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百四十六話 「アンちゃんだけど? え、だって呼ぶ流れだったじゃん」

 いったい自分はどこにいるんだろう。

 車の座席に座りながら、ヤマネは不安が顔に出ないように必死になっていた。

 隣に座っているのは、オオアシノトコヨミ様の御使いである「アカゲ」様。

 目の前に座っているのは、恐らく頭に「大」という文字が付く類の妖怪「タヌキ」様。

 新米神使であるヤマネからしてみれば、どちらも「様」を付けなければならない大物であり。

 本来なら直接顔を見ることすら憚れるような相手である。

 その二柱と一緒に、自分の家が所有しているリムジンに対面で乗っているというこの状況は、いささか非日常が過ぎるのではないか。

 自身も神使でありながら、ヤマネはそんなことは棚に上げ、心の中でため息を吐いた。

 思えば赤鞘様とは、妙なところで話が合った気がする。

 例えば、中間的な立場にいるものの悲哀とか、そんな感じの話で。


「赤鞘様が、異世界へ。なるほど。異世界へ」


 タヌキの声に、ヤマネはびくりと身体を跳ね上げた。

 動揺を外へ出さない訓練もしているのだが、全く役に立たない。

 何しろ、相手が悪すぎる。

 例えどんな胆力がある人間だったとしても、まずもってこのプレッシャーには勝てないだろう。

 そもそも、ヤマネは神使ではあるが、ほとんど人間と変わらない生活をしている。

 幼稚園に通って、小中学校を卒業し、今は高校に通っていた。

 両親は普通の人間として暮らしているし、将来は家業である企業グループの社長に納まる事になっている。

 将来的には慣れるかもしれないが、今のヤマネの感覚は「そういう世界のことを知っている人間」とさして変わらない。

 神使としてそれもどうかと思うのだが、実際にそうなのだから仕方ないだろう。

 人の如く働いて、食い扶持を稼ぐ。

 それがご先祖様である、初代ヤマネ様から続く、家訓なのだという。

 まあ、今はどうでもいいことである。

 タヌキは今しがた聞き終えた話を噛み締めるように、静かに目を閉じて、顔をわずかに持ち上げた。


「赤鞘様らしいお話です。きっと、異世界の最高神様がおいでになった時は相当に驚かれたでしょうね」


「そう聞いているな。まあ、あの御方だからなぁ」


「きっと、平伏しそうになりながらも、日本の神でない相手は困惑するだろうし、自分の土地だから気をしっかり持たなくては、と思われたり」


 ヤマネが聞いていた赤鞘とアンバレンスの顔合わせの時の話と、ほとんど差異が無い。

 それだけ、タヌキが赤鞘のことを把握しているということだろう。

 とりあえず、怒ったりはしていないようだ。

 暴れられたりしたらどうしようかと思っていたヤマネだったが、一先ず胸を撫で下ろした。

 車での移動中にそんなことになったら、シャレにならない。

 ましてここは、高速道路である。

 どんな事故になるか、想像もしたくない。


 現在、赤鞘がどうなっているのか。

 大雑把な説明を空港で済ませた後、細かなところは車内で、ということになった。

 盗聴を警戒したためである。

 なぜ今、タヌキが日本に舞い戻ったのか、人間達は興味津々だろう。

 何とかして、事情を知りたいと思っているはずだ。

 空港などの「人間」の、それも「こちら」の事情を知らない連中が用意したモノや場所は、信用ができない。

 移動中ならば周囲の耳や目はあまり気にする必要が無いし、尾行なども見つけやすかった。

 また、この車の中には、御岩様の守り石が置かれている。

 一種の神域になっていて、人間が妖術やら盗聴器やらを使ったとしても、中の様子をうかがい知ることができないようになっていた。

 多くの人間達は、赤鞘が異世界に渡ったことを知らない。

 聞かせるとあまりよろしくない話だそうで、緘口令も敷かれていた。

 口に戸口は立てられぬという言葉もあるように、いずれは漏れ聞こえることになるだろう。

 とはいえ、それを多少なりとも遅らせる努力はすべきである。


「村が廃村になってしまったのは残念だった」


「仕方ありません。時代の流れですから。それに、過疎で人が居なくなったというではありませんか。戦で焼け出されたわけでもないのですから」


「昔は時折あったからなぁ」


 しみじみと語るタヌキと赤毛の会話を聞いて、ヤマネは今の時代に生まれてよかった、と心の底から思った。


「赤鞘様のあちらでのご様子は、わかっているのでしょうか」


「オオアシノトコヨミ様が、あちらの神と交流を持たれていてな。時折話題に上るのだとかで、お元気そうだ、ということは伝え聞いている」


「管理する土地があって、民がいる。ならば、あの方がお元気でないはずはありませんでしたね」


 タヌキは穏やかにほほ笑み、小さくうなずいている。

 よかった、とりあえず和やかに済みそうだ。

 ヤマネが張っていた気を緩めた、その時だった。

 タヌキがわずかに眉を顰め、窓の外へと目を向ける。

 何事かと、ヤマネも同じ方へと顔を向けた。

 目に入ってきたのは、一台の車だ。

 運転手が窓から身を乗り出し何かをさけびながら、やたらと接近してきている。

 今乗っている車は、運転席以外には防音処理が施してあった。

 そのため、今まで気が付かなかったのだろう。


「日本では随分ああいった輩が問題になっていたそうですね。煽り運転、とかいいましたか」


「そうらしい。社会問題だ、などとテレビでは言っていたが、こういう手合いはそれこそ狩猟採集の頃からいたものだ、っと、タヌキ殿それは」


 近づいてきていた車の右前輪タイヤが、突然白い煙を上げて爆発した。

 突然タイヤを失った車は派手にスピンしながら、中央分離帯に突っ込んでいく。

 運転手の上半身は、外に出たままだ。

 人に勝る動体視力を持つヤマネの目には、呆然とする運転手の顔がはっきりと見えた。

 車はそのまま中央分離帯のガードレールに突き刺さり、動かなくなる。

 ヤマネ達がのっているリムジンはそのまま走っていたので、その姿はすぐに後方へと流れていった。

 呆然とするヤマネの横で、アカゲがため息を吐く。


「タヌキ殿。アレはいささか。足を砕くのはやりすぎではないか」


「ああいった手合いは、一度そういった目にあって改心する機会とすればいいのです。もっとも、あの程度で改心するようであれば、あんなことはしないのでしょうけれど」


 苦笑するタヌキを見て、ヤマネは背筋に冷たいものが流れるのを感じる。

 何かの術が使われたのは、ヤマネにも分かった。

 だが、タヌキが何をしたのかが分からない。

 恐らく妖術の類なのだろうと見当はつくのだが、それ以上のことはまるで分からなかった。

 妙な汗が流れるのが分かる。

 あの空港での警備やらなにやらは、まるで大げさではなかったのだ。

 ヤマネにもようやくそのことに合点がいった。


「ん、申し訳ありません。次のサービスエリアに寄って頂けませんか?」


「ふむ、ヤマネ殿、だそうだが」


「は、い。わかりました、伝えます」


 惚けそうになっていたヤマネだったが、アカゲに肘で突かれて気を取り戻した。

 運転席とは仕切られているので、有線式の受話器を持ち上げて指示を出す。

 一応、この車はヤマネの実家が持っている会社の車であり、運転手もそこの従業員なのだ。

 もちろん、普通の従業員ではなく、神使の仕事を手伝っている、その筋の人間である。


「サービスエリアで、目的でも?」


「ええ。そこで売っている牛肉の味噌漬けが美味しいらしくて。赤鞘様は、お肉もお好きですから」


 タヌキが穏やかに笑う顔を見て、ヤマネは膝が震えそうになるのを何とかこらえた。




 サービスエリアの駐車場で車に寄り掛かりながら、アカゲは手にしていたコーヒーの香りを楽しんでいた。

 最近では自動販売機のコーヒーでも、随分クオリティが高い。

 こういった機械を作るのには、長い歴史の技術蓄積と、合計すれば何億人という人間の苦労が詰まっているのだ。

 それを考えれば、下手な人間が入れるより、よほど美味しいコーヒーを入れるのも、当然と思えてくる。


「別にタヌキ殿も隠しているわけでもないだろうから、さっさと種明かしをしよう。アレはつまるところ、“化かした”のだ」


 タヌキの術を見てから顔色が悪いヤマネに、アカゲはその正体を説明してやることにした。

 正体が分からない自分を害するかもしれないものというのは、恐ろしい。

 ジャパニーズホラーなどがそういう心理を効果的に使っている気がする。

 まあ、今回の場合は、正体の分からない恐ろしいものが、正体の分かる恐ろしいものに変わるだけなので、さして効果があるとは思わないのだが。

 神使である以上、ヤマネも今後そういったものに触れる機会も増えていくだろう。

 確かにタヌキは指折りの大妖ではあるが、ヤマネにもいずれはそうなってもらわねば困るのだ。

 慣れてもらうよりしょうがないだろう。


「詳しく話そうとすると、哲学的でおそろしく面倒なことになるからな。掻い摘んで話すぞ。あれは物質を化かして、そうなるのが当たり前だと思い込ませたのだ」


「それで、タイヤが爆発した、と」


「自分は爆発するものなのだ、という具合に信じ込まされたわけだ。で、爆発した」


「あの、足がどうという物騒な言葉が出ていたと思うのですが」


「骨は煮崩れ、肉と神経は百に刻まれた。と、化かしたようだ」


 ヤマネは引きつった顔で何かを言おうとして、飲み込んだようだった。

 言いたいことは大体予想が付く。

 そんなことができるんですか。

 といったところだろう。

 結論から言ってしまえば、どうもこうもない。

 実際にそうやっているのだ。

 ヤマネが知っているような妖術の常識には、合わない話だろう。

 だが、現実というのは、常識や理屈が先にあるのではない。

 現実が先にあって、それが当たり前だからこそ常識になり、それを理解するためにこそ理屈があるのだ。

 まあ、とはいえ。

 おおよそ目の前で起こったことをそのまま理解するには、少々「現実離れ」した術ではあるだろう。


「まぁ、タヌキ殿が扱う数ある術の一つ、だな」


「その、なんというか。すさまじいですね」


「直接的に影響を与えるようなことは、格下相手にしか通用せんがな。タネさえ知っておけば、抵抗する手立ては考えられるだろう」


 深刻そうな顔で考え込むヤマネから視線を外し、アカゲはコーヒーを口に含んだ。

 実は君が人に化けているのも、その類の妖術だぞ、と言えば、ヤマネはどのぐらい驚くだろうか。

 それはそうで、何しろ初代ヤマネに妖術を仕込んだのは、赤鞘神社のタヌキとキツネなのである。

「化かす」というのと「化ける」というのは共通点も非常に多い、似通った術だ。

 突き詰めていけば別の術ということになるのだが、そこまで深い理解は入門者や中級者には全く必要ない。

 ヤマネもそのうち自分で気が付いていけばいいことで、下手に教えようとするとアカゲの主観などが入ってしまい、理解が歪んでしまう恐れがある。

 術の行使には、自身がどうそれを理解しているか、というのが強く影響するのだ。

 例え助言のつもりでも下手なことを教えれば、結果邪魔にしかならなかった、などということになりかねない。


「とはいえ、当面考えるべきは、次の目的地だな。タヌキ殿がどこに行かれたいと思うか、だが」


「そうですね。本当ならば、真っ先に赤鞘さまにお会いしたいのでしょうけれど」


 ヤマネは顔を歪めて、言葉を濁した。

 肝心の赤鞘は、今は異世界にいる。

 本来土地を守るためにも動かないはずの土地神が、まさか別の世界に行こうとは。

 全く、長生きはしてみるものだと思う。




「というわけで、少なくとも一か月以内のどこかで、日本に到着されると思います」


「見直された土地」中央に、重い沈黙が垂れ込めた。

 赤鞘は何とも言えない引きつった笑いを浮かべ、水彦はいつものむっつりとした顔でそっと目をそらしている。

 土彦は珍しく難しい顔で腕を組み、樹木の精霊達大体があんぐりと口をあけっぱなしにしていた。

 ただ、元がしわしわだった風彦だけは、ジュースを飲んで回復したのだろう。

 驚愕の表情を浮かべつつも、膝に乗せた精霊のほっぺたをむにむにしてそこはかとなく幸せそうである。


「タヌキ様は、村が廃村になったことを本当にご存じないんでしょうか? 地球の日本という国は、インターネットというものが普及していて、調べればおおよそのことが分かる、と聞いていますが」


 土彦の疑問も、もっともだろう。

 今日日、ネットで調べればおおよそのことが分かる。

 衛星写真が見れるサイトなどとかを利用すれば、崩れ落ちた元の赤鞘神社を見つける事もできるかもしれない。

 だが、エルトヴァエルは「いえ」と否定の声を出す。


「赤鞘様がお治めになっていた土地の情報は、故意に見ないようにしていたようです。おそらく、お戻りになってからじっくりと見たいと思っていらっしゃるんだと思います」


「ということは、本当に全く何もご存じない、と」


「そうなります」


 土彦の問いに、エルトヴァエルが頷く。

 厄介な話である。

 再び腕を組んで唸り始める土彦の横で、風彦がおずおずと手を挙げた。

 もう一方の手は、相変わらず精霊のほっぺたをむにむにしている。


「何をするにしても、とりあえずアンバレンス様にご連絡する方が良いのではないでしょうか。どんな方法をとるにしても、アンバレンス様に窓口になって頂かないといけないわけですし」


「それは如何なものでしょう」


 異を唱えたのは、風彦にほっぺたをむにむにされていた調停者の精霊だ。


「幾らここではのんべぇな兄ちゃんにしか見えずとも、アンバレンス様は太陽神にして最高神様なのです。すごくお忙しいはずですよ」


「そうです。ああ見えて実は立派な御方なのですよ。とてもそうは見えませんが」


 もう一柱の調整者が、肯定するように頷く。

 確かに、ここではただの気のいい兄ちゃんにしか見えないアンバレンスだが、あんなのでも一応最高神様なのだ。

 ちょっと用ができたからとりあえず連絡する、というわけにはいかないだろう。


「ここは、とりあえずの方向性か、いくつかの対応案を考えてからお話しするのが良いと思われます」


「そのうえでご相談差し上げるのが、筋道というものではないでしょうか」


 調停者達の言葉に、風彦は「それもそうか」というようにうなずく。

 その横で、世界樹の精霊が手招きをしている。

 周りの注目が集まったところで、世界樹の精霊はおもむろに横方向を指さした。

 その先には、みんなで集まっているところから少し離れた場所に立つ、火の精霊樹の精霊が居る。

 何やらアンバフォンで、誰かと話しているようだ。


「あ、もっしー。火の精霊樹だけど。ちょっとなんか問題おこっちゃって。そうそう、ちょっとマジでやばい感じの。うん。だから、忙しくないときにでも来てほしいなぁーって。だね。うん、なるはやがいいかな。え? マジで? いいの? ありがとー。うぇーい! あははは! うん、じゃあ、まってるね。はーい。どうもー」


 アンバフォンの通話を切った火の精霊樹は、振り返って体をビクつかせた。

 注目が集まっていたので、びっくりした様だ。


「え? なに?」


「火の。誰と通話してたの」


「アンちゃんだけど? え、だって呼ぶ流れだったじゃん」


 返ってきた答えに、聞いた闇の世界樹が額を手で押さえた。

 そのリアクションを見て、火の精霊樹は不思議そうに眉根を寄せる。


「え? うそ。ダメだったの? アンちゃん、もう来るって言ってたんだけど」


「もう来る!? いつ!?」


「もうすぐ」


 その時だ。

 突然、空気中から幻のようにピンク色っぽいドアが現れた。

 それを開いて出てきたのは、黄色いプラスチック製っぽいタライを小脇に抱えた、アンバレンスだ。


「ちょりーっす。って、うおぅ!? え、なに?」


 軽い感じで入ってきたアンバレンスだったが、全員の注目が集まっていたことに驚き、体をびくつかせる。


「え、どうしたの皆、暗い顔して。なに、そんなヤバい話なの? あんちゃん空気読めてなかった?」


 どうしたものだろう。

 たぶんまとめ役をやらされることになるであろうエルトヴァエルは、心の中で大きくため息を吐いた。




 とりあえずということで、アンバレンスに現在の状況をざっくり説明することになった。


 赤鞘の神使に、タヌキが居たこと。

 このタヌキというのが、海外で修行していたこと。

 そろそろ新しいゲーム機が欲しいこと。

 赤鞘とタヌキは、時折手紙のやり取りをしていたこと。

 実はそのタヌキが、近々日本に戻ってくるらしいこと。

 アンバフォンについてる基本無料アプリのガチャの排出設定エグくない? と思っていること。

 赤鞘があの性格なので、タヌキにはずーっと村の現状のことを説明していなかったこと。

 もちろん、異世界に来ていることも知らないということ。

 アンバフォンに入ってた対戦ゲーム「すごろく☆ダンジョン」のシーフがちょっと他と比べて使い辛過ぎるから、もうちょっと強化してほしいこと。


 話を聞き終えたアンバレンスは、腕を組んで唸った。


「アンバフォンのアプリへの貴重なご意見、ありがとうございます。本社に持ち帰り、可能な限り迅速に対応したいと思います。って、違うか! タヌキちゃんの方ね! タヌキちゃんのことについてね! はいはい」


 アンバレンスはタライに手を突っ込むと、ポップコーンを摘まみ上げて口に放り込んだ。

 タライにはポップコーンが入っていたのだ。

 なんでも、一度でいいからタライ一杯のポップコーンが食べてみたかったらしい。

 バケツプリンみたいな、ロマン的な奴だろうか。


「あのねぇ、ぶっちゃけねぇ。タヌキちゃんの存在は知ってたのよ。っていうか、赤鞘さんとの会話でも出てきたしね。天界で」


 赤鞘は「海原と中原」の言葉や仕組みを覚えるため、何か月か天界に滞在していた。

 そのときに、あれこれとアンバレンスと話をしている。

 タヌキのことも、その中で幾らか話題に上ったらしい。


「ただ、ほら。キツネちゃんが亡くなってるって話は出てたからさ。会いに行ったときに居なかったから、これタヌキちゃんも亡くなってるパターンかなぁーって感じで。ずっと直接聞けなかったのよ!」


「たしかに、話題にはしにくいですね」


 唸りながら言う土彦に、樹木の精霊達や風彦が大きくうなずく。


「今にして思えば、聞いときゃよかったんだけどさ。まだこう、そういう距離感? っていうの? わからなくてさ」


「気軽に聞けることでもありませんしね」


「んー。まあ、とはいえねぇー。あれかなぁー。俺の、使用者責任っていうのもあるからねぇー」


 アンバレンスは腕組みをして、顔を上へ向けて考え始めた。

 しばらくうなった後、「よし!」と言って膝を叩く。


「やっぱり、こっちだけで考えても仕方ないと思うのよ。なんで、ちょっと向こうのタヌキちゃんの方にもさ。事情をきちんと説明して、意思を確認しないとさぁ」


「確かにその通りです。しかし、説明をしようにも方法がありませんし」


 土彦の言うことももっともで、何しろ異世界同士の話である。

 気軽に説明をしにいく、などということは出来ない。


「そのあたりは、ざっくりした話を向こうの神様にしてもらって。オオアシノトコヨミさん辺りかなぁ。こないだネトゲーでレアアイテム譲ったから、そのぐらいはお願いできると思うし。まぁ、そのうえで、赤鞘さんとタヌキちゃんが直接、話す場を設ける感じで」


「直接話す場、って。そんなことできるの?」


 樹木の精霊達は、驚いたように顔を見合わせる。

 例えば神様同士で、用事があるならば、そういうことも可能だろう。

 だが、片方が一応神様とはいえ、異世界にいる妖怪と話をするというのは、中々難しいように思われる。


「その辺はほら。俺のせいもあるからね。不可能ってわけじゃないし、方法が無いわけじゃないから。何とかしますよ。それにあれだ。手紙って手もあるけどさ。赤鞘さんの場合、そういうのにするといつまでも書き終わらない恐れがあるじゃない? なら、直接会話しちゃった方が早いだろうし」


 アンバレンスの言葉に、赤鞘は何とも言えない顔で苦笑する。

 まずいことなどは見なかったことにしたりして後回しにするタイプの赤鞘である。

 的確な分析だと言わざるを得ない。


「段取りは俺が付けますよ。こうして赤鞘さんにこっちに来てもらったのも、俺の頼みなわけだし。そのぐらいは任せてくださいって、ええ」


「よっ! あんちゃんかっこいい!」


「見直しましたよ!」


「さすが太陽神様!」


「はっはっは! 任せなさいって! こう見えてもお兄さん最高神だからね!」


 調子に乗ってVサインを出しているアンバレンスに、樹木の精霊達や水彦達、赤鞘も惜しみない拍手と喝采を送る。

 だが、エルトヴァエルだけが、硬い表情で眉根を寄せていた。

 なんとなく、嫌な予感を覚えていたのだ。

 流石、罪を暴く天使と言うべきだろうか。

 その勘が見事に的中するのは、その数時間後のことである。




 サービスエリアから戻ってきたタヌキは、驚くほど沢山の食品を買い込んでいた。


「随分、その、沢山ですね」


「はい。ああ、これは、御岩神社の巫女様に差し上げてください。いつぞやのお礼とお詫びということで」


 沢山の品物が詰まったビニール袋を押し付けられ、ヤマネは不思議そうに首を傾げた。

 タヌキにそういったことを言われる覚えが、まったくなかったからだ。


「私もうっかりしていました。もっと早く気が付けばよかったのですが、頭の中で情報がうまくつながらなくて。妖やらが絡む荒事を解決している高校生の男女で、あのあたりにお住まいということでしたので調べさせたら、案の定でした」


「はい?」


 一体どういうことなのかと首をかしげるヤマネに、タヌキはにこやかに説明を始めた。


「私の所有する会社の支社が、日本にありまして。こういう会社なんですが」


 そういって、タヌキはタブレットの画面をヤマネに見せた。

 覗き込んだヤマネは、思わずむせ返る。

 随分前に無理やり仕事をさせられた会社だったからだ。


 御岩神社の巫女は、代々強い霊力を持っている。

 そのため、あちこちで妖やらが絡む事件の解決を頼まれた。

 頼んでくるのは、多くの場合御岩様の知り合いの神様だ。

 断るわけにもいかないので、巫女はしょっちゅうあちこちに出かけることになるのだが、危険に巻き込まれることが多い。

 そこで、神使であるヤマネが、必ず同行することになっていた。

 巫女と神使という組み合わせであるが、はたから見れば「高校生の男女」だ。

 この業界で何方も若い男女の二人組、しかも高校生というのは、少々珍しい。

 しかもそれなりに腕もあるということで、何かと噂になっていたようだ。

 それを見込まれたのだろうか。

 神様経由ではなく、人間の企業から、仕事を頼まれたことがあったのだ。

 それも、断れないように外堀を埋めてから、である。


「これ、あの物凄いデカいカニの。自分が食われそうになった、アレの時の」


 真っ青な顔をしているヤマネを見て、タヌキは苦笑する。


「私が直接かかわっていれば、もう少しましなお願いの仕方をしたのですが。現地スタッフにはよく注意しておきます」


 その時の件の後、ヤマネはこの会社について調べていた。

 いくつかの国にまたがって仕事をしてはいるが、それほど大きくはないごく普通の会社。

 というのは、当然隠れ蓑だ。

 実際には、とある企業体が抱える軍事関係の実働部隊。

 そのなかでも、心霊現象などを専門に扱うための部門の一つだったのである。

 触らぬ何とかに祟りなし、ということで、忘れるように努力していた話だ。


「あの、あのあの、いえ、これは、その」


「安心してください。今後はお仕事をお願いするにしても、丁重に扱うようにと言い含めておきます」


「ほぉー。ここはタヌキ殿の会社だったのか。海外資本にしては土地神への挨拶などがきちんとしていると聞いていたが。なるほどそういうことだったか」


 感心した様子で、アカゲは何度もうなずいている。

 何をのんきな、と言いたいが、立場的にもヤマネにそんなことが言えるわけもない。

 それに、驚きすぎて声も出なくなっていた。


「時にタヌキ殿。この後だが、どうなさるおつもりか」


「村へ。ああ、いえ。村の跡地へ行きます。キツネの墓参りもしてやろうとおもいますし。あの馬鹿。後は任せると言いつけておいたのに、さっさと死んで。全く、馬鹿な奴です」


 苦笑しながら、タヌキは何でもないことのように言う。

 アカゲは僅かに片眉を上げただけで、何も言わずにコーヒーを口に含んで、呑み下した。


「そうか。やはり、まずはあそこへ戻ってから、色々と考えるべき。か」


「戻る、というのは、正しくはありません」


 タヌキは穏やかな笑顔を作り、首を横に振る。


「まずは村と神社の跡地へ“行って”、然る後に赤鞘様のそばへ“戻る”のです」


「では、異世界へ行かれるおつもりか」


「もちろんです。修業を終えて“帰って”来たのですから。赤鞘様の元へ行かなければ、話にもなりませんし。ただ、どうやって異世界へ渡るか、考えなければなりませんね。上手い方法があればいいんですが」


 タヌキは考えるようなしぐさで小首をかしげ、穏やかな笑顔を作った。

次回は、コッコ村へ到着したタック氏と、コッコ村の近況報告になる予定です


いやぁ、タヌキさん、どうなってしまうんでしょうかね!

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― 新着の感想 ―
[一言] タイヤにも眉毛ってあるのか… 或いは運転手の付属物として化かしたか、0本と数えたから化かせたのか てか、何で赤鞘に仕えてるのか謎なレベルの存在だろ 下手すると赤鞘に仕えていると言う事実が人類…
[一言] どう考えても大妖怪のたぬきさんのほうが雑魚神の赤鞘より格上な件…
[一言] 久しぶりに全話読み直しました。このほのぼのした感じがやっぱり好きです。 早くタヌキさんが再会できることを祈ってます
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