百四十二話 「人間ってそんなもんじゃありません? 理屈に合わないっていうか」
とりあえずの受け持ちをさばき終えたプライアン・ブルーは、ニヤニヤと笑いながら剣を鞘に納めた。
剣の分体をすべて消すと、小さく鼻を鳴らす。
が、ふと思い立ち、剣に仕込まれた魔法を発動させ、剣を一本出現させた。
それを手に取って握りを確認すると、地面に落ちているものに向かっておもむろに突き刺す。
手を放しても倒れないように刺す深さを確かめながら、角度を微調整。
何度か指先で突いて満足したのか、プライアン・ブルーは納得したようにうなずいた。
ちなみに、彼女が剣を突き刺したのは、気絶させたバタルーダ・ディデ軍特殊部隊「装甲竜猟兵団」の団員の尻である。
周りを見渡せば、ほかにも「装甲竜猟兵団」の団員が倒れていた。
装甲車二台分の人員だ。
わざわざ尻に剣を刺した理由は、特にない。
しいて言うなら、なんかいい感じに尻があったので、「あ、刺さないとな」と思ったからである。
プライアン・ブルーは基本アホなのだ。
「さぁーってと。こっちは終わったけど。なんか視線感じたのよねぇー」
僅かに目を細め、頭を掻きながらぼやく。
ビルから飛び降りる時、わずかだが視線を感じたのだ。
かなり遠いところからだが。それでもわかるぐらい厄介な奴に見られた気がする。
こういう勘が働くから、プライアン・ブルーはこれまで生きてこの仕事を続けてこれたのだ。
もっと鈍かったら怪我して早期退職で結婚できたんじゃね?
という考えになったこともあったが、「逆にそれでも結婚できなかったらヤバくね?」という発想にたどり着き、考えるのを止めた。
自分が結婚できないのはすべてあのショタじじぃのせい。
それがプライアン・ブルーのスタンスであり、揺るがない事実なのである。
「それはいいとして。どうっしよっかにゃーん。にゃーん? ヤダ、あたしがにゃーんていうとくそかわいくない?」
視線の主を探して、こちらのことに気が付いていたか確かめてもいい。
今すぐには問題がなくとも、後々弊害が出てくるかもしれないからだ。
どこでどう足が付き、どんなケチが付くかわからないのが、この商売である。
プライアン・ブルーの能力は、こういった仕事に非常に向いているといっていい。
必要な時、おおよそ必要なだけ人手が割ける。
追加された人員の腕前は、折り紙付きだ。
プライアン・ブルー自身、つくづく自分の能力は便利だと思う。
問題は、ここで相手のことを確かめることが、裏目にならないかどうかだ。
相手が悪かったりすると、下手に探れば藪蛇になりかねない。
そっとして置いたほうがいいことも、往々にあるのだ。
まして、かなり距離が離れていたにもかかわらず、視線だけで明らかに「ヤバい」と分かるような相手なら、なおさらのことである。
周囲を見回すと、ぼちぼちと人が集まってくるのが分かった。
平和ボケしている国ならともかく、こういうまっとうな国では、ドンパチやっているところに近づいてくる庶民というのは少ない。
明らかにお貴族様が絡んでいるとわかるような今回のような場合、巻き込まれて殺されたとしても文句が言えないからだ。
どこに苦情を言ったとしても、無視されて終わりの殺され損である。
逆に、余計なことを言うなと口封じされる恐れもあるだろう。
それでも、やじうま根性というのは消し去ることができるものではない。
ひと段落ついたと見えたら、確認しに行きたくなるのが人情というものである。
こうなったら、早くこの場を離れたほうがいい。
視線の主を確認するか、放っておくか。
早く決めなければならない。
「んー。いいや、ほっとこ。なんかめっちゃヤバそうな気がする。後でお上に報告しとけばオールオッケーでしょ」
無理をすることが必要な場合もあるが、ここはそうではない。
プライアン・ブルーはそう判断すると、さっさとこの場を離れることにした。
触らぬ神に祟りなしである。
それに、雇い主はあの“罪を暴く天使”なのだ。
放っておいても勝手に調べてくれるだろう。
ほかの所を手伝いに行こうかとも思ったが、行かなくてもいいだろうと判断する。
もう少し手こずるようならほかの連中の心配をする必要もあるかもしれないが、「装甲竜猟兵団」はこちらの想定内の実力だった。
一国の特殊部隊として恥ずかしくない程度。
プライアン・ブルーのようなとびぬけた実力がなければ、手こずる。
あるいは、逆に捕縛されてるような具合だ。
ということは。
ほかのメンツに関しては、まったく気にしなくていいということだ。
となると気にすべきは、一仕事終えた後のことだろう。
「撤収準備のお手伝いと行きますかね」
無事にアグニーを奪還できれば、あとは船でおさらばすることになっている。
出港の手筈は整っているはずだが、船員のすべてがこういう「仕事」に慣れているわけではない。
不手際があって当然だし、いろいろと状況を見て用意するものも変わる。
曲がりなりにも輸送国家スケイスラーの工作員であるプライアン・ブルーは、船の設備や操作に明るい。
あちこちの船をしょっちゅう使っているので、種類を問わず扱いなれている。
何か起こった時の対処法についても、実戦経験が豊富で、並みの船員以上に場慣れしていた。
「んじゃ、さっさと行きますか。って、おお?」
ふと、プライアン・ブルーはガラス張りのビルの前で足を止めた。
中が暗いせいか、鏡のように姿がよく映っている。
プライアン・ブルーはまじまじと自分の姿を見ると、ポーズをとってみた。
「やっばい、顔がゴリラでも中身があたしだとイケてない? いや、でもやっぱり顔がいいからなぁ、あたし。うーん」
そんなに悩まなくとも嫁の貰い手はないのだが、プライアン・ブルーはその場で一分ほど悩んだのち、ようやく仕事へと戻っていった。
順調に仕事が進むというのは、非常に気持ちがいい。
セルゲイは鼻歌などを歌いながら、運転を楽しんでいた。
前と後ろには、特殊部隊を満載した車が並んでいる。
敵の目の前にある車に、気が付かれないように侵入。
周りにばれないように制圧して乗っ取るのは少々骨折りだったが、やった甲斐はあった。
まぁ、常人ならば骨折りとか以前に、不可能なことなのだろうが。
しばらく進んでいると、無線通話機に通信が入る。
問題なく進んでいるかという、確認のためだ。
セルゲイは軽く咳ばらいをすると、通話のスイッチを入れる。
「八号車、異常なし」
短く端的な返答。
ただ、声音はこの装甲車に乗っている者、そのものであり、セルゲイ本来のものとはかけ離れていた。
喉の収縮と、体内の魔法道具の併用で声を変えるのは、セルゲイの持つ技能の一つだ。
声を変えたほうがいい場面というのは割とよくあるので、便利に使っている。
セルゲイはスイッチを切ると、装甲車に備え付けてある映像画面へ目を向けた。
現在地周辺の地図が映し出されており、ほかの装甲車の位置も印づけられている。
地球でいうところの、カーナビに近いだろうか。
違うところは、自分の位置以外に、ほかの車の位置が示されているところ。
そして、目的地へのナビゲーションをされているわけではないところである。
実に便利な品だが、セルゲイの目から見ると画像が少々荒いように感じた。
土彦やドクターが作った品に目が慣れたせいだろう。
いいものに周りを囲まれている弊害だ。
贅沢病というやつである。
「よろしくねぇーなぁー。飯もうまいし。水もいいし。一つ問題があるとしたら、日の光が浴びらんないところかね?」
土彦の研究室は、地下にある。
一応、日光と同じ成分の光を発生させる発光装置が取り付けられているが、それでもやはり地下は地下だ。
ずっといると、気がめいってくる。
時折運動のためにエンシェントドラゴンの巣の最下層に行ったりするのだが、やはり地下は地下だ。
周りにさえぎるもののない地上をのびのび歩くというのには、代え難い。
「一応福利厚生の類だし、外に出らんないか聞いてみるかなぁ。でも、出たところであれじゃぁねぇ」
セルゲイはため息交じりに、“見直された土地”の様子を思い浮かべた。
周辺の土地であり、アグニー達が住んでいる“罪人の森”はともかく、“見直された土地”はいまだ荒地といったありさまだ。
いまだ、植物が進出してくる兆しはない。
土彦から聞いたところでは、まだまだ時間がかかるだろう、とのことである。
むき出しの地べたというのは、やたらと土ぼこりが立つ。
そういう場所では、人間あまり落ち着かないものだ。
やはり、草原がいい。
あと森の中とか。
ただ、あまり草木が元気な場所だと、虫が多くてイケない。
仕事の都合でなんやかんやと森やら砂漠やらを駆けずり回ることが多かったセルゲイは、なんだかよくわからない虫に刺されたりすることも多かった。
セルゲイがまだ若いころ、虫に刺されたのを放っておいて、えらい目にあったことがある。
尋常では無くはれ上がったのだが、たまたま治療を得意としている者がいて助かったのだ。
以来、虫刺されなどには気を付けるようにしている。
「虫が寄り付かない草とかないのかね?」
ハーブなどのきつい香りは、虫も嫌うと聞いたことがあった。
その類の草を大量に生やせば、うまく行くのではなかろうか。
まぁ、もっとも種などを撒いたところで、あの土地ではまだ芽を出さないのだそうだが。
そんなことを考えているうちに、次の仕事に取り掛かる目印が見えてきた。
車列は、こちらの予想通りの進路を、予定通り走ってくれている。
下調べがうまく行った証拠だ。
正直あまり時間はなかったが、全員よくやってくれた。
特に、ディロードとプライアン・ブルー。
この二人は実によくやってくれた。
魔法技術者として優秀な人材は、傭兵団内にもいる。
ドクターがそうで、アレは魔法機器を作るのも操るのも上手い。
特に大型の搭乗型魔法兵器の扱いに関しては、ピカ一だ。
だが、こと情報の出入力などに関していえば、ディロードの方が上である。
同じ扱うにしても、少々方向性が異なるのだ。
もちろん、どちらもこんな商売では得難い能力である。
そして、プライアン・ブルー。
性格はともかくとして、腕は間違いなく一流だ。
敵にすればあれほど厄介な奴もいないだろう。
仲間にしても少々厄介だが、頼もしいのは間違いない。
正直もうちょっとだけ行動やら言動やらをどうにかしてほしい気がしないでもないが、それは贅沢というものなのだろうか。
まあ、それはともかくとして。
そろそろ仕事に取り掛かる頃合いである。
セルゲイは装甲車のペダルを踏みこみ、加速させた。
隊列を組んでいるため車間はあまりとられておらず、すぐに前を走る装甲車へ迫る。
このままではぶつかる、というような距離に近づくが、セルゲイは緩めることなく速度を増した。
そして、そのまま装甲車同士を衝突させる。
と言っても、軽く押す程度に見えるような接触だ。
彼我の速度差は大したものではなく、大事にならないようにも見える。
にもかかわらず、ぶつけられた方の装甲車は大きくバランスを崩した。
四輪式の車というのは不思議なもので、ある程度以上の速度で走行中、ある場所をある程度の力で押されると、簡単にスリップを起こすのだ。
こういう仕事をしている場合、身に着けておくと大変に有益な技能なのだが。
一般的にはまず出番はないだろう。
ぶつけられた装甲車はなんとか体勢を立て直そうとするものの、失敗して横滑りしていく。
すぐさまセルゲイは、ブレーキのペタルを踏み込む。
真後ろにいた装甲車はそれを避けようとするものの、動くのは遅すぎた。
セルゲイの操る装甲車と接触し、やはりこちらも横滑りしながら半回転して停車する。
それを横目で確認しつつ、セルゲイは再び装甲車を加速させた。
前方を走っていた車列に追いつくが、すぐに無線機から「止まれ」というような怒鳴り声が聞こえてくる。
どうやら、本隊の方はうまく仕事をこなしているらしい。
この場所に車列が通りがかったら行動開始。
という、かなりアバウトな計画だったのだが、問題なかったようだ。
リアルタイムに通信などでタイミングを合わせられればそれが一番なのだろうが、そういう贅沢ができない場面というのは、往々にしてあるものである。
「さぁーってと。もうひと頑張りしましょうかねぇ」
ニヤニヤ笑いながらそういうと、セルゲイは素早く車の後ろへと動いた。
転がっている特殊部隊員達を避けながら、その隊員から引っぺがしておいた強化装甲に手を伸ばす。
顔が隠れる上、体格を隠すことができるこれは、目くらましにはもってこいだ。
どさくさに紛れて動くに、これほど都合がいいものもない。
窓から外を見れば、停車した装甲車からわらわらと人が出てきているのがわかる。
少し、急いだほうがいいかもしれない。
折角参加しても全部ことが終わっていたら、さぼったと思われてしまう。
セルゲイは鼻歌交じりに、強化装甲を身につけ始めた。
少し、時間をさかのぼる。
タックを載せた移送隊が停車させられることになるその場所に、一台の乗り物がやってきていた。
水彦とディロードを載せたものである。
かなりの速度で走っていたそれは、横滑りしながら無理矢理急停車。
止まるか止まらないかといううちに慌ただしくドアが開き、どやどやと人が飛び出してくる。
皆、大荷物を抱えているのだが、そのどれもが魔法装置の類だ。
ディロードは自分の横にあるスライド式のドアを開け、身体を乗り出して外にいる傭兵団員に手を振って声を上げた。
「そこだと干渉するんでー。もうちょいこっち寄りにお願いしまーす」
「りょうかーい!」
声をかけられた傭兵団員は返事をすると、路面に置いていた荷物を乗り物の方へと少し動かす。
ディロードは乗り物内の魔法装置の画面をちらりと見やり、「おっけーですー」と身振り手振りで伝えた。
「なんだ、あれ」
車の奥にいる水彦が、小首を傾げながら尋ねた。
そちらに顔を向けると、ディロードは画面を見もせずに操作を続ける。
「地面隆起用の装置です。道路に設置してこっちとつなげて、一斉に動かすんですけど。まぁ、要するにあれです。バーンて感じで一瞬ででっかい壁作るアイテム」
一瞬詳しく内容を説明しようとしたディロードだったが、すぐに頭を切り替えて説明の仕方を変えた。
装置を弄りながらだったので思考がそっちに引きずられていたのだが、水彦にはその手の事を話す必要がないと思ったからだ。
別に、難しい話だから分からない、と考えたわけではない。
あまり長々と専門的な話をしても意味はないし、それに、あまり時間もなさそうでもある。
「はい、準備オッケー。いけまーす!」
ディロードが声をかけると、傭兵団員達は駆け足で戻ってくる。
そのままの勢いで、車に積んだ武器などを装備し始めた。
同時に、遠くの方で大きな物音が響く。
距離はあるが、ドラマや映画で見たことがあるような、乗り物事故を思い起こさせるような轟音だ。
「なんだ、いまの」
「セルゲイさんが事故起こさせたみたいですね。どうやってやったんだか。そろそろはじめますんで、皆さん準備おねがいしまーす!」
言うや、ディロードは操作盤にあったスイッチのカバーを外し、押し込んだ。
瞬間、路面に置いた装置が発光。
爆発するような勢いで、一瞬で地面が隆起した。
まるで、地表を突き破り、壁がそそり立ったように見える。
水彦は感心した様子で、「おお」と声を上げた。
発動したのは、見たままの魔法で、いわゆる「ウォール」と呼ばれる類のものである。
土や石ころなどに作用し、即席の壁を作るものだ。
術式の精度や込められる魔力などによって、出来上がる壁の強度が変わってくる。
今回使ったのは土彦が作った術式と装置であり、完成度は最高峰といっていい。
何しろ、土のガーディアン謹製であるわけだから、そのあたりは折り紙つきだ。
その壁を、道路を囲むようなU字に展開した。
壁によって視界がふさがれた向こう側からは、急ブレーキのような音がいくつも聞こえてくる。
ここにきて、水彦は納得したようにうなずいた。
「おいこみりょうか。うまいもんだな」
「結構ギリギリのスケジューリングでしたけどもね」
ディロードは一仕事終えたというようにため息を吐き、小型冷蔵庫から引っ張り出したアイスのパッケージを破いた。
実際、かなりギリギリだったわけだが、そうせざるを得ない事情があったのだ。
時間も金も人手も潤沢に使える連中がする仕事というのは、イヤになるほど丁寧なものである。
移送経路になっていたこの道は、移送隊が通る数時間前まできっちり見張られていたのだ。
それも、映像送信装置の様なものに頼るのではなく、わざわざ人を配置していたのである。
いかにも贅沢な話だが、有効なのには違いない。
そのおかげで、こんなにギリギリになってからこんな大がかりなものの設置をすることになったのだ。
「ホントならもっと早く用意したかったんですけど。ほら、道路って魔法が効きにくいようにしてあるんですよ」
イタズラや犯罪などを防止するため、多くの国では道路などに耐魔法加工を施してある。
にもかかわらず、どうしてこんな事が出来たのかといえば。
単純に、その耐魔法加工をぶち抜くほどの大出力の魔法装置を使ったからだ。
通常ならこんな装置は持ち込んでいないのだろうが、今回は運ぶ事が出来る船があったのと、はじめての仕事だという事で警戒していたのとで、持ってきていたのである。
ほかにもいろいろと物騒な装置が船に積んであるのだが、そちらは使うことにならずに良かったと、ディロードは心底思っていた。
「このうらがわは、だれがふたをするんだ」
「セルゲイさん。それと、門土さんです。あと、傭兵団の方々」
それを聞いた水彦は、納得したようにうなずいた。
門土が居るのであれば、まず間違いないだろう。
ディロードはアイスを齧りながら体を伸ばすと、だるそうに座席にもたれかかった。
「で、僕の仕事はここまでです」
「そうなのか?」
水彦の問いにディロードが答えるよりも早く、肩口のあたりから光の粒子が漏れ始めた。
その燐光はあれよあれよという間に、人の形を作り出す。
人工精霊のマルチナだ。
演算装置の中に入って、ディロードの作業を補佐していたはずなのだが、どうやらそれがひと段落ついたらしい。
「より正確に言うなら、これ以上は仕事が粗くなるから、ここまでしかできない。というところです」
その言葉を聞き、水彦は不思議そうにディロードに視線を向ける。
当のディロードは、我関せずといった様子でアイスを齧っていた。
マルチナは少しだけ微笑むと、生真面目な表情に戻って続ける。
「ここ数日、面倒で細かい仕事が続きましたから。魔力も多く必要でしたので、そちらの供給もしていましたし」
「せいみつさぎょうしながら、まらそんしてたようなもんか」
実際、水彦の例えはかなり正確なものであった。
今回の作戦が決まってから、ディロードはずっと働き詰めであったのだ。
すさまじい勢いで文句も愚痴も垂れ流してはいたが、仕事はきっちりこなしていたのである。
魔法演算装置に痕跡を残さずに侵入したり、持ってきていた機器の調整をしたり。
それらを動かす魔力を、自分で賄っていたり。
普通ならば、それぞれの専門家が何人も集まり行うような仕事である。
それを、マルチナの手助けがあったとはいえ、ディロードは一人でこなしてきたのだ。
ゼロコンマ数秒単位の演算制御や、作戦に合わせたミリ単位の機器調整を行いながら、大出力の魔力放出を数日間にわたって。
疲れるのも当然だろう。
「おおざっぱなのか、こまかいのか、てきとうなのか、せんさいなのか、わからんやつだな」
「人間ってそんなもんじゃありません? 理屈に合わないっていうか」
風彦からの又聞きなのだが、以前、マルチナがディロードのことを「機転が利かない」といっていたらしい。
それは少々はしょった言い方で、正確ではないのではないか。
と、水彦は思っていた。
恐らく、ディロードは機転が利かないのではなく、そういったことを考えるのすらひたすら面倒くさがるのだ。
やらなくていいことはやりたくない。
明日できることは明日やる。
比較的ダメ人間ではあるが、無害そうな生き方ではあった。
恐らく、そういうところがアグニーに警戒されない理由の一つなのだろう。
「まあ、ここからは直接の荒事ですし。水彦さんの出番もすぐでしょ? がんばってくださいね」
ディロードは手をひらひらさせながらそういうと、ぐったりと座席にもたれかかって両目を閉じた。
どうやら、寝るつもりのようだ。
驚くほど図太い神経の持ち主である。
起こそうと動くマルチナを、水彦は手で制した。
抱えていた刀を片手で持ち上げると、立ち上がって外に出る。
どうせ自分は外に出るのだから、寝かせておいてやればいいと考えたのだ。
刀を腰に差し、背筋を伸ばす。
いよいよ、総仕上げである。
水彦を気合を入れるように大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。