百五十三話 「もう、ものっそいあえるよっ! 会いに行ける神様だよ!」
土彦が作った地下ドックは、さながら軍事基地のような状態になっていた。
新しく設計製造された各種魔法装置が整然と並び、内部の環境もどんどん整備されつつある。
マッド・アイ・ネットワークによる整備拡張が随時施されており、前日の地図が翌日には役に立たない、などということも多々あった。
赤鞘とかアンバレンスが見たら「梅田駅みたい」というかもしれない。
実際はそこまで広くもないし複雑でもないのだが、受ける印象は近いものがあるかもしれなかった。
そんな地下ドックの一角。
作戦会議などに使われる部屋に、アグニー保護作戦に関係する主要な人員が集まっていた。
ガルティック傭兵団の面々に、風彦、水彦、土彦、門土、キャリン、コウガク、エンシェントドラゴン。
プライアン・ブルーは、一時本国に帰還していた。
“複数の”プライアン・ブルーにとっては、距離的制約はあまり意味をなさない。
今も、戻ってこようと思えば数分で“見直された土地”に戻ることができる位置に、分体を潜ませているようだった。
「コウガク様やエルトヴァエル様、冒険者ギルド、ホウーリカ、スケイスラーからの情報で、“見直された土地”外のアグニー族の所在は、随分わかってきました」
資料片手に大型モニタの前に立っているのは、ガルティック傭兵団のドクターだ。
「現在把握できているのは、六十三名。これは、メテルマギトに捕まっている人数を除いた数です」
「メテルマギトに捕まってる人数って、把握できてるのん?」
片手をあげてのセルゲイの質問に、ドクターは頷いて見せる。
手元の端末を操作すると、大型モニタに映し出された映像が切り替わった。
映し出されたのは、壁にタックルしたり、美味しそうにご飯を食べたりしているアグニー達の姿だ。
ただ、着ている服はまともなもので、居る場所は妙に緑が濃いように見える。
「メテルマギト政府は、アグニー達の様子を広報誌などで公開しています。人数どころか、名前、個別の健康状態まで、外部からでも確認できます」
「信用できるんですか、そんな情報」
団員の一人が、顔をしかめる。
確かに普通ならば、信用できるものではないだろう。
だが、情報元はほかならぬメテルマギトである。
「信用できる、と言い切っていいでしょう。メテルマギトですから」
ドクターに言われ、その団員は「それもそうか」というように肩をすくめた。
だが、水彦は首をかしげる。
「どういういみだ」
「情報を偽る意味がないから、ですよ。エルフ、とりわけメテルマギトのハイ・エルフ連中は、嘘を吐くのを極端に嫌うんです。散々他種族に騙されたり搾取されてきたという意識があるんでしょうね」
「ならばこそ、それからみをまもるために、こうみょうにあいてをだまそうとするものじゃないのか」
「力が無いのなら、そうするでしょう。ですが連中には、その妙な潔癖さを押し通すだけの力があります。事実を隠そう、状況を知られないようにしよう、といった些事に気を取られる必要が無いんです」
強者故の無頓着さ、ということらしい。
事実、メテルマギトにとって現在のアグニーの状況というのは、知られて困る状況ではなかった。
虐待しているわけでも、不遇な状況に置いている訳でもないという自負もあるだろう。
実際、エルトヴァエルの同僚天使からの情報によれば、捕まっているアグニー達の幸福度はそれなりに高いようだ。
はっきり言って、捕まっていようがいまいが、アグニー達にとってはどうでもいいようだった。
仲間がいて、適度に運動が出来て、食べるものがあり、寝る場所もあって、着る服もある。
それだけそろっていれば、アグニー族は基本幸せなのだ。
「現状、アグニー族がどのようにして老化を抑えているのか、連中もまだ調査をしている段階にあります。だからこそ、下にも置かないほどに丁重に扱われているのは間違いないでしょう。それこそ、同族であるエルフと同じほどに」
メテルマギトは、虐げられる同族、エルフの保護を目的としてつくられた集団が元となった国である。
その彼らが「エルフと同じほど」丁重に扱っている、というのが、どれほど大きい意味を持つのか。
水彦もそれを察し、何度もうなずいた。
「ですので当面の問題は、メテルマギトに捕まっている以外の六十三名をどうするか、ということになるかと思います」
再び、ドクターが端末を操作する。
部屋の照明が落ち、モニタの前に立体映像が浮かび上がった。
簡略されたこの星の球儀に、ピンのようなモノが刺さっている。
「ピンの位置が、アグニーが捕まっている場所です」
「良く調べられたなぁ」
「世界有数の巨大エネルギー企業体、世界中に販路を持つ輸送国家、人間至上主義国間ではかなりの発言力を持つ国、そして、天使様方からの情報。古今東西、こんなに恵まれた情報源はないでしょうね」
「しかし、ものの見事に世界中に散らばってるなぁ。これなんて星の裏側だぞ」
「それだけ、どこの国でもアグニーを欲しがったってことでしょう。というか、セルゲイ団長。団員だけじゃないんです。言葉遣いには」
「いいじゃない、気にしなくていいって言ってくれてるんだし。で、次に助けに行くアグニーの目星は?」
何か言いたげに顔をしかめるドクターだったが、ため息交じりに首を横にふった。
文句を言うのにも疲れたようだ。
「ストロニア王国。アインファーブルからもほど近い、同じ大陸上の国です」
「ストロニア? よくもまぁあの国がアグニーなんて確保できたな」
ストロニアは、特徴の無い国であった。
特に人種差別が大きいわけでもなく、使用されている魔法体系が強力なわけでもない。
優れたところもあるが、劣るところもあり。
諸外国との間にはそれなりに問題を抱え、敵対国との間にはある程度の緊張状態を抱えている。
特別大きな国でも、特別小さな国でもなく。
言い方は悪いが、十把一絡げの国でしかない。
「単純に、地理の関係でしょう。国内に逃げ込んだアグニーを確保したようです」
「アグニーの方がそこまでは逃げたってことですか? 徒歩で?」
驚いたような声を上げているのは、風彦だ。
信じられないといった顔をしている。
「あー、そういえば風彦は、案外アグニーさん達との付き合いが短いですものね」
「そのうちわかる。あれは、にげるとなれば、くにのひとつやふたつ、かんたんにこえるぞ」
当然のように言う土彦と水彦の言葉に、風彦は困惑した表情を浮かべる。
実際に目にしないと、アグニー族の逃避性能は信じがたいものがあるだろう。
「じゃあ、ストロニアにしとくか」
「そんな簡単に決めても」
「いいのよ。どうせそれなりに考えて候補に挙げたんでしょ?」
確かに、条件を鑑み、次に選ぶ候補として最良の場所としてストロニアを上げていた。
既に土彦やエルトヴァエルからも、参考意見を聞いている。
「ちなみに。なんでさいしょに、こうほにあがらなかったんだ」
一応というように、水彦が質問する。
特に異論がある、といった風ではなく、単純に疑問に思ったようだ。
「非常に簡単な理由ですが、近すぎたからです。あまり近場から狙うと、色々とぼろが出る恐れがありますから」
こういう仕事をするとき、あまり近い場所から狙うのはよろしくない。
ガルティック傭兵団独自のものではあるだろうが、ある種のセオリーだった。
気が抜けて手抜かりが出やすい。
いくら偽装しても、状況証拠から加害者候補に挙がりやすくなってしまう。
むこうもこちらのことを知っている恐れがある、等々。
理由はいくつも上げることができる。
遠い場所を標的にするのにもデメリットはあるのだが。
近場を狙うより楽だ、ということらしい。
「じゃあ、なんでこんかいは、ストロニアをねらうんだ」
「これも、地理的な問題なのです。比較的ご近所にあるメテルマギトに目を付けられたくないようで、さっさとアグニーを手放そうとしている様子なんです」
「てばなす? どこぞにうりとばすつもりか」
「メテルマギトか、ステングレア。どちらに売れば利が大きいか、秤にかけている最中なようです。どちらにも話を持って行っていない、今のうちに仕掛けたい。といったところでしょうか」
アグニーを保有している国の中で、この二か国に媚びを売ろうと考える国は多いだろう。
どちらに渡すのが得なのかは、そういった国々にとっては悩ましい問題だ。
もちろん、手放すタイミングも見誤ることは出来ない。
「ストロメニアは、ちかぢかたいどをきめそう、ということか」
「その通りです。意見のとりまとめに動いている勢力があるようで、内外が少々ごたついているようでして」
「そのゴタゴタにまぎれれば、こちらのこんせきものこさない、か。たいみんぐてきにも、いまがちょうどいいんだろうな」
水彦は納得した様子で、何度もうなずいている。
そんな水彦の態度を見て、土彦が怖いものでも見るような表情を浮かべた。
土彦の心情を察し、風彦がそっと耳打ちをする。
「水彦にぃが言ってたんですけど。俺が仕事で外にいる間にタヌキ様が来たら、叱られるのは赤鞘だけだ。って」
どうやら、外に出る仕事。
アグニー奪還のために外にいる時にタヌキが見直された土地に来れば、自分は怒りから逃れられると考えたらしい。
だから、少しでも土地にいる時間が短くなるよう、熱心に質問などをしているようなのだ。
基本的にボーっとしていることが多い水彦だが、赤鞘が手加減なしで作ったガーディアンだけあって、基本性能は悪くない。
水彦自身がその気になれば、頭の方もかなり優秀なはずなのだ。
まあ、その「その気になれば」というのが、果てしなく高いハードルなわけではあるのだが。
「兄者、よほど叱られるのが嫌なのでしょうね。それほどタヌキ殿というのは恐ろしい方なのでしょうか」
「さぁ。そのあたりは私にも。エルトヴァエル様ならご存知だと思いますが」
土彦と風彦がぼそぼそと話している間にも、会議の方は進んでいく。
「そういやぁ、ディロードのヤツどうしたんだ? さっきからいないけど」
「まだコッコ村の方にいるそうですが」
「ああ、いえ。ディロードさんなら、別件でドラゴンズネストに居ます」
土彦から出た意外な言葉に、セルゲイは「ほぉー」と声を上げた。
「なんかあったんです?」
「いえ、ちょっと野暮用をお願いしていまして。まあ、私ではなく、さる方に取次を頼まれたのですが」
「さる方?」
「ええ。さる方。ああ、お名前はお聞きにならないほうが、心臓によろしいかと」
土彦はにこにこと笑いながら、胸の前でぱちりと手を合わせた。
ドクターは苦虫をかみつぶしたような顔をするが、無理やり納得するようにうなずく。
きっと、精霊とかガーディアンとか、最悪神様の名前とかが飛び出してくるに違いない。
この土地に来てから、よくよく知らないほうがいい世界があるのだと思い知るドクターであった。
「はい、というわけで歌声の神カリエネスちゃんなんですけれどもねっ!!」
ウィンク&ポーズで決めたカリエネスは、手元のエフェクトボタンを連打した。
部屋に備え付けのライトやスピーカーが連動して「てってれー!」的な光と音が乱舞する。
ソファーに座ってそんな光景を見せられたディロードは、なんとも言えない表情で固まっていた。
この場所は、エンシェントドラゴンの巣にある、カリエネスが隠遁している部屋であった。
用事があるから、と土彦に呼び出されたディロードは、全く説明もないままこの部屋に放り込まれたのである。
「あーの。神様ってこんなに気楽に会えるものなんです?」
基本的に、この世界に生きるものは、相手がこの世界の神やそれに近しいものであれば、一瞬でそうであると認識することができる。
この世界を作った母神が「そうあれかし」と設定した、絶対的な感覚だ。
ゆえに、ディロードも目の前にいるロリ巨乳が宣言通りの神であると、すぐに判断できた。
だからこそ。
なんでこんなところでこんなことをしているのか、まったく理解できなかったのである。
「会えるよ!!」
「ああ、そういうもんなんですか」
「もう、ものっそいあえるよっ! 会いに行ける神様だよ!」
「そんな神様が身近な感じ出しちゃうスタイルって、中々ないと思うんですけども」
いきなり神様の前に出されたにもかかわらず、ディロードはいつもの調子でツッコんでいた。
基本的に、あまり物事に動じない性格なのである。
まあ、それにも限度があるだろうが。
この「見直された土地」では、このぐらいの方が生きやすいといえるかもしれない。
「で、単刀直入にいうんだけど」
「なんだろう、音は同じなんだけどすごく字が違いそうな雰囲気を感じる」
「アイドルのPになってほしいのよ!」
「すみません、1から10まで何のことか全くわからないんですが」
ディロードの言うことももっともである。
カリエネスは咳ばらいをすると、きちんと説明をすることにした。
「つっちーがね、アトラクションとかに音楽が無いのが寂しーって気が付いちゃったのよ」
「つっちーって、土彦様ですか」
「そ。アグニーちゃんたち向けにいろいろ作るのに、BGMなしだと殺風景すぎて逆にホラーだって」
「無音の遊園地とか怖いですからね」
「君、理解速いな! いいよいいよぉー! で、そーなのよ! まさにそーなの! で、BGM作ろうってなったんだけど、どうせなら歌入りの方がいいかな、ってなったの」
「その辺はよくわかんないですけど。そうなったわけですね?」
「でもつっちーってばそういうののセンス無いわけ! あったら無音のアトラクション作らないよね! で、どうしようって思ったとき、超スティッキーなあいでぃーあを思いついちゃうわけ!」
「すげぇヤな予感がしてきましたけど」
「そうだ! 丁度、アオリまくってゲキギレな神に追い掛け回されてる、可愛そう&プリティーキュートな神様がうちに逃げ込んできてるじゃん、ってっ! キランてへぺろっ!」
「絶対聞きたくない単語聞こえましたけど、今の僕すんごい勢いで忘れましたからね。何聞いたか覚えてないですからね」
「でっ!! この歌声の神カリエネスちゃんに! 歌を作ってほしい的な! 的な感じになったわけ!」
「すごいところに依頼しますね土彦様も」
「でねっ! 色々考えたの! どんな風にしようかって! それで参考までに、ソシャゲとかをやったわけさ! 地球のヤツ!」
「よくわかんない単語が出てきましたけど、まぁ、はい」
「そこで思ったの! アイドルにはP! つまりプロデューサーが大事だなって!」
「それはカリエネス様か、土彦様ってことですか」
「ぶっ! ぶーっ!! ダメなのよ! それじゃ! Pとアイドルは二人三脚なの!! もっと露出できるPが必要なの! エッチな意味じゃなくて!」
「べつにそこは言及してませんけども」
「というわけで、考えました! Pとしてスケジュール管理とかできつつ、前に出ても大丈夫なビジュアル! アイドルに手を出さなさそうな無害さ!」
「嫌な予感が再燃してきましたけど」
「加えて! 男子キャラも女子キャラもどっちでも行ける、一粒で二度のおいしさ! どっちを操作キャラにしてもいける! 欲張りっ子もにっこりな人材がいないかなぁ、って! そしたらいました! じゃじゃーん!」
「これ、ヤな予感あたっちゃったかなぁ」
「そう! 樽ボーイ&人工精霊ガール!! ディロード・ダンフルールくんとマルチナタソなのです! 久しぶりに言ったな、タソって。今の若い子分かるのかな?」
「いや、知りませんけど」
「というわけで! ディロードくんには私がすってんばーいするアイドルの、Pになってもらいたいとおもいまぁーす!」
「それって、ご辞退するわけには?」
「ご辞退すると、もっとめんどくさい仕事を振ってもらうようにつっちーにおねがいしまぁーす!」
どうしたものか。
ディロードは考えた。
もっとも、考えるも何もない。
この状況で断ったら、本気で面倒臭いことになるだろう。
多少の面倒臭さをとるか。
目の前の面倒臭さから逃げて、債務を未来の自分に託すか。
いつもなら、未来の自分の可能性に賭けるところである。
今回もそうしたいが、流石に相手が相手だ。
人生、諦めも肝心。
たゆまぬ努力もいいが、案外諦めた先にこそ、楽で実入りのいい道が待っていたりする。
「わかりました。お引き受けします」
「よっけーい! いっしょにがんばろーぜぇーい! ちな、マルチナタソは?」
「論理回路に負荷がかかりすぎて、フリーズしてますけども」
「うっそマジで? なんぞショッキングな出来事でもあったん?」
「突然神様に呼び出されたとかですかねぇ」
「えー? それって驚くほどのことでもなくねぇー? カリエネスちゃん、しょっちゅう呼び出されてるよ?」
「そりゃ神様同士ならそうでしょうけども」
とりあえず、後で当たり障りが無い感じで説明しよう。
ディロードはハイテンションな神様を前に、大きくため息を吐いた。
極々親しい相手の名前を呼ぶのを、恥ずかしがる。
そういう妙な癖が、あの方にはあった。
といっても、本当に気の置けない、近くにいて当然というような間柄の相手だけにそうなるようで。
そういう相手は、神になってからも、極わずかしかできず、都合、人間の頃から数えても、片手で数えるほどしかできなかった。
常日頃、丁寧な口調で話すあの方だが、そういう相手にだけは、極砕けた言葉遣いで話す。
あの性悪キツネも、その中の一匹だった。
キツネとか、性悪、とか。
そんな風に呼ばれて悪態をつき合っている赤鞘様と、キツネの姿。
拳骨をもらっているキツネを見て、ざまぁみろという気持ちと、羨ましいような気持ち。
その両方を感じたものだった。
名前を呼ばれなくなったのは、おそばに仕えて随分と経ってからだったと思う。
タヌキさん。
どうしても必要な時に、恥ずかしさを隠すような、少しいつもと違う調子で呼びかけてくる、穏やかな声音。
うれしい様な、名前を呼ばれなくなったことが寂しい様な、複雑な気持ち。
赤鞘様に呼んでいただくというのは、特別なことなのだ。
なりたての妖怪変化であったタヌキには、当時名前が無かった。
それでは不便だろうと名を考えてくれたのが、人間だった頃の赤鞘様だ。
ああ、あの声で、もう一度名を呼んでいただきたい。
いや、少し恥ずかしそうに、タヌキさん、と呼びかけられたい。
何方でもいい。
少しでも早くお傍に。
「ホノオさん、穂ノ尾さん。ちょっと、お茶でも入れてもらえますか。さっきからきな粉が喉に張り付いて、すんごい咽るんですよ」
まったく、貴方という方は。
落ち着いて召し上がればいいのに。
薄く笑って、目を開く。
妙に血なまぐさいな、と思い周りを見回すと、鎖で雁字搦めにされた何者かが、奇妙な声で喚いている。
となりを見れば、若いヤマネの少年が、引きつった表情を浮かべていた。
ああ、そうだ。
タヌキは少しぼやけた頭を振って、意識をしっかりと呼び戻した。
吸血鬼を一匹捕まえたので、尋問をしていたところだったのだ。
動けないように銀糸を絡ませた鎖で縛り上げ、封印の術式を何重かに施し、社員を数名呼び出して押さえつけさせた。
然る後、情報を引き出すために、頭の中に割り込んで恐怖の感情を引っ張り出し、それをしばらくループするように細工を施す。
人間であることを簡単に放り出すような、半端でどうしようもない連中だ。
その程度の「化かし」を施すなど、訳はない。
素直になるまでしばらく放っておくことにして、その間、目を閉じて微睡むことにした。
スマホで時間を確認すれば、五分ほどしかたっていない。
ほんのわずかな時間しか経っていないのに、吸血鬼はよほど辛いのか、口やら目やらから血を流している。
「あの、あの、タヌキさん、これって大丈夫なんですか?」
不安そうに聞いてくるヤマネを落ち着かせようと、タヌキはできるだけ優しく微笑んで頷いた。
「心配いりません。コレの枝の連中、まあ、連中の言葉を使えば血脈とか一族とか御大層な言い方をしているようですが。とにかく、これらは自分の血液を武器にするのですよ。ですので、こうやって血を吹くんです」
「ええ?! じゃあ、これって危ないんじゃっ!」
「心配いりません。術式に干渉して、何もまともに出来ないようにしていますから」
「そう、なんですか。はは」
完全に引いているのが分かる表情で笑うヤマネを見て、タヌキは思わず苦笑する。
少し刺激が強かっただろうか。
いや、ヤマネはしっかりと鍛えなければならない。
彼の一族が仕えている神は、極めて旧い神である。
ただ、土地神として土地を治めるようになったのは、ここ数百年のことであった。
どうやって土地を治めるか分からないその神に、赤鞘がその方法を教授したのだ。
その時、神使として仕えていたヤマネの教育を任されたのが、タヌキとキツネである。
ヤマネ一族が代替わりしてからもそれは続き、赤鞘からは未だに任を解かれていない。
直接「もういい」と言われるまで、仕事は続く。
つまり、今もヤマネ一族の教育は、変わらずタヌキの仕事なのだ。
だが、タヌキが異世界に行くことになれば、それをこなすことも出来なくなるだろう。
まだ諸外国にいるころは、外から雇ったものを送り込み、色々と教え手助けすることはできたのだが。
そうなったら、しっかりと赤鞘様に報告し、指示を仰げばいい。
あるいは「よくこれまでがんばってくれました」と、褒めてもらえるかもしれない。
タヌキはそんな風に考え、薄く笑顔を作り、胸の前でぱちりと手を合わせた。
「ボス。コイツ、そろそろ限界っぽいですけど」
部下の無粋な声に、タヌキは僅かに眉を寄せる。
せっかく楽しい想像をしていたのに、邪魔をされるのは気分が悪い。
だが、これも仕事である。
ため息を吐いて気を取り直し、部下の方に顔を向けた。
どういうわけか、周囲にやたらと霧が出ている。
ここは室内なのに、何事か。
見れば、吸血鬼が吐いた血も、霜柱のように凍っている。
何事かと思うタヌキだったが、すぐに事態を把握した。
どうやら、機嫌の悪さが冷気となって、外に漏れだしていたようである。
となりに目を向ければ、やたらと怯えたヤマネが、体を縮こまらせていた。
何とか誤魔化せないものだろうか。
タヌキは獣としての耳を出し、赤鞘に「ガマの穂に似てる」と言われた。
自分の名前の由来でもある、長くふさふさの尻尾を出す。
そして、こつんと頭を小突き、ウィンクをしながら、小さく舌を出してみた。
なんでも「てへぺろ」とかいうしぐさらしい。
今の日本ではやっていて、大抵のことはこれで誤魔化せると、部下の一匹が言っていたのを思い出したのだ。
残念ながら、ヤマネはますます困惑し、混乱しているような顔をしている。
よし、アイツは後でノそう。
タヌキは少しでもヤマネを怯えさせないよう、苦笑を浮かべながら、至極物騒なことを心に決めたのであった。
あれやこれややることが地味に多いうえに、ご時世的に家から出られなく、すごくフラストレーションがたまってます
温泉に行きたい・・・
仕方がないからアイスばっかり食ってますよ
美味しいですよね、アイス
次回は赤鞘とグルファガムが対面して、おしゃべりします
えー、全然関係ないことなんですが、最近書き始めた小説の宣伝をさせていただきたいと思います
「うちの村の子供が「呪術王」とかいう禁忌系スキルを取得した件」
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勢い全振りしたコメディです
アマラコメディが大丈夫という方は、楽しんでいただけると思います
「ユカシタ村開拓記 ~ネズミ達の村づくり~」
https://ncode.syosetu.com/n6931fw/
手のひらサイズのネズミ獣人「ラットマン」の夫婦が、新しい村を作るために奮闘するお話です
コメディ系ではないけど、もふもふしてます