百五十五話 「とある商会だな。何ヵ国かに跨いでなかなかの財力を持ってるところだよ」
完全にテンパり、高速で頭を下げあう赤鞘とグルファガム。
エルトヴァエルはよきタイミングを見計らい、二柱の不毛な頭下げ合戦を止めることに成功した。
とりあえずお茶でもと切り出し、ビニールシートを広げる。
この土地に来てから、エルトヴァエルはビニールシートを広げるのがうまくなっていた。
何かというと酒を飲みに来る、どこぞの太陽神のせいである。
用意したのは、アグニー村で生産されているお茶だ。
時々アグニー達が飲んでいるものなのだが、材料は不明、とされている。
いろんな草や葉が混ぜられているらしいのだが、誰も何をどのぐらい配合しているのか、よく分かっていないのだ。
どうも、無意識のうちに作って飲んでいるらしい。
そんなことがあるのか、と思わなくもないが、「まぁ、アグニーだし」と納得してしまえる部分もある。
アグニーというのは付き合えば付き合うほど、謎が深くなっていく生き物なのだ。
ちなみに、一応エルトヴァエルは茶の材料や配合を掴んではいるのだが、様々なことを考慮して「不明」ということにしていた。
聞かれればもちろん詳細に報告するつもりではあるのだが、赤鞘は特に知るつもりはないようだ。
世の中には知らないほうがいいこともある、というのが、赤鞘の持論である。
「これ、このお茶、あのー、なに入ってるんですかね、これ。なんか複雑な味っていうか。いえ、すごくおいしいんですけど。なんだろう。形容しがたい味っていうか」
「そうなんですよねぇー。体に悪いものは入っていないらしいんですけれども。なんだろう。え? お茶? っていう感じの味ですよね」
「わかりますわかります。なんか、とんこつっぽいっていうか」
「出汁系の味しますよねぇ。でも飲んでいくと確かにお茶ですし。なんだろう、麦茶系ですかね?」
「系統的に言うとそうですよね。えー、なんだろう。なに入ってるんですかね、これ。あ、でもなんだろう。知りたいような知りたくないような」
「ね! 私もそうなんですよ。ずーっと気にはなってるんですけど、聞く勇気は出ないんですよねぇー」
「あー。これは確かに聞く気にはならないかもしれないですね。なんだろう。ナッツは入ってると思いますよ」
「香ばしさ的にそうですよねぇ。あと、んー、カニ?」
「そんな感じの出汁でてる気しますよね」
とても不穏当な会話だが、二柱の間では了解が取れているようだった。
飲むのをやめる気配はないので、不味くはないのだろう。
「で、えーっと。今回は、土地の見学というか。視察ということで、よろしかったんですよね?」
「はい。なんか、すみません。お忙しいのに」
「いえいえいえ! 元々、見て頂くのも仕事だとアンバレンスさんに言われてきてますから!」
そもそも、赤鞘が日本からスカウトされてきた目的の一つが、それなのだ。
とはいっても、赤鞘自身は最近すっかりそのことを忘れ去っていた。
基本的に、赤鞘は大抵のことをどんどん忘れていくのだ。
「で、あのー、視察して頂く際、私が解説を入れさせて頂くんですけども」
「はい。よろしくお願いします」
「その時の参考に、確認させて頂きたいんですが。グルファガム様は、どのあたりの海を担当なさってる感じなんでしょう?」
「浅い海全般なので、どこ、というのは明確にはないんですよ。結構あちこち動いてますんで。その時にいるあたりをちょこちょこ、という感じで」
「へぇー、ホントにそうなんですねぇ」
この世界「海原と中原」では、明確に守護する土地を持つ神の方が稀なのだ。
ずっと言われていることであり、流石に赤鞘も覚えている話なのだが、今一実感がなかった。
それほど、赤鞘にとって「土地を守る」というのは基本となっているのである。
物事を考える時の、土台の一部といってもいい。
言ってみれば常識となってしまっている考え方なので、わかっていてもなかなか変えられないのだ。
「あー、ってことは、私の土地近くの力の流れなんかは、まったくご存じない感じですよねぇ」
「いえ、来る途中、拝見させてもらいました。海側だけでしたが、驚くほど整っていました。いえ、おだてているわけでも、おべっかでもありません。見たことがない種類の調整でしたが、実にきれいでした」
「あっはっはっは。私としてはまだまだ不満だらけなんですが、そういって頂けると嬉しいですねぇー」
苦笑しながら、赤鞘は頭を掻いた。
赤鞘にしては珍しく、グルファガムの言葉は素直に受け取っている。
先に、おだてているわけではない、と本神が言ったからだ。
普段は言葉の裏とかを疑うタイプの赤鞘だが、基本的には素直なのである。
以前、京都の土地神と話していてひどい目にあったことがあるのだが、赤鞘なのでその辺のことはすっかり忘れていた。
「結構流れが入り組んでるんでアレなんですけど、この辺りの流れって陸の方から来て、海の方へ向かっていく感じなんですよ。なので、そちら側にお渡しするときはなるべく整った感じになるように気を付けてるんですけど。あ、お渡しっていうのは、日本独特の表現ですかね」
「あーあーあー。そうか。土地ごとですもんね。力が流れていく下流側に迷惑が掛からないように、ある程度整えてからお渡しする、的な」
「そうですそうです。農村なんかでも、下流に村があるときは結構いろいろ気を遣うじゃないですか。って、そんな農村云々何てことご存じないですかね」
「海原と中原」の神の多くは、人の暮らしに寄りそう、といったタイプではない。
なので、グルファガムにもわかりにくい例えだったか、と思ったのだが。
「いえ、案外海から川を上ったりしているので、そういう様子は見たりします。はぁー、そういうことに気を遣うわけですか」
「ですです。入ってくるものを受け取って、自分の土地で扱いやすくして使い、次に流れを渡す土地が使いやすいように整えて、お渡しする。それが、えー、日本流の土地の管理の仕方、っていえばいいんですかね。まあ、大まかにはそんな感じなわけです」
「なるほど」
グルファガムは重苦しい口調で、そう呟いた。
日本神の土地の管理の仕方は、「海原と中原」から見てかなり特殊なものだ。
だが、水とかかわり深い神であるグルファガムは、そういった「流れ」というものに親しみがあった。
通常なら分かりにくいところなのだろうが、それになぞらえることである程度想像できたらしい。
「そんな大まかな流れをですね。頭の片隅にでも置きながら聞いていただけると、視察していただくときにいろいろ分かりやすいかなぁ、と思います」
「なるほど。わかりました、忘れないようにしながら、拝見させて頂きます」
「ありがとうございます。じゃあ、どうしましょうか。移動しましょうか?」
「どちらへ行く感じですか?」
「あ、そうですね。えーっと、森のはずれの方に。あ、でもそのぐらいの距離なら、ここからでも視えますか?」
「えーと、このあたりですか?」
そういいながら、グルファガムはふらふらと手を振った。
一見すると目の前辺りで動かしているようにしか見えないが、実際には「罪人の森」の端、周囲を取り囲む草原のあたりを指している。
人間ならばあり得ないだろうが、神ともなればこの程度の距離はあってない様なもの。
わざわざ行くまでもなく、この程度の距離なら「間近で見ている」範囲なのだ。
「ああ、そうですそうです。なら、ここで説明しちゃいましょうか。っと、その前に。エルトヴァエルさん、すみません。お茶のお代わりを。グルファガムさんにも」
「はい、すぐに。宜しければ、ガーディアンさんにも何かご用意しましょうか?」
「ああ、そうでしたそうでした! 気が付きませんで、すみません!」
言われてようやく思い出した赤鞘だったが、例の麒麟っぽいガーディアンが立ちっぱなしだったのだ。
「何か飲み物でも! 何がいいでしょうかね!」
「みゅーは、おみずがいいみゅー」
麒麟の口から響いてきたのは、妙に甲高い声だった。
女児アニメとかのマスコット的な、なんか可愛らしい声である。
赤鞘の動きが、凍り付いた。
なぜゆえにメッチャイカツイかんじの、ゴリゴリに霊獣然としたビジュアルな麒麟っぽい人の声がキュートな感じなのか。
思い切りツッコミを入れたいところだったが、赤鞘は何とか耐えきった。
実に赤鞘らしからぬ忍耐力といえるだろう。
試合筋とでもいうのだろうか。
いつもより緊張している分、普段の数倍の力が発揮されているのだ。
まあ、数倍でも凍り付くのがやっとなのだが。
そんな赤鞘を察してか、エルトヴァエルがそっと耳打ちをする。
「あのガーディアンさんは、元々はもっと小さな姿だったんです。所謂マスコットキャラ的な外見だったんですが、成長されて今のような姿に。ただ、ガーディアンだからでしょうか。声変わりはしなかったようでして」
赤鞘はそっと目を閉じた。
眉間にしわを寄せ、一つ頷く。
最近忘れられがちだが、赤鞘は基本的に強面だ。
目つきが悪く、黙って真顔で座っていると、女子供なら泣き出すとよく言われたものだった。
生前は侍をしていたのでそれでも良かったが、神になってからはそうもいかない。
あまり女性や小さな子供を驚かせるのはよろしくなかろうと、なるべく笑顔でいるようになったのだ。
キツネには気味悪がられ、タヌキには似合うといわれたものだった。
そんな赤鞘の「にへら」っとした笑顔を、麒麟っぽい人は一撃で崩し去ったのである。
恐るべき強敵といえるだろう。
だが、この日の赤鞘は、一味違った。
「あ、じゃあ、お水ご用意してもらえますかね? 冷たい方がいいです?」
何とか笑顔を立て直し、エルトヴァエルにそう伝える。
今日の赤鞘は、いつもとは一味違うのだった。
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壊れた柵を直すという作業は、ハウザー・ブラックマンにとって日常業務になっていた。
渡された木の板を支え、牧場主の老人が釘を打ち付けるのを見守る。
「ジジィ、釘ひん曲がってんじゃねぇか! 焦んねぇーでいいからしっかり打ち付けろやぁ!!」
「やかましいわケツの青いジャリが! 重いだろうからさっさと打ち付けてやっとるんだろうが!! 有難く思え!」
「重たかねぇよこんなもんよぉ!! いいからきっちり打ち付けろってんだよ! それともあれか! ジジィだから力はいらねぇってか!! 息子連れて来いよ息子をよぉ!!」
「まだオレぁ現役だひよっこ! 黙って板もっとれこの悪たれが!!」
そんな言い合いをしていると、そのうち作業が終わる。
茶を飲みながら、老人とひとしきり悪口の言い合い。
それをこなし終えたら、再び見回りに戻る。
老人の牧場は、村で一番の広さがあった。
働いている従業員も多いのだが、なぜか柵の修理だけは今でも老人が行っている。
どうも、若いころからのこだわりらしい。
他の従業員には触らせないのだが、どういうわけかハウザーにだけは手伝わせていた。
どうも、老人とハウザーの父が仲が良かったことが関係しているらしいのだが。
ハウザーは詳しい理由はよく知らなかった。
ブラックマン家は、代々この村の警備隊の隊長職を務めている。
領主ではなく、国王の命令なのだそうで、命令系統的には国王直下の組織ということになっている、らしい。
それだけ聞くと御大層な様だが、要するにクソ田舎過ぎてそうでもしないとなり手がいないのだろうと、ハウザーは理解している。
他の仕事をしないか、と言われたこともあった。
国軍でそれなりのポストを用意しているといわれたのだが、丁重に断っている。
ハウザーは、自分のことを多少腕力に自信がある程度の田舎者だと思っていた。
そんな人間が、どうして御大層な役職に就けるというのだろう。
都会の人間の考えることはよくわからないな、と、ハウザーは常々思っている。
そう。
ハウザーは、というか、ブラックマン家の人間は代々、自分の実力について正しく理解できていないのだ。
国の、いや、世界規模で見ても最大戦力であるということを、欠片もわかっていなかったのである。
「あ、隊長ー」
見回りに歩いていると、前方から手を振りながら男が駆けてきた。
ハウザー唯一の部下である、マービットという男だ。
この村の警備隊に配属されているのは、たった二人だけであった。
大体の人間がハウザーにビビってしまうので、マービット以外の人間が配置できないのだ。
ちなみに、マービットは少々強い程度の一般兵である。
ただ、ハウザーの実力を目の当たりにしても、全く動じないという一点において、世界最高峰の精神力を持っている、と言えるかもしれない。
「何だテメェ。なんで詰所から出てきてんだゴラ」
「隊長が端末置いてくから探してたんじゃないですか」
「ああ!? あ、マジだ」
ズボンのポケットを探してみると、何時も入っているはずの通話機が無かった。
珍しく、置き忘れてきたらしい。
「そりゃ悪かったなぁ。全然気が付かなかった」
「いうて隊長、どうせ何かあればすぐ気が付きますからね。全然いらないんでしょうけど」
次元を超えて何かが接近してきたとしても察知するのがハウザーである。
緊急連絡用の通話機など、必要ないといえばないのだ。
実際、使ったことがあるのは、詰所のお茶の替えが切れたとか、トイレットペーパー買ってきてくれとか。
何か御使いを頼まれるとき程度だった。
どんな優秀な機器を使おうが、槍を投げて光速を超えさせる奴には敵わないのだ。
それにしても、ハウザーが通話機を置き忘れるというのは、珍しかった。
「なんで忘れたんだろうなぁ?」
「ほら、行きがけでバージョンアップが始まって。魔力充填機に置きっぱなしになってたからですよ」
「あー、そうだわ。じゃあ、どっちにしろ持ってけなかったんじゃねぇかよ」
「そうなんですけど。あ、で、用事なんですけど。アグニーさん達の働き先、一応決まりましたよ」
この村には、アグニーの一家五人が逃げ込んできていた。
夫婦と、祖父、子供二人である。
来たのはつい最近のことなので、もう仕事が見つかったというのには驚いた。
何しろ、クソ田舎だ。
そう簡単に仕事が転がっているはずもない。
「どこで何やるんだって?」
「牧場のじぃさんところで、ご夫婦どちらも雇ってもらえたんですって。なんか、最初は雑務とかやりつつ、適性を見るとかなんとか」
「牧場だぁ? あのジジィ何にも言ってなかったぞ。アグニーのじぃさんと子供らはどうすんだ」
「子供達は、とりあえず学校に。じぃさんは雑貨屋の店番を頼まれたみたいですよ。まだ元気ですし、ビジュアル的には美少年ですからね」
「雑貨屋って、あの都会から出てきた若い嬢ちゃんがやってるヤツか。何を好き好んでこんなクソ田舎に来たんだかなぁ」
「色々あって助かりますよねぇ」
「あとで顔出しに行くかぁ。ったく、それにしてもアグニー族なぁ。えれぇことになったなぁ、オイ」
ハウザーも、メテルマギトとアグニー族の件は知っていた。
中央からの報告や、新聞などで知っていたのだ。
ただ、直接外部のことにかかわらないため、詳細なことは知らなかった。
ハウザーの興味関心はもっぱら村のことに向いているため、詳しく調べようとも思ってこなかったのである。
「まだ捕まってねぇのもいるって話だろ? その連中も、無事に逃げてりゃいいんだけどなぁ」
「どうですかねぇ。そう簡単に逃げ込めて安全なところなんて見つからないと思いますけど」
「場合によっちゃぁ、あの一家に言って、他の連中も呼び寄せさせてもいいのかもしれねぇなぁ。ここはクソ田舎だからよぉ。めったに人も来ねぇし。物騒な連中も寄り付かねぇからなぁ」
物騒な連中は近づく前にハウザーが消滅させるか、そもそも警戒して近づいてこないのだが。
ハウザーにその意識はなかった。
村の中に他国のスパイやら工作員やらがいないのは、クソ田舎だからだと本気で思っているのである。
「隊長ってなんだかんだ言って優しいですよね」
「うるせぇバカヤロウ! さっさと戻って日誌つけとけボケ!!」
「蹴ることないじゃないですか! 俺のケツが消し飛んだらどうするんです!?」
“辺境の絶対防壁”ハウザー・ブラックマン。
恐ろしく口は悪く、態度も悪いのだが、基本的には気のいい男なのである。
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土彦の地下ドック。
ストロニア王国にいるアグニー族への接触準備が、着々と進んでいた。
「前回同様、まずは本人の意思確認だろ? どこに捕まってるわけ?」
「とある商会だな。何ヵ国かに跨いでなかなかの財力を持ってるところだよ」
セルゲイに聞かれ、ドクターはテーブルと一体化したモニタに情報を呼び出した。
そこそこの規模がある商会で、ちょっとした小国よりも財力があるようだ。
セルゲイも、名前は知っていた。
商会、というより、企業グループといった方がしっくりくるかもしれない。
「お貴族様に言われて、囲ってるって感じ?」
「いや。商会主導らしい。国の方は鼻薬でも嗅がされたみたいだな。アグニーで一儲けしようっていう馬鹿がいるらしい」
「あらヒドイ」
「どこにでもいるんだな。分の悪い賭けと自殺の区別がつかんヤツが。恐ろしいことに、アグニーの件をやっているのは組織全体じゃない。一部の幹部だけなんだぞ」
「そりゃまた。すごいな」
アグニー族などという爆弾級の厄ネタを抱え込もうというのに、組織が一丸となっていないというのは致命的だ。
なにしろ、相手が悪い。
ステングレアと、メテルマギト。
世界有数の超大国を両方相手取ることになるのだ。
凄まじく上手い立ち回りと、宝くじに当たるぐらいの幸運を併せ持ちでもしない限り、あっという間に潰されるだろう。
「次はここをどうにかしたいっていうのは、それもあってのことなわけなのね」
「だな。厄介なことになる前に片を付けてしまいたい。下手に睨まれた後に突っついてみろ。前回みたいに“紙屑の”や“鋼鉄の”とニアミスすることになるぞ。ぞっとしない」
「ねー、こわかったねー」
「怖かったねー、じゃない!! そもそもこんなこと一傭兵団には荷が勝ちすぎるんだ! 一体どれだけこっちが肝を冷やしてると思ってるんだ」
「で、やっぱり風彦ちゃんが最初に接触するの?」
「ほかにアグニーに警戒されずに近づけるものがいないか。ディロードはその手の技術がないし、“複数の”は論外。うちの連中でも無理だろう。お前も含めてな」
「なんでだろうな。おじさんこんなに心優しくて穏やかなお顔なのに」
セルゲイの言葉に、ドクターは眉をひそめた。
何事か言いかけるが、ぐっと飲みこむ。
突っ込んだら負けだと思ったらしい。
「とにかく。当人がどう言うかによってだが、十中八九今回も連れ出すことになるだろうな」
「そんなところだろうねぇ。そういえば、風彦ちゃんと土彦ちゃんは?」
「よくわからんが、用事があるとかで出ているぞ。なんでも、歌って踊るのがどうのこうのと」
「へぇー。なんかどこも大変だねぇ。赤鞘様もお客が来てるとかっていうし」
「そのお客というのも神様なんだろうな。ここにいると感覚が狂ってくる」
「いいんじゃない? 上手くいけば住まわせてもらえるかもしれないわけだし。ま、それまで大変そうだし? 死ななきゃだけど」
実際問題、アグニーを助ける過程で、命を落とすこともありうるのだ。
相手は国か、あるいは大商人が殆どになる。
当然、穏当な方法でなければ、危険が伴うことになるだろう。
つまり、九割がた命がけということになる。
「幾ら最新装備に人知を尽くしても、命の危険は付きまとう、か。楽な仕事は無いといったところだろうな」
「そーねぇー。ま、上手くやるしかないねぇ。俺らだっていつまでも若かねぇんだし。きっちり老後のことを考えないと」
「人間はそろそろそういうことを考える歳かもしれんが、俺は違うぞ。エルフというのは長命なんだ」
「あら、いいじゃない? 早めに引退できて」
「早期引退、か。だが、退屈するんじゃないか?」
「できればいいねぇ、退屈。でもねぇ。なかなかどうして。あの赤鞘様ってのは、そういう感じにならん神様のような気がするぜ? 彼の周りでは常に波乱が巻き起こるのである。ってね」
直接会ったことがあるからこそ、感じるものがあった。
あれは悉く面倒ごとに巻き込まれるタイプだ、と、セルゲイは見たのである。
「それもぞっとしないな。お前のそういう勘は当たるから嫌なんだよ」
「いいじゃないの。老後も退屈しなくて済みそうよ?」
「なんだか急に早期引退というのが魅力的に思えてきた」
苦そうな顔で言うドクターを見て、セルゲイは悪そうな笑い声をあげた。
「というわけでぇー!! 風彦ちゃんには歌って踊れるアイドル的なやーつになってもらいまぁーす!!」
突然呼び出された風彦は、混乱の中にいた。
なんかよくわからないけど、とりあえず目の前にいるのが神様だというのはわかる。
歌声の神カリエネス様、というらしい。
ただ、言っている内容が全く理解できなかった。
「え? どういうことです?」
「だからアイドルになるんだって言ってんでしょうがこのバカチンがぁー! バカチンがぁああん!」
何度も髪の毛をかき上げる動きを繰り返すカリエネス。
その迫力に押され、風彦は困惑しきりだ。
「で、あの、ディロードさんとマルチナさんは一体なにを?」
風彦の視線の先には、スーツ姿のディロードと、レディーススーツ姿のマルチナが居た。
ディロードは相変わらずやる気の無さそうな感じだったが、マルチナは完全に顔が引きつっている。
神様やガーディアンが近くにいて、緊張しているのだろう。
完全に緩んでいるディロードが異常なのであって、マルチナの方がリアクションとしては正しかった。
「え? この二人はアレだよ。ジャーマネ。アイドルに必要でしょ、ジャーマネ」
「あの、それがよくわからないんですけども。何故アイドルに?」
「好きでしょ? アイドル」
確かに風彦はアイドルが嫌いではなかった。
一人での行動中など、なんとなく口ずさむ程度には嗜んでいる。
外で行動する時間が長かった分、あるいはエルトヴァエルの性質を若干なりとも引きついでいる分、風彦は外に事情に詳しく、興味もあった。
立ち寄った地域の流行歌などを嗜む程度に、若さゆえの興味関心的なものも持ち合わせている。
「いや、まぁ、その」
「わちし、歌声の神様だから。歌ってるのばっちし聞いてるから」
公開処刑である。
風彦は顔を抑えてうずくまった。
体が震えているのは、羞恥からくるものである。
土彦はそんな風彦を見て、すこぶるうれしそうに笑っていた。
そんな姿も可愛い、などと思っているようだ。
「あんしんして、風彦ちん。センターは別の子だから!」
「センター、ですか?」
「カーイチさんに頼むみたいですよ」
風彦の疑問に答えたのは、ディロードだった。
「じゃあ、私はいらないのでは? カーイチさん可愛いですし、モフモフですし」
「しゃらぁーっぷ!! 粒ぞろいがいいんじゃぁー! 色々な美少女並べたいんじゃぁ、歌声の神様はぁ! 乙女は強欲なんじゃぁ!!」
酒瓶をぶん回しながら「乙女」という単語を使うのも大概アレだが、神様なので誰も文句を言えないのだ。
「いい!? お客さんはねぇ、アイドルの歌だけを聞いてるわけじゃないの! その向こうのドラマを楽しみたいの! カーイチちゃんとギンくんの絡みをアイドルソングにプラスすることで尊み政権を建設するの!」
「じゃあますます私はいらないじゃないですかぁ!」
「アイドルに憧れる女の子枠が必要じゃろがい!!」
「私、ガーディアンなんですけど!?」
至極まっとうな意見だったが、残念ながらカリエネスは聞き入れてくれなかった。
というより、ほとんど聞くつもりがないのだろう。
「ふっふっふ。まっとれよカーイチちゃん! ちょーかわいいアイドルにしちゃるけんのぉ!!」
風彦は恐れおののきながらも、カリエネスの暴走を止めることが出来なかった。
自分もカーイチのアイドル衣装見て見たいな、と思ったからである。
水彦と土彦と比べれば幾らか常識的な風彦だが、やっぱり血のつながりは否めないのだった。
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人間というのは弱い。
ほんの少し地面が寝返りを打ち、ほんの少し水が押し寄せ、ほんの少しものが燃えるだけで、簡単に沢山が死ぬ。
人間というのは恐ろしい。
時に自分の命まで投げ出して、地形を変え、水の流れを変え、森を焼き払い、多くのものを殺す。
まぁ、何にしても、バカにしてかかると痛い目を見る相手ということなんでしょうねぇ。
のんきそうな顔でそういいながら、お茶をすする。
アナタも人間でしょう。
そういうと、そうなんですけどね、と苦笑する。
私は、ただの無宿人ですからねぇ。
別に何ができるわけじゃなし、怖がるような相手じゃないと思います?
ほら、この間も腹ペコで死にかけましたし。
声をあげて笑う。
だが、自分はそんな貴方に命を拾われた。
タヌキ一匹助けるために、貴方は大神の足を斬り落とした。
人間にそんなことができるとは。
そんなことができるものが、人間に居ようとは。
特別な人間だから、できたことなのだろうか。
いいや、そうではないのだ。
貴方について歩くようになって、よく分かった。
人というのは、時に大変な力を発揮する。
信じられない様な事をやってのけ、それには神も化け物も驚くほかない。
人間というのは弱い。
人間というのは恐ろしい。
人間というのは、素晴らしい。
「あの、到着したみたいですけど」
声をかけられ、タヌキははたと目を見開いた。
少し微睡んでいたのだが、どうやら目的地に着いたらしい。
大足神社近くにある、マンションの駐車場。
このマンションの一室に、オオアシノトコヨミが待っている。
正確には、オオアシノトコヨミが依り代として使っている人形だ。
「大きなマンションですね。私が日本にいたころには、なかったものです」
「それは、まぁ、そうでしょうけども」
なんといっていいのか困る、というような表情のヤマネを見て、タヌキは楽しそうに笑った。
こんなに大きなものを、人間は作ってしまう。
地形を変え、土地を変えてしまう。
少し大げさな言い方をすると、「世界を作り変えてしまう」のだ。
人間というのは、本当に恐ろしい。
そして、素晴らしい。
驚くほどにもろく、短命で。
それが、時に驚くようなことをやってのける。
タヌキは、人間が好きだ。
見ていて飽きないし、意外性の塊である。
だから。
そんな人間を安易に辞めて、安易に食い物にする「半端者」が大嫌いだ。
「まさか、オオアシノトコヨミ様のお膝元に、吸血鬼連中がわいているとは。思いもしませんでした」
「灯台下暗し、でしょうか。アカゲ様も驚かれていましたけども」
「どちらも、力が強すぎるからですよ。かえって、小物相手には探知が雑になってしまうんです。ただ、もしオオアシノトコヨミ様かアカゲ殿、熱心な氏子に歯牙でもかけられようものなら、あっという間に捕捉されたでしょうけれど」
「そのあたりは連中もよく心得ているわけですか。全く、狡猾というかなんというか」
「でも、こうしてばれてしまった。混ざりもの連中のすることなんて、所詮半端なものです」
もっとも、そういう連中もバカにはできない。
大昔、オオアシノトコヨミ様が我を失うことになったのは、まさにそういう連中の悪知恵によるものだったのだから。
だが。
そういう連中のたくらみを暴き、片を付け。
暴れるオオアシノトコヨミ様を正気に戻したのは、間違いなく人間だった。
「半端者共のねぐらを潰す計画をご相談して、許可を頂く。然る後、速やかにあの人の形をした蚊共を駆逐する。忙しいですね。寝ている暇もありません。私は寝ないのですけれど」
両手をぱちりと合わせ、にこりと笑う。
少々大変な仕事だが、ヤマネならきっとついてくることができるだろう。
不安をぬぐってやるためにも、笑顔を見せたほうがいい。
そう考えて笑ったタヌキだったが、ヤマネは引きつった笑いを浮かべている。
以前、「ボスの笑顔は怖い」と言われたことを思い出す。
まさか、自分が笑うと、怖いのだろうか。
だとしたら、少々笑い方を練習したほうがいいかもしれない。
せっかく異世界でお会いした時、怖いと思われるのは嫌だ。
タヌキはどうしたものかと考えながら、笑顔を苦笑に変えた。
次回、オオアシノトコヨミ様とタヌキさんの謁見
それと、赤鞘とグルファガムのワクワク日本神式領地管理教室
どっちも不穏だなぁ・・・
えー、全然関係ないことなんですが、最近書き始めた小説の宣伝をさせていただきたいと思います
「うちの村の子供が「呪術王」とかいう禁忌系スキルを取得した件」
https://ncode.syosetu.com/n6751fz/
勢い全振りしたコメディです
アマラコメディが大丈夫という方は、楽しんでいただけると思います
「ユカシタ村開拓記 ~ネズミ達の村づくり~」
https://ncode.syosetu.com/n6931fw/
手のひらサイズのネズミ獣人「ラットマン」の夫婦が、新しい村を作るために奮闘するお話です
コメディ系ではないけど、もふもふしてます
「1.5倍!! ストロング系チューハイ聖女の異世界転移」
https://ncode.syosetu.com/n4012gh/
「超名門! 悪役令嬢の冒険」
https://ncode.syosetu.com/n2448gi/
「プロテインの聖女 異世界にてやりたい放題する」
https://ncode.syosetu.com/n7632gi/
聖女と悪役令嬢モノの短編を色々書いてみました!