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百四十三話 「ヤバい。これ、このままだとおじさんの仕事ぜぇーんぶ取られちゃうんだけど」

 車列の前方に壁が現れるのと、後方の装甲車がスリップしたのとは、ほぼ同時だった。

 大慌てで止まる前方の車に、後続の装甲車が突っ込んだ。

 急停止についていけず、突っ込んできた、ように見える。

 実際には、混乱を狙ったセルゲイが、わざと追突させたのだが、輸送隊はそんなことを知る由もない。

 状況が把握できない中、それでも「装甲竜猟兵団」は事態をどうにかしようと動き出していた。

 まずしなければならないのは、移送中のアグニー族の安否を確認することだ。

 幸いなことに、アグニー族を載せた車両は、横転もせずに停車している。

 通信によれば車両自体も無事で、アグニー族のタックも「ころんだっ!」と言ってはいるものの、怪我一つない様子だという。

 まずは良い知らせだが、当然安心はできない。

 そうしている間にも、フル装備の「装甲竜猟兵団」が装甲車から飛び出していく。

 装甲車は最新のものであり、かなり強固な防壁となりうる。

 中に留まったまま、それを盾として戦うというのも可能だろう。

 だが、ここまで周到な相手である。

 身動きの取れない箱の中に固まっているというのは、悪手以外の何物でもないだろう。

 相手の狙いは、アグニー族で間違いない。

 ほかにこんなことをする理由がないからだ。

 だからこそ、こんな回りくどい方法を使って車列を止めたのである。

 周囲には建物はほとんどなく、僅かの畑と林があるだけだ。

 何を狙ってこんな場所に止めたのかは知らないが、とにかく動けないというのはまずい。

 前方の壁を破壊するか、後ろで横転している装甲車をどかす必要がある。

 勿論、こんなことをした相手は、それを許してはくれないだろう。

 場合によっては、畑や林を突っ切ることになるかもしれない。

 もっとも、アグニーを乗せている護送車は、あくまで通常の道路での運用を前提にしたものだ。

 走破能力はさして高いものではなく、悪路での走行はかなりの無理筋である。

 前方か、後方か、どちらかを選ぶしかない。

 この場合、まず考えられるのは後方だろう。

 作られた壁がどの位の厚みがあるのかわからないが、そう簡単にどうこうできるものを作りはしないはずだ。

 高さもかなりあるので、護送車を飛び越えさせるのも難しい。

 残るのは自然、後方のみということになる。

 相手もそれはわかっているだろう。

 横転させた装甲車を壁代わりにするつもりのようだが、当然、用意したのがそれだけということはないはずだ。

 何かしら、手を打っているはずである。

 だからといって、何もしないわけにはいかない。

 敵の確認と周辺状況の把握、やるべきことはいくらでもある。

 だが、それをしようとする前に、「装甲竜猟兵団」団員の目に飛び込んでくるものがあった。

 道をふさぐように横転した装甲車を飛び越えて現れたものに、団員達が一瞬凍り付く。

 限定された狭い空間。

 仲間や護衛対象がいるため、範囲攻撃はできない。

 こういった状況で、最悪ともいえるものが飛び込んできた。

 戦闘においてのみいえば、エルフをも凌駕する能力を持つ存在。

 最速にして最強の呼び声高い、戦闘種族。

 兎人の侍である。




 敵陣に切り込んだ門土は、思わずといったようにニヤリと笑った。

 正直なところ、腕は立ちそうに見えない。

 だが、数は多いし、何より彼らの本領は一対一の戦いではないだろう。

 訓練された組織立った攻撃というのは、時に強力な個の力を凌駕する。

 人種の生物が協力することで、ドラゴンの様な強大な力を打倒することがあるのだ。

 兎人の侍とは、他の種族にとってみれば、ドラゴンと同じような暴力の化け物である。

 相手は、国を守らんとする精鋭だ。

 状況は不利とはいえ、兎人一人に後れを取ることはあるまい、と、門土は考えていた。

 中々に無体な注文である。

 もちろん、多くの国が、対兎人を想定した戦闘方法をある程度確立させてはいた。

 しかしながらそれは、専用の装備を用いてのものが殆どだ。

 逆に言えば、通常の装備では敵わないということである。


「義により、アグニー族のタック殿の身柄を頂きに参上いたしたっ! 故有って名は明かせぬ事、ご容赦願いたい! さぁ、いざ勝負、勝負!!」


 流石の門土も、ここで名乗りを上げるわけにいかないことはわかっていた。

 顔の方も、覆面を使って隠している。

 ただ、種族の特徴である長い耳は、隠してはいない。

 兎人にとって耳は、重要な感覚器官だ。

 人よりもはるかに敏感であり、隠してしまうと戦いに支障が出る。

 相手方の準備が出来るまで、数秒間待つ。

 神速をとってなる兎人にとっては、この時間も長く感じられる。

 だが、必要な時間なのだ。

 相手が出そろっていないと、上手く無力化することができない。

 今回は極力、死人を出さないで事を済ませることになっていた。

 面倒ごとを避けるためである。

 そのためには、不慮の事故が起こらないようにしなければならない。

 強化外骨格を着込んでいる「装甲竜猟兵団」相手にそれをやるのは、難しいところである。

 極力真っ向から挑む形の方が、思わぬ事態を防げると、門土は考えていた。

 無力化する方法は、ディロードから事前に説明を受けている。

 彼らが使っている強化外骨格は、駆動系の多くで外部からの魔力を使っていた。

 装備者の魔力ではなく、外部から供給された魔力を使い、動いているのだ。

 武器類へ供給する魔力は装備者のものを使い、それ以外に関しては「魔石」を加工した燃料を利用している。

 強化外骨格は、装備者の動きに合わせ、それを補佐する形で出力の強化などを行う装備だ。

 筋力を補うことで、普通の人間では持ち上げることすら困難な重装備の運用を可能にしている。

 外部からの魔力を使うことで、装備者の負担もごく少ない。

 逆に言えば、その外部からの魔力供給を絶ってしまえば、装備者を突然「普通の人間では持ち上げることすら困難な重装備」が襲うことになる。

 そうなってしまえば、あとはたやすい。

 戦うことはおろか、動くことすらままならなくなるのだ。

 これ以上楽なことはない。

 もっとも、「外部からの魔力供給を絶つ」などということができれば、の話である。

 当然設計者側も、敵がそこを狙ってくることは先刻承知だ。

 狙いにくい位置に配置したり、強度を上げたりするなどして、対策をしていることが殆どである。

 当然、「装甲竜猟兵団」が装備している強化外骨格も、そういったものはしっかりと施されていた。

 とはいえ。

 それが兎人相手に通用するかどうかは、別の話である。


「兎人だっ!」


 切羽詰まったような声が上がる。

 若い声のように感じた。

 訓練もしっかり受け、実戦も経験した人員なのだろうが、兎人との交戦経験があるものは多くないだろう。

 声が響き終わった頃を見計らい、門土は動き始めた。


 まず狙うのは、先ほど声を発した若者だ。

 左右に動きながら近づいていき、目の前で一瞬止まる。

 咄嗟に武器を構える動きは、中々のものと思われた。

 盾を構え、近距離用の範囲攻撃用と思しきナイフを向けてくる。

 近中距離専用の魔法武器の形状は、ナイフ型が主流だ。

 切っ先を向けることで魔法の狙いをつけやすく、そのもの自体も武器になる。

 若者はためらいなく魔法を打ち出すが、遅い。

 別に、若者の動きが遅い、という意味ではなかった。

 門土から見て、魔法の飛来速度が遅いという意味だ。

 音速に近い速度だろうが、その程度である。

 目の前で放ち、兎人を捉えるには、やはり遅い。

 魔法を避け、若者の横をすり抜けて後ろに回り込む。

 そのついでに、刀で盾を撫でた。

 国から出て戦場を渡り歩く兎人の多くが、同じことに困惑する。

 なぜ連中は、あんな板切れを自分に向けてくるのだろう。

 盾というものの存在は知っていても、やはり初めて見ると面食らうのだ。

 なにしろ、そんなもので刀が防げるはずがない、というのが、兎人の常識である。

 実際、兎人の刀を止められるような盾というのは、世界中を見渡してもそうはない。

 若者の構えた盾も、門土の刀を止めることはできなかったようだ。

 腕ごと斬り落とすのもたやすいが、それをやるわけにはいかない。

 盾だけを器用に切り裂き、背中に回り込む。

 そして、装甲化されたバックパックに、刀を突き込んだ。

 ほとんど抵抗もなく突き刺さった刀を僅かに滑らせ、引き抜く。

 若者は振り向こうとするが、体をわずかに回転させてから、崩れるように倒れていく。

 門土が魔力を供給する箇所を切断したため、強化外骨格による補佐が無くなったのだ。

 そのため、全ての重量が一気にかかり、体が支えられなくなったのである。

 若者が倒れ切る前に、門土は次へ向かって動いた。

 おおよその場所は掴んだので、ここは手早く済ませることにする。

 走りだそうとしていたものの後ろに回り込み一閃。

 指示を出していた頭らしきものに一振り。

 装甲車から出てきたものに一太刀。

 三つの強化外骨格をただのやたらと重たいだけの荷物に変えるのに要した時間は、人族の瞬き三度と同じである。

 抵抗らしい抵抗はない。

 というより、抵抗しようがなかった。

 何をされているのかわからないまま仲間が倒れていく中、しかし「装甲竜猟兵団」は冷静さを失っていない。

 状況を何とかしようと、武器を構え、制圧攻撃を仕掛ける。

 それだけでなく、何か打開策はないかと、必死に頭を巡らせた。

 この点、彼らは間違いなく優秀だといえるだろう。

 まぁ、もっとも。

 優秀だということと、兎人の侍、門土・常久をどうにかできるか、というのは、まったくの別問題であった。




 このままでは、不味い。

 装甲車から降りたセルゲイは、歯噛みをしながら背中に伝う冷たい汗を感じていた。


「ヤバい。これ、このままだとおじさんの仕事ぜぇーんぶ取られちゃうんだけど」


 どうやら門土は、相当にテンションが上がっているらしい。

 とてつもない勢いで、「装甲竜猟兵団」団員を行動不能にしていっている。

 セルゲイも兎人の侍は何人か知っていた。

 皆、変わった性格をしていたが、化け物のように強い、というのは共通している。

 敵にすれば恐ろしいが、味方にしてこれほど頼もしいものはない。

 これではむやみに入って行っても、かえって邪魔になるだけである。


「なら、テキトウにこまごまとお仕事しましょっと」


 セルゲイはさっと周囲に目を走らせると、一台の装甲車の影に入った。

 近づいてきた団員の後ろに回り込み、そっと近づいていく。

 そして。

 一瞬のスキを突き、左の手のひらを、背中に押し当てる。

 セルゲイの左腕は所謂義手であった。

 土彦とドクターが仕上げた品で、いくつか武器が仕込んである。

 その中には、相手の魔法兵器を無力化するのが目的のものもあった。

 相手の魔法兵器の回路に、超高圧の魔力を無理やり流し込み、機能不全を起こさせるというものだ。

 地球で言えば、精密電子機器に高圧電流を叩き込むようなものである。

 もっとも、そこまで万能な道具、というわけでは無い。

 何しろこの世界の魔法の技術体系というのは、数が多かった。

 魔法を発動させるための理屈が違うものが乱立しており、この手の攻撃が意味をなさないものも少なくない。

 だが、幸か不幸か、バタルーダ・ディデの魔法には有効だった。

 もちろん、兵器である以上、強化外骨格にはそういった攻撃への対策がなされている。

 通常ならば、装甲の表面から魔力を撃ち込んでも意味はない。

 当然、セルゲイの腕は、その対策をぶち抜いて魔力を叩き込めるように作られている。

 土彦とドクター、苦心の逸品だ。

 これの有り難い点は、音が出ないというところである。

 門土に注目が集まっている今、誰もセルゲイの行動に気が付く者はいない。

 強化外骨格が機能不全を起こした瞬間を狙い、右手に持ったナイフを装甲の継ぎ目に差し込む。

 刃の部分で斬るのが目的ではなく、魔法を打ち込むのが目的だ。

 スタンガンの要領で、電流を打ち込む。

 悲鳴を上げる暇もない。

 そのまま崩れ落ちそうになる団員を抱え、セルゲイはそそくさと装甲車の影に戻った。

 この間、誰にも見咎められることはない。


「んー、もう一人くらいはいけるかぁーっと」


 あまり何もしないと、給料をもらうのもためらわれる。

 気絶している団員を装甲車の中に押し込みながら、セルゲイはちらりと時計を見た。

 もう少しすると、撤収用の乗り物が来るはずだ。

 それまでに、色々とした準備をしなければならない。

 こういう仕事というのは、実に厄介だ。

 荒事をしている最中は、全く気が抜けない。

 準備段階でも非常に気を使うし、失敗することはできなかった。

 もちろん、引き上げる時にも細心の注意が必要だ。

 つまるところ、気が休まる時間が一切ない。

 実に割に合わない仕事だと思う。

 プライアン・ブルーではないが、さっさと引退したいところだ。

 が、まぁ、そううまく行かないのが世の中である。

 次の獲物を探していたセルゲイは、目を細めて耳を澄ませた。

 戦闘音に紛れて、走行音のようなものが聞こえる。

 撤収用の乗り物が到着したらしい。

 予定よりは若干早いが、許容の範囲である。


「もう一仕事いたしますか」


 セルゲイはにやりと笑うと、再び動き出す。

 無論、誰の目にも、気にも留められなかった。




「水彦様、そろそろです」


「おお。そうか」


 マルチナに促され、水彦はコクリと頷いた。

 顔は、事前に渡してもらっていた手ぬぐいで隠してある。


「じゃあ、いってくる」


 いうや、水彦は地面を蹴った。

 ふわりと持ち上がった水彦の身体は、紙風船のように軽く空へ舞い上がる。

 道路に作られた壁の上まで到達すると、片足だけでその上に乗った。

 そして、それを蹴って下へと降りていく。

 すぐさま、不可視の拳大の力場が飛んできた。

 水彦のことを敵と見て、攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 目に見えず、音よりも速い攻撃ではある。

 が、それだけだ。

 殺気が全く消せていない。

 それでは、侍に矢玉を当てることなどできないだろう。

 ほかがどう思っているかは知らないが、少なくとも水彦にとっての侍というのはそういう存在だ。

 身を躱して魔法を避け、踏み込んで腹に蹴りを一つくれてやる。

 相手は生身であり、だから門土に放っておかれたのだろう。

 優先順位が高いものから片付けているらしい。

 吹き飛んで転がっていく相手から視線を外し、水彦は小走りに一台の装甲車に向かった。

 転がって行った相手は、蹴りを入れた瞬間には気絶しているので、気にする必要はない。

 一人を片付けると、もう絡んでくるものはいなかった。

 水彦にはよくわからないが、兎人の侍というのは、それだけ重みがある存在らしい。

 これだけの人数を相手にも関わらず、戦いが一方的なのを見れば、さもありなんとうなずける。

 戦いの間を縫って進み、装甲車の近くまでやって来た。

 見ると、目当ての装甲車の後ろの扉に、赤い×印が付けられている。

 どうやらセルゲイが目印を付けておいてくれたらしい。

 小器用な男である。

 ドアを開くための取っ手に手をかけると、どうやら鍵が開いているようだった。

 これも、セルゲイだろう。

 水彦は感心しながら、装甲車の後部扉を開いた。




 タックはミカン味のクッキーを食べながら、この世の不思議について思いを馳せていた。

 クッキーは美味しい。

 ミカンの味がして美味しい。

 しかし、何故小麦粉を練っただけのものが、ミカンの味がするのだろう。

 ミカン味のするものをクッキーに練り込んでも、そういった匂いや味は焼いたときに飛んでしまう気がする。

 それに、このミカン味は瑞々しくて、フルーティーな感じだ。

 一体どうやって、これほどまでのミカン味を。

 タックは悩みながら、クッキーを食べ続ける。

 ちなみにそのクッキーは、ジャムつきクッキーだった。

 美味しいミカンジャムがたっぷりついている。

 タックはクッキーは知っているが、ジャムは知らなかった。

 アグニー村にジャムは無かったのだ。

 故に、タックにとって「クッキー、瑞々しいミカン味問題」はすさまじく不可解で解決困難な事件だったのである。

 実物を見ながら食べているんだから気が付きそうなものだが、そこで気が付かないのがアグニーのすごいところだ。

 恐らく、タックがミカン味のジャムに気が付くには、まだしばらく時間がかかることだろう。

 タックがそんな難題に挑んでいると、何かが近づいてくる気配に気が付いた。

 戦闘力皆無なアグニーだが、何かが近づいてくる気配には恐ろしく敏感だ。

 タックはクッキーを口に押し込むと、立ち上がって扉に近づいていった。

 開くのを待っていると、顔を布で隠した人物が現れる。

 タックは勢いよく頭を下げると、元気よく挨拶をした。


「こんばんわっ!」


「おお。こんばんは」


 挨拶をするというのは、とても大事だ。

 挨拶をしあうと、とても気持ちがいいし、元気になる。

 扉を開けたのが誰かはわからないが、逃げたくならないので、悪い人ではないだろう。


「おれは、みずひこ」


「タックといいます!」


「ちょうろうにたのまれて、おまえをつれだしにきた」


「あー」


 そういえば、そんなような話があった様な気がする。

 確か、風彦様という人からそんなような話を聞いた様な、無い様な。

 村に行きたいとか、行きたくないとか。

 

「あっ! そうだ! 仲間がつくった、あたらしい村に行くんだっ!」


「それだ。おれがむかえにいくように、たのまれた」


「そーなのかぁー」


 アグニー族における基本のリアクションは、大体共通しているのだ。

 とりあえず、新しい村に連れて行ってくれるというなら、有り難い。

 タックのアグニー族としての勘が、目の前の「みずひこ」と名乗る人物についていけば、安全だと告げている。

 こと安全に関して、アグニー族の勘を上回るものは存在しないといっていい。


「じゃー、ついていきますっ!」


「おお。じゃあ、まるまれ」


「まるまれ?」


「ひざをかかえて、まるくなるんだ」


「わかりました!」


 なぜ?

 という疑問は特に抱かなかった。

 まるまれといわれたら、まるまる。

 言われた通り、タックは渾身の力を込めて丸くなった。

 タックは今、世界中で一番丸いのではないか。

 そんな風に思えるほど、丸くなっている。

 もちろん、実際にそんなに丸いわけでは無い。

 そのぐらい丸いのだという強い決意で、丸くなっているということだ。


「よし」


 水彦は丸くなっているタックを見て、満足気に頷く。

 そして、おもむろに小脇に抱えた。

 なぜ、丸まれ、などという指示を出したのかといえば、運びやすいと思ったからである。

 やはり、運びやすい。

 なにより、アグニー族は恐ろしくすばしっこい。

 うっかり逃げられてしまうと、非常に面倒である。

 ならば、小脇に抱えて運んでしまうのが一番楽だ。


「じっとまるまって、うごかないようにな」


「はいっ!」


 水彦は満足気に頷くと、装甲車の外へ顔を向けた。

 向かうのは、横転した車の向こう側だ。

 既に逃走用の乗り物が、来ているはずだという。

 あとは、それに乗って逃げるだけである。


「いくぞ」


 水彦はそう呟くと、装甲車の外へと走り出した。




 水彦は無事に、タックを車へと運び込んだ。

 先に乗っていたキャリンがかなり困惑していたが、お構いなしである。

 タックを確保してからの行動は、恐ろしく迅速であった。

 一部の装備などは襲撃場所に残し、爆破して証拠隠滅。

 移動用の乗り物では、交通ルールを守って走行。

 間違っても治安組織の目につかないように。

 港に着くと、既に船は出港準備万端整っていた。

 乗り物ごと船に乗り込むと、そのまま出航。

 後の処理は、港にいるスケイスラーの現地人員に任された。

 もっとも、ここに来るまでの間に、ほとんど証拠は消し去っている。

 万が一の事態でも起きない限り、他に何かする必要はないだろう。

 あとは、偽装船舶が港から離れてしまえば、問題はほぼ無くなる。

 つまり。


「ひとまずは、ぶじにせいこう。だな」


「いやいや、誠に! 何よりでござるなぁ! はっはっは!」


 水平線の向こうに消えていく港を眺め、水彦はコクリと頷いた。

 その横で、門土は大笑いを響かせている。


「しかし、あれだけのことをしていたというのに、後から飛び込みがおらなんだのは何故でござろうか!」


「それな。おれもきになった」


 門土の疑問に、水彦も同調する。

 飛び込みというのは、後方支援のことだ。

 もちろん、呼ばれないように邪魔をしていたし、対策もしていた。

 それでも不慮の事態というのは、起こるものである。

 バタルーダ・ディデにも、プライアン・ブルーのような尋常ならざる人材は、居るはずだ。

 そういった手合いが首を突っ込んでこなかったというのが、門土には解せなかった。

 どんなに準備しようが対策を整えようが、そういう手合いというのはまったく無視して飛び込んでくるものなのだ。

 実際、今回のような状況でそういう相手が出てこなかったのは、少々不自然な気もする。


「あー、それならアレですよ。“鈴の音の”が出張ってるんですよ」


 そういったのは、プライアン・ブルーだ。

 船の縁にある手すりに寄り掛かりながら、アイスを咥えている。

 ちなみに、水彦と門土は、その手すりの上に立っていた。

 どちらも基本的に、高いところが好きなのだ。


「“鈴の音の”というと、ホウーリカのリリ・エルストラ殿でござるか!」


「そです、そです。連中、あたし達のサポートしてくれてたんですよ。直接は関わってないですけど」


「真でござるか! それは、まったくもって知らなんだ!」


「まあ、一応別行動ってことで、お互いにあんまり関わらないように、情報も制限してましたし。何しろアイツ、オトリ役ですし」


 つまるところ、面倒そうな相手の目を、引きつけてくれていたらしい。

 バタルーダ・ディデの最高戦力やら、面倒な組織やらが出てこなかったのは、そのおかげだったというわけだ。


「まぁ、ぶっちゃけ他にも直接かかわりゃしないけど、色々サポートは受けてたわけですよ。ギルドやらなんやらも、動いてくれてましたしね。ウチとガルティック傭兵団だけに手柄持ってかれちゃたまんないんでしょうけど」


「はぁー! まっこと、大掛かりなことにござるなぁ!」


「たいへんだな」


 わかったのかわかっていないのか、門土と水彦は感心したように頷いた。

 プライアン・ブルーは同意するように頷きながら、食べ終えたアイスの棒を海に投げ入れる。

 ちなみに棒は、木の棒であり、自然に帰る安心素材だ。


「うーん、まぁ、確かに大変なことになってるみたいですけど。面白そうだなぁ、アレ。よそから見てる分にはだけど」


 ぶつぶつと呟きながら、プライアン・ブルーは目を細めた。

 プライアン・ブルーは、時たまこういう格好をすることがある。

 ほかの身体が得ている情報を、共有しているときだ。

 恐らく、別の身体が見ているものを、ここにある身体でも見ているのだろう。

 それを察した水彦が、興味ありそうな様子で尋ねる。


「なにをみているんだ」


「へ? ああ、はいはい。なんか、“紙屑の”と“鋼鉄の”が街中でにらみ合ってるんですよ」


 それは、とてつもない事態なのではあるまいか。

 目を丸くする水彦と門土を見て、プライアン・ブルーはへらへらと笑った。


「ま、タックくんは無事奪還できたんですし。ひとまずおーるおっけーってことで、気にしないでだーじょーぶですよ! あっはっはっは!」


「それもそうでござるなぁ! 最強と噂されるお二人と相まみえられなんだは残念でござったが、一先ずは重畳でござろう!」


「そういうものか」


 能天気に笑うプライアン・ブルー達を他所に、今現在バタルーダ・ディデでは、一触即発の状況となっていた。

 が。

 それはそれとして。

 一行は無事に、タックの身柄を確保することに、成功したのであった。

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