百四十九話 「あ、あとほら。津波の神様とか怖いですねぇー。ここって海の近くですし。私もほら、日本神ですから」
ソーセージというのは不思議な食材だと、キースは常々思っていた。
そもそも何で肉を本来の持ち主である動物の腸に詰めようと思ったのか。
保存のためだというのは知識や理性ではわかるのだが、いささか猟奇的な気配を感じる。
だって、牛とかブタとかヒツジとかだから「まぁ、うん」ってなるけども。
それがあなた、人型種にやられた行いだと思ってみましょうよ。
100パー猟奇的じゃん?
まあ、いうてどんな調理法も人の形してるやつにやったら猟奇感にじみ出ちゃうけども。
そんなことを考えながら、キースはソーセージの挟まったファストフードを齧る。
美味い。
アインファーブルは冒険者の街だ。
冒険者ギルド本部のおひざ元であり、それが直轄しているのだから、まさに文字通りの意味で冒険者の街である。
当然住民における冒険者の割合は非常に高い。
そしてその多くは肉体労働者、まあ、魔獣相手にドンパチやるのを肉体労働と表現するならであるが、ともかくその多くは肉体労働者だ。
自然、繁盛する食べ物屋はガッツリ系が多くなってくる。
今食べているものもそうで、薄く焼いた四角形のパンのような生地に、ソーセージやら炒めた肉、野菜と麺類が一緒くたに挟んであった。
定食のようなボリュームと品ぞろえだが、それがしっかりと四角い生地に収まっている。
何かしら工夫があるのだろうが、それを解明しようと思うより、それを食べてしまいたいという食欲が勝ってしまう。
元々キースは、そういうところに探求心のあるタイプではない。
食って美味けりゃ万々歳。
それがなぜこんなことを考えているのかと言えば。
とりもなおさず現実逃避である。
「働きたくない。あー。やだなぁー。働きたくない。何もしたくない。ベッドでゆっくり寝てたい。働きたくない」
働きたくない。
“影渡り”“小さな”“虚ろな”等々、いくつもの二つ名で呼ばれるキース・マクスウェルではあるが、どちらかと言えば勤勉なタイプではない。
むしろどちらかというと無限に働きたくないタイプである。
休んでいられるなら休んでいたい。
とはいえ世の中そういうわけにもいかないので、最低限は働かねばならなかった。
働かないと食えない。
なんて理不尽な世界なのだろう。
働かなくても安心安全快適な生活ができる世の中にならないものか。
とはいえそれは未だ成しえぬ夢である。
成しえぬ夢であるから、働かなければならない。
それにしても自分は働かされすぎだと、キースは思っている。
なぜこんなことになったかと言えば、やはり鉄車輪騎士団団長“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソが原因だろう。
学生時代の先輩後輩という間柄なのだが、その当時からキースはシェルブレンに目を付けられていた。
なにをどう気に入られたのか、シェルブレン曰く、キースはなかなかに使える男、なのだとか。
もちろんキース本人はまったくそんなことは思わない。
むしろ自分のことを、未だに凡百以下の劣等生だと認識している。
それがなぜ曲がりなりにもかの名高い鉄車輪騎士団の副団長に収まっていられるのかと言えば。
とりもなおさず生命の神秘がなせる業だと認識していた。
エルフというのは基本的に優秀な種らしいが、生命の危機に瀕すると普段では考えられないような力を発揮する。
キースにとってシェルブレンからの「指示」とか「命令」というのは、逆らえば死に直結する類のものなのだ。
死ぬ気になれば何でもできるという言葉があるが、まさにその通りだと思う。
曲がりなりにも評価されるような仕事をキースがこなしてきたのが、文字通り死ぬ気でやってきたからに他ならない。
皆もっと生命の危機に瀕すればいいと思う。
そうすれば世界は勤勉なものが溢れかえるだろう。
シェルブレンに逆らうというのは、そんなに危険なことなのか。
そう聞いてくるものも、少なくない。
優秀な人材が多いエルフの中でも、稀有な存在であり、人格者と称されることが多いシェルブレンである。
怒ることも少なかろうし、怒ったところで理性が効いているのではないか。
そんな風に考えるものは多いようだ。
だが、キースに言わせれば全くの誤解である。
あの人は案外キレやすいのだ。
大体、普通の生き物なら“鋼鉄の”シェルブレン・グロッソの前に立てば、竦み上がる。
地震やら台風やらの類と似た存在であると察知し、余計なことをしないように自己防衛機能が働くのだ。
自然受け答えは丁寧になり、シェルブレンが怒るようなことをしなくなる。
もちろん、世の中にはそういった本能的な防衛反応を、よせばいいのに無理やり捻じ曲げてまで噛みついていく輩もいるものだ。
そういう連中がどうなるかを、鉄車輪騎士団副団長であるキースは何度か見てきている。
印象に残っているのは、はねっ返りの騎士の右半身を片手で吹き飛ばした時のことだ。
なんのこっちゃと思うかもしれないが、文字通りなのでどうしようもない。
どういうわけか対抗意識を燃やしていたらしい騎士が、無謀にもシェルブレンに絡んでいった。
しばらくはシカトしていたシェルブレンだったが、ある単語が逆鱗に触れたらしく、無造作に左腕を振るう。
別に魔法の類は用いていない。
純粋に腕力と、当人の体内魔力を叩きつけただけの行動だ。
結果、演習中でフル装備だった騎士の右半身が消し飛んだのである。
普通の生き物なら即死だろう。
幸か不幸か、エルフであるその騎士は、半死半生の状態になっただけで済んだ。
顔が引きつってたから、あれはたぶん意識があったのだろう。
あるいは、シェルブレンが何らかの方法で、気絶するのを許さなかったのかもしれない。
これまた幸か不幸か、きれいに右半身が無くなったその騎士を見て気が済んだのか、シェルブレン当人がその治療を行った。
現代医学というのはすごいもので、エルフであれば、その位の怪我なら一週間ぐらいで完治可能だ。
ましてシェルブレンがその気になって施術を施したわけだから、傷跡も残らなかった。
何なら元の身体より幾分動きがよろしくなったほどである。
ちなみにその吹き飛ばされたヤツは心を入れ替え、鉄車輪騎士団の一員となっていた。
ヤバいレベルのドMなんだろうな、とキースは思っている。
他にもいくつか例はあるが、シェルブレンの逆鱗に触れたやつの末路は大体そんな感じだった。
冗談じゃない、治るからといって半身を瞬間的にひき肉にされるのは勘弁だ。
キースは自身を真っ当な感性を持った常人だと思っており、そういう手合いにとって即死級の大怪我は好んでするものではないと信じている。
さて、ではどんなことをするとシェルブレンの逆鱗に触れるのだろうか。
シェルブレンはジャンル問わず、自分の仕事に誇りを持っているプロフェッショナルが好きだ。
軍人、料理人、大道芸人、本当にジャンルは問わない。
一定以上の技術水準を持ち、自分の仕事に美学を持つモノをよしとするのだ。
その反動が、怠惰であることを嫌う。
特に、部下に対してはそういう面が強かった。
当人ができうる限りの働きをして結果が出せなかった分には、仕方がないと許してくれる。
だが、能力があるのにもかかわらず、面倒だとか疲れるからといった理由で仕事をしなかった場合は、容赦されない。
めちゃくちゃ怒られるし、場合によっては何かしらの半身が消し飛ばされる。
右とか左、あるいは下半身なんかだと頭が残ってるので生き残れるだろう。
虫の居所が悪かったりして上半身を消し飛ばされた場合は、即死だ。
シャレや冗談じゃすまない。
もちろん、そんなことはめったにないし、今まで実際その手のことがあったのは片手で足りる程度しかないのだが。
それでも実際に目の前でそういう類のものを見せられている身としては、たかがそんなもので済ませる気には毛ほども成らない。
一応の仕事はしていたので、怒られない公算はそれなりに高い、が。
それなりで命を懸ける気になるほど、キースは人生ギャンブル的な生き方が好きではなかった。
期待されているであろうと推測される、最低水準の仕事はしておきたい。
「というわけでやってきましたぁー。見放された土地にぃー、やってまいりましたぁーん」
言葉で勢いをつけようとしたものの、まったく力が入っていないなかった。
空元気を出すのにも失敗したキースは、ため息交じりに腕や足首を回す。
顔まで覆う全身鎧は、その動きを完全に追尾し、補佐してくれている。
鎧の重みを感じることはなく、何なら裸でいる時より動きやすいぐらいだ。
鉄車輪騎士団の騎士が「戦車」に搭乗するさい着用する外骨格式の強化装甲、通称「鎧」と呼ばれるパワードスーツ。
今着ているものは、シェルブレンがキース用に作った一点ものだ。
恐ろしく動きやすいうえに、性能もピカ一。
もはや体の一部のように感じていはいるが、こんな上等なものを押し付けられてきちんと仕事をこなせなかったらどうしようというプレッシャーもすごい。
さっさと探りを入れて、ちゃっちゃと帰りたい気持ちでいっぱいだ。
「目標設定はどうしようかなぁ」
これまでキースは、現地に近づくことすらしてこなかった。
ほかの連中が持ってきたデータを解析するだけでも、十二分に報告に耐えてこられたからだ。
なにも自分の目で見なくても、適切な情報収集方法を心得た人員から上がってきたものを精査するだけで、それなりのことは出来るものである。
そうでなければ、情報分析の専門家、などというのは存在意義をなくすことになるだろう。
だが、今回はそれだけでは足りない。
自分が直接見に行かなければどうしようもなく、だからこそそれ相応の情報を持ち帰らなければならないのだ。
しこたま面倒臭いが、やるしかない。
まあ、とりあえず「見放された土地」に立ち入るのはありえないし、「罪人の森」を目測するのが第一目標だろうか。
「罪人の森」を囲む草原地帯には、足を踏み入れたものか迷うところではある。
近づいてみて、ヤバそうならやめて置こう。
そもそも聞くからにヤバい土地なのだ。
入らなかった理由なんていくらでもでっち上げられる、っていうか、別に事実を報告すればそれで十分だろう。
あとは、ステングレアの密偵をテキトウにつっついてちょちょっとやり合えばいい。
力及ばず追い返されちゃいましたぁー、ってことで、お仕事終了だ。
「それでいきましょっか。ね。うん、それがいい、それがいい」
首を回しながら、キースは傍らに置かれた自身の「戦車」に近づいていく。
二輪しかないにもかかわらず自立したそれは、やはりシェルブレンがキース専用として作ったものだ。
大型な人の下半身といった形状のそれは、「鎧」の上から着込む追加装甲といった風情である。
最大の特徴は、踵のあたりから外側に向けて取り付けられた大きな一対の車輪だろう。
鉄車輪騎士団の中でも、最速を誇る「戦車」マッチバニー。
あまりに尖りすぎた性能ゆえ、キース・マクスウェル以外には扱いきれない暴れ馬である。
「あぁー、働きたくなぁーい」
愛機である「戦車」を装着し、キースは疲れ切った様なため息を吐いた。
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たいへんだ、たいへんだ、どうしよう。
お侍様が、また無茶をなされた。
いつも、いつも、あの方はご無理をなさる。
おとめしても、聞きやしない。
危ないからとおやめくださいといったのに、わかりましたと笑っていたのに。
お怪我でもなさったら、どうするおつもりなのか。
あのお侍様は、いつも無茶をなさる。
誰かが困っていると、必ずかかわっていく。
浮世の義理だとか、流れで仕方なくとか、そんなことを言いながら。
どんなに止めても苦笑交じりに、世話を焼く。
もっとも、そんなお方だから、私のようなタヌキを助けてくださったのだけれど。
いそがなくては、いそがなくては、間に合わなかったらどうしよう。
どうして、どうして、なんでこんなことに。
お侍様が死んでしまわれた。
まさか、食い詰めものにあの方が後れを取るなんて。
せめて私がおそばにいれば。
いや、いや、ほんとうにそうだろうか。
私のような狸が一匹いたところで、あの方のお役に立てただろうか。
せめて、せめて、私に力があれば。
お侍様のお役に立てる力があれば。
「あ、狸さんじゃないですか。いやぁー、お久しぶりですねぇー! あっはっはっは」
お侍様!
亡くなられたと聞いたのに!
「いえ、死んだは死んだんですけどね? 足もあるんですけど。いや、まぁ、死んだのは間違いないんですけども。なんか、神様になったらしいんですよね。祀って頂いたのがよかったみたいで、よくわかんないんですけど」
どうしよう、どうしよう、たいへんだ。
お侍様が亡くなって、お侍様が神様に。
オオアシノトコヨミ様のおみ足を斬ったこともあるお侍様が、まさか食い詰めものに後れを取るなんて。
どうすれば、どうすれば、ひどすぎる。
だけど、だけど、これでよかったのかもしれない。
これで私は、ご恩を返せる。
お侍様がなさることの、お役に立てる。
お喜びになることを、して差し上げられる。
寿命も、気にする必要がない。
そうだ、そうだ、よかったのかもしれない。
ならば、ならば、いそがなければ。
必ずお侍様のお役に立てるよう、力をつけなければ。
何かが近づいてくる気配を察知して、タヌキは目を見開く。
相手が来るまでの間、少し仮眠をしていたのだが。
いい夢を見ることができた。
寝るといっても完全に眠りこけているわけではなく、半覚醒状態だったのだが、かえってそれがよかったのかもしれない。
気配の主は、来る予定になっていた客のもののようだった。
時間通りにやってきたらしい。
両手を打って、周囲の警戒に当たらせていた使い魔達を呼び戻す。
海外で仕入れた術だが、今ではすっかりタヌキのものになっている。
足元に置いたジェラルミンケースに戻ってくるのは、金属でできたザトウムシのようなモノ。
それが、凄まじい速さで集まってきて、体を小さく折りたたんでジェラルミンケースの中に納まっていく。
全て収まりきると、今度は球体にプロペラが二本付いた、ドローンのようなモノが集まってくる。
やはり金属製で、ザトウムシのようなモノと同じく、タヌキの使い魔であった。
それらがすっかりジェラルミンケースに収まると同時に、扉が開く。
入ってきたのは、スーツにコートを羽織った男だ。
タヌキがいる部屋の惨状を見て、「うわぁ」と声を上げる。
ただ、怯んだ様子はなく、どこか楽し気だった。
人としてその反応は如何なものかと、タヌキは苦笑する。
タヌキがいるのは、とある政令指定都市。
雑居ビルの地下に入った、バーであった。
暗く、余人が入りがたい雰囲気があるそこのカウンターに座り、タヌキは酒を飲んでいる。
ほかに、酒を飲んでいる客はいなかった。
店員らしき姿もない。
ただ。
その床には、幾人もの人らしきものが転がっている。
人らしき、というように、それらは人間ではなかった。
全身は毛皮で覆われ、イヌ科の動物らしき特徴が目立つ。
所謂、人狼と言う手合いだ。
それが十数名、口から泡を吹き、痙攣しながら転がっている。
「あ、どうも。私、警察の方から来ました、ササジマといいます。もちろん偽名なんですけどもね?」
男はへらへらと笑い、頭を掻きながら歩いてくる。
地面に転がっている人狼を踏まないように歩いているが、その足取りは一見して頼りない。
重心も定まっておらず、ふらふらとしている様子だった。
普通の人間なら、上背や体格を見て、何か強そうだという印象を受けるだろう。
少し格闘技に心得があったり、何かしらの訓練を積んだ人間なら、しっかりと鍛えた人間の動きではないと見て侮るはずだ。
タヌキの目には、隠そうにも身体の所々から漏れ出している異質な妖気から、人の身にしてはそれなりの術者であると映った。
「聞いています。初めまして、刑事さん。でいいのかしら」
「ああ、いえ、ササジマと呼んでいただければ。ほら、アレですんで」
「お役所勤めもたいへんですね」
くすくすと笑いながら、まあ、勤めているかも怪しいけれど、と内心で思う。
「しかし、よくこの連中、釣れましたね? 中々尻尾を出さないし掴めないってんで、結構手を焼いてたんですが」
「化かし合いは得意ですので」
「はは。流石おタヌキ様。恐ろしいですね」
「悪さをしない良い子には、お仕置きはしませんよ。それどころか、ご褒美を差し上げましょう」
「あ、いえ。そうですね。神使様に失礼な言い方でした、申し訳ありません」
「いいえ。恐れられてこそ、ですから。悪戯をする悪い子は、御使いタヌキに叱られる、と、氏子は子供に教えていたそうです」
「この連中は、叱られたでは済まなそうですが」
地面に転がった連中を指さすササジマに、「そうですとも」とタヌキは笑って答えた。
大盃の酒を飲み干し、酒瓶から新たに注ぎいれる。
「悪さをする、ただの混じりモノですもの」
「混じりモノですか。あたしらの方じゃぁ、ヒトデナシとか人間を辞めた連中、なんていうんですがね」
「それは誤解ですよ。この手合いは、人間にべつのものが混じっているから、厄介なんです。それぞれに何方かだけであれば、なんてことはありません。一本立ち出来ない半端もの同士が、一緒になってようやく立っている程度の連中ですもの」
「いやいや。ああ、でも、そうなんでしょうな。あたしらのようなものにとっては、こういう連中も恐ろしくて仕方がないんですがね。それにしても、どうやって? と、お聞きしても?」
「ええ、構いませんよ。何のことはないことですから。片方ずつ化かしただけですもの。片方では一本立ちできないのですから、片方折ってしまえばいいのです。そうすれば支えを失って、倒れて転がるのが当然でしょう?」
人というのは弱い。
だから、外道に縋って力を得ようとする、などということがあるそうだ。
タヌキに言わせれば甚だ疑問で、別に人というのは弱くない。
お人好しで、何時も困ったように笑っていて、そのくせ妙に目つきが鋭くで、怖い顔で。
とても、とてもやさしかったあのお侍様は、人の身で大神様の足を断ち切ったほどだ。
強くなるなどとのたまい、結局人を辞めることもできず、半端な「混じりモノ」になるような連中は、その個人が弱いだけ。
人というのは本来、とても、とても、強いのだ。
「なるほど。そういうものなのでしょうが、あたしのようなモノにはとても参考にできそうにありませんな」
「頭に入れておけば、いつか役に立つとおもいます。さほど難しい理屈ではありませんから」
「帰ったら早速、日記に書いておくことにします。しかし、お手伝いしていただいておいてこういうのもなんですが。なんでまた貴女ほどの方が、うちの上司の頼みを?」
「私にはお願い事があるんです。とても、とても、難しいお願い事が。それを叶えるためには、とても貴い方々にお願いをしなければならないんです。そのためには少しでも、多くの方にお手伝いいただいた方がよいと思うんです」
「お願い事、ですか。そう簡単に叶う類のものではないのでしょうなぁ。となると、応援するものは少しでも多い方がいいわけですか」
「その通りですとも。そうだ。貴方も何か頼みごとがあったなら、気軽に声をかけてください。お手伝いしますよ」
「あははは。ありがたいお言葉ですけども。あたしのようなものでは、お役には立てそうにもありませんので」
「ご安心ください、そんなに難しい見返りは求めませんとも。精々、そうですね。私の願い事が叶いますように、と、神様にお祈りしていただく程度です」
至極楽しそうに笑いながら、タヌキはおどけた様子で両手を合わせて見せた。
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グルファガムは眉間に指をあてながら、何度か目になるため息を吐いた。
海に関わる神の一柱であるグルファガムは、比較的若い神である。
それなりに優秀ではあったが、押しに弱く流されやすく、長いものには巻かれて周りに迎合するきらいがあることから、母神が新しい世界を作るときに連れていかれなかった神であった。
典型的な、居残り組の一柱と言っていいだろう。
今までグルファガムは、自分のそういった性質を問題だと思ったことはなかった。
なにしろ、居残り組の神はヤバいヤツが多い。
スライムの方がもうちょっと考えて生きてるんじゃないかろうか、と思えるような連中もいる。
そういうやつに限って権能が強力だったりするので、質が悪いのだが。
とにかく、自分はまだましな方だし、周りからはみ出してとやかく言われるのも面倒くさいし、このままでいいと考えていた。
しかし。
「まさか見放された土地に行くの押し付けられるとはなぁー」
若く無軌道な神々の中に紛れていたのが、災いした。
水底之大神が「見放された土地」、現「見直された土地」だかを視察しに行く件に、その連中が噛みついたのだ。
自分達の中から誰か代表を選び出し、そいつを先に視察に行かせるのだとか。
そこまではいい。
というか、どうでもいいと思っていた。
だが、蓋を開けてみたらびっくり。
突っかかっていった連中は上がりまくったテンションに任せて口走っただけだったらしく、いざ誰が行くかという話し合いになったら、全員ビビり倒したのだ。
そりゃそうだ。
いくら同じ神とはいえ、相手はあの最高神にして太陽神である、アンバレンスが頭を下げて連れてきたという、異世界の神なのである。
そもそも、若い神グループに属する神とアンバレンスは全く格が違う。
今回噛みついていった神々の中で一番強い権能を持つものがミカンだとしたら、アンバレンスは太陽だ。
どういうことかよくわからないかもしれないが、とにかくそのぐらい差があるのである。
そんなアンバレンスが、頭を下げた相手のところに行くのだ。
なるほど後になってビビり倒すのも仕方ないと思える。
とはいえ、誰かは視察に行かなければならない。
あれだけ大見得を切ったのだから、後には下がれないというのが彼らの見解のようだった。
大人しく頭下げて「怖いから無理です」っていえばいいのに、などと考えながら、グルファガムはぼーっと話し合いの流れを見守っていたのだが。
話は、思わぬ方向へ転がりだした。
「そうだ、グルファガム。貴公はたしか、海の中でも陸に近い場所を司る神であったな」
「おお、そうだ。ということは、我らより陸に見識があるだろう」
「さすれば、より詳しく件の土地を見極められるに違いない」
「はぁ。はぁっ!? いやいやいやいやいや!」
パリピの陽キャマジふざけんなよ、などと思ったが、反論しようとしたときにはすでに手遅れだった。
その場にいる全員が、「もうコイツで良いじゃん」みたいな空気感を出していたのである。
これはヤバい、と思って何とか抵抗を試みたが、無駄であった。
そんな状況を覆せるぐらいの実力があるなら、居残り組にはなっていないのだ。
結局押し付けられる形で、グルファガムが視察に行くことにされてしまった。
「はぁー。なんでこんな面倒臭いことを。怖いなぁ、赤鞘様ってどんな神様なのよ、そもそも」
今まで全く興味もなかったので、赤鞘という神について調べたことはなかった。
ならば今から調べようかとも思ったのだが、伝手が全くないのだ。
仕事を押し付けてきた神々は、ただ文句が言いたいだけらしく、碌な情報を持っていない。
情報集積の得意な天使達は、仕事がすこぶる忙しそうであり、声をかけるのも気が引ける。
むしろ、最悪相手にされない恐れもあった。
優秀な神々の大半が去ってしまったこの世界では、天使の仕事は激務だ。
迂闊に近づいただけで「邪魔だドケボケゴラァ!!!」とか怒鳴られそうな迫力を感じる。
もちろん実際にそんなことはないのだろうが、そういう気迫みたいなものだけでグルファガムはしり込みしてしまうのだ。
「どうしようかなぁー。もう、こうなったらもう一柱ぐらい誰か誘うかなぁ」
海に関する神の中でも、グルファガムは比較的陸に近い場所を司っている。
なので、海以外の神々にも、それなりに知り合いがいた。
そのうちの誰かに、声をかけよう。
さて、誰にお願いしたものか。
浅瀬と津波を司る神グルファガムは、頭を抱えながらため息を吐いた。
「ちなみに赤鞘さん、どんな神が来たら嫌なのん?」
「嫌なの、って。それはほら、色々語弊があるじゃないですかぁ」
「まぁまぁまぁ! 例えば! 例えばよ!」
「えー、例えばですかぁー? んー。まあ、陸に近い場所の神様とかですかね? ほら、ご近所さんだから」
「あー、そうねー。近い場所だとねー」
「あ、あとほら。津波の神様とか怖いですねぇー。ここって海の近くですし。私もほら、日本神ですから」
「わかるぅー! まあ、そりゃそうよねぇー!」
「アンバレンス。このモチ巾着美味いぞ。中にシイタケと銀杏が入っていてな」
「いや、水底のとっつぁん、モチ食いすぎじゃね?」
「実際のところ、どんな神様がいらっしゃるんです?」
「それがさ。まだ向こうで決まってないみたいで。話し合ってる最中らしいのよぉ」
「あぁー。困りますねぇー」
「そうなのよ。そうなるとさ、対策も大枠は決められても、詳細詰められないじゃない?」
まさかドンピシャな神が来ることになろうとは。
この時の赤鞘は、全く予想もしていないのであった。
えー、全然関係ないことなんですが、最近書き始めた小説の宣伝をさせていただきたいと思います
「うちの村の子供が「呪術王」とかいう禁忌系スキルを取得した件」
https://ncode.syosetu.com/n6751fz/
勢い全振りしたコメディです
アマラコメディが大丈夫という方は、楽しんでいただけると思います
「ユカシタ村開拓記 ~ネズミ達の村づくり~」
https://ncode.syosetu.com/n6931fw/
手のひらサイズのネズミ獣人「ラットマン」の夫婦が、新しい村を作るために奮闘するお話です
コメディ系ではないけど、もふもふしてます