。
島や山を人の目から隠そうとしたところで、限界があるのに似ているかもしれない。
隠そうとしたところで、正直どうこうできるレベルではないのだ。
「内容はわからんが、重要な話らしい。わざわざ遠話で連絡をされてきたぐらいだからな」
「遠話ってことは、“山”の“岩上瞑想の間”からですか。あそこって聖域でしょう。そんなところからわざわざって、よほどの大事ってことですか」
元来、地下にある力の流れを用いて遠くの相手と会話を可能にする術は、「海原と中原」では特別な場所でしか扱うことができないものであった。
力の流れが安定した場所でないと、発動させるのが難しいからである。
ゆえに、シェルブレンとキースは当然、コウガクはその特別な場所の一つであるシャルシェルス教の本拠地「山」にある「岩上瞑想の間」で、術を行使したものと考えたのである。
だが、実際は全く違っていた。
コウガクは「見直された土地」の、コッコ村で術を行使していたのだ。
「海原と中原」全体で見れば珍しい「力の流れが整った場所」だが、こと「見直された土地」だけで言えば、土地全体がそういう場所になっている。
つまり、本来は特別な術であるはずの「遠視の術」や「遠話の術」も、かなり気軽に使える状況にあるのだ。
もちろん、それでもかなり負荷のかかる術ではあるのだが。
樹木の精霊達がコウガクをお手伝いするようになっており、その負担も相当に軽減されるようになっていた。
「詳細についてや、必要装備については追って確認をする。とりあえず、今は体を休めろ」
「体を休めろったってですね」
「過剰労働だと上がうるさくてな。今のうちに有給を消化しておけ」
「好きな時に取れないって、有給の意味なくないです!?」
またぞろめんどくさいことに巻き込まれた。
勘ではあるが、おそらく人生でも一二を争う厄ネタに違いない。
キースは頭を抱えて机に突っ伏すと、絞り出すようにため息を吐いた。
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まず挨拶を終え、吸血鬼対策の話も終わったところで、オオアシノトコヨミはソファーとテーブルの席へ移動しようと言い出した。
無論、タヌキが否というわけもなく、一柱と一匹はリビングへと移動する。
それまでは、畳の部屋で話していた。
どうやら、和室は仕事部屋、洋室はくつろぐ場所という区切りが、オオアシノトコヨミの中にあるらしい。
「先日、御岩殿に果物を頂いての。それでケーキをこさえてもらったのさ」
「これは、実に鮮やかな。美味しそうです」
目の前に出されたケーキを見て、タヌキはお世辞抜きで感嘆の声を上げた。
様々な種類の果物が乗ったそれは、いわゆるタルトである。
だが、オオアシノトコヨミにとっては、ケーキもタルトも同じものであるようだ。
促され、早速食べてみると、実に美味い。
パティシエの腕もいいのだろうが、単純に果物が美味しいのだ。
件の御岩様が祀られている御岩神社には、神社所有の果樹園がある。
そこで作られた果物は味もよく、神社内のカフェなどで提供されていたりするのだが。
如何せん量が取れないため、かなりの限定品であり、入手はとても困難なのだとか。
「さて、タヌキ殿。件の異世界渡りのことの。こちら側の話は、無事済みそうだよ。君がずいぶん頑張って仕事をしてくれたから。ほかの連中の覚えもよくなっていての」
「お役に立てたのであれば、身に余る幸せにございます」
「まだいくつかお願いしたいことはあるのだがの。今上がっている件が片付けば、それで終わりそうだわいな」
「有難うございます。南蛮渡来の大きな蚊が、ずいぶんお足もとで騒いでいる様子。さぞうっとおしいこととお見受けします」
「昔と違い、この身で踏みつぶすわけにもいかぬゆえに。手を煩わせて、すまぬの」
苦笑いしながら、オオアシノトコヨミはコーヒーを口にする。
人形の体ではあるが、飲み食いができる様だ。
踏みつぶすわけにもいかぬ、というのは、まったくその通りだろう。
一つの山にとぐろを巻く百足というのが、オオアシノトコヨミの本来の姿である。
それがうかつに足を振るえば、地形が変わってしまう。
タヌキが言うところの蚊、吸血鬼どころか、人も街も何もかも、諸共まとめて薙ぎ払われる。
「思い返してみるとの。この身が最後に動いたのは、おそらく赤鞘殿に斬られたときなのだわいな」
しみじみというオオアシノトコヨミに、タヌキは内心でさもありなんと頷いた。
何しろ、体長数十キロに及ぶような大神なのである。
動いたことはないといっても、身じろぎ程度はあっただろう。
それは人間には、地震という形で感知されているはずだ。
もちろん、大きなものではなく、ごく小さなものではあるのだが。
「赤鞘殿は、あちらで元気でやっておるようだの。外から入ったゆえ、あれこれと面倒はあるようだが」
「あちらの最高神様と、お知り合いであられるとお聞きしました」
「んむ。時折ネトゲーで共闘しておっての。どうもこの身はソシャゲというのが好かんでの。あれは富くじより質が悪い。そのうち、奢侈禁止で取り締まられるのではないかの」
「奢侈禁止は、武家が政権を握っておった頃の法でございますので」
「そうか。いや、昨今は文官が世を握っておるのだったの。いかんいかん。時代に取り残されておるの。この間、電話会社が作った上半身だけ人型ロボットの発売開始をついこの間というたら、御岩殿に笑われたしの」
御岩様とは、タヌキも昔はよく顔を合わせたものであった。
元々が岩であるためか、はじめのころは人間の感情や感覚がよくわからない様子だったのだが。
いつの間にか柔軟に対応しており、最近は様々なサブカルチャーなども楽しんでいるらしい。
最初の頃を知っているだけにギャップに驚くのだが、永い年月を経るというのは得てしてそういうものである。
タヌキ自身、昔とはずいぶん変わっていた。
狼やキツネや他の妖怪変化に怯え、木の上で丸まっていた子タヌキは、今こうして大神の前でフルーツタルトを食べている。
「そうそう、そんなことはよいのだがの。こちらのことはタヌキ殿の頑張りでどうにかなるとして。あちらの世の方でも、少々問題があるようなのだわいな」
予想していたことである。
外から訳の分からない神が来たというだけでも気に食わないだろうに、それに妖怪変化が追いかけてきたとなれば、容易く許すことができるはずがない。
タヌキ自身、赤鞘の元へ戻りたいというのがどれほど無茶な願いかというのは、よく分かっていた。
だから、神々に頼まれた仕事を、粛々とこなしているのである。
もっとも、がんばっている最大の理由は、戻った時に赤鞘に褒めてもらいたいというものではあるのだが。
「ただの、そちらもどうにかなりそうなのだそうだよ。赤鞘殿が、なんぞあれこれ動いておられるようでの」
なんとも表現しにくい感情が、タヌキの中で渦巻いた。
あの受動的な性格の赤鞘が、自分のために何かをしているらしい。
随分位の高い神とも接触することになるだろうに、あの小心者の赤鞘様が。
嬉しい、という思いもある。
だが、自分なんぞのためにそんなことはしないでくれ、とも思う。
守護していたあの村が廃村になっていく様子を眺めながら、赤鞘はなにを考えていたのだろうか。
辛かっただろうか、仕方ないと諦めただろうか。
他の土地へ行く人間がいれば、きっとそこの土地神に挨拶をしたりしていたことだろう。
そんなときに、何を感じていたのか。
悲しかっただろうか、切なかっただろうか、いや、案外あの赤鞘様のことだから、あっけらかんとしていたかもしれない。
感情が、喜怒哀楽、あちらこちらに飛び回る。
「まったく、面白い仁だの。赤鞘殿は」
「はい。本当に、変わったお方です」
早く、赤鞘様のところへ戻りたい。
うねるような感情の波をおくびにも出さず。
タヌキはにっこりと笑いながら、胸元でぱちりと手を合わせた。
その頃、赤鞘は。
「大丈夫大丈夫大丈夫! そうそう、行けます、行けてますよそれで! その感じです!」
「ムリムリムリ! これめっちゃ暴れるんですけど! いや、あ、でもアレかな!? 行けそうかなこれ!? 行けそうなんですかねこれって!」
「ですですです! そこでこう、ぐっとしてカッ! って感じで!」
「そんな抽象的な、あ、これです!? このカチッとハマる感じの!?」
「そう! そういうヤツです! それをそっちから持ってくるんですよ!」
「こっち!? こっちから!? あ、ちがう! これ違う! これだと違うところも動く! こっわっ!」
「あー! あーあー! あー、大丈夫! 行けます、行けます! それはほら、右の! その隣の三番目のヤツの!」
「これ!? あ、こっちか! これをこう、あー! そうか! 全然リカバリーできる奴ですねこれ!」
半球形の「地治修練縮図」を使い、グルファガムに土地の管理の仕方を教え込んでいた。
かなりスパルタ実戦式な教え方ではあったのだが。
驚くことに、グルファガムはそれについてきていた。
どうやら、元々適性があったらしい。
小さなマスコットキャラ然とした外見だったグルファガムのガーディアンが、なんかイカツい霊獣然としたビジュアルになったのも、そのあたりに原因があった。
一度作ったガーディアンを、グルファガムは長い年月をかけ、少しづつ修正し、強化していったのである。
神様的な意味での「長い時間」なので、二、三千年程度はかかっているだろうか。
それでも、赤鞘が手加減無しで創った水彦や、アンバレンスが地上に力を極力絞って作ったガーディアンと同じレベルなのだから、その分野に関してはかなりの実力者だといえるだろう。
グルファガムが今までくすぶっていたのは、この才能の方向性が今まで全く見向きもされない部類であったことと。
恐ろしく流されやすい、当神の性格ゆえであった。
グルファガムがひぃひぃ言っているのを横目に見ながら、エルトヴァエルはどうしたものかと考え込む。
これなら、自分はしばらく別の場所に行っていてもいいのではないだろうか。
色々と調べておきたいことも多い。
どうしようかともじもじしていると、不意にアンバフォンの呼び出し音が鳴り響く。
慌てて出てみると、相手は風彦であった。
「もしもし。何かあったんですか?」
「よかった、出てくれた! 助けてくださいエルトヴァエル様っ! このままでは私、カリエネス様にアイドルにさせられるんです! なんか異様にフリフリした服が用意され始めてて! ああいうの私よりアグニーさん達に着せるべきだと思うんです!」
「アイドル? とりあえず、落ち着いてください」
このやり取りだけで、おおよそのことは察することができた。
カリエネスが「見直された土地」に逃げ込んでいるのは、エルトヴァエルも知っている。
またぞろ何かろくでもないことをするだろうとは思っていたが、どうやら斜め上の行動に出ているようだ。
あとで情報を集め直さなければならないだろう。
それにしても、自分の手で情報を集められないというのは、何とも歯がゆい。
何とか湖の浮遊島にいる精霊にでも頼んで、情報網でも作ろうか。
そんなことに向きかける思考を、エルトヴァエルは何とか通話の方に引き戻した。
「助けて頂くのが難しいようでしたら、せめてエルトヴァエル様も歌って踊ってください! 絶対あの衣装エルトヴァエル様にもお似合いになると思うんです、もうなんかスゴイフリフリで! あ、カリエネス様! 違うんです逃げようとしたんじゃないんです! うわぁあああああ!」
その叫びと共に、通話は切れてしまった。
エルトヴァエルはそっとアンバフォンをしまい込むと、居住まいを正して座りなおした。
赤鞘とグルファガムは、懸命に土地の流れを管理するための訓練をしているのだ。
自分には、それをしっかりと見届ける義務がある。
風彦は心配だが、まぁ、どうせ酷いことにはならないだろう。
少々アイドルの恰好をさせられて、歌って踊らされる程度だ。
アレで案外、アイドル的なものは嫌いではない風彦である。
そのうち楽しくなってくるはずだ。
ならば、わざわざ様子を見に行く必要もあるまい。
ここでしっかりと赤鞘達を見守ることこそが、重要である。
エルトヴァエルは、そう心に決めた。
ふと視線を巡らせると、様々な光景が目に飛び込んでくる。
青い空、青い海。
なんか叫んでる赤鞘と、必死の形相のグルファガム、二柱の間にあるのは、よく分からない力の結晶でできた「地治修練縮図」とかいう物体。
近くでくつろいでいるのは、なんか超カン高い可愛らしい声でしゃべるごっついビジュアルのガーディアン。
広がる荒野の向こうに見えるのは、樹木の精霊達と赤鞘の社。
さらに遠くには、空中に浮かぶ、赤鞘が力の流れを弄ってよくわからないことになった浮遊島。
「平和が何よりですね」
なんだかいろいろなことに慣れてきたエルトヴァエルは、ほっこりとした笑顔でそうつぶやくのであった。
なんかやたら長いな、と思ったら、一万文字ぐらいありました
すげぇな・・・
次回は、コッコ村特集の予定です