百五十六話 「まぁまぁ。そうだ、よろしければ、ちょっとやってみませんか?」
魔道国家ステングレア王立魔道院次席“蛍火の”マイン・ボマー。
キースは仕事柄、何度かその姿を見たことがあった。
魔法を得意とするステングレアの名門貴族であり、現王立魔道院次席という人物だ。
メテルマギト鉄車輪騎士団副団長という立場柄、マークするのは当然といえる。
当然、マインの方も、キースのことは知っているだろう。
王立魔道院に所属する密偵の優秀さは、キースも舌を巻くことがある。
過激な対応と破壊工作能力にばかり目を向けられるが、その情報収集能力の高さは素晴らしい。
隠密能力もずば抜けており、見習うべき部分が多かった。
しかし、まぁ、やはりネックになるのは、その血の気の多さだろうか。
彼らは優秀だが、こと敵対するとなると状況お構い無しに攻撃を仕掛けてくる。
本来は戦闘御法度であるはずの国際会議の場で、突然相手に襲い掛かったというのは有名な話で。
他にも、探せばいくらでも逸話が出てくる。
驚くべきは、それらのほとんどが問題になっていない、というところだろう。
普通であれば国際問題に発展するようなものも、いつの間にかそれなりのところに話を落ち着かせてしまうのだ。
もちろん、王立魔道院の工作によって、である。
そういったところも含めて、まさしく優秀。
裏仕事をする者ならば、お手本にすべき連中であると、キースは思っている。
ただ。
顔を合わせるなりノータイムで魔法をぶっ放してくるのは、やっぱりヤベェな。
とも、思うのであった。
「やっべぇーなぁー。超コワイ。やっぱ早まったかなぁ」
口の中でぼやきながら、キースは頭を狙いに来た爆弾を避けた。
空中走行能力を有する車輪を巧みに制御し、滑るように空を駆けまわる。
その後ろを、不可視化魔法を施された追尾型の爆破魔法が追いかけてきていた。
いくつもの種類が違う術式で構成された魔法の群れは、ざっと確認しただけで八種類百二十個。
ステングレアの魔法には明るくないキースだが、並の腕では制御しきれないであることは察しがつく。
もし他国であれば、「抑止力」として機能するだけの力量を持った術者であることは間違いない。
「流石、“蛍火の”って褒めたいところだけど。襲われてるのが自分だと、素直に感心できないのよねぇ」
そう。
今、キースに爆弾魔法をけしかけているのは、“蛍火の”マイン・ボマーその人であった。
キースはその攻撃を、何とか避けているのである。
一体なぜこんなことになっているのか。
ことは、少し前にさかのぼる。
思わぬ戦闘に遭遇したりしてたから、仕事がまともに出来ませんでした。
そんな大義名分を得るために「見放された土地」周辺の森にやってきていたキースは、近づいてくるマインの気配を察知。
こりゃ丁度いいや、とばかりに接触を試みた。
聡明な人物として知られる“蛍火の”マイン・ボマーである。
軽く言葉を交わして、こちらを試す程度の戦闘になるだろう。
そう踏んでの行為だった。
が、実際はまったく様子が違っていたのだ。
接近して早々、いきなりの魔法攻撃。
驚いたキースだったが、続けざまに繰り出される攻撃に、抗議することもできない。
慌てて逃げ惑うことになった。
というのが、今の状況である。
なんて乱暴な、と思うものの。
なるほどうまい手だな、とも思っていた。
キースはあくまで隠密行動中であり、公式にはここにきていないことになっている。
今のキースの立場は、「高度な武装をしている、なんだかよくわからない人物」なのだ。
であるから、「見放された土地を守っている」という立場を取っているステングレア王立魔道院がそれを攻撃するのは、至極まっとう。
ある意味当然のことである。
とはいえ、言うまでもなく連中はキースの正体に気が付いているはずだ。
にもかかわらず攻撃してくるというのは、「今なら不審者として大手を振って鉄車輪騎士団のナンバー2を消せる」と考えてのことだろう。
どうやらキースの予想以上に、マインに嫌われているらしい。
周囲に探知を巡らせ、キースは思わず呆れてしまった。
不可視式の地雷型の魔法に、空中機雷術式。
低速自走型から設置型のものまで、地雷原もかくやという数の爆発魔法が一面に敷き詰められている。
どうやら、キースが逃げ回っている間に周囲へ敷設したものらしい。
呆れたことに、そのどれもが近接信管や遠隔起爆装置付きのようだ。
どれもこれもキースには反応するが、マインには全く無害という代物である。
自分にだけ反応する地雷原の中で逃げ回るというのは、中々ぞっとしない状況ではなかろうか。
普通なら数秒で吹き飛ばされているだろうが、キースは苦笑いをしつつ無傷で逃げ回っていた。
直接戦闘能力では、騎士団の連中には敵わない。
などと自称するキースだが、当然そんなことはなかった。
異常なほどの観察能力と危機察知能力からくる回避力の高さは、鉄車輪騎士団の中でもずば抜けている。
キースに攻撃を当てるというのは、至難の業。
例えマインであっても、容易なことではない。
とはいえ、キースの能力は回避や移動能力に特化したものである。
もし本気になって攻撃を仕掛けたとしても、高位の魔法使いであるマインは何かしらの手段を講じてくるだろう。
正直なところ、キースとしてはあまり歓迎できない状況だ。
何とか他の隠密連中に止めてもらいたいところなのだが、残念ながら近づくことすらできないらしい。
マインが網の目のように機雷と地雷と爆弾を敷き詰め、高速から低速様々な種類の移動式爆弾をばらまきまくっている事。
ついでに、キースの動きについてこれていないことも原因だろう。
マインもキースの速度は追い切れていないようだが、爆破を利用して動きを誘導することで、何とか追いついている。
指向性の爆風に煽られながら、このままではさすがに不味いとキースは冷や汗を流した。
「あのぉー!! ちょっ、いったんやめません!? 御話合いしません!?」
「問答無用!!」
キースの提案は、秒殺で拒否されてしまった。
一体何が気に食わないというのか。
「こりゃ、ホントに逃げ帰るしかないじゃんかよ」
あまりうれしくない予定通りである。
それでも、逃げの一手に回れば、何とかまくことは出来そうではあった。
伊達に、そのことだけに特化した能力と戦車を持っていないのだ。
それにしても、なぜマインはこんなにキレているのか。
キースは小首をかしげながらも、逃走経路について真剣に考え始めるのであった。
ちなみに。
以前、紙雪斎がキースのことを高く評価するようなことを言っていたのだが。
それと今回のこの状況が直接関係するかどうかは、マインのみが知るところである。
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単語単語の意味は理解できても、内容が入ってこない。
そんなことがあるんだなぁ、と、グルファガムはポカンとした顔で思っていた。
「全ての力はお互いに干渉しあって、常に変動していますから、つまるところそれを逆算して制御するわけですよ」
赤鞘はあっけらかんとした様子で、さも可能なことのようにそうのたまった。
土地の管理、力の流れの制御法についての話である。
赤鞘の、というか、日本神の土地管理法というのは、他の世界の神から見ればかなりイカれた狂気的手法であった。
それをさも当然のように説明され、グルファガムは混乱の只中にいる。
「いや、そんなバタフライ効果を制御するような事、可能なんですか? いや、可能なんでしょうけど、ええ?」
「あっはっはっは! いやぁー、まぁー、なんかアンバレンスさんにも言われたんですけど。慣れですよねぇー」
「慣れ、ですか。慣れるものですか、コレ」
「んー。私の場合、ある程度出来るようになるまで三十年ぐらいかかりましたけど」
よくもまぁ、そんな短時間でこんなことが「ある程度」できるようになるものだ。
グルファガムは引きつった表情を赤鞘に向ける。
それをどうとらえたのか、赤鞘は苦笑しながら頭を掻いた。
「まあ、グルファガムさんとかならもっと早くできると思いますし! とはいえ、この手の仕事は一生修行みたいなところありますけれどもねぇー」
グルファガムはめまいを覚え、眉間を押さえた。
ぶっちゃけた話、百年やってもこれの基礎すら習得できそうな気がしない。
言っている意味は分かる。
理屈も、なんとなく理解できた。
だが、赤鞘が言っていることは、グルファガムには「手が使えるなら、新しい大陸が作れる」というような、無理無茶無謀の類としか感じられなかったのだ。
実際のところ、その例えはそう外れてもいないものであった。
新しく日本で神様になったものであっても、日本神特有の土地管理法を聞けば「スプーンで山を動かすようなモノ」だと思うだろう。
「一生修行っていうか。何百年やっても基礎が身につく気がしませんけども」
この時点でグルファガムは、自分ならどうやってこの技術を身に着けるだろう、と考えていた。
どんな学習方法なら、こんな頭のおかしな変態的技術を習得できるのだろうか。
あまりにもクレイジーであることは、間違いない。
しかし、有効であることは間違いなかった。
通常、「海原と中原」では、相当に高位の神が力技で解決する土地の管理という仕事を、ザコ神といって差し支えない様な神が、技術で持ってそれをやってのける。
たくさんの有力な神がいれば、まったく無駄になる行為だろう。
だが、母神が新たな世界を作るため、優秀で力のある神を引き連れて去ってしまった今の「海原と中原」において、この手法は特効薬といっていい。
アンバレンスが赤鞘を連れてきた理由が、よくわかった。
これは今の「海原と中原」に残る神々が、習得すべき技術なのだ。
まあ、とはいえ。
自分にこれができるとは、一切思えなかった。
テレビとかで職人さんとかの超絶技巧を見て、すごいとは思いつつも、自分には絶対にできないな、と思うような感覚に近いだろう。
「まぁまぁ。そうだ、よろしければ、ちょっとやってみませんか?」
「へ!? 私がですか?!」
「いえ、とはいっても、この土地で試してもらうわけにもいきませんからね。ちょっと、ミニチュアを作ってきたんですよ」
言いながら、赤鞘は懐に手を突っ込み、こぶし大の物体を取り出した。
それは半球形をしており、宝石のようにきらびやかなもので形作られている。
思わず、グルファガムは目を見張った。
その物体の中に、外部から力が流れ込んできているのが分かったからだ。
流れ込んできた力は、半球体の中を巡り、そのまま外へと流れていく。
周囲の力の流れを変化させ、内部で巡らせてから外へ排出する。
そういった物質は、存在しないわけではない。
高密度の魔石などが、そういった性質を持っている。
だが、その場合外部から取り込む力の流れは、一種類から二種類でしかない。
対してこの半球状の物体は、グルファガムがざっと見た限りではあるものの、この世界にある力の大半を取り込んでいるように見えた。
力の流れだけ見るのであれば、広大な土地そのものの縮小版といってもいい。
「こ、これ、え? なん、ですか、コレ」
「日本の新神さんが、土地の管理を練習するときに使うものでしてねぇー。地治修練縮図、とかいったかなぁ。なんか正式名称はそんな感じだったんですけども。私の周りは箱庭って言ってましたねぇー」
言い得て妙だと、グルファガムは唸った。
確かにこれは小さな「箱庭世界」だ。
「いやぁー、私も新神のころ、これでよく練習しましてねぇー。といっても、ぶっちゃけつい数日前まで存在を忘れてたんですけど」
記憶力の無さに定評がある赤鞘である。
相当昔に練習した道具のことなど、忘却の彼方だったのだ。
それを思い出したのは、精霊達の湖上空にある浮島で、すっころんで頭をぶつけた時だった。
「すっかり存在を忘れてたけど、同じようなもの作ろうとしてたんですよねぇー。あのタイミングで思い出してよかったですよ! 何しろ力の塊、こっちだと魔石っていうんでしたっけ? アレの配合割合とか、難しいんですけど。頭打った衝撃で思い出したんですよ!」
「頭打って、ですか」
半実体なのにどうやって頭打ったんだろう。
そう思ったグルファガムだったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
実はグルファガムも、割と日本神気質なのである。
「正直おかしいなぁー、と思ったんですよねぇー。そうだ、グルファガムさんに説明するとき、ミニチュアを使おう、って思ったとき。私がそんなよさげなアイディア思いつくはずないんですよ。頭の片隅に、コレのことがあったんですよね、きっと」
基本的に赤鞘は、自分の能力についてほとんど信用していないのだ。
あながち間違っていないだけに、反応に困るところである。
「で、これなんですけどね? ある一定の割合で力の塊が混ぜてあって、周囲にある力の大半の種類が流れ込んでくるようになってるんですよ。流石に完全な土地の縮図ってわけにはいかないんですけど、まぁ、コレをいじっていれば、練習にはなるわけです」
赤鞘の言う通り、完全に土地の縮小コピーというわけにはいっていなかった。
それでも、練習にはなる。
少々レベルや規模、詳細が違うが、例えるなら。
人が乗ることができる自動車を作る前に、ガソリンエンジン搭載のゴーカートをいじるようなモノ。
といったところだろうか。
基本的な構造は同じなので、参考にはなるし、練習にもなる。
少々モノが違いすぎるため的確とはいいがたいが、あながち的外れではないだろう。
「ほら、こんな感じでですね、流れに干渉すると、動くわけですよ」
言いながら、赤鞘は指先で「地治修練縮図」内部の、力の流れをつついた。
すると、それに反応して、つついた力の流れが動きを変える。
連動するように、別のいくつかの力の流れも、変化していく。
「それぞれがそれぞれに影響し合って、こんな風に変化していくわけです。それを計算して、うまいこと自分の思う形にしていくわけです」
言いながらも、赤鞘はどんどん力の流れをつつき、内部の流れを変化させていく。
一度つつくごとに、変化はドミノ倒しのように連鎖する。
赤鞘はその反応を見極め、絶妙のタイミングで次の力の流れをつつくのだ。
最初のうちはわからなかったが、しばらく眺めているうち、「地治修練縮図」内部の力の流れは、目に見えて改善されていっている。
住みよい土地へと、変化していっているのだ。
「これは、すご、ん?」
すごい、と言いかけて、グルファガムはおかしな点に気が付いた。
赤鞘はこの作業を、すべて片手でやっている。
もう片手は、何をやっているのか。
本体である赤鞘を地面に突き立てているのだ。
何をやっているのか、といえば。
この「見直された土地」の力の流れを、調整しているのだ。
「あの、赤鞘さん。その、作業なんですが。同時進行されてるんです?」
「ああ、申し訳ないです! ちょっと今、複雑なことしてまして。土地の方から手が離せなくって」
「いえいえ! それは、土地の管理が一番大事なお仕事ですから! はい、全然!」
申し訳なさそうに苦笑する赤鞘に、グルファガムはぶんぶんと首を横に振った。
確かに、複雑なことをしているのだろう。
何をしているのか覗き込んでみたが、グルファガムには何がどうなっているのか全く理解できなかった。
目の前の「地治修練縮図」もグルファガムから見れば頭がおかしいのかと思うほど高度な作業だったが、実際の土地で行われていた作業は次元が違うようだ。
やっていることはわかるのだが、何がどうしてそうなるのか、全く理解ができない。
恐らく詳しく説明されたとしても、同じことだろう。
絶対的に、知識が。
経験が足りないのだ。
今日来たのは大きな収穫だったと、グルファガムは改めて確信した。
土地の管理の仕方について、参考になったとか、そういうことではない。
あまりに技術力が隔絶しすぎていて、参考にすらできないことが分かった、という点においてだ。
赤鞘が片手間にやっている「地治修練縮図」でさえ、何十年訓練したらあれだけ操れるようになるのか、見当もつかない。
「でも、あれなんですよねぇー。世の中広くって、私がお教えしたことのある地面系の神様とか、これ使わないでいきなり土地を直接いじって、整えはじめましてねぇー」
「いきなり!? そんなことあります!?」
「びっくりですよねぇー。やっぱりほら、才能の違いっていうんですかね? そういうのあるんだなぁーって、痛感しましたよ。あ、そうだ」
「はい?」
「すみません、私ばっかりやっててもどうしようもないですよね。グルファガムさんも、是非やってみてください!」
「いやいやいやいやいやいや!!」
にっこり笑う赤鞘とは対照的に、グルファガムの顔と背中からどっと冷や汗が吹き出した。
なんと恐ろしいことをやらせようというのか。
自分が手を出したら、確実にダメにしてしまうと判断できるだけに、グルファガムは何とか辞退しようと必死だ。
「大丈夫大丈夫! 地治修練縮図をいじるだけですから! 壊しちゃっても問題ありませんしね!」
「問題ですよ!?」
グルファガムから見て、「地治修練縮図」の価値は相当なものと思われた。
年収360万ぐらいの人から見た、一億円ぐらいの価値。
とでもいえばいいだろうか。
使われている材料もそれなりに希少だが、かけられている技術が尋常ではないのだ。
「これを、こうして、こんな風にするとですね。こうなるわけです。ね、簡単でしょう?」
「簡単ではない! 簡単ではないですからね!?」
「またまたぁー! 大丈夫、ホントに簡単ですから!」
常になく赤鞘が積極的に見えるかもしれない。
だが、赤鞘は本当にこのぐらいなら簡単だと思っているし、なんならグルファガムは謙遜をしているのだと思っていた。
赤鞘は、とにかく自分への評価が低かった。
役立つランキングでは、百円ショップで売ってる爪切りの次ぐらいに来るのが自分だと思っているのである。
なので、相対的に相手の能力を高く見積もる癖があったのだ。
とはいえ、今まではそれでも特に問題が起こったことがない。
赤鞘の周りにいたのが、あのタヌキだったり、アンバレンスだったり、エルトヴァエルだったりしたからである。
どう高く見積もったとしても、それを飛び越えてくるような連中ばっかりだったのだ。
「ね! やってみましょう! 楽しいですから!」
ついでに言うと、この時赤鞘はワーキングハイみたいな状態になっていた。
久しぶりに土地の管理の話をして、テンションが上がっていたのである。
赤鞘は土地の管理の仕事が、それはもう好きであった。
そうでもないと、やっていられない仕事なのである。
好きなものの話をすると、たいていの場合テンションが上がるもの。
赤鞘もご多分に漏れず、いつもよりも積極的になっているのだ。
そして。
グルファガムは、押されると弱いタイプであった。
「あー、んー、じゃあ、ちょっとだけやってみましょうか、ね?」
この時思わずそう言ってしまったことを、グルファガムは後々まで後悔することになるのである。
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スケイスラー王城内にある、“スケイスラーの亡霊”バインケルト・スバインクーの部屋。
プライアン・ブルーからの報告を聞き終えたバインケルトは、深いため息を吐いた。
「つぎゃぁ、ストロニア王国か。うちが使える港がある国だなぁ。問題ねぇやな」
海に面している国なので、海路が使えるというのも助かる。
次に狙う場所の情報は、マッド・アイ・ネットワークを通じて、プライアン・ブルーが聞いた情報であった。
同時に複数存在し、すべてが同じ情報を共用できる。
魔法外の特殊能力を持つプライアン・ブルーだからこその情報伝達速度だ。
「御しやすしだわね。ほかの面倒な国でなくてよかったんじゃね? ねぇ、この酒呑んでいい?」
「ふざけろバカヤロウ。そりゃ五百年物のヴィンテージだぞ。熟成していい酒になってんだ。祝い事がねぇ限り開けねぇ」
二千年以上、死霊としてスケイスラーに仕えているバインケルトである。
五百年物の酒を保有していても不思議ではない。
「マジかよ。そんなもん普通に棚に置くの止めろよ妖怪ショタジジィ」
「俺の持ちもんだぞ、俺の勝手にして何がわりぃっつぅんだボケが。んなことより。ホウーリカの第四王女がぼちぼち動いて来たぞ」
ホウーリカ王国第四王女、トリエア・ホウーリカ。
アグニー奪還に絡んでいる三勢力の一つ、ホウーリカ王国の第四王女である。
今までは、作戦に必要な物資や資金提供などを、主に担当していた。
だが、ここにきて人員も提供したいと言い始めたのだ。
もとより、別に断る理由はない。
ただ、よほど優秀な人員でもない限り、ガルティック傭兵団が断りを入れてくるだろうと思われた。
「“鈴の音の”リリ・エルストラだ。ホウーリカの最大個人戦力だなぁ」
「そりゃぁ。入れば助かるだろうけどさ」
ホウーリカが有する魔法体系、楽器魔法は、ものを操作するのに優れた魔法である。
その特性から、証拠の残りにくい魔法としても知られていた。
高い技術を持つ術者であれば、ほぼ痕跡を残すことなく仕事を終えることが可能だと言われている。
アグニーを秘密裏に連れ出すという仕事の特性上、願ってもない助っ人と言えるだろう。
「なんでまた?」
「バランスの問題だよ。うちはテメェと船を出してる。ギルドは連中じゃねぇとつかめねぇ情報に金、物資その他諸々だ。対して、ホウーリカが負担してんのは金と後始末だ。自分達の負担が軽すぎる、と、トリエアの嬢ちゃんは考えたんだろ」
いや、そんな殊勝な心がけではないかもしれない、と、バインケルトは自分の言葉を自分で否定した。
トリエアは、非常にわかりにくい複雑怪奇な精神構造の持ち主だ。
どんなことをするのかある程度推測することは出来ても、何を考えているか正確に読むことは難しい。
「まぁ、実際に今回の件に絡むかどうかは、まだ話し合いの段階だ。本決まりじゃねぇわけだけどな」
「はっきり言って、ガルティック傭兵団の連中も手探りみたいだからねぇ。土彦ちゃんとかとの連携はいいみたいだけど、今日決まったことが明日には変更になるような状況だからさ。正味どうなるかわからんしね」
ことが事で、状況が状況だ。
予定がしっかりと立つはずもない。
「まあ、いいさ。うちはうちの出来ることをする。で、新しい港と新しい航路を頂く。そのための努力ぁ、しなきゃならねぇ。引き続き粉骨砕身働け」
「はいはいはいはい。はぁーあー。こんなことしてたら結婚できねぇーじゃんよぉー」
「安心しろ。こんなことしてなくても結婚出来てねぇだろ」
「お前ぜってぇーその人形のパンツ脱がすからな! 見直された土地で! 土彦ちゃんとかの前で!!」
コイツなら本当にやりそうだな。
そんな風に思ったバインケルトだったが、とりあえず笑っておくことにしたのだった。
やっぱ予定通りいかなかったよ
というわけで、次回はタヌキさんとオオアシノトコヨミ様の謁見からスタートするはずです