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百四十七話 「ちょっ、膝から!? 土彦ねぇ、どうしたんですかっ!? まさか、内臓系の病!?」

 思いのほか面倒臭いことになってしまった。

 赤鞘さんになんて説明しよう。

 渋面を作ったアンバレンスは、眉間を持っていたペンで掻いた。

 アンバレンスの執務机の前に立っているグルゼデバルも、同じような苦い顔をしている。

 グルゼデバルは、今は悪魔をやっている元天使だ。

「海原と中原」での悪魔は、天使が中の人を務める「天使職」の一つである。

 悪事などをそそのかし、信仰心を試したりするのが主な業務だ。

 ちなみに、グルゼデバルはエルトヴァエルの元上司であった。

 しっかりとした下調べと的確な判断、というのが信条であり、そのあたりは元部下にも引き継がれている。


「ていうかさぁ。絶対あれだよね。水底之大神のとっつぁん、狙ってたよね、あれ」


「そうですね。黙っていろと言われていたんですが、実は事前に御大からご相談を受けておりまして」


「ほっほう」


「そういうことにしたいから、アンバレンス様には気づかれないようにしておいてくれ、と」


「んなことだろうと思ったよ、チクショウ」


 アンバレンスはげんなりとした様子で、ため息を吐いた。

 一体、何をアンバレンスは悩んでいるのか。

 少し前に行った、話し合いでの出来事である。

 内容は高度に神話的であり、その様子を示すには多大な情報量が必要だ。

 というより、どれほど筆舌を尽くしたところで、人が正確に理解できるようなものではなかった。

 ゆえに、一部音声のみで、その時の話し合いの様子を推測していただきたい。




「っつー分けでですね。赤鞘さんのところの神使。こっちで言うところのガーディアンかな。これをですね、何とかしなくちゃいけないわけですよ」


「具体的に何をするつもりなんですか」


「まあ、とりあえず向こうサイドと話してからですね」


「地球側に借りを作れというのか!」


「そもそも他世界の神に好き勝手をやらせているというのはどうなんだ!」


「いや、その辺は何度も話し合ったことでして、いま議論すべきはそういうことじゃ」


「重要なことだろう!」


「第一、そんなことをすぐにどうにもできないような神に何ができる!」


「元々が人間である神というのが、そもそも理解に苦しむ!」


「面倒ごとを押し付けてくるようなら、元の世界へ帰してしまえっ!」


「あーもう! このままだとにっちもさっちもいかんのはわかっとるでしょうがよ! じゃあ、具体的に対案があるのかっつー話で」


「そういうことは我々の考えることではない!」


「そうだ! そんなことよりも目の前の他世界の神の扱いをどうするかだろ!」


「文句しか言わねぇーなてめぇーらはよ! そういうとこだぞ! そういうとこだぞ!」


「何という暴言! それでも最高神なのかっ!」


「しっかり義務を果たせ!」


「してますぅー! おまいらの五千兆倍はたらいてますぅー!」


「それは傲慢だ!」


「まぁまぁ、その辺でいいだろう」


「御大。ですが」


「いや、君らの言うこともわかる。確かに他世界の神だ。神とは言え、元人間でもある。しかし、頭から否定しては先に進めない」


「はぁ。そうかもしれませんが」


「とはいえですな」


「そう。とはいえ、実力が伴っているかも、確認しなければならない。なに、アンバレンスの目を疑っているわけではないのだ。ただ、何分異例ずくめの事。ここらで上手く事が動いているか、確認してもよいのではないかな」


「それは、まぁ。そうかもしれんですけども」


「もちろん、それですぐに今回の事が失敗だった成功だったというつもりはないとも。ただ、確認は必要だと思うんだよ。経過確認というやつだね」


「しかし、一体誰が」


「生中のものでは勤まらないかと」


「そうだね。誰が行っても、角が立つだろう。そこでだ。まずは、私が行くというのはどうだろう」


「はぁ。はぁっ!?」


「水底之大神様、御自らですか!?」


「なぁに、私にそういった眼力があるとは思っていないがね? ほら、年の功ということはあると思うんだ。私では力量不足と皆は思うだろうが、どうだろう?」




 アンバレンスは不満そうにため息をつき、頭を掻きむしった。


「あれもう、ずっるいよなぁー。ぜってぇー文句言えないやつじゃん。もうね、ああいうのはコズルイとかロウカイって言わないよ。パワープレイだもん。パワー。力こそすべて的なやつ」


「あの状況で拒否はできませんからね」


「なのよ! 結局視察した後どうするとかそういうところはうやむやにされたしさ! あんのとっつぁん!」


「異世界から来た神に借りを作るのも、異世界の神に借りを作るのも嫌だ。そういう神様方ばかりですから。まあ、当然のこととは思いますが」


 自分の世界のことは自分達で行う。

 それが当たり前のことであり、外へ頼るのは恥である。

 当然の感覚だろう。

 悩んだ末とはいえ、違う世界の神を頼るアンバレンスは、ある種異常ともいえる。

 もっとも、そういうことをしなければどうにもならないぐらい、「海原と中原」はまずい状況になっていたのだが。


「元来、そういう意地も張れなくなったらおしまいなのよ。文句言う連中の方が正常っちゃぁ、正常なのよね。そういう連中の不満を、自分も同じ意見ってことにしてまとめて管理してくれてるのがとっつぁんなわけだから。ありがたいんだけどね」


「しかし、時間があまりあるとも思えませんが。まあ、だから早く見直された土地に行く許可をよこせ、ということでしょうけれど」


「そうなるわなぁ。あのとっつぁんも気にはなってたんだろうけど。反対してる連中の意見を潰す材料も欲しいんだろうなぁ」


「では?」


「時間もないしね。行ってもらうよ、赤鞘さんとこ。赤鞘さんに許可とってからだけど」


「そうなりますか」


 また面倒ごとが増えるなぁ、と思いながらも、アンバレンスはぐっとその言葉を飲み込んだ。

 そういうことを言うと、本当に収拾がつかないぐらいに面倒ごとが増えそうな気がしたからである。


「またぞろエルトちゃんの苦労が増えるなぁー」


「あまり元部下をこき使わんでください。あれは優秀ですが、他者を頼らない悪癖がありますので」


「とはいえ他に頼れる子がいないのよぉ。はぁー。どうしたもんかなぁー」


 アンバレンスはばったりと机に倒れ込むと、深い深いため息を吐いた。




 タックの身柄を確保したガルティック傭兵団の戦闘潜水空母は、無事に「見直された土地」へと到着した。

 まだまだやることは残っているが、セルゲイ達実働部隊はこれで一段落、といったところである。

 少々のミーティングなどの後、今回動いた人員は、近くにあるギルド都市アインファーブルへ向かう。

 そこで、気晴らしなどをする予定であった。

 命のやり取りを生業とする冒険者が多い街なので、当然歓楽街なども充実している。

 酒と肴を出す店に、きれいなお姉さんと遊んだりできる店もたくさんあるのだ。

 ちなみに、かっこいいお兄さん達がちやほやしてくれるようなお店もあったりするのだが。

 残念ながらプライアン・ブルー的にプロの人は守備範囲外だったので、遊びに行ったりすることはなかった。

 実に贅沢なヤツである。

 まあ、そんなことはともかく。


 無事に「見直された土地」へ到着したタックは、まずはコウガクの健康診断を受けることとなった。

 シャルシェルス教の僧侶であるコウガクは、医術にも長けているのだ。

 タックとコウガクは、顔見知りだったらしい。

 コウガクは何度かアグニーの村に行っているので、その時に顔を合わせていたようだ。

 体調には特に問題なかったようで、すぐに村へ移すこととなった。

 タックも、仲間のそばの方が落ち着くだろうと考えたからだ。

 アグニー族は基本的に、団体行動を好む種族である。

 一人でゆっくりするのにも、仲間の存在を近くに感じていた方が落ち着くのだ。

 土彦の地下ドックから、アグニー達のコッコ村がある、罪びとの森へ。

 水彦と土彦、風彦に付き添われ、直通の地下トンネルを歩いていく。

 このトンネルは、タックが戻ってくるのに合わせて掘られたものである。

 アグニーを保護したら、ここを通って村へ戻す予定になっていた。

 床は転んでも安全なように、柔らかい素材で出来ており、壁も同じような物で作られている。

 色は清潔そうな白で統一され、あちこちにデフォルメした動物の絵が描かれていた。

 まるで、子供向けテーマパークの通路のようだ。

 万が一にも怪我などしない様に。

 少し長い道なので、途中で退屈しない様に、という土彦の気遣いである。

 基本的に土彦は、身内にはとても甘いのだ。


 トンネルの出入り口は、通常時は地面と同じように偽装されており、必要に応じて地面に露出する形になっていた。

 周囲には、マッドアイ・ネットワークに接続した大型戦闘用ゴーレムがわんさと徘徊している。

 ついでとばかりに、出入り口の直上には、他のゴーレムを指揮する立場の超大型の機体が配置されていた。

 日々進化しているマッドアイ・ネットワークの末端管理者の一機であり、戦闘能力も処理能力もずば抜けたものがある。

 単純な火力と状況処理能力だけで言えば、ガルティック傭兵団の戦闘潜水空母と同等というのだから、相当なものといえるだろう。

 身内を守ることに妥協しない土彦の探究心は、日々常に進化し続けているのだ。

 そんな恐ろしく物騒ではあるものの、土地に住む住民にとっては非常に安全な出入り口から、タックは地上へと上がった。

 空は晴れ渡っており、気持ちのいい天気だ。

 周りを見回したタックは、感心したような声を上げた。


「すっげぇー! もりだぁー!」


「ここにくるのも、ひさしぶりなきがするな」


 タックの後ろから出てきた水彦が、目を細めた。

 足元に視線を落とすと、マッドアイがちょろちょろと動き回っている。

 本来の形状であるはずの球体に手足を付けたモノもあるが、大半はなんだかロボロボしい見た目のものだ。

 アグニー達がいじくりまわして変形させたものである。


「なんか、またべつのかたちのがふえたな」


「コッコ村には、凝り性の方が多いですからね。お願いして以来、ずっと飽きずにマッドアイを加工してくださっていますよ」


 続いて出てきた土彦が、いつものニコニコとした顔で言う。

 その表情をちらりと見遣り、水彦はほっとしたように小さく息を吐いた。

 どうも水彦は、エルトヴァエルや土彦が苦手なのだ。

 別に悪く思っているわけではないし、間違いなく仲間やら親類やらの類だとは思っている。

 ただ、普段の行いがいい訳ではないので、間違いなく叱られると思っているのだ。

 水彦は口下手な方であり、弁がたつ部類のガーディアンではない。

 絶対に口ではかなわないので、そうなったら一方的にやられるのみになってしまう。

 水彦は土彦を、妹のような者だと認識していた。

 その妹のような相手に叱られるというのは、中々居心地が悪いし立つ瀬がない。

 タヌキの件での怒りはひとまず保留としてくれたようで、今の土彦はいつもと同じニコニコとした顔をしている。


「よく、こわれないな」


「本当に。普通ならばここまで形を変えると、内部の術式が崩れて、壊れてしまうと思うのですが」


「それも、あぐにーのみょうなのうりょくか」


「妙な能力、ですか。確かにアグニーさん達には不思議なところがたくさんありますからね! ん? いや、妙な、能力? 形を変えても、術式に影響を及ぼさない。ああ、なるほど。それで」


「村はあっちの方ですかね?」


 何やら考え込み始めた土彦だったが、タックの声に顔をあげた。

 タックが指差している方向は、確かにアグニー達の村、コッコ村がある方向だ。

 どうやら、アグニー的感覚で仲間が集まっている方向が分かるらしい。


「ええ。そちらで合っていますよ。では、兄者。あとはお任せします」


「おお。わかった」


 タックの付き添いは、水彦だけという事になっていた。

 あまり大勢で行くと、アグニー達が混乱すると思われたからだ。

 アグニー族は、お客さんが多いとテンションが上がりすぎてしまう生物なのである。


「おまえたちは、さきにかえってるだろ」


「そのつもりです。私も風彦も、この後ガルティック傭兵団の方々と打ち合わせをする予定ですから」


 土彦の後ろで存在感を消していた風彦が、ひょこっと顔を出した。

 とりあえずタックを連れてくることには成功したが、まだまだアグニー族は方々に散らばっている。

 最初の一回が成功しただけであり、忙しくなるのはこれからともいえた。


「そうか。つちひこも、かぜひこも、たいへんだろうけどな。まあ、がんばってくれ」


「はい! もちろんですとも!」


「足を引っ張らない様に、頑張ります」


 にこにこと笑いながら両手を胸の前で合わせる土彦に、苦笑交じりで頷く風彦。

 どちらも、性格が見える反応である。


「いまとおってきた、とんねるで、かえるのか」


「はい。そのつもりですが。その方がドックまで早いですから」


「そうか。あそこあるくの、なんかきづまりじゃないか。ぶきみだしな」


 水彦の言葉に、土彦の動きが停止した。

 あのトンネルは、土彦がアグニー達のためを思って作ったものだ。

 デザインは樹木の精霊達にも協力してもらい、極力かわいらしくしたつもりだった。

 にもかかわらず、不気味という言葉が出てくるとは。

 硬直する土彦に対し、水彦が追い打ちをかける。


「なんとなく、はいきょかんがあるんだよ。みためが、たのしげなふんいきだから、よけいに。ゆうえんちの、はいきょみたいでな。ひとけがないし。むおんだから、よけいにこわいぞ」


 確かに、そうかもしれない。

 真っ直ぐな通路で遮るものなどがなく、完全に人気などはなかった。

 なにより、無音というのは、確かに痛恨といえるだろう。

 土彦自身まったく気が付いておらず、埒の外だった。

 確かに言われてみれば、人気の全くない上に無音の楽しげな空間というのは、不気味この上ない。

 真夜中の道端にピエロが佇んでいたら不気味なのと、だいたい同じ原理だ。


「まあ、いい。とりあえず、たっくをおくってくる」


「土彦様、風彦様、さよーならー!」


「はい。また、私も村に遊びに行きますから」


 風彦の声が背中側から聞こえ、土彦はハッと我に返った。

 すぐさまタックに顔を向け、にっこりと笑顔を見せる。


「ええ。すぐ近くですが、転んだりなさらないようにしてくださいね」


 タックは元気よく村に向かって歩きながら、時折後ろを振り返って手を振ってきた。

 土彦も風彦も、タックの姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振り返す。

 そして。

 タックが見えなくなった途端、土彦は地面に崩れ落ちた。


「ちょっ、膝から!? 土彦ねぇ、どうしたんですかっ!? まさか、内臓系の病!?」


「そんな面白い感じのヤツではありません。己の不甲斐なさに打ちのめされているのです」


 風彦があたふたしながらも支えようとするが、土彦は平気だというように手でそれを制した。

 何とか膝立ちの恰好になると、珍しく苦い表情で拳を震わせる。


「地下ドック、鉄道、駅、ダンジョンと色々作ってきたことで、いつの間にか私は慢心していました」


「はぁ。慢心ですか」


「楽し気なものを作るつもりであれば、楽し気なものでなければならなかったのです。私にはその楽し気に対する姿勢が欠けていました」


「それは欠けるものなのでしょうか」


「無音だから、余計に怖い。言われてみればその通りではありませんか。遊園地然り、ああいった楽し気な場所には、楽し気な音がつきものだったのです」


「なんだかもう、楽し気って言いたいだけみたいになってきましたが」


「音。音楽。そう、音楽。必要なのは音楽だったのです」


「音楽ですか」


「というわけで、風彦」


「はい」


「貴女、歌は歌えますよね?」


「はい。はい?」


 ぎょっとして聞き返す風彦の両肩を、土彦ががっしりとつかんだ。

 既に、いつものニコニコとした笑顔に戻っている。


「安心してください。私にいい考えがあります」


 それはダメな奴なのでは?

 といいたい風彦だったが、土彦の目力に押されて声が出せなかった。

 これ、絶対なんかやらされるヤツだ。

 しかもすんごい恥ずかしい感じの。

 そう直感し、逃げだしたくはあるものの、土彦の圧力に負けて逃げ出すことができない。

 恐らく本当に逃げだしたところで、回り込まれたことだろう。

 自由奔放な風を押しとどめる土の防壁。

 なんだか属性的な相性もアレそうであった。




 最近のアグニー村では、ちょっとした問題が持ち上がっていた。

 深刻な仕事不足だ。

 アグニーという種族は基本的に仕事が好きで、頑張って働いた後に食べるポンクテが大好きであった。

 一汗流した後に食べる炭水化物は、最高である。

 元のアグニー村があった土地は、あまり豊かとはいえなかった。

 満足に作物が取れないため、アグニー達は狩猟採集にも積極的に取り組んでいたのだ。

 また、しょっちゅう危険を感じて村全体で逃げ出したりしていたので、その時に壊してしまった日用品の補修なども多かった。

 仕事はいくらでもあり、アグニー達にとっては実に充実した生活だったのである。

 だが、この「見直された土地」のコッコ村はどうだろう。

 土地が豊かすぎるほど豊かで、畑からの収穫が若干引くぐらい豊富だ。

 実際、畑の収穫量は、ある種異常なほどである。

 それには、土地中央に居る、樹木の精霊達が関係していた。

 樹木の精霊達、とりわけ「調停者」や「世界樹」が、畑の手助けをしていたのだ。

 畑の周囲の植物と交渉したり、育成状況などを調整したりしていたのである。

 普通ならばこんなにありがたいことはないような、農家にとって夢の様な状況といってよかった。

 なにしろ、作物が病気になることもなければ、余計な雑草が生えることもない。

 種をまいたら、あとは放っておくだけで驚くほどの収穫が得られるのだ。

 少しでも働きたいアグニー族にとっては、有難いけど切ない状況である。

 ほかの仕事も同じようなもので、一度必要なものを作ってしまえば、中々壊れることがない。

 なにしろ、危険を感じることがあまりないので、逃げ出す必要がなかった。

 逃げないとなると、ものを放り投げたり、身体が当たって壊してしまうという事がない。

 一度作ってしまえば、耐久の限界が来るまで、新しいものを作る必要がないのである。

 アグニー族は基本的に、慎ましい生活をしている。

 必要なものを必要なだけ作り、さほど贅沢だったり頑丈だったりするものを作ることがない。

 なにせ、場合によってはそれまで暮らしていた村からも瞬時に逃げ出す種族である。

 そういった、立派なものを作るという発想自体がないのだ。

 となると、どういうことが起きるのか。


「仕事がない、じゃと」


 村人に仕事の割り振りをしていた長老は、愕然とした表情でつぶやいた。

 仕事の予定を書き込んである「むらのおしごとわりふりちょう」を見ながら予定を立てていたのだが、ついに村人に回す仕事が足りなくなってしまったのだ。

 今まではお休みをちょっと長くとってもらうなどして、何とか働きたいアグニー全員に仕事を回せていたのである。

 だが、ついにそのごまかしも限界を迎えたのだ。


「うーん。畑の方も、手入れはあまり必要ないからなぁ。あまりたくさんいても、かえって邪魔になるし」


 畑に関する仕事のまとめ役をしているスパンは、腕を組んでうなり声をあげる。

 スパンは畑仕事自体も得意であり、知識も豊富であった。

 仕事の割り振りなどの話し合いの時には、必ず参加している。

 苦い顔をしているスパンの隣で、マークも同じような表情をしていた。

 マークは若いアグニー達のリーダーであり、建設や土木作業などに精通している。

 仕事の割り振りにも重要な立場にある事から、スパンと同じく話し合いには毎回顔を出していた。


「必要な建物とかも粗方作っちゃったんだよなぁ。焼き窯なんかも十分な量があるし」


「狩りの方でも、人手はいらないな。ていうか、もう食べる分にはしばらく困らないし」


 マークに続いてそういったのは、狩人のギンだった。

 腕のいい狩人で、アグニー達にとっての猟犬代わりである、カラス達の面倒を見ている若者だ。

 今も、なんやかんやあって人型になって復活したカラスのカーイチが、ギンの背中にぴったりくっついている。

 ギンの言う通り、狩りももう必要なさそうであった。

 近々に食べる肉だけでなく、当面食べるに困らないだけの干し肉なども作ってある。

 毛皮も、十分な量が備蓄されていた。

 どう考えても、しばらくは狩に行く必要もないだろう。

 長老はわなわなと震えながら、膝から崩れ落ち地面に両手を付いた。


「絶望じゃ……! このままでは若者に回す仕事がなくなってしまう!」


「何言ってんだよ長老! 年寄が休んでるべきだろ! 仕事は若者に任せろよ!」


「そうだそうだっ!」


「けっかい!」


「スパンはもう若くないだろ」


「なんだとっ!?」


「いい若いものが仕事仕事と、そんなに頑張ってどうするというんじゃ!」


「そうじゃそうじゃ! 自分の家でごろ寝でもしておればいいんじゃっ!」


「結界ー」


「じいさん達こそ! 家でゆっくり休んでろよ!」


「そうだそうだぁー!」


 若いアグニーと年寄アグニー達の間で、言い合いが起こり始めた。

 このままでは、場の空気が攻撃的になってしまう。

 そうなると、アグニー達は一目散に逃げ去ってしまうのだ。

 アグニー族の、悲しい習性である。

 そうなってしまったら、話し合いどころではなくなるだろう。

 コッコ村には仕事を失ったアグニーが溢れ、やけになってそこら中にタックルし始めるかもしれない。

 あるいは、暇に飽かして歌ったり踊ったりする恐れすらあった。

 そうなったら大変だ。

 アグニーは基本的に歌ったり踊ったりするのが好きなので、村全体が巻き込まれてしまう。

 皆が仕事をほっぽり出して歌い踊り始めたら、それこそ村が立ち行かない。

 今まさに、コッコ村は村立以来の大ピンチに直面しているのだ。

 しかし。


「おーい! みんなぁー!」


 思いがけないアグニーの登場で、事態は一変したのであった。


「そのこえはっ!」


「けっかい?」


「タック! タックじゃないか!」


「無事だったのか!」


「そういえば、あのタルっぽい人がタックを連れてくるとか言ってたっけ」


「そんなこともあったなぁー」


「とにかく、無事でよかった!」


 離れ離れになっていた仲間との再会で、アグニー達はすっかり直前までの雰囲気から脱することができたのだ。

 アグニー達は一先ず、再会を祝って踊りまくった。

 疲れたので途中でごはん休憩を入れ、準備運動として近くの木にタックルをし、また踊って、飲み物休憩を入れ。

 もう一回踊って、そこでようやく落ち着いて、タックから話を聞くこととなった。

 この間、大体二時間ぐらいである。


「いやぁ、しかしタックよ。無事に村までこれて、何よりじゃったのぉ」


「なんか、いろいろあったんだけどね。水彦様におくってもらったし」


「なんと。水彦様はどこにいらっしゃるんじゃ」


「あー、ごはん食べに帰っちゃったみたいですよ」


 途中までアグニーの踊りを見ていた水彦だったが、途中のごはん休憩の時、自分もごはんを食べるために戻ってしまっていたのだ。

 一応、送り届けるという仕事は果たしているわけで、問題ないといえば問題ない。

 もちろん、罪を暴く天使が許してくれるかどうかは別の話である。


「ふむ。ごはんなら仕方ないのぉ」


「ごはんだもんな」


「ごはんだからしかたないね」


 皆、至極真剣な表情でうなずいている。

 ごはんはとても大切なのだ。


「とりあえず、タックの家が必要じゃのぉ」


「空き家ならいくつかあるぞ。好きなのを選ぶといい」


 自慢気に言うと、マークが胸を叩いた。

 仲間がいつやってきてもいいように、家は多めに建ててあるのだ。


「やったー! あたらしいおうちだー!」


「うむうむ。後でゆっくり選ぶといいじゃろう。ところでお前さん、向こうでは何をしてたんじゃね」


「ぷろどれいにすとっていうのをやってたんだ」


「ぷろどれいにすと、じゃと。よくわからんがなんかカッコいいのぉ」


「だなぁー」


「けっかいー」


「にすとっていうのがかっこいいよなぁー」


「そんなカッコいい感じのことをやっておったのに、この村に来てよかったのかのぉ?」


「うん。なんかこう、ひきぎわがだいじっていうか。そんなかんじだから!」


「かっこいー!」


「すっげぇー!」


 ツッコミが不在なので、会話にアグニーらしさがにじみ出過ぎていた。

 アグニー慣れしていない人なら頭痛を催すかもしれないが、幸いなことに今ここにはアグニーしかいない。

 頭痛で苦しむ人は、居なかったのだ。


「しかし、まいったのぉ。せっかくコッコ村に来たのに、仕事が無いのではのぉ」


「あ、この村ってコッコ村っていうんだ」


「そういえば教えておらんかったのぉ。この間きまったばかりなんじゃよ。ナウいじゃろ?」


「たしかに! いいネーミング!」


 アグニー族のセンスは、ものすごく独特なのだ。


「仕事かぁ。そういえば気になったんだけど、広場って屋根ないよな」


「そりゃそうじゃろう。そんなデカい建物建てるの大変じゃしね」


 アグニー族にとって屋根のある建物と言えば、極端な高床式が基本だ。

 一部の例外を除き、普通思い浮かべるような建物は作ることが無い。

 なので、タックの言葉に長老がそう答えたのは、当然であった。

 だが。

 タックが思い浮かべていたのは、そういったものではなかったのである。


「むこうで見てきたんだけど、ハシラとヤネだけのたてものがあるんだって」


 東屋や、ガゼボと呼ばれるような建物のことである。

 タックはそれを、バタルーダ・ディデで読んだ絵本で知っていたのだ。


「だいたい、こんなかたちでさぁー」


 そういいながら、タックは近くに落ちていた木の枝で模型を作り始める。

 なかなか器用なようで、すぐにざっくりとした形が出来上がった。

 それを見たアグニー達の間から、「おー!」というどよめきが上がる。


「こういうのがあれば、雨のときでもひろばにあつまれるなぁ」


「けっかい!」


「そうだなぁ。たしかにこれなら、むずかしくなさそうだね」


「うん。すぐにとりかかれそうだな」


「大きいのを作れば、しばらくは仕事がたくさんになりそうじゃのぉ! よぉし、皆の衆! タックが持ち帰ったこの革新的な建物を作るのじゃぁー!」


「「「おー!!!」」」


 こうして、タックは無事にコッコ村に到着。

 そして、村を襲った恐ろしい危機の回避に尽力したのであった。

 まあ、「屋根ないよね」的な事を言っただけではあるのだが。




 オオアシノトコヨミは、赤鞘が地球時代に大変に世話になった神である。

 赤鞘が担当していた地域を実質的に治めていた神であり、赤鞘は正確にはその領域の一部を任されていたにすぎない。

 いってみれば、赤鞘は支店の店長であり、オオアシノトコヨミは本社のトップといったところだろうか。

 このオオアシノトコヨミは、巨大な百足の姿をした神である。

 山を抱え込むようにトグロを巻いており、その全長は十里を超える、とされていた。

 一里が約四キロメートルであるから、大雑把に四十キロメートル以上はあるということだ。

 そんな途方もない巨体であるオオアシノトコヨミは、普段はじっとしていて微動だにしない。

 わずかでも動こうものなら、様々なものを踏みつぶしてしまうからだ。

 生きとし生けるものを守るため、オオアシノトコヨミはじっと動かないのである。

 だが、それだけではさすがに立ち行かない。

 神として土地を守る必要もあるし、そうでなくても退屈を紛らわせたくなる時もある。

 なので、オオアシノトコヨミは人の形をした化身を作り、それに意識の一部をのせて過ごしていた。

 恐ろしい巨体にもかかわらず、ゲームやパソコンを弄れたりするのは、そのためだ。

 今のオオアシノトコヨミは、白髪で白い着物をまとった、少女のような姿になっていた。

 本来の性別などとっくに忘れてしまっているから、見た目はただの趣味である。

 最近はこういうのが流行っているということで、そういう姿かたちになってみたのだ。

 MMORPGのキャラデザを参考に作ったものであり、中々の力作である。

 去年出雲に行ったときも、知り合いの神にものすごく羨ましがられたものだ。

 さて、そんなオオアシノトコヨミは、自分がくみ上げたゲーミングパソコンに向かい、ニヤニヤと笑っていた。

 モニタには、古めかしい感じの2D画面が映っている。

 令和と元号が改まったこのご時世にもかかわらず、未だに生き残っている古参ネットゲームの画面だ。

 オオアシノトコヨミはキーボードに両手を向けると、素早く文字を入力していく。


 時に借りを作るのも、処世というもの

 それが繋がりとなって、付き合いがうまくいくということもあるわいな

 何より、借りというのは不思議なもので、貸しを作った側が、貸した側に親近感を覚えることもある

 相手が相応に良識があって、長く付き合ってみたい相手であるならば

 小さな借りをきっかけに、やり取りをするというのも手でないことはないわいな


 交流のきっかけを貸し借りにするという手は、実際に使われる手の一つである。

 そこから、貸し借りを作りあい、関係を深めていくのだ。

 実のところ、オオアシノトコヨミが良く使う手法でもあった。

 まず、少々の願い事をして、代わりに相手の望みをかなえる。

 そうすることで、縁を深めるきっかけとするのだ。

 オオアシノトコヨミが操るのは、回復が得意な僧侶系キャラだった。

 そのキャラの周りに座っていた複数のキャラの頭上に、吹き出しが浮かび上がり始める。

 先ほどのオオアシノトコヨミの言葉に対する、返信であった。

 幾つか懐疑的なものもあったが、大半は肯定的な意見ばかりだ。

 いつものオオアシノトコヨミのやり口を知っているものが、賛成しているようだ。


 まあ、いうてタヌキ一匹そっちにやってくれって頼むだけだし?

 そもそも向うがヘッドハンティングしてった子の神使なわけでしょ

 ソレのためにこっちから頭下げるのって、逆にむこうに引け目も感じさせられるだろうしさ

 いんでない?

 っていうか直に頭下げるの私だろうし

 私的にはアリよりのアリよ


 オオアシノトコヨミの目の前に座っていたキャラが、そんな風に発言する。

 どうやら、それでおおよそ決着がついたらしい。

 渋っていたものも、納得したような発言をする。

 それを見たオオアシノトコヨミは、嬉しそうに笑う。


「やれやれ、いつぞやの借りは返せそうですわいな」


 もっとも、そう上手くいくかはわからない。

 相手方がどう出てくるかが、問題だからだ。

 こちらがどんな態度で行こうと、相手が何を考えてどうするかによって、まったく事情は変わってくる。


「この肉の味噌漬け、なかなか美味だな。流石タヌキ殿。今度、アカゲに買いに走らせようか」


 どんぶり飯に焼いた肉の味噌漬けを載せたものを、行儀悪くかきこむ。

 パソコンでゲームをしながら食事をしているというのは、見つかったら叱られるような行為だろう。

 だが、幸いなことに、口うるさい神使は外へ出ているところである。

 たまにしか行えない行儀の悪い贅沢を、オオアシノトコヨミは上機嫌で味わっているのであった。

ちょっと宣伝おば


「ユカシタ村開拓記 ~ネズミ達の村づくり~」

https://ncode.syosetu.com/n6931fw/


小説家になろうさんで、こんなのを書いてみています

ラットマンの夫婦が村づくりをする、村づくり物語です

すんごいのんびりした感じの作品なので、なんかそんなようなのがお好みの方は、よろしければー

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― 新着の感想 ―
[一言] 何をしても、むしろ不気味度がアップするだけのようなww いっそアグニーの人たちを連れてきていろいろ弄ってもらった方がいいんじゃないかな アグニー族の『お仕事足りない』問題も解消できるし一石…
[一言] よ・・・よかった 無事にたぬきさんこれそうだね オオアシ様と水底のじ―ちゃんが同時に来たらカオス
[良い点] 更新乙い [一言] 人気の無い遊園地で、乗り物が動いて、BGMは楽しそうで…… まだ怖いな!! やっぱり人気が無いというのが一番アウトなのでは 土彦サン、再度膝からいって、内臓系のアレなる…
感想一覧
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